アニメ最終話エンディングのアレを抱えて、これからの人生を生きていく……ところでジャンプフェスタで重大告知があるって噂はマジなんですかね……?
交流戦から二週間が経った。
善院の見舞いに行けず悶々としていた上鳴だったが、
そんな日の放課後の事だ。
「事情を説明してくれ……相澤先生。俺は今、冷静さを欠こうとしている……」
職員室にて、いつもの訓練の前に相澤から呼び出しを受けた上鳴は、そこで呪力を滲ませながら声を震わせていた。
「何度も言わせるな──クラス合同での実戦的なヒーロー活動実習が決まったが、お前には別件で海外に飛んでもらう」
公安が新たな活動として打ち出した“次世代のヒーロー育成プロジェクト”の一環として、A組とB組は合同で期間限定の郊外ヒーロー活動をする事になっていた。場所は日本の南に位置する離島である。
島民は少なく、年間を通して暖かい気候が続いているものの、観光地としては遊泳可能なビーチくらいしかない。高齢ヒーローが一人居るだけでどうにかなっていたくらいだ。
上鳴が望む様な血湧き肉躍る戦いとは無縁の地。仮に入学当初の上鳴が聞けば「あっそ」と素気無く頷いていたのだろうが──今は違う。
「イヤダァァァァァァァァァァァアアアアア!!」
音響攻撃もかくや──そんな上鳴の絶叫が職員室に響き渡る。また仲間外れじゃねぇか!! という主張が男子高校生の悲鳴へと姿を変えていた。
呼び出された上鳴を職員室の外で待っていた耳郎と緑谷が、慌てた様子で入ってくる。
「じろぉ……」
涙と鼻水でべしょべしょになった上鳴が肩を落としているのを見て、思わず二人は一歩下がった。
気を取り直した耳郎はハンカチを片手に上鳴に訊ねる。
「何べそかいてんの」
「うぇ……」
上鳴の顔をハンカチで拭く耳郎を尻目に「何かあったんですか?」と緑谷が相澤に問い掛けた。
相澤は「はぁ」と溜息を一つ溢し、言う。
「最後まで話を聞かなかったバカが騒いだだけだ……ホームルームで話した事、二人は覚えているな?」
「那歩島での実習の話ですね」
「ああ──お前たち、那歩島には行かず上鳴と海外に行く気はあるか?」
相澤の言葉に上鳴が再起動する。
「俺だけじゃねぇの……?」
「選ぶのは緑谷たちだがな」
相澤が再度問うまでもなく、耳郎が真っ先に答えた。
「行きます」
「即答だね耳郎さん。でも……力になれるのなら僕も行きます」
上鳴は猛烈に感激した。
「ふ゛だり゛ども゛ぉぉぉ〜!! ありがどう!!」
「服に付くからしがみついてこないで!?」
「僕もちょっと嫌かな!?」
三人でやいやい騒ぎながら揉みくちゃになっていると、穏やかな目の相澤が咳払いをし、話を元に戻す。
「今回、上鳴に声が掛かったのは潜入調査の話だ。X線による解析、音波による構造物の検査、優れた五感……何かあっても力技で解決できるお前が最適だと言われている」
上鳴に出来ないことは余りない。敢えて言えば、強敵との戦いを我慢できない事だろうか。そして、敵の上振れを引き出そうとする点が最大の弱点。
けれど、仕事となれば話は別だ。
「へぇ〜 なら、葉隠と障子も連れて行きたいな……爆豪はちょっと喧しいからダメか」
真面目に人員を選ぼうとする上鳴に、緑谷が相槌を打って言う。
「葉隠さんは潜入。障子くんは探索の補強。かっちゃんは空からの偵察だね。かっちゃんは個性の関係上かなり音が激しいから、潜入調査には向かないけど」
「いや、どう考えても口でしょ」と耳郎。
上鳴は「そうだな」と頷いた。
相澤が言う。
「まぁ……最近は色々と物騒だ。あの配信があって尚、ヴィラン達の勢いは変わらない」
骨のあるヴィランが多いという訳ではない。犯行の手口がより陰湿に、そしてヒーローや警察の目の届かない所で起きる様になっているだけの話だ。
個性をブーストする薬の売買も以前より活発化しており、それらを利用する人間の「これさえアレばヒーローに勝てる」という様な愚かな錯覚が、悪意の増長を招いていた。
「離島だからと言って油断は禁物。むしろ、雄英にちょっかいを掛けるなら立地としては最高だからな」
