埼玉県にある総合病院───そこに勤める医師の1人である善院尚哉はヒーロー資格を持っている。
ヒーロー免許と医師免許の2つを持つ者というのは少ないがいない訳ではない。
最も有名なのは雄英高校で保険医も勤めるリカバリーガールだろう。医者としての技量もヒーローとしての活動経歴もレジェンドと呼ぶのに相応しい物を持っている。
難易度の高い国家資格を2種有しているのは、リカバリーガールのように他人を治癒できる個性を持つ人間が殆どだ。
だが、善院の個性は治療に一切関係がない。その能力は殆ど戦闘方面に特化していると言っても過言ではなく、2種持ちの中では異端と言えた。
彼が何故、医師の道を選んだのか───それはある種の逃げだった。
善院の両親は医者であり、街中に診療所を構えていた。両親は彼がヒーローの道ではなく医療で人を救う道を選んで欲しいと思っていた一方で、ヒーローとして人々を助けたいと意気込む息子を尊重した。
最初、善院には目標があった。
それは、最強のヒーロー”オールマイト”を超えて自分がNo.1になること。
誰よりも速く現場に辿り着き、誰よりも速く敵を倒す。その在り方を実現する為の指標がオールマイトであり、オールマイトを超えることで初めて実現できる───そう考えていた。
善院は要領が良く、雄英に入学するのにも苦労は無かった。その為、万が一怪我でヒーロー活動できなくなったら医者になろうと考え、在学中は医大に入学する為の勉強も並行して行っていた。
1年、2年、3年と雄英体育祭を制し、インターンでも十分な功績を残しながら直ぐにプロにはならずアメリカに渡った。そこで医者になる勉強をする傍ら、ヒーロー活動も積極的に行った。日本から来た期待の
だが、そこで善院は一度目の挫折を迎える。
尚哉は活動5年目のプロヒーロー、現在はアメリカNo.1の称号を得ているスターアンドストライプの戦いを目の当たりにした。
───次元が違う。
そして痛感した。
壁一枚を隔てた向こう側に、その女がいることを。
それは才能や努力だけでは埋まらない規格の差。
圧倒的に、理不尽に、無法を働く悪党を蹂躙する。壁は一枚だが果てしなく分厚い。
だが、諦めなかった。
大学在学期間、スターに張り合うように活動した。勉学との両立は気合いで果たした。
個性の基礎を突き詰め、解釈を広げて技を編み出し、それを実戦で磨き上げた。
”最速のヒーロー”は誰かという話になるとオールマイトやスターの他、尚哉の名前が上がるようになった。
だが、その2人に自分が遠く及ばないことを誰よりも善院自身が悟っていた。
留学が終わり日本に帰ってきて───オールマイトと出会って、善院は折れた。
医者として働き始めたのはそれが理由だ。
”ヒーロー”という職業から逃げて医者になることに両親は何も言わなかった。ただ少し悲しそうな瞳を向けるだけだった。
そして腐りながら働く中───善院は1人の少年と出会った。
電気系個性の暴発。
脳への負荷と治癒による後遺症。
余命15年。
事実を列挙した善院の言葉を受けた少年の両親が泣き崩れるのに対し、当の本人の態度は呑気な物だった。まるで自分が死ぬだなんてカケラも思っていないかのように善院の目には映った。
それを見た善院は何かが裏返るような予感を覚えた。
この少年には───何かがある。
少年の治療を進めていく中で、それは確信へと変わった。
アドレナリンを始めとした──所謂脳内麻薬の過剰分泌。痛覚や味覚の機能不全。それに伴う複数の疾患を代償に、少年は人間離れした嗅覚や聴覚を得ていた。更には肉体を自壊させる程の膂力と、抜群の動体視力が備わっていた。
治療が進むほどに肉体強度が増し、膂力の上限が引き上げられると共に、そこから引き出せる力も比例するように伸びていった。
身体の変化をサポートアイテムでつぶさに観察して、運動量を増やしていく中で善院が少し体術について教えてやれば、水を吸うスポンジのように吸収した。
そして何より本当に恐ろしいのは、これらの上限が見えないことだった。
5年が経つ頃には善院が個性なしの状態で打ち込んだ打撃程度ではびくともしない強靭な骨格と筋肉を少年は手に入れた。格闘技術は尚哉に比肩し、単なる身体能力だけで十把一絡げのプロヒーローを圧倒できる程になった。
「……ははっ。なるほどなぁ」
”君はアッチ側に立てる人間か”。
少年の才能に嫉妬しなかったと言えば嘘になる。だが、その頃にはもう善院は穏やかな気持ちで成長を見守っていた。
少年の肉体が一先ずの完成を迎えた後は個性の訓練に移った。
