雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.109 ライジング・ミッション Ⅹ

 

 

 上鳴はされるがまま、渡我に血を吸わせた。

 足りなくなったら反転術式で補充すればいい。渡我が満足したら破壊する。それで複製体を排除できるなら楽でいい。そう思っていた。

 

 

 だが、上鳴がその考えの甘さに気付いたのは、渡我が血を啜り始めてから半刻が経とうとした頃だった。

 

 

「ちうちう」

 

 

 ──コイツ、どんだけ吸うんだろ。

 

 

 渡我は飽きもせず、上鳴の血を吸い続けていた。

 

 

「そんなに美味いのっ、かぁ!? 傷口を舐るなよ擽ったいだろうが!」

 

 

「ぇぁ……はむ……じゅるる……」

 

 

「遊ぶな!?」

 

 

 わざとらしく音を立てて血を啜りながら、傷口を舐る渡我に、上鳴は呆れを通り越して諦めの境地へと到達し掛けていた頃。

 

 

「……ねぇ。デンキくん」

 

 

「満足したか?」

 

 

「それは全然──少し気になったことがあるのでお話したいです。もしかすると、それで満足できるかもしれません」

 

 

「狡い言い方する奴だな、お前。なんだよ」

 

 

 渡我は上鳴の背中へ回していた手に力を込め、言った。

 

 

「もしも……私が普通の女の子で、デンキくんと同い年で、同じ教室に居たとします」

 

 

 何を考えてそんな“もしも”を話し出したのか、上鳴には想像も付かなかった。ただ「それで?」と話の続きだけを促した。

 

 

「私は多分、デンキくんの事を好きになります。だって君からは──これまで出会った誰よりも濃い血の匂いがするから」

 

 

 上鳴の背筋にヒヤリとした物が走る。

 

 

 今生で殺した人間はオールフォーワンだけだ。脳無を破壊したり、弱小ヴィランを半殺しにした事はあれど、命を奪った試しはない。

 

 

 だけれども、前世では違う。

 

 

 鹿紫雲一は人殺しだ。呪術に魅せられた人間がまともである筈がない。例えば虎杖悠仁の様な人間とは、根本的に考え方が違う。

 鹿紫雲は進んで翁に身体を明け渡し、翁が自分の名を使うことも、人を殺す事も、全て許容していた。

 

 

 正真正銘、悪人だ。

 

 

 渡我は上鳴の魂の本質を嗅ぎ取っていた。

 それは耳郎や葉隠は勿論、両親や善院でさえ気付けなかった部分だ。

 

 

「仲良くなれたと思うのです」

 

 

「……どうだろうな。俺は別に何とも思わん」

 

 

 だからと言って、仲良くなるかは別の話なのだが。

 

 

「それは、私が普通じゃないから?」

 

 

 上鳴の本意とは違う形で受け取った渡我の声からは、隠しきれない深い悲しみが滲んでいた。

 フォローする訳ではないが上鳴は言う。

 

 

「普通がどうとかじゃなくて、お前が“強くなりたい”とか思うタイプじゃないからだ。普通のクラスメイトにはなれるだろうがな」

 

 

 渡我が何をしたかなんて上鳴はどうでもいい。気にするのは本人が“どうなりたいか”であり、そのベクトルが“強者”へと向いているかどうかだ。

 

 

「マスキュラー(強斗)くんと同じ答えですね」

 

 

「だろうな。俺をそうしたのがアイツでもあるんだから」

 

 

 正確に言えば“戻した”というべきか。

 強者と戦う為にヒーローを目指していた上鳴電気に、呪いの世界で鹿紫雲一が感じていた事を思い出させたのはマスキュラーだ。

 

 

「ちうちう……んぐっ……話が少しそれました」

 

 

「さりげなく飲むのね。別にいいけど」

 

 

 擽ったくて上鳴の口から「んん」と思わず声が漏れる。

 渡我はもぞもぞと身体を動かしながら、吐息混じりに話した。

 

 

「デンキくんのそういう所、好きです。強いのに血を一杯流すところも。血塗れで笑ってるところも勿論好きです」

 

