めっちゃ嬉しい。サンキューカッシー、ありがとうヒロアカ。
退院した少年───上鳴は早速、トレーニングを開始した。
青年がそれなりに格闘技に精通していた事もあり、筋トレや栄養の取り方などは一通り頭の中に入っていた。
母に高タンパク低カロリーな献立を要求した際は最初こそ渋られたものの、腹の弛みや二の腕についた無駄肉を指摘し、追撃として放った綺麗になったら父さんも喜ぶという言葉が決め手となった。それから家族総出での肉体改造が始まった。
とはいえ───まだ上鳴は幼児といっても差し支えない年齢。両親は生暖かい目でいつまで続くかな? と見守っていたのだが、そこで誤算が生じた。
父用に購入した3kgの鉄アレイを軽々と持ち上げただけでなく、握力のみで持ち手の部分を握り潰してしまったのだ。
「あれ? なんか俺、力強くね?」
「いや強いってレベルじゃないけどぉ!?」
直ぐに父に病院へと担ぎ込まれて再検査。
その結果、
「あぁ〜脳みそ馬鹿になってますねぇ、これ。普通人間って脳が身体能力に制限掛けとるんですわ。常に100%だと身体が耐えきれないもんで。有名な話でっしゃろ? ただこれね、一昔前のスポーツ選手なんかやとアドレナリンとかが試合中に出てくるとある程度無視できるんですわ。ただ出し過ぎるとやっぱ毒やねんな、これ。電気君の場合ね……その毒が蛇口捻ったみたいにバーって出っ放しになっとるのね。で、幾つか検査したら……」
味覚異常、痛覚異常が発覚。
「その代わりに嗅覚と動体視力。それから膂力。これが大体、成人男性の5倍くらいになっとる。でも身体強度は据え置きや。ダンベル握り潰した時に手の骨が砕けとる………うん。これね。かなりまずいですねぇ」
「うちの子はっ………どうなるんでしょうか」
「多分どんだけ気を遣っても20歳前後で死にますね」
医者の容赦ない余命宣告に母はひっくり返り、父は椅子から転げ落ちた。
だが、上鳴は冷静だった。
「そこを何とかできない?」
そう尋ねると、医者は顎に手を当てて考える仕草を見せた。
僅かな沈黙の後、医者は言った。
「うーん……死ぬほど辛いけど、やるか?」
「何を?」
「丁寧に身体を壊して、治癒系個性で治療する。それを君の肉体が自壊しないような強度になるまで繰り返す。筋トレのちょっとしんどい版やね」
”ちょっとしんどい”という医者は軽薄そのものだ。だが、医者の言葉に上鳴は笑みを浮かべた。
「じゃあ、今日からやろう」
医者の言葉も軽ければ、患者の返事も軽かった。上鳴は青年の記憶にあった漫画と同じ体験をするくらいにしか思っていない為だ。
「即決か。デンキ君は立派やね。自分の容態の悪さを心底理解しとる……ご両親もそんでええですか?」
上鳴夫婦は居住まいを正し、互いの顔を見た。セカンドオピニオンを検討したい───それが2人の本音だった。
「別にどこで診てもらっても変わらないだろ」
だが、本人は既にやる気を見せている。
それを見た医者が言う。
「こういうのは早ければ早いほどええんですわ。個性いうんが人間に宿ってから、人間の身体能力は著しく上がっとります。新人類言うても差し支えありません。特に子供……成長期にこれから入っていく子らはその期間にどれだけ鍛えられるかで最終到達点に雲泥の差が出ます。個性なんかは特にその傾向が強いですし、個性の規格に合わせて身体も成長していきますから……」
「今から鍛えたらヒーローになりやすい……ってことか」
「そうやね。一般家庭やと個性の使用にも苦労するけど、君には治療とリハビリで嫌というほど個性使ってもらわなアカン。何せこうなったんは君の力に身体が耐えきれんかったせいや。身体を壊して再生するだけやなくて、個性に耐えうる肉体作りと個性の扱い方も学んで貰うで。全部こなしたらそこらのプロより強なるかもな……まあ強なるかはともかく、メニューはしっかりこなしてもらうで。ここに何遍も来られたらこっちかて迷惑やし」
「迷惑……」
医者の言葉尻を聞いた上鳴の母はじとっとした眼差しを向けた。
「いや、そらそうでしょお母さん。ええですか。病院なんて世話にならん方がええに決まってます。まあ、ご両親が不安に思うのも分かりますけどね。自分こんななりしてますから」
