キヴォトスにて『悪魔』は散る 作:あのお方
◆MIDDLE-SCENE.3◆相互理解へと
春日恭二が油断をして爆散した後、サオリとアツコはその場にしばらくの間立ち尽くしていた。
目の前には黒焦げで倒れている春日恭二だったものが転がっている。余りにも自信満々だったものだからここから何かあるのではないかと様子を見ていたのだが……偶にうごめくだけで立ち上がる様子はなく、そのままとどめを刺すのも後味が悪いという理由で再び部屋に運び治療を施している。
といっても治療道具は粗末なものだ。古い包帯に消毒液くらいのもの。
「アリウスから支給される補給物資、使い切っちゃったね」
「……仕方ないだろう。最初は驚いたが、特に抑えられないような力があるように見えなかった。……それに聞きたいこともある」
「どうやってこの……アリウス自治区に来れたのか?」
サオリは頷く。
現在春日恭二が居る場所はアリウス自治区という場所だ。この場所は学園都市であるキヴォトスの中でも特殊な場所である。
というのもこの学園都市はそれぞれの学園が自治区を持っており、統治、自治を行い管理をしているのだが、このキヴォトスには自由と混沌が支配する『ゲヘナ学園』、複数の学園を統合し、連合を組んだ『トリニティ総合学園』、科学技術に力を入れ、最先端を行く『ミレニアムサイエンススクール』の三大学園が存在しており、それぞれ数千名の生徒を抱えている。
ここ『アリウス自治区』は過去に『トリニティ総合学園』に追放された『アリウス分校』が逃亡の末に辿り着いた未開の地に築き上げた外部から孤立した場所である。
辿り着くためにも『カタコンベ』という迷路のようになっている地下墓地を通る必要がある。
つまり、このアリウス自治区に辿り着くためにはアリウス分校の存在を知っている事とカタコンベの正確なルートを把握している必要がある。サオリはこの
(ただでさえ“マダム”の動きが不穏だ。アズサが潜入してくれている今、内輪でもめ事は起こしたくない)
サオリはコンクリートの壁にで背中を預けながら黒焦げ春日恭二を見る。
驚異的な生命力だ、とサオリは思う。ヘイローも無い、肉体強度も高くはあるが銃弾で血が噴き出す程度でありその状態で銃撃と手榴弾の爆発を至近距離で受けた事。聞く限りその前でもすぐ死ぬかと思ったくらいにはボロボロだったという。なのに死んでいない、今もなお息をしている。懸念点だったあの
「サッちゃん。お水持ってきたよ」
「ありがとう」
「うん、じゃあ飲ますね」
「意識が無いからな、飲めないとは思うから口を湿らす程度にしてやってくれ」
「わかった」
(私は……何をやっているんだ。無駄な事だとは分かっている、助かる筈がない。情報収集の為と言うのも建前だ)
本当にもめ事を起こしたくないのならさっさと
「“
「むっ! むぐぐ!!?」
「おぉ……」
「……ん?」
サオリの目の前で春日恭二の口の中へどぼどぼと水を注ぎこんでいくアツコ。その表所はマスクで隠れて見えないがどんどん水が呑み込まれ行くのを珍しそうに観察している。
「…………いや待て!」
「……あ」
サオリが飛び掛かりアツコから水の入った瓶を取り上げる。春日恭二は水攻めを受けた捕虜の様に白目を剝きながらぴくぴくしていた。
「姫! そいつの体を起こせ! おぼれ死ぬ!」
「わ、分かった」
アツコがサオリの声に驚いて春日恭二の体を起こす、同時に春日恭二の口から水が吐き出された。
「げほ、げほ……誰だ! 死ぬわ!!」
「おぉ、凄い。サッちゃんの言ったとおりにしたら目覚めた」
「姫? 私は拷問をしろと言った覚えはない」
「…………ごめんなさい。ちょっと含ませてみたらもっとって言ってたから」
「……なに?」
喋ったという事はその時点で息があった、という事に他ならない。サオリは春日恭二の早すぎる回復に戦慄した。これほどの怪我を負い、満足な治療も受けれないこの状態。目が覚めるのは良くて一割程度だと予想していたのだ。なのに目の前の光景はそれを完全に否定するもの。
「おい貴様!! 確かにケガ人に滝のように水を飲ませる奴がおるか!! そこに直れ!」
「…………」
「黙るな! さっきまで喋っていただろう!」
アツコがハンドサインをサオリに向けて送る。意味としてはどうしよう、と言うものだ。アツコは諸事情で人前にしゃべらない様にしている、目の前の男に対して喋って良いかどうかの判断をサオリに委ねている。
サオリは数秒考えて、どうせ聞かれているのだから良いだろうという判断に至った。
「姫、もう手遅れだ」
「分かった。ごめんなさい」
「お、おう……? 分かればいいのだ」
素直に謝った少女に対し強気に出れないのか春日恭二は一旦怒りを収める。それ以上に怒る事、突然の銃撃や爆撃がある筈なのだがそちらに関し春日恭二は全く気にしていなかった。その理由として元の世界ではもっと酷い攻撃を日常的に受けていた……つまるところ感覚がマヒっている。
「動くな、一応の治療をしたが貴様が侵入者であることには変わりない。何者だ」
「貴様、この私を……知らないだと!? FHにそんな奴が居る筈はない……UGNか!」
春日恭二が背後に飛び去り距離を開ける。しかしサオリはと言うと聞き覚えの無い言葉に頭を悩ませていた。
「ふぁるすはーつ? ゆーじえぬ? なんだそれは……暗号か!」
「……しまった! ただの人間か貴様ら……ってそんな事あるか! ここは日本だぞ! そのどちらも知らない奴が銃なんぞ持っているわけあるか!!」
「貴様こそ何を言っている! ここはキヴォトスのアリウス自治区だ」
「きヴぉとす? ありうす? 待て待て頭がこんがらがってきた……ここは日本の筈だ、貴様も日本語をしゃべっているではないか!」
お互いの知識が食い違い、更なる疑問を生んでいく。お互いがお互いの疑問に答えることが出来ず、解消が出来ない。攻撃行動に移ってはいないが一触発の緊張感のまま時間だけが過ぎていく。
サオリは先ほどの動きならばすぐに制圧が出来るからの余裕と謎情報を解明しなければならないという理由で未だ撃つに至っておらず、春日恭二の方も
その静寂を破ったのは、アツコだった。
「アツコ!?」
「な、なんだ貴様……ガスマスクとフードとはもう何も顔を識別するものが残っておらんぞ!? 声とその紫色のおさげくらいではないか!」
ひょこりと春日恭二の前に飛び出し、じっと春日恭二の顔を見詰めたのだ。見つめ合っていた二人は驚愕し、緊張の糸がぷつりと途切れる。
「……ねぇ、サッちゃん」
「な、なんだ。じゃない! 危ないから下がれアツコ」
アツコはそう指示されても引くことはせず、銃に手をかけることもせず。逆に一歩春日恭二に近づく。
「この人やっぱり……“外”から来たんじゃない?」
そして、お互いの誤解を解く、一歩となりえる一言を発した。