 

 そう言って、渡我は上鳴の首筋に付けた傷に舌を這わせる。

 

 

「もっと……」

 

 

 ──浴という呪術がある。

 

 

 器物を呪具にする為の儀式だ。

 蠱毒を用いて厳選した生物を潰し濾すことで得た呪力の溶液に、呪具化させたい器物を十月十日漬け込む事で完成する。

 

 

「もっとください……」

 

 

 渡我被身子は“二倍”によって作成された存在であり、上鳴の目を以てしても、人間か複製かどうかは見分けが付かない。

 

 

 しかし、個性によって生み出された存在である事には変わらず、呪力を持たない以上は呪術的に器物として扱われる。本来ならば一年近い月日を掛けなくては呪具になどならない。

 

 

「お前、これ以上飲んだら……」

 

 

 しかし、特級呪術師相当の上鳴が反転術式で生み出した血液を取り込み続けたことと、渡我被身子が持つ“変身”という個性因子が、呪いへの変貌を加速させる。

 

 

「死ぬぞ?」

 

 

 ──肉体がそれに耐えられるかどうかは、別の話だが。

 

 

「ごぶぅぇっ!?」

 

 

 刹那、渡我の身体の至る所から血が噴き出した。

 

 

「あはは……こんなの初めてです……」

 

 

 それでも渡我は上鳴の血を啜った。肉体が崩れかけていても構わず、ただ本能が欲するままに。

 

 

「何でそこまで?」と上鳴は尋ねた。

 

 

 不思議だった。そこまで執着される理由がない。血塗れの君が好きと言われても、ピンと来る訳がなかった。それに、血塗れなら誰でもいいという話なら、体育祭や交流戦での緑谷や物間も大概だっただろうと上鳴は思っていた。

 どんなとんでもアンサーが返ってくるんだ? と訝しむ上鳴だったが、渡我の返事は想像と違っていた。

 

 

「配信を、見たんです」

 

 

 血を啜るのをやめた少女の目から、涙が溢れ落ちた。

 

 

「お父さんとお母さんに愛されて。良い先生に出会って。友達にも恵まれてて」

 

 

 渡我は拳を作って力無く上鳴の胸板を叩いた。

 

 

「きっと、羨ましかったのです。私には何もなかったから」

 

 

 渡我被身子は一般家庭出身の少女である。人間かく在るべしという社会通念、その思想から外れられない、無辜の民たる両親の下で生を受けた。その血には死柄木や荼毘の様な特別な価値も、縁もない。

 渡我がこれまでに感じてきた窮屈さは、社会が蓋をした膿と蛆その物だ。人間という規格からはみ出した“個性”を抑圧、剪定し、整える。

 

 

「今は違います。違うけど……そこに私の居場所はなくて」

 

 

 連合という居場所にはオリジナルがいる。それを奪おうとは思えない。だって、そこにいるのは自分自身だから。

 被造物に過ぎない自分は、どう頑張ったって本物が得た救いを得られない。役目を果たして消え去る時まで、孤独と疎外感を抱えている事しか出来ない。

 

 

 故に、渡我は尋ねた。

 

 

「デンキくん、普通って何なんですか?」

 

 

 この身が泥で形作られるよりも前からの疑問。居場所を得て尚、恋焦がれている日向にある物。

 その答えを少女は知りたかった。

 

 

「分からん」

 

 

 しかし、上鳴に共感を求めても無駄だ。どれだけ近しい要素を持っていても、致命的に異なる境遇をしているからだ。

 それに、上鳴と深く関わっている者たちが、その気質を肯定している訳でもない。

 

 

「俺とお前、どっちが普通かって言ったら……多分お前だ」

 

 

 先ず、前世の記憶を持ち越している人間の方が異常。

 

 

 上鳴は渡我の様に自分を曲げてすらいない。妥協や譲歩はあっても、根本的には何一つ変わっていない。

 

 

