雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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いつも拙作を読んで下さっている皆様、誠にありがとうございます!
今回と次回に黒漆死に関係する描写が入ります。生理的嫌悪を感じる場面や残酷な描写が増えてきますのでご注意ください。


ep.40 本性

 

時刻は午前4時、東の空が僅かに白んできた頃。

スター、上鳴、耳郎を後部座席に乗せた軍用車はテロ組織のアジトがある港へ向かって走っていた。

 

 

上鳴は天井の高い広い車内で戦杖を抱える様にして腕を組み、目を閉じて耳郎としたやり取りを思い出していた。

 

 

───何で本当の事を言えなかった?

 

 

色々と理由は考えた。

初めての友達だからというのが最有力ではあったが、どうもしっくりこない。いや、当たらずとも遠からずと言ったところか。それが理由なら恩師である善院には殊更言えない筈だという考えが、上鳴の思考を妨げていた。

 

 

上鳴は首を傾げて唸った。

気色が悪くて仕方がなかった。

 

 

───別に、“最強”という称号に拘りがある訳じゃない。

 

 

強いて言えば、最上の熱を求めているからだろう。誰よりも強いという事はそれに比例した熱量を持っている証明。戦いの熱を生きる指針の様にしている上鳴にとって、熱の総量は人間の価値その物だ。

 

 

───強い奴と戦いたい。全力を出し尽くして死にたい………それは間違いない筈だ。

 

 

違和感

 

 

自分の物なのに、そうでないような感覚。

この感覚を上鳴は知っている。

 

 

───これは………どっちの考えなんだ?

 

 

強い奴と戦いたいと思う様になったのは 今世(イマ)なのか、それとも前世(カコ)なのか。

 

 

入学当初なら全く気にしなかったことだ。

それはもう捨てた悩みの筈だったから。

 

 

───何で、今になってそんな事を。

 

 

否、今だからである。

 

 

上鳴は気付いていない。

10数年にも及ぶ病院生活と刺激のない鍛錬を繰り返すだけの日々は、所詮マイナスを0に戻す作業に過ぎなかった。

しかし、学友と語らい知らない事を学ぶ日々は違う。それは0に1を足していく毎日であり、作業に慣れきった上鳴にとっては劇薬に等しい物だ。

 

 

かつて捨てた筈の悩みが───「どちらもありうる。そんだけだ」(誰かの言葉)で蓋をした物が───ゆっくりと顔を出し始めたとしても、不思議ではなかった。

 

 

 

 

 

上鳴の悩みに関係なく、車は港にまで辿り着いた。

 

 

そこからは車を降りてスターを先頭に、殿を上鳴。中央に耳郎を置いた隊列でテロ組織の根城と化した倉庫を目指す。

 

 

ここで運転手を勤めたイーサンは一時離脱。

オペレーターとしてバックアップへ移った。

 

 

港に入って早々に上鳴が言う。

 

 

「……人の気配が全くしない」

 

 

スターも眉間に皺を寄せ「ふむ」と一言だけ漏らし、考え込む。

 

 

「ウチ、調べてみます」

 

 

二人の様子を見た耳郎が地面にプラグを差して音を拾い始めた。

 

 

圧縮訓練により個性の強度と応用力を高めた結果、ソナーの様に心音を拡散することでより高い探知力を獲得した。その範囲は耳郎を中心に半径300mにも及び、雑音が少なければ少ないほど広くなっていく。現在の状態であれば港の約半分を探知圏内に落とし込める。

 

 

少し間を置いて「どんな感じ?」と上鳴。

 

 

「何だろ、これ。凄い小さい生き物が倉庫とか地下に一杯いる………?」

 

 

今度はスターが「ネズミか?」と尋ねるが、耳郎は首を横に振って答えた。

 

 

「もっと小さいです。多分、掌に2、3匹乗るくらい」

 

 

「ならネズミとは違うか」

 

 

「ドブネズミは結構大きいからな」

 

 

耳郎の答えにスターが首を傾げ、上鳴が相槌を打った。

 

 

「………あ。敵のアジトに近い所にデカいのいる。人間サイズのやつ。避難は済んでるからおそらくヴィラン。あと、コイツから凄い嫌な音がする」

 

 

「見張りか? ぶん殴って情報を聞き出すのが手っ取り早いが、少し露骨過ぎるな」

 

 

