キヴォトスにて『悪魔』は散る   作:あのお方

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8.キヴォトスの悪魔

 ◆Climax-Phase◆戦場

 

 完全に日が落ちたゲヘナの夜。春日恭二は一人、屋根上から周囲を偵察していた。共に行動していたミサキは既にゲヘナの協力者と接触し情報交換をしている。

 冬前の冷たい風を全身に浴びながら春日恭二は別の屋根上へと次から次へ飛び移る。

 風を切る音だけが耳に届けられる静かな夜、しかし春日恭二はその表情を硬くしていく。

 

(夕方にあれほど聞こえていた銃声が一つも聞こえてこない。これがキヴォトスの普通、という事ならば問題無いが……)

 

 新しい建物の屋上へと着地した春日恭二は足裏に感じた違和感に従い、そのまま体を転がして移動する。次の瞬間コンクリートで出来ている屋上の足場がボロボロと崩れていく。丁度春日恭二が着地した場所が中心となっており、年月による風化と損壊を春日恭二に感じさせた。

 

「……おかしい、やはり引っかかる」

 

 春日恭二は風紀委員の動きを思い出す。この場所はゲヘナからしてかなり僻地である。地図上でこそトリニティと地続きになっているが建物やら地形やらが多くの障害を生んでおり隣り合わせになっているだけ、別の場所でもっと簡単に行き来が出来る事からもあらゆるゲヘナ生徒の共通認識だ。

 ミサキから再び確認し、春日恭二はそんな場所のいさかいにたびたび人数の限られている幹部が部隊を率いてやってくるものだろうかという疑念を抱いた。善良な市民が巻き込まれているのならそう言う警察機構がやってくるというのは犯罪者側だった春日恭二にも理解できる。だが先ほど春日恭二が見た争いはチンピラ同士で潰しあっているだけ、近くに巻き込まれて被害を被るだけな住人が居る訳でもない。たびたび制圧に来るまでも無い、放置で問題ないと判断できる。

 春日恭二はあずかり知らぬことだが、事実この場所にゲヘナ風紀委員が来ることは殆どありえない。風紀委員本部から遠く、この場所以外に多くの場所でいざこざが発生し、それが居住区の近くである場合が多くこのような場所に戦力を回す余裕は風紀委員には存在していない。それに足る理由でもなければ。

 

(だが、ここでの常識を知らん私がいくら考えても仕方ない)

 

 一度足を止めた春日恭二は半分の越しておいた携帯食料を取り出し一口で呑み込んだ。

 

「……もし要望が出来る機会が有れば食料の質を向上するように陳情するとしよう」

 

 ため息を吐きながら食事を終わらせた春日恭二はゴミを放り投げながら別の建物に移ろうとした所でその視界に動く影を捉えた。

 その影は銀鏡イオリとその部下である風紀委員。春日恭二は冷製に通信機を取り出してミサキにつなげる。

 

「おい、ミサキ。さっきの風紀委員がこちらに近づいてきているぞ」

 

 僅かに間が空いてから通信機から多少ノイズがかったミサキの声が響く。

 

「……わかった。こっちはもうすぐ終わる」

 

「ならこっちは打ち合わせ通りに動く」

 

「…………はぁ、よろしく」

 

 風紀委員が来たという報告に対するミサキの返答は僅かな驚きが含まれていたがうろたえるようなことは無い。事前の取り決め通りに、ミサキの仕事が終わるまで足止めと囮の任を果たすために春日恭二は次の建物へと飛び込んだ。

 

 

 暗闇に沈む廃墟街。その中を銀の髪を揺らして駆ける銀鏡イオリの姿があった。

 イオリはちらりと一瞬後ろを窺い率いる部隊の姿を確認し、ついて来ている事を認識すると更に速度を上げた。

 

「た、隊長! 本当にこっちで有ってるんですか!?」

 

「多分あってる……筈だ!」

 

「え、ええ!? もう何時間も動きどおしですよ!?」

 

「ああもう分かってる! けど仕方ないだろう!? タレコミがあったんだ、ここで───ッ!! 止まれ!」

 

「へ!? おっとと……」

 

 イオリが急停止し、ついて来ていた風紀委員のメンバーがたたらを踏む。彼女はいきなり急停止を駆けたイオリに文句を言おうとするが、それよりも先にコツコツという硬質な音が響き自分達以外の存在が近くに存在し、自分よりも先にイオリはそれに気が付いて居た事を理解した。

 目視が難しい暗闇の中、音だけを響かせて姿が見えない相手に、イオリは目の前の存在に銃を構えて大きく息を吸い込んだ。

 

「そこで止まれ! 私は風紀委員の銀鏡イオリだ、おとなしくして所属の学校……はいいや、学年と名前を言え!!」

 

 静止の声を張り上げるイオリだったが効果は無く音は止まずに大きくなっていく。

 