 それらに気付いていないフリをしながら、あるいは未だ諦めずに、自分の子として見ている親、治療して鍛えた師、高校で出会った仲間と先生が普通である筈などない。

 

 

 ──人が良過ぎるんだよな、皆。

 

 

「俺の運がめちゃくちゃ良かっただけだ」

 

 

 結局のところ、上鳴が底知れない豪運だっただけだ。

 仮に、渡我の両親が上鳴の両親の様な人たちであったなら。渡我の血への執着を矯正しようとしたカウンセラーが、善院の様に「これを人の為に活かせる様にしましょう」と言える人間だったなら、今ここに少女は居ない。

 

 

「お前に敵意が無いのは分かってる。血を吸うのも単なるスキンシップでしかないんだろ? 俺は別に気にしねぇよ……満足するまで飲んでろ」

 

 

 上鳴はそっと渡我を抱きしめ、頭を撫でた。泣く子をあやした事は無いけれど、きっと今はこうするべきだと思ったから。

 

 

「……やっぱり狡いなぁ、デンキくんは」

 

 

 渡我の輪郭が解けていく。

 

 

「もっと早くに出会えてたらっ……私はデンキくんの……」

 

 

 血を飲む事を止めた渡我の言葉に、上鳴は。

 

 

「普通のクラスメイトにはなれたかもな」

 

 

「そっ……か。じゃあ、お友達に良いこと教えちゃいますね……ロディくんのお父さんが、監禁されてる場所とか」

 

 

「そりゃ助かる」

 

 

 研究者の監禁場所、拘束具の鍵とその位置、健康状態。渡我はそれらの情報を上鳴に簡潔に伝えた。

 

 

「ありがとう──ご馳走様でした」

 

 

 そして、渡我の複製はそう言い残して、短い生涯を終えた。

 温もりは直ぐに消え、人間一人分の重さを持った泥が身体に纏わりついている不快感だけが残った。

 

 

 上鳴は盛大に溜息を吐いてから、その泥を電熱で焼き払った。

 

 

「さて……緑谷は」

 

 

 心配はしていない。万が一緑谷が負けたなら、自分も余裕ぶってはいられないだろう。

 

 

 そうなったらそうなったで楽しそうではあるが、上鳴は今、そんな気分ではなかった。

 

 

「初めてだな。俺の戦闘意欲をここまで萎ませた奴は……」

 

 

 このままではオリジナルと会った時に、今度は自分が馴れ馴れしくなりそうだなと思って、上鳴は辟易した。

 

 

「今日はお前の勝ちでいいぞ。渡我」

 

 

 渡我の複製はセブンよりずっと己が役割を果たしていた。

 

 

「でも」

 

 

 通路の奥から金属が擦れ合う様な異音が響き、衝撃波と共に走り抜ける。

 

 

「俺たちは負けない」

 

 

 緑谷の勝利を確信した上鳴は、反転術式で首筋の傷を消してから、ロディを背負ってゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 時は少し遡り──場所はメインコンピュータへと続く階段があるフロア。

 緑谷はそこでヒューマライズの教祖、フレクト・ターンと対峙していた。

 

 

「そこをどいてください」

 

 

「退かんよ。力で押し通るがいい」

 

 

 サポートアイテムを展開するフレクト・ターンに対し、緑谷も“ワン・フォー・オール”に眠る因子を解放する。それに伴って髪が逆立ち、青い光が身体を覆った。

 

 

 フルカウル80%

 

 

 黒鞭で身体を補強した上で扱える、緑谷の肉体が壊れない力の際。

 まだ八割。しかし、単なる数値の話をするのなら、既に緑谷は残火で戦っていた頃のオールマイトを超えている。

 

 

 その速力は軽く踏み出しただけで音を置き去りにし、振り抜いた拳は天候さえも捻じ曲げる。

 

 

「デトロイトスマッシュ!!」

 

 

 理外の力が不可視の壁に激突する。

 阻んだのはフレクトの個性“反射”だ。あらゆる物を拒絶し、遠ざける。それはワン・フォー・オールでさえ例外ではない。

 

 

「無駄だ」

 

 

