隣国クレイドへの旅路は穏やかな物だった。正史においては緑谷とロディの二人旅に焦点が当てられていたが、今回は違う。
先ず移動手段。上鳴と緑谷は飛行能力を持っている。それを使わない手は無く、基本的に雲に近い高度で移動していれば、オセオンの公的機関は四人を捕捉できない。
ただ、これで隣国まで行くのは無理だった。体力と呪力もそうだが、それ以上にロディやミコトの精神的な負担が問題だった。
「命綱無しでお前らを信用して飛び続ける? 冗談は休み休み言ってくれよ……お願いします。本当に」
「私もずっと空の上というのは……ちょっと……」
保護対象にこう言われてしまえば、上鳴は兎も角として緑谷は折れるしかなかった。
「しゃーねぇなぁ」
緑谷が折れたら上鳴も無理強いはできない。効率的ではないからだ。
かくして、上鳴と謎の女研究者を加えた四人旅は、それなりに賑やかな様子のまま程々に緩い、日を跨いで進む旅へと変わっていた。
そんなこんなで休憩がてら徒歩で移動していると──ミコトが口を開いた。
「デクくんとミカヅチくんは学生さんなんですよね?」
緑谷が「そうですね」と答えてから水筒の水を口に含む。
「好きな子とか居るんですか?」
そして、それを勢いよく噴き出した。
前方を歩いていた上鳴は緑谷の水鉄砲を受け、額に青筋を浮かべた。
「おい」
「ご、ごめん!!」
「勿体無いだろ」
飲料水は希少だ。街に寄って買い物するのも一苦労だからである。こんな事で無為にされたら堪らない。
上鳴はタオルで水を掛けられた背中を拭きながら、ミコトに言った。
「緑谷はナードなんだ。そういうのはやめてくれ」
「今ものすっごい悪口出たぞオイ」
「って、爆豪が言ってた」と上鳴が話を続ける。
「恐ろしく早い他責……私でなきゃ見逃しちゃいます」
ドン引きするロディの隣で、ミコトが口元を手で押さえた。
しかし、緑谷は気にした様子もなく上鳴の言葉に頷いた。
「事実だからね……仕方ないね……」
「まあ、俺はお前がナードでも納豆でも何だっていいんだよ。重要なのはそんな上辺の言葉じゃ無くて──コレ、だろ?」
上鳴は腕に作った力瘤を叩いて笑った。
「そこはココを叩いて欲しかったよ」
緑谷が心臓を軽く叩くと、ロディとミコトが「うんうん」と頷いた。
けれど、上鳴からするとこれは譲れない。強さこそが絶対の指針。そこはブレていないからだ。
「話を戻すんですけど、どうなんですか?」
ミコトの恋バナに緑谷がたじろぐ。
うぶだなぁ。上鳴はそんな風に緑谷を見ていたが、ミコトは緑谷だけに聞いている訳ではない。
「ミカヅチくんは?」
「俺? 緑谷かな」
緑谷が再び水を吹いた。
「ぼ、ぼくぅ!!? 耳郎さんとか葉隠さんじゃなく!!?」
「あらやだ。日本人って進んでるのね……?」と揶揄うようにロディ。
緑谷は首を千切れそうな勢いで横に振り倒していた。
「……? 物間もいいぞ」
「それもう戦闘力で決めてるよね!?」
「恋バナがしたいんですけど」
「とりあえず顔と性格に絞ったらどうよ」
口々に言う緑谷達に上鳴は言った。
「じゃあ、耳郎と葉隠」
「じゃあって……ちなみに、その心は?」
ニヤニヤしながらロディが尋ねる。
「耳郎は特に性格が良い。頑張り屋で面倒見が良くてさ。気配りも上手い。俺がミスったらいつもカバーしてくれる。何というか、懐がでかいんだよな。アイツは」
「ほうほう」とミコト。
「葉隠の性格も好きだな。頑張り屋なのは耳郎と同じだけど──根っこに強い嫉妬がある。力への羨望。こうなりたいっていうビジョン。そういうのが強い奴は好みだ。叩けば叩くだけ強くなるから」
「なるほどです」ミコトがメモを取る。
「顔は?」
ロディがそう尋ねられた上鳴は淡々と答えた。
「葉隠の方が美少女顔だな。耳郎はキリッとしてるからカッコいい系だ。後は好みだろ」
「じゃあ、上鳴くんはどっちが好きなんですか? 葉隠ちゃん? それとも耳郎ちゃん?」
ミコトの言葉に上鳴は唸った。
「あんま考えたことねぇなぁ」
