雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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 感想、ここ好き、高評価ありがとうございます。励みになります!

《前回のあらすじ》
スライス&マミー「アイエエエ!」(言ってない)
キメラ「もうダメだ……おしまいだぁ……」(言ってない)
ナイン「天才はいる。悔しいが」(言ってない)
爆豪「俺たちの勝ちだ!」(言った)



ep.105 ライジング・ミッション Ⅵ

 

 那歩島のヴィラン襲撃の翌日。

 援軍とは別に、本土から復旧支援の本隊としてやって来たベストジーニストの前で、物間は爆豪と仲良く座らされていた。

 

 

「一つ問おう。ヴィランが倒された後には何が必要だと思う? ──そう、復興だ」

 

 

 当たり前の話だった。別にベストジーニストも被害に関してとやかく言うつもりは無い。問題は爆豪と物間がチクチクと言い合いながら作業していた事だ。

 慣れたA組とB組は気にも留めないが、他の者は違う。全体の士気にも関わってくる以上、ベストジーニストも小言を挟まざるを得なかった。

 

 

「プライベートで仲良くしろとまでは言わないが、現場では慎みなさい」

 

 

「「……はい」」

 

 

 罰として二人は髪型を七三に固定されジーンズを穿かされていた。

 笑うと同じ罰を与えられそうなので、AB組は腹がよじ切れそうになるのを必死に堪えていた。

 

 

「さて。お説教はこの辺りまでにしておこう……ファントムシーフ。復興作業の途中ですまないが、少し協力してくれ」

 

 

「……? 僕にできる事であれば」

 

 

 ──そうして、物間がベストジーニストに連れられてやってきたのは、本土に向かう護送船の一室だった。

 そこに居たのはナインだ。全身を拘束され、部屋の四方から伸びたワイヤーで吊られていた。

 

 

「……これは」

 

 

 ヴィランにも人権がある。現場で著しく道徳を欠いた拘束を行えば、裁判でヒーローが厳罰に処されるのは間違いない。

 しかし、ナインの“個性を奪う力”は確認こそ出来ていないが、本人の発言と複数の個性を使ったことから確定している。また、それらが被害届の出されていた傷害事件の被害者の物だという裏付けも取れていた。人権を遵守して逃げられでもしたら意味がない。

 

 

「ここからは彼に話をしてもらう」

 

 

「や、疲れてるとこに悪いね。ファントムシーフ」

 

 

 ベストジーニストと入れ替わるように赤い翼のヒーローが顔を見せる。

 

 

「ホークスが何でここに……?」

 

 

 No.2とNo.3が揃った事で物間も動揺を隠せない。一体何をさせられるんだ? そう警戒する物間にホークスは目を丸くして言う。

 

 

「そうビビらないでよ。難しいことをお願いしたい訳じゃないんだ……“奪う”個性をコピーして、彼の所持している個性を引き抜いて欲しいってだけ」

 

 

 ケロッとした顔でとんでもない事を口にするホークスに、開いた口が塞がらない。

 拘束までは納得ができる。事実、タルタロスに収容されるような凶悪犯は身じろぎ一つ許されない様な扱いを受ける事だってある。

 しかし、物間は個性を没収するなど考えた事もなかった。出来る出来ないの話ではなく、倫理的な問題があるからだ。

 

 

「彼が持つ個性は謂わば盗品だ。君ならそれを元の持ち主に返還できる」

 

 

 そう言われたら、物間も納得せざるを得ない。

 

 

「……分かりました。やりましょう」

 

 

「そう言ってくれると思ってた」

 

 

 その為には先ず物間がナインの“奪う”個性をコピーし、コピーしたそれでオリジナルを引き抜く必要がある。

 物間はナインの前に立ち、頭に軽く触れて個性をコピーした。

 

 

「無駄だ」

 

 

 すると、沈黙を保っていたナインが口を開いた。

 

 

「私のは力は奪うだけだ。与える力ではない……残念だったな」

 

 

「そうなのかい?」

 

 

 ホークスが確認を取るように尋ねる。

 個性をコピーした事で、感覚的に能力を把握した物間は問いに頷いた。

 

 

「でも、大丈夫です」

 

 

 しかし、それは通常使用に限った話だ。

 

