Bブロック第2試合、青山 vs 芦戸。
特筆すべき事は何もない。
上鳴があくびを噛み殺している間に芦戸のアッパーカットが青山の顎に炸裂し、呆気なく終了した。
『さあさあじゃんじゃん行こうぜBブロック第3試合! 東コーナー! その身に宿すのは影の獣! 割と何でもありな個性社会でも異彩を放つ”意思”を持った力! 常闇踏陰&ダークシャドウ!』
観客席で上鳴が「お、一番気になる組み合わせだ」と喜悦を滲ませる。
「上鳴から見てもそうなんだ?」と耳郎。
「ああ───2人とも良い感じだ。正直今の期待値的には緑谷、尾白、爆豪に匹敵する」
上鳴の発言に苦笑いを浮かべた尾白が尋ねる。
「何で俺の評価ってそんなに高いんだ……?」
「一年生のヒーロー科生徒が個性無しで殴り合ったら、残るのは俺とお前だ。単純な格闘戦なら俺を抜いたらお前より強いのはいねーよ…………お、八百万も入ってきたな」
『西コーナー! 漆黒の獣使いと相対するは万能の才媛! 一体お前は何を持ち得ないのだ!? 最強の個性に数えられるであろう”創造”の担い手、八百万百!』
大歓声が武舞台にいる2人へ等しく降り注ぐ。
しかし、戦いの場で向かい合う両者の顔付きは僅かに違った。
常闇とダークシャドウは戦意を滾らせながらも比較的落ち着いているのに対し、八百万の表情はどこか浮き足立っているような印象を見る者に与える。
トーナメントはこれまでのルールとは違う。
負けたらそこで終わり。
リカバリーは利かず、何より1人で戦わなくてはならない。
耳郎が八百万のアシストを受けていたように、耳郎もまた八百万をサポートしていた。
観客からは八百万が主体となって動いている様にも見えていただろう。万能型な個性という事もあり、期待値は耳郎よりも高い。
しかし、この体育祭で実際に音頭を取り、サポートの要求をしていたのは耳郎である。戦いが始まれば騎手である上鳴からも指示が飛んだ。八百万は2人以上に指揮官の素質があったが、今回はどの競技でも基本的に支援や土台を担当し、指示を受ける側に回っていた───それが裏目に出ていた。
「ヤオモモ、何か緊張してない?」と耳郎が言い、上鳴もそれに頷く。
「結構考えるタイプだもんな……悪ぃ方向にいかなきゃ良いが」
『start!!!』
八百万は開幕と同時にマトリョーシカをばら撒き、目眩しにした。マトリョーシカの中にはマグネシウムと水がそれぞれ仕込まれた、小さなマトリョーシカが入っていた。
そして、ダークシャドウに敢えて外殻を破壊させることでそれらが混ざるように仕組み、発光現象でダークシャドウの弱体化を狙った。
この発想は悪くなかった。実際、八百万の思惑通りダークシャドウは力を落とし小さくなった。
「ダークシャドウ、戻ってこい」
常闇は冷静にダークシャドウを自身の内側に引き戻し、拳を構えた。
常闇本人のフィジカルは高くない。
それは八百万も分かっていたからこそ、追撃はないと油断してしまった。
『常闇、冷静にダークシャドウを身体に引っ込め………な、なんだァ!? 常闇の身体から黒いオーラが出始めたぞ!』
「───ッ! 新技ですか!」
「ああ」
苦虫を噛み潰したような顔で八百万が後ろへ下がる。
観客席から様子を見ていた上鳴が言った。
「随分と解釈を広げたな」
「解釈? どういう事かしら」と蛙吹。
「そのままだよ。個性を画一的に捉えず、多角的に見て出来る事を増やす。一見すれば単一の能力でしかなくても、それがどのように動いているのかを知り、試行錯誤を繰り返せば多様性は生まれるもんだ」
上鳴は壁を一つ破った常闇を見て笑みを深め、言葉を続ける。
「俺の”帯電”もそうやって出来る事を増やしていった……まあ途中からよく分からんまま使えるようになってるやつもあるけどな。蛙吹の個性は”カエル”だったっけ? 何ガエルかどうかまで考えた事はないんじゃないか?」
「確かに……あまり考えた事は無かったわね」
「アマガエルなのかヤドクガエルなのかで全然違うだろ? もし蛙吹の個性がカエル全般ならその種類の分だけ───だめだ、ワクワクしてきた。早く強くなってくれよ」
