雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.41 本能

 

「───上鳴電気。4歳時の個性事故で脳機能の一部が変質、五感の一部に制限が掛かるが逆に膂力やそれ以外の感覚が研ぎ澄まされている」

 

 

深い闇の中。

生命維持の為に繋がれたチューブを揺らしながら、男は個性で認識した文字列を読み上げた。

 

 

「戦闘力はトップヒーローと同格。個性の出力や体術にも目を見張る物があるが、何よりおかしいのはその応用力」

 

 

言葉を発する度にする、空気が漏れ出す様な呼吸音はどことなく楽しげだ。

 

 

「帯電。蓄電細胞と帯電細胞からなる複合個性。電気エネルギーを溜め込み、放出するだけのシンプルな個性だった筈だが───何がどうなればこれ程までに幅広い応用が可能となるのか。ドクター、君も気になるだろう?」

 

 

男に話しかけられたドクターと呼ばれた男は笑いながら答えた。

 

 

「まったくじゃ。最新の個性検査結果を見るに、上鳴電気には更に発電細胞や電気エネルギーの流れを制御する為の新たな細胞が生まれておる。最早”帯電”など名ばかり。奴の個性はその内、電気エネルギーによって実現する全ての事象を再現できるという所まで行くやもしれん」

 

 

「名実共に雷神、と言った所か」

 

 

「しかし、ワシは個性だけでなく肉体にも着目したい。あれは一世代での個性の進化……いや、深化に適応しようとしておる。正しく特異点へと至る器じゃよ。研究したい」

 

 

「ああまったくだ───益々欲しいね」

 

 

 

 

 

アジト地下、B1F。

倉庫の床に隠された階段を降りた上鳴は、蜚蠊共の首魁がいる空間へと辿り着いた。

 

 

「お、らしい格好してんじゃんか。お前が黒漆死だな」

 

 

それは黒い襤褸を纏っているかのような起伏のない身体をしていた。頭部には長大な触角を備え、複数の目がついた顔面は蜚蠊めいた形状を残しつつも、どこか人間めいていた。

上鳴の言葉を受けたそれはコクリと頷き、襤褸の中にしまっていた複腕を露わにした。昆虫のように節を持ちながら、人間の肌の様な質感を持った───異様な腕を。

黒漆死はゆっくりと姿勢を低くしながら、ギチギチと顎を擦り合わせて言葉を発した。

 

 

「何故、我々ヲ殺ス」

 

 

「………お前人類側じゃなくてこっち側?」

 

 

上鳴が足下によってきた蜚蠊を無造作に踏み潰すのを見た黒漆死の襤褸がブワリと広がる。その下にあったのは体格に合った巨大な翅と、蜚蠊の腹を思わせる胴体と2本の足だ。

 

 

転瞬、黒漆死が伸ばした手は上鳴の眼前にまで迫っていた。

 

 

───速い! あのバッタの比じゃない!

 

 

身を屈めて黒漆死の突撃を躱しながら、上鳴は戦杖を跳ね上げて黒漆死のがら空きの胴体を打ち据えた。ミシリと硬いものを軋ませる感触が上鳴に伝わる。

 

 

「浅い……!」

 

 

上鳴はその場に戦杖を突き立て、真横に跳んだ。それと入れ替わるように黒漆死の腕が振り下ろされる。

 

 

───反応速度も尋常じゃない。

 

 

「掠ったか……」

 

 

頬についた擦り傷を右手で拭い、上鳴は改めて拳を構える。

それに対し黒漆死は自らの腹に腕を突き入れた。

 

 

「は?」

 

 

呆然とする上鳴の前で黒漆死はグチャリ、グチャリと音を立てながら体内を弄る。穴が空いた場所から紫色の体液が溢れて床に染みを作る。

程なくして、黒漆死の腹から腕が引き抜かれた。

 

 

その手には異形の鉈が握られていた。

 

 

蜚蠊の卵は卵鞘と呼ばれる硬い殻に覆われている。それは本来、外敵から卵を守る為の物だが───黒漆死のそれは違う。

 

 

上鳴は引いていた。

 

 

「バッタといい、お前といい………性器振り回して武器にすんのやめね? 引くわ」

 

 

 

黒漆死が動く。

圧倒的な速力に合わせて、身を寄せ合っていただけの蜚蠊が黒い奔流となって上鳴に向かう。

 

 

───先に入って良かったな。

 

 

スターと耳郎が入っていた場合、耳郎が生きて帰れる見込みは無かった。

黒漆死の単純な身体能力はUSJの脳無ほどではないにしろ、上鳴の100%に十分付いていける。スターの強化上限は上鳴の1000%よりやや低い、OFA換算で75%になるかならないかと言ったレベル。黒漆死単体ならそれだけでも余裕で捌けるが、人を庇ったままでは蜚蠊の群れまで対応できない。