そう言って歩き出したスターとそこに続こうとする耳郎を、上鳴は「待て」と制した。

 

 

そして上鳴はアジトがある方を睨みつける様に見ながら、耳郎に尋ねる。

 

 

「音の発生源、人間か?」

 

 

「多分、異形型個性の人間だと思うけど?」

 

 

耳郎は上鳴の質問の意図が分からず首を傾げた。

 

 

───変だ。

 

 

上鳴は電磁波を飛ばす事で物体の姿形をかなり正確に把握することができる。それは葉隠の顔が見える程で、もう一つの個性と言っても差し支えない。

 

 

しかし、遠くにある物は形として捉える事が出来ず、生物が持つ微弱な電気エネルギーを捉えるだけに終わってしまうという欠点があった。

 

 

上鳴は電磁波を飛ばしながら言う。

 

 

「やっぱアレ……人間じゃないな」

 

 

「何? どういう事だミカヅチ」

 

 

「そのまんまの意味だよ、スター。動く屍か、それとも別の何かか………流石に見ないと分からんけど、間違いなく人間じゃない」

 

 

そして、明らかに人間ではないそのエネルギー体を見て上鳴は悟った。

 

 

───なる程、何で先生が俺をここに送り込もうとしたのか合点がいった。

 

 

USJで怪人脳無と戦った上鳴だからこそ分かる、その存在の異質さ。明らかに人為的な改造が施された熱無き者の特徴。

 

 

───裏にオールマイトを半殺しにしたっていうヴィランがいるのか。

 

 

幾ら旧知の中であろうともスターが捜査情報を外部に垂れ流す事はない。

だから上鳴が選ばれた。送り込みやすい理由と確かな戦闘力を有しており、まだ仮免であるが故に複雑かつ難儀なヒーローの国際派遣手続きを一部省略できるからだ。

 

 

上鳴は口角を上げ、ゆっくりと肩を回して言った。

 

 

「スター、作戦を変えたい。俺が先行して見張りを引き付ける。周りの倉庫に何が仕込まれてるか分からんし、ゆっくり近づいてきてくれ」

 

 

「……いいぜ。しくじるなよ」とスターは腕を組んで頷いた。

 

 

「まあ大丈夫だろ……コガネ、起きろ。久しぶりの仕事だぜ」

 

 

『stand by ready, set up ─── おはようございます、マスター』

 

 

「おはよう。早速だがドローンを3機展開、イーサンの方に1台、残りはアジトに」

 

 

『了解致しました。これより支援を開始します』

 

 

上鳴のコスチュームから小型ドローンが3機飛び立ち、音もなく空を飛んでいく。

それを確認してから上鳴は屈伸し、静かに言った。

 

「そんじゃあ行くか」

 

 

『身体許容上限100% ─── 閃電疾駆・3倍速(ドライブⅢ)

 

 

転瞬、地面を蹴った上鳴は空を進むドローンを一息で追い越し、アジトになっている倉庫を眼下に収めた。そのまま耳郎が探知した敵性存在と思われるモノを探していると、コガネが合成音声を発した。

 

 

『バイタルオールグリーン。マスター、おめでとうございます。電流への適応が進み、身体許容上限100%時における基本スペックが以前と比較して1.25倍に向上しています』

 

 

「そりゃいい。スター様々だな………で、問題はアレか」

 

 

蝗の異形───そう呼ぶにはあまりにも異質。瞳から人間が持つ知性が感じられず、身じろぎする度に甲殻が擦れ合う音は黒板を爪で引っ掻いた様な不協和音を奏でている。異形の顎から覗く牙から滴る赤い液体と、そこにこべり付いた肉片から、既に人を殺しているというのは想像に難くなかった。

 

 

異形が上空から降下してくる上鳴に気付き、真っ赤に染まった口を開いてがなる。

 

 

「オッ、オマ、オマエ! ヒ、ヒヒーローだろ」

 

 

「まだ仮免だけど一応な。おいバッタ、お前は?」

 

 

「俺は、蝗GUY! シュシュ主の命に従い! お前ヲ、食うッ!」

 

 

涎を垂らしながら拳を構える蝗GUYに、上鳴も杖の先を向けて応戦の構えを取った。

 

 

そうすると上鳴が手に持った武器を見て蝗GUYが嗤う。

 

 

「武器持ッてる奴、弱い! 俺、知ッテる! 何故なら俺は───賢いッ!」

 

