という訳で上鳴と耳郎の戦いです。拙作を読んでくださっている皆様にご満足いただければ幸いでございます。
耳郎響香は単独での戦闘に向いていない。
更に、遮蔽物のない見通しの良い平地は彼女の持つ強みを根刮ぎ奪う。サポートアイテムがあれば条件は変わってくるが、サポート科や個性の制御に必須でもない限りそれの行使は認められない。このトーナメントはアイテムの有無で戦闘力が激変する耳郎には厳しい物があった。
だが───耳郎も無策で挑む訳ではない。
『それでは第3試合………スタートだァ!』
───上鳴と比べるのも烏滸がましい短い時間の努力だけど、それでも私はアンタのおかげで生き残ったんだ。それを伝えるこのチャンスを、ふいにするつもりなんてない。
耳郎がゴングに合わせて自分に半身だけを向ける構えを取った瞬間、上鳴は言った。
「行くぞ耳郎。死ぬなよ」
初手、上鳴。
閃電疾駆許容上限100%───50mを3秒で走る素の身体能力を3倍にまで引き上げ、上鳴が武舞台に亀裂を走らせながら駆ける。
瞬く間に彼我の距離を潰した上鳴が振るうのは、電撃を纏う右の拳。大気を引き裂き迫るそれを耳郎は認識できない。
だが。
───真正面から来ることは分かってた。
上鳴をクラスメイトの中で1番近い所で見てきたのは耳郎である。
性格上、初動から裏を取るような真似を嫌う事も、まして格下相手に小細工を弄するような真似をしない事も分かっていた。
故に耳郎は初動から対策を練っていた。
スタートの合図、上鳴が踏み込むタイミング、それら全てを予測し、準備していた所作を同時に行う。
コンマ1秒ズレた瞬間に1発K.Oになる博打。
しかしそれだけの綱渡りをしても、また次の博打が待っている。
勝ち目のない賭けを行うギャンブラーはいない。だが、耳郎はヒーローを目指す少女だ。幸運の女神はいつだって勇を示す者に微笑む。
その博打は───
「─────ッ!」
個性ではなく技術による攻撃。
耳郎が発した常人には聞き取れない甲高い声を真正面から浴びた上鳴は、その次の瞬間、耳から血を流しながら凄まじい勢いで武舞台の淵まで転がっていった。
突然目の前で起こった奇天烈な光景に、会場は騒然とし実況席からも声が上がる。
『な、何が起こったァ!? 上鳴足でももつれたのか! おっちょこちょいだったのか!?』
『違う。アレは………おそらく共振を利用した音波攻撃だろう。物体には固有振動数という物がある。類稀なる才能を努力によって極限まで磨き上げた歌手は、自らが発する歌声を瓶の固有振動に調整することで共振を引き起こし、粉砕することができるという話もある。耳郎はそれを上鳴の身体で行ったんだろう』
『クレイジー過ぎるロックガール! 言うは易し! その難易度は意味不明なレベルだぜ! 神業なんて表現でさえチープになっちまう!………でも上鳴は何で転けた感じ?』
『平衡感覚を司る三半規管は耳にあるから、耳郎の音波攻撃の余波がそこに直撃してバランスを崩したと考えるのが妥当な所だろうな。共振を引き起こした声といい、相当な運が絡む博打だな』
『なるほどなぁ! しかァし! そのスーパーテクニック & ウルトララッキーで今日初めて上鳴は膝を着き、怪我をした! これは凄まじい快挙じゃねぇか!? 俺また瞬殺されると思ったもん!』
『言葉には気を付けろ。だから直ぐに炎上するんだお前は』
共振を引き起こす事は当然、並の技術ではない。周囲の環境次第で難易度は変動し、人間の固有振動数は一定ではない。成功率は天文学的数字になるだろう。それを引き当てられたのは、技術以上に耳郎の聴覚と個性が優れているからだ。耳郎は何度か上鳴にプラグを差し込んだ事があり、その時に音を聞いていたのも大きい。
「ま、もう一回やれって言われても無理。アンタ以外にやれって言われても無理だ。1発目で凄い大当たり引けて良かったよ」
耳郎は博打に勝ったことを喜ぶ素振りすら見せず、姿勢を低くして上鳴を見つめていた。
上鳴は緩慢な動きで身体を起こしながら言った。