 

「ネル」

 

 

『はあい』

 

 

 ネルから過剰変容とストレスを引き出して強化すれば、ナインの持っていた“奪うだけ”の力も、その起源へと迫る物へ変質する。

 後は試すだけだ。

 

 

「言い出しっぺは俺だからね。ナインから引き抜く前に、一回俺から個性を引き抜いてから戻してみてくれる? もし元に戻せないってなったら……今日から君が二代目ホークスってことで」

 

 

 軽い調子のホークスに促され、重い責任を背負わされながらも、物間は“剛翼”を使って目論みの成功を実演して見せた。

 

 

「さて──」

 

 

 ホークスが戻って来た剛翼の感触を確かめながらナインに告げた。

 

 

「君の力を没収する」

 

 

 ナインに否を言う資格はない。ナインは戸籍を所持しておらず、法律上、この世界には居ない事になっている。人権はない。

 だからと言ってこんな横暴が許されていいのか? 躊躇う物間にナインは言う。

 

 

「持っていけ。勝者が全てを手に入れる世界こそ、私の願った未来だ」

 

 

 潔さすら感じる言葉に物間は何も言えなかった。

 

 

「──恨んでくれて構わない」

 

 

 ただ、粛々と与えられた仕事をこなした。そうしてナインから全ての個性を引き抜き、部屋から出ていこうとした時だった。

 

 

「敗者からプライドさえ奪うか……傲慢だな。だが、それでいい」

 

 

 ゆっくりと閉まる扉の奥で、灰色の目が静かに燃えていた。

 最初の頃に受けたオールマイトの授業を思い出す。オールマイトは言っていた。思想犯の目は静かに燃ゆる物だと。

 

 

「忘れるな。私は必ず舞い戻る。震えて待っていろ……次会った時がお前の──いや、お前たちの最後だ」

 

 

 あり得ないとそう言い切る事は簡単だった。

 しかし、人間が想像できる全ての事象は必ず実現できる。ナインの言葉にはそう思わせるだけの気迫があった。

 

 

「何度だって倒してあげるさ。今度は僕たちだけでね」

 

 

『あっかんべー! だ!』

 

 

 ──ナインの簡易独房から出ると、物間はホークスから缶ジュースを差し出された。

 

 

「ご苦労様、ファントムシーフ。引き抜いた個性を返還する段取りはこっちで進めておくから、一旦君の方で保管しておいて欲しいんだよね」

 

 

 個性を別の人間に与えた所で物間が居なければ移動できない。ホークスの言葉は念押しであり、ただの事実確認。普通ならそう考える。

 しかし、物間は違った。

 

 

「本当に段取りをするんですね?」

 

 

 ホークスは目を細め、それから口元に軽薄な笑みを浮かべた。

 

 

「当たり前でしょ? 元は市民の個性で所在もハッキリしてる。何なら君が引き抜いた個性にはこの島の人の物もあるからね。明日にでも返してもらうよ」

 

 

 ホークスの言葉に嘘はないと物間は思った。

 だが、同時に引っかかる。上手く出来すぎている。

 

 

 個性を奪う個性を持った男が何故、この島を狙ったのか──理由は今ホークスが口走った内容にあるのだろうが、詳細を聞いてもボカされるに決まっている。そもそも把握しているのかも分からない。

 けれど、ナインがこの島を狙った理由を把握していたとしたら……仮免を持っただけの学生しかいない現状のまま、放置していただろうか? いや、しない。したとしたらそれは、そうしなければならない理由があったということだ。

 

 

「僕は上鳴と殺し合う気なんてありませんよ」

 

 

 物間がそう言うと、ホークスは目を見開いて、それから声を上げて笑い出した。

 

 

「分かってるし、そんな事させないよ……今回は本当にたまたま。俺が来たのも、追ってた案件の被害者達の共通点とかからの推測だ。次に狙われそうなのが島にいる被害者のお子さんっぽかったからね。君にそれを持っていて欲しいと頼んでるのも、単に合理的だからだ」

 

 

 爆豪が浜辺で面倒を見ていた子達の一人なんだろうかと物間が考えていると、ホークスが続けて言う。

 

 

「その力は危険だ。でも、上手く付き合えれば希望になり得る……期待してるよ。ファントムシーフ」

 

