キヴォトスにて『悪魔』は散る 作:あのお方
◆MIDORU-PHASE.8◆ゲヘナ自治区
「殺す殺す殺す殺す殺す…………」
「せめて起き上がってから言え」
「……死ね」
「死にそうなのはお前だがな」
目的地にたどり着いた春日恭二とミサキはゲヘナとトリニティの境目で休憩を挟んでいた。というのも長時間担がれ、揺らされて三半規管が死亡したミサキがダウンし、春日恭二の求める常識の再確認が出来なくなったからだ。現在ミサキは路地に転がされ、常備した酔い止めを飲んで回復を図っていた。
「おい、まだ治らんのか? これではせっかく私が稼いでやった時間が無駄になってしまうではないか」
「……」
「はぁ……背負ってやるから移動するぞ」
返事のないミサキを背負って歩き出す春日恭二。その足は本来の目的地から離れゲヘナ自治区へと向かっていく。
数分ほど歩いてようやく喋れる程度には回復したミサキは周囲の景色を確認し眉を顰める。
「どこに向かっているの、合流地点は逆なんだけど」
「周辺の地形を確認しておるのだ。初めての土地では基本だろう? それに先ほどまで居たトリニティとは真逆ともいえる治安だと聞いていたからな、少々気になった」
「……下ろして」
吐きそうな気分の悪さを隠しながら無理やり春日恭二の背から降りたミサキは、壁に寄りかかりながら銃の用意を始める。急に銃を取り出して安全装置や弾薬と弾倉を確認しだしたミサキを見て春日恭二は首をかしげる。ミサキの現在の装備は春日恭二と最初に接触した時の回転式拳銃とアリウスで支給されるARが主なものになっている。他にもミサキ愛用のロケットランチャーがあるのだが、大きくてかさばる事もあり今回は潜入任務という事もあって持ってきていない。
春日恭二はというと先ほどまでそんな素振りを見せなかったミサキが戦闘準備のようなものを始めた事に疑問を覚え、聞くことにした。
「なんだ? 急に銃など整備しおって」
「ここはチンピラがいつ襲ってきてもおかしくないから。アンタも銃の準備しておいた方が良いよ」
「……」
「今度は何?」
「銃など持っておらんが……?」
「はぁ!? ……リーダーが支給していた筈でしょ?」
「確かに渡されはしたが……なぁ? 銃は性に合わんと言うかなんというか……」
「ありえない……まさか銃も持ち歩かずに歩いていたなんて…………
「そこまで言う程か?」
ミサキが患うバッドステータスの吐き気に頭痛が追加された。頭を抱えながらミサキは自分の持っている銃を幾らか見合わせて苦い表情を浮かべながら拳銃を春日恭二に放り投げた。
「なんだ?」
「いいから持って。アンタの居た場所ではどうか知らないけどここキヴォトスでは銃器を持っていない方が不振人物扱いされる。予備の弾はこれ使って、幾ら何でも撃つくらいは出来るよね?」
「まぁな、だがなぁ……銃か……」
「自信が無くてもそれを使ってよ。あの
「分かった分かった、拳は出るかもしれんがはた目からして変化するようなエフェクトは使わん」
「どうだか……で、アンタが無茶苦茶してくれたおかげで数時間はあるけど何するつもり」
「私のスマートな活躍のお陰で出来た時間だ有意義に使うに決まっておるだろう」
春日恭二が渡された回転式拳銃の確認をしているのを見ながら行動の確認をするミサキ。春日恭二が何かおかしなことをすれば直ぐに撃てるように姿勢を調整しながら平常を装っている。
(いきなり担がれて運ばれた時は動揺したけど今のところはおかしな動きはそれだけ、裏切りのような行為はしていない。けれど今までの場所は人目があったから、何かするとしたら……)
ミサキに観察されているとはつゆ知らず春日恭二は確認を済ませて受け取った拳銃を懐に仕舞う。春日恭二達が居る場所はゲヘナ自治区に入っているとはいえ端っこのへき地だ、だがゲヘナの中であることは変わりなく銃は出しておきいつでも使えるようにしておくべきなのだがミサキもそこまで伝える義理は無いと放置した。
「少し歩くぞ、随時質問するので答えろ。……もう別世界と言われた方が納得できる違いだなこれは」