 

言い終わるや否や、蝗GUYは上鳴へ肉薄。

剛拳を振り抜いた。

 

 

───速いな。瞬発力も発条もいいんだろ。バッタだし。

 

 

上鳴は冷静に蝗GUYの身体能力を分析しながら、自分の顔目掛けて放たれたそれを杖と腕で作った輪で絡め取った。

 

 

「ぬヌッ!」

 

 

「はぁ………道具は知性の象徴だろうが」

 

 

「!!!!!?」

 

 

蝗GUYが腕を引き抜こうとするが、万力の様に締め付けられているせいでビクともしない。

そして次の瞬間、上鳴は身体強化で増幅した膂力に物を言わせ拘束した腕をへし折った。

 

 

言語化できない蝗GUYの絶叫に眉を顰めながら、上鳴は尋ねた。

 

 

「仲間の数と配置は?」

 

 

まあ、答えないだろうな。

そんな上鳴の予想とは反対に蝗GUYは言った。

 

 

「主は遠い場所! 黒漆死は地下! 他は知ラないッ!」

 

 

更に蝗GUYはへし折れた腕を自切して自身の背後へと跳んだ。

 

 

───何で脱出出来んのにゲロったんだよ。ブラフか?

 

 

「黒漆死って誰?」

 

 

上鳴の次の問い掛け。

蝗GUYは口から生臭い息を吐き出しながら言った。

 

 

「俺は賢い。だかラお前、強いの分かる。ここかラは俺も本気出す……!」

 

 

蝗GUYは上鳴の問い掛けには答えず、力み始めた。それだけで千切れた部分から肉が盛り上がり始め、再生。更に脇腹の辺りからもう一組の腕が生えた。

 

 

上鳴が戦杖で肩を数回叩き、呆れながら言う。

 

 

「さっきと言ってることが違うんだよ」

 

 

───再生力の強化、複数の腕。異形の身体。単なる怪人とは違うのか……分からん。何にせよ、少なくとも喋れるってだけで取っ捕まえる価値はあるな。

 

 

「俺ハ間違いヲ訂正できる。賢いかラ!」

 

 

「それはまあ、認めてやるよ」

 

 

猪突猛進───蝗GUYは背中の羽を広げ、羽ばたかせることで先程よりも素早く杖の間合いへと入った。

 

 

上鳴は戦杖を横薙ぎに振るい、牽制。

しかし蝗GUYは巨体からは予想だにしない軽やかな動きで飛び上がり、杖を避けつつ身体を捻転させて上鳴の背後に立った。

 

 

「悪くない」

 

 

上鳴がそう言ったのと同時に、蝗GUYから剛拳が放たれる。4本腕から繰り出される拳の雨は、蝗GUYの瞬発力が合わさり弾幕の様にも見える。

 

 

しかし、上鳴には通用しない。

 

生体電流の増幅による敏捷性(アジリティ)の向上は無条件反射をも劇的に高める。上鳴はその場から殆ど離れず、軽いステップとスウェーだけで拳打の雨を避けていった。

 

 

───掛かった!

 

 

しかし、それは蝗GUYの策。

敢えて拳打の雨に避けられる箇所を置いておいた。それは海に沈み行く船にあるエアーポケットの様にも見えるが、酸素(逃げ場)を求めて吸い込まれるようにそこへ足を踏み入れれば、待ち受けているのは死だけだ。

 

 

「俺ノ勝ちッ!」

 

 

腹部を伸縮させ、鋭い針のような先端を近づいてきた上鳴へと向けた。

バッタは地中に産卵する。その先端は非常に硬質で、産卵の際に腹部は平常時の3倍の長さにまで伸びる。

 

 

これはバッタの特性を活かした不意打ちだった。

身体能力の一切を損ねずに常人以上のサイズとなった蝗GUYのその一撃を、初見で見抜けるヒーローは極めて少ないだろう。

 

 

だが───上鳴は既に並のヒーローという枠には収まらない。

 

 

そして、その程度の小細工では埋めようのない隔絶した力の差が両者の間には在った。

 

 

初速に限れば間違いなく銃弾にも匹敵する蝗GUYの秘策を読み切り、その上で上鳴は頭突きで真正面から粉砕した。

 

 

「がっ!?」

 

 

「もう1発、食らっとけ」

 

 