 

 

 

 

 物間が復興作業に戻るのを見送ってから、ホークスは深々と息を吐いた。

 

 

「いやぁ……勘がいいね、彼」

 

 

 先の話に嘘はない。かと言って、全てが本音と真実で構成されていた訳でもなかった。個性の返還や事件を追っていたというのは本当。しかし、上鳴に関しては違う。

 

 

「上は上でありもしないこと考えてるし……」

 

 

 ホークス自身はそこまで問題視していないが、公安は上鳴の戦闘力・言動・気質を非常に警戒している。だから折衷案でお茶を濁すしかなかった。

 

 

「彼が内通者? 無い。100%ない。そんなことするタマかよ」

 

 

 特に公安が気にしていたのは上鳴が内通者である可能性についてだ。

 

 

「ま、そうは言っても現場見ないと分かんないよね」

 

 

 ただ、これに関しては分からないでもないとホークスは思っていた。

 拉致されてからの復活。オールマイトとエンデヴァーをはじめ多数のトップヒーローを相手取って尚勝ちかけた、史上最悪のヴィランへの勝利。

 

 

 話が出来すぎだった。

 

 

 複数個性に耐えた肉体と精神、それを使いこなせたのも事前に調整を受けていたからと考えた方が自然だ。オールマイトが活動休止を発表しなければ、公安は上鳴電気の拘束も辞さなかっただろう。だが、公安も一枚岩ではない。象徴の代替としての役割を欲した派閥だってあった。生徒を守ろうとするだろう雄英、新たな英雄の誕生に湧いていた世論。これらに真っ向から歯向かうリスクも高い。

 

 

 だから、GPSと極小の盗聴器を内蔵した()()()()()()()()()()()()を急遽発行した訳で。

 

 

「何事も起きないで欲しいよ。本当に」

 

 

 復興作業を空から眺めながらホークスは切にそう願っていた。

 

 

 ──それから僅か十分後。最悪のニュースが日本を駆け抜けた。

 

 

『緊急速報です。オセオンで活動中のNo.4ヒーローミカヅチ、上鳴電気氏が一般人十数名を巻き込んだ大量殺人事件の容疑者として指名手配されました』

 

 

 そんな無駄な事を上鳴電気がする筈ないだろうと思っていても、これまでの大量破壊のイメージのせいで「いや、なんかミスって巻き込んだんじゃ……」という嫌な予感を拭えない。

 

 

『現在、ミカヅチは協力者であるデクと現地人の青年を引き連れ、女性を人質に取って逃走中。消息は不明とのことですが……』

 

 

『いやぁ。これが事実なら大変な国際問題ですよね』

 

 

『彼は体育祭や先日の交流戦でも危ない行動が目立っていました。事実が何であれ、雄英は勿論、日本という国のイメージと国民性に影響が及ぶのは間違いないですね』

 

 

 コメンテーターの話が右から左に通り抜けていく。

 ホークスは取り敢えず雄英と公安に問い合わせる事にした。

 

 

 

 

 

 ──那歩島襲撃とほぼ同時刻。上鳴は緑谷と共に、支給された特殊迷彩“学ラン”を着用してオセオンの街を歩いていた。

 

 

 周囲からの視線は程々と言ったところだ。コスチュームを着ていたらこの比では無かっただろう。熱心なヒーローオタクなら気付かれていた可能性もあった。

 

 

「それにしても、まさか俺たちが親族の保護に向かわされるとはな」

 

 

 上鳴と緑谷に課せられた任務は『科学者家族の保護』だ。現地ヒーローのクレア・ボヤンスとチームアップしてミッションへ臨んでいる。

 

 

 科学者本人の救助には、潜入に長けた葉隠、索敵能力なら上鳴よりも高い耳郎、経験豊富なナイトアイが向かう事になった。納得の人選ではあったが、物足りなさも感じていた。

 

 

「一応、こっちの方が戦闘になる可能性が高いって話だが……」

 

 

 怪しい。内通者が誰かバレていたら襲われる事もあるだろうが、その場合は救出作戦も根幹から揺らぐ。上鳴達以上に耳郎達が危険に晒される。

 

 