戦力は一箇所に固めたくない。相澤の言葉から透けて見えた意図に、上鳴は深く頷いた。
現状、ヒーロー科一年は上鳴、物間、緑谷の三人が飛び抜けて強い。爆豪はエンデヴァーと同じで、その領域に単一の個性で食らいついていけるポテンシャルがある。轟と常闇もそうだ。
雄英に攻撃を仕掛けるなら絶好のロケーションではあるが、仮にマスキュラーやセブンが出てきても、
「回線を切られたら応援も呼べない。船を壊されたら逃げることすら出来ん訳だし……まあ、だから何だって話でもあるが」
演習の趣旨に反さず、脅威にも対抗できる妥協ライン。 A組とB組の合同演習になったのはそれを満たすためだ。
「じゃあ、爆豪と物間が離島だな」
戦闘力、潜入、調査──物間はあらゆる分野で成果を出せる。だが、まだ
「この二人に轟達が居て負けるとなると……」
戦力としてはUSJ、エンデヴァーを追い詰めた脳無・ハイエンド相当が数体。それに加えてマスキュラーとセブンを含む連合主要メンバーや、それに匹敵するヴィランが複数人。
シチュエーションは島民や級友が人質に取られた上で、何かしら守らなくてはならない存在──あるいは、ヴィランに渡してはならないエリやアンナの様な個性の持ち主がいること。
ただ、基本的に後手に回る事が多いのがヒーローとは言え、そこまでの事態に陥る事は稀だ。
「何にしても、葉隠だけはコッチだ。アイツは戦闘経験を積み上げる為にも俺が見る」
「……お前は葉隠をどうしたいんだ?」
「強くしたい。アイツがそれを望む限りは」
上鳴の言葉に相澤たち三人は首を傾げた。
「なんだよその反応」
葉隠が上鳴に置いていかれない為に強くなろうとする。上鳴は葉隠が強くなろうとしているので鍛える。それだけでは満足できない葉隠が、更なる力を求める。葉隠の心意気を汲んで上鳴がどんどん鍛える。
この循環に終わりはあるのか? 緑谷と相澤は訝しんだが、耳郎はそれが延々と繰り返される事を理解していた。
「永久機関じゃん……」
「マジ? だったらノーベル賞は俺のモンだな」
閑話休題。
「ヤオモモとか常闇は?」
耳郎が選抜メンバーに加えられそうな面子の名前を挙げる。
上鳴は首を横に振った。
「八百万も常闇も今が正念場だ──潜入調査には連れていかない」
そう言って、上鳴は交流戦が終わった後の事を思い出した。
「上鳴さん上鳴さん! 少しお時間よろしいですか!?」
放課後、八百万が大量の紙束を持ってハイツアライアンスの共有スペースにやってきた。
テーブルに広げられたのはサポートアイテムの図面、材料、活用方法について纏められたレポートだった。
「油断や慢心はもう二度としないと心に誓いました……ですが、何度考えても交流戦で拳藤さんとダークシャドウに勝てるビジョンが見えないのです」
「というと?」
「創造の欠点です。私の個性は物体の構造は勿論、それを構成する分子構造まで把握し、思い浮かべる必要があります……今の私が近接戦闘をしながら十二分に扱える物ではありません」
「まぁ……そうだな。経験を積めば解消できるだろうけど、ヤオモモは敵の出方が予想できない時に先ず見に徹してしまうもんな」
「はい。自ら先手を放棄してしまう、これは悪癖です。考える時間さえあれば──というのは訓練でしか通用しない言い訳ですわ」
八百万の顔には「改めてそれを痛感した」と書いてあった。
「そこで考えたのが」
「アイテムのセットアップか。予め決めたパッケージを先に作って、見に徹するにしても相手にイニシアチブを渡し過ぎないようにする……いいんじゃない?」
「全て言われてしまいました……上鳴さんは全てお見通しなのですね……」
「まあ、お前ならもう気付いてると思ってたからな。万理の習熟も大事だったから、敢えて言わなかっただけで──相談ってのは組み合わせに関して意見を聞きたいってことだな」
「はい!」
「なら、俺はダメだ。俺はもう特に考えなくても反射的に動けるから。こういう事前想定が必要な作業は苦手だ……緑谷ちょっと来てくれ! お前のデータベースを頼りたい!」