春日恭二が歩き出す、一歩遅れてミサキもそれに続く。
春日恭二の見るゲヘナの様子は、落差と言う意味ですさまじいものだった。道端で眠る住人や生徒、散発的に起きる銃声と爆発音に怒号と悲鳴。そこら中に銃弾と気絶した生徒が倒れている地獄めいた光景に思わずこれが日常なのかを聞いた春日恭二は肯定的な答えをされて顔をひきつらせた。
観察は数時間続き、体力も減ってきた頃にヘルメットをかぶった集団と銀髪の少女がリーダーらしき僅か数人の集団が、輸送中の荷物を巡って争い出した。それは少しづつ大きな戦火となっていく。流れ弾や騒音被害などで触発された住民を巻き込んでどんどんと規模を大きくしていった。
「な、成程……これは少し、想定以上かもしれん」
「……どの辺が」
「治安の落差と引き金の軽さ、か? 良くこれで自治区と名乗れているな……」
「それは……ちょっと隠れて」
「む?」
再び春日恭二の力で建物の屋根上へ昇り、幾つも起きる
「なんだ、急に」
「静かにして……来た」
ミサキが示した先に現れたのはゲヘナ学園の生徒の中でも統率の取れた動きを見せる集団。銀髪褐色の少女を先頭として同じ服装をした少女たちが春日恭二達の観戦していた戦場に突撃していく。
新たに乱入した武装集団は全体に降伏勧告をした後、一斉掃射を喰らいその後戦火を大きくする火種の一つとなった。
「……あれはなんだ」
「ゲヘナ風紀委員。このゲヘナの治安組織みたいなもの」
「この場所で? ……無理だろう」
「……不本意だけど、それに関しては同意する。無意味で、無価値な行為」
「…………」
最初に居た勢力の銀髪少女がリーダーだった勢力が混乱に乗じて荷物を持って逃げ出した。ヘルメット集団はそれに気づくがゲヘナ風紀委員の勢力に手いっぱいで反応しきれない。春日恭二はそこまでして奪い合っていた荷物に少し関心を寄せたが一際大きな爆発に意識を戦場へ引っ張り戻す。
「風紀委員とやら、あの銀髪は良い動きをしているが……他はそこそこだな?」
「むしろ銀髪以外がスタンダード。あの銀髪、確か名前が銀鏡イオリって言ってたけど風紀委員の幹部の一人らしいから」
「…………ふ、む。幹部がこんな僻地に出向いているとなると人手不足なのか」
「人数はいるらしいけど、突出した戦力が少ないらしい」
「……逃げずに潰せば簡単そうだが?」
「今出来るかどうかは別として、そうなると風紀委員長が来る」
ミサキは屋根上から降りる準備をし、春日恭二を掴む。
春日恭二もミサキを掴み、持ち上げてその肉体を以て軽々と着地した。ミサキをゆっくりと地面に下ろすと首をかしげながら話に出た風紀委員長についての疑問をぶつけた。
「風紀委員長……さっきの銀髪のトップか。……強いのか?」
「反則レベルには。真面にやりあうなんて考えない方が良い。私達も
「ほう……」
春日恭二の脳裏に巨大な肉体を持った偉丈夫の姿がえがかれる。あの戦闘を見た上でその判断を伝えるミサキの言葉からイメージした最大級の強さの具現化だった。だが同時に違和感を覚えた。
(今の言葉、こいつらには風紀委員と戦う予定があるのか……? その問題の風紀委員長とやらとも。となると……ん? そう言えば男の生徒を見なかったな……もしかしてその風紀委員長とやらも、女か? いや流石に男女比率的に男だとは思うが……)
そしてその思考は非常にしょうもない疑問で塗りつぶされた。動きが止まった春日恭二を横目にミサキは時計を確認し、本来の目的地へ移動を開始する。
「行こう、他の住人なら見つかっても問題ないけど風紀委員は面倒になる。時間までにどこかに行ってくれるといいけど」
「何だ、協力者とやらはチンピラか?」
「違う。けど風紀委員に見付かるわけにはいかない。話し合いが始まったらアンタには周囲の警戒をしてもらうから」
「私を見張りに使うとは……まぁ良い」
春日恭二は気を緩めずに未だに戦闘の続く音を聞き、そのペースを確かめていた。音のペースはゆっくりと収まっていっていたがある地点から急激に騒がしくなり、ピタリとやんだ。
