───相手は格上、個性は増強系。悔しいけど今の僕の上位互換だ。正直言ってかなり厳しい。
緑谷は自身の前に立つ青緑色の肌の巨漢を前に、冷静にそう分析する。
上鳴との特訓により個性をどう扱っていくのかを理論的に説明されていたこともあり、実際に使えるようになってそれを物にしたという自覚はあった。だが、多少動けるようにはなったものの気を抜けば身体が壊れる事実に変わりはない。手足が砕ければ、その時点で足手まといとなる。
「僕はもう、出来損ないのデクじゃない」
『でもデクって「頑張れ」って感じで、響きとかなんか好きだ! 私!』
個性把握テストの終わりに初めて友達と入ったマックで貰ったその言葉が、力の使い方を知った緑谷の支えと自信になる。
───勝利条件は簡単だ。上鳴くんや他の皆の手が空くか、増援が来るまで敵をいなすこと。でもそれは……助けを待つ人の思考だ。僕が成りたいのはそうじゃない。
立ち塞がる緑谷を前に春久が叫んだ。
「どけぇ! 俺は仲間の仇を討たなきゃならんのだぁ!」
「仲間想いなんだな……だったら何で! 自分が傷付けた人にもそういう相手がいるって考えられないんだッ!」
緑谷 vs 天忠會の春久
今、クラスメイト達に並んだ英雄の雛が産声を上げた。
「情けねぇ……ッ! 俺は俺が許せねぇ!」
ソキルの刃を真っ向から受け止めながら、切島は叫んだ。
仲間を信じて退こうとした───なるほど、英断にも思える。実際、上鳴の実力は並のプロとは比較にならないほど隔絶している。
だが、それでも人間だ。戦い続ければ疲労する。意識を割く対象が多ければ多いほどミスも増える。
だからこそ、硬化という対人に特化した個性の自分は誰よりも前に出なくてはならなかった。
───あの時と一緒だ! 俺はビビった! 何もできねーって諦めた!
「ちいっ!」
急所を狙ったソキルの刃が切島の身体に弾かれる。
「俺はもう止まらねぇ!」
ソキルと切島の相性は
だからこそ───切島は全身を硬めながら前へ出た。
全身硬化が維持できるのは極めて短い時間だ。逃げられた瞬間、ソキルのスピードについていけない切島は硬化が解けた瞬間に斬り殺される可能性が高かった。
ただ、今の切島はそこまで考えが及んでいない。
前に出なければという強い想いが彼を突き動かしているに過ぎない。
逆にソキルは近付かれるほど不利になる。腕を振り回せなければまともにダメージを与えられないためだ。
冷静に引こうとするソキル。
しかし───窮地と好機とが入り混じる戦場において、前へと踏み込めない者に勝利の女神は微笑まない。
「ていっ」
不可視の一撃───葉隠透。
この場にはもう1人、誰も存在に気付いていなかった切島の味方がいた。
隙を作り出すための発光の後、静かに隙を窺っていた彼女は、自分がダメージを通せそうな相手と戦っていた切島にひっそりと合流していたのだ。
そして、ソキルと切島の認識外から現れた葉隠は、ソキルの足に自分の足を引っ掛けて転倒させた。
切島は驚いたものの、目の前に転がり込んできたチャンスを前に瞬時に思考を切り替えた。
「ナイス葉隠ッ!」
「やっちゃえ切島くん!」
切島 & 葉隠 vs ソキル
勝負は早くも決しようとしていた。
常闇踏陰───個性”ダークシャドウ”。
もう1人の自分とでも言うべき自我を持つ個性を有する彼は、近接戦闘が弱いという明確な弱点を抱えていた。
対するガドルは極めて真っ当なパワーファイター。その上、ゴムの個性を与えられたことで高い物理耐性と電撃耐性を獲得していた。
尤も、後者の性質は今重要ではない。
ダークシャドウに電撃を使うような能力はない。だが、弾性に関しては有効な筈だった。
「……すまないが、手加減はできない」
『死ネェ! 虫ケラァ!』
ダークシャドウには闇が深い場所であればあるほど凶暴性と力が増す特性があった。
暴風ゾーンの暗闇でたっぷりと力を溜め込んだ今のダークシャドウは、目の前にある物全てを破壊し尽くさんとする獣である。