「上鳴くん。そうピリピリされると、その……危機感知が」

 

 

 緑谷の苦笑で上鳴はハッと我に返った。

 らしくない事を考えていた。耳郎も葉隠も強くなっている。自分が居なくても十二分に戦えるように鍛えてきた。心配は侮辱になる。

 

 

 上鳴は眉間を揉んでから緑谷に言った。

 

 

「悪りぃな──というか俺にも反応すんだな」

 

 

「割とずっと」

 

 

 常に戦いたい欲があるからだろうなと上鳴は思った。自重は無理だった。

 気を紛らわせる為に仕事の話を振る。

 

 

「で、どこだよロディ・ソウル」

 

 

 保護予定の研究者親族はケイ一家とソウル一家の二軒。ケイ一家の保護はつつがなく終わったものの、ソウル一家の方は現在進行形で難航していた。

 

 

「まさかここまで見つからないとは……」

 

 

 ロディ・ソウルは上鳴達と同年代ながら、幼い弟妹の為に働いている苦労人だ。日中は日雇いの仕事をこなす為に家を出ており、連絡を取る為の手段も限られていた。家に帰ってくるのを待つのが合理的だ。

 

 

 しかし、そうする事ができない事情がある。

 

 

「何で職場が闇バイトの斡旋してんだよ」

 

 

 ロディ・ソウルは非合法な職に就いていた。やむを得ない事情があったにせよ、言葉を選ばずに言えば立派なヴィランだ。ヒーローが待ち構えていると知られたり、見知らぬ人間が家の側を彷徨いているとなったら警戒される。

 

 

「不幸中の幸いと言えば、彼の今日の仕事が何なのかが分かった事だけど……」

 

 

 アングラな飲食店(しょくば)にカチコンで店主に色々と吐かせた(ききこんだ)訳だが、内容は日本人の二人からすると刺激が強かった。

 

 

「宝石強盗の受け子をやる事になってるとはな……ブツを運んでたら言い訳できねーぞ」

 

 

「警察に引き渡すしかないよね。流石に」

 

 

「ま、そん時はな」

 

 

 どんな理由があったとしても罪は罪だ。事情や年齢を考慮しても、罰を受けない理由にはならない。出来れば宝石強盗が起きるまでに保護したい所だが──現実はそう上手く出来ていなかった。

 

 

「むっ」

 

 

「今のは……!」

 

 

 上鳴の人間離れした聴覚が何かの破砕音と悲鳴を聞き取り、緑谷の危機感知が敵の出現を告げた。

 瞬時に地面を蹴って空へ──音の発生源に向かって最短距離を直進する。

 

 

「お、いたいた」

 

 

 宝石強盗を行った主犯は、身体を旋回させて暴風を生み出しながら直進する男と、手から爆発する綿飴の様な物を出すアフロ。

 

 

「とりあえず俺がソウルな」

 

 

「僕がヴィランだね。対処が終わったら直ぐに合流するよ」

 

 

 受け子との合流ポイントまで泳がせ、ヴィランは緑谷に任せて、上鳴はロディ・ソウルの捕縛を担う。

 ヴィラン達が路地に入り、道の脇に宝石の入ったアタッシュケースを投げ込んだのを確認してから、上鳴は動いた。

 

 

「よお、兄ちゃん。良い物持ってんなぁ。それの中身、見せてくんない?」

 

 

 アタッシュケースを受け取り、駆け出したばかりの少年──ロディ・ソウルの前に立ち塞がる様に降り立ち話しかけた。

 

 

「な、何だお前……!?」

 

 

 ロディは目を見開いて動揺していたが、上鳴は気にも留めない。

 

 

「拒否権とかねぇけど」

 

 

 アタッシュケースの金属パーツに遠隔で磁性を付与して一気に手元へ引き寄せた。そして、ずっしりとした重さのあるそれを、目尻から雷光を奔らせながら解析していく。

 

 

「何すんだよアンタ!? 返せよ!!」

 

 

 上鳴は大股で近寄ってくるロディをひょいと躱し、アタッシュケースを真上に放り投げた。きょとんとした目がケースを追う。

 

 

「ちょぉ!?」

 

 

 我に帰ったロディが奇声を発しながらケースに飛びついた。

 

 