緑谷はヒーローの個性に関する情報は勿論、それに関連した過去の事件やヴィランの個性についても造詣が深い。どのような個性があり、どのような攻撃をしてくるのか。また、それに伴って発生しうる救助のシチュエーションは──そこまで考えると、緑谷以上の適任はいなかった。
そこから、八百万が万理を介して作り出す新たな武装・サポートパッケージについて話し合った。二人の会話が盛り上がっていくに連れ、クラスを巻き込んだ八百万強化学会が発足されていくのだが……それは余談である。
常闇に関しても似たような物だ。
「フィジカルの低さが改めて露呈した訳だが、一朝一夕ではどうにもならない」
常闇は自身の弱点を明確に把握した上で、ダークシャドウとの向き合い方を変えていく方向に舵を切った。
つまる所、固定観念を捨てて個性の解釈を深めようという事だ。
「しかし情けない話、ダークシャドウを失わない為に何が出来るのか……見当がつかない」
『ドウスレバイイトオモウ?』
「ぶっちゃけ分からん」
ダークシャドウは名前と弱点から想起されるような、影を媒介する個性という訳ではない。物間とは異なり、常闇とダークシャドウは臍の緒で繋がっているのも不思議な点だ。
「お前らは……何なんだろうな?」
これが前世で術式の話なら“縛り”で幾らでも解釈や発想を広げられる。だが、個性はそうではない。内的な面、身体機能としての側面。似ている点はあっても別物だ。
「ダークシャドウが何なのか、もっと詳しく知るしかないんだろうけど……直ぐには難しそうだ。先ずはダークシャドウの形状を、もっと自由に変化させられるようになったらいいなと思う」
『フムフム』
「黒の堕天使だっけ? 抱えて飛ぶのと、深淵闇躯が同時に使えたら強いんじゃね。後は……本体は穴が空いた箱に入ってもらって、変化しやすい部分をそっから出して……とか?」
「道具を使った技」
「今回の敗因はダークシャドウの強みに依存したことだ。ダークシャドウが強けりゃいいってもんじゃないだろ、ツクヨミはさ」
「その通りだ」
「後は……全く参考にならんと思うけど、俺が知ってる影使いは影絵をモチーフにした式神、モンスターを作って戦ってた」
「影絵か……」
「無理に解釈を広げようとしても行き詰まる。連想ゲームみたいに、一つ一つ影から思い浮かぶ物にダークシャドウが変身出来るかどうか……変身した結果、能力に変化が現れるのかを探ってくしかねーよ」
「なるほど、助かった。もう二度と無様は晒さん」
『ガンバル!』
「おう──あ、待てよ。ダークシャドウなら物間とネルに聞いてもいいじゃん」
その後、上鳴は物間とネルがいるB組の寮に常闇たちを抱えて突撃。すったもんだの末にダークシャドウとネルが仲良くなっただけで終わった。
そんなやり取りをした事を思い出しつつ、上鳴が改めて仕事の話を相澤に振る。
「で、何について調べればいいんすかね」
「カルト集団、ヒューマライズについてだな」
「ヒューマライズ……確か陰謀論みたいな事を叫んでる無個性の集団ですよね?」と耳郎。
上鳴は肩を落とした。
「だる……雑魚ボコしたっておもんないって……」
無個性の集まりくらい放っておいてやれよ、というのが上鳴の率直な感想だった。
世界人口の約八割が個性を、力を持つ時代だ。無個性の大半は黎明期の終わりを知る様な老人ばかり。残るわずかな無個性──力への羨望を排斥に変えたマイノリティの集まりに、興味など欠片も持てない。自分が社会的弱者である事を理由に、他人からの配慮を強要するどころか虐げるなど論外だ。
明らかにやる気を失った上鳴に相澤は言う。
「ヒューマライズには黒い噂が幾つもある。個性を排斥する考えを持つ一方で、救済を謳って強い個性持ちをスカウト・誘拐して洗脳している疑いもあるくらいだ。実際、それらしい情報が出てきたから、こうして調査の仕事が回ってきている訳だしな」
「……死穢八斎會の何ちゃら衆みたいな奴らがいるってことか。オバホの亜種かよ。そんなにいいもんかね、人間のあるべき姿って奴は」
その言葉を聞いた緑谷が表情を無くしていた点は上鳴も気になったが、それを汲むことは無かった。
「場所は?」
「オセオン。詳しくは飛ぶ前に調べておけ」