「それを決めるのは僕だ!!」

 

 

 力が弾き返される刹那、緑谷は追加の拳打を放ってそれを相殺する。衝撃波がフロア全体に亀裂を走らせ、施設を揺らした。

 緑谷の腕に大した負傷はない。それを見たフレクトの目には驚愕だけがあった。

 

 

「……バカな」

 

 

 音よりも速く動けるからこその芸当。

 しかし、驚くべきは速力ではなく、全く同じ威力の拳打を放った技量にある。世界最強を名乗っても申し分のない力を、そこまで繊細に扱える様になるまで──どれだけの研鑽を積めば良いのか。

 

 

 常人ならば笑顔でそれを讃えるだろう。

 だが、フレクトの様な人間は違う。

 

 

「悍ましい。そこまでして力を振り翳したかったのか? 理解に苦しむ」

 

 

 使わないのであれば練習する必要性すらない。ワン・フォー・オールだけでなく、この世にある大半の個性がそうだ。

 

 

「かつて人間は──異能など無くとも十分に幸せだった」

 

 

 あれば便利な能力もあるだろう。しかし、全てがそうではない。

 

 

「異能の存在によって生み出されるのは幸福ではない。差別だ」

 

 

 むしろ、人体の見目を醜くする物や、他人に恐怖を与える物などは、差別を助長する。

 

 

 人間は自らとは異なる者を本能的に忌む。身体を流れる血液が同じ色をしていても、肌の色だけで差別した過去がその証拠だ。

 

 

 そして、異能という存在は肌の色以上の差異を人間に与えた。

 

 

「不要だとは思わなかったのか? 人の身には余る力だと。こんな物があるから……時に人は他人を羨み、慄き、排除しようとするのだと」

 

 

 そういう考えもある。緑谷はそれ自体を否定するつもりはなかった。

 しかし、納得もできなかった。個性を持った人間は世界総人口の約八割。二割の人間こそを至上とし、それ以外を切り捨てる様な思想は、到底認められない。

 

 

「敢えて言おう。この世界に満ちる八割のホモサピエンスは既に人間ではなく、化物なのだ。故に人権など必要ない。私も含めてな」

 

 

 いつだったか。上鳴に勧められて見たアニメのリメイク作品で流れたナレーションを、緑谷は思い出した。

 

 

『豚に人権を与えぬことを、非道と謗られた国家は存在しない』

 

 

『言葉の違う誰かを、肌の色が違う誰かを、祖先が違う誰かを、豚と定義したならば』

 

 

『その者達への迫害も虐殺も、人倫を損なう非道ではない』

 

 

 フレクトの理屈は、正にそれだった。

 

 

「世界が今まさに切り捨てんとしている二割こそが正しい人類、真人(まうと)だ。彼らの復権と私たちの絶滅こそが、世界を真の姿に戻す唯一の方法なのだよ」

 

 

「一人でイカれてろ。他人を巻き込むな」

 

 

 ──反射される感覚は掴んだ。二発でダメなら三発。三発で無理なら四発打てば良い。

 

 

 緑谷の拳が唸りを上げる。壮絶なインパクト音が一、二、三、四。

 しかし、その全てを弾き返され、今度は緑谷の顔に驚愕が滲む。

 

 

「何を驚いている」

 

 

 フレクトの余裕は崩れない。

 

 

「私たちは化物二人を相手に世界を壊そうと画策していたのだぞ? お前やミカヅチとやらがどれほど強かろうと、勝てる算段があるから動いたのだ──この身に宿った異能(けがれ)さえ、作戦に加えてな」

 

 

 単純な物理攻撃は勿論、光線や衝撃波の類でさえもフレクトは反射する。

 オールマイトやスターアンドストライプにも勝てると、フレクトはそう豪語しているのだ。

 

 

「先ずは貴様から浄化してやろう。次はあの重病者だ」

 

 

「重病者……?」

 

 

「察しが悪いな。ミカヅチ、上鳴電気のことだ。複数個性に加えてあの下劣な性格。アレがヒーローを名乗っている事が、この世界の過ちの証明に他ならない」

 

