今回は箸休め回みたいな物ですが、後に回収する物を張る回でもあります故悪しからず……
───何か変なのが混じってるな。
騎馬戦の順位が映し出されたモニターを見ながら、上鳴は顎に手を当て考え込む。
その興味の矛先は騎馬戦4位、心操チームである。
───物間が騎馬を分断した時の散り方はある程度把握してた。葉隠達なら適当な騎馬を潰して盛り返してくると思ってたんだけど……4位のチームが獲ったポイントは、取蔭って奴のか。アイツは確か葉隠と一緒に隔離されてたB組チームの騎手だ。点の移動がそこだけだった事を考えると葉隠と取蔭チームの両方を捌いて奪ったことになるんだが……やっぱアレに正攻法で負けるとは思えねー
4位の心操チームはお世辞にも強そうとは言えない。騎手の心操は普通科。ヒーロー科はAとBから1人ずつ。最後はサポート科である。上鳴からすれば烏合ですらない。
───フィジカルのないアイツらが生き残るとしたらやっぱり個性。普通に考えて頭に据えられてる紫髪のアイツか。
腕を組んで眉間に皺を寄せ始める上鳴の肩を耳郎が叩く。
しかし、痛覚がなく体幹が異常にしっかりしている上鳴に、彼が打撃と認識できない程度の衝撃は届かない。
次第に耳郎はプルプルと肩を震わせ始め、遂には声をかけた。
「……ねぇ、私何かした?」
「んぁ? ああ、悪い悪い。考えごとしてぼーっとしてたわ」
「何それ、感覚ないの?」
はぐらかされたように感じた耳郎は疎外感を覚えながら茶化すように言った。
ほんの軽い冗談だった。
「うん。ない」
上鳴から曇りない眼を向けられた耳郎は、何を言えばいいのか分からず口を開けたまま固まった。
「それより耳郎。何の用だった?」
「え? あ、うん。あそこで血の涙流してる奴どうにかしてほしくて……」
「上鳴ィ………訳を言えぇ………そして葉隠の透明ボディについて詳しく教エロ……」
怨嗟の声を漏らしていたのは峰田だった。
その隣には額に手を当てて首を横に振る蛙吹と顔をマスクで隠しているのにゲンナリしているのが丸わかりな障子がいた。
峰田は上鳴が葉隠に「見えてるぞ」と言ってからずっとこの調子だった。
「あれ、ヒーローとして大丈夫なの?」と耳郎に尋ねる上鳴。
「ダメに決まってるでしょ。何で許されると思ってんの」
「まあ、そうだよな………俺が見たもん言えばいいのか。流石に葉隠が許してくんないと思うけどな」
「実際どんだけ見えてんの?」
「口で説明してもアレだな………八百万! 悪い、紙とペンくれ!」
「別に構いませんが、どうされますの?」
「問題なさそうなとこまで描くわ」
え、とその場にいた全員が声を揃える中で上鳴は八百万から受け取った紙にサラサラと絵を描いていく。
「ほう。見事な物だ」
「器用なんだな」
「先生にさ、『ヒーローやるなら似顔絵くらいは描けなアカンで』って言われて練習してたんだよ。パターン少ないけどな。正面と横顔くらいだ。あとは性別と体格くらいなら分かるように描けるかな………ほい。できたぞ。ざっくりだけど」
上鳴は肩から上の肖像を描き上げ、満足げに頷いた。走り書きで荒い部分は当然多いが、個性による
血走った目の峰田が完成品を覗き込んだ。
そして大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「こんな睫毛バッサバサでくりくりお目目の美少女がこの世にいる訳ねーだろうが!? オイラをおちょくってんのか!」
「いや、A組の女子ってこんな感じじゃね? あと轟とか」
「うるせぇ! 同級生の似顔絵描くからって忖度してんじゃねぇぞ! お前らしくねぇ!」
「お前は俺の何を知ってるんだ……?」
峰田が土下座する勢いで「首から下もお願いします!」と上鳴に頼み込んでいる一方で、絵を見た女子陣から「可愛いー!」との声が上がる。
渦中の葉隠は女子から揉みくちゃにされていた。髪を触られ顔を触られ、芦戸から「かなり似てるんじゃない!?」と興奮気味に言われている。
