───デンキくんをよろしゅうな相澤くん。あの子はちょっと頭イカれとるさかい、気ぃ付けたってくれ。
───頭がおかしいってのは後遺症云々の話……ではないんですね。
───せや。あの子は俺たちには見えとらん”何か”を見とる。それがどんなもんかまでは分からん。ただそれが、呪いの如くあの子から躊躇いとか人間性みたいなんをごっそり削っとる。
───それ、人としてかなり問題では。
───問題しかあらへん。その上デンキくんはな、”満足のいく戦いができたら最悪死んでもええ”みたいな事を思っとる節がある。無痛症が悪さしとるんやろね。触覚や味覚にまで異常が出とるから、生きてる実感が掴めへんのかも分からん。
───つまり生の実感を得られる物が戦いだけということですか……それはヴィランの思考だ。ヒーローには向いていない。
───せやけど、あの子は誰に導かれるでもなくヒーローを目指した。その事実だけは絶対に揺らがへん。でも今のままやと……修羅の生き方しか知らんあの子は、そう遠くない未来に全部捨ててヴィランになるという確信が俺にはあるんや。
───修羅の生き方……
───デンキくんの先生が君で良かった。君なら俺があの子に教え切れんかったことを教えられると思うとる。ほら、長く付き合える友達の作り方とか。今でも山田と仲ええんやろ? ほら俺は……えらい失敗してもうたからなぁ……
「なんだあれ」
「入試の時と同じパターンのやつ?」
「もう始まってんぞ! か。あり得る」
「違う! 一塊になって動くな! アレはヴィランだ!」
相澤が騒めく生徒らに指示を出すのとほぼ同時に上鳴が動いた。
走りながら右耳にセットしたデバイスを手動で起動。戦杖をその場に突き刺してから走り出し、エントランスと広場を繋ぐように伸びる長い階段を飛び降りる。
『stand by ready, set up………出陣ですね、マスター。バイタルの計測を開始します』
宙空で起動したコガネは上鳴の身体を巡る電流の計測を開始。それに合わせて上鳴は力を引き出していく。
『許容上限100%───
転瞬、爆発的に向上した身体能力で大気を蹴り、風圧で自身を加速。青白い電光が軌跡を描く。
そのまま上鳴は広場に着地したばかりの、まだばらけきっていないヴィラン達のど真ん中へと飛び込んだ。
そこへ3人のヴィランが先陣を切り、一気呵成に襲いかかっていく。
「馬鹿がっ! 英雄気取りが突っ込んできやがった!」と肉体が岩のような物で覆われた異形。
「囲んですり潰しちまいな!」
口が頬の中程まで裂けるように広がっている、髪が蛇のようになっている女が叫んだ。
「手柄は俺のもんだ!」
そう言って、頭に回転式小銃のような物をつけた男がリボルバーを回した。
それぞれが自身の個性を最大限に使い物量で押し切ろうとするのに対し、上鳴は悠々と両手を広げニヒルな笑みを浮かべた。
「
次の瞬間、上鳴の全身から辺り一帯を焼き尽くさんと電熱が迸った。広範囲を対象にした無差別放電───それもオールマイトに使った物と同等の出力を誇る、正真正銘の稲妻だ。
それがヴィラン達を蹂躙した時間は僅か0.1秒。
0.1秒は上鳴が設定した、ヴィランが感電死もショック死もせず後遺症も残らないであろう通電時間。
根拠はある───この0.1秒は人間が落雷に打たれた際、肉体に落雷の電気エネルギーが流れている時間とほぼ同等である。
超常発現以前であれば日本の落雷による死亡確率はおよそ70%ほど。
超常発現から人間の基礎身体能力や医学は飛躍的に向上しており、超人社会において落雷による死亡事故や、それを要因とする後遺症に苦しめられるという例は極めて少ない。
上鳴が初見で別格だと見抜いた9名のヴィランは、上鳴が突っ込んできた時点で回避行動に移っていたので電撃の範囲にはいない。しかし、その9名を除いた100余りの人間の身体には、数字にして約1億ボルトにも及ぶ高電圧の電流が流し込まれ、身体強度に定評のある異形型の個性持ちも含めて全員が立ったまま気を失った。
有象無象が瞬きほどの時間で戦闘不能に陥る中、手のオブジェを身体に付けた男、死柄木弔は首を掻きむしりながら言った。
「おいおい。名乗る暇すらくれないのかよ。これだからお約束が分からない奴らは……というか死ぬの早すぎだろ。やっぱりチンピラ風情じゃ話にならないか」