 

 フレクトの弁舌は止まらない。

 

 

「雄英襲撃事件で複数人を再起不能に追い込み、アメリカではヴィランを殺害。神野事変と呼ばれている一件でも一人殺している……それは良い。むしろ褒め称えよう。害獣駆除という一点において、彼は私たちにとっても利益をもたらしてくれている」

 

 

 緑谷は顔を俯かせ、黙って聞いた。

 

 

「しかしだ。次世代の英雄、新時代などと呼ばれているのは非常に腹立たしい。お前たちの定義に倣って言ってもアレは人殺しだろう? どんな理由があっても、その事実は変わらない筈だ。社会正義に則っていれば人殺しであっても持て囃される……それが正しい世界だと、本気で思っているのか?」

 

 

「……思わない」

 

 

「ならば!!」

 

 

「でも、それが今の世界だ!! 超常の発生で変わり果てた僕らが生きている場所だ!!」

 

 

 緑谷は面を上げ、ハッキリと言った。

 

 

「超常が発生してからまだ二百年も経っちゃいない! 人類の長い歴史の、ほんの数行を見ただけで! 今日を懸命に生きる人を無作為に殺す事が、正しいわけないだろッ!」

 

 

「そうしなければ人類が滅ぶのだ!」

 

 

「滅ばない! 個性があろうと無かろうと、人は人だ!」

 

 

 ──何より。

 

 

「人は変われる!!」

 

 

 幼馴染の変化を、世話になった人々に報いる為に自分の生き方に妥協している少年を、緑谷は知っている。

 

 

「だから少しでも世界が良くなる様にと願って!! 手を伸ばすんだ!!」

 

 

 緑谷が吼える。裂帛の気合いと共に駆け出し、その勢いを蹴りに乗せて、フレクトへ叩き付けた。

 

 

「……ッ! 綺麗事を抜かすな! 貴様らの様な恵まれた側の人間には分かるまい!」

 

 

 フレクトも吼え返した。絶対防御と信じて疑わない“反射”の力を最大限に使い、緑谷を拒絶する。

 

 

「親からの愛情もなく、人と触れ合えない事の虚しさも! この様な物があるから! 人は不必要な不幸を背負うのだ!」

 

 

 弾かれた緑谷は宙空で身体を捻転させ、勢いを殺して着地。

 僅かな静寂が場を包む。

 

 

「それがお前の本音だろ、フレクト・ターン」

 

 

 緑谷がフレクトの心を突く。

 

 

「どれだけ言葉を並べても、お前が原点に据えたのは! 幼い頃の寂しがりやな自分自身だ!」

 

 

「黙れぇえええ!!」

 

 

 フレクトが攻勢に転じる。

 

 

 サポートアイテムを駆使して反射の方向を操作。通常、人間が推進力を得る為に活用している地面からの反作用を最大効率で運用する。

 

 

 ──速いけど、それだけだ。

 

 

 その程度では緑谷を倒せない。

 

 

「オクラホマスマッシュ!」

 

 

 赤い光を纏った拳を見て、フレクトが反射的に身を引いた。

 

 

 生まれて初めての感覚。

 死地での危機感。

 

 

 空振ったそれが生み出した破壊の爪痕を見て、フレクトの額を冷や汗が流れ落ちた。

 

 

「……何なんだ。何なのだ、お前は」

 

 

 フレクトの目に映る緑谷が、得体の知れない何かへと変わっていく。

 

 

「今ので、何となくわかった」

 

 

 緑谷の全身から赤い光が溢れ出した。

 

 

「お前の個性が完全反射じゃなくて、ただの反射なら──返せる力には上限がある筈だ」

 

 

「は?」

 

 

 黒鞭が鎧の様に身体を覆い、肉体を内側と外側から補強していく。

 それを見ながらフレクトは口角泡を飛ばした。

 

 

「上限だと……!? そんな物は存在しない!」

 

 

「だったら、何でさっき逃げたんだ?」

 

 

「ッ!!」

 

 

