キヴォトスにて『悪魔』は散る 作:あのお方
◆MASUTA-SCENE.2◆異変の始まり
ステンドグラスに彩られた光の差す、色鮮やかとは言えない赤くて暗い不気味な空間で、アリウス分校生徒会長にしてアリウス自治区の支配者であるベアトリーチェが居た。
ベアトリーチェは女の姿をとってはいるが印象としてはもう異形と形容するしかない。ステンドグラスの赤よりも鮮烈な赤の皮膚に、流れるような黒い長髪の根元は無数の白い翼の全てに目玉が生えているというその容姿は禍々しいという言葉がよく似合う。
「ふむ」
そんな彼女は紙の資料を手に取りながら感情の窺えない表情でじっと読み進める。
この紙の資料はサオリが書いたもの。春日恭二の詳細を伏せ、外部協力者を増やす判断の許可を求めるものだった。
「内容としては妥当、あの子達からすれば必ず成功させたいでしょうからおかしくはありませんが……このタイミング、匂いますね」
ベアトリーチェは策略家ではない、だが“大人”として隠された意図を全く見抜けぬ程盲目でもない。何かを企んでいる、備えているという事は分かるが
「……まぁ、構いません。何を考えていようと、私の想定を超えることは出来ない。“子供”が“大人”を欺こうなどと……少々癪に障りますがこちらにも新たに
ベアトリーチェ資料に火を点けその場に放り捨てる。燃え尽き、灰となった資料だったものには目もくれず、目の前に置いてあった一つの弁当箱サイズの爆弾を掴んで持ち上げた。
それはベアトリーチェの所属する本来の組織から都合したキヴォトスの住人を殺す“ヘイローを破壊する爆弾”……
「見た目に反し威力は絶大、それが時間さえあれば
ベアトリーチェの持つ無数の目が閉じられ、思案する。その脳裏にはこれからの展望が描かれている。新たに拾った未解明だが利用するにもってこいな力、今まで運用していたが不穏な雰囲気を出し始めた元々■■するつもりだった部隊。益があるから参加しているが、そろそろ口うるさく感じてきた組織。
たっぷりの時間を掛け、再び目が見開かれる。
思案が終わったベアトリーチェは次なる手を打つべく歩き始めた。
既に元あった物語は変革を始めている。物語のジャンルに一滴の色が垂らされた。
◆MIDORU-PHASE.7◆はじめてのおつかい
「な、何だあの空の模様は!!? あんなもの見たこと無いぞ!!!」
「完全自立型のロボットだと……あれもレネゲイドを感じない? ブラックドッグではないというのか!? どういう理屈で動いている!!??」
「飯は普通なのだな」
「犬がシャベッタァァァァ!!!?」
「……あぁもうウッサイ!! 目立つなって言ってんの!」
春日恭二の腹部に鋭い拳が叩き込まれる。鈍い弟ともに呻き声を上げた春日恭二は、下手人であるミサキへ抗議の目を向ける。
「いやこれは仕方ないだろう!? 事前説明に無かったものばかりではないか! むしろ説明不足でこちらが被害者だわ!!」
「知るわけないそんなこと! 何で銃は常に持ちましょうレベルの一般常識まで説明しないといけないわけ!?」
「いやその常識はおかしい」
「あんたが常識を知らなさ過ぎるだけ、少なくともこのキヴォトスに置いてのね」
「む、むぅ……」
ミサキの郷に入っては郷に従え、というもっともらしすぎる正論によって春日恭二の悲鳴はすげなく潰された。
納得のいかないまま春日恭二は再び天下の大通りを歩き始めたのだった。
春日恭二はアリウス自治区を脱出し、とある目的のためゲヘナ自治区を歩いている。
その目的とはゲヘナ学園の協力者と接触し情報を共有、伝達し最終目的のための調整をするため。春日恭二がついて来ているのは顔合わせと周辺地理を把握させる為サオリが指示した。そして誰が春日恭二を引率するかと言う話になったが、リーダーであるサオリは別件で動けず、アツコもその手伝い、ヒヨリはこういう交渉ごとに一切向かない性格だという事もありミサキに白羽の矢が立ったのだった。
