キヴォトスにて『悪魔』は散る   作:あのお方

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3.悪魔の手は伸びる

 ◆MIDDLE-PHASE.4◆学園都市キヴォトスとアリウス自治区

 

 廃墟の一画で、春日恭二、サオリ、アツコが顔を突き合わせて話し合っていた。

 本当は異世界から来た春日恭二の事を“外”から来た、と解釈したサオリはこのキヴォトス内部の事を春日恭二に教え、代わりに春日恭二は己の力について答えた。レネゲイドウイルスと言う存在。レネゲイドに侵され、その症状(シンドローム)が発現した者はオーヴァードと呼称され超常的な力を得るという事。そして、レネゲイドは精神を大きく蝕み、呑み込まれれば二度と元には戻れないという事。それぞれが持つ基礎的な知識を交換し合った。

 

「へいろぉー……それが天使の輪の正体……いや、何故銃弾が効かんのだ?? つまり……どういう事だ???」

 

「レネゲイド……エフェクト……オーヴァード……? 意味が分からない……体が変化する? なぜ傷がすぐにふさがるんだ……?」

 

 だからと言ってお互いが完全に理解できるという事はない。常識が違うという事は理解する過程に大きな齟齬(そご)が発生するという事。懇切丁寧に説明したところで、お互いの世界について勉強していなければ意味はない。

 サオリはレネゲイドが肉体に及ぼす変化について理解が出来ず、春日恭二は逆に何も防御機構が見当たらないのにもかかわらずこの世界に住む人たちの頑丈さが常軌を逸している事に困惑している。

 

「おじさん」

 

「学園都市キヴォトス……学生が自治をしている、つまりはアカデミアみたいなものか。それが×3以上!? ……誰がおじさんだガスマスク」

 

「秤アツコ。おじさんは何が出来るの? 聞いている限り、おーヴぁーどっていうのは火を出せたり、電気を出したりできるみたいだけど」

 

「だからおじさんと呼ぶのを止めろと……私の事は『ディアボロス』か春日さんと呼べと……もういい、で……私にできることか」

 

 ガスマスクに隠れた瞳を輝かせてじっと春日恭二を見つめるアツコ。春日恭二はめんどくさいと思いながら現在、どれくらいの力を使えるかの確認が必要だと思い直し、試験を兼ねて見せてやることにした。

 

「まずは……体を獣の物へと変化させる力(キュマイラ・シンドローム)の一端」

 

 春日恭二は『破壊の爪』と呼ばれる体の一部を変化エフェクトを行使する。これはサオリが悪魔の腕だと勘違いした時に使っていたエフェクトだ、見る見るうちに春日恭二の片腕が変化していき。鋭く禍々しい鉤爪に硬質な赤黒い毛が生えてくる。幾度か握ったり開いたりしていたが、拭いきれない違和感を感じ顔をしかめた。

 

「……やはり前の様にはいかんな」

 

「触ってみてもいい?」

 

「やめろアツコ」

 

「はーい。おじさん他には何が出来るの?」

 

自らの肉体を自在に制御する変幻自在(エグザイル・シンドローム)血液を操り、奪い取る血液の支配者(ブラム=ストーカー・シンドロ-ム)そして先の獣の権能を合わせて合計三つの力が私の能力だ!」

 

「すごい」

 

「そうだろう!」

 

「全部自分の強化にしか使え無さそうなラインナップだね」

 

「つまり私は最強と言う事だな!」

 

 ガハハと笑う春日恭二と感嘆するアツコを横目にサオリは頭を悩ませる。聞いたことも見たこともないオーヴァードという存在にエフェクトの力、これを上司である“彼女”に報告するか否か。与太話にするには聞き過ぎた。信じられる要素が増えすぎたのだ。

 どう話をするか、

 

「一先ず……ディアボロス、あなたが自らの意思でこのアリウス自治区に来たのではないという事は分かった」

 

「ああ、そうだった。で、ここから“外”に出ないといけないのだ。早く帰らねば次の任務が私を待っているのでな!」

 

「その事に関してだが……方法は分からない」

 

「……なにっ!!?」

 

 春日恭二は驚愕し、勢いよく立ち上がる。じっと押し黙るサオリを見て、対人能力の低い春日恭二の目からしても嘘を吐いていない事は分かった。

 

