スターアンドストライプは世界最強のヒーローに数えられる規格外のヒーローの1人だ。並び立てるヒーローはそれこそオールマイトのみ。
会いたくて会えるような相手でもなく───それ故に、上鳴は早々に弾けた。
「よし行こう! 今から行こう!」
上鳴にとってスターは最も特別なヒーローの1人。師である善院が挑み敗れた世界で最も高い壁。今の自分がどの程度通用するのかを知りたいと思うのは当然だった。
そして上鳴が暴走しかけた所を相澤と耳郎をはじめ数人がかりで宥めること数分、漸くヒーロー情報学の授業が始まった。
「せっかくだし、上鳴くんのコードネームの由来を聞いておきましょう。参考にしてね」
「俺?」
「今この場で公式のヒーロー名を持ってるのは君と私たちだけでしょ? 身近な相手がどんな風にそれを決めたのか……皆も知りたいでしょ?」
「えぇ……興味あんの?」
「ある」
即答するクラスメイト達に上鳴は「しゃーねぇな」と気怠げに席を立ち、教壇に登った。
「先ず最初に自分がどんなヒーローになりたいかを明確にイメージする。俺の場合は電撃を扱うヒーローな訳だから、雷とか稲妻とかその辺りから連想できる言葉を探した」
「王道ね」とミッドナイト。
「で、何も思いつかなかった。普段アニメ以外あんま見ねえんだけど、何か参考にならねーかなって思ってテレビのチャンネル回してたら神社の特集やっててさ……”鹿島神宮”って名前見てこう、ビビッと来たわけ」
その時、常闇にも電流が走る。
「鹿島神宮───
「詳しいな常闇」
「好きそうだもんな」
「見識があるのは良い事ですわ」
「……で、常闇が今言ってくれたその剣と雷の神様から名前を一部拝借してミカヅチってわけ」
「上鳴くんみたいに特定の固有名詞から名前を切り出すも良し、あるいは言葉を繋げ合わせて造語にするのも良いわね。ヒーロー名で大切なのは分かりやすさと自分らしさよ! それじゃあ早速シンキングタイムと行こうかしら!」
15分後───ヒーロー名が出来た人から発表が始まった。
青山が短文を発表したり、芦戸がネタに走った*1せいで大喜利の空気が蔓延し出すなどのハプニングがあったが、蛙吹の敢えて空気を読まない正統派な発表により事なきを得た。
ヒーロー名も出揃った後の昼休み。
話題は当然、どこのヒーロー事務所に職場体験へ行くのかという話になった。
そこで注目を集めたのは、すでにアメリカNo.1という行き先が決まっている上鳴と耳郎───ではなく、轟、爆豪、尾白の4桁指名の生徒達だ。
上鳴も当然、その3人の行き先には注目していた。
───で、事務所どこだよ。
全神経を耳に集中させてクラスの喧騒を拾い上げる。尾白は葉隠と、轟は緑谷と八百万と、爆豪は切島と話をしていた。
「尾白くんはどこ行くの?」
「マイナーなヒーローなんだけど、クロオビって言うヒーローの所に行こうと思ってるよ。嘘か本当か分からないけど……もし噂が本当なら1秒以内に百発の手刀を放てるらしいし」
「1秒で100発!!?」
「轟さんはもう職場体験先をお決めになられたのですか?」
「俺は───親父の所に行こうと思ってる」
「……大丈夫? 無理は駄目だよ、轟くん」
「無理はしてねぇ。No.2ヒーローとしてのアイツを見に行くだけだ」
「そっか」
「並々ならぬ事情があるとお見受けしますが……何かあったら相談して下さいね。同じ推薦者のよしみで力になりますわ!」
「僕も相談に乗るから! 友達じゃないか!」
「……おお、助かる。ありがとな」
「爆豪───ッ! お前どこ行くんだ!? 俺は都市部の凶悪犯罪を中心に対応するフォースカインドの事務所に行こうと思ってる!」
「あ? ……まだ決めてねぇ」
「意外だな。お前なら即決しそうなのにな!」
「2択なんだよ。どっちが今の俺に必要なのか考えてるだけだ」
「そっか! 体育祭終わってからなんか……変わったな! 丸くなった!」
「ああっ!? 誰が丸くなったって!!」
「別に貶してる訳じゃねぇよ!?」
体育祭があってから人間関係や性格にも若干の変化があった。
一番はやはり轟だろう。これまで特定の人物と連むことなく過ごしていたが、体育祭が明けた今日は緑谷を始め八百万等とも積極的に会話を行っていた。
次点は爆豪。言動から少しばかり角が取れ、時折考え込むように窓の外を見るようになっていた。
