雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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大変お待たせいたしております。vs 轟戦 前編 になります。


ep.33 青天の霹靂 -前編-

───ずっと、目を逸らしてきた。

 

 

八百万とダークシャドウに抱えられた上鳴は遠い目をしながら、武舞台へと続く廊下を引き摺られていた。

 

 

───耳郎と尾白はとても良かった。尾白は期待通りに、耳郎に至っては俺の予想と期待を超えてきた。

 

 

1回戦と2回戦を思い出すと胸の内側が心地よい暖かさに満ちていく。それ程までに上鳴はあの時間を気に入っていた。

 

 

きっと緑谷との戦いも、その後に続く爆豪との決勝もそうなるのだろうと思っていたのだ。

 

 

しかし、現実は違った。

 

 

───緑谷は轟に敗れた。あん時はああ言ったが、その事について思う所が無いと言えば嘘になる。

 

 

緑谷らしい行動の結果だ。その上で勝ってほしかったというのが上鳴の本音なだけだ。

ただ、緑谷によって轟の心は動き、左側の力は解禁された。そこまではいい。

 

 

───轟がよく分からん。誰に聞いても知らない。見てない。そればっか。全部振り切ったヤツがコソコソ身を隠すか? 絶対まだうじうじと悩んでんだろ。メンタルがヘボ過ぎる。もっと厚かましくなれよ。

 

 

上鳴は武舞台上での緑谷と轟のやり取りを一言一句漏らさず聞いていた。轟が左の個性を頑なに使わない理由が父エンデヴァーとの確執である事も理解している。

 

 

その上で上鳴は思う。

 

 

そんな物はどうでもいい、と。

 

 

はぁと大きな溜息を吐いてから上鳴は八百万の腕とダークシャドウを優しくタップし、それを受けた2人が上鳴を掴んでいた手を離す。

 

 

それから上鳴は体操服のズボンについたポケットに両手を突っ込み、やる気のない顔のまま先導していた耳郎の横を通って武舞台に向かった。

 

 

「───ねぇ」

 

 

その背中に耳郎が声を掛けた。

上鳴は足だけを止めた。

 

 

「何で上鳴はさ……さっきの試合見たかったの?」

 

 

「物間だよ。アイツには熱があった。騎馬戦の時も中々良かったけど、トーナメントが始まってからは更に熱量が上がったな。爆豪には勝てないだろうってのが分かってたし、だからこそ生で見たかったんだよ」

 

 

即答だった。

上鳴にとって”熱”は自分の生きる糧であるのと同時に他人を推し量る物差しでもある。

 

 

「その点で言えば耳郎と尾白も物間には勝てないな……ああ、その熱の正体を知りたかったってのもあるか」

 

 

どこからそれだけの熱量を引き出しているのかを上鳴は知りたかった。

 

 

だがそれは普通の人間ならば”見ていれば分かる”ことである。

 

 

喉まで上がってきたその言葉を3人は堪えた。

 

 

物間の熱量はクラスメイトから託された想いに応えようとする彼の心意気その物だ。

 

 

不甲斐ない自分を信じ、送り出してくれた仲間の力を世に知らしめる───その為ならばルールのギリギリを攻めるし、ヒーローらしからぬ言動で対戦相手の心を乱すことさえ厭わない。自らの評価を顧みない捨身の決意。

 

 

それに上鳴は惹きつけられた。

 

 

しかし上鳴は肝心の中身を分かっておらず、物間が何を燃やして戦っていたのかを理解していなかった。

 

 

3人は上鳴の言葉を聞いて思う。

 

 

───そりゃそうか。だって上鳴は圧倒的な格上だ。私たちとは体育祭の見方が根本から違うんだ。

 

 

───勝つことが当たり前の実力。上鳴さんは既に仮免を取得されてますし、体育祭に出て勝っても何のメリットもない。

 

 

───強者故の傲慢さ。いや、これは……これこそが孤独か。

 

 

上鳴が他人の感情を慮ることが出来ないのは、その心根に他人が存在しないからだ。幼少期より近親者や病院関係者以外と関係を持たなかった。それ故にこれまでの上鳴に、対等な友人はおろか互いに高め合うような競争相手はいなかった。触れるだけで人も物も壊してしまうかもしれない力を持ってしまった弊害だ。

 

 

3人は上鳴の過去を知らない。しかし、それを知らなくても人柄はほぼ完璧に把握していた。

 

 

「……物間はさ、繰り上がりでトーナメントに来たじゃんか。それも他薦で。だから皆の期待に応えたかったんだよ」

 

 

「推薦してくれたB組の個性を多用したのもそれが理由でしょうね」

 

