雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.103 ライジング・ミッション Ⅳ

 

 時は遡り──那歩島。

 

 

 上鳴達が海外へ向かうよりも先に現地入りを果たしていた物間達は、熱意と使命感を持って実習に臨んでいた。

 

 

「それにしても暑いねぇ」

 

 

 半袖では寒過ぎる本島とは異なり、那歩島の空で輝く太陽は真夏のそれだ。正に避暑地ならぬ避寒地。年中海水浴を楽しめる南の島の砂浜では、少なく無い数の観光客が遊興に耽っている。

 そこから少し視点を移動させると、同級生達が実習に励む姿が見えた。

 

 

「ここから先は危ないので入らないでねー!」

 

 

 海岸線に沿って歩いた先に見える岩場にテープで“立ち入り禁止”を描く瀬呂。

 

 

「浮き輪持った子供が流されている! エミリー、ゴムボートを!」

 

 

「分かった」

 

 

 浅瀬では障子と柳が連携を取っていた。クラスは違えど救助に淀みはない。障子が乗り込んだゴムボートを柳が操作し、波に流されてしまった子供を救助している。

 他にも、女性観光客にタチの悪いナンパを繰り返す男に峰田と尾白が割って入ったり、蛙吹と骨抜が海中や砂浜の落とし物を探したり、宍戸が迷子の親を見つけたり──ヴィランの姿は無けれども、幾つもの困り事を解決していた。

 

 

「そうそう。こういうのだよ、本来のあるべき姿ってヤツは」

 

 

『そうなの? 凶悪犯罪者をボコボコにしたりはしないの?』と影からネルが囁く。

 

 

「犯罪なんてのはさ、起こらない方が良いんだよ。凶悪なやつなら尚更ね」

 

 

 近頃は物騒である。

 そうでなくとも暴れん坊(上鳴電気)によく絡まれている物間からすれば、目の前の小さなヒーロー活動は心が洗われる様な光景だった。

 自分も島を見て回りながら、色々と人助けに勤しみたい所なのだが──

 

 

「物間、手が止まってるぞ」

 

 

 海の家で轟と共に無限製氷を行っていた。

 何で?????

 物間は訝しんだ。

 

 

「……どうして僕らは海の家で黙々と氷を作ってるんだい?」

 

 

「ウチが那歩島で実習すんのが発表されたからな──観光客が例年の三百倍になってるらしい。店舗の手が足らないんだと」

 

 

「久しぶりに聞いたよ。倍率三百倍なんて言葉」

 

 

 熾烈な受験戦争を勝ち抜いた物間達にとって、それはあまり歓迎できるワードではなかった。

 文句を垂れ流したいのを堪えて、氷の山を作っては“スチール”で削り出し、八百万製カキ氷機にセットしていく。

 

 

「任せろォォォォオオオ!!」

 

 

 個性で馬力を上げた砂藤が氷山をカキ氷に変えるのを見ながら、物間はふと気付いた。

 

 

「もしかして……実習中、ずっとこれ?」

 

 

「そうだな」

 

 

 轟の個性をストック出来るのは破格も破格。しかし、こんなバイトで日本最高峰の個性を得てしまっても良いのだろうか。そこはかとない罪悪感がある。というかそれ以上に、他の皆みたいに励まなくていいのか? いいわけあるか。

 悶々と考えていると、肩に轟の手が置かれた。

 

 

「あっち見てみろ」

 

 

 轟が指差した場所に居たのは──

 

 

「待てやガキ共ッ!!」

 

 

「「「「「キャーッ!!」」」」」

 

 

 観光客と現地民の子供達と追いかけっこをしている、大・爆・殺・神ダイナマイト。

 

 

「彼は何をしている方なの?」

 

 

「子供人気が高過ぎてああなったらしい。託児所みたいな物だって切島が言ってた」

 

 

 物間は眉間の皺をよく揉んだ。

 

 

「凡そ、この世で最も彼に似合わない単語が出てきたね」

 

 

「そうか? すげぇ懐かれてる様に見えるけどな……流石だ。俺も見習わないとな」

 

 

 物間が絞り出した言葉に対する轟の返事は軽かった。記憶の中にある、体育祭での威嚇する猫の様な空気感は影も形もない。

 

 

「君のそれが煽りじゃなくて、唯の天然だと気付くのに半年掛かったよ」

 

 

「テメェら聞こえてンだよぶっ飛ばされてぇのか!!」

 

 

 物間はフラストレーションを発散すべく、高笑いした。

 

 

「おいおいおい!! そんなヴィランめいた口調を子供達が真似してしまったらどうするんだい!? そうでなくとも僕らは人々の手本にならなきゃならないってのにサァ! 君、小学校の道徳から直した方がいいんじゃないかい!?」

