───やりてぇ事をやった結果さ。コイツらは俺を止めたかった。俺はぶっ殺したかった。ただそんだけだ。
───お前もそうなんだろ? テメェの面にはそう書いてあるぜ。
───好きな時に美味いものを食い、好きな時に目についた奴を殺す! 弱肉強食こそが世界のあるべき姿だろ!?
───お前だってしたいんだろ? 生きるか死ぬか分からねぇような”闘争”が。欲しいんだろッ!? 生きているっつー誰もが持ってる実感がよぉ!
───来い! 俺がお前を縛るもんに、亀裂を刻んでやる!
「はよーっす」
会議の翌日、上鳴が教室に入った瞬間感じたのは信じられないモノを見るようなクラスメイトからの視線だった。
───何だ? 口臭かったかな?
何て上鳴が考えていた暫しの沈黙の後、いの一番に峰田が口を開いた。
「何で無傷なんだよ……! おかしいだろ人として!」
肩を震わせてそう言う峰田に、何人かが少し引いた状態で頷く。
「……だめよ峰田ちゃん。そんなこと言っちゃ」と蛙吹が峰田を窘める。
「梅雨ちゃん、その間は薄ら同意してる人の間なんよ」
しかし、麗日に指摘され「……けろ」と引き下がった。
「いや無傷じゃねぇよ。ほら、目元よく見ろよ。稲妻模様のひび割れが治んなかったの」
「それを付けてていいのは生き残った男の子だけだろうが……!」
「間違いじゃなくない?」
「……いい」
「まあちょっとああいう傷は憧れるよな。名誉の負傷的な」
「因みに電気流すとこんな感じに光るぞ」
「おいおいおい! そこまでやったら傷跡じゃなくてチャームポイントじゃねぇか! ざっけんな! 女はな! そういうバックボーンのある傷跡に弱ぇんだよ!」
「そうかなー?」
「むしろ男の方が好きだよな?」
「いい」
「その好きの方向性は違うと思うんよ」
騒ぎ立てるクラスメイトに上鳴も少し面食らった。それから口をへの字にしながら席に鞄を置きつつ、耳郎に話しかけた。
「流石に酷くね?」
「皆心配してたのに、連絡寄越さないアンタの方が悪い」
耳郎は眉間に皺を寄せて怒っていた。
理由が分からない上鳴は肩を落として言った。
「えぇ……それは別に良いだろ。死んでねーんだから」
「良くない」
「そうだぜ上鳴! 無事で何よりだけどよ、あの爆豪でさえ襲撃終わって帰った後はグループに連絡入れたんだぜ?」と耳郎に同意する切島。
「それ取らねーだろみたいな配布スタンプ1個だったけどな」
次いで瀬呂がそう言って笑いながら補足を加えた。そこまで言われて爆豪が何も言わない筈もなく、目尻をこれでもかというほど吊り上げて言った。
「あのスタンプに何の文句があんだ、あぁ!?」
「キレるとこそこかよ。ウケる」
「アンタ、あれ以下だよ」
「……嘘だろ」
耳郎の指摘に打ちひしがれる上鳴に追い討ちを仕掛けるように、八百万が言った。
「嘘じゃありませんわ。というより、級友の安否を気にしない冷たい人間がヒーロー科にいる訳ないでしょう。あの爆豪さんでさえ、ですからね」
「聞こえてんだよポニテ女ァ!」
「かっちゃんが弄られてる……これが最高峰……」
「何だデクテメェ!」
全方位に威嚇するように唸る爆豪を見て、上鳴は小さく溜息を吐いた。
───はっきり爆豪以下と言われるとちょっとショックだな。そうか、ああいう時は連絡を入れた方がいいのか。となると連絡が入ったら返した方がいいってことだ……面倒だな。
上鳴の感覚は完全に狂っている。
幼少期から死と隣り合わせの人生が、彼を”幾ら怪我をしても死んでなければいい”という極論に導いていた。
───ま、次は上手くやろ。
そんな風に考えながらぼーっとクラス全体を見始めた上鳴を見て、耳郎はえも言えぬ不安を抱いた。
”違和感”
───大丈夫。きっと問題なんてない。
耳郎は自分にそう言い聞かせながら上鳴の横顔を見た。
───本当に?