普通に考えれば、ただ単に戦闘が終わっただけだ。この世界の戦闘をよく知らないだけでこのペースが普通かもしれない。しかし、春日恭二の直感としか言えない何かが警鐘を鳴らしていた。
「ミサキ、確認するが……もしはぐれた場合の合流地点や方法はどうする」
「何?」
ミサキは立ち止まり、剣呑な様子で振り返った。春日恭二の言葉が別行動を取りたいという意思に聞こえたからだ。
春日恭二は向けられた視線に構わず続ける。
「どうなるか分からんからな、取れる手はうっておいた方が良い」
「理由になってないけど……」
「理由は説明できんが、嫌な予感がするのだ。こう、作戦完了目前のところで邪魔が入る……いつもの奴だ。通信機くらい持ってるだろう」
「アンタの何時もなんて知らないんだけど……」
「
「……っ!」
渋るミサキに、春日恭二は何ともない様に言い放つ。内心を当てられたミサキは思わず硬直し、否定の言葉を紡ぐ機会を失ってしまった。
「貴様らのリーダーを見て思っていたが腹芸の経験が随分と少ないな? 信用をしない、言葉を信じないという点でしか対応しておらん」
純粋、という言葉をわざと使わずに春日恭二はその歪さを指摘する。
「私も得意な部類ではないが……そうも疑ってかかっては後々が面倒になる。柔軟さを持て、見たところあのチームの参謀だろう貴様」
「……」
春日恭二はミサキの反応を待った。どう動くか、何をするのか。どう転んでも対応できるように。願うことならばそのどちらかではなく、示唆した第三の選択肢を取ってくれるように。
(さて、迷っているか。サオリに連絡を取って離脱するか、この場で私を撃ち殺すか……はぁ、教育など私のやることではないというのに)
ミサキは春日恭二の考え通り、撃つか、逃げるかの二択を迫られていた。鼓動は早く、呼吸は浅い。元来より根付く大人への恐怖が思考を鈍らせる。
(どうする、どうする? この大人はアリウスから出た時点でこちらに協力する意味を失っている。いつ裏切ってもおかしくはない。この話をふってきた意味は? 合流地点を聞いてきたのは情報を流して袋叩きにするため? いや理由がない。そもそも悪事に荷担することに抵抗がないタイプの筈……安定している今、渡した情報だけを持って裏切って博打する理由は今のところない……いや、こいつは何て言っていた? そうか、そもそものところ……)
ミサキは無数の思考の末、一つの答えを出した。手を懐に伸ばし、掴む。そしてそれを春日恭二に放り投げた。
「通信機。私のと繋がるようになってる」
「……ほう!」
春日恭二は意外という表情で通信機を受けとる。事前に予測した二つの選択肢ではない三つ目を取ったことに対する驚きである。
ミサキは試されていた事に気付いて不快感を更に強めながら語気を強めた。
「アンタが何を考えているかは分からない。利用出来る間は利用してあげる」
「ふむふむ、それで……もし私がこのまま逃げたらどうする?」
にやにやと悪い表情を隠さずに春日恭二は答えを待つ。
ミサキはやっぱりこのまま撃ち殺してやろうかという衝動を何とか押さえた。
「好きにすれば良い。最初から信用も信頼もしていない。利益だけが私たちとアンタを繋げている。裏切りもそれすらも織り込んで……アンタを潰してあげる」
「あぁ、楽しみにしておこう」
内心で満足しながら春日恭二は不適に笑う。
春日恭二の欲しかった答えはミサキの弾き出した答えそのままだった。
信用も信頼も利益だけが保証する。
裏切りが確定するまでは利用し、裏切られたのなら仕方ないので潰す。
片手で手を握り合いながら後ろ手でナイフを隠す。
春日恭二はミサキにそんな思考を持ってくれるように僅かに誘導した。
「じゃあ行くよ」
ミサキが先に歩き出す。その足取りに不安定なところは見受けられない。精神が固まった証拠だった。
春日恭二はその後ろを歩き始める。
(素晴らしい、正直成功率は低いと思っていたのだが……これで方針が完全に固まったな。貴様らがどう思っていようがもう逃がさんぞ、アリウススクワッド……っ!)
『悪魔』は笑っていた。