「何してんだよ!! 中身ぶち撒けちまったら大変な事に──」

 

 

「中身、知ってんだな?」

 

 

「う゛っ!? い、いやぁ……? 俺も拾ったもんでよく知りやしないけどさ? やっぱこういうのってプライバシー、とか? 人権的なあれそれがほにゃほにゃするもんだろ?」

 

 

「理論がふわふわで人を騙すには甘過ぎだ。内容が綿飴みたいになってんぞ」

 

 

 誤魔化したという事は中身を知っているということ。ヴィラン相手に情けや容赦は要らない。ロディの首根っこを掴んで、引き摺る様にしながら路地を出る。

 

 

「頼むよ! 後で金払うからさ、ここは見逃してくんない?」

 

 

「悪いけどさ。俺、金とか興味ないんだよね」

 

 

「ぐぅ……! いや、そもそもお前に何の権限があって「俺ヒーロー。お前ヴィラン」……スゥ……」

 

 

 ──まあ、ガキンチョ二人の面倒見てたら捕まりたくは無いだろうな。

 

 

 上鳴は必死に食い下がろうとするロディを憐れんだ。その苦悩は多少理解できる。仮に両親が何らかの原因で働けなくなってしまって、多額の資金が必要になったとなれば、自分も何だってするだろう。

 

 

 だが、上鳴は一人っ子だし、両親の器は海よりも広い。話はそれで終わり。後は保護という名の留置所送りにするだけだ。

 

 

「アンタ、この辺のヒーローじゃないだろ! 何の権限があってこんなオウボーを働いてんだよ!」

 

 

「私人逮捕。現行犯だから条件は満たしてるし、証拠もあるから冤罪の心配もない──後は言わなくても分かるっしょ。詰みだ。一発で実刑だな、お前」

 

 

 上鳴の言葉にロディは折れた。四肢から力が抜け、堰を切ったように双眸から涙が溢れ出す。

 

 

「終わった……既に人生どん底だってのに……捕まっちまったら、いよいよもうおしまいだ……」

 

 

 お兄ちゃんはおしまい。喉まで来たその言葉を飲み込んでから、緑谷と合流しようと浮上する。

 

 

 しかし、その時だ。上鳴の人間離れした聴覚が微かな爆発音を拾った。嫌な予感がして音の発生源を探してみれば、遥か遠くにある高架道路から黒煙が立ち昇っているのが見えた。

 視力を強化して注視すると、緑谷がスーツ姿の女を抱え、見覚えのある翡翠の矢弾を躱していた場面が飛び込んできた。

 

 

「アイツも大概だな」

 

 

 トラブル誘引体質。漫画なら間違いなくそう呼ばれているだろう。何で超格下のヴィラン二人をしばくだけで、他のヴィランと交戦が始まるのだ。上鳴には皆目見当もつかなかったが、細かい事は気にしない事にした。

 

 

「ソウル、最後にちょっと付き合え」

 

 

「え?」

 

 

「ああ、対価がいるよな……そうだな……よし、執行猶予付けられる様に口添えしてやっても良い」

 

 

「やります」とロディに間髪入れずに口を挟まれ、上鳴が笑う。

 

 

「いいね。内容も聞かずに欲のまま即答する奴は嫌いじゃない」

 

 

 目標は緑谷から遠く離れた位置。高架を見下ろせる高層ビルの屋上。上鳴は荷物でも持つかの様にロディの背中を掴み、ふわりと宙に浮かび上がった。

 

 

「俺の命令は三つ。今から五秒間……死んでも手を離すな。死にそうになったら我慢しろ。というか死ぬな。以上」

 

 

 目を瞬かせ、ロディは首を横に振った。

 

 

「待って待って待って……意味がわからないんだけ、どぉぉぉぉぉあ!?」

 

 

 話の途中、上鳴が加速する。

 音を置き去りにする様な加速で一気にビルへと向かい、ロディの悲鳴がドップラー効果で伸びていく。そうなれば必然的に緑谷を狙っていた矢弾が上鳴にも牙を剥いた。

 

 

「悪くない」

 

 

 速度、精度、殺傷力。どれを見ても高水準。

 矢弾の軌道と風を切る音は射手の血の滲むような努力を雄弁に語っている。

 