 

単独であればスターは1分もあれば黒漆死を無力化できる。

 

 

そしてスター程ではないが、上鳴もまた黒漆死とは相性が良い。

 

 

『身体許容上限100%───瞬迅雷火(フラッシュオーバー)

 

 

蜚蠊の群れが瞬く間に焼け落ちる。黒漆死もまた放電に怯んだ。

 

 

これが黒漆死に対する上鳴の優位性、範囲攻撃だ。

 

 

蜚蠊は黒漆死の個性によって増殖、強化されただけの普通の蜚蠊だ。耐久性も多少向上しているが、凶悪な攻撃性に比べれば可愛い物だ。スリッパで1回叩いたら死ぬ所が3発必要になる程度でしかなく、1匹だけなら一般人でも対処できる。上鳴ならまとめて焼き払える。

 

 

黒漆死が鉈を構え再び上鳴へと肉薄。刃を振るう。

 

 

「うわっ」

 

 

鉈の刃に当たる部分に卵があるのを見た上鳴は手に尋常ではない電気エネルギーを纏い、一閃。手刀と鉈がかち合うと同時に卵が射出され上鳴の腕に食い込んで行く。

そして、腕の中で孵化した蜚蠊が上鳴を内側から食い破ろうとして───電流に耐え切れず跡形もなく焼失した。

 

 

「人の体に卵産みつけんなよ!?」

 

 

上鳴は鉈に触れた手を摩りながら黒漆死の胴体を蹴り飛ばし、先程突き立てた杖との線上に黒漆死が入るように自分の位置を調整した。

 

 

「還ってこい!」

 

 

帰還雷撃が黒漆死を直撃。

黒い煙が立ち昇る。

しかし、まだ黒漆死は倒れない。

 

 

「頑丈だな……!」

 

 

「腹、減ッタナ!」

 

 

「食いしんぼか? 1人で共食いでもしてろ!」

 

 

肉薄してくる黒漆死を避けながら戦杖を回収した。杖の間合いであれば卵を射出されても対処できるからだ。

 

 

上鳴と黒漆死は互いの得物を打ち合せ、火花を散らした。

 

 

───動きが落ちない。雷撃の麻痺も少ないし、火傷が治っていきやがる。それに中々どうして……

 

 

「熱があるじゃねぇか!」

 

 

「我ハ鉄ノ味ガ好キダ!!!」

 

 

その熱の正体は飢餓。

尽きる事なき食欲だ。上鳴が求める物とは少し違う。だが、久しぶりの同格とのやり取りで上鳴は自分が昂っていくのを感じていた。

 

 

───ああ! これだ! これだけが! 俺に生を実感させる!

 

 

鉈と杖が高速でぶつかり合い、甲高い残響。

 

───体育祭とは違う命のやり取り! 俺が本当に欲しかったのは!

 

 

「闘争をしよう黒漆死! 生存競争だ! お前が勝てば好きなだけ貪れ!」

 

 

獣が咆える。

稲妻が唸る。

黒漆死の足に戦杖が捩じ込まれ、それを叩き折る。

バランスを崩した黒漆死が持ち前の再生力で足を戻す───その前に。

鉈の間合いの内側に入り込んだ上鳴が下から掬い上げる様に拳を振り抜いた。

 

 

『身体許容上限1000%───閃電疾駆(オーバードライブ)

 

 

瞬間的に跳ね上がった膂力は少し前の上鳴とは違い、OFA換算で90%にもなる。

拳は黒漆死ごと地下の天井を砕き、それだけでは止まらず倉庫の床を、そして倉庫の天井まで吹き飛ばした。

 

 

そうして露わになった空は青ではなく、黒。

 

 

港中にばら撒かれていた蜚蠊が全て倉庫に集まっていた。

 

 

「いいんじゃない?」

 

 

上鳴が駆け出す。

帯電状態のまま降り注ぐ瓦礫を足場に駆け上がり、翅を広げて滞空する黒漆死へ迫る。

黒漆死は自身から上鳴を遠ざける為に蜚蠊を向かわせるが、雷光はそれを寄せ付けない。

戦杖を剣の様に構えた上鳴が叫ぶ。

 

 

「もっと遊ぼうぜ!」

 

 

『帯電率100%、雷光一閃(プラズマザンバー)

 

 

上鳴は戦杖に鉄を溶断するだけの電熱を収束させ、袈裟懸けに振るった。

黒漆死は鉈でそれを受け止めるが、まるで熱したナイフでバターを切るかのように身体ごと断ち切られてしまう。

 

 

───こっからだ。

 

 

上鳴は期待した。

致命傷ギリギリの怪我だが、黒漆死には高い治癒能力がある。鉈の破損、放電の火傷、先の拳打も着実に再生している。この怪我も程なくしてただの裂傷に成り下がるだろう。

 

 

───生き残る為にどうすればいいか。戦って打ち勝てばいい。そうだろう?