───やけに好評だなぁ……そのまま描いたつもりなんだけど。
上鳴がぼーっとその光景を見ていると、燃え残った体操服の裾が引っ張られた。
「絵、貰ってもいい?」
いつの間にか女子陣から抜け出していた葉隠だった。
上鳴は葉隠に「いいぞ」と言ってから、肩口から下を熱望する峰田の頭に拳骨を落とし、その手から似顔絵を丁寧に抜き取って渡した。
「ありがとう!」
「別に構わねーよ。それよりいいのか、そんなんで」
「ちゃんと描いたら時間かかるよね? だからこれでいいの………あ! でもでも! 上鳴くんがいいなら今度描いて欲しいな!」
「分かってると思うけど、結構時間かかるぞ」
「いいよ!」
───機嫌も直ってるし、まあいいか。3倍速で動けば昼休みで終わるだろ。
他人の感情を一々深く考えない上鳴にとって、見た物をそのまま描いただけの似顔絵にそれ以上の価値はない。
「あ! でも全部許した訳じゃないからね! エッチな目で見たら嫌だからね!」
「見ねーよ。興味ねーもん」
性欲発生のメカニズムはテストステロンの作用とドーパミンによる物だとされている。
幼少期の個性事故で脳内麻薬の過剰分泌など幾つもの合併症を抱えている上鳴は、当然その機能も正常に働いていない。彼は言葉通り、何も感じていない。
「そ、そこまでハッキリ言われちゃうとそれはそれで何か複雑……」
「枯れてる人間にえちえちな絵が描ける訳あるか……!」
オイラにもくれ! という峰田に上鳴が「そういうのダメらしいぞ」と言いながら再び拳骨を落としたタイミングで、マイクから声が響いた。
『組み合わせ決まったから説明していくぜ! アーユーレディ!?』
割れんばかりの歓声に会場が包まれ、上鳴達も姿勢を正した。
『最終競技はガチバトルトーナメント! 今年は場外アウトのガチバトル! 対戦相手を叩きのめしてもオーケーだァ!でも ”赤”は極力御法度! 致死攻撃が飛び出た場合はその時点で失格負けとさせていただくぜ! オーケーかビリビリボーイ!』
「ほぼ名指しかよ、ウケる」
『それじゃあ対戦表を公開していくぜぇ!』
1回戦───Aブロック
緑谷vs心操
瀬呂vs轟
上鳴vs耳郎
尾白vs口田
1回戦───Bブロック
庄田vs発目
芦戸vs青山
常闇vs八百万
爆豪vs切島
「
「コース料理みたいに言わないでくれる?」
「スープ、スープか……複雑だな」
「ぼ、僕がメインなんだ」
「デザートだァ? 舐めやがって……!」
「───俺は眼中に無しか、上鳴」
上鳴の発言に反応を示したのはコース料理扱いされた4人だけではない。
特に緑谷をライバル視している轟にとって、既に自分が負けている扱いをされるのは不服であった。
しかし、上鳴はそれを鼻で笑って言った。
「少なくとも今のお前に興味ねーよ。その情けねー姿を見て欲しいってんならママとパパからの視線だけで我慢しとけよ」
瞬間、轟の形相が目に見えて変わった。
異常なまでに殺気立つ轟の姿にA組が騒めくが、上鳴はそれでも一瞥すらくれない。
ただ力強くそれを捩じ伏せるように殺気を返し、言った。
「黙らせたかったら結果で示せ。今のお前は戦うに値しない弱者だ───吠えたかったら家の庭に小屋でも建ててそこでやれ」
かつて上鳴は言った「強さ以外の序列に興味がない」と。
それは今でも変わらない。尤も彼が言う強さは単なる力の強弱だけではなく、精神的な物も含まれるのだが。
───精神が強い奴には力も付いてくる物だ。例えどれだけ時間が掛かったとしても、正しい努力を積み重ねていれば必ず身体は応えてくれる。
轟の実力は高い。
並のプロ顔負けのフィジカルと個性出力は、彼が正しい努力を積み重ねてきたからこそ備わった物だ。伊達や酔狂で合格できるほど雄英の推薦入試は甘くない。
───だからつまんないんだ、お前は。何に縛られてんのか知らねーけど、それさえ無くなりゃお前が1番強いのに。