審美眼的には葉隠に軍配が上がる。しかし、耳郎の良さは葉隠には無い物だ。大は小を兼ねるとはよく言うが、これには当て嵌まらない。上鳴の癖は未完成。外見の優劣がない以上、内面で決めるべきだが──そこにも差は殆どない。
ただ、そういう時に使う言葉は決まっていた。
「どちらもあり得る。そんだけだ」
「またまた。そんな玉虫色な返事しちゃって。思春期男子が考えない訳ないっしょ。なぁ、デク」
「いや、ミカヅチは特殊だから」
言うまでも無く脳機能についてである。
「性癖がか?」
「ううん。そうじゃなくて……何というか、情緒的な?」
解決したのがつい最近である以上、緑谷の言葉は正しい。
しかし、それを預かり知らぬ他の二人にはただの悪口にしか聞こえない。
「……ドンマイ?」
ピンクの小鳥が上鳴の肩に止まった。
「何の慰めだよオイ」
しっしっ! と小鳥を追い払い、上鳴は周囲の様子を個性で確認。人間が居ない事を確認してからロディを掴んだ。
その意味を悟ったのだろうロディが身体を震わせて言う。
「もうちょい歩かね……?」
「ダメだ。時間がかかり過ぎる」
クレイドまでもう少し──最高速度で駆け抜ければ、一時間も掛からないという所まで来ていた。
「行くぞ」
「あ、すみません。その前にちょっといいですか?」
ミコトに待ったをかけられた。
「持病の薬を飲ませてください……時間は取らせませんから」
そう言って、ミコトは血の様に赤い錠剤が入った小瓶を取り出して見せた。
「水は?」
「無くて大丈夫です……んぐっ。ハイ。いつでも行けます」
ミコトが薬を飲んだのを確認してから、「じゃあ行くぞ」と上鳴はロディを担いだ。
「あのぉ……ヒーロー? 手心を加えたりなんかは……」
「しっかり掴まれよ。死にたくないならな」
「本当にヒーローなのかよお前ェエエエエエ!?」
ロディの絶叫が青空に木霊した。
──そして。
『緊急のニュースです』
ヒューマライズは全世界に向けて個性因子誘発爆弾による無差別テロ、“聖別”を宣言。それが単なる脅しではない事を示すため、爆弾の一つが起爆された。これによって街一つが未曾有の悲劇に見舞われ、何万人という人間が犠牲となった。
同時に、ヒューマライズはこれと同じ物を先進国をはじめとした二五の国の主要都市に設置したと発表。地域まで公表した。
必然的に該当地域に住む人間はパニックに陥り、都市機能は停止した。そして、ヒーローや警察がその鎮圧に駆り出されるのを良いことに、エリア外ではヴィランの動きが活発化し始める。
『冷静な対応を……』
『ヒューマライズの動向は』
『我々も避難を』
そうなると、マスメディアも機能を鈍らせていく。
完全なる後手だ。秩序は奪われた。残ったのは“死にたくない”と願う人々だけ。
「ふざけんなどけよ!」
「通して! 私、女なんですけど!?」
「うるせぇんだよブス! ま○こついてるだけの豚がよォ!」
「子供だけでも……!」
「年寄りを労わらんか!! 今の世界が誰のおかげであると思っとる!?」
「テメェらのせいでこうなってんだよジジイ! 潔く死ねッ!」
「ママぁ……どこ行ったの……?」
「俺たちの邪魔ァすんなら死ね!」
「んだとテメェ!」
命の危機を前にした時、人間の本質が顕になる。そうなった時に顕在化するのは大抵地獄だ。自らの為に、あるいは自身と極一部の人間の為に、それ以外を踏み付けんとする動物的情動。種の保存という観点から見て、地獄はそうなるべくしてなっただけの物に過ぎない。
不安、不審、恐怖。負の感情が繋がり、ループする。
かつてない恐慌が国と世界を揺らしている。
「いや……懐かしいな」
空を飛ぶイトマキエイに座り込んだ袈裟の男、セブンは眼下の惨状を見ながら口角を上げた。
「黎明期を思い出すね。向こうの私が上手くやったのかな?」
セブンはドクターの協力を得て分倍河原の“二倍”を複製し、取り込んでいる。
そして、ヒューマライズに自身と渡我のコピーを送り込んだ。目的は個性の蒐集と上鳴電気の情報を得ること。
「ついでの目眩しだったが……思ったより役に立ちそうだ」
