我が名はマルコ。不死鳥のマルコではない。   作:ゆーりふり

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マルコ・グレンジャーに正体がバレた上に逃がしてしまったニュー。
ディアボロス教団との厳しい戦いに挑むシャドウガーデンがそんな愚行を許すはずもなく、彼女は針の筵とも言うべき苦境に立たされるのであった(棒読み)


疑惑の目

「あの、ベータ様」

「なにかしら、ニュー」

 

 ミツゴシ商会本店にある隠された一室。厳重に施錠された部屋で私はスライムスーツも取り上げられた状態でベータ様と対峙している。

 当然の対応だろう。接触してはならないマルコ・グレンジャーに正体がバレる失態を犯したのだ。しかも、彼を拘束することもなく帰してしまっている。いくら彼がミツゴシ商会とシャドウガーデンを紐付けていないことが分かったとは言っても、裏切りを疑われて然るべきだ。

 ナンバーズの称号を剥奪されることは前提として、粛正だってあり得るかもしれない。そう考えて此処に来た。

 だと言うのに……。

 

「私はシャドウガーデンに対する裏切りを疑われて尋問を受けている。合っていますよね?」

「ええ、その通りよ。よってこの場で隠し事は許しません。マルコ・グレンジャーのことを以前はどう思っていたのか、今はどう思っているのか、もし彼の元に戻ったらどんなことがしたいのか、全てを詳らかにしてもらいます」

 

 ベータ様の目はキラキラと輝いていた。どう見てもシャドウガーデンに危機が及ぶことを危惧している尋問官の態度ではない。

 

「べ、別に何も思うところはありません」

「はいダウト。スリーアウトでチェンジですからね」

 

 何が何にチェンジするのだろうか。尋問官が他の七陰にチェンジするのなら是非お願いしたいのだが。

 

「ニュー、これは大事なことなの。今後のシャドウガーデンの活動にも差し障りかねない。あなただって背信を疑われたままでは居心地が悪いでしょう?」

「本音は?」

「ナツメ・カフカの次回作は騎士と令嬢の恋愛物にしたいなって!」

「うぜぇ……」

 

 敬服すべき七陰に対してあってはならない悪態だが、今回ばかりは許されるだろう。

 ナツメ・カフカはベータ様が表で活動する際に用いている偽名で職業は作家。"よみにち新聞"という各国の情報や歴史を記した資料を多く持つメディアに属している。だからまあ、大切な役割をこなすための仕事であることは事実だ。

 

「逃亡など考えないことです。部屋の外にはガンマとイプシロン、それにカイとオメガも見張りとして待機していますからね」

「聞き耳を立てているの間違いでは?」

 

 七陰二人にナンバーズ二人が見張りとか豪華すぎる。教団最高幹部のラウンズを相手にするかのようなVIP待遇だ。実態はただの出歯亀だが。

 

 要するに私はちっとも裏切りを疑われてはいなかった。代わりに恋バナのネタを提供しろと強請(ゆす)(たか)りにあってはいるが。裏切ることを有り得ないと思われているのか、裏切っても問題ないと判断されているのか、果たしてどちらだろう。

 

「さあさあ、マルコ・グレンジャーの好きなところは? デートをしたことはある? 贈り物だとなにが嬉しかったです?」

「ちょっと静かにしてくれませんかね?」

 

 ネタ帳を開きペンを走らせようと構えているベータ――今はナツメ・カフカが浴びせてくる熱量と圧が心底鬱陶しい。

 

「王女誘拐編以降のシャドウ様戦記のネタがないんです! 七陰権限です洗い浚い吐きなさい」

「パワハラって知ってます?」

「ええ、陰の叡智のひとつでしょう。あなたこそブラック企業という陰の叡智は知っているかしら。組織の序列は絶対。異を唱える事さえ許されないのよ」

 

 ブラック企業……確かに陰に潜むシャドウガーデンにはぴったりな色だし、命令系統の大事さは承知している。

 

「観念してマルコ・グレンジャーとの思い出を語りなさい。悪魔憑きにならず貴族の学生だったら何をしていたか妄想して全部教えなさい。特に騎士っぽい話がいいわ」

 

 だが、それでもウザいものはウザい。ブラック企業という陰の叡智に従うならば、七陰第二席の位にあるベータ様に意見できるのは絶対的支配者のシャドウ様とガーデンを統括する第一席のアルファ様のみということ。

 

 ……下克上のために本気で七陰の席を狙ってみようかしら。でもそれで行くと最初にぶつかるのは第七席のイータ様で、今回の件に無関係だからなあ。

 

