「リカバリーガールの婆さん! 耳郎を見てやってくれ! さっきから熱が凄くて!」
「どう考えてもアンタの方が重症だろう。また口から血が垂れてるよ」
「いっけね」
「……おろして……早く」
青褪めたり赤くなったり忙しい耳郎を背中から降ろした上鳴は、リカバリーガールからの熱いベーゼを頬に受け取り、それから数秒で全快した。
頑丈なのは良いことだ。リカバリーガールは回復してツヤツヤになった上鳴を見てそう思った。
しかし、理屈の分からない回復力をそのまま放置できるほどリカバリーガールは楽観的ではない。
神妙な顔を作り、リカバリーガールは上鳴に尋ねた。
「個性検査はどうだったんだい?」
「結果待ちだよ。善院先生もいないし、結構先になんじゃね?」
「……敬語使いなよ、アンタ」
耳郎の平手が上鳴の後頭部で快音を奏でた。
上鳴は微動だにしない。「たはーっ!」 と言って笑うだけだ。反省の色すらない。
リカバリーガールはそんな2人を見て微笑みを浮かべて言う。
「別に構いやしないよ。元気なのはいいことさね。あんまりやんちゃしたら治癒しないだけさ」
「それはどうなんスか……」
苦笑いする耳郎にリカバリーガールがにじりよる。
「さ、次はアンタだよ」
「は、はい……」
耳郎は上鳴と同じ箇所にリカバリーガールのキスマークをつけられた。一応、定番の位置である。
それから軽く問診と触診を受けた2人は身体の調子を確かめた後、保健室から出ようとしたのだが。
「何だ?」
突然、前を歩いていた上鳴が扉の前で立ち止まった。
止まれずに上鳴の背中にぶつかった耳郎は「ふぎゅっ」という珍妙な鳴き声を上げ、鼻っ柱を押さえながら非難の声を上げた。
「危ないでしょ。いきなり止まらないでよ」
「悪い悪い。何か扉の前に………6人くらい居てさ。何でだ?」
「えぇ? 取り敢えず開けてみよっか」
躊躇なく耳郎が扉を開けると、芦戸、飯田、麗日、葉隠、緑谷、峰田が保健室に雪崩れ込んできた。
「「あはは……」」
苦笑いを浮かべる緑谷と麗日。
やや気難しい顔をしている飯田。
怨嗟の籠った眼差しを歯軋りと共に上鳴へ向ける峰田。
しかし4人とは違い、葉隠と芦戸は凄まじい勢いで耳郎に詰め寄り、引き摺るような勢いで上鳴達から距離を取った。
「どういうことどういうこと!? ねぇねぇ耳郎いつから上鳴とあんな深い関係になってるわけ!? あ、怪我は大丈夫そ?」と芦戸。
「響香ちゃん……説明をしてください。私は今、冷静さを欠こうとしています。痺れとか残ってない?」と葉隠。
そんな2人に呆れつつも笑みを浮かべ、腰に手を当てた耳郎は言う。
「何の話? というか大分取って付けるね……まあちゃんと心配もしてくれてるんだろうけど」
「それは当たり前だよ! でも三奈ちゃん裁判長! 響香ちゃんが話を露骨に逸らしてしらばっくれています! 判決を!」
「元気そうで何よりです。 でもそれとこれとは話が別だ!