「チッ」
轟は苛立ちを隠そうともせずこの場から離れた。
「上鳴、言い過ぎ」
「えぇ……いいじゃんかよこんくらい」
耳郎に窘められた上鳴は子供のように口をへの字に曲げた。
時は少し進み───観客席。
No.2、”フレイムヒーロー”エンデヴァーは呆然とモニターに映る競技の結果を眺めていた。
轟の実の父であるエンデヴァーは彼に虐待に等しい厳しい訓練を課してきた。全てはオールマイトを越えるため。自身が成し得なかった大望を子に託す───別に珍しい話ではない。上手くいく、いかないの話は別として、超常発現以前にも似た話は幾らでも転がっている。
ただ、エンデヴァーはやり過ぎた。
自身の力を受け継ぐ子供が最大限その力を発揮できるようにするために───デメリットを踏み倒せる個性を持った女性を探し、婚姻を結んだ。
同意のある物であれば法的に非難される物ではないが、ヒーローという職業柄表立って言えるような馴れ初めではない。
元より目的が目的である。エンデヴァーは良き旦那、良き父という訳ではなかった。しかし彼なりに気を遣い、育児にも参加した。特に第一子の長男はエンデヴァーが望んだ個性こそ持っていなかったが、彼以上の力を身体に秘めていた。
それなりに幸せな生活だったろう。
叶わぬ夢を託せる息子も生まれた。望んだ物を望んだ通りに手に入れられる事の方が稀だ。言葉は悪いがエンデヴァーはここで妥協し、自らの手に余る野望を捨てるべきだった。
だが───捨てられなかったから、轟焦凍は生まれてきた。
その道程で第一子は事故死。
妻は心を病み入院。
引くに引けないまま妄執だけで末の倅を鍛え続け、今に至る。
今日は最高傑作の成果を見にきた筈だった。
だが、エンデヴァーの目に映し出されているのは、彼にとって凄惨としか言えない結果だけ。
「今年の1年生はレベルが違うなぁ」
「上鳴って子は未だに底が見えないし、障害物競争も騎馬戦も順位が殆ど変動してない」
「あの子、埼玉で半年前からヒーロー活動してるぜ。どうも入学前から仮免持ってるらしい」
「はぁ? 何じゃそりゃ。マジで別格じゃん」
「騎馬戦では残念だったけど飯田って子はインゲニウムの弟さん。6位の轟君はエンデヴァーの息子だろ? ヒーロー一家に生まれた子たちがこうも順位を落とすんだ。黄金世代ってやつじゃね?」
「他も悪くないんだけどな。生まれた時代が悪過ぎたな」
観戦しに来ていたヒーロー達から聞こえてくる声に反応する余裕すら、今のエンデヴァーにはない。
普段は威厳を出すために噴き出ている炎も消え、野望に燃える目は見る影もない。
「轟……轟なぁ。何かパッとしないよな。能力悪くないんだけどな」
「そりゃ炎使わんからだろ。半分だけでここまでやってるのはヤベーよ」
「舐めプできるほど実力差ある訳でもないのに何考えてんだか……やっべ。エンデヴァーいんじゃん」
「マジかよ気付かんかったわ」
ヒーロー達はエンデヴァーに気付くとそそくさとこの場から立ち去って行った。それが殊更にエンデヴァーを惨めにさせる。
───炎を使っていれば、俺の力を使っていれば2位にはなれた。
それはつまり炎を使ったとしても上鳴には勝てないということ。オールマイト並のパワーに最高傑作が屈することを意味する。
それは自分の人生とこれまでの所業の全てを否定されたも同然であり、エンデヴァーは「お前は決してオールマイトを越えられない」と突き付けられた様に感じた。
更に騎馬戦で勝った上鳴チームが見せたフィジカルの増強。本来の使い方から逸脱しながらも膂力を跳ね上げていたそれにも、エンデヴァーには思う所がある。
エンデヴァーも基礎身体能力の必要性は理解しているし、彼の身体はそれを体現していると言える。その鍛え上げられた肉体を見て基礎を疎かにしていると指摘する者はいない。
───それを1年生が理解できるのか?