 

 

闘争は進化を促す。

それが自然の摂理だ。

対象はなんだって良い。環境でも、同種でも。

闘う事を選ぶのなら、なんだって。

 

 

だが、黒漆死が選んだのは逃走だった。

 

 

それもまた自然である。

 

 

上鳴が刺激したのは黒漆死の生存本能。

勝てない者とは戦わない。嵐が過ぎ去るのを待てば良いという弱者の理念。

元来、蜚蠊は臆病な生物だ。暗闇に潜み、息絶えた物を食らって生き延びてきた。上鳴の一撃は黒漆死をその本質に立ち返らせた───それだけの話だった。

 

 

「は?」

 

 

だが、上鳴は激怒した。一瞬で沸点を超過した。

 

 

───ふざけんな。ふざけんな! アイツなら、アイツらならもっと!

 

 

視界が怒りで真っ赤に染まる。

上鳴は腹の底から沸いてくる激情を拳に乗せ、稲妻を纏う拳を黒漆死の背中に叩き込んだ。

地上に叩きつけられた黒漆死は逃げようとするが、その行手を阻む様に上鳴は降り立った。

 

 

上鳴は戦杖を黒漆死に突き刺し、地面に縫い止めて言った。

 

 

「で、どこだよオールフォーワン」

 

 

熱は完全に冷め、興味は次に移っていた。

 

 

……結論から言うと、黒漆死は何の情報も有してはいなかった。蝗GUYほど口も達者ではなく、己の食欲を満たす事しか考えていない怪物に過ぎない。それが上鳴の結論だった。

生かしておいても危ないだけだと判断した上鳴は、戦杖を媒介にして黒漆死に落雷相当の電撃を放ち、完全に命を絶った。

 

 

「お疲れ」

 

 

スターと耳郎が上鳴に合流したのは丁度、始末を付けた後だった。

 

 

「お疲れ教官。耳郎も」

 

 

スターは萎えて顔からやる気が失せた上鳴の背中を叩き、言った。

 

 

「まだ仕事は終わってないぞミカヅチ! あのゴキブリの大群は当然死に絶えたが、まだ残っているとも限らない。市民の安全を確保する為にも今から捜索だ!」

 

 

「マジかよ。あんなんスリッパあったら殺せるって……」

 

 

「つべこべ言うな。まったく、いい所2人で全部持っていきやがって……」

 

 

「2人で?」

 

 

上鳴はスターの言葉に首を傾げた。

 

 

「聞こえて無かったか? あの爆音が」

 

 

「………え、あれ耳郎だったの!? てっきりスターかと」

 

 

スターが耳郎の背中を押して上鳴の前に送り出す。

耳郎はプラグの先端同士をくっつけたり離したりしながら言った。

 

 

「ちゃんと追い付くからさ、いつか本当のこと教えてよね」

 

 

上鳴は目を見開き、数瞬黙り込んだ。

 

 

───ああそっか。俺、こいつらの反応に慣れ過ぎてたのか。

 

 

上鳴はニッと笑みを浮かべて返した。

 

 

「悪かった、嘘吐いて! いつかちゃんと話す!」

 

 

そして素直に今の気持ちを伝える事にした。

 

───受け入れてもらえなくてもいいか。それならそれで、面白そうだし。

 

 

まだその時ではない。だから今は話さない。

それで良かったのだ。下手な嘘はらしくなかったと、上鳴は反省した。

誰かに原点を話すのは緑谷出久が勇者として完成するか、耳郎や他のクラスメイトが更なる高みに至った時。そして───

 

 

───俺自身の事をスッキリさせたい。

 

 

己の在り方を再び決めるまで、上鳴は原点をそっと胸の奥に仕舞うことを決めた。

 

 

 

 

 

そうして職場体験の時間も過ぎていき2日後に帰国が迫る中で、スターは思い出したように言った。

 

 

「どうするデンキ───私と1回戦っとくか?」

 

 

その誘いに上鳴が乗らない筈もなかった。

 




黒漆死戦、ちょっと不完全燃焼感ありますがこれにて終わりです。
本当はスターを絡めたかったんですが”これより雷は私が指定した空間に落ちる”で上鳴をエネルギータンクに耳郎が見つけた地下室にワープ電撃するマンチ戦法が始めるので辞めました……何で……?
次回で職場体験が終わります。
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