追撃として上鳴が打ち込んだ左の拳は蝗GUYの腹部に沈み込み、その身体をくの字に曲げて弾き飛ばした。

 

 

蝗GUYの身体が隣接する倉庫の壁を突き破り、砂煙の奥に消えていく。

 

 

───ウォームアップには丁度良かったな。

 

 

上鳴が「ふぅ」と一息入れると、バイタルを計測していたコガネの合成音声が響いた。

 

 

『身体許容上限100%をキープ。学びましたねマスター』

 

 

「アイツにはまだ聞かなきゃならない事があるし、本番はこっからだ……流石に自重するわ。それよりコガネ、アジト内部にドローンを先行させろ。場合によってはスター達に突入してもらう」

 

 

上鳴はコガネに指示を出しつつ、弾き飛ばした蝗GUYの下へ向かった。

 

 

手を団扇の様にして風圧で砂埃を散らし、倉庫を覗き込んだ。

 

 

そして、そこで蠢く無数の虫を見て絶句した。

倉庫の壁を、床を、天井を、黒い影が音もなく駆け回っていた。

古来より殆どそのままの姿で存在する、不快害虫の筆頭。器についた洗残しを齧る様から御器齧と呼ばれ、いつしか現代日本では蜚蠊(ゴキブリ)と呼ばれ忌み嫌われる様になった虫だ。

 

 

暗所を好みキッチンの床下収納などで巣を作るそいつらは、1匹見れば100匹はいると思え、などと言われる事もあるが………個体数が常軌を逸していた。1000や2000を優に越しているのは確実だった。

 

 

呆然とする上鳴の前で、それらの一部が蝗GUYに群がっていた。

 

 

「やメ、やめろ黒漆死! オレ、俺は餌じゃない!? やメっ───!?」

 

 

肉を噛み千切り、咀嚼する音が倉庫に響く。

何匹もの蜚蠊が蝗GUYの甲殻の隙間に入り込み身体を貪っているのだ。

 

 

更に、血の匂いに誘われるように天井から落ちていく個体が、踠く蝗GUYの手や顔にへばりついてその箇所を()んでいく。

蝗GUYはあっという間に黒い波に飲み込まれ、程なくしてその場には甲殻だけが残った。

 

 

幾万の蜚蠊がひしめき、その身体が擦れ合う音を聞きながら、上鳴がゲンナリした顔で言葉を漏らす。

 

 

「食い殺すのかよ、イカれてるな……」

 

 

何よりも恐ろしいのは、耳郎の発言からこれが複数箇所存在していることが分かっていること。

 

 

そして、本体がどれか分からないことだ。

 

 

「で───どいつが黒漆死なわけ?」

 

 

上鳴は自分に向かってきた蜚蠊の津波(たいぐん)にそう問い掛けながら、個性の出力を高めた。

 

 

 

 

 

上鳴が蝗GUYを殴り飛ばしている頃。

慎重にアジトへと向かっていたスターと耳郎の前方にあった倉庫の角から、2人の男が慌てた様子で姿を現した。

男達は防弾チョッキに迷彩柄の服を着用していたが、身に纏うそれらは所々が不自然に破れており血が滲んでいた。

2人はスターの存在に気がつくと泣きべそをかきながら走り出した。

 

 

「ス、スターアンドストライプだ! 助けてくれ!」

 

 

「死にたくないっ!」

 

 

男たちの様子は尋常ではなかった。その理由は彼らの背後から暴風のような羽音を立てて迫る、蜚蠊の群れ。

群れの侵攻速度は男たちの走るスピードを上回っており、みるみると差を縮めていた。

咄嗟に耳郎が叫ぶ。

 

 

「スター!」

 

 

「駄目だ。間に合わない」

 

 

奥歯を強く噛み締めながらスターは耳郎を抱えて背後へ飛んだ。

救いを求めた男たちの顔が絶望に染まり、同時に群れが2人を飲み込んだ。

 

 

「あああああ!!?」

「嫌だ、イヤダァァァァァァァァ!!!」

 

 

その末路は人間の死に様としてあまりにも惨たらしい物だった。

男たちは生きたまま群れに肉を喰まれ、骨の髄までしゃぶられた。衣服でさえ例外ではない。集られた場所から破かれ、血も肉も貪られ、骨を噛み砕かれていく。

凄惨な光景はスターにさえ嫌悪感を抱かせた。

そして。

 

