我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。 作:ゆーりふり
なお、学園テロ編以降の出番がほぼない模様。
どうも皆さん、こんにちは。
弱小貴族の分際で第一王女に凄まじい不敬を働いたマルコ・グレンジャーです。
アイリス様の戦法が基本的にゴリラなのは事実だが、それは圧倒的なパワーで敵を粉砕するのが一番効率が良く、結果的に苦戦したことがないからだ。最近は俺との訓練で頻繁にしてやられる事にムカついているのか小技や戦術を行使することが増えたように思う。
さて、そんな不敬者な俺がなにをしているのかと言うとミツゴシ商会へ向かっている。
目的は最近王都で大人気の菓子製品"チョコレート"を購入することだ。
最近はコーヒーやフォーマルスーツも売っているらしく、随分と露骨に商売するようになってきたなと思う今日この頃である。
だが、相変わらず商魂逞しいという範疇を超えた悪事の証拠などは出てこない。ルーナ会長とも言葉を交わす機会は多いのだが、互いに腹の探り合いをしている状況には変わりないので仲が良くなったとも言えない。
話が逸れたが、俺はアイリス様の機嫌を取るためにチョコレートを買いに来たという訳だ。あの人、女性人気の高い凛とした佳人といった見た目をしているが舌はお子様なので甘味が有効だ。
ルーナ商会は少し前に商会名を"ミツゴシ"へと変え、店舗も王都のメインストリートにある一等地に新設されたのだが、繁盛具合に一切の翳りは見えず商業分野に於いて覇権を握る寸前といったところか。業界最大手の大商会連合は戦々恐々だろう。
客入りも凄まじく、巨大な店舗であるにも関わらず入場制限をしなければならないほど人が溢れ返っている。休憩時間で買うのは困難と判断して非番にしてもらっておいて正解だった。
「ただいま八十分待ちとなっておりまーす」
ふと、列の整理をする店員の声が耳に届く。その声に足が止まる。
「ニコレッタ……?」
こちらに背を向けプラカードを掲げている店員の肩が大きく跳ねたのが分かった。
ミニワンピースの制服を身に着けた女性は綺麗なブラウンの髪色をしている。
彼女が誰なのか、確信にも似た予感があった。
「あっ、待ってくれ!」
店員の女性はこちらを振り返ることなく、いきなり猛ダッシュし始めた。
ニコレッタ!?ニコレッタが何故ここに……逃げたのか?自力で脱出を?ニコレッタ!
慌てて追い掛けるとニコレッタらしき店員はミツゴシ商会の裏口があるのだろう細い路地へと入っていく。
逃がすまいと路地へ進入した瞬間、俺はなにかと勢いよくぶつかってしまった。
「きゃあっ」
「す、すみません。大丈夫でしたか」
ぶつかった相手は俺が追いかけていたのとは別の女性だった。体格差から弾き飛ばされて倒れそうになる相手の手を取り、腰に手を回して支える。俺の目に映ったのは金髪碧眼で童顔の可愛いらしい女性だ。服装もミツゴシ商会の制服ではない。だが、それでも……。
「支えていただいて、ありがとうございます。あの、私の顔になにか付いているでしょうか?」
俺の魂が言っている。
彼女は先ほど追いかけていた相手と同一人物だし、ニコレッタであると。
反射的に彼女の肩を掴んでしまう。
「会えて……よかった。ニコレッタ、本当の顔を見せてくれないか?」
「……っ!?」
俺の言葉を聞いた瞬間、女性は驚愕して肩を掴んだ手からすり抜け、大きく後方へ跳躍した。
顔はそのままだが、身に着けていた衣服は泥のように溶け、幾度か見たシャドウガーデンの黒いボディスーツへと変わっていく。手にもシャドウガーデンの武装である黒い剣が握られている。
「ニコレッタが誰かは知らないが、見抜かれた以上は死んでもらう」
「戻ってくることは、できないのか?」
「……」
本人であると認める気はないらしい。それでも俺も確信がある以上はなかった事にはできない。問いを重ねるも女性は更に深く顔を歪めて答えることはしなかった。その表情に込められている感情はあまりに複雑で、俺も正確に読み取ることができない。