上鳴はそこまで深くクラスメイトの様子を注視していないが、何となくその変化を感じ取っていた。
───ま、職場体験明けが楽しみなのには代わりねぇな。
一皮剥けたクラスメイトの姿を想像し、上鳴は笑った。
───俺もアメリカでウルトラしてぇもんだ。
ボーッと頬杖を突きながら上鳴がそんな事を考えていると「ねぇねぇ」と肩を叩かれた。尾白との会話を切り上げた葉隠だ。
「上鳴くん! 時間ある?」
「時間? まあ飯食い終わったしあるけど」
「早くない!? ……ってまたサプリ? 駄目だよちゃんとした物食べないと! 身体おっきくなんないよ?」
「別に困らねぇし……いや、リーチはあった方がいいか。考えとく」
「バトルジャンキー過ぎじゃない? ……って違うの! アレ、騎馬戦の後の約束覚えてる?」
「約束───ああ、似顔絵描くって話か。今からか?」
「お願い! パパとママに話したら凄い興味持たれちゃって!」
「別にいいよ。ならチャチャっと描いちまうか」
チャチャっと? と葉隠は訝しんだ。
似顔絵はプロが対面で描けば5〜15分くらいで描き上がるのが一般的とされる。写真からの場合であれば更に倍ほど時間はかかるし、対話しながら内面までも絵に落とし込むような凄腕の画家であればその限りではない。
上鳴は基本的な絵が描けるというだけで、鉛筆で適当に人相が分かる程度の物であればそれくらいで描き上げられるが、腰を据えて描き始めたら1時間以上掛かる。
だが、上鳴はその筆の速度を個性で敏捷性を底上げする事でカバーできた。
閃電疾駆───3倍速
上鳴の金髪が青白い電光を放ち始め、目元の傷からも同様の光が漏れ出す。
葉隠の袖が上下に動いた。
「わわっ! 本気だね……!」
「じっとしてろよ、葉隠。ちゃんと色鉛筆まで持ってきてるからな。今日は色付きだぜ」
「やったー!」
出来ない約束はしないが、した約束は果たす男である。いつ言われてもいいように用意だけはしていたのだ。
上鳴が個性を使い始めた辺りで、クラスメイトも何事かと寄ってくる。
「すげー」
「プロみてぇ」
上鳴の作業を覗き込んだ砂藤と瀬呂が小学生並みの感想を漏らすが、褒められた本人は苦笑しながら言う。
「それはプロに失礼だからやめてくれ……あと葉隠。ニコニコすんのはいいけど、15分はそのままにしてくれよな」
「はーい!」
「透ちゃん嬉しそうね」と蛙吹。
「透明人間だもんな。顔なんて中々見れねーだろうし」
葉隠の胸中を考えながら砂藤が相槌を打った。
一方で欲望を隠せない峰田が息を荒くして言う。
「オイラにも一枚ください先生!」
「お前……やめとけよそろそろ」
透かさず瀬呂が峰田の頭を叩く。
快音と共に峰田の毛玉がぷるりと揺れた。
上鳴はスケッチブックと葉隠の顔を交互に見ながら言った。
「賑やかだな……構わねぇけど。お前ら飯はいいのかよ?」
瀬呂が答えた。
「俺ら今日弁当だから大丈夫よ」
「あーね」
それから上鳴は黙々と鉛筆を走らせ、昼休みが終わる5分前に一枚の絵を完成させた。
「思ったより時間掛かったな……出力ブレて挙動が安定しなかったか……? アメリカ行く前にコガネ使って測定しとくか」
絵の出来はともかく掛かった時間に不服があった上鳴は、眉間に皺を寄せながら拳を握ったり開いたりを繰り返していた。
しかし一方、絵を受け取った方は大満足だったようで、スケッチブックを掲げてくるくると回っていた。
そして動きをピタリと止めて言った。
「ありがとう上鳴くん! 一生大切にするね!」
「ああ、うん。別に大したもんじゃねぇから程々でいいだろ。探せば見える画家くらい見つかるだろうし」
「もう! そこは”どういたしまして”でいいの!」
「いや、大した事じゃないから……」
上鳴は要らないと思ったらとことん断る。
USJの後のオールマイト、体育祭の轟、今回の葉隠も何も変わらない。
しかし、一点だけ違いがあるとするなら───
「君にとってはそうでも、私はちーがーうーのー!」
葉隠である。
葉隠は上鳴の肩を掴んで揺すりながら「上鳴くんがどういたしましてって言うまで、揺するの辞めないから!」とまで言い出した。完全に感謝の押し売りである。
うぉぉぉ! と気炎を吐いて自分を揺する葉隠の気持ちが上鳴には分からない。
───何でこんなに必死なんだ……?