「あぶねぇ、あぶねぇ、危うく落ちるとこだったぜ………耳がしっかりイカれちまったな。何も聞こえねぇ。けど───お前が今、アタリを引けて良かったって言ったのは口の動きで分かったぜ」
「読唇術まで使えんの? 善院先生って何者?」
「会ったのか……まあどうでもいいか。後で教えてやるよ」
上鳴は軽くその場でジャンプし、宙空に何度か拳を突き入れ調子を確認してから言った。
「もう、ずっと昔のことだったと思う」
「何の話?」
雰囲気がいつもと違う上鳴に耳郎は戸惑い、首を傾げる。
上鳴は気にせずに言葉を続けた。
「誰だったかな……凄いワクワクした奴だった。そいつが何かの拍子に言ったんだ。”実力で運を掴むんだよ”、ってな」
耳郎がそれに微笑みを返しながら「そっか」と言って拳を構える。
「───見えてるぞ」
上鳴は獣が唸る様な低い声でそう言って、武舞台を踏み砕いた。
「危なっ!?」
耳郎は慌てて伸ばしていたプラグを引っ込めた。
耳郎のイヤホンジャックは現状だとそれぞれ5mほど伸ばすことができ、直径10mまでが攻撃範囲となる。
上鳴が立っている場所と耳郎が立っている場所の距離が丁度範囲内に収まる程度。プラグから発した音撃でコンクリートの武舞台を掘削して進ませていたが、直前で上鳴に悟られてしまったのだ。
「耳を潰して音に気づかないようにしてから、拳を構えて近接をチラつかせ意識をそこに向けさせる。その間に地中にプラグを忍ばせて、背後から殺るわけだ。上手いやり方だ」
「全部言われた……」
そして、踏みつけられる事を避けたプラグは耳郎の元まで───
「けど」
戻らなかった。
上鳴の足元が爆ぜ、武舞台の一部が崩れる。
その光景にプレゼント・マイクが疑問を呈した。
『これ、例えば武舞台の内側であってもそこが地面になってたらどうなるんだ?』
それに対する主審ミッドナイトの答えは「場外と見做します!」
「マジか」
「万に一つは勝ち目出てきたんじゃないっ!?」
次々に上鳴の周囲が爆ぜ、武舞台が基礎から破壊されていく。崩れていく足場から移動しながら上鳴は口角を上げて言った。
「場外狙いか!」
「まあね!」
しかし、上鳴は飛べる。故に本来それは勝機に成り得ず、足場の喪失による不利は試合が長引き破壊した面積が増えるほど、耳郎自身に降り掛かる。
───そんな事は百も承知! でもアンタは嫌がるはずだ!
耳郎の心音に合わせて武舞台は削られていく。
上鳴はそれよりも速く踏み込み、地上から耳郎へと接近した。
「やっぱり。空中に逃げる様な真似、アンタならしないと思ったッ!」
「魅せてくれ、お前を───ッ!」
雷を纏う獣に耳郎の手が伸びる。
まともな取っ組み合いで耳郎が勝てる見込みはない。
にも拘らず耳郎は近接戦闘を選んだ。
尤も、それは正面からの殴り合いではないが。
『うおっと耳郎! 接近してきた上鳴に手を這わせ、ポールダンスさながらの動きで身体を滑らせ背中に回り込んだァ! 器用!』
何百年と根を張る大木の如き体幹を持つ上鳴が相手だったからこその芸当。
しかし、背後こそ取ってはいるが、身体を密着させた時点で上鳴の放電から逃れる術はない。
『それは愚策だろう』
観客席から見ていた生徒とプロヒーローの言葉を代弁するように相澤はそう評価した。
───確かにそうだ。だけど……!
逃げる気がないのなら、そんな物を考慮する必要はない。
「───ねぇ、上鳴」
聞こえないのは分かっているが、背後から抱きついた耳郎は言った。
「我慢比べ……しよっか?」
瞬間、上鳴の脇腹と背中に突き刺さるプラグ。
そこから放たれるのはコンクリートすら簡単に粉砕する音撃だ。
上鳴に学生レベルの物理攻撃では効果が薄いのは、爆豪とのやり取りからも分かる。
だがそれはあくまでも外身の話───人間は内臓まで鍛えられない。
『何かエッ───ぐえっはぁ!?』
『俺の生徒に何を言おうとしたんだお前は。はっ倒すぞ』
実況席から雑音が飛ぶがそれを気にしている余裕はない。
───はっっっっっっっっず!!?