何故、俺がディアボロス教団と関与していると考えていたミツゴシ商会の店員としてニコレッタが居るのかは分からない。シャドウに連れ去られた後、再び奪い返されて今は教団の手の内にあるのか。それともシャドウガーデンのメンバーとして俺と同じようにミツゴシ商会を調査するため、内部に潜入しているのか。纏っているスーツからして後者の線が濃厚だろうか。
どちらにしろ彼女が本当にニコレッタなのであれば悪魔憑きを治療できたということ。だが、それで彼女の生活が以前のマルケス侯爵令嬢であった頃に戻るのかと言えば、そうではない。彼女の存在はすでにマルケス侯爵家内でなかったことになっている。悪魔憑きを治療できた事例があるにも関わらず情報が世間に出回ることはなく、歴史にも残っていないということは秘さねばならない事情があるのだろう。
ミツゴシ商会の裏に居る存在が教団なのかシャドウガーデンなのか分からなくなってきたが、無理矢理に連れ戻したとして彼女の生活と安全を保障できるだけの力が今の俺にあるのか。
シャドウ――奴がニコレッタを奪いに来た時、俺は彼女を守ってあげられるのか。
「生活には困ってないか? ご飯はちゃんと食べられているか?」
「その戯言を垂れ流す頭部、斬り落としてあげましょうか」
怒り心頭といった顔で女性は物騒なことを言ってくる。だが、それに反して放った言葉を実行する様子はない。
まるで独り立ちした子供を心配する親のようなことを聞いてしまっている。
悔しいな。世界を敵に回しても彼女の味方でいる覚悟はあるが、覚悟では彼女を守れない。
だが、こうしてミツゴシ商会の店員に扮している彼女は、少なくとも心身が危うい状態ではなさそうだ。
経緯も方法も分からないが彼女が無事に生きていたことが嬉しい。
「ミツゴシは教団の資金源かと思っていたんだけど、君は調査に来たのかい?」
「は?」
なにか変なことを聞いただろうか。浮かべていた険しい表情がきょとんとしたものに変わる。そんな表情も素敵だよニコレッタ。顔は別人だけど。
「なにもかも捨ててさ、一緒にぶらぶら世界を旅でもしないか?」
「…‥私はニコレッタではない。だが、答えてやろう。私は私の道を行く」
俺とは袂を分かつという宣言と共に、剣に魔力が宿り切っ先がこちらを向く。シャドウが言っていた、彼女がどの道を選んだとしても俺の元へは戻らないという話は現実になった。
先ほど俺が肩を掴んだ手をすり抜けた技術と跳躍した時に見せた高度な魔力操作。彼女は俺が知る魔剣士見習いだった頃とは比べ物にならない強さを得ている。そこに至るまでにどれだけの苦労があったのか。全ては俺が無力であったが故だ。
「……ごめん。必ず君を守れるくらい強くなって迎えに行くから。どうか待っていてほしい」
最後にそれだけ伝えて踵を返す。
これ以上、彼女を前にしていると無理矢理にでも手を引いて連れて行ってしまいそうになる。
彼女を取り戻し、もう奪われることなく生きていく。
それを実現するためにも、俺は一刻も早くシャドウを超えなければならない。
――――――
「なんで彼が今日ミツゴシ商会に……」
彼と私の接触は最も避けなければならない事態だ。
マルコもだが、私もどういった行動に出てしまうのかが予測できない。七陰の皆さまから、そう判断されていた。私が信用できないのではなく人の心はそれだけ複雑怪奇なのだとアルファ様からフォローはされたが、結局は私の不徳が原因だ。
実際、悲痛な顔で戻ってこいと言う彼を見て心が揺らがなかったのかと問われれば、歯を食いしばって耐えなければいけない程に覚悟がグラ付いた。シャドウガーデンの一員として、ナンバーズを名乗ることを許された栄誉に応えられるよう努めなければいけないというのに。
「陰の叡智を用いた教練を乗り越えて強くなれたと思っていたけれど……マルコ、あなたも昔とは別人かと思うくらいに強くなったのね」
それでも、優しいところは変わっていなかった。
マルコ・グレンジャー。
私――ニコレッタ・マルケスの名を持っていた人間の元婚約者。
顔を見たのは随分と久しぶりだ。