「なんで、私が……」
「建物自体は普通なのだな……ほんの少しずつ違いはあるし企業名なども見たことのない物しかないが……おい! 何故自販機で手榴弾が売っているのだ?」
「はぁ……」
ミサキは全くもってこの作戦に乗り気では無かった。勘違いからの戦闘だったとはいえ簡単に無力化されてその上で意味の分からない思想の為にたたき起こされた。あの後から今に至るまで春日恭二はあの時の事を奇麗サッパリ忘れているかのように振る舞い、同じ話を持ち出す事もしていない。
それがミサキには不気味だった。思想の押し付けをしない大人を初めて見たから理解が出来なかった、気持ち悪いと感じていた。
(まだ信用できない。大人なんて、何を考えているか……サオリ姉さんは騙されやす過ぎる。いざと成ったら……これで)
ミサキはアリウス産のサーモバリック手榴弾を握りしめる。有効範囲内の酸素を全て燃焼し強烈な爆風と衝撃波を生み出す強力な爆弾はまじかで喰らえば頑丈と言う言葉も生ぬるいキヴォトスの住人でも耐えることは出来ない……
アリウス自治区を出て、カタコンベを抜けサオリとアツコと別れてしばらくは強い警戒心を持っていたミサキだったが、何時間もわざわざ説明する間でもない常識に驚いて時間と労力を浪費させられていた結果、嫌気の方が強くなってきていた。
「ミサキよ」
「……何?」
「いつまで歩けばいいのだ、もうすでに一時間は歩いてそのままだぞ」
「痕跡を残したくないから、途中で人目を避ける為に人気の無いルートを使って歩いて行く、夜にはゲヘナ自治区に入れるから」
「な、なに!? く、車とかは無いのか!!?」
「あるらしいけど……私たちは使わない。向こうの指定した場所がゲヘナ自治区の境界線ギリギリのところだから、そのまま済ませて昼頃までにアリウスに戻る。これが今回のルート」
丸一日を使った強行軍、春日恭二は顔を引きつらせながら出発前にサオリに見せられたキヴォトスの大まかな地図を思い出していた。
アリウス自治区のあるトリニティからゲヘナまでは歩いて移動すると途方もない距離がある。通常は途中で駅に行き、電車に乗るか車などの移動手段を手に入れる必要がある。歩くとなれば最低で半日は覚悟しなければならない。純粋な直線距離もそうだが建物や川など障害物の関係で迂回しなければならない箇所が多く存在するからだ。
「……周囲に見つからなくて、その上で移動手段を確保できれば良いのだな?」
「そうだけど、そんな都合の良い話は無い。バスとか電車は監視されているから、学生書を出せって言われたら確実に一悶着起きる。学生証が無いなんて論外だし……。もしそれで計画に支障が起きたら……」
ミサキの言葉が詰まる。春日恭二はその反応に任務遂行の使命感以外の感情を感じ取ったが、深くは追及せず仕方ないと割り切る仕草を見せた。
「ただのお使いが面倒くさい話になるのモノだ」
「アンタの居た組織でも同じような事はあるでしょ」
「知らんな、あったとしても私のような者がやる仕事ではない。雑魚の仕事だ」
「……やっぱり、そう言うと思った」
ミサキが冷たい視線を春日恭二に向けながら周囲の警戒に意識を戻す。春日恭二はただのお使いと言い放ったがこれは潜入任務、周囲に溶け込み、違和感を見逃さず、自然を演出する必要がある。それには強い忍耐と深い知識が必要になる。面倒で不気味な隣人に気を使いながら出来る事では無い。最悪面倒を起こすようならば知らんふりをして春日恭二だけを置いて逃げる算段すら立てていた。