ヒューマライズはワンフォーオールと雷神に勝てる組織ではない。だから、別方面から雄英にナインをけしかけた。二方面からの行動で撹乱し、その間にのびのびと動く。そういう予定だった。
しかし、雄英の強さはセブンの想定を遥かに凌駕していた。
「過小評価したつもりは無かったんだがね」
交流戦で思う様に戦えていなかったA組。目立ち過ぎた極一部。そのギャップによって生まれた想定の甘さ。ナインがあそこまで良いように丸め込まれるとは思っていなかったが──だからこそ、ヒューマライズのこれは嬉しい誤算だった。
「異能解放軍との戦いも間近に迫っているし……実にいい流れだ」
これはまだ序章にも届いていない前日譚。
全ての用意が整い、機が満ちたその時、
それこそが、セブンの望む物語の始まり。死柄木弔の誕生日となる。
「楽しみだ」
セブンは自分の腹部をそっと撫でて、街を後にした。
「……ヤバくない?」
サーナイトアイと共に葉隠と合流した耳郎は、世界に発信されたヒューマライズの声明を聞いて思わず呟いた。
「ヤバいなんてもんじゃないよねこれ……! 超ヤバいよ!」
慌てふためく葉隠に耳郎は強く頷いた。
「と、とりあえず爆弾を探しに行きますか!?」
葉隠がサーナイトアイに言う。
「既にヒーロー達が周辺のトリガーボムを回収・除去の為に動いているだろう……私たちは禍根を断つ」
騒動の原因をどうにかしなくちゃならない。それが出来るのは、ヒューマライズの心臓に最も近い自分達を置いて他にない。
しかし、問題は山積みだった。
「禍根を断つって、どうやって……?」
亡命を嘆願してきた研究者の保護もままならず、内通者までいた。最早どの情報もあてにならない。
「私はミカヅチの未来を見た。彼の行動範囲から、敵の本山の大まかな位置は予想がついている……後は、今ある情報から場所を絞り込めばいい」
その言葉に耳郎は違和感を覚えた。
サーナイトアイは仲間の未来を見ない。そこに逃れようのない死が存在した時、自分が視てしまった事でその運命を確定させてしまっているのではないか──そういう不安と絶望を抱えていたからだ。
「何でミカヅチの未来を見たんですか?」
「……彼から頼まれた。君たちにはその理由を絶対に伝えるなと念押しもされている」
サーナイトはその時の事を思い出しているのか、眉間に皺を寄せて口を一文字に結んだ。
その間に耳郎は葉隠の手を掴み、自分の方へと引き寄せながらサーナイトアイを睨む。
「信用できない」
「きょ、響香ちゃん……?」
「連合には他人に化ける個性を持ったヤツがいる。そういう個性持ちがヒューマライズにいないとも限らないし……何よりあの日、救わなきゃいけない人が居ても、アナタは個性の使用を断った。上鳴にちょっと頼まれたくらいで、個性を使う訳がない」
葉隠の顔から表情が消え、戦杖を構えた。
そして、耳郎を庇うように前へ立つ。
「答えてください。ナイトアイ」
暫しの沈黙の後、サーナイトアイは語り出した。
「……彼から打診があったのも嘘ではない。だがそれだけではなく、公安からの依頼と個人的な疑念を晴らす為でもあった」
「どういうこと……ですか?」と耳郎が尋ねる。
「公安の依頼と私の疑念は同じだ。彼が連合の内通者であるかどうかを確かめたかった」
その瞬間、葉隠が床を踏み砕いて駆け出そうした。
「離して響香ちゃん!!」
それを、耳郎は止めた。
サポートアイテムに組み込んだ呪具から流用した呪力と、高周波による細胞活性を組み合わせれば、葉隠を抑える事は難しくなかった。
「ダメ」
「上鳴くんが裏切り者扱いされてるんだよ!? そんなふざけた話、許せないよ!!」
「……落ち着いて、透」
「なんっ」
葉隠が何かを言う前に耳郎は言葉を被せた。
「落ちついて」
耳郎は自分でも信じられないくらい低い声が出たが、驚かなかった。
「──わかった」
葉隠が引き下がったのを見て、ゆっくりと息を吸い、吐き出す。
「続きを」
バチッ、と耳郎の身体からスパーク音が奔る。
サーナイトアイの次の言葉次第では、今度は葉隠が耳郎を止める事になる。