シャドウガーデンによって救われた私はつい最近まで古都アレクサンドリアでガーデンの一員となるべく訓練を受けていた。その課程を全て終え、ガンマ様直属の部下としてミツゴシ商会の店員をしながら任務に当たっていた。
「はぁ……彼の任務を事前確認して鉢合わせる可能性のない日を選んで表に出ていたのになぜ」
マルコは今日、王城で警備任務に従事していたはずだった。その彼が持ち場を離れてミツゴシ商会に来るなんて予想だにしていなかった。路地裏に逃げ込み、スライムスーツを変形させ変装道具とカラコンで誤魔化してはみたが、彼は私がニコレッタ・マルケスだと確信しているようだった。
「咄嗟だったとは言え、簡単に見破れるほど程度の低い変装のつもりはなかったのに」
声もニコレッタを想起しないよう変えていたというのに一体どこで勘付いたのか。
「とにかく、認識合わせも含めてどう対応するか七陰様に相談しなくては」
ニコレッタ・マルケスが生きていることを知られるだけならば大きな問題ではない。だが、ミツゴシ商会に籍を置いていることは絶対に知られてはならなかった。それは商会とシャドウガーデンが繋がっていると決定づけることだからだ。……その筈だったのだが。
「けれど、彼はミツゴシ商会を教団が運営していると考えていた。ガンマ様から聞いていた話と違うわね」
マルコが商会に疑いを掛けているという情報の出処はシャドウ様だ。その後、実際に彼はガンマ様への面会を取り付けて探りを入れてきたのだから情報自体には何の誤りもない。そもそもシャドウ様を疑うなど万死に値することだが。
では、認識の食い違いはどこで発生したのか。
「まさか、最初からシャドウ様は我らの気を引き締める目的で彼を利用してガンマ様の思考を誘導した?」
ガンマ様の言っていたシャドウ様からの情報は『マルコ・グレンジャーがまぐろなるどを調べていて次はルーナ商会に探りを入れようとしていた』というものだ。ガンマ様はシャドウ様の口から出た言葉は一言一句違わず覚えているので間違いないだろう。
つまりシャドウ様はシャドウガーデンとの関与を疑っている、あるいは探っているとは一言も言っていない。
「彼が商会へ接近してきたことを機にガンマ様は証拠を迅速に廃棄できるシステムや拠点を効率的に引き払う段取りを整えた」
それは全て教団との戦いが激化していくシャドウガーデンの状況を鑑みたシャドウ様によって導かれた結果だったのだろう。情報戦や暗闘であっても教団に引けを取らない下地がガーデンには整いつつある。
「さすがですシャドウ様」
私を悪魔憑きから救い、マルコの命も救ってくれた大恩人。
圧倒的な力と知識を有し、世界を支配するディアボロス教団を相手にしてもなお優勢に事を進める神の如き存在。
シャドウ様とアルファ様から世界の真実を教えられたとき、私はニコレッタ・マルケスであることをやめてシャドウガーデンの一員として教団との戦いに臨むと決めた。
全ては教団を滅ぼし、彼と笑って過ごせる世界を手に入れるため。
それまでは過去を振り返ることはしない。彼との思い出は心の宝箱の中に仕舞って開けられないよう厳重に鍵を掛けた。
その日が来るまで、私はシャドウガーデンのナンバーズ十三番"ニュー"としてシャドウ様と共に陰に潜み、陰を狩る。
「そうなると優先すべきは七陰様への報告よりもマルコの動向確認ね」
前提となる認識が違っていた以上、このまま報告しても対応を決めかねる。まさかシャドウ様にどうすれば良いかお伺いを立てる訳にもいかない。私がミツゴシ商会の店員に扮していたことを知ったマルコがどう動くのか知っておく必要がある。
本来ならば協議する余地すらなく口封じをすることになるだろう。しかし、マルコはシャドウ様から直接力を与えられた唯一の男性らしい。性別や人種を問わずとも、同じ栄誉を賜っているのは現状では七陰の皆さまと559番のみだ。故に対応は慎重を期さなくてはならない。流石に私の存在と商会の秘密を紅の騎士団や国王に報告するとなれば実力行使に出ざるを得ないだろうが。
「今から追いかけて間に合うかしら」