「死んじゃいねーよ。あと30分そのままなら分かんねぇけど」
「優しいなぁヒーロー様は。先輩方もそう思うだろう?」
嫌味ったらしい声音で死柄木が先輩と呼んだのは、スーツを着た男を筆頭にした4人だった。
男達の眉間には深い皺が刻まれており、硬く握られた拳はその激憤を端的に示していた。
「忘れたとは言わせへんぞ雷小僧……!」
「あの日お前たちに事務所を襲われ、俺たちはッ!」
「絶対に許さん! 許さないぞ雷小僧!」
「覚悟しろ。ケジメをつけてもらう」
「知らん。誰だお前ら」
上鳴はそう吐き捨てて拳を構えた。
上鳴は彼らを覚えていないが───その因縁は半年程前まで遡る。
ヒーロー仮免を取得した上鳴は善院に連れられて、新宿で指定ヴィラン団体”阿部川天忠會”*1の摘発に参加した。
尤も摘発と言っても、天忠會本部があるヴィジランテによって襲撃されたのを機に、なし崩し的に解体が進んでいた中での話だ。解体に反対する幹部らが主導で行なっていた、個性因子を爆発的に増幅させるトリガーと呼ばれる違法薬物の売買が発覚し、強制捜査の流れになった。
今上鳴に殺意を向ける4人はかつて天忠會で幹部を務めており、トリガーの売買にも関与した疑いを掛けられている指名手配犯である。
その個性は警察からも危険視されており、当時は警察も迂闊に手を出せないような状況だった。
だが、そこに善院と上鳴が現れた訳である。
特に上鳴は多対一の戦闘において他の追随を許さない力を持っている。今の日本でその力に比肩するヒーローとなると、オールマイトや”フレイムヒーロー”エンデヴァーを始めとする一部のトップヒーローを除き存在しない。
つまるところ───蹂躙である。
彼らは自分たちをアニキやオジキと慕う構成員に逃がされただけに過ぎない。
上鳴は戦ったという認識すら持っていなかった為、4人の顔も個性も全く覚えていなかった。
元天忠會幹部の4人にとってそれは───筆舌し難い屈辱だった。
「ざっけんなや……! ヒーロー気取りのクソガキがぁっ!」
パンチパーマの男、鉄が全身を覆うように丸みを帯びた装甲を展開。死柄木に向かって叫ぶ。
「手ェ出すんや無いで小童ァ!」
個性───人間戦車。
自らの肉体を掌からプラズマによる熱線を放つ機能を搭載した機人*2と化す個性である。
死柄木は鉄の言葉に肩をすくめて答えた。
「はいはい。そいつをぶっ殺してくれるんなら文句ないから。一応2人こっち側の人間付けるけど」
「悪いが俺たちも仕事なんでな」
「ボスの尊敬するお方からの直々のお願いとあっちゃあ断れねぇ……追加報酬分も仕事をしなきゃ罰が当たるってもんだ。割り切ってくれや」
「それくらいは仕方ないか……テツの兄貴」
「かまへんわあの憎たらしいガキ殺せるならァ!」
天忠會の面々、そして死柄木に促される形で防弾チョッキを着た二人組が前へ出る。
そして一触即発の空気の中、階段を駆け降りてきた相澤が上鳴に合流。指名手配犯4人の顔を見た相澤はそれを報せる為に口を開く。
「気を付けろ上鳴。そいつらは」
だが───
「アンタの相手は俺たちがやる。頑張ろうな、脳無」
脳無と呼ばれた男は死柄木の言葉に答えなかった。その代わりに、凄まじい速度で相澤との距離を詰めて剛腕を振うことを返答とした。
常軌を逸した加速力に相澤は目を剥き、咄嗟に後ろに跳ぶことでそれを避けた。
空を切った脳無の拳は、2人からそれなりに離れた位置にいた上鳴の後髪が激しく靡くほどの風圧を放ちながら地面を叩き、それから数瞬遅れて砲撃のような音がUSJへと木霊した。
「今、個性は確かに消していた筈だ……!」
想像を遥かに超える威力に、相澤の額から一筋の汗が流れた。
個性”抹消”。視認した対象の個性因子の活動を停止させ、変化を止める。異形型の個性は既に因子が変化しきっているため抹消の効果対象にはならない。つまり、脳無の今の一撃は素の身体能力から放たれた物であるということ。
上鳴は眼前の6人に意識を向けながらも、明らかに異質な存在感である脳無を見て思う。
───力が全く読めない。でも、あの手だらけ野郎はオールマイトを殺せる確信を持ってここに来た………なら、その根拠があのデカブツで間違いないだろう。今の拳は音を置き去りにしてた。しかも個性無しで。つまり、文句なしのオールマイト級!