 

 

 しかし、爆豪は物間の挑発には乗らなかった。

 鼻で笑って言葉を返して来る。

 

 

「製氷所の人は言う事が違うなぁオイ……よし、ガキ共!! そこの金髪のにーさんが好きなだけカキ氷食っていいってよ!」

 

 

「は?」

 

 

 爆豪の周りを彷徨いていたちびっ子達が、その標的を物間へと変える。

 丁度、喉が渇いていたのだろう。歓声を上げて突撃してくる子供の群れに物間は飲み込まれた。

 

 

「食い過ぎると腹壊すから一つだけにした方がいいぞ」

 

 

 巻き込まれた轟が嫌な顔一つせず、カキ氷用の氷を増産し始めたのを見て、物間は今日の実習がいよいよ製氷係で終わってしまう事を受けいれるしかなかった。

 

 

「まあ、たまには良いかな」

 

 

 そして──実習中はこんな風な穏やかな時間が続くと、信じていた。

 

 

 何せヴィランがこの島を狙う理由は皆無。雄英の看板に傷を付けようというのなら納得は出来るが、理解は出来ない。

 実際、ミカヅチと互角にやり合ったファントムシーフ。街一つを氷漬けに出来る範囲制圧力を持ったショート。そして、機動力も火力も抜群の大・爆・殺・神ダイナマイト。ヒーロー候補生というには余りにも洗練された三十人余りの人間がいる場所を襲撃しようという人間の方がどうかしている。

 

 

 しかし、ヴィランに真っ当な神経を求めるのが間違っているのも事実だった。

 故に、雄英も対策を講じていた。有事の際には本土からプロヒーローが増援として駆け付けられるように手配し、それをあからさまに喧伝することで、ヴィランの動きを抑制しようと動いていた。

 

 

「……本当に嫌になるな」

 

 

 それでも、ヴィランは来た。

 

 

 

 

 

 カキ氷騒動の翌日。

 港に一隻の巨大タンカーが激突した。

 

 

 最初にそれを発見したのは、沿岸パトロールに当たっていた取蔭、回原、芦戸、尾白の四人。異様な空気に気付けないほど愚鈍ではなく、取蔭の指示の下、行動は迅速に行われた。

 

 

「芦戸は本土へ通信! 島内にいる皆には私が連絡する! 回原と尾白は不審船の激突で出た被害の確認! それからヴィランの警戒!」

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 AとBでトップクラスの白兵戦闘力を持った二人。何かあっても早々にやられる訳がないという、確かな信頼。

 それが裏目に出た。

 

 

「生きのいいガキが二人か」

 

 

 トレンチコートを着た人獣の男──大して珍しくもない異形型の個性持ちが、船から降りてきた。

 堅気ではないのは見れば分かった。普通なら警告や対話から入る所だ。

 

 

「マジか尾白!?」

 

 

 しかし、尾白は本能に従って牙を解き放った。大気を引き裂いて空を駆けた斬鉄の一撃は、コートの袖とその下にあった毛皮を僅かに傷付けるだけに留まった。

 

 

「おもしれぇ……先ずはテメェから血祭りに上げてやる」

 

 

 尾白の背に冷や汗が流れる。フルパワーではなかったが、小さな動きで生み出せる最大威力の牙をこうも簡単にあしらわれるとは思っても見なかった。

 

 

「尾白、すまん」

 

 

 そして、この時点で回原では男と尾白の戦いに着いていけない事が確定する。

 援護くらいは出来るだろうが、下手を打てば尾白に致命的な隙を与えかねない。

 

 

「謝るのは早いよ──ほら」

 

 

 ただ、敵は一人ではなかった。

 

 

 船から姿を見せたのは三人のヴィラン。髪先が刃物の様な鋭さを持った赤髪の女。特殊部隊めいた武装の包帯男。そして、工業地帯の様なマスクを付けた白い長髪の青年。

 白髪の青年が尾白と回原を見下ろし、くぐもった声を上げた。

 

 

「キメラ、遊んでいる時間はない。迅速に処理しろ」

 

 

 その時、青年の指先から伸びた光が回原と尾白の身体を撃ち抜いた。

 あまりの早業に二人は目を剥き、直後に自分達を襲った灼熱の痛みに歯を食いしばった。

 

 

「ほぉ……声一つ出さねぇとは大した気合いだな」

 

 

 ゆらりと身体を左右に振った異形の男がボクサーの様な構えを取り、尾白へ肉薄する。

 間髪入れずに突き入れられたジャブの衝撃を、尾白は後方に飛びながら尻尾を使って上手くいなす。

 

 

「やるじゃん」

 

 