オセオンはイベリア半島から北西の場所にある島国である。小国であるし、大きな事件があった訳でもないため印象が薄い。
「メンバーは俺、緑谷、耳郎、葉隠だけッスかね。相澤先生」
「いや、もう一人いる」
上鳴は相澤から一枚の名刺を手渡された。そこに書かれていた名前に「お」と思わず声を漏らす。
「サーナイトアイか」
「そうだ。犯罪捜査に長けた彼を中心に今回は動いてもらう」
オールマイトのサイドキックとしてあらゆる事務処理を請け負い、更にはオールフォーワンに関する調査などまで行っていた敏腕ヒーローだ。
予知は調査のダメ押しにしか使わないのが玉に瑕だが──侵入経路の割り出しと敵の逃走経路の封鎖が出来るだけでも強力だ。最終的に捕物まで視野に入れるなら、これ以上ない人選だろう。
「でだ。No.4の海外派遣となると……かなりの数の手続きをする必要がある」
「え?」
「明日は公欠扱いにする。ついでに溜まった書類仕事も終わらせておけ」
「ヱ……?」
ヒーローの仕事はヴィランを退治する事だけではない。ヴィラン退治に伴って発生した被害を保険で対応する為の文書や、報酬を受け取る為に必要な書類の作成、その他状況に合わせて多数の事務仕事など多岐に渡る。
大半の仕事は事務員やサイドキックがこなす訳だが、サインや押印が必要になってくる物も多い。
職員室の隅に積まれていた四箱の特大段ボールを指差した相澤が告げた。
「あちらが事務員さんから催促されてる書類の束だ」
「束っていうか山だろアレ……勘弁してくれ……」
そこには上鳴が解決した事件の数だけ書類が詰まっていた。ゴリーニファミリー、死穢八斎會の件の前後から百件を優に越すだけあって、膨大な量になっている。
再び肩を落とす上鳴。緑谷と耳郎が声を掛けようとした瞬間、相澤が割り込む様にして言う。
「手伝うなよ」
「ごめんね上鳴くん。力になれなくって」
「ドンマイ」
「……いいよ、やるよ。やりますよ! やればいいんでしょぉ!?」
「そうだ。わかりきった事で叫ぶな」
「はい……」
この後、滅茶苦茶
クラスメイト達が那歩島に向かう用意をする一方。書類仕事の息抜きに、上鳴は耳郎と葉隠の二人を連れてトレーニングルームへやって来た。
「それではこれより──呪具を用いた呪力制御訓練を開始する!」
「わー!」
パチパチと拍手したのは葉隠のみ。
耳郎は首を傾げるだけだ。
「杖は透専用なんでしょ?」と顰めっ面の耳郎。
上鳴は耳郎の返事に「グラブジャムンの様に甘いぜ」と首を横に振った。
確かに戦杖は葉隠専用だ。しかし、素質ある者を見過ごすほど、上鳴は現状に満足してはいなかった。
「耳郎には別の呪具がある。うってつけのヤツがな」
「……というと?」
「お前から借りてるギターとマイクロアンプ」
「ウチの楽器に何してくれてんの?」
上鳴は耳郎に掴み掛かられた。大事な物が得体の知れない何かに改造されてしまったとなれば、そうなるのも仕方がない。上鳴は甘んじて受け止め、事情を説明した。
「文化祭の後も帳を張って
上鳴は琵琶の代わりにギターを使い、呪術の研究をするべく毎夜呪力を流し込んで音楽を奏でていた。行為その物が擬似的な“楽”の要素を満たしていた事が、恐るべき速度で呪具化した要因なのだろうと上鳴は睨んでいる。
肩を落として小さくなる上鳴に、耳郎もバツが悪そうに目を逸らして言った。
「まぁ……なっちゃった物は仕方ないし……アンタが音楽に興味持ってくれたんなら……悪い気はしないし……」
「で、完成した物がこちらになります」
「おい」
上鳴の呪力に反応して、その背中に隠されていたギターとアンプが空中をふよふよと漂いながら耳郎の元へ向かっていく。
「杖と同じで俺の呪力特性を受け継いでるみたいでさ──扱いに慣れたら、こんな風に宙に浮かす事くらいは出来ると思うぜ」
「……透、どうなの?」
先駆者である葉隠は杖に「どう思う?」と尋ねた。そして、パチパチとスパーク音を響かせる杖に「そうだよね」と相槌を打ってから。
「分からないって」
「何で喋ってんの? 呪具ってのは皆こうなの?」
杖と対話する葉隠を指差して、耳郎はそう上鳴に問いかけた。