カエルの種類は約7000種ほどとされている。それぞれが固有の特性を有している訳ではないが、猛毒を持つ種類や周囲の色に合わせて体色を変化させる種類など幅広い。
「ケロ……頑張るわね」
そう言う蛙吹の頬は少し引き攣っているようにも見えた。
話を変えるように瀬呂が口を開いた。
「因みに、上鳴的には常闇のアレってどんな感じよ」
瀬呂の問いに上鳴は「そうだな」と考える素振りを見せてから「緑谷はどう思う?」と話を振った。
緑谷は一拍置いてから、話し出した。
「……先ずダークシャドウの弱点はさっきのやり取りを見るに光なんだと思う。光を受けて弱体化するというのが分かってるなら真っ先に考えるのは光をどう防ぐか。体内に入れば光を受ける事はないというのは単純な解決策に見えるけどそうなると常闇くんは自分が持つアドバンテージを全て捨てる事になるよね。それじゃあ意味がない。僕はダークシャドウについてあまり知らないけど、騎馬戦を見るにダークシャドウはある程度形を変えられる。でないと八百万さんの
『ダークシャドウを身体の内側に纏って筋骨を直接補強したのか。無茶をする』
「これが俺たちの新境地、深淵武闘の構え───いくぞ、八百万」
『赤い眼光! 身体から迸る漆黒のオーラ! 常闇選手、今テレビの前の全ての少年を味方につけたと言っても過言ではないぞ!』
上鳴が笑う。
「悪くない」
八百万は焦りからか再びマトリョーシカによる目眩しを行った。しかし、2度も同じ手を食らう常闇ではない。常闇はマトリョーシカを避けて八百万へと接敵。拳を振り抜いた。
しかし、それは八百万も読んでいた。
「かはっ!?」
八百万は腹部からコンクリートブロックを射出。常闇の胸部にクリーンヒットする。
「───良くもない。負担の割に得られるメリットが弱い。良い感じに派生技に繋げられるかどうかが鍵だな、ありゃ」
「辛口だな、上鳴」と砂藤は冷や汗を垂らした。
「だけどよ、戦局的には常闇有利に見えるぜ?」
「戦局と技の評価をごっちゃにするな」
上鳴は砂藤の言を一刀で斬り伏せる。
足を組み武舞台を見下ろす上鳴が纏う空気がピリつき、砂藤だけでなくA組は黙り込んだ。
「ま、よく見てろ。常闇も八百万も───こっからだろ」
上鳴の目元の傷が青白い光を放った。
───間断のない攻撃で創造する時間を作らせないつもりですか。
八百万の創造にある唯一の欠点。それは大きい構造物や複雑な造りの物を作り出すには、相応の時間と集中力を要することだ。
障害物競争では終盤まで中団で控えながら創造の用意を行い、騎馬戦では試合開始前の作戦会議時間と上鳴が派手に動き回ることで時間を稼いだ。
常闇にコンクリートブロックを叩きつけて得た時間で作り出せたのは鉄製の小盾が2つ。それを両腕に装備して常闇の攻撃を受け流しつつ、八百万は常闇の隙を窺う。
常闇の新技が身体に相当な負担を強いている事は八百万も気付いていた。しかし、だから何だと言わんばかりの常闇の攻勢に、現状打つ手がない。
一方、常闇もまた膠着しつつある戦況に歯噛みしていた。
───あとどれだけ身体が保つか。ダークシャドウの回復に合わせて一旦下がるのがベターではあるか。
常闇には選択肢がある。
ダークシャドウが回復したタイミングで自分は下がり、前線を交代すればいい。八百万が創造に手間取っているのは見ればわかる。
懸念点はフラッシュバンだが、それも常闇が再びダークシャドウを体内に戻せば済む話だ。
それに対し、八百万にも最善策がある。
───ダークシャドウと常闇さんが交代しても盾があるので直ぐに負ける事はありません。時間を稼いで閃光弾を作れば、また同じ状況に持ち込める。そうしたら時間いっぱいまで常闇さんをいなせばいい。
「だが」
「ですが」
「それは弱者の思考だ」
「それは敗者の思考ですわ」
そんな物はクソ喰らえだと、2人は笑った。
そして、互いに似たような事を考えていたと分かりより笑みを深めた。
「俺も感化されているようだ。先の試合、いやもっと前からか」
「私もです。どうにもおかしくなってしまったようですわね。入学前の自分なら迷う事なく逃げの一手を選んだでしょう」