羞恥から全身を真っ赤にした耳郎の心臓は、未だかつてないほど強く速い心音を刻んでいた。
「ゲホッ!?」
ドクンドクンと流れ込む音が上鳴の内側を蹂躙し、その証拠に上鳴の口から血塊が吐き出される。
『効いてる───ッ!?』
『上鳴以外にやってたら止めてる。アイツは内臓以外の身体強度なら異形型個性にも匹敵するからな。多少は耐えられる』
───後はウチが上鳴の電撃をどこまで耐えきれるか……!
ぎゅっとしがみつく耳郎の手に上鳴は自分の手を軽く添えて、言った。
「凄いヤツだよ、耳郎は」
血を吐きながら上鳴が笑う。
耳郎もよく知る戦いの前に見せる顔だ。
「俺は今日の事を───きっと生涯忘れない」
「何勝った気になってんだよ。勝負はまだまだこっからでしょ……!」
そう言って全身で精一杯上鳴にしがみつく耳郎の背筋を、冷たい何かが駆け抜けていった。
「そうか? ……そうだな、そうかもなァ!」
次の瞬間───上鳴は耳郎を背負って飛んだ。
そして宙空で身体を捻り、更に拳圧で肉体を独楽のように回転させて耳郎を無理やり引き剥がした。
地上から約30m上の青空から、耳郎のフリーフォールは始まった。
「この高さから落ちたら死ぬけど!?」
「死なねぇよ!」
「死ぬって!?」
宙空を蹴って加速する上鳴に耳郎がプラグを向ける。
「ハートビートウォール!」
しかし。
「もっと音量上げろ!!!」
上鳴は耳郎が放った音の壁を拳の一振りで鎧袖一触にし、肉薄。今度は上鳴が耳郎を正面から抱きしめた。
「ひゃあ!?」と絹を裂くような悲鳴が耳郎から上がるが、上鳴の耳には届かない。
「お返しだ」
刹那、眩い雷光が上空で炸裂。
耳郎の身体を手加減された電流が駆け抜けていく。
激しい痛みの中で耳郎はそれでも足掻いた。
そしてプラグを上鳴に突き刺さし、心音を流し込もうとしたタイミングで気が付いた。
「……マジで噛み締めるのはやめてくんない?」
「やらよ」
上鳴はいつの間にか2本のプラグの先端を噛み、どこにも差し込めない様にしていた。
耳郎はそのまま心音を流し込むが、白い歯は健康過ぎるのかピクリともしない。
痛みと呆れで頬を引き攣らせた耳郎が言う。
「アンタ、実は小魚とか好きでしょ」
「
耳郎は「何それ」と言って笑いながら意識を手放した。
上鳴はそこで放電を止め、耳郎と正面から抱きあった体勢のまま着地。それからミッドナイトに腕の中で意識を失っている耳郎を見せた。
ミッドナイトは垂れそうになっていた唾をじゅるりと吸い込んでから、静かに寝息を立てる耳郎を確認し、勝者の名を声高に叫んだ。
「第3試合勝者! 上鳴電気!」
会場に地鳴りのような歓声が響いた。
上鳴は耳郎を背負い入場口から保健室へと向かう道中で、壁に背を預けた善院と鉢合わせた。
「───で、どうやった?」
「見てわかるだろ? 大満足だよ。今は頗る機嫌がいいね」
そう言う上鳴の声のトーンはいつもより少し高い。善院はそれに満足気に頷きながらも、確認を取るかのように尋ねた。
「手加減しっぱなしでもか?」
「そもそも手加減無しで殴れる奴がいねぇんだよ先生。それより見た? 耳郎の捨身の接敵。俺あんなの教えてねーよ。自分で考えて、俺を倒す為だけに向かってきたんだぜ? 燃えねー訳ないじゃんね」
「分かった。分かったから。近い。興奮しすぎや。瞳孔がエグい。はよ保健室行け。耳郎さんもせやけど、自分も結構食らっとったやろ」
「おお、それな。流石に内臓はきちぃわ。身体が思うように動かねーし。あっはっはっ」
「あっはっはーやあらへんわ……自分から食らっといてそれは世話ないやろ……」
善院は肩を落としたあと、背筋を伸ばして笑みを作る。