 

「が」

 

 

 しかし、稲妻を撃ち落とすには不足している物が多過ぎた。

 

 

「良くもない」

 

 

 才能、研鑽、そして何より火力が足りない。

 上鳴は自身の眉間を狙った矢弾を前歯で受け止めながら、屋上にあった転落防止のフェンスに着地した。

 そして、弓を構えて固まる緑のマントを羽織った女を睥睨しながら、鏃を噛み砕いて吐き捨てる。

 

 

「ヒューマライズの手先だな、お前」

 

 

 この間合いでは何もできない。上鳴はそう見越して肉薄した。

 事実その通りだ。弓の女、ベロスにここから現状を打破する手段はない。それでも一矢報いようと放った翡翠の魔弾は──

 

 

「緑谷を襲った理由は……いや、狙ったのは緑谷が掴んでた女の方か」

 

 

 上鳴に触れる事すら叶わない。

 

 

「なっ!?」

 

 

 電磁障壁によって遮られた矢が宙空で動きを停める。上鳴が指先を指揮棒の如く振るうと、鏃がベロスへと向いた。

 

 

「返すわ」

 

 

 上鳴がローレンツ力で矢弾を弾き返す。矢は稲妻が如き魔弾となって宙を焼き、屋上の入り口を貫いて燃え尽きた。

 

 

「で、まだやる?」

 

 

 唆らない戦いを続けてもつまらない。さっさと投降して欲しい。それが上鳴の嘘偽りない本音。

 しかし、ベロスの目はまだ死んでいなかった。

 

 

「人類に……」

 

 

 否──瞳に宿っていたのは死兵の狂気。

 

 

「人類にッ!! 栄光あれッ!!」

 

 

 マントを翻したベロスの身体にはおびただしい数の爆弾が巻かれていた。

 チカチカと赤い点滅を繰り返すそれが、既に爆発まで秒読みであるのは見たら分かった。上鳴はロディが「嫌だまだ死にたくない!?」と暴れ出すのを尻目に、指先から放電を開始した。

 

 

「丁度いいな。練習には」

 

 

 上鳴の個性は統合された物を含め、全因解放を通して深化を繰り返している。生来の個性である“帯電”、それに強く結び付いた“呪力”、付随する形で連なった幾つもの個性。幻獣琥珀を使わずとも、上鳴が力の一部を引き出せるのはその為だ。

 指先から生じた電流に殺傷力はない。それは単なる媒介。上鳴が爆弾の起爆装置にアクセスする為の物だ。

 

 

「良かったぜ。簡単な仕組みでさ」

 

 

 今の上鳴は電子さえも自在に操れる。アクセスさえ出来れば、起爆装置を止める事など造作もない。

 そして、爆破の失敗に気付いたベロスが手動で動かそうとしたなら、物理的に止めればいい。

 

 

「くそっ! 離せっ!」

 

 

「知らないみたいだから教えてやるよ」

 

 

 ベロスの目を覗き込んでから、上鳴は言った。

 

 

「雑魚は死に方も選べない」

 

 

 爆弾を毟り取り、真上へ放り投げ、先の電子制御の応用で装置を起動した。ついでにベロスに電流を流して気絶させる。

 上鳴が爆発音を呪力強化で受け流していると、両手で耳を塞いでいたロディが口を開いた。

 

 

「何で爆破したんだ?」

 

 

「処理だりぃ。一々警察呼ぶとか面倒だろ」

 

 

「生臭ヒーローかよ……こぇぇな……」

 

 

 慄くロディを無視して上鳴は緑谷を探すと、目を剥くような光景が飛び込んできた。

 

 

「──おいおい」

 

 

 緑谷が武装した警察に囲まれていた。

 

 

 

 

 

 緑谷出久は混乱の極致にいた。

 宝石強盗を捕まえて証拠品と共に交番に下す。それだけの簡単な話が、何故か警察から銃口を向けられる事態に発展していた。

 

 

「ごめんなさい……私のせいで……!」

 

 

 高架道路から落ちてきた女性を受け止めたら、こうなっていた。緑谷は訳が分からなかった。

 しかし、その女性は飛行機襲撃の際に見えた翡翠の矢弾に追われていた。間違いなく同一犯であり、無関係だったとは思えない。

 