「本当は白馬の王子とエルフの姫で過去作とは差別化したものをもう一本書きたかったんですが、マルコ・グレンジャーに王子役は些かつり合わないですから」

「そんなことはありません! 彼は悪魔憑きになった私を救いに来てくれた! 白馬の王子と同じくらいカッコよかったです! ……あっ」

 

 どうしよう、釣られてしまった。

 

「あら、王子というよりは騎士様だからつり合わないと言ってみたのだけれど、随分と熱心に否定するのね」

 

 ニヤニヤしながら眼鏡のズレを直すベータ様。

 その顔面に拳を叩き込んでレンズごと粉砕してやろうか。

 あとペンを走らせるのやめろ。さっきの会話に喜んで書き記すことなんてないだろ。

 

「『病に冒され賊に攫われた私を救いに駆け付けたマルコの姿は、物語に記される白馬の王子さえ及ばない勇猛果敢なものだった』と」

「盛るのやめてもらえます?」

 

 作家なんて表現を大袈裟にして設定を盛ってなんぼかもしれないが、自分の体験を文章にされていると思うと一気に恥ずかしさが込み上げてくる。

 まあ、あの時のマルコがシャドウ様に匹敵するカッコ良さだったのは事実だ。悪魔憑きとなっていた影響で意識ははっきりしていなかったが、彼は醜い肉塊となった私を否定することなく受け入れてくれた。迫りくる死を前にしても躊躇うことなく必死に手を伸ばしてくれた。いやなんか体臭だけは否定されたような気もするが。

 

 というか新作の主人公の名前は『マルコ』で行くつもりなのだろうか?

 ベータ様、肖像権って陰の叡智ご存知です?

 

「王子と姫だと政治という部分が大きく絡んできますが、騎士と令嬢ならば戦争の方が物語に緩急が生まれやすいでしょうか。いやでも、騎士や令嬢より爵位の高い貴族が現れて二人の関係が引き裂かれる王道もやはり捨てがたいわね」

 

 涎を垂らしながら興奮した様子でページを埋めていくベータ様。

 もう業務に戻ってもいいだろうか……。

 

「それで、マルコ・グレンジャーのどこが好きなんです?」

 

 ダメそうだった。

 

「あの、マルコ・グレンジャーに正体がバレたことを問題視はしないのですか?」

 

 質問責めされるのはキツいので、こちらから聞いてみることにした。私が裏切ったのか云々を別にしても、彼にニコレッタ・マルケスの生存とミツゴシ商会に居ることがバレたのは大問題のはずなのだが。

 

「アルファ様も含めた集まれる七陰全員であなたの語った推測について検討はしたわよ。最終的に私たちもそれで正しいのではないかという結論に至ったわ」

 

 つまり、シャドウ様は最初からシャドウガーデンの秘匿性を高めることが目的であり、マルコは丁度良い駒として利用しただけということか。

 

「そもそも、あなたをミツゴシ商会に配置するのか否か自体が七陰の中でも議題としてあったの。無論、事前にシャドウ様にもお伺いして問題ないとのお言葉をいただいているわ。シャドウ様は当初からマルコ・グレンジャーとニューが鉢合わせする日が来ると想定に組み込んでいたのかもしれないわね」

「それは……あまりにもリスクが高いと思うのですが」

 

 教団の手はミドガル王国の騎士団だけでなく政界や経済界にも根深く及んでいる。マルコにそのつもりがなくとも、情報が洩れてガーデンに害をもたらす可能性は高い。

 

「シャドウ様がマルコ・グレンジャーに力を与えたのは何らかの役割を担わせているから。今回の件も、その役割の中に含まれていると考えるべきでしょうね」

 

 シャドウ様の深謀遠慮となれば、それは七陰であっても考えが及ぶものではない。

 あの方の差配なのであれば我々はただ従うだけだ。

 シャドウガーデンも七陰も、あの御方の意のままに動く手足なのだから。

 

「だから、シャドウ様のお考えのままにマルコ・グレンジャーには好きにさせておくことになったわ。勿論、動向を監視する者は付けるけど。そしてあなたからは次回作のネタを絞る」

 

 ちくしょう、上手く話題を変えられたと思ったのに……。

 

「実際、シャドウ様に比べれば月とスッポンなだけで、そこらの有象無象よりは遥かにマシな造形をしているじゃない。剣の腕も立ち、騎士としての名声も王都に於いて並ぶ者がないほど高まりつつある。性格も良いと評判よ。そうなるに至った契機があなたを守れるよう強くなるためだなんて、当人としては嬉しいものでしょう?」

「それは勿論そうですが……」

 