普段であれば常闇も懸命に抑え込もうとしただろうが、自分よりも格上かつ打撃に強い耐性のあるパワーファイターを相手に、そんな真似をしている余裕はない。
「ぬぐぅ!」
『ォォォォオオオッ!』
決定打には欠けるが拮抗する戦況。
しかし。
───ダークシャドウの力が尽きる前に勝負を決めなくては。
常闇 vs ガドル
勝負の行方はまだ誰にも分からなかった。
「動くんじゃねぇ! 怪しい動きをしたと俺が判断したらすぐ爆破する!」
「お前ら如きに平和の象徴も上鳴もやれねぇよ」
「あぁ………あああああああ! 苛つくな、情けないな敵連合! ガキ1人満足に足止めできない! 殺せない! 脳無ッ! 黒霧を奪還しろ! ………脳無っ!?」
「シィッ!」
先程までの苦境が嘘のように、戦斧による斬撃で脳無を相手に一方的に戦いを演じる上鳴の姿があった。
「………お前の力が何で読めなかったか。それが分かれば後は単純な話だ」
死柄木は脳無を”人造サンドバッグ人間”だと呼称していた。それはつまり、非合法な人体実験の末に生み出された者であるということ。
───オールマイト級のパワー、生半可な物理攻撃であればなかった事にできるショック吸収、俺の雷撃を受けながらその場で肉体を再生していく力。全部厄介だ。もしコイツに知性や理性と言ったものがあれば、今の俺が例え万全であっても勝てるか怪しい。
「だが」
『身体損壊率26%』
稲妻のようにひび割れた目尻の傷から血と電流が流れ出し、赤いスパークが奔る。
閃電疾駆の出力は100%
単純な膂力では、決して脳無には敵わない。
だが、結局のところ攻撃など当たらなければどうという事はない。
脳無の拳を身を屈めて避けながら足首に戦斧の一撃を叩き込み、上鳴は言った。
「お前には熱がない。熱がない奴には負けない。いや……負けられない」
オールマイトから感じた圧力、凄味のような物が脳無には欠如していた。相対する時間が長引くにつれて、上鳴が最初に感じていた期待とワクワクも徐々に消え去っていた。
例えカタログスペックがオールマイトを凌駕していようとも、人為的に生み出された戦闘人形に過ぎないこの脳無は、それを扱える人間が側にいて初めて真価を発揮できるただの道具に過ぎない。
そして、ヒーローと道具には決して埋められない壁がある。
即ち───限界を超えられるか、否か。
脳無は自分の能力の限界を超えて立ち上がる事も、土壇場で新たな力に目覚める事もない。格下を相手にするならこの上ない性能だろうが、同格以上を相手取るには向いていない。
そして、脳無は道具であるが故に一定のプログラムに則り動く。それに気付いた上鳴は脳無の行動ルーチンを読み、自分の行動に対してどのような反応を取るかを推測。数手先で自分が狙った挙動を起こさせるように立ち回っていた。
それ即ち、絶好の隙を意図的に作り出せるという事に他ならない。
上鳴の戦斧による袈裟斬り。
脳無の胴体が千切れ飛び、頭が残った上半身から下半身が生える。
横薙ぎに一閃された戦斧が脳無の腕と下半身をなき別れにし、上半身から再び下半身が生える。
腕を切り落とした。
生えた。
足を切り落とした。
先程よりも少し時間を要して再生した。
切った。
治った。
切った。
治った。
切った。
治った。
切った───明らかに治りが遅くなった。
「そうだよな。やっぱり再生するにはエネルギーが必要だよな」
『身体損壊率32%』
上鳴は最後に脳無の手足を切り飛ばし、機動力を完全に削いだ。
緩やかに肉体を再生させながら身を捩る脳無に、上鳴は戦斧を向けた。
『身体損壊率35%、対象の強制ブラックアウトプログラムを起動………ブラックアウトまで10秒』
───タイムリミットだ。
コガネのカウントが0になった瞬間、上鳴はサポートデバイスから象が気絶するレベルの麻酔を打たれてしまう。
無茶しがちな弟子を慮った師匠が、取り返しがつかなくなる前に弟子を強制的に気絶させる為、コガネの製作者に組ませたプログラムだ。