「止まれ! 今私たちは大事な任務中だ! それ以上黙ってるのなら……撃つぞ!」

 

「ほう、それは良い事を聞いた……」

 

「……生徒、じゃない!?」

 

 暗闇の中から歩いてきたのは春日恭二。片手に拳銃を持ち、もう片方の手で眼鏡を直そうとして途中で無い事に気が付いて手を下ろした。

 

「任務、と言うのは……なんだ?」

 

「い、い、言う訳ないだろ!! お前は誰なんだ!!」

 

「私か? 私の名前は……うむ? コードネームをこっちで名乗っても仕方ないのでは……?」

 

「おい、なにをごちゃごちゃ……じゃなくて、早く答えろ!」

 

 イオリがどう名乗ろうと考えている春日恭二にしびれを切らす。

 春日恭二は答えに困っているふりをしながら冷静に人数を数えていく。

 

(銀髪と……6人程か、夕方見ていた時はもっと居たはずだが……流石に帰ったか? 学生だしな、時間稼ぎの名乗りはどうするか『ディアボロス』、でもいいとは思うがここはコードネームを使う風習が無いみたいだからな……怪しまれるか)

 

 今にも撃ちそうなイオリに対し、出来るだけ時間を稼ぎたい春日恭二は無理に長引かせたり怪しまれたりする行為は即戦闘になると判断し、まずは普通に名乗る事にした。

 

「私は春日恭二と言うものだ、少し前にこの場所来てね……ここの常識に少し疎いのだよ」

 

「ここの常識……?」

 

「だからこうして彷徨い歩いていた、という訳だ。質問には答えた、次は君の番じゃないかな」

 

「い、いやいや機密だから言えない!」

 

「それは残念だ。君たちで全員かい?」

 

「いや、後から……って何聞いてるんだ!?」

 

「後はどうやってこの場所を特定したかを……」

 

「やっぱお前敵だろ!!?」

 

 イオリがこらえきれず、ついに銃を発砲する。イオリの持つSRから放たれた弾丸は正確に春日恭二の胴体めがけて飛んでいく。

 

「やはり無理か」

 

 その弾丸を体を捻らせ、かすめながらも春日恭二は一歩前に踏み出す。オーヴァードとしての力(エフェクト)は使っていないただの身体能力だけで回避する。イオリの放つ弾丸はSRの弾薬なだけあり強力だ。春日恭二目掛けた弾丸はそのまま後方の建物を()()()砕け散る。その光景は春日恭二を大きく驚かせた。

 

「馬鹿な!? エフェクトの気配はしなかった、ただの銃の筈だろう!」

 

 春日恭二の知っている銃器はコンクリートと鉄筋で出来た壁をやすやすと貫通したりはしない。オーヴァードの力がこもったモノはその限りでは無いのだが、少なくともただの銃でそのような現象が起きることは無いと知っていた。

 

「何を訳の分からない事を……こいつは容疑者だ! 確保する!!」

 

「許可が出た! うて──!」

 

「チィ!!」

 

 距離を詰めようとする春日恭二目掛けて無数の弾丸が飛来する。先の銃弾の威力を顧みて真面に受けることは不味いと判断し、勢いよく壁に飛び掛かるとそのまま二歩ほど壁を走って更に飛び上がる。

 狙う獲物が居なくなった弾丸達は誰も居ない廃墟の街に無数の破壊痕を創造していく。

 

「こちらの弾丸は威力が低い、か……!?」

 

「ちょこまかと!」

 

「不味いのはこいつだけか……!」

 

 イオリのSRが再び火を噴いた。空中に居る春日恭二にその弾丸を躱すための逃げ場はない、イオリは直撃を予感し確実に動きを止める為の次弾を準備する。それに続いて部下たちも援護射撃をするべく春日恭二へと銃口を向ける。

 

「この程度……っ!」

 

 春日恭二が腕を振り回し重心を操作する。エグザイルによってより正確に操られた四肢(『オールレンジ』)は春日恭二の思うがままの空中機動を可能とさせ、足場の無い空中でイオリの弾丸をすり抜けさせた。

 しかしその動きだけでは続いて襲い来るARによる雨のような弾丸は躱せない。春日恭二は全身に力を込めながら(イージスの盾)、体を丸め表面積を減らし、その肉体で受けきった。赤い鮮血が空を舞う、幾つもの弾丸が体にめり込んで行き、ちぎれた肉片が飛び散っていく。だがその程度では動きを止める事は叶わない。

 地面に着地した春日恭二は丸めた体のまま転がって跳ねるように起き上がった。

 必中の銃弾が躱された事やその後のスプラッターな惨状に驚きに、目を見開かせるイオリのその手は、装填の動きは止まってしまっていた。慌てて再開するがもう遅い。目の前、手の届きそうな距離へ辿り着かれていた。