このクラスの誰もまだ上鳴電気という少年の事を知らない。しかし、耳郎だけは上鳴が時折見せる些細な行動や言動から違和感に気付き始めていた。
しかし、考えるだけで何か分かる訳もなく。
「皆席につけー! HRの時間だ!」
「着いてねーのはオメーだけだ」
飯田の号令が聞こえてきたタイミングで、耳郎の思考は逸れていった。
程なくして、万全の相澤が教室へと入ってきた。
「お早う」
「おおっ……! 流石に先生も無傷か!」
「上鳴がおかしい訳じゃなかったんだ!」
「ったく尾白〜ビビらせんなよ」
「お前も早く治せよ?」
「言っておくが、上鳴は俺より重傷だったぞ」
嘘だろ!? というクラスメイトの視線を浴びながら上鳴は欠伸を噛み殺した。
「そして尾白も俺より重傷だった。すまなかった尾白。助けに向かってやれなくて」
「いえ。いい経験になったと思います」
「そう言ってくれると助かるが、しかしケジメは付けなきゃならん……とはいえその話は後にする。何せ、まだ戦いは終わっちゃいない」
ギンッ! と目を見開く相澤。
クラスの空気が引き締まり、上鳴も頬杖をついていた手を膝の上に置いた。
───またヴィランか? アイツがいたら戦らせて欲しいもんだが……
上鳴は先日見た資料を思い出して口角を上げた。
しかし、その期待は裏切られることになる。
「雄英体育祭が迫っている!」
「クソ学校っぽいの来たぁぁぁぁ!」
「何だ。違うのか」
上鳴は人知れず肩を落とした。
───雄英体育祭。
超常発生前、世界最大級のスポーツの祭典と言えば4年周期で開催されるオリンピックの名が上がることは間違いない。
しかし超常発生後、人間の規格は崩壊し、それまでの秩序や法がまともに機能しなくなった暗黒の時代が始まる。
オリンピックはそういった社会情勢の影響でスポーツ業界全体の規模や人口が縮小したことで形骸化した。
そして、日本に於いて今オリンピックに代わるのが、日本最大世界有数のヒーロー科を有する雄英体育祭なのである。
「ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」と瀬呂は相澤に尋ねた。
相澤は「いい質問だな」と答えてから、続けて言った。
「逆だ。開催することで雄英の危機管理体制が万全であることを世間に示す。警備は例年の5倍。何よりウチの体育祭がもつ影響力は他と一線を画す。ヴィランごときで中止していい催しじゃない」
「トップヒーローもスカウト目的で見ますしね」
「年1で在学時に3回しかないチャンス……! 逃すわけにはいかねーな!」
「その通り。時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が開ける訳だが………どうした上鳴。アホ面になってるぞ」
「いや───だって俺、興味ねぇし」
鼻でもほじり出しそうなくらい気の抜けた声音で言う上鳴に、クラス全員が目を点にした。
「具体的に何するか知らねーけど*1、プロがスカウト目的で見るって事は少なからず戦闘力の比べ合いがあるってことだろ? また俺だけ縛りありでやんのか? 授業とか単なる組手なら構わねぇけど、見世物になる気はねーよ」
アホくさ、と上鳴は付け加えた。
相澤は「いいや」と上鳴の言葉を否定して言う。
「好きなだけ暴れていいぞ」
「死体の山が出来上がるだけだぜ、それ」
バチッ、と上鳴の目元の傷から雷光が奔った。
「確かにな。個性把握テストの時にも言ったが、お前の実力は肩書きだけで雄英3年生レベル。実際はトップヒーローの中でも最上位に入る実力がある。お前が1年の部で本気を出したら優勝するだろう。むしろそれくらいして貰わないと困る」
生徒らは相澤の言葉に何も言わなかった。
彼らはこの学校で誰よりも上鳴の戦いを間近で見てきた。自分とトップとの差を常に感じている雄英史上最も珍しいクラスと言ってもいい。
「だが、周りを見てみろ」
否、だからこそ───
「興味ないなんて、言わないでよ」
「……耳郎?」
「私たちは……アンタに挑戦したいんだからさ」
全員から注がれる視線に乗る物を代弁するような、身を焦がす程の熱が耳郎の言葉には込められていた。
───彼我の実力差は歴然。万が一は起きないという確信さえある。だけど……
「おい」
───この熱は、少しくらい楽しめそうだ。
「あんまりワクワクさせんなよ」
上鳴は飢えた獣のような形相を浮かべた。
次回は書き溜めが何話か出来たら投稿していきます。月変わる前に何とか……