そんなミサキの考えはつゆ知らず、春日恭二はふと疑問に思った。ここから半日歩き通しなのは問題は無い、肉体的、精神的に春日恭二と言う男は不満はあれどそういう裏工作に理解があり、手を抜いた場合手痛いしっぺ返しに会うという経験を何度もしている。だが、だからこそ時間の価値と出来る限りの手間を減らすという事の大切さを知っていた。
春日恭二はアリウススクワッドから支給された携帯食料を取り出して袋を破こうとする。
「……何してるの?」
「見て分かれ。食事だ」
「何で今食べようとしているのかを聞いているんだけど」
「心配するな、半分だけだ。今からエネルギーを使うからな。
「理由になってない」
「さっさと目的地に向かうためだ。地理を理解するのも良いが常識を身に着ける時間を得る方が必要だと判断した。話を聞く限り予定ではギリギリのようだからな、質問をする余裕が欲しい」
「交通機関は使わない」
「なら足を使えば良いのだろう?」
半分の携帯食料を食べ終わった春日恭二が踵を返し、大通りから外れた道へ足を進める。文句の言いたいミサキだったが、ここで大声を上げて騒ぎになっても困るので仕方なくこの場はついていくことを選んだ。
数分ほど歩き、人目の付かない小道を見つけると春日恭二はようやくミサキへ振り返る。
「ようやく止まった……あんまり無いんだけど」
「ミサキ、地図は持っているか?」
「あるけど……」
「よこせ」
「ちょっ!?」
ミサキが困惑したままキヴォトスでは珍しい紙の地図を取り出すとそれを春日恭二がひったくるように奪った。困惑を深めるミサキを他所に春日恭二は瞬時に地図を読み込んでいく。
「何しているの」
「ちょっとな……今はここか、ミサキ目的地を教えろ」
「…………この付近」
「だとすると……距離としては……ふむ、ルートは……ミサキ、この付近何がある?」
「そこは自然公園がある。人の多いスポットだから近寄らないようにって指示が出てるから」
「なら避けるとして……良し、ペンはあるか?」
「待って、まさか書き込むつもり?」
「いかんのか」
「駄目に決まってるでしょ」
ミサキの指摘に春日恭二は面倒くさそうにため息を吐いて更にミサキを苛立たせる。そんなミサキの変化に気づいていながらも一切無視して地図をミサキに見せて現在地から目的地までの道のりをなぞっていく。
ミサキは首をかしげながらもそのルートを目で追った。それはミサキの通ろうとした道順よりもはるかに早く、誰にも気づかれずに目的地に到着するだろうと予測は付いたが同時に幾つかの問題点を浮かび上がらせた。
「この道で進みたいってこと? こことここ、建物があるから通れないけど」
「直ぐに説明してやるからまずはこの地図を持て」
「まぁ、返して貰うけど…………で?」
春日恭二はミサキに地図を渡すと足に集中させ始める。はた目からは見ても分からないがその肉体構造を大きく変化させており、あらゆる場所を移動できる様に適応し、
「ふふふ、私は気づいたのだよ」
「何に」
「このめんどくさい移動に多くの時間を取られるのは目立つことが出来ないから走れず、痕跡を残せないから交通機関を利用できない、ならば!」
「……嫌なよか───ひゃぁっ!!?」
「誰にもばれない場所。そう! 屋根上、屋上などのバレない場所を真っすぐ突き進めば早く着くとなぁ!!」
春日恭二はけげんな表情から戻らないミサキを一息に担ぎ上げ、近くの壁を駆けあがった。ミサキの口から悲鳴が上がるも気にせずに春日恭二はそのまま屋根から屋根へとどんどんと飛び移っていく。
時折人に見つかりそうになるも春日恭二は持ち前の勘と経験で隠れ、潜んで躱し、どう考えても通れない場所はフィジカルのごり押しで突破していく。ミサキの悲鳴は途中から聞こえなくなり、代わりにこの世を呪う言葉が呪詛の様に永遠と流れ出ていた。
春日恭二達が目的地付近に到着したのは、移動を開始してから約三時間後だった。