 

「我々は託された物を背負って戦い、敗北と共に勝者にそれを託す───その連なりが上鳴が言うところの熱なのだろう」

 

 

耳郎、八百万、常闇の言葉に上鳴はゆっくりと振り返り、言う。

 

 

「戦う時も負ける時も1人なのにか?」

 

 

その目は酷く冷たい物だった。

蛇に睨まれた蛙の様に、3人は揃って息を詰まらせ身体を強張らせた。

 

 

───何か言わなくては。

 

 

八百万と常闇は咄嗟にそう思った。

でなければ2度と上鳴の目を見て話せないのではないか? という嫌な考えが脳裏を過ったのだ。

 

 

2人が頭を働かせている一方で───耳郎が笑って言う。

 

 

「それがヒーローってヤツなんじゃない? ほら……私を倒しても第二、第三の私がってやつ」

 

 

ねぇ? と耳郎は2人を見た。

何も気負っていない自然体の耳郎を見て、2人の緊張は緩んだ。

そして、一拍置いてから常闇が言った。

 

 

「それは悪側の言葉だが……通じる物はある。我々は先達の背を見てヒーローを目指した。戦えば人は傷付き、場合によっては死に至る。その屍を越えなくてはならない時もあるだろう。逆に自分がそれを野に晒す事だって考えられる。だが、その死を糧に新たなヒーローが前に進み、悪を討ったならば……死は決して敗北ではない」

 

 

「ヒーロー飽和社会なんて揶揄されていますが、何も悪いことばかりではありません。志を同じくする仲間が多いということですから」

 

 

耳郎は一歩前へと足を踏み出し、上鳴の左胸の辺りに自分の拳を軽く押し当てた。

 

 

「だから1人じゃないんだよ───アンタもさ」

 

 

ニッと口角を上げて目を細めながら笑う耳郎に、上鳴は目を大きく開いた。

 

 

それを見た八百万と常闇も一歩前へ出て言った。

 

 

「そういう意味では私達との戦いはまだ先になりますわね」

 

 

「ああ……ただ、爆豪がご丁寧に抱えてくれているとは思えないのが少し心配ではあるが……いや、野暮だなこれは」

 

 

「全くですわ」

「本当そう」

「フミカゲ……」

 

 

「すまない」

 

 

3人とダークシャドウのやり取りに上鳴は小さく吹き出した。

 

 

「───そっか。なら気合い入れていくわ」

 

 

そして、上鳴はいつの間にか解いていた髪を手早く結い直し、武舞台に向かって歩き出した。

 

 

「ありがとな」

 

 

微笑む様に、そう言い残して。

 

 

 

 

 

『さあ! 準決勝最終戦の時間だァ!』

 

 

プレゼント・マイクの声に合わせて2人が武舞台へと上がる。

 

 

『東コーナーァ! 武舞台が吹き飛ぶ様な熾烈な戦いを制して勝ち上がった氷の貴公子! 左に宿る炎をも解き放ち、その真価を見せ付けろ! 氷炎の双手、轟焦凍ォ!』

 

 

『西コーナー! コイツの説明いる? もういらねぇんじゃないか!? ここに至るまで無敗! 名実共に最強へと至るのか! 雷鳴の申し子、上鳴電気!』

 

 

立ち振る舞いからも分かる程に戦意に満ちた上鳴に対し、轟はどこか気の抜けた表情で立っていた。

 

 

───正直言って微妙だ。

 

 

轟は憑き物が取れた様な穏やかな顔付きではある。だが、悩みを振り切ってはいないのは上鳴にも分かった。

 

 

───だが、轟はこの場に立った。ならもう覚悟はしてきたはずだ。

 

 

「2人とも、用意はいい?」

 

 

ミッドナイトの問い掛けに轟は頷き、上鳴はひらひらと手を振った。

 

 

『それでは準決勝第二試合───試合開始ィ!』

 

 

プレゼント・マイクの宣言を合図に戦いは始まった。

 

 

最初に動いたのは轟だ。

 

 

最大出力を最大速度で放つ轟の十八番。

瞬く間に周囲から熱が奪われていき、巨大な氷山が形成されていく。武舞台の過半を埋め尽くして尚、その勢いは止まらない。

上鳴は眼前へと迫るそれを真上に飛ぶことで回避。観客席に届くほど巨大になった氷山の頂点に着地した。

 

 

「本当……いいもん持ってるよな」

 

 

『上鳴、真上に跳躍して氷結を回避! そして氷山を滑り降りながら武舞台へと向かう!』

 

 