「まあ、その様子なら大丈夫そうやな」
「───先生?」
「俺は暫く君の掛かり付け医から外れる。引き継ぎは家入先生とリカバリーガールにキッチリしといたから、何かあったら2人に連絡し」
「待って、待ってくれよ先生。急にどうした?」
「この前のヴィラン襲撃事件───ヴィラン連合なんてクソダサい名前で声明出しとったアイツらの後ろに、オールマイトが倒した筈の巨悪がおる可能性があるのは分かっとるやろ」
「まあ、複数個性なんて露骨な奴ら出てきたらな」
上鳴はオールマイトから聞いた話と自分が仕留めた怪人脳無、それから複数名のネームドヴィランたちを思い出しながら頷いた。
それに対して善院は言う。
「確認したら、死体の回収まではオールマイトもしとらんかったそうや。それは自分かて半死半生やってんからしゃーないけどな。で、生きとる可能性があるとなったら調べるポイントは絞れる。分かるな?」
「病院関係者?」
「せや。あとは葬儀屋やな。どんなヴィランであれその辺りを通さず墓地に埋められる事はない。死体の偽装なんぞやり方は幾らでもあるが、そこから当たってくのがセオリーやろ。そんで白羽の矢が立ったんが俺っちゅー訳や。せやからお医者さんは休業してヒーローに戻る事にした」
「いいのかよ。それで」
「俺の気持ちは君の………いや、君らのおかげで踏ん切りついた。まあ身体に関してはお陰様で鈍っとらんし、動くのに支障はないな」
「……そっか。まあ、先生が良いってんならそれでいんじゃね。先生強いし。黒幕も先生一人でどうにかなったりしてな。オールマイトがあんだけ弱ってたんだ。敵さんもヘロヘロだろうぜ」
「また自分はそないに適当なことを……」
「でもでも、実際そうじゃね? 知らねーけど」
「ま、そう考えとくほうが幸せか。実際まだ何も分からんしな。それじゃあな───気張りや、ミカヅチ」
善院は敢えて上鳴を名前ではなくヒーロー名で呼んだ。
上鳴は何度か瞬きをした後、頷いてから言った。
「分かった。せん……アニマティックも頑張れ」
アニマティック。
善院が高校時代、大学時代、そして僅かな期間ではあるが日本に帰ってきてからも使っていたヒーロー名だ。
今この名前を覚えている人間は数少ない。善院も本当は上鳴に教えるつもりなどなかった。
───情けないなぁ。忘れられたくなかったんやろな。女々しいやっちゃでホンマに。
善院は自嘲する様に笑った後、上鳴の言葉に軽く首を横に振ってから言った。
「もうアニマティックやあらへん。一度は捨てた名前やからな───今は禪院や」
そう言い残し、自分から背を向けて去っていく師の姿が見えなくなるまで、上鳴はそこでじっとその後姿を眺めていた。
「何か……凄い話してなかっ
「耳郎が気にすることじゃねーし、降ろさない。暫くじっとしてろ。まだ痺れてんだろ。呂律回ってないぞ」
話の途中で目を覚ましていた耳郎はとんでもない話を聞かされて顔を青くしていたが、上鳴は気にせず保健室に向かって歩き出した。
という訳で耳郎vs上鳴でした。
上鳴は終始楽しむ為に耳郎が見せるブラフや策を潰したり潰さなかったりして立ち回りました。オードブルは見た目の華やかさ等でコース料理の期待値や食欲を増進させる役目があるそうなので、出来る限り多彩な戦闘に……したかったんですけど、どないでしょうか?
最後の禪院は誤字じゃなくて「本名そのままは流石に嫌やな。クッソ読みにくい漢字探したろ」という善院先生の判断です。
善院先生はこれから北から南へ病院と葬儀屋さんを「ロードローラーだァ!」(健全な調査)していくので暫く出てこないそうです。しっちゃかめっちゃかになってるプロットにはそう書いてありました。