現代ヒーロー社会では個性を使って華々しく派手にヴィランを退治することが市民から求められている。人気商売、なんて言い方をされることもしばしばある程だ。
───雄英も個性を伸ばす事には積極的だ。実際、並行して基礎トレをさせればいいだけの話ではある。しかし、その場の思いつきで成し遂げられるほどアレらは簡単な代物ではないだろう。普段から肉体強度を課題だと認識していなければあんな発想には至らない。
八百万が作り出した万理を思い出し、エンデヴァーは拳を握った。
何せ心当たりがある。今、雄英にはフィジカルの頂点───オールマイトがいるのだ。
オールマイトが生徒たちにフィジカルの重要性を説き、上鳴を手本にするようにと指導する光景がエンデヴァーの脳裏に浮かぶ。*1
そこまで考えてしまえば、エンデヴァーに残るのは筆舌し難い敗北感のみ。
憔悴しきったエンデヴァーは顔を伏せて静かに泣いた。四十を過ぎた男の異様な雰囲気に周りからドンドン人が掃けていく。
エンデヴァー、否、轟炎司は今───人生の岐路に立たされていた。
そして最終種目前の昼休み。
上鳴はいつもの補習組+αから離れて会場脇に設置された自販機の前で善院と会っていた。
「お疲れさん。余裕やったな」
「負ける方が難しいからな」
善院から投げ渡されたスポーツドリンクのキャップを開けながら、上鳴はそう応えた。障害物競争は勿論、耳郎達と組んだ時点で騎馬戦でも勝利を確信していたからだ。
「……学校は退屈か?」
「物足りなさは否定しない。オールマイトとやれたのはデカかったけど、まあ、そんだけだな。半年前までが刺激的だったからなぁ」
ヒーロー仮免を取得してから、上鳴は善院と共に数え切れない実戦経験を積んだ。違法薬物を売り捌こうとする極道を潰し、密漁船を沈め、地方都市の地下で行われていた違法なファイトクラブで優勝を果たした。
「……良い経験させてもらってるし、義理もある。大人しく言うことは聞いとくつもりだよ」
「さよか。別に学校は戦う為だけの場所ちゃうしな。他の楽しみもその内出てくるやろ」
「そうか? よくわかんねぇけど、先生がそう言うんならそうなんだろ」
「何や主体性のない返事やな……どうなん? クラスメイトとは」
まるで子供に学校の様子を聞くお父さんのような善院に、上鳴は苦笑した。
「別に。どうもしねぇよ」
「そうなんか? ほら、あの耳たぶの長い子「耳郎な」そうそうその子。結構仲良さそうに見えたけど」
「仲良い……仲良いのか?」
「俺に聞くなや」
───大丈夫なんやろか。今んとこ成長が見られへんのやが。
善院が内心で冷や汗をかいているのも知らず、上鳴はぼーっと空を眺めている。
───昔っから興味なかったり暇やったりすると、遠くの方見ながらぼーっとする癖あんねんなコイツは。縁側で茶啜るじーさんか。
善院の口から小さく溜息が漏れ、上鳴の耳がピクリと動く。
「轟と……緑谷? 何か話してんな」
「盗み聞きはやめや」
「うーっす。興味ないからそもそも聞く気ないけどな」
「せやったらお前何に興味あんねん……」
「ん───今は耳郎のことしか考えてないかなぁ」
「そんな好きなんか? これか? 手の速さまで雷速かなんか?」
小指を立てる善院を上鳴は不思議そうに見ながら「何だそれ。ちげーよ先生」と首を横に振った。
「俺に面と向かって”追いつく”って言ったのはアイツだけなんだ」
「───へぇ」
「挑戦したいって言われた時には痺れた。すげぇ熱量だった。アイツの魂には多分マイケルジャクソンとか住んでるぜ。知らねーけど」
「一気に雑になったな……けど、デンキ君の事をちゃんと分かってくれとる子がおるのは心強いな。その耳郎さんには体質のこととか言うたんか?」
「いや? 聞かれてねーから何も。いきなり言われても困るだろ。味覚がないとか痛みがないとか」
「いやまあそらそうか。話の流れとかあるし………でも何でやろ、君に正論言われると敗北感あるな……」
「ひでぇや」
善院の何とも言えない顔が可笑しくて、上鳴は声をあげて笑った。
「味覚が、ない……?」
その会話を聞いていた人間がいたとも知らずに。
・小話
①上鳴のアジリティ向上は結構便利で宿題する時とかに役立つ
②葉隠ちゃんは似顔絵についてほぼ「ノーコメント」だった
③エンデヴァー老ける
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