「何それ知らん……こわ……」
未知だった。そもそも、呪具化の具体的なプロセスなんて上鳴は勿論、
呪術師が器物に呪力を流し込んで使っていると、勝手に呪力を帯びる様になる──位にしか思っていなかった。
「ま、まぁ……いいんじゃないか? 喋れるなら喋れるで」
困惑する上鳴に、耳郎が目を半開きにして睨む様に言う。
「それでいいのか生みの親」
「……ツッコんでよ! 普通に冗談だよ!」
頬を膨らませる葉隠を他所に、耳郎は手癖でギターの弦を爪弾きながら、上鳴に文句を垂れた。
「まぁ、別にいいけどね……何かこう……もうちょっとさ……」
プラグの先端を突き合わせながら、口をもごもごさせる耳郎。
その胸中を察しているのは葉隠のみで、上鳴は疑問符を浮かべるだけ。話の主題は呪具であり、上鳴は耳郎がそれを扱えるか否かに焦点を置いている。察する力が身につくのは相当先の話だ。
「まあ、気になんのはギター以上にアンプだ。プラグを差し込んでみてくれ。俺の予想が当たってたら、多分サポートアイテムの数倍の破壊力を持った心音を放てるはず」
上鳴に促されるまま、耳郎がアンプにプラグを差し込んだ。
その瞬間、耳郎の身体に呪力の波が押し寄せていく。
「ひぃぁ!?」
全身を駆け抜ける電流に耳郎が思わず悲鳴。間髪入れずにプラグを引っこ抜き、そのまま先端を抱え込む。
「え、何?」
困惑する上鳴。
またも何かを察した葉隠。
「その……耳が、ビリっとして」
顔を真っ赤にした耳郎がアンプに再びプラグを差し込んだ。再び上鳴の呪力が体を走り抜け、耳郎が口元を手で抑えながら身悶えする。
上鳴がその姿に込み上げる物を感じた次の瞬間。アンプから放たれた爆音が、その正面に立っていた上鳴を襲った。
「か、上鳴くん!?」
不可視の衝撃波に飲み込まれ、ギャグ漫画の如く上鳴が宙を舞う。そのまま宙で身を捩ってバランスを取り、綺麗な三点着地をしてから盛大に喀血した。
──幾ら気を抜いてたとは言え……呪力の起こりと音波の発生までのタイムラグが短過ぎる。今のタイミングじゃ回避間に合わねーよ。
「……で、どうだ耳郎」
耳郎が顎に手を添えて考え込む。
悩むのも無理はない。確かに扱い難しそうだしな、と上鳴は思った。拒絶反応とまでいかないにしろ、プラグを差し込む度にああなっていたら話にならない。慣れてくれれば良いのだが。
「とりあえず、練習してみる」
そう言って、耳郎はアンプとギターを抱き込んで俯いた。上鳴は一先ずそれで良しとし、今度は葉隠に体を向ける。
そして、戦杖を構えてやる気満々の葉隠に、上鳴は優しい声色で話しかけた。
「今からボコるけど、頑張ろうな」
「待って待って待って」
杖の先を下げた葉隠の足は、生まれたての小鹿のように震えていた。
「本当は緑谷も呼んでおきたかったんだけどな……オールマイトと爆豪と何やかんやあるみたいだから……」
「それは私をボコってくる人が増えてた……ってこと!?」
「そうだ」
「曇りなき眼!!」
しかし、それは葉隠の事を想うが故だ。
上鳴は熱く語った。
「お前の為なんだ葉隠!! 俺も一方的にボコるのは、申し訳ない!! 本当だ!! この目を見てくれよ!! 耳郎もだ!!」
耳郎と葉隠はマジマジと上鳴の目を見つめた。
黄金色の瞳は戦闘時の様に青白い光を帯び、目尻にある稲妻模様の傷跡からは閃電が迸っていた。
「……裁判長!」
葉隠の声に耳郎は頷き、上鳴に問い掛けた。
「そのギラギラした目に“楽しみだなぁ”、以外の何かがあるの?」
「……ない!!」
くわっと目を見開く上鳴に葉隠が吠える様に言った。
「語るに落ちてるよ!?」
「喧しい! 交流戦の仕上がりで満足される訳にはいかないんだよ!」
上鳴は足で床を踏み鳴らし、そう言った。
呪具の呪力を流用した身体強化を十全に扱えても、肝心の体術がおざなりになっていたら意味がない。
もっとも、他の意味もある。
「今日は素手だが、オセオンに飛ぶ少し前位には新しい戦杖も来る──得物を使った戦い方は、俺が全部教えてやる」
技術は伝えなければ失われる。