両者は示し合わせたように距離を取った。
常闇は体を休めてダークシャドウを回復させる時間を、八百万は創造の為に必要な時間を得ることができる。
両者、共に愚策───しかし一切躊躇はない。
「我らはあの2人と肩を並べて戦った身」
常闇は上の体操服を脱ぎ去り、左腕に纏わせたダークシャドウをそれで包んだ。
「緩い戦いをしていては示しが付きませんわ」
八百万もまた体操服を脱ぎ去り、自身の右腕に
『ここで両者、埒があかないと言わんばかりに力技で押し込まんと体勢を整える!』
『合理的とは言えない───だが、気持ちは分からなくもない。悔いさえ残らなければな』
「準備の程はよろしいですか、常闇さん」
「無論」
「それでは……」
「ああ。どちらかが倒れるまで」
「殴り合いですわ」
「殴り合いだ」
そこから壮絶な殴り合いが始まった。
常闇の左手から繰り出される拳は武舞台に向けて放てば半壊する程のパワーを秘めていた。その力を常闇はかなり持て余していたが、時間の経過と共にコントロールに慣れていった。
八百万はパワーこそ常闇に劣っていたが、腕の中にエンジンと肘の部分に小型の排気口を増設。体内で生成した燃料を排気に吹き付けて燃焼させるアフターバーナーで拳速を上げるなどして対抗した。
殴り合いだとは言ったが、黙って殴られるとは言っていない。両者共によく避けた。
結果、フィールドはほぼ全壊。
工事現場もかくやという騒音が会場に木霊し続けた。
そうして5分もの間、熾烈な戦いが続いた。
最後に立っていたのは───
『Bブロック第3試合、勝者! 常闇&ダークシャドウ!』
「……完敗ですわね」
「いい勝負だった」
八百万の敗因は燃料不足による拳速の低下。つまり脂質不足によるガス欠だ。
常闇はダークシャドウの力が落ちないように体操服で覆っていた事もあり、消耗を免れた。尤も途中でボロ切れ以下になったため、常闇は体操服の下に着ていたインナーまで使う羽目になったのだが。
試合終了後、 上鳴は満足したのかほんのり上気した顔を浮かべて言った。
「な? 言った通りだろ───こっからだって」
「思ってたんと大分ちゃうけど……?」と麗日が恐々と言う。
「かなり派手な殴り合いだったな」
「アレで2人とも増強系じゃねぇってんだから俺は肩身が狭ぇよ……」
肉体派の尾白と砂藤は自分ならどうするかを考えながらも、汎用性に富んだ常闇達の個性に羨望を隠しきれていなかった。そんな2人の言葉に同意するように観戦していた何人かが頷いた。
程なくして試合を終えた2人が保健室行きの搬送ロボットに担がれていくのを見た耳郎が口を開いた。
「ヤオモモと常闇のお見舞い行くけど、上鳴も行く?」
「次は爆豪と切島か……俺も行くわ」
「いいの?」
「爆豪が勝つに決まってるしなぁ。それに、アイツの試合は見ない方が決勝を楽しめそうだ」
「切島かわいそ……」
「今の切島じゃどうやったって爆豪には勝てねーよ。相性最悪だし」
上鳴でさえ同情するレベルなのだろう。その目は哀れみで満ちていた。
「それでも一応録画しとくけどな」
そう言って瀬呂は最新のスマホを構え、更に言葉を続けた。
「因みにどうやって勝つん?」
「空中からAPショット連打」
数名が残り観戦したが、上鳴の予想通り爆豪は空中を自在に飛び回り、四方八方から切島にAPショットを撃ち込み勝利した。
そして───トーナメントは2回戦へと駒を進める。
Aブロック2回戦、第1試合。
『東コーナー! 障害物競争2位! 騎馬戦も2位! 上鳴の陰に隠れちゃいるが、成績だけを見るならこの男もズバ抜けている! 扱い切れていない筈の超パワーは、それでも並の個性を凌駕する! 才能の原石! 可能性の獣ォ! 緑谷出久!』
『西コーナー! 障害物競争では上位の成績! 騎馬戦では2位! クール&ホットな個性の真髄をこの試合で見る事はできるのか!? 未だ底の見えない氷炎の貴公子、轟焦凍ォ!!!』
プレゼント・マイクの合図と共に、激闘の火蓋が切られた。
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次回は緑谷 vs 轟 です。