 

「大丈夫です。必ず守ります」

 

 

 ヒューマライズ絡みだろうと当たりをつけた緑谷は警官の説得を試みる。

 

 

「すみません。何か行き違いがあると思うんです。僕は──」

 

 

 しかし、その返答は脳髄に突き刺さる様な敵意と、弾丸によって行われた。最低限の体捌きで銃弾を躱し、周囲の人が流れ弾で怪我をしないようにそれを黒鞭で叩き落とす。

 これでハッキリと分かった。ヴィランに追われた女性を助けた自分が、警察に狙われる理由があるとするのなら──警察の内部にまでヴィランが食い込んでいるという事に他ならない。

 

 

「今のは……?」

 

 

 黒髪の女性が緑谷の身体に回していた手に一層力を込める。

 不安なのだろう。緑谷は安心させる為に笑って見せた。

 

 

「ひとまずここから離れましょう。しっかり捕まっていてください」

 

 

 浮遊を使って急上昇。弾丸の雨を黒鞭でいなしながら、エアフォースと煙幕を駆使して現場から離脱する。

 そんな時だった。

 

 

「よお、色男。大変そうだな」

 

 

 ロディを手荷物の様に持った上鳴が合流した。

 

 

 

 

 

 そうして時系列は戻り──現在。

 上鳴は一般人二名を連れたまま、緑谷の危機感知を頼りに、人気のない郊外まで移動した。

 

 

「ありのままに起こった事を話すぜ。いきなり国家権力からクソデカ濡れ衣を着せられた。終わってんなこの国」

 

 

 今は長閑な田舎町の廃屋を間借りして、全員で顰めっ面のまま話し合いをしている真っ最中。上鳴が何気なく言い放った現状説明に、緑谷が眉間を揉んで言う。

 

 

「ミカヅチ、ふざけてる場合じゃないよ……いや本当にどうするんだこれ……」

 

 

 事態は最悪と言っても過言では無かった。

 スマホで何が起きているのかを調べたら、何故か上鳴は大量殺人者に仕立て上げられていたし、緑谷とロディはその共犯扱いだ。こんなスキャンダルがオセオンだけに留まるはずがない。今頃、日本でも大騒ぎになっているだろう。流石の上鳴も頭を抱えた。

 

 

「状況から察するに……僕らを邪魔だと感じているヴィラン達が、なりふり構わず排除しにかかってきたって感じだよね」

 

 

 自分達が何の為にこの国に呼ばれたのか。

 飛行機が受けた襲撃。

 飛行機襲撃と同一犯に狙われた白衣の女性。

 犯人は口にせずとも分かり切っていた。

 

 

「ああ……厄介だぜ。これだと耳郎達と連絡も取れねぇ」

 

 

 問題は警察を信用できないこと。報道機関は今のところグレー。オセオンのヒーローもどこまで信用できるか不透明。

 ハッキリと分かったのは、治安維持を担う公的機関の上層部か、あるいは組織その物がヴィランに乗っ取られているということだ。潜入任務の危険度は最早作戦前と比較にならない。必然的に其方へ向かっている耳郎達の安否が気になる。

 

 

「で」

 

 

 そちらも問題だらけだが、此方にもまだある。

 

 

「何で俺がこんな目に……いや、自業自得か……」

 

 

「ご迷惑をおかけいたします」

 

 

 保護対象と白衣の女である。

 前者はいいとして──後者だ。

 

 

「アンタは?」

 

 

 ぶっきらぼうな上鳴の態度に女は微笑みを返し、深々と頭を下げながら自己紹介を始めた。

 

 

「ミコト・ハイガーと申します。ヒューマライズに拉致されていた研究員です……エディ・ソウルの同僚と言えば分かりやすいでしょうか」

 

 

 その名前にロディが僅かに反応した。継ぎ接ぎが目立つコートの中から、ピンクの小鳥が慌てた様子で飛び出してくる。

 作戦にあたり協会から事前に個性を知らされていた上鳴は、小鳥をそっと掴み上げてロディのポケットに捩じ込んだ。

 

 

「何で狙われてた?」

 

 

 その問いに女は服の胸元をはだけさせた。

 

 