 攻防を兼ね備えた筋力。獣じみた瞬発力。重心の取り方、拳の打ち方を見れば相当な場数を踏んだ戦士であるのは瞭然。

 不可視の弾丸に撃ち抜かれた身体で勝機を見出すのは困難──だが。

 

 

「あまり雄英を舐めるなよ……!」

 

 

 恵まれない個性で英雄の最高学府にまで辿り着いた技、肉体、精神力。この程度の窮地で怯むほど、尾白猿夫は軟弱ではなかった。それは回原も同じ。

 

 

「5分耐えるよ、回原」

 

 

「無茶言うぜ」

 

 

 尾白と並んで回原が拳を構える。

 人獣の男、キメラが声を弾ませた。

 

 

「おいおい。二人がかりで俺一人とは……随分と弱気だな、ヒーロー」

 

 

「……何を勘違いしているんだ?」

 

 

 尾白が回原に尻尾を振り抜き、それを足場に回原が飛ぶ。弾かれる様に空を横断し、回原が向かったのは──キメラの後ろにいた白髪の青年。

 しかし、回原の進路に赤髪の女と包帯男の二人が立ち塞がる。

 

 

「ナインには触れさせないわよ」

 

 

「集団戦において頭を狙うのは理に適っているが……真正面からではな」

 

 

 女の赤い髪が刃となって伸び、男の体に巻き付けられていた包帯が意思を持ったかの様に動き出した。それぞれが回原の手足に纏わりつき、そのまま縊り殺そうと力を強めていく。

 絶体絶命の窮地に見えたが、回原の表情は明るい。その行動が予想通りだったからだ。

 

 

「リーダーがそこの白髪なのは見りゃ分かる! そいつを狙えば、二人が護りに入んのは誰でも予想できる!」

 

 

 赤髪の女と包帯の男はキメラほど強くはない。

 しかし、白髪の青年──ナインは違う。上鳴、物間、緑谷を知り、オールマイトを間近で見たことがある雄英生ならば一目で判別できる。あれは“アッチ側”か、少なくともそれに限りなく近い人間であると。

 

 

 徒党を組まれたら先ず死ぬ。

 最初にその事実を受け入れる。そこからどうするかを決めた結果がこれだった。

 

 

「これ見よがしに巻かれた包帯! よおく伸びた髪! パワーファイターと遠距離攻撃持ちがいるなら、残りは搦手に長けた奴と中近距離に強い奴って相場は決まってんだよな!」

 

 

 回原が旋回で包帯と髪をヴィランごと巻き取って、尾白に飛ばされた勢いのまま海へ落ちていく。搦手を多用する相手は、主な攻撃手段が徒手空拳の二人が最もやり難い手合いだった。時間稼ぎが目的の今、そこを分断しなければ最も通したく無い相手を素通りさせてしまう。

 回原が水柱を上げて着水するのを見送った尾白は、キメラに向かって言った。

 

 

「二対一だ」

 

 

「イカれてるよ。お前」

 

 

 手負いの状態で何処までやれるのか──そんな弱気は、喉奥から競り上がって来た血と共に飲み込む。

 

 

「仲間を待たないのか?」

 

 

 ゆったりと歩いて距離を詰めてくるキメラ。

 ナインが無言のままその隣を歩く。

 

 

 隙は見当たらない。緩慢に見える動きは全てカウンターの布石。生半可な動きでは狩られるだけ。

 ならば、と尾白は尻尾で地面を叩いた。それを合図にサポートアイテムが起動し、黒い鎧がモーターの駆動音を響かせながら尻尾を覆う。

 

 

「アイテムか」

 

 

 警戒心はあるらしい。だが、自分達の優位を信じて疑わないのなら、それは隙にもなり得る。

 尾白猿夫に与えられたそのアイテムは、オールマイトが莫大な財産を注いで開発している物の()()()()()()()()()()。技術の流出や秘匿の為に用意された名を玉璽(レガリア)と言う。

 

 

「勝ち筋は動いて作る物……!」

 

 

 その時、キメラは確かに見た。

 否、魅せられた。

 尾白の背後に立つ巨大な猿の随身を。

 

 

「尾拳、厄降鳥!!」

 

 

 振り抜かれた尻尾の軌跡に沿って大気が裂ける。尾白が今放てる最大の破壊力を持った牙が、獲物に向かって吼え荒ぶ。

 キメラの顔に僅かな動揺が走る。だが、相手が悪かった。

 

 

「お前の個性とガラクタに興味などない──失せろ」

 

 

 ナインの背中から貌無しの龍が姿を見せ、尾白の牙を強靭な顎で粉砕した。それだけに留まらず、コンクリートを砕氷船の如く割り進みながら尾白へ向かって猛進していく。

 

 