上鳴は急いで刃を構成していた砂鉄からライフルの弾丸の様な物を生み出し、一度武器を手放してから両手でそれを挟み込んだ。
それは両腕を砲身とし、異なる磁界で対象を加速させて撃ち出す、オールマイトにも見せた必殺技。
両腕に電気エネルギーを溜めた状態で、上鳴は叫んだ。
「ヴィラン共! こんな言葉を知ってるかッ!」
USJに上鳴の雄叫びが木霊する───同時。
緑谷は自分の腕にワンフォーオールのありったけを乗せ、切島が拳に全神経を集中し硬化させた。
「更に───ッ!」
友の言葉に応えるように、今戦っている者達の力が増していく。
ダークシャドウが片手でガドルを地面に押し込みながら巨大な拳を天に掲げ、溜めが完了した上鳴の指先から紫電が迸った。
「向こうへ!」
戦場のあちこちから、新たな時代のヒーロー達の声が響く。
「Plus Ultra!!!」
そして───未来に向けた咆哮と共に、それぞれの一撃が放たれた。
緑谷が右腕を壊しながらヴィランを殴り飛ばす。
切島はヴィランの顔面に鉄すら砕く一撃を捩じ込む。
ダークシャドウがガドルを首まで地中に打ち込み、地面のアスファルトが衝撃で捲れ上がる。
そして、上鳴の
「いけね。流石にキツいか」
『9、8、7、6』
フラつく上鳴に向かって死柄木が叫ぶ。
「くそっ! くそくそくそ! せめてお前だけでも!」
「行かせるわけないだろ」
触れなければ個性が発動できない死柄木にとって、遠距離から大質量の面攻撃を仕掛けてくる轟は相性が悪い。万全な状態であれば掻い潜ることも出来ただろうが、相澤との戦闘で負傷した死柄木には不可能だった。
死柄木は轟の大氷壁に飲み込まれ、完全に身動きを封じられてしまう。
そして死柄木の窮地に身を捩った黒霧は。
「テメェ………動いたな」
爆豪から超至近距離の爆破を受け、気絶した。
広場での戦闘が決着した頃、火事ゾーンでは。
「はぁ………っ! はぁ………っ!」
ただ1人の孤独な戦いを強いられていた少年、尾白猿夫。
彼は尻尾を持つ事以外は至って平凡な、否、それだけで雄英に入学する程に高められた基礎能力の高さを存分に生かし、100人のヴィランを相手に大立ち回りを演じて見せた。
幾らチンピラとは言え個性を使ってくる人間を相手に精神的にも身体的にも追い詰められた。
受けた傷は全身打撲、無数の裂傷に火傷が多数。肋骨などにも軽微な罅が入っていた。
重症ではあるが、尾白は地形を最大限利用してヒットアンドアウェイと分断による1対1を繰り返す事により、100人のヴィランを倒して見せた。
そして、尾白により火事ゾーンのヴィランが制圧されたことで、USJ内のヴィラン全て戦闘不能となった。
雄英本校からの援軍が来たのは全てが終わった5分後のこと。
重傷者5名(相澤、尾白、上鳴、緑谷、13号)
軽傷者18名。
ヴィラン側重傷者多数。
後に教科書にも記載されることになる大事件はこうして幕を閉じた。
しかし、事件はこれにて一件落着───とはならなかった。
薄暗いバーの中、真っ暗なモニターとラジオから声が響く。
『しくじったね、弔』
『続いてのニュースです。雄英高校襲撃の主犯とされるヴィランを護送していた警察車両が何者かに襲われました。主犯とされるヴィランは護送されていたヴィランを連れ逃走。護送を行っていた警察官と護衛に当たっていたヒーローは重傷を受け病院へと搬送され、ヒーローは病院にて死亡が確認されました』
『だが心配しなくていい。こういう時の為に───僕がいる』
悪意の芽は敗北を糧に急速に成長していく。
その事を世界が知るのはまだ先の話だ。
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうこざいます。
USJ編、プロットの甘さを痛感しました。読み難くい部分等が多かったかと思います。本当に申し訳ないです。
次回は事後処理会と体育祭準備会になるかと思います。次からはもっとカッシー要素を入れて呪術語録を使いたい……