「アンタそれ言いたいだけでしょ……ドラマ*1の見過ぎだよ……というか耳たぶ引っ張んないで」
2人は耳郎が耳を痛めないように優しい手つきでプラグの先端を摘み、緩く伸ばすように自分達の手元に引いていた。
普段なら何とも思わない戯れの範疇だ。しかし、直近で異性にプラグを噛まれるという今までの人生にない衝撃体験をしたせいか、その拍子に試合の事を思い出してしまった。
「顔真っ赤じゃん!」
「意識してないなんて嘘いけないと思うなぁ!」
「そっとしといてくんない!? 思い出したらまた恥ずくなるから……!」
やいのやいのと盛り上がる女子3人を見た上鳴は言った。
「大変そうだなぁ、耳郎の奴」
「それは上鳴くんのせいやと思うんよ」
めっちゃ他人事やん、と信じられない者を見る目を向ける麗日。
「あはは、かなり刺激が強い絵面だったもんね……」
緑谷は苦笑いを崩しはしなかったが、照れているのか頬を赤らめていた。
「そうだぞ上鳴くん! 全国放送されてるあの場であんなッ―破廉恥な!」
飯田は険しい顔で上鳴の行動を非難した。もっと他にやりようがあったのではないか、というのは常識的に考えれば生じて然るべき疑問である。
「テメェマジでさぁ、私は無垢で性欲がありませんみたいな面してれば何しても許されると思うなよ、むっつりドスケベチャラ男がよ……!」
そして峰田が、疑問ではなく殺意に近しい負の感情を纏いながらそう言って上鳴ににじり寄った。私怨であることは言うまでもない。しかし、峰田は自分が持たざる者の代弁者である事を疑ってはいなかった。
上鳴が鼻を鳴らして言う。
「仕方ねーだろ。耳郎暴れてたし、あんまギリギリまで空中戦して万が一着地ミスったらどうすんだ。アレが一番手っ取り早かったんだよ」
「素人質問で恐縮なのですがそもそも最初に真上に飛ぶ必要はあったのですかよ……!」
「あぁ、死を意識したらワンチャンウルトラするかなって」
峰田の正論に曇りのない眼で平然と気狂いの返答をする上鳴に、飯田と峰田が悲鳴にも似た声を上げた。
「それは思考が蛮族的過ぎるぞ上鳴くん!?」
「怖い!!? オイラは今心の底からお前が怖い!!! それは体育の祭りで試合相手とは言え異性でも同性でも友達相手にすることじゃねぇんだよ別日にしろよ!!!」
「別日ならええんや」
「ちゃんと同意も取れよなっ! オイラはちょっと……考えたい!」
「そして考えるんや……私もやろっかな」
「麗日くんは浮けるから意味ないんじゃないか?」
「僕もお願いしよっかな」
「いいぜ───強くなりたいなら積極的に臨死体験を取り入れるべきだと俺は思うぞ」
「アンタら、ここは怪我人が来るとこだよ。元気があるならさっさと戻りな。あと上鳴、医者の前で気軽にそういう事を言うんじゃないよ」
「すみませんでした!」
声を揃える一同とは違い、唇を尖らせながら上鳴は言った。
「はんせいしてまーす」
「上鳴っ!」
嗜めるように放たれた耳郎の平手が2度目の快音を保健室に響かせた。
『第4試合勝者、尾白猿夫ッ!』
尚、上鳴達は保健室のやり取りで思ったより時間を使ったことで尾白の試合を見損ね、上鳴はへそを曲げた。
危うく帰りかけた上鳴だったが、こうなる事を見越してスマホで試合を録画していた瀬呂のいぶし銀の活躍により事なきを得た。
そして───続くBブロック第1試合。
庄田に代わり出場する事になった物間と発目の戦いである。
注目すべきは繰り上がり出場となった物間がサポートアイテムをフル装備していた点だろう。原則、サポート科以外の科のアイテム類の持ち込みは禁止されている。
騒めく会場と実況席に向かって主審ミッドナイトは言った。
「彼は今回の試合に当たり、発目さんから『科の垣根を越えて対等に戦いたい』という申し入れを受け、それに応える為に事前に私から許可を取り、アイテムを身に付けています!」
『双方合意ならまあ』
『発目もパンダに乗ってるしな……what パンダ!? 上野から脱走してきたのか!?』
『一応サポートアイテム……らしい』
相澤とプレゼント・マイクは訝しむが、今更主審の判断にケチを付ける程のことではないとして流した。
そして試合が始まり、物間はB組生徒の1人である小森の個性を使用。その際に背中に背負ったタンクから伸びるノズル付きのガンの引き金を引いた。
勢いよく吹き出した霧状の水が周囲の湿度を一時的にではあるが飛躍的に高めた為、キノコがフィールドを埋め尽くす勢いで広がっていく。
『おおっと!? 僕の想定よりもずっと広範囲に個性が広がっていくぞ! 小森の個性”キノコ”は暗く湿気の多い場所では猛威を振るうが、今日のようなよく晴れた日には中々上手く扱えないはず! 一体どうして!?』
『……マイク入ってんな』
『お答えしましょう! 私が開発したベイビー04”消火マジックくん”は本来火災現場で水を操る個性を持つヒーローが使用する事を想定した携行型延焼防止高圧噴水器! しかし! 様々なアタッチメントを組み合わせることで家庭用高圧洗浄機から農業用噴霧器まで幅広くこなせる優れ物になっています!………ちょっと物間さん!? キノコの勢いが強過ぎてパンダちゃんの身動きが!』