 

「ぇ………ぁ………」

 

 

耳郎の精神を抉るには十分過ぎた。

 

 

「イヤホン=ジャック、手を空けたい。背中へ」

 

 

スターは耳郎に自分の背中にしがみつくように指示を出し、個性を発動。

 

 

「“私は自分の拳よりも小さい物にしか個性を使えないが、触れなくてもルールを付与できる“」

 

「“これより私の半径100メートルにいるゴキブリは、その場から動いたら筋肉の伸縮が止まる“」

 

 

昆虫には心臓がない。生命活動に必要な体液は筋肉の伸縮によって生み出された力で押し出され、背脈管を通って身体に行き渡る。

 

 

デバフに下限はないが、発動するには当然条件を満たす必要がある。その条件を満たす為の縛りを設定しつつ、スターは不快な虫を一掃する為のルールを設定した。

 

 

しかし。

 

 

「キッショ! 何で死なないんだよ!?」

 

 

スターは知る由などないが───この蜚蠊達は個性によって生み出された物に過ぎない。本体はスターのルール設定範囲内にいたが、人間の体細胞を移植されて進化したそれは、蜚蠊の定義には収まらなかった。

 

 

スターは瞬時にルールを解除して身体強化を行い、真上に跳躍。空中から群れの動きを探ろうとした。

 

 

だが、蜚蠊は飛べる。

飛行距離は僅かだが、落ちてくる同胞を踏み台にしながら群れは天高く舞い上がった。

 

 

「気持ち悪い奴らめ!」

 

 

スターが次のルールを設定する、その前に。

 

 

「ウチが、やります……!」

 

 

耳郎は先程見た光景を忘れる為に何度か首を横に振ってから、プラグの先端を群へと向けた。

 

 

「ハートビートウォール!」

 

 

刹那、音の壁に阻まれた蜚蠊が墜落した。

しかし直ぐに、落ちてくる個体を足場にして別の個体が這い上がってくる。単なる時間稼ぎにしかならない。

 

 

「チッ」

 

 

スターの舌打ちに耳郎は下唇を噛んだ。

 

 

───ウチが足枷になってる。

 

 

スターアンドストライプやオールマイトだけでなく、トップヒーローの中には単独での活動を得意とする者は多い。強過ぎる力は時に味方にさえ牙を剥いてしまうものだからだ。

 

 

特にスターの範囲攻撃は殺傷力が高い。広域デバフが通用しないとなると、取れる選択肢はどれも耳郎や周辺の建物を巻き込んでしまう恐れがあり、簡単には使えなかった。

 

 

総数が判然とせず、更に人を喰らうという性質まで持った虫の群れは最早災害であり、誰かを守りながら戦うには不利な手合いだ。

 

 

───幾年ぶりだ? 私の命に指が掛かるのは。

 

 

スターがそう判断する程の脅威はそういない。

そしてスターが次の攻撃を試そうとした、その時。

 

 

 

 

耳郎がスターの背中から飛び降りた。

 

 

 

 

「は…………待て!? 早まるなイヤホン=ジャック!」

 

 

スターの声を背に風を浴びながら、耳郎はゴキブリの群れに自ら飛び込んでいく。

 

 

自殺行為だ。

しかし、決して無策ではない。

耳郎は右耳のプラグを左胸、心臓付近に差し込んで個性を使った。

 

 

───痛い!けど、耐えられない程じゃない……!

 

 

個性による痛みに悶える間もなく、ゴキブリが耳郎の身体にへばり付きその柔肌に強靭な顎で喰らいついていく。

 

 

───怖い、痛い、気持ち悪い……!

 

 

生きたまま肉を噛み千切られる痛みと恐怖。

その先に待つ物を、先程見せつけられた。

 

 

しかし、耳郎は身体を震わせ涙を滲ませながら耐えた。

 

 

「ウチは、ヒーローになる為にここに来たんだ!」

 

 

ドクン、と心臓が強く脈動する。

転瞬、耳郎にへばりついていたゴキブリが爆音を受け、周囲に群がっていた個体ごと1匹残らず四散した。

 

 

音の発生源は耳郎の身体だ。

 

 

───上げろ。

 

 

個性は身体能力である一方で、内的な要素も多く持つ。

 

 

精神的な成長。揺るがない信念の獲得。

それらが個性の持つ力を何倍にも引き上げる。

正史において、死柄木弔が過去を思い出しそれを踏み越えた時も。

渡我被身子が自身の“好き”を明確にした時も。

麗日お茶子が一人の少女の心と向き合い、助けようとした時も。

爆豪勝己が死戦で限界を超えた時も。

 

 

いつだって彼らの隣には死と原点があった。

 

 

───上げろ……!