 奇行に首を傾げる上鳴。

 奇声を発して顔を赤くする緑谷。

 ふむ、と言って注目するロディ。

 

 

 三者三様な反応に、ミコトは悪戯に成功した子供の様に笑いながら、胸の谷間から一つの玩具を取り出した。

 

 

「何だそれ」

 

 

「知育玩具の様な物ですが……中には各国に設置されたイデオトリガーボムの詳細な位置情報と、それらの解除キーが入っています。用意したのはエディですが、同じ物をアランも所有しています」

 

 

 ミコトにそれを握らされた上鳴は、そのまま緑谷にパスした。

 

 

「えっ、と」

 

 

「俺、そういうの無理なんだよね。イライラする」

 

 

 上鳴は性格的に向いていない。

 緑谷の方がまだ適性があった。

 

 

「僕も得意という訳じゃないんだけどな……」

 

 

「ゆっくり向き合う時間もないし後回しにするけどな──中身はUSBとかなんだろ?」

 

 

「ええ。二人が紙にパスワードを書くようなおじさんじゃ無ければですが」

 

 

 力尽くで中身を取り出したり、上鳴が個性で中身を調べたりするのも破損のリスクを考慮すれば避けたかった。そうなると、正攻法でセキュリティを突破する他ない。

 

 

「俺の親父だぞ。大概おじさんだろ、もう」

 

 

「そこはITおじさんを信じるしかないわな」

 

 

 上鳴はぶすっとした顔のロディを宥める様にそう言ってから、廃屋の外へと視線をやった。呪力強化を視力に限定し、それを縛りとすることで上鳴は望遠鏡が不要な眼力を発揮できる。

 

 

「街中を移動するのは避けたいな。警官が多い」

 

 

 この状況では仮にセキュリティを突破しても中身を見る方法がない。しかし、オセオン警察の目を掻い潜ってネットカフェに潜入するのもリスクを伴う。上鳴と緑谷だけならともかく、一般人二名の身の安全まで考えれば、あり得ない選択肢だった。

 

 

 まあ──俺だけであれば気にせずやっていただろうが。

 

 

 緑谷が外付け良心回路として機能している事を、ロディ達が知る由は無い。

 上鳴が言う。

 

 

「取り敢えず、リスクはあるがコガネ経由でサーナイトアイ達に一通だけ連絡を送る。その後、一旦この国の外に出よう。合流云々を考えるのはそっからだな」

 

 

「国境を越えたら警察は追って来れないもんね」

 

 

「いいと思います」

 

 

 上鳴は黙り込むロディを見た。

 直ぐに緑谷とミコトからも視線を向けられ、ロディは深々と溜息を吐いて言った。

 

 

「はいはい。分かりました。従いますよ。俺だって死にたくねーし……ただ」

 

 

「お前の弟と妹は既に保護済みだ──この国のヒーローが信用できるかは、お前次第だけどな」

 

 

「クレア・ボヤンスさんなんだけど知ってる?」

 

 

 上鳴と緑谷の言葉に、ロディは苦い顔をしながらも答えた。

 

 

「……その人なら、名前くらいは知ってる。郊外を見回ってくれる数少ないヒーローだからな」

 

 

「なら、俺たちも一旦()()を信じるぞ」

 

 

「は、はぁ!? 何を!!?」

 

 

「クレアが普通のヒーローだって事をだ」

 

 

 それでいいなという上鳴の目配せに緑谷が頷く。そして、上鳴は話を続けた。

 

 

「まあ、いざとなったら俺たちの力業でどうにかしてやるよ」

 

 

「力業でって……ははっ。国が敵だってのに、たかが一人や二人の人間が抗ってなんになんだよ」

 

 

 当たり前の話だ。個人の力など群勢の前にはあまりにも無力で、押し流されるのが目に見えていた。

 しかし、時にそんな常識を覆す存在がいる。理の外にいる様な規格外。どんな艱難辛苦も笑顔で打ち砕き、希望を見せる。

 

 

「大丈夫」

 

 

 上鳴だけではダメだ。

 だが、その隣には緑谷がいる。

 

 

「俺たち、ヒーローだから」

 

 

 仲間がいる限り上鳴電気が道を違える事はない。

 





 
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