上鳴は体育祭に出るにあたり、相澤に一つだけ条件を出した。
「今日から体育祭まで補習には顔を出すつもりないんで。ヨロシクお願いします」
相澤は直ぐに察した。
───コイツ、楽しみを増やすために見ない気だな。
大当たりである。
上鳴が気になる対戦相手は少ない。
しかし、その数少ない相手の内の1人が緑谷出久だ。彼の成長を最大限楽しむには、上鳴は補習監督の立場を一時的に降りる必要性があった。
上鳴はトレーニングメニューの案を簡潔に纏めたノートを4冊用意し、相澤に補習の監督を引き継いだ。
───まあ、4人の手の内を知りたくないというならいいか。これまでもサボってた訳じゃないし、ノートの内容も綺麗に纏まっている。オーバーワークにならないよう気をつけてやれば、短期間でも成長が見込めるいいメニューだ。
ここで「じゃあ他の3人は?」というツッコミを入れられる程、相澤は上鳴を理解していない。
相澤は上鳴が補習メンバーの全員を等しく気にしていると思っていた。
そうして時間は過ぎていき───体育祭当日。
臨時休校明けに普通科の学生や1-B組ヒーロー科の一部生徒が1-Aのクラスにやってきて一悶着*1があったものの、それ以外はアクシデントもなく雄英は開会の時を迎えていた。
「お、気合い入ってんな」
上鳴は呑気にコーラをお茶のようにがぶ飲みしながら、1-Aに割り当てられた控室でやや浮き足だった様子のクラスメイトをそう評した。
峰田が上鳴の手元を見て、ハッとした顔を浮かべて言った。
「もしかしてそれ………炭酸抜きコーラか!?」
炭酸を抜いたコーラはエネルギーの効率がきわめて高く、レース直前に愛飲するマラソンランナーもいるという話がある。
実際、コーラは糖分が多いため非常にカロリーが高い。激しい運動前の体へのエネルギー補給には効果的だ。
ただし、一時的に上がった血糖値を下げるために体内でインスリンが分泌されるため、1時間程度で逆に血糖値が低くなってしまう。それがスタミナ切れを起こしてしまう要因となる為、マラソンのレース前に飲むのは逆効果。短期的な効果は見込める為、飲むとしたらレース終盤のラストスパートがベストとされる。
「いや? 普通のコーラだけど」
だが、上鳴が飲んでいたのは普通のコーラである。効果自体は炭酸の有無で左右される物ではないが、そんな事を気にしている様子は上鳴にはない。つまり、ただ飲みたいから飲んでいるだけだった。
瀬呂が上鳴の手にあるコーラのボトルを見て言う。
「しかも強炭酸だぞあれ」
「何でそんな何でもない顔で飲めるん……?」
戦慄する生徒の内心を代弁するかのように麗日がツッコミを入れた。
「………そんな気にするほどじゃなくね?」
上鳴は少しバツが悪そうに指で頬を掻いてから空になったペットボトルを丸めてゴミ箱に投げ入れた。
そのやり取りを皮切りに少しばかり緊張が抜けたのか話し出す生徒が増え始めた───だが。
「緑谷、お前オールマイトに目ぇ掛けられてるよな」
轟が緑谷に話しかけた事をキッカケに、緩んだ空気が冷え込んでいく。
「え、ええっと、何のことかな?」
「お前がNo.1にとっての何なのかには興味ねぇ。けど……お前には勝つぞ」
轟は爆豪と同じく一匹狼的な立ち位置にいた。
尤も爆豪には切島や瀬呂が絡みに行っていたが、轟にそういうクラスメイトはいない。精々同じ推薦入試合格者のよしみで八百万が話しかけていたくらいだろう。自発的に誰かと絡むような事はしていなかった。
実技の授業で好成績を残す寡黙な美男子───それが1-Aの轟に対する共通認識と言っても過言ではない。だからこそ、轟が見せた行動にクラスメイトは困惑した。
剣呑な空気を纏う轟に切島が窘める。
「やめとけよ轟」
「別にいいだろ。仲良しこよしって訳でもねぇんだから」
「そりゃあ……今日はライバルだけどよ」
轟の素気無い返事に切島は口をへの字に曲げた。一理あると思う反面、気持ちよく競い合いたい切島の心情とは相入れない物だった。
重たい空気に包まれ誰もが閉口する中、上鳴は思う。
───別に誰が誰を気にしてようがどうでも良くねぇか?
上鳴は首を傾げた。
轟が何故、緑谷に宣戦布告したのかも分からない。切島がそれを止めたのも分からない。分からない尽くしである。
───何かつまらん空気になったなぁ。
上鳴が控え室に持ち込んでいた2本目のコーラに手を伸ばそうとした時だった。
爆豪が静かに口を開いた。
「……テメェらが誰を気にしてようが興味ねぇ。目の前に出てきたら完膚なきまでに叩き潰すだけだ」
爆豪の目は2本目のコーラをラッパ飲みし始めた上鳴にだけ注がれていた。
そして爆豪は言った。
「頂上でお前を倒して、俺が1位になる」
上鳴の実力を目で見て戦っている空気を肌で感じても尚、爆豪の戦意と向上心に翳りはない。
───ヴィランの襲撃からまた少し強くなってるな。やっぱこれくらい”熱”がねぇと。
爆豪が緑谷程ではないが確実に強くなっていることを上鳴は一目で見抜いていた。
「いいんじゃない?」
だからこそコーラを口から離し、ニヤリと笑って返した。
『群がれマスメディア! 今年もお前たちが大好きなアオハル大爆発……雄英体育祭が始まディエビバディアァユウレディ!!??』
『何て』
上鳴達は会場へと続く入り口で待機しながら、プレゼント・マイクと相澤のやり取りに聞き耳を立てる。
何かいい感じに盛り上げるから、そん時に入って来てくれよな!