行手を阻む様に氷山から氷柱が伸びるが、上鳴はそれを殴り壊しつつ器用にバランスを保ったまま滑っていく。

そして最後はその勢いを活かして跳躍。宙空で身体を捻りながら体勢を整え、武舞台へと舞い戻った。

 

 

「で、次は?」

 

 

上鳴の言葉に轟は答えない。

ただ、次の氷結を放つだけだ。

 

 

「俺にそんな緩い攻撃が効かないのは分かってんだろ?」

 

 

上鳴はそう言って目尻から電光を奔らせながら、地を這うように広がる冷気を蹴りの風圧で散らした。

 

「む」

 

 

しかし、冷気に触れたからか振り抜いた足に霜が降りていた。

背中に氷壁を生み出して風圧を凌いだ轟が静かに言う。

 

 

「───凍れ」

 

 

そこが追撃の起点となった。

上鳴が蹴りを放った足から氷が全身を覆う様に広がっていく。

 

 

「つまらん」

 

 

だが、上鳴に氷の力は通じない。

上鳴は個性で膨大な電気エネルギーを全身に纏い、電熱で氷を溶かすことが出来る。1秒と経たずに上鳴の身体を覆った氷は溶け出し、服を湿らせる事すらなく消えてしまった。

 

 

『こいつは……』

 

 

その光景を見て、実況でさえも言葉を失った。

上鳴と轟は実力差云々の前に個性の相性が悪いのだ。

 

 

「違うだろ……なあ轟。俺に炎以外は効かないって事ぐらいお前も分かってんだろ?」

 

 

───ダメだ。本当に萎える。

 

 

上鳴は耳郎達に送り出されていなければ、試合開始と同時に轟を殴り倒すか、あるいは自分から場外に出て試合を終わらせていただろう。

 

 

───でも、でもな轟。耳郎達が教えてくれたんだよ。物間が持ってた熱の正体を。

 

 

しかし、そうしないのは期待があったからだ。

それは轟に対する物ではない。

轟に敗れた者達が彼に託した想いを上鳴は信じていた。

 

 

───顔付きは変わってる。間違いなく轟はマシになってる。だから……まだ我慢だ。大丈夫。耳郎達の言葉を信じろ。今に種火が

 

 

しかし、上鳴の願いは───

 

 

「……すみません。俺、棄権します」

 

 

「は?」

 

 

無情にも、轟自身の手によって断たれようとしていた。

 

 

 

 

 

ミッドナイトは轟の言葉を聞き、自分の耳を疑った。試合前ならまだ分かる。怪我や体調不良、そして矜持が戦いの場へと赴く事さえ許さないというのはある。

 

 

しかし、今の様な状況はミッドナイトが雄英で教鞭を取り体育祭に携わる様になってからは聞いたことが無かった。

 

 

口を開けて放心しているのはミッドナイトだけではない。上鳴も、実況でさえもそうだった。轟の声量が小さく観客席に聞こえていないのが唯一の救いだった。

 

 

「……理由を聞いてもいいかしら」

 

 

ミッドナイトの声は震えていた。

我ながら情けない声だとはミッドナイトも思う。だが、問わねばならない。それが教師としての勤めだからだ。

 

 

轟は目を伏せ、静かに語り出した。

 

 

「……緑谷と戦って、その時は何もかもを忘れられました。でもどうしても───頭から離れないんです。俺に熱湯を浴びせた母の顔。訓練中に俺に罵声を浴びせるエンデヴァー(親父)と………それとは似ても似つかない、打ちひしがれて(しな)びた親父の面が」

 

 

自身の焼けた顔を左手で覆う轟の言葉に、ミッドナイトは何も言えなかった。

現実はドラマや小説の様にはいかない。教師は家庭の事情に踏み込みたくても踏み込めない。相手がヒーロー社会における最上位のヒーローともなれば尚更だ。自己保身ではなく、社会全体の影響も考えなくてはならない。

 

 

───トラブル対策でマイクの音量は絞られてこそいるけど……それでも。

 

 

ミッドナイトが無力感に苛まれながら歯噛みする横で、轟は言葉を続けた。

 

 

「だから……1回全部精算するまで、俺は()を使う訳にはいかないと思ったんです。それに、悔しいけど……炎なしじゃ上鳴に勝てねぇ……だから」

 

 

 

 

その時、上鳴の身体が動いた。

 

 

 

 

パァン! と上鳴が振るった平手が轟の頬を打ち、歓声が消えた場内に快音が木霊する。

 

 

 

 

叩かれた頬を抑えて轟は上鳴を見た。

 

 

 

 

更に、逆側の頬に上鳴の平手が放たれる。

今度は轟が踏ん張れない程の威力だった。

轟は尻餅をついた。

 