 アレクサンドリアから王都へ移動してきたとき、私を失ったマルコが辿ってきた道についても教えてもらった。過酷な訓練を己に課し、困難な任務にも率先してあたる。報酬や権威には目もくれず、弱き者を守るために苦労を厭わない騎士の鑑。その強さはナンバーズに匹敵するどころか一部の技量と魔力量に於いては上回ってさえいる。確実に倒すならば、七陰が直接赴かなければならないほどの領域へ彼は数年で駆けあがった。

 そして、その成長は未だ止まっていない。

 

「けれど、あなたが婚約者として認めていたマルコ・グレンジャーは私たちが知る以前の彼であるはず。今の彼であればあなたが惚れていても納得できるのだけど、昔の彼のどこが好きだったのかしら」

 

 これ、本当に答えないとダメなやつなんだろうか。

 

「……努力しているところ、でしょうか」

「どりょく……?」

 

 ベータ様はあまり得心がいっていないようだった。シャドウガーデンのメンバーは非常にモチベーションが高く、己を高める努力をすることが至極当然だから美点とは思えないのだろう。

 

「私に一目惚れしたと言っていました。そして今の自分では到底見合わないから、そうなれるよう頑張ると」

 

 今にして思えば、その努力もまだまだ足りないものではあったが剣に人間性にエスコートの作法にと、彼は私のために努力を続けてくれた。穿った言い方をするなら、自分のために苦労を背負ってくれる彼が居るという事実に優越感のようなものを感じていた。彼の努力は鏡のようなもので、その努力がそのまま私の価値を示しているように思えた。

 

 だから、最初は政略結婚の相手として非常に優良物件だという認識でいた。

 けれど、何時の間にか私のために果てのない努力をしてくれる彼の姿を自然と目で追うようになってしまった。男児三日会わざれば刮目してみよ、とでも言うべきなのか会う度に確かな成長をしている彼を愛おしいと思うようになった。それからは私が彼に置いて行かれてしまわないよう、一層の努力をした。

 

「頑張っている彼の姿はとてもカッコよくて可愛いんです」

「『そう言って愛しい騎士様の過去を思い起こす令嬢が浮かべる表情は、憂いと慈愛と高揚が入り混じり、得も言えぬ妖艶さを湛えていたのであった』と」

「あの、マジで茶化すのやめてくれます?」

「茶化してないわよ。出版するんだもの」

「お願いですから出版は勘弁してください」

 

 その後、ベータ様の尋問という名を借りたネタ出しは数時間にも及んだ。

 なんか色々恥ずかしいことも言った気がするし、これなら普通に拷問でもされた方がマシだったかもしれない。

 いったい何時になったら終わるんだと辟易していると、部屋の外から慌てたような物音がして施錠されていた扉が開いた。

 

「どうかしたのガンマ?」

「ベータ、ニュー、恋バナは中断よ! 主様がお越しになられたわ!」

 

 ガンマ様から伝えられた情報によって私とベータ様に緊張が走った。

 あと、せめて恋バナじゃなくて尋問という体裁だけは維持してほしかった。

 

「ニュー、あなたも来なさい。丁度いいから主様に紹介するわ」

「えっ、このタイミングで?」

 

 大失態を犯して尋問されている中でお目通りするなんてもの凄く印象が悪いのではないだろうか。シャドウ様に会うのも治療直後の意識が朦朧としていた時以来で数年ぶりだ。立派になったとこを見せて、ちゃんとお礼もしたかったのに……。

 

――――――

 

 ミツゴシ商会の屋上、人目から隠すようにして建てられた屋敷の中。

 シャドウ様の紫色の魔力が光の雨となって私たちに降り注ぐ。

 なんて光栄なことだろうか。

 

 ……この後、私が紹介されて失態を報告するのでなければ感涙できたのに。

 私の体は心因性の腹痛が起こり、魔力の雨に癒され、また腹痛が起きるのを繰り返している。

 

「そ、それでこの店、結構稼いでる感じ?」

「はいっ。王都以外でも順調に規模を拡大しています。即時運用できる資金もざっと十億ほど」

「じゅっ……!」

「ッッ! 少なかったでしょうか!?」

 

 僅か数年で億単位の軍資金を調達できるのは凄まじい成果と言っていい。しかし、その元となる叡智は全てシャドウ様からもたらされたもの。あの御方は与えた知識から得られる財さえも予測をしていて、私たちの働きはそれを満たせていなかったのだろう。

 

「いや……」

 

 寛大な御心で許してはくれたが、これからさらに失態を伝えるとなれば幾らシャドウ様でもお怒りになるかもしれない。魔力光の雨も止んでしまい、腹痛が増す一方になってきた。