 

 

耳郎響香に特別な原点はない。

しかしそれは、麗日や爆豪にも言えることだ。

 

 

───もっと強く!

 

 

本当に必要な物は2つ。

痛みを乗り越え己が意思を貫き通す“覚悟”と、それに応えられる“肉体”。

耳郎の肉体は既に、そこに半歩踏み入っている。

 

 

故に───後は、覚悟だけだった。

 

 

ドクンと耳郎の心臓の脈打つ音がスターの耳にまで届く。

 

 

───足手纏いのまま終われない……何もせずにただ見てるだけだなんてもう嫌だ!

 

 

最初の戦闘訓練も、USJでの戦いも、体育祭も。最後まで戦い抜いたとは言えない。耳郎はいつも最後は傍観者に過ぎなかった。

それが堪らなく悔しくて、嫌だった。

 

 

だから。

 

 

「更に、向こうへ───!」

 

 

すべき事はもう、決まっていた。

 

 

耳郎のプラグは鼓膜だけでなく、心臓にも直接繋がっている。音源に繋がずに音を出力することなどできないのだから、当然と言えば当然である。

だが、そこまで深く考えた事が無かったと言うのが耳郎の本音だった。

 

 

───大声を出した時、それまで壊せなかった物が壊せた。心拍数が上がったからだと思ったけど、違った………アレにはウチの声が混じってた。

 

 

圧縮訓練で掴んだ光明が、個性とより深く向き合う為のキッカケになった。

 

 

───声は肺、気管、喉頭、咽頭腔、口腔、鼻腔の6つの箇所で響かせる事で大きくなる。おっさん*1は『腹だけなんて勿体ない。声は上半身で出すんだ』って言ってた。

 

 

身体の中には共鳴腔と呼ばれる空所が存在する。声帯の振動によって生成された音はそこで共鳴することで大きくなる。

 

 

そこで耳郎はこう考えた───自分の心臓にも似た様な機能があるんじゃないか? だから発声時の振動が心臓にも伝わって、瞬間的に個性の威力が上がったのではないか………と。

 

 

実際、耳郎の心臓には心音を増幅させてプラグに伝える為の共鳴腔に近い機能が備わっていた。

 

 

───色々試したけどこれが1番強い。

 

 

左胸に片方のプラグを突き差したのは、心音を重ねる為だ。そして心臓に向かって送り込まれた心音は、再びそこにある共鳴腔で増幅される。この際の増幅は個性の通常使用時の2倍に相当し、増幅する度に倍になっていく。

 

 

そうして指数関数的に増幅された心音は通常使用時の何十倍、何百倍にも膨れ上がり、身体に収まり切らない音は全身から漏れ出してしまう。

 

 

それは単なる音漏れであっても凄まじい音圧を生むに至り、周囲にある物を共振で粉砕するほどの力を発揮する。蜚蠊達が四散したのはこの為だ。

 

 

当然、リスクが無いわけではない。増幅を繰り返せば心臓に負担が掛かり、いつかは破裂する。

 

 

しかしそのリスクを───耳郎は気合いで捩じ伏せた。

 

 

「プルスウルトラ!」

 

 

更に耳郎は残った左耳のプラグを、増幅器(アンプ)と指向性スピーカーの機能を有する左腕のデバイスと接続し、眼前に迫る蜚蠊の群へ向けた。

 

 

当然、これも掛算である。

 

 

ただ突き差して音を流し込むだけで岩やコンクリートを粉砕する音の力が何千倍にも膨れ上がれば───“破壊できない物体など、理論上存在しない”。

 

 

「ハートビート、プログレッシブ!」

 

 

体育祭で大氷塊を打ち砕いた時よりも遥かに大きいそれが、雷鳴が如く轟いた。

 

 

強大な力の波はまるで空間が波打っていると錯覚するような奇怪な現象を引き起こしながら、目にも止まらぬ速度で全てを薙ぎ倒し、轢き潰しながら直進していく。

 

 