 

 

 

上鳴は「ふぅ」と息を整え、言った。

 

 

 

 

「俺は耳がいい。お前と緑谷が試合中にしたやり取りくらいは全て聞こえてたさ……エンデヴァーとの間に確執があるのは俺でも分かった」

 

 

 

 

でもな、と上鳴は一息入れてから言葉を続けた。

 

 

 

 

「”どうでもいい”───それはここに立つ人間に関係のない話だ」

 

 

 

 

上鳴は座り込む轟を睥睨してそう吐き捨てた。

あまりにも無体な発言だった。だが、ミッドナイトは口を挟まなかった。

 

 

 

 

上鳴の目にある熱が、きっと今の轟には必要な物だと思ったからだ。

 

 

 

 

 

「俺にとっちゃ興味のない催しでも、他の奴らは違う。人生を賭けて熱を込めて戦いに挑んでた」

 

 

 

 

上鳴の脳裏に先程言葉を交わした3人や、観客席で拳を握りながらこれまでの試合を見ていたクラスメイトらの顔が浮かんだ。

 

 

 

 

そして噛み締める様に、自分にも言い聞かせる様にして言った。

 

 

 

 

「ここに立つ人間は、1人だけど1人じゃない───皆、戦った奴らが残した想いを背負って次に向かうんだってよ」

 

 

 

 

「想いを……」

 

 

 

 

上鳴は轟に背を向けて歩き出しながら話を続けた。

 

 

 

 

「俺たちは勝者だ。勝者が敗者の言葉に意味や理由を見出す事は、時にその者に対する冒涜にもなるだろう。それでも───」

 

 

 

 

そしてクラスメイト達がいる観客席を指差して、言った。

 

 

 

 

「───お前は何を託された?」

 

 

 

 

轟はハッとした顔で1-Aの観客席を見た。

 

 

 

 

そこには、身を乗り出す勢いで懸命に何かを伝えようと轟を見る緑谷の姿があった。

 

 

 

 

”轟くん、後は任せた”

 

 

 

 

そう言って手を差し伸べてくれた緑谷の姿が轟の脳裏を過ぎる。

 

 

 

 

───何をやってるんだ、俺は。

 

 

 

 

そして徐々に会場の”熱”が上がっていく。

 

 

 

 

───情けねぇ……自分の家族を逃げる言い訳にして、クラスメイトに気を使わせて! こんな様で、身を挺して俺に向き合ってくれた奴と! ヒーロー目指してここに来た奴らと! どの面下げてこれから一緒にやってこうってんだよ……!

 

 

 

 

じわりじわりと大気を焦がし始めた熱に、上鳴は僅かに口角を上げる。

 

 

 

 

「───ミッナイ先生、さっきまでの全部無しね」

 

 

 

 

試合開始時の立ち位置にまで戻ってから上鳴はミッドナイトにそう言った。

 

 

 

 

ミッドナイトは呆気に取られていたが、轟の様子を見てから直ぐに表情を引き締めて、再度試合開始を宣言するように実況席へとハンドサインを送った。

 

 

 

それをとやかく言うような実況ではない。

 

 

 

 

『───なるほどね。オーケーオーケー! ちょっとしたアクシデントがあったみたいなので、気を取り直してもう一回いくぜリスナー諸君! こっからは瞬き厳禁だぜ!?』

 

 

 

 

プレゼント・マイクはエンターテイナーである。ミッドナイトの意図を汲みつつ、静まり返った場内を盛り上げる為の言葉を選んだ。

 

 

 

それに乗っかる様に、実況席にあるもう1つのマイクに電源が入る。

 

 

 

 

『やっとか───ここからは……そうだな。面白くなると思うよ』

 

 

 

 

合理の権化とは思えない相澤らしからぬ発言だ───だからこそ、人々は武舞台に釘付けになった。

 

 

 

 

その瞬間、大気を全て飲み込み焼き尽くさんとする火柱が、渦を巻いて空へと昇っていった。

 

 

 

 

猛り荒ぶ炎の中心にいる轟に向かって、上鳴は尋ねた。

 

 

 

 

「消えたか? 雑念は」

 

 

 

 

「ああ───雲一つねぇ」

 

 

 

 

言葉を返す轟の顔に年相応の笑みが浮かぶ。

 

 

 

それを見た上鳴もまた、同じ様な笑みを作って言った。

 

 

 

 

「それじゃあ、勝負を始めようぜ」

 

 

 

 

『準決勝第二試合、スタートォ!』

 

 

 

刹那、青天を稲妻が駆けた。

 




後編は明日投稿予定です。
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