立ち振る舞いを見ても実力が全く分からないのは、上鳴にとって未知の経験だった。しかし、上鳴の目の前で起きた事象は、彼が先の戦闘訓練で身をもって体験した最強のそれに比肩する。
上鳴は堪らず口角を上げた。
「いっけね。楽しくなってきた」
その関心が脳無に向かっているのは側から見ても明らかで───故に。
「舐めるのも大概にしろよ。ガキ」
自身に迫る攻撃へ対応が僅かに遅れた。
『身体許容上限150%』
身体許容上限を瞬間的に超えることで、目の前まで来ていたそれの直撃を免れる。しかし僅かに頬を掠めたのか、一文字に入った傷から静かに血が流れた。
飛翔体は上鳴の側を通り過ぎた後、不自然な弧を描いて白スーツの男、
その飛翔体の正体は───マンホール。
日本語での正式名称は標準仕様人孔鉄蓋。通称JIS蓋。
直径約60cm、重さ40kgの鉄の塊。米長が対抗組織との抗争の際に好んで扱う得物であり、彼の生来の個性”投擲”と実戦で鍛え上げた肉体が組み合わさることで、放たれた円盤は瞬間的に音速にも達する。
米長の一投が合図となり、上鳴の前に立つヴィラン達が一斉に個性を解放していく。
両腕が刃物になる者。
上半身が身に纏う防弾チョッキを引き裂きながら肥大化し、肌が紫色に染まる者。
金槌に電撃を帯びさせる者。
全身の筋肉が隆起し肌が青緑色に変色する者。
間違いなく一人一人がネームドヴィランに匹敵する実力者。
更に。
「黒霧、さっさと本隊を出して残りのガキを散らせ」
「御意」
相澤の周囲に再び百を超えるヴィランが投下された。
それから黒霧は広場の戦力を補充した後、自身が作り出した靄を潜って入場ゲートまで飛んだ。
───まずい。
狙いは生徒だ。
相澤と上鳴の脳裏に死柄木の最初の言葉が過ぎる。
今、状況は最悪に近い。
上鳴と相澤はエントランスから完全に分断されて足止めを食らっている。
13号の個性は強力である反面、周囲に守るべき者がいる場合の戦闘には不向きだ。
当然対策はある。十把一絡げのチンピラには絶対に負けることはない。しかし、相手が悪い。捕縛対象であるヴィランが空間に作用する極めて強力な個性を持っている時点で、13号は常にヴィランの個性について警戒しながら、生徒にも意識を向けなくてはならない状況を強いられていた。
そんな中、 黒霧が靄を広げながら悠長に語り出した。
「さて、先ずはご挨拶が遅れたことをお詫びしたい」
───今が好機っ!
上鳴が戦杖に向かって手を伸ばす。
予め電荷を溜めていれば、それを元に磁界を発生させること自体は可能だ。あとは杖と自分を引き合わせれば、普通に移動するよりも格段に速くそこまで辿り着ける。
しかし。
「我々は敵連合。今回の襲撃は平和の象徴に息絶えていただきたいと思い………おっと。危ない物は最初に消しましょうか」
黒霧がワープゲートを用いて杖に触れずにどこかへと飛ばしてしまったことで、上鳴の個性は行場を失ってしまう。
「オールマイトを、殺す?」
「そんなことできるわけないだろ!」
「だが、何の考えもなく行動するアホじゃねぇ」
「ええ。少人数グループが隔離空間に入るタイミングを知った上で、援軍を呼ばれないようにご丁寧に妨害電波まで流されていますわ……」
「流石は金の卵達。聡明な者も多い。ならば当初の予定通り───散らして嬲り殺しにするまで」
1年A組はまだ新入生。
指折りで数えられる回数の訓練しか受けていない今の練度では、上鳴の前に立ち塞がるヴィランと同等の者が他にもいた場合、高確率で死人が出る。
『絶対追いつくから』
上鳴の視線が黒霧の靄に飲まれる耳郎へと向かった。
「上鳴っ」
自分の名を呼びながら消えていく耳郎を見て、上鳴の身体は完全に硬直した。
小話と独自設定
・個性の核心──原作でも3名ほど死の間際に強い思いで個性が進化するような描写があるキャラクターがいます。上鳴くんが言ってるのはそれです。呪術的な言い回しできそうだなって思って書きました。反転術式はないです。
・天忠會
外伝ヴィジランテに登場する多分アベンジャーズが元ネタの個性を持ってるヤクザ(ニワカミリシラの自分でも既視感があるレベル)
某ヒーロー殺しがステインを名乗る前の姿で出てくるので、未読勢の方は是非チェックしていただきたく思います。めっちゃおもろい。
本作ではステインさん(ステインではない)にしばかれた後、敗走した先に仮免取り立てホヤホヤの上鳴が来て全部ぶっ壊された。めちゃめちゃ恨んでる。
・防弾ジャケット
劇場版第一作のヴィラン。手が刃物になる方は名前がある。刈り込みデブにはないので名前はオリジナルになる。
次回は飛ばされた1-Aとブチ切れ上鳴くんの2本だてでお送りしたいです。