それは地上に到達しても変わらない。振動による粉砕は容易くアスファルトを砕き、飛散する物を全て塵に変えてしまう程の破壊力を見せた。

 

 

更に音が物体に反射し、拡散。

水面に巨石を投じたかの様な波紋がアスファルトの大地に広がり、地面が捲れ上がった。

 

 

辺りの倉庫ごとそこにいた蜚蠊の群れを一掃するのに時間は然程掛からない。

 

 

耳郎が見せた自身の想像を遥かに超える成果に、スターは両耳を手で押さえながら感動で打ち震えた。

 

 

───可能性は誰にだってある、という事か。

 

 

着地まで考えていなかったのだろう。慌てふためきながら落ちていく耳郎の姿にスターはクスッと笑いながら、ルールを追加した。

 

 

「“これより私を中心に半径100mの空間にある物体が受ける重力は0になる”」

 

 

衝撃を想像して硬く目を閉じる耳郎だったが、落下が止まった事に驚いて目を開けた。

そこへスターがゆっくりと降りてきて、耳郎を抱き寄せながら言う。

 

 

「着地する、しっかり掴まっときな」

 

 

個性を解除したスターは身体強化を再設定し、耳郎が陥没させた地面へ着地した。

 

 

やるじゃないか。

まだまだっス。

 

 

そんな風に和やかに会話をしながらクレーターから出た2人だったが、目の前に広がる光景を見て頬を引き攣らせた。

耳郎が言う。

 

 

「………めちゃくちゃいますね」

 

 

地上を舐め尽くすように蠢く蜚蠊の群れが、そこにはあった。

スターは身震いしながら言った。

 

 

「全く嫌になる。暫く家でもゆっくりできなくなりそうだ」

 

 

「ですね」

 

 

更に別の倉庫から間欠泉の様に黒い飛翔体が噴き出し、地上の群へと合流した。

 

 

次はどうする?

 

 

2人が頭を働かせる一方で、その群れはスター達を素通りして別の場所へと向かっていく。

 

 

「この方角は、アジトに向かっているのか」

 

 

スターの言葉に耳郎が心配そうに声を漏らす。

 

 

「………上鳴、大丈夫かな」

 

 

「なら、急ごう」

 

 

スターの言葉に耳郎は頷き、2人はアジトを目指して駆け出した。

 

 

 

 

 

上鳴はその頃、アジトの正面扉の前で続く蜚蠊との戦いに辟易していた。

 

 

───いい加減にしてくれ。

 

 

いつから自分は害虫駆除の業者になったのだろうと、上鳴は誘蛾灯にフラフラと向かう羽虫が如く自分に群がる蜚蠊を放電で焼き殺した。

 

 

近寄ってきたゴキブリを灰すら残さず燃え散らす電熱を常時放出するのは、それなりの負担を肉体に強いる。

 

 

今は調整の恩恵で以前より少ない負荷で放電を行っているのもあり、楽になってはいた………が。

 

 

「無駄だってのが分かんないのか?」

 

 

際限なく湧いてくる蜚蠊の群れと対峙し続けるのは不快極まる。

 

 

───このままでは埒が明かない。

 

 

上鳴はコガネに先行させたドローンの様子を尋ねた。

 

 

『現在、ドローンIIIは電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため追跡する事はできません』

 

 

「壊されたんか……共有されてた映像データを解析して、コイツら操ってる本体を探してくれ」

 

 

『解析中───それらしきモノは発見できません』

 

 

ドローンは倉庫の天井付近に設置された窓から内部を撮影していた。そこに映っていないという事はこの倉庫にいないか、もしくは。

 

 

「地下か」

 

 

蝗GUYの言葉を思い出しながら、上鳴は倉庫を閉ざしていた巨大な鉄製の扉を蹴破った。

 

「虎穴に入らずんば、虎子を得ず………だな」

 

 

放電の範囲を縮小、バリアの様に帯電しながら上鳴はアジトの内部へと足を踏み入れた。

 

*1
お父さんの意




小話
蜚蠊から逃げていた2人の男は民間人じゃなくてテロ組織の一員である。
あと一回多く増幅すると耳郎ちゃんは内側から弾け飛んでいた。

あと私事ですが本誌の上鳴くんが良過ぎて変な声出ました。
単行本派、アニメ派の皆様にも早く見ていただきたく………何度読み返しても最高や……
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