『こちらも答えましょう! 小森の個性”キノコ”は先程申し上げました通り、広範囲に行き渡らせるには幾つか条件を満たす必要があります───しかぁし! 本来ならば入り込めないような隙間にも胞子が届けばニョキニョキとキノコが生えて参ります! それは人体や機械にある僅かな隙間でさえ例外ではありません! 致死性の低い毒キノコなどを人体に直接生やすことで速やかなヴィランの鎮圧、更には兵器の類を使用不能にする事が可能です!』
『でも後遺症とか怖くないですか?』
『それも心配ご無用! 2〜3時間もあれば個性で生み出されたキノコは消えますし、殺菌処理してしまえば新たに生えることを抑制できるだけでなく、既に生えている物を処理することも可能です! つまり! 個性”キノコ”は高い拘束力を有しながらヴィランに後遺症を残さない、非常にハイクオリティでクリーンなパフォーマンスを発揮できるという訳です!』
『え? どうやって殺菌するんだ? んんっ! 焦らないでください! 殺菌処理に関してはコチラのアタッチメントを付けていただくことで可能になります!』
『何て便利なんだ! しかしアタッチメントが多いと嵩張るし管理が大変なんじゃないですか?』
『そ、こ、で! 大量のアタッチメントを持ち運ぶのにこちらパンダちゃんがとても役に立ちます! 大容量の収納スペースを完備し、見た目も非常に愛くるしいこのパンダちゃん。何と! 有事の際にはモードチェンジをすることで簡易的な戦闘をこなすこともできちゃいます! しかも! 搭載されている高性能AIにより』
『なあ明、オレいつまで上野のパンダの真似してれば良いんだ?』
『このように言語による意思疎通が可能です! 喋り方や性格にパターンはまだありませんが、追々アップデートを重ねて実装していく予定になっております!』
『あれ、昨日再現性が無いって言って目の下に隈作って……いや、何でもないです』
会場が響めく中、実況席のマイクが入る。
『発目は商魂逞しいで済むがよ……』
『物間………お前自分から発目の提案に乗っかったな?』
淀みない物間の喋り方に、実況席のプロヒーロー2人は眉を顰めた。見方によっては八百長として成立し得る状況である。
「物間くん……っ!」
観客席から物間の様子を見ていた小森が───否、小森だけではない。B組の面々は外縁に身を乗り出す勢いで試合の様子を見ていた。
───誰に何と言われようと構うもんか。選ばれたからには仕事を果たさないとね。
トーナメントに出られないクラスメイトの個性を知らしめる。それが物間が自らに課した使命だった。
それから2人は次から次へとサポートアイテム、及びB組生徒の個性紹介を行なっていった。
物間が予めコピーしておいた取蔭の個性で腕を飛ばし、観客席にいるB組生徒に触れることでコピー条件を満たして新たに使い始めた段階で、実況や主審のみならず多くの観客が彼の真意に気付くに至った。
試合の制限時間ギリギリまで行われた広告は、超常以前の日本におけるテレビショッピング全盛の平成*2を彷彿とさせる物があった。
そうして時間は流れ、試合終了30秒前。
2人は観客席に一礼してから互いに手を伸ばした。
「ご協力ありがとうございます! これでもう悔いはありません!」
「こちらこそ。非常に有意義な時間になったと確信しているよ」
『両者、健闘を讃えあい………健闘? まあ何でもいいや! 美しいシェイクハンズ! まあいいんじゃないか偶にはこういう試合があっても!』
「これもまた体育祭よね」
何か良い感じに纏まったなぁ、と観客は思っていたが渦中の選手2名は言った。
『『それは違うと思いますが』』
『お前らが言うな。如何なる理由があろうとも、試合を私物化した件についてはそれぞれの担当教員から指導が入るから覚悟しておけ』
呆れてはいるものの怒ったような口調ではない相澤に、会場全体が穏やかな笑いに包まれた。
「それもまた体育祭よね」
そう言ってしたり顔で頷くミッドナイトだったが、彼女は大量の青春を摂取したせいか欲望が口の端から垂れ流しになっている。
『何にせよこれにてBブロック第1試合、雄英テレビショッピング終了───ッ! 画面に雄英高校の電話番号を記載しておくから、発目のサポートアイテムに興味が沸いた企業の皆様、そして1年B組ヒーロー科の生徒達について知りたくなった同業者諸君はバシバシ問い合わせしてくれよな! 発目に関しちゃパワーローダー、B組についてはブラドキングが懇切丁寧に、それでいてプライバシーに配慮して解説してくれるぜ!』
「やっぱアイツの個性面白いよな。エキシビションとかないの?」
「ないよ。何? さっきの試合は不服なわけ?」
「いんや?」
「……食いしん坊め」
評価入れてくれた人が400人を突破致しました。お気に入りもじわじわと増えたり減ったり増えたりしておりますが、評価してくださった方々や登録していただいている皆様にご満足いただけるように頑張りたいと思います。
本当にありがとうございます……!
次回は常闇くんと八百万さんの戦いを中心に2回戦の触りまで行く予定です(予定は未定)