 

「お、おい!」

 

「銃弾じゃ死なないんだったな?」

 

「待っ!!」

 

 静止の言葉よりも早くイオリの体に6発の弾丸が叩き込まれる。敵とはいえ幼い容姿をした相手に容赦なく弾丸を打ち込んだ春日恭二は、弾丸がその肌を打ち据え、弾かれた事を目視しそのまま蹴りを叩き込む。

 だが、春日恭二が予想していた銃弾を弾くような硬質な感触は一切せず、慣れ親しんだ肉を叩く感触と形容しがたいナニカを蹴り足を通して感じ取った。

 

「……?」

 

「ぐぅ……ぇっ……!」

 

 呻き声を上げながら吹き飛ぶイオリ。春日恭二は強烈な違和感を感じ取りながらも次々と飛んでくるARの射撃を受け、躱しながらそのまま遮蔽物へ身を隠す。

 

「今のは……途中で弾かれた?」

 

 銃弾から身を隠し、移動しながら春日恭二は自分の足を見た。変化もしていない人間の足。

 

「固くは無かった、だが止められた……まるで致命的なダメージだけを弾いたような。なんだあれは、銃弾が効かない秘密と関係があるのか??」

 

 春日恭二に困惑が広がる。春日恭二の経験しているオーヴァード同士の戦いはお互いの能力を暴いていくことが有利へとつながる。

 

「情報不足か……」

 

 だがそれは前提の知識があるからこそ成り立つもの。春日恭二は数十年ぶりに手探りの戦闘と言うものを味わっていた。

 

「クソっ! 何だアイツ!!」

 

 立ち上がったイオリが蹴られたお腹を押さえながら叫ぶ。銃弾を喰らい、蹴られたのにもかかわらずまだまだ元気そうな様子を横目に春日恭二はたどたどしく弾を装填していく。

 

「こっちの弾丸が当たってもひるむくらいしかダメージが与えられんぞ、どういう事だ」

 

 攻撃的なエフェクトの使用禁止という縛りと頼みの綱の銃弾が対して効かない事に悪態をつきながら春日恭二は再び銃弾の雨にその身を躍らせる。

 

「撃て!!」

 

 イオリの掛け声と共に飛んでくる弾丸を春日恭二は強化された動体視力を以て見切り、回避する。しかし幾つかは回避しきれずその体を削り取り、その度に白いスーツを赤く染め上げていく。その程度の負傷には目もくれずどんどんと加速していく。今の春日恭二が警戒しているのはただ一つ、イオリの放つ狙撃だけでそれを回避する為に最低限の余裕を残す動きをしていた。

 

「何でうめき声一つ上げないんだアイツ……!」

 

 イオリ達との距離残り数メートルまで詰める。まだ撃たないイオリに警戒しながら春日恭二は拳銃を()()()()()()()()()()へ向けてそれぞれ撃ち込んだ。

 

「痛い!」

 

「危ない!」

 

 命中したのは2人だけ、残りは見当違いの場所へ飛んでいく。春日恭二は自らの銃の腕に全く自信が無かったのでそんな物だろうと割り切り、弾幕が薄くなった場所に更に走り込む。

 

「お前の相手は私だ!!」

 

「狙撃手が前に出るとはどういう教育を行っているのだこの組織は!」

 

 弾倉が空になった拳銃のクリップで殴り掛かる寸でのところでそれを回避したイオリは反撃の蹴りを春日恭二の側頭部に叩き込む。春日恭二の体がふらりと揺れ、もう一度蹴りを放つために力を籠める。

 

「拳銃を鈍器にする奴に言われたくない! ……って、あれ?」

 

 体勢を整える為に足を戻そうとしたイオリだったがその足が微動だにしない事に気が付いた。同時に足首に鈍い痛み、蹴りを受けた春日恭二が振り上げられた足首を空いた手でがっちりと握り込んでいた。

 

「良い蹴りだったが……私を倒すには全然たらんわ!!」

 

「う、わあああ!!!」

 

 掴んだ足首をそのまま一本背負いのような形で持ち上げ地面にたたきつける。くぐもった悲鳴と破裂音、地面が砕ける音共にイオリは意識を失った。

 

「…………やるではないか」

 

 気絶したイオリから手を離した春日恭二は()()()()()()()()()()()()()()()()残った風紀委員に視線を向ける。

 

「だが、後はもう雑魚にすぎんな」

 

「ひぃっ!」

 

「ま、まだ!」

 

 春日恭二は抑えていた腹部から手を離す。明らかに貫通したと思われるスーツに大穴から覗く素肌には既に傷一つ無い。

 腹にあいた大穴すら一瞬で塞ぐほどの超速回復に並外れた身体能力を持つ春日恭二への有効打が無い風紀委員たちは抵抗むなしく順当に気絶させられていった。

 

 

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