しかし、正しく伝わったそれは時間を経てより洗練されていく。
翁の経験と培った技。それは鹿紫雲によって更に磨かれ、上鳴が使い込む内に一層強い輝きを放つ様になった。
ここから更に繋ぐ。
戦杖はその為の力。
上鳴の呪力を帯びたそれは、最早単なる呪具ではない。
──俺の呪力は多分、じーさんのそれよりずっと多くて強い。
個性という別体系の力であるが故に、単純な比較は難しい。しかし、落雷級の呪力放出を雑に連発出来るだけの呪力は翁には無かった。
──個性は伸ばせる。俺の力は先生と
決して才能だけではない。
積み重ねた努力と費やした時間が、生来の力に融けた新たな力の総量と出力を飛躍的に伸ばしている。
──呪具化した戦杖の呪力は、電気エネルギーと同じ特性を持つだけじゃなかった。電気エネルギーを纏う特性まで持っていた。
帯電と呪力の融合が齎した呪力特性の変質。呪力特性の変質は両面宿儺でさえなし得なかった。異なる理が混ざり合った結果起きた偶発的事象。これ以外に説明する方法はない。
問題はそこではなく、所有者に付与される呪力が、器物を呪具にする為の“浴”と呼ばれる儀式に近しい現象を起こす可能性があること。
──宿儺の器の肉体が呪物化したような状態になるのか……いや、流石に無いな。じーさんの記憶にある宿儺ほどじゃないもん。俺の呪力。
だが、近しい現象が起きる余地があるのも確かだった。何せ個性には明らかになっていない部分が多い。
今では四歳までに発現すると言われている個性も、超常黎明期の始まりには、年齢に関係なく発現させた第一世代が存在している。個性は何らかのウイルスであり、感染した対象に何らかの異能を発症させる物であるという風説も出るほどだ。
仮にそれが事実だったとしたら、戦杖が新たな個性を発症させる媒体になっても、何ら不思議ではないのかもしれない。
“どちらもありうる。そんだけだ”
不意に聞こえたその言葉に、上鳴は口角を上げた。
「……その杖はお前が進化する為の補助輪だ」
その為には呪具に長時間触れるだけでなく、呪具の呪力を自在に流用出来るようにならなくては話にならない。
出来なければ、葉隠透はこれから先の戦いに着いていけない。
「道は険しい。お前がよちよち歩きで登ってくるのを、誰も悠長に待ってくれない」
茨の道だ。
自分の呪力で生み出した呪具であれば、呪力の流用は然程難しくないだろう。しかし、他人の呪力や浴で呪具化した物になった途端、その難易度は跳ね上がる。反転術式で他人を治すのが難しいのと同じ理屈だ。異なる呪力同士が免疫反応の様に反発する。
だが。
「周りはお前が一歩進む間に、三歩も四歩も進んで行くかもしれない。それでも……!」
天与呪縛のフィジカルギフテッドや、この世界の住民の様に呪力を持たない存在なら──呪術師が苦心するそれを、無視できるかもしれない。
「ここまで死ぬ気で駆け上がる覚悟はあるか!!」
「オッス!!」
葉隠は力強く、即答した。
「良い返事だ!! 耳郎も良いよな!?」
「当たり前でしょ……これ以上、待たせる気なんて無いから」
上鳴がニヤリと笑うと、二人もそれに釣られる様に笑った。
「さァ──息ができないくらい楽しくて苦しい、修行のお時間だ。うっかり死ぬなよ二人とも」
それから程なくして、上鳴の打突で葉隠と耳郎は三途の川を渡り掛けた。
「船待ちしてる人からチンチロで六文銭巻き上げてる、強面で変な眉毛の人に叩き返されちゃった」
「ウチも。その隣にいた用益潜在力がどうのって言ってる綺麗な人が“ここを通るならもう少しお金を貯めてからおいで”って」
「知り合いの知り合い……の、そっくりさんだな」
「アンタの交友関係どうなってんの? 何で三途の川にいんの?」
「というかそれもう全然知らない人だよ」
強化パーツの配布と映画編に入りますよの回でした。ライジングの方は控えめになってしまいますが……悔しい……
気が付いたら100話に到達していました。ビックリです。毎度読んでくれている皆様、ここ好きと感想を欠かさずくれているそこの貴方。私が何だかんだ書けているのは、そんな皆様のおかげです。いつも本当にありがとうございます!