医者はまだ若い。
まだ20代半ば。その上、髪は金色に染めて耳にはピアスが付いていた。とても医者とは思えない風体である。
「せやけど、任せてもろたら彼が100歳まで現役バリバリになれるように手を尽くさせて貰います」
「何でもいいけど早くやろうぜ」
上鳴夫妻はもう一度互いの顔を見て、それから医者の目を正面から見つめた。
「……息子をお願いします」
「仕事はきっちりこなしますんで。安心して下さい。ほなデンキ君。動けるとこ行こか」
「ウッス。善院先生!」
───善院の施す治療は苛烈を極めた。
初日はデータ取り。
敢えて全力で動くことで現時点での限界点を割り出し、治療を行って終了した。その日は一度自宅へ帰り、翌日から本格的な治療が開始した。
「どーも。今日から私も君の治療を手伝う家入だよ。よろしくね」
「お願いしますっ!」
「元気があって大変よろしい。後輩、必要になったら呼べよ」
「ウッス」
治癒系個性を有する女医、家入が参加。軽く自己紹介を終えた後、善院は肩を回して軽くストレッチを行い、それから上鳴を自分の正面へと立たせた。
「ほな取り敢えず、今日は上半身の骨をへし折っていくで」
粉砕骨折にならないよう、指先から肩までを等間隔で殴り壊しながら家入の個性で治療する。個性を併用する再生医療は患者の体力(カロリー)を根刮ぎ奪う。しかし、善院はそれを上鳴の口に大量のレーションを突っ込むことでカバーしていた。
「再生したな。次は左な」
リハビリルームから聞こえるハンバーグの空気抜きを限界まで大きくしたような音。幼児の身体に刻まれていくドス黒い痣。息子の治療現場を見た上鳴母が気絶するのがお決まりになった瞬間である。
そんな治療に扮した拷問のような物を受け続ける上鳴だったが、本人は痛覚が麻痺しているため至って平常運転だった。
「先生、武術とかやってた?」
「お、分かるんか。まだ小さいのに感心やね」
児童を褒めながら骨を砕く成人男性。
事案である。だが上鳴は気にしない。むしろ別のことが気になっていた。
「多分めちゃくちゃ強いだろうなって」
上鳴の中にある青年の記憶と知識───特に格闘技に関してはそれなりの見識があった。
それは自身も格闘技をやっていたことに加え、種目を問わず試合を観戦し、時に国内外に限らず現地観戦していた膨大なデータの蓄積から成る物だ。
重心や間合いの取り方、足運び、視線移動、打撃のフォームまで見れば、その人物がどの程度強いのかを大まかに判断することができた。
その上で”多分、青年だった頃に見た格闘技選手の誰よりも強いだろうな"と感じていた。
善院は口を閉じた。話したくないという空気を出しているが、上鳴は「なあなあ」と気にした様子はない。青年の記憶や知識を得ても、4歳児であることには変わりはない。それらを適切に活かせるかはまた別の話なのである。
「ええ男には秘密が多いんや……っと。よしこんなもんか」
雑に話を切り上げた善院が家入を呼び治療が始まる。怪我の治癒が行われている中、上鳴は思ったことを率直に口にした。
「マジ? 全然辛くないけど」
「辛いんはこっからや。君は今日から入院。そんでもってこの部屋にいる間も含めて原則身体は動かしたらアカン。何の拍子に骨が折れて筋肉が千切れるか分からんからな。あとは……味覚異常。多分君、とんかつソースとか醤油とかのめちゃめちゃ味濃いやつしか分からん筈や。その上で三食きっちり身体にいい飯を食うてもらうで。勿論、ソースや醤油みたいなんは控えめや」
上鳴の顔は善院が話し切る頃には真っ青になっていた。
「お菓子も食ったアカンで」と善院はカルテを書きながら追い討ちをかける。
「そんなのあんまりだぜ先生……」
「しゃーないやろ。まあ週一くらい味濃いの出したるからそれ楽しみに頑張りや……運動禁止もデータ取りが終わったらサポートアイテムでどうにかしたる」
「先生!」
「この生活を4年もやればまあまあええ感じになるんちゃうか」
「先生っ!?」
辛い日々の始まりに上鳴は早くも心が折れそうになっていた。
呪力が使えない分、他で強化しましょうねぇ