 

「主様が来訪された理由は察しております。我らの名を騙る人斬りについてですね?」

「え? ああ……」

 

 ここ最近、王都を騒がせている通り魔事件。

 黒衣を纏い、シャドウガーデンの名を連呼する人斬りに民衆が襲われる事態が発生している。

 

「心当たりがある。一度、探ってみる」

 

 ほんの数秒、たったそれだけで我々も辿り着けていない事件の根幹にあたりを付けられる。やはりシャドウ様の智謀はガンマ様さえも凌駕し、全てを見通している。

 

「来なさい」

「はい……」

 

 本当はトイレに篭っていたかったが、できる訳もない。

 ガンマ様の声に従い、シャドウ様の元へと歩み寄る。

 

「お前は確か……」

「この子はニュー、十三番目のナンバーズです。主様にはニコレッタ・マルケスと伝えた方が分かりやすいでしょうか」

「あの時のマルコ・グレンジャーの婚約者か」

 

 シャドウ様は目を細めて私を見た。

 その鋭い瞳に私はどう映っているのだろうか。

 

「そして、申し訳ありません主様。実は先日、ニューとマルコ・グレンジャーがミツゴシ商会付近で鉢合わせしてしまい彼女の生存と所在がバレてしまいました」

「ほう、それでマルコ・グレンジャーはどう動いた」

「ニューがシャドウガーデンの一員であることを示して戻るのを拒んだこともあり、力尽くで取り戻すのは諦めたようです。王国や騎士団に我々のことを報告した様子もありません」

「ふむ……」

 

 シャドウ様の表情が険しさを増す。

 やはり、犯した失態を考えれば粛清は免れないか。

 

「よかろう。ニューよ、念のため今後はマルコ・グレンジャーと接触することは控えろ。然るべき時に我が指示を出すとしよう」

「な…‥わ、私に罰をお与えにならないのですか?」

 

 ベータ様からの話でお咎めなしの可能性もあるとは思っていたが、実際にそうなると逆に申し訳なさが滲む。組織の秩序を保つためにも見せしめは必要ではないだろうか。

 

「構わん。彼に求める役割を考えれば、お前の生存を知られることは前提条件だった。むしろ、タイミングとしては理想的であるとさえ言える」

「では、主様。ニューのことはどうぞご自由にお使いください」

「うむ。用が出来たら呼ぶ」

 

 この御方はどこまで気宇壮大なのだろうか。シャドウ様がこの世界に降り立ってくれたことに感謝の念が絶えない。

 

「必ずやお役に立つことを誓います」

「ああ。……さて、そろそろ帰るか」

 

 その後、シャドウ様はチョコレートを購入して去っていかれた。

 彼に受けた御恩に報いてみせよう。そう改めて心に誓った。

 

――――――

 

 屋敷を後にしたシャドウはルンルン気分で商会から出ていった。

 まさかあの時に助けた悪魔憑きがミツゴシ商会の店員をしているとは思ってなかったが、マルコ・グレンジャーから戻ってくることを望まれたのに拒絶しただなんて。

 

「これって連れ去られたヒロインが陰の組織に洗脳されて主人公の前に立ち塞がる展開だよね? くぅー、ガンマってばなんとも痒いところに手が届くイベントを用意してくれるじゃないか!」

 

 自由意志を奪われ望まぬことに加担させられるヒロイン。

 ヒロインが相手では戦うこともできず逃走するしかない主人公。

 そして物語の中盤、主人公は愛によって秘められた力を開放し、陰の実力者との激しい戦いの末にヒロインの目を醒まさせて取り戻すのだ。

 

「くははっ……素晴らしい、素晴らしいぞっ! マルコ・グレンジャー!」

 

 やはり彼こそが、この世界の主人公!

 ボクの陰の実力者ライフを華々しく彩ってくれる光!

 君という光が射すことで、ボクという陰はより色濃く浮かび上がる!

 

 ……ちょっとボクのやってることが悪役に寄りすぎている気もするけど、まあそこら辺は別のとこでバランスを取ればいいか。

 

「マルコ・グレンジャー。貴様と刃を交える時が来るのを楽しみにしているぞ」




シャドウ様の深謀遠慮って言えば七陰を強制的にあんぽんたんにできるの素晴らしいよね。
ちなみに本作のニューが一番仲の良い七陰はアルファ様だったりする。
さっさと教団を滅ぼして愛する人と静かに暮らしたい仲間という理由で。

学園テロ編は一通り書いてみてから投稿するのでちょっと時間空くかもです。
文章量がね、おうにょ誘拐編よりだいぶ多くなりそうで困ってんだよね。
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