「っく、知らんと言うのなら仕方ないな……ならばかたこんべ? という迷路の通り方を教えろ!」

 

「それも、出来ない」

 

「なに!?」

 

「カタコンベは構造を変え続けている。地図などを渡したところでそんなものは役に立たない。永遠に彷徨い続けるだろう」

 

「か、形を変え続ける……???」

 

「私達が案内する事も出来ない。命令に違反することに成る」

 

「その程度……あぁ、貴様らうち(FH)でいうチルドレンだったな」

 

「FH……おじさんが所属している組織で、そこで育てられた子がそう言われるんだっけ」

 

「そうだ」

 

 春日恭二の所属しているFHと言う組織(ファルスハーツ)はレネゲイドの力を使い、力こそが絶対を掲げるテロ組織だ。

 春日恭二の元居た世界にも一般人、つまりレネゲイドウイルスに発症していない人間は大勢存在していた。そんな彼らを未覚醒者と見下し、覚醒者である自分たちが上位者として支配してやろうという理念が基づいている。FHは巨大な組織だが、セントラルドグマ中枢機構が存在する以外は無数の小さなチーム(セル)が緩く繋がっているのが殆どでお互いの顔も知らないのが殆どだ。

 

 そんなテロ組織なのだが、その中でもチルドレンと呼ばれる存在が居る。幼いころにオーヴァードに覚醒した子供たちが攫われたり、保護と言う名の回収をされFHの理念の元に育て上げられる。幼いころから洗脳に等しい教育を施された子供たちは歪んだ思想を持っていたり、逆に思考を一切持たない人形で有るのが殆どだ。

 

「しかしなぁ……お前達がそういう風には見えんのだ」

 

「どういうことだ?」

 

「アリウスという学校? いや、学校と言っていいのかこれは……一旦置いておくが、そこの理念的に私と今、会話していることがおかしいという話をしている」

 

「言っている意味が分からないんだが……?」

 

「例えば、そうだな……おい、お前アツコと言ったか」

 

「なに?」

 

「動くなよ」

 

 春日恭二は油断していたものの僅かに警戒していたサオリが反応できないほどに自然な動きで異形の手でアツコの首筋へ爪を突き立てた。

 

「……っ!」

 

 抵抗しようとアツコが悪魔の腕を掴もうとするも、いつの間にか背後に回った春日恭二に妨害される。

 同時に2人を襲う凍てつくような殺意の感情が空気を通して直接身体に叩き込まれる。

 

「なん、で……っ!」

 

「───」

 

「……!?」

 

「ぁっ、ぐっ、き、貴様ァッ!!」

 

 息を詰まらせながらもサオリが一拍遅れて銃を春日恭二へと向ける。だが引き金を引くことは出来なかった。引き金に手を掛けた瞬間、春日恭二の腕に力が籠ったことが分かったからだ。

 

 このまま撃てば、同時に鋭い鉤爪が少女の柔肌を切り裂いてしまう。

 アツコという少女が血で赤く染まる光景を想像し、動きを止めてしまった。

 

「フッ──!! フッ──!!」

 

 その一連の動作を春日恭二は冷ややかな目で観察し、呆れた溜め息を吐く。

 

「今ので確信した。貴様は甘過ぎる……だが」

 

 春日恭二は腕の変化(『破壊の爪』)を解除し、アツコを解放した。

 体を支えるものが無くなったアツコは荒い呼吸を繰り返しながらそのまま崩れ落ち、へたり込んでしまう。

 

「アツコッ!」

 

「威圧への対処は及第点だな。話しに聞く通り暴力、そして死が間近にあったらしい。だが直ぐに撃てなかった、人質を取ったのは私だがその程度で止まる洗脳兵は存在せん」

 

 春日恭二はキッと今にも飛び掛かってきそうなサオリの目線を受けても尚、傍若無人な態度を崩そうともしない。隠した意図を見抜かれないように敢えて言葉を続ける。

 

「貴様のような奴を私達の間(FH)では“甘ったれ(ブービー)”と言う。捨て駒(スネア)の兵士としては全く使えんが……利用価値のある生き駒としてならば話は別だ」

 