念のため、再度変装を施してから服をミツゴシの制服に戻して周囲を確認する。すると、彼はしょぼくれた様子でミツゴシ商会へ入るための列に並んでいた。
「あ、帰るんじゃないんだ……」
マルコがミツゴシ商会に来るのは大体がガンマ様に対して探りを入れることを目的としていた。その場合は基本的に事前にアポを取って訪れることが多く、そうでないなら普通の買い物をしに来ていることになる。
しかし、今日の出来事があったにも関わらず買い物を続けるとは相当に重要な目的があるのだろう。私の存在を認識したことで改めて商会内でガーデンに繋がる証拠を探そうとしているのかもしれない。
「あのー、アンケートにご協力いただけないでしょうか」
これはあくまでシャドウガーデンのためと心に念じながらマルコに声を掛ける。口調も変装した顔立ちに合わせて可愛い間延びしたものにする。少しだけ声が上擦ってしまったのは緊張によるものであって嬉しさなどでは断じてない。
ただアンケートと称して彼の目的を探るだけだ。
「あれ、ニコレッタ。そっちから話掛けてきてくれるんだ」
……なぜ一瞬さえ騙せないのだろうか。
「アンケート、受けるんです? 受けないんです?」
担当する任務に潜入がある身としては腹立たしい。その感情が声に乗ってしまった。
「あ、その冷たい笑顔懐かしい。アイリス様に感じた既視感は予知夢みたいなものだったのか」
体をプルプルと震えさせながらも、彼は嬉しそうに目を細めていた。もしかしてマゾなのだろうか。私はサドなので相性良しだ。
「受けます。えーっと来店した目的はチョコレートを買うことで用途は女性への贈り物っと」
「あ"ぁ?」
「えっ?」
いけない。地声でドスを効かせてしまった。
「女性への贈り物だなんて素敵ですねー。しかも、前回のブシン祭で活躍して婦女子の皆さまからも大人気の
将来を嘱望される期待の騎士見習いだった彼も今や昔。王国最高峰の実力を持つ騎士でありながら
その名は――。
「是非、贈り物をするお相手の名前を伺いたいですねー」
「アイリス王女様だけど」
――"王女の懐刀"だ。
「へぇー」
「あの、アンケート用紙挟んでるクリップボードが砕けたんですが」
どうやら指先に力が入りすぎてしまったらしい。バキッという破砕音と共に木製のボードを壊してしまった。
「すみません、どうやら材料の木が腐ってたみたいでー」
「いや、どうみても摘んだ指先で潰したよね?」
この男は本当に昔からデリカシーがない。
優しく相手を思い遣れるが、全方位に善意を向けるせいで第三者がそれを見てどう思うのか考えられないのだ。彼の
「それでは次の質問なんですけどー」
「えっ、ボード砕けたまま口頭で続くんです?」
「黙って聞かれたことにだけ答えろですー」
しかも、ミツゴシ商会で大人気となり流行最先端のチョコレートをあげるなんて、そこらの脳内お花畑な女共だったら一発で勘違いをしてしまうだろう。
「なんの目的でチョコレートをお贈りになられるんでしょうかー」
「ああ、それはもっとアイリス様とお近づきになりたいからで……ごふっ!?」
思わず無言の腹パンをしてしまった私は悪くないだろう。
アイリス王女とマルコ・グレンジャーが二人で歩く姿がお似合いなんて声があることや、赤と青で見栄えがいいなんて評価にムカついている訳ではない。
「ウッ……ニコレッタ……」
力なく倒れ伏すマルコをゴミ同然に見下ろす。
私を迎えに来ると言っていたが、まさか妾としてか?
腹立たしさが限界突破した私は大股でズンズン歩いて商会内の休憩室へ戻り、高いチョコレートを自棄食いした。
「……あ、マルコの今後の動向を探るの忘れてた」
慌てて外に戻るもすでにマルコの姿はなく、経緯を報告したらガンマ様にしこたま説教された。
本作のニュー:令和最新版暴力系ツンデレヒロイン。貴族や学生としての生活に未練はないが、マルコと彼の婚約者であったことには未練タラタラ。シャドウ様には尊崇、敬愛、感謝の念を抱いているが、異性に対する恋愛感情ではない。
遊戯王ARC-Vの放送開始日調べたら2014年てあって宇宙猫みたいな顔になったわ。