 緑谷の気迫に押されても、自らの個性を呪おうと、その力の絶対性を信頼しているなら、概念に絡まない純粋な力を恐れる理由はない。

 

 

 逆に──もしかして、この男ならばと思ったのなら。

 

 

 それが何十年にも及ぶ研鑽の果ての絶望だったなら、そう思ってしまった時点で試さずにはいられないはず。

 

 

 しかし、フレクト・ターンは逃げた。

 

 

 それは自らの個性へのアプローチに不足があった事の証明に他ならない。

 

 

「自分のこれまでが否定されるのは怖いと思う……」

 

 

 フレクトの怠慢は、かつて無個性だった自分が、理由を付けて夢想に耽っていたのと同じだ。

 だから自戒も込めて、緑谷は言った。

 

 

「それでも、望んだ物が全部手に入る訳がないとしても、アナタは歩き続けなきゃいけなかった」

 

 

 フレクトは息を飲んだ。

 

 

「僕たちは諦めない為の言葉を知っている!」

 

 

 緑谷がフレクトの個性の許容値を超えるには、無数の打撃を放つか、それに匹敵するだけの熱量をぶつけるしかない。

 

 

 ──その為の力はある。

 

 

「更に向こうへ(プルスウルトラ)!」

 

 

 変速開始。イメージするのは飯田のレシプロバースト。段階を飛ばして一気に五速(オーバードライブ)へ。

 

 

「人間のスピードなのか、これが!?」

 

 

 フレクトの目に映るのは何十、何百にも見える緑谷の残像。赤と青の軌跡が宙空に描かれる度に、反射が自動で反応する。

 

 

 しかし、衝撃を打ち返した先には誰もいない。壁に埋め込まれた本棚が砕け、蔵書が散らばるだけだ。

 

 

「何度やっても無駄だ!! 諦めろ!!」

 

 

 赤と青の光が瞬く。

 

 

 何度目か分からない反射の発動後、負荷に耐え切れなくなったサポートアイテムが砕け散った。

 

 

「……っ!」

 

 

 個性の限界。

 それを痛烈に意識させられる。

 

 

「さっきも言ったろ! 僕たちは諦めない為の言葉を知ってるって!」

 

 

 フレクトは半狂乱になってフロアに仕込んだ防衛機構を作動させた。

 

 

 けれど、部屋中から放たれた赤色の殺人光線は緑谷に擦りもしない。その全てを紙一重で躱し、返しに放った風圧の弾丸で防衛機構を破壊していく。

 

 

「おのれッ」

 

 

「僕が諦めるのを、諦めろ……!」

 

 

 変速で加速した状態で動き回った事で、発勁のエネルギーは十二分に蓄積させられた。

 

 

「因子解放、噴流紫煙(ジェットフォース)!!」

 

 

 緑谷が更に加速する。

 

 

「デトロイトJETスマッシュ、八重奏(オクテット)!!」

 

 

 ワン・フォー・オールの最大出力を超過した一撃が秒間で八発。フレクトの肉体を打ち据えんと放たれた。

 

 

 反射によって防がれたが、青く発光していたフレクトの身体が明滅し、本来の肌色が垣間見える。それと同時に光の粒が放出され、部屋を照らし出した。

 

 

「今ので、また溜まった」

 

 

 拳を腰溜めにする緑谷を見て、フレクトは自身の敗北を悟った。

 

 

「ユナイテッド、ステイツオブ──!」

 

 

 尋常ならざる速度で拳が振り抜かれていく。

 赤い光と青い光が混ざり合う。

 

 

「スマァアアアッシュ!!」

 

 

 フレクトが最後に見たのは、あまりにも色鮮やかな紫だった。

 

 

 

 

 

 それから程なくして、緑谷は解除キーをメインコンピュータに差し込んだ。これにより個性因子誘発爆弾は機能を停止し、ヒューマライズに端を発した事件は解決の兆しを見せる。

 

 

 上鳴達はオセオンで歓待を受け、報奨金を受け取る事になったのだが──それを固辞。

 

 