「──結論から言うと、疑惑は既に晴れている。上鳴に打診した際には「いいぜ」と軽く答えられたからな。疑う余地はなかった」
もしも上鳴電気が内通者なら、サーナイトアイに予知を使われる事を避ける。予知を使われたら裏切りと今後の計画の全てが発覚するからだ。それを気にせずに了承した時点で疑惑は晴れていた。
「……頼まれたって言うのは? そもそもいつ?」と耳郎。
耳郎の問いにサーナイトアイは再び黙り込んだ。答えるべきか、否か。目下の解決すべき問題に耳郎と葉隠の協力は必須。ここで仲違いをしていては、救える物も救えない。
耳郎だってサーナイトアイと敵対したい訳ではなかった。だが、信じるには腹の内を見せてもらう必要がある。それだけだ。
重たい沈黙の後、サーナイトアイが口を開いた。
「公安からの打診は今回の任務が依頼された時だ。私からは、オセオンヒーロー協会に行く直前、ロビーに集まるほんの少し前にな」
耳郎は「なる程」と納得した。
葉隠を見れば同じ様に頷いている。
しかし、気になるのはそれだけじゃない。
「上鳴から打診があったというのは?」
本音を言えば最初から公安はどうでもいい。上鳴が何故、未来を知りたがったのかが問題だった。
サーナイトアイは再び黙り込んだ。葛藤があるのだろう。何度も口を開こうとして、閉じて、というのを繰り返していた。
しかし、サーナイトアイは言う。
「……上鳴は自分がいつまで生きていられるのかを気にしていた」
そしてその瞬間、困惑が二人の怒りや猜疑心の全てを塗り潰した。
サーナイトアイの言葉の真意が分からなかった。反転術式という治癒能力の獲得。神野から生還した際に脳機能も治ったという話だったはず。寿命以外の死と縁がある様には思えない。
「大いなる力には、大いなる責任と代償を伴う」
幻獣琥珀。
反転術式。
その反動を、二人はまともに知らなかった。
しかしその言葉で想像出来てしまった。
「……もしかして」
使うだけで周辺地域に絶大な影響を与える力と、手足の欠損や大怪我も無かった事にする様な技だ。何のリスクも無しに使える筈がない。
だが、それでも使う度に上鳴が寿命を削っているかもしれないだなんて、二人は考えたこともなかった。
「彼は自分が遠くない未来に死ぬと分かっていたんだ」
話が入ってこない。脳が理解を拒絶する。
上鳴電気は最強で、いつも自分達の前を走っていて、誰にも負けなくて、無茶苦茶で。でもすごく優しい所があって、子供っぽい顔で笑う──自分達にとって大切な少年だ。
「それが寿命による物か、技の反動による物か、はたまた戦いの先にあるのか……それを知りたかったらしい」
上鳴らしい理由だと思った。思ってしまったから、サーナイトアイが嘘を吐いていないと耳郎と葉隠は本能的に理解してしまった。
「それで……上鳴は……?」
質問した耳郎の声は震えていた。
サーナイトアイは目を閉じて、静かに、自分が見た景色を語る。
「彼の未来は、死柄木弔との一騎打ちから黒く塗り潰されていた……それが意味するのは、上鳴電気の敗北と死だ」
二人は目の前が真っ暗になった。
「だが」
サーナイトアイは言葉を続けた。
「彼は笑っていたよ……“いいんじゃない?”と」
何で、と叫びたくなるのを耳郎は堪えた。叫び出したら泣いてしまいそうだったから。
頭の中で幾つもの言葉が浮かんでは消える。
学校は楽しくなかったのだろうか。
私たちと居る時に見せてくれた笑顔は、嘘だったのだろうか。
私たちは──彼が死にたくない理由には、なれないのだろうか。
「そして、こう言ったんだ……“今のままだと勝てないくらいの強敵が現れるなら、今より何十倍も強くなれば良い”と」
薄く微笑むサーナイトアイの言葉に、耳郎は頭を強く打たれたような気がした。
それは葉隠も同じだった。ハッとした顔で互いを見て、肩の力が抜けた。
「彼は言った──“死ぬ気なんて一つもない”とね」
サーナイトアイが語る上鳴の言葉は、二人への檄となった。
「だが、いざ死を前にしたら彼は受け入れるぞ。逃げも隠れもしない。そういう潔さがある。君たちは知っているだろう?」