「……春日恭二! 何が目的でこんなことをした!!」

 

「一つ確認したいことがあってな」

 

「確認、だと? それだけの為に……?」

 

 春日恭二は徹頭徹尾自分勝手で、傲慢で、自信過剰な男だ。

 あらゆる場面に現れて、暴虐を振るい、阿鼻叫喚を造り出す、それこそお伽噺の『悪魔』のように。

 元の世界であるダブルクロスでは自他共に認める悪人としてその存在は広く知られていた。

 

 ある任務で失敗するまでは、だが。

 

 息を整えたアツコが殺意と怒り、困惑の混じる表情を浮かべたサオリの肩を掴む。

 

「はぁ、はぁ……大丈夫、だと思う」

 

「アツコ……?」

 

「さっき、人質にされた時に小さい声で言われたの。『危害を加える気はないから少し大人しくしろ』って。実際に力加減はかなり緩かったよ」

 

「……っ!」

 

「フン……」

 

 春日恭二はネタバラシをされると不機嫌そうに鼻を鳴らすと、一度大きく息を吸った。

 

「私の目的はこのキヴォトスという場所からの脱出! 元の場所へ帰ることだ! その為には……遺憾だが、ひっじょーに遺憾だが貴様らの手を借りる必要がある! 話に聞くカタコンベを抜けるためになぁ!!」

 

「その為の、確認? 一体何を確認したと言うんだ」

 

「貴様らが人形ではなく一個人であるかどうかの確認だ……、貴様ら……何といったかアリウススクワット?」

 

「アリウススクワッ()だ」

 

「そのスクワッドとやらはウチで言うセルに値する。あと何人かいると言っていたな?」

 

「あぁ、私とそこのアツコ、後は二人いる」

 

「セルの特質って言うのはそのリーダーを見れば大体理解できてな。リーダーのお前が“甘ったれ(ブービー)”なセルならば……このような支配、思う所があるのではないか?何か理由があるのではないか?」

 

「そ、れは……」

 

 春日恭二は崩れた壁から外を眺める。

 天気は文句の付けようの無い曇天。幾つかのか細い光の筋が見えるだけ。

 サオリはそんなアリウスなら日常に過ぎない濁った天気を見ながらも()()()()()()()、そう言いたげな春日恭二の横顔をじっと見詰めていた。いつの間にかその手の銃は下ろされていた。

 

 春日恭二が振り返り、サオリが見た表情のまま大きく手を広げて見せる。

 それは春日恭二に取って自分のありのままを見せるという構え、であり……これから話す事が、()()が断られる筈がないという、絶対の自信から来るポーズ。

 

「さて、では本題に移ろう」

 

 その言葉は揺るがず、自らの正しさを疑わない。故に深く、強く響かせる。

 

 サオリはその言葉にぼうっと聞き入ってしまっていた。春日恭二(『悪魔』)という(大人)の空気に飲まれてしまっていた。

 

 だからこそ次の言葉をいつの間にか待ってしまっていて……けれどそれは春日恭二の前にいつの間にか移動していたアツコの存在に正気を取り戻した。

 

「おじさん」

 

「……なんだ、今から大事な話をしようとしてるのだぞ」

 

「うん、それは何となく分かる。おじさんの存在は……おじさんの持ち掛けるナニカは私達の現状を一変させる」

 

「ふむ、貴様なかなか見所があるではないか! ガスマスクの少女よ」

 

「でもね」

 

「ぬ?」

 

 ガスマスクの下でアツコはきゅっと口元を引き締め、拳を握る。

 

「怖かったしサッちゃんをいじめたのは怒ってるから……一発だけ殴るね」

 

「え……ばぶえっ!?」

 

「……アツコ!!?」

 

 儚げな少女から繰り出される腰の入ったアッパーカットが『悪魔』の顎を鋭く捉えた。

 それは奇跡的な角度で油断しまくりだった春日恭二の急所に確実に決まり、結構限界ギリギリで立っていたのもあり……

 

「……あっ、凄く綺麗に入っちゃったかも」

 

「アツコ!? この男白目向いているぞ! これは不味いんじゃないかアツコ!?」

 

「……てへ」

 

 この日、儚げな少女の一撃に……『悪魔』が散った(二回目)

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