 報酬の全額をこの国のヒューマライズ被害者の会に寄付した。

 

 

「俺たちにへつらう前に、お前たちが本当にやるべき事をやれよ。筋が通らないっしょ」

 

 

 それから上鳴はロディ・ソウルの「宝石強盗の共謀」に関する裁判に出廷。

 宝石が入ったトランクが道端に転がっていた事をいい事に、ロディを単なる通行人に仕立て上げた。

 

 

「おまっ、バレたらヤベェんじゃねぇのか!?」

 

 

「かもな。でもまぁ、追求はされんだろ。一応俺、濡れ衣着た状態で世界の為に戦った英雄だし。ロディが俺たちに協力してくれたって緑谷も発信してくれてる──向こうも事を荒立てたくはねぇだろ」

 

 

「き、汚ねぇなオイ……ありがたいんだけどよ」

 

 

 ロディ・ソウルの件は通常では考えられない速度で処理された。

 

 

 悪の組織に拉致された科学者の息子が、日本から来たヒーローたちと苦難を乗り越えて、それを討った。そういう話が国中に出回り、映画化でもしそうな勢いになっていたからかもしれない。国民感情に逆らえば政治家の寿命は縮む。誰だって長生きはしたいものだ。

 

 

 ヒューマライズに拉致されていた科学者達の裁判は今後も続くが、エディ・ソウルとアラン・ケイの司法取引や、叩けば叩くだけ出てくるヒューマライズの悪事の証拠を考慮すれば、悪い話にはならないだろう。

 

 

 そういう事情もあって、上鳴の滞在時間だけが伸びる事になったのだが……上鳴を一人で他国に残す事を不安視した上鳴の親と、雄英からの嘆願もあり、全員が暫くオセオンに残る事になった。

 

 

「観光だー!」

 

 

 パンフレットを丸めて二天一流する上鳴。

 

 

「うおー! 遊ぶぜ!」

 

 

 アロハシャツの葉隠がそれに乗る。

 

 

「二人ともはしゃぎ過ぎ」

 

 

 フレームが星の形をしたサングラスをかけた耳郎が二人を嗜め。

 

 

「耳郎さんの格好が一番浮かれて……何でもないです」

 

 

 ワイシャツと書かれたTシャツを着た緑谷が、苦笑いを浮かべていた。

 

 

 そんなこんなで、上鳴達はバカンスを満喫した。まさか英雄がこんな浮かれて遊んでいないだろう、という先入観が四人の適当な変装を誤魔化していた。

 

 

「お前らその格好は何なんだよ」

 

 

 途中で釈放されたロディにガイドを頼んだり、緑谷が我慢出来ずにヒーロー活動したり、毎朝毎晩決まった時間にトレーニングしたりと、四人は充実した時間を過ごした。

 

 

 そうして事件収束から十日。雄英が冬休みに入って四日が過ぎた頃、上鳴達はようやく帰国した。

 

 

 

 

 

 その一方で、フレクト・ターンは護送中、ヒューマライズに恨みを持った人々による襲撃を受けて死亡。個性を発動させる素振りすら見せず、死に際には笑顔さえ浮かべて倒れたという。

 

 

 犯行現場の近くで袈裟を着た女を見たという証言が相次いだが、詳細は不明。それを元にした怪異の噂話が一人歩きする様になる。

 

 

「渡我が上鳴の血液を回収できなかったものの……多少傷んでいるとは言え、“反射”の回収はできた。オリジナル達もそろそろ仕事始める頃だろうし、私も帰ろうかな」

 

 

 ペリカンのモンスターを呼び出したセブンは、意気揚々と日本へ帰るのだった。

  

 





 劇場版編-完- これにてヒロアカ映画完走です。ちゃんとやったの一作目だけなのでは??? とか思いましたが、やった事には変わりないですよね? はい(自己完結)

 ヒーロー側とヴィラン側のアレソレが数話入り、そっから話が最終決戦に向けて一気に動いていきます。
 まだ週一更新は続きますので、次回も読んでいただけたら幸いです。

 
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