そういう無茶振りをマイクからされていたからだ。
『雄英高校体育祭! それは青き春ど真ん中の高校生達が”我こそは”と覇を競う年に一度の大バトル! 』
『覇を競うんじゃなくてしのぎを削ってくれ』
『細けェことはいいんだよイレイザー! それより早くオーディエンスに見せてやろうぜ! ヴィラン総勢800余りの襲撃を受けたにも拘らず、鋼の精神で雄英史上最大規模の受難を乗り越えた奇跡の超新星!!!』
「行こう皆」
飯田の先導で隊列が前へと動き出す。
上鳴は隊列の中程で隣にいた緊張でガチガチの耳郎の肩を叩き、振り向いた頬に指を押し当てるアレをして揶揄うなどしていた。
「ちょっと上鳴っ」
「気ィ抜けよ。そんなんじゃ直ぐに負けちまうぞ。挑んでくれるんじゃなかったのか?」
「オイラの前でイチャついてんじゃねーよ……!」
『ヒーロー科! 1年! A組だろォ!?』
プレゼント・マイクのアナウンスと同時に1-Aが真っ先に体育祭の会場へと足を踏み入れる。
円形の競技場を上から覗き込む形の会場は所狭しと人が入っていて、飲み物や食べ物を売り歩く姿もあった。
「うぉぉぉ……」
「満員だな」
「めっちゃプロヒーローいるぜ」
「例年なら2、3年に集中するっつー話だったけどな」
『続いてはヒーロー科B組、普通科C、D、E組ィ!』
「引き立て役かぁ」
「たるいよねー」
それからサポート科、経営科の入場後程なくして壇上に18禁ヒーローミッドナイトが登る。
「選手宣誓! ───1年A組上鳴電気」
高校なのに18禁ヒーローがいてもいいのかと一部生徒が物議を醸す中、上鳴は名前を呼ばれ壇に向かう。
「あ、たった1人の入学式の人だ」
「今度は揃ってるな」
普通科が集まっている方向からヒソヒソと話をする声が聞こえ、上鳴は目を向けた。それだけでピタリと話すのを辞めたその姿には呆れしかないが、まあいいかと切り替える。
上鳴は最初から彼らに期待していない。
そして壇上に立った上鳴はミッドナイトから手渡されたマイクを握り、宣言する。
「俺、今日はつまらないと思ったらその瞬間に全部放り投げて帰ります」
その発言に会場と生徒らの騒めきはピタリと止まった。
上鳴は”戦い”に飢えている。
圧倒的な力による蹂躙ではなく、身を削りながら勝利を求めて足掻く闘争を欲している。だからこそ、己が本気を出せる敵を求めていた。
「全員が対等なライバルだとか勘違いしてるみたいだから言っとくけど……お前ら全員挑戦者だから。死にもの狂いで掛かってこいよ」
───A組はまあまあ楽しめそうだけど、やっぱ全員から敵視される方が面白そうだよな。
そんな軽い気持ちで挑発しつつ、上鳴は壇上から降りた。そしてマイクをミッドナイトに投げ渡して欠伸をしながら1-Aのいる場所に戻る。
その後姿に無数の敵意が突き刺さるが、上鳴は一切を無視した。
戻ってきた上鳴に爆豪が人を殺せそうな強烈な視線を向け、言った。
「お前ッ、どんだけ人をおちょくれば、気が済むんだ、ァア?」
「んだよ爆豪。目付きスゲェ事になってんぞ」
爆豪だけではなく全員が剣呑な空気を纏っているのだが、上鳴は熱の高まりを感じて上機嫌になるだけだ。
「上鳴」
上鳴は耳郎に呼ばれて振り返った。
その顔を見て、上鳴は言った。
「お前もか耳郎」
「バカ。負けたらめっちゃ恥ずいよ、コレ」
耳郎の言葉を受け、上鳴は目を点にした。
それから笑って言葉を返した。
「俺が負けるなんて万に一つもねーよ……ああでも、万に一つくらいはあるか?」
「ンダトゴラァ!」
「爆豪がキレた!」
「閾値を超えたんだ! 上鳴お前責任とれよ!」
「えぇ……爆豪、頑張って勝てよ? お前は緑谷と尾白の次くらいに期待してっからさ」
「は? なん、おま………■■■■■■■■ッ!!??」
「ああっ!? 爆豪がついに人語を失った!」
「スゲェ目で緑谷と………コイツ尾白が誰か分かってねぇのか!? めっちゃキョロキョロしてる!」
「それはそれで傷付くんだけど……」
暴れようとする爆豪を切島、瀬呂、砂藤が抑え込み、尾白は少し傷付いた。
そんな一連の流れを見ていたミッドナイトが壇上から鞭を振るいながら怒鳴った。
「そこっ! 静かに! 競技の説明ができないでしょうが!」
流石の爆豪も教師の言葉に冷静さを取り戻し、上鳴を睨みつけながらも静かにミッドナイトの話に耳を傾けた。
そして。
「んんっ! 気を取り直して! 第一競技は───障害物競争よ!」
ミッドナイトの言葉に、補習4人組はガッツポーズを取った。
小話:開会式被害者
・切島瀬呂砂藤──爆豪係。少し疲労。
・尾白──飛び火した。
・相澤──上鳴の選手宣誓直後からスマホがずっと震えている。一番上の通知は先輩からで内容は「悪化しとるやないかい」