「さっきの個性と違う!?」

 

 

 宙空へ飛び上がって避ける。しかし、龍の猛攻は終わっていない。倉庫を食い破り、生み出した瓦礫を踏み台にして空を昇る。

 

 

「くっ!」

 

 

 尾白は身を捩り、空を弾き、何とか攻撃を躱した。

 

 

「涙ぐましい努力だが、圧倒的な力の差を覆す事は出来ない」

 

 

 だが、龍は一体ではなかった。ナインの背中から次々に顔を出し、凄まじい勢いで迫ってくる。

 打突と牙で突進をいなしつつ、転がる様に避ける。だが、全てを防ぎ切る事は出来なかった。

 

 

「ぐぁぁぁぁッ!?」

 

 

 龍の顎に腕を噛み砕かれて、尾白は堪らず声を上げた。

 しかしそれ以上に。

 

 

「凡庸。奪う価値なし。けれど……無視も出来ないな。誇るといい。お前の力は本物だ」

 

 

 奪うという単語に違和感を覚えた。

 何処かで聞いた事がある。

 物間のコピーとは違う、他人から個性を奪うという荒唐無稽な力を。

 

 

「……ぁ」

 

 

 上鳴が言っていた。寮生活が始まる日、何と戦って何を殺したのかを。

 その瞬間、尾白の全身に再び力が漲った。

 

 

「まだ抗うのか?」

 

 

 個性を奪う個性。

 

 

 その力を持っているとしたら雄英は宝船だ。日本全国から選りすぐりの個性を持った人間が集まる場所で、しかも今は保護者(プロヒーロー)が居ない。いや、もしかすると現地住民や観光客の中にこの男が欲する個性があるのかもしれない。

 そう思うだけで力が湧いてくる。簒奪者を許してはいけない。自分のすべき事を全うするまで──取蔭が物間達を呼び、芦戸の通信を聞いたプロヒーローの援軍が到着するまで──この前線を維持する。

 

 

 尾白は吼えた。

 

 

「此処は絶対に通さないッ」

 

 

「……キメラ」

 

 

 ナインは目を細め、傍に立っていた男へ「お前が処理しろ」と促した。

 

 

「あいよ」

 

 

 短い返答の後、キメラの身体が膨張を始めた。

 見て分かるのは筋力の増大。腕からは翼が生え、鱗を纏う尻尾はより強靭に、しなやかな物へと変化していた。

 

 

「俺はお前の上位互換だ」

 

 

 キメラの尻尾が鞭の様にしなり、鋭い破裂音と共に瓦礫を粉砕する。

 

 

「ここでヒーローごっこはしまいにしようや」

 

 

 ──尾白は奮闘した。

 

 

 尾白は常にキメラが盾となる様に立ち回りながら、ナインの行方を阻む為の牙を打ち続けた。限界を超えて内出血が外に滲み出すことも厭わなかった。個性では圧倒的な格上のキメラを相手に徒手空拳のみで粘り続け、じわりじわりと前線は押されていったものの、その速度を牛歩のそれにまで抑え込んだ。

 キメラとナインは思う様に進めず苛立ち始めるが、戦況は赤髪の女と包帯の男が前線に復帰した事で変わり始める。

 

 

「スライス、マミー!! おせぇんだよ!!」

 

 

「アンタこそ。あの子にいい様にされてるじゃない」

 

 

「全くだ……いや、そもそも我々は海中で戦わされていたんだぞ。一緒にするなよ」

 

 

 赤髪の女、スライス。

 包帯の男、マミー。

 

 

 二人は既にボロボロだった。スライスの髪はロングからミディアムボブ程になっているし、マミーに至っては包帯をほぼ毟り取られている。個性の起点となる物を半分以上喪失していた。

 

 

「で、殺せたのか?」

 

 

 キメラの言葉に対する二人の顔は渋い。

 

 

「……水棲生物系の異形個性が援軍で来たのよ」

 

 

「凄まじい速度だった」

 

 

「そうかよ。こっちはこっちで鬱陶しい立ち回りをしやがってな──っと」

 

 

 蛙吹が回原を助けた。

 それが分かったからか尾白の身体から力が抜け、動きが完全に止まった。

 

 

「立ったまま気絶してやがる」

 

 

 尾白猿夫。五分三十秒にも及ぶ防衛戦の後、戦闘不能。

 しかし、彼が稼いだ時間は値千金だった。尾白、回原を除いた雄英高校生徒らにより、島民及び観光客総勢二万三千人の一時避難が完了。漁港を起点にした一キロ圏内から人影が完全に消失する。

 

 

 これにより、雄英史上最強の一年生達が暴れる用意が整った。

 

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 

 闇を祓う為の“帳”が降りる。

 





 
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