耳郎は林間で自分達を逃すために戦った上鳴がどうなったのかを知っている。その時、彼が爆豪に託した言葉も、覚えている。
「上鳴電気を繋ぎ止められる者がいるとしたら、それは──彼を追いかけ続けられる気力を持った者だけだ」
その覚悟は、ある。
「響香ちゃん。負けないよ」
「ウチだって」
サーナイトアイは相好を崩し「青春だな」と言ってからメガネを押し上げた。
「先ずはヒューマライズを止める。力を貸してくれるな?」
「「はいっ!!」」
「良い返事だ。ではこれより、場所を絞り込む訳だが……私だけでは無理だ」
耳郎と葉隠は転けた。
この流れで急に梯子を外すヤツが居るかと。
「良い転けっぷりだ。才能がある」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「分かっている。だから、ここの設備と科学者達の力を借りる。その為には──」
「戦闘員の完全排除、ですね?」と耳郎。
「その通りだ……こうなるとミカヅチかデクが欲しかったが」
「モーマンタイです!」
「ウチらで十分っスよ」
迷いなく、二人は呪具を手に構えた。
葉隠は戦杖。
耳郎は足に取り付けたエフェクターと、背中のケースから取り出したギターだ。
「居たぞ!! 侵入者だ!!」
敵をわざわざ探しに行く手間が省けた。
お誂え向きの状況に、二人の口角が釣り上がる。
「透」
耳郎が弦を爪弾く。ビリビリとした音に葉隠は微かに肩を震わせながら、微笑んだ。
それが、開戦の合図になった。
「音量上げるよ──」
ギターの演奏は簡易的な楽として成立する。
奏でられた音色は物理的な衝撃波になるだけでなく、聞く者を鼓舞し、その力を高める効果を発揮する。
まだ呪術の入り口に立ったばかりの耳郎だが、演奏は本物。縛りによって楽の効果対象を葉隠の身体能力に絞れば、それなり以上の物となる。
「生前葬だッ!!」
裂帛の意気と共に葉隠が動いた。
転瞬、わらわらと集まっていた戦闘員達がボーリングのピンが如く弾け飛んでいく。
「凄まじいな……!」
オールマイトを知るサーナイトの額から、一筋の汗が流れ落ちた。
ギターを掻き鳴らし、耳郎が歌う。時が進むに連れて葉隠の運動能力が上がり続ける。気が付けば耳郎の目にも、葉隠は残像しか残っていない。
否。
「集光屈折・
楽によるバフを受けた葉隠が、先の戦いで掴んだ分身の数を四人にまで増加させ、暴れ回る。
ライフルを構えた戦闘員も個性を持った信者も関係ない。上鳴電気によって骨の髄まで叩き込まれた戦闘思想は、この程度の乱戦など意にも返さない。
「行くよ私!」
戦杖を中心に稲妻が広がる。必中の対象は葉隠の分身であり、その射線上にいた戦闘員達が壮絶な痛みに喉を潰すような叫び声を上げた。
だが、それで終わりではない。
戦杖の呪力で構成された葉隠の分身は、それから放たれた稲妻では破壊されない。むしろ身体を構成する呪力が補充され、これまで以上に活発に動き始める。
そうなれば最早、葉隠の分身は意思を持った稲妻も同義だった。
「暴れろー!」
雷霆が奔る。
誰も葉隠を止められない。
「ぐぅ……! サーペンターズにトリガーを打て! レヴィアタン! お前も、ギャァァァア!?」
指揮官らしき男が命じた次の瞬間だった。
銃声が響き、サーペンターズの身体にアンプルの様な物が突き刺さった。激しい痙攣の後、更に二本の蛇腹剣を生やしたサーペンターズが飛び起き、稲妻に打たれているにも関わらず動き出した。
「「ヒィァアアアアア!!」」
「またかよ懲りないな……!」
生物は感電した状態で自由に動くことなど出来ない。しかし、薬物によるブーストが痛覚を遮断し、筋肉の痙攣や心臓への負担をある程度無視させていた。
そして、手数が倍になったサーペンターズに加え、レヴィアタンと呼ばれた白貌の異形が戦闘に加わった。見た目からしてタフな手合い。トリガーで理性と制御を手放した肉体は、死する時まで止まらない殺戮人形と化している。
「響香ちゃんの演奏バフも終わっちゃうんだよね……!」