シンプルな疑問が上鳴の中で膨らんだ。しかし、答えを出せるほどの経験値が上鳴にはない。
頭を悩ませる上鳴だったが、丁度いい所に耳郎と八百万が昼休憩から帰ってきた。
耳郎は葉隠に揺すられる上鳴を見て腰に手を当てながら言った。
「そりゃあ、アンタの感覚と葉隠の感覚が同じな訳ないでしょ。受け取っておきなよ」
耳郎はアホ面のまま揺すられている上鳴の胸中を正確に見抜いていた。
「そうだそうだ! もっと言ってあげて響香ちゃん!」
「それはそれとして、押し売りするのもどうかと思うけどね」
「響香ちゃんはどっちの味方なの!?」
「道理」
「それはロックじゃないよ!!!」
道理を蹴飛ばすのがロックじゃないの!? と葉隠は言うが、耳郎は意地悪そうな笑みを浮かべるだけだ。
それから耳郎は上鳴に「で、どうすんの?」と問いかけた。
上鳴は渋い顔をしながら言った。
「どういたしまして」
「何か───釈然としない!」
「今はそれで我慢しなよ」
クスクスと笑う耳郎に頬を膨らませる葉隠。
穏やかな笑い声で溢れる教室を軽く見回し、上鳴は思う。
───こういうのも悪くないもんだな。
闘争の悦楽しか知らぬ修羅の中に、一つの感情が芽吹き始めていた。
そして時は流れ───出発の日。
中部国際空港で上鳴はキャリーケースを引く耳郎と共にゲートラウンジで搭乗の時間を待っていた。
「いやあ、海外なんて俺初めてだわ」
コーラ片手に上鳴が言うと、耳郎は不安気な様子で返した。
「ウチも……というか上鳴はともかく、何でウチが選ばれたんだろ? 轟とか爆豪じゃなくてさ」
「そりゃあ耳郎の方が活躍の幅広いしな。アイツらは良くも悪くも戦闘特化だ。轟が冷蔵庫になったり暖房になったりするくらいだな」
「その理屈だとアンタとヤオモモの二強じゃん……」
「八百万はなぁ……咄嗟にポンポン出せれば強いがな。その点でいやぁ耳郎にはまだまだ可能性があるぜ───言わねぇけど」
「何で」
「自分で気付かないと意味ねぇからだよ。プルスウルトラブフゥ───ッ!?」
コーラを口に含んだ瞬間、上鳴は耳郎の背後にいた人影に驚き、勢いよくそれを噴き出した。
真正面からコーラを噴霧された耳郎が叫ぶ。
「うわっ!!! 汚ったな!? どうしたの!? え、後ろ? …………アレ? ウチらもうアメリカ着いてたっけ……?」
上鳴に促されるまま振り返った耳郎はコーラ塗れのままフリーズした。
そこに立っていたのは長身と鍛え上げられた筋肉が特徴的な金髪の美女だ。赤いジャケットにジーンズというラフな格好だが、真っ直ぐ堂々とした立ち姿からモデルや女優にも見える。
変装のつもりなのかキャップ帽を被っているが、誰なのかは丸わかりだった。
女性はラウンジをキョロキョロと見回し、上鳴と耳郎を見つけて手を振った。思わず2人が手を振り返すと、女性は長いストライドで距離を詰め、気さくに手を挙げて声を掛けてきた。
「待ちきれなくて、私から来た!……何てね」
「とんでもサプライズ過ぎる……」
「でしょ?」
スターアンドストライプは2人にウインクしながら笑っていた。
小話の小話
スター「来ちゃった」
手続きガン無視/事後報告/職権濫用/プライベートだからセーフ(セーフではない)
トップヒーローはプライベートでも海外旅行はかなり制限されそう……映画でエンデヴァーがIアイランドに居なかったのはオールマイトが国から出てたからだって勝手に妄想してます