善院はアメリカで活動していた時の伝手を使い電気系個性のデータを集め、さらに最先端の技術で少年の血液や細胞を解析。その結果を元にトレーニングメニューを組みあげた。
少年の個性は電気エネルギーを纏うという単純だが非常に強力なものだ。
しかし、同時に周囲の電気エネルギーを自分に向けて吸収するという避雷針と蓄電能力も持っていた。
善院の解析により少年の細胞には個性因子の影響により”蓄電細胞”と”放電細胞”があることが判明。これは少年の両親の個性に当てはまり、類似個性の発現だと思われていた物が複合個性だと再定義された。
「ええか。個性の制御に常識は通じん。個性を扱う上の絶対原則は常識を捨てることや」
善院は今までに培ってきた経験を元に、徹底的に少年を扱いた。
───なに? 任意の箇所に電気を纏えん? 腕で考えるな。先ずは掌。それから指。爪。皮膚。どんどん小さい部位に落とし込め。細胞レベルまで細かく意識を向けるんや。
───放電すると無差別になる? ええか。雷っちゅうんは高い所から低い所に落ちるんやない。低い所から高い所に落ちるんや。電撃を当てたい場所にプラスの電荷を付与できるようにするんや。無理? 気合いが足らんようやな。気合いが溜まるまで組手でもしよか。
───個性の補助するサポートアイテム? 自分にはまだ早い……というか内緒やで。ぶっちゃけダサいと思ってんねん。ヒーローが得物持ち歩くの。それがないと勝たれへんいうことやし。意外とおんで、同じ考えのやつ。
───異議あり? じゃあ逆に聞くけどオールマイトが鈍器やら持ってるとこ見たことあるか? ……なに? 禁止カード? ……うるさいなぁ。ごちゃごちゃ言うとらんと手ぇ動かせ!
───よし、ええ感じになってきたな。ほな次のステップに行こか。今日は出掛けるで。どこ? 試験会場や。何の? それは向こうついたら付き添いの先生と試験官が教えてくれるわ。言っとくけど合格以外は許さへんで。俺の面子……は、まあええにしても、後輩の顔に泥は塗れへんからね。
───ヒーロー仮免試験、合格おめでとう。君は他の追随を許さんスピードで爆進しとるわけやけど、立ち止まっとる暇はあらへんで。早速やけど実地訓練や。ちょっと新宿まで行って、ハロウィンに乗じて
善院尚哉は才能に怠けず鍛錬を重ねた努力家であり、理論派だ。感覚に頼らない訓練と指導は少年の個性制御能力をメキメキと伸ばしていった。
そして、善院と少年───上鳴電気が出会って10年の月日が経った。
「先生、今までありがとうございました!」
「おう。2度とこんな場所来るんやないで」
高校入試を前にもう通院する必要もない程に成長した上鳴は、病院のエントランスで恩師である善院に深々と頭を下げた。
患者というより最早教え子である上鳴の様子に感慨深いものを感じ善院も相好を崩す。
「先生、もしかして泣いてる?」
「いや、自分の才能の方向性がおもろくてなぁ」
選手として大成した人間が指導者として一流になれない事もあるように、その逆もまた存在する。尤も、尚哉がその説に当て嵌まるかは疑問が残るが。
「……? よく分かんねーけど、本当にありがとな先生。俺、先生のおかげで滅茶苦茶強くなれた気がするぜ」
「当たり前や。入試で1位取れんかったらドタマカチ割るからな」
「怖すぎ」
ジョークだよな? と思いつつもこれまでの訓練が脳内に溢れ出し、痛みを感じないはずの上鳴の足がガクガクと震え出す。
「まあ、その個性持ってて入試で負けることなんか万が一にもあらへんわ」
「そうか? やってみないとって感じはあるぜ?」
頑なに否定から入る上鳴に、尚哉は腰に手を当てて溜息をついた。
「いや………どんだけ自信ないねん」
「えー、だって俺今まで一回も先生に個性ありの組手で勝てなかったじゃんかよー。自信なんて付かねーよ」
「俺、雄英ヒーロー科OB。お前の先輩」
「マジ!? 初耳なんだけどぉ!」
「言っとらんかったか? まあ別にええやろ。とにかく自信持って行ってこい。お前は強い」
「……そっか。先生が言うなら、そう思うことにするわ」
上鳴は病院に背を向け最後に顔だけ尚哉に向けた。
「じゃ、行ってきます」
「おう。かましたれ」
時折振り返って手を振る上鳴の姿が見えなくなるまで見送り、善院は深く息を吐いた。
「……それにしても、ちょっとやり過ぎたかも分からんね」
───これより1週間後、雄英高校から「事情説明求む」という苦情が善院の下へと寄せられることになる。
次回、雄英入試
───で、どこだよ原作キャラ(上鳴以外)