あと十数秒。バフが切れた直後に三人を同時に相手は出来ない。葉隠は分身の維持もままならないほど疲弊することになるからだ。
「──!」
耳郎はナイトアイに目配せした。
しかし、それよりも速く。
「ムギィッ!?」
サーペンターズが顔をのけ反らせた。
超質量印の直撃だ。タタラを踏む二人にレヴィアタンが微かに気を取られた隙を、葉隠は見逃さなかった。
「突撃!! 自爆しろー!!」
分身の破壊を縛りにした呪力の暴発。雷鳴と共に光の柱が立ち昇る。サーペンターズ達が薬によるブーストを加味して尚、膝をつく程の一撃。
そうして耳郎の演奏が終わり、葉隠の呪力が消えた。戦杖からも追加で呪力を引き出せない程の疲労感で膝が笑う。
「バトンタッチ!」
「任された」
入れ替わる様に耳郎が駆け出した。
高周波による細胞活性、
しかし、それだけに留まらない。
「プラグ接続──」
耳郎の個性と呪具の相性は、葉隠と戦杖の比ではない。
耳郎は意識して呪力を流用するまでもなく、呪具にプラグを挿入するだけで、そこから呪力を無制限に汲み取れる。
「充電完了」
全身を駆け巡る呪力を頭の先から足の先まで行き渡らせる。イメージするのは常に自らの前を行く最強の背中。
細胞一つ一つに閃電を纏わせ、神経を流れる微細な電流を稲妻へと変える。
「閃電疾駆!!」
それは上鳴の十八番。帯電の性質を最大限に発揮した敏捷性の向上。葉隠がまだ引き出し切れていない、上鳴の力の一端。
「こんな所でもたついてる暇なんて、ウチらには無いんだよ……!」
閃紅音韻、閃電疾駆、呪力強化。三種の身体強化を組み合わせた耳郎のフィジカルは、一時的にワンフォーオールの40%相当にまで高められる。
そこに防御無視の共振を引き起こす打撃と、稲妻の追撃が加われば──小さな雷神と言っても差し支えないパフォーマンスを発揮するに至る。
「全速力だ!! 邪魔すんな!!」
ただのジャンキーに負ける理由などなかった。
戦闘員の掃討を完了するまで然程時間は掛からなかった。
「皆さん、もう大丈夫です! ヒューマライズの戦闘員は一人残らず確保しました!」
「ですがまだ脅威は残っています! 皆さんの大切な人を守る為に、その知恵をお貸しください!」
若き英雄──うら若き少女の呼び掛けに、研究者達も震え立つ。
「やってやろうぜ皆!」
「丁度むしゃくしゃしてたとこだ!」
「私たちの時間を奪ったこと、後悔させてやるわ!」
優秀な研究者が最新鋭の設備を駆使して一つの目標に邁進する。
燃料は「家族を守る」「世界の為に」という使命感。プロジェクトを完遂する上で最も重要な燃料である“やり甲斐”の中でも至上の物だろう。
「3分くれ! 場所を特定する!」
「誰かヘリ運転できるヤツいるか! 人員補充に使われてたの使ってヒーローを直送したい!」
「任せろ! こう見えてGTAじゃ並ぶ者無しと呼ばれた腕前だぜ!」
「ナードは黙ってろ!」
和やかだが鉄火場だった。
怒声が飛ぶ。
「俺なら個性でヘリをドローンみたく操れる! ほぼゲームと一緒だ!」
「他にいねぇのか!?」
「いない!」
「……クッソ! すまねぇヒーロー! ヘリコプターがカプコン製じゃないことを祈ってくれ!」
「アンタもしっかりゲーマーじゃんね」
「大丈夫ですよ! 最悪飛び降りても死なないので!」
立場も、人種も、何もかもが違う。それでも全員が、誰かの安寧と幸せを願って戦っている。
「ミカヅチから連絡が来た──これから敵地に向かうと」
「じゃあ、そこで合流ですね!」
負ける気がしない。
耳郎と葉隠は互いの顔を見て、笑った。
想いは同じだった。
「頼んだぜ、ヒーロー!! 俺たちの家族を……世界を守ってくれ!!
「任されました!!」
研究者達に送り出され、一同は決戦の地へと飛んだ。
──すまない。
ヘリの中でリラックスする女子高生二人を見て、ナイトアイは内心で詫びた。
先の話、上鳴の未来の話で一つだけ嘘を吐いていたからだ。
上鳴電気を殺すのは死柄木弔ではない。
この話は誰にでも出来る話じゃなかった。特に、上鳴達の級友である二人には。
──言える筈がない。上鳴が、緑谷に殺されるなどと。