雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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拙作をお読みくださっている皆様、大変お待たせ致しました。




ep.42 最強への道

スターと上鳴の模擬戦にあたり、そのステージと模擬戦風景の録画、観戦の為の用意を手伝わされていた耳郎は、自身の真横で機器の調整を行っていたイーサンに尋ねた。

 

 

「あの………何で今更、模擬戦する事になったんスか」

 

 

もう職場体験も終わりが見えており、耳郎からすると改めて上鳴の実力を確認する必要性は無いように思えた。

イーサンが笑みを浮かべ応える。

 

 

「スターの思い付きだよ」

 

 

「えぇ……」

 

 

スターアンドストライプは周りを振り回す癖がある。

少ない付き合いながらも耳郎もスターのその悪癖には覚えがあり、またなのかと頬を引き攣らせた。

 

 

それでいつも割を食うのはイーサンを始めとした空軍部隊“スターズ”や司令部なのだが───イーサンがそれを特に気にする様子はなかった。

 

 

「ま、こればっかは仕方ない。一応想定はしていたしな」

 

 

「えっ」

 

 

妹ちゃん(シス)もその内分かるようになるさ」

 

 

「その内って……?」

 

 

首を傾げる耳郎の背にビールを片手に持ったウェッジが笑い掛ける。

 

 

「スターが言ってたぜ? あの2人が雄英を卒業したら私たち(アメリカ)が貰うって」

 

 

「下手したら国際問題になるんだよなぁ……」と溜息混じりにイーサン。

 

 

ヒーローの戦闘力が治安維持に直結するのはオールマイトが既に証明しており、大規模なヒーローの国際派遣の際には犯罪発生率が上昇する事からも、それが内政に多大な影響を与える事は言うまでもない。

 

 

上鳴の実力は既に次代のNo.1候補の筆頭であり、それを追う耳郎も同世代の中では一歩抜きん出始めている。日本の未来を担う2人が国外に引き抜かれるとなれば、待ったが入る可能性は十分にある。

 

 

そこまで評価されている事に嬉しい気持ちと、過大評価だと謙遜する感情が混ざった笑みを堪える様な顔をする耳郎に、2人の男たちは笑った。

 

 

「ま、いいじゃないか! 先の話だしな」

 

 

「そうだな……所でウェッジ、それは?」

 

 

「ボケたかイーサン。ビールに決まってんだろ。非番は皆そうだぜ?」

 

 

そう言ってウェッジが指差した先には、ビールのみならずBBQの用意を始めているスターズの姿がある。

 

 

───基地内で何をやってるんだこの人達は。

 

 

本来部外者の耳郎がウェッジらの奇行に半歩下がる中、肩を震わせたイーサンが言う。

 

 

「ウェッジ、お前ら………!」

 

 

───やっぱ怒るよね、そりゃ。

 

 

耳郎が「やれやれ」と肩をすくめた次の瞬間、イーサンの怒りが爆発した。

 

 

「狡いぞ!!! 働いてる俺らの真横で休みを満喫するな!」

 

 

「非番サイコォォォォオオオ!!!」

「労働はクソです」

「ああ、私は今──生きている!」

「働いたら負けなんだわ!」

「イーサンいつもありがとう!!!」

「お疲れウェェェイ!」

 

 

「■■■■!」

 

 

ノリノリで煽るスターズにイーサンは青筋を浮かべ、口汚く罵る。

 

 

それを受けても非番組に一切のダメージはない。何故なら彼らは休みだからだ。休日かつ午前中に限り、大人は働いている人間に対して限りなく無敵に近い耐性を得る。 人はそれを優越感と呼んだ。

 

「あの……そろそろ始まりますよ」

 

 

いい年した大人の醜い争いにドン引きしながら、耳郎は設置されたモニターを見る様に促すのだった───

 

 

 

 

 

上鳴とスターは海のど真ん中に設置された、障害物が一切ない五角形の人工島でコスチュームを纏い対峙していた。

 

 

「ここ、何なん?」と戦杖で肩を叩きながら上鳴が問う。

 

 

「ここは私が個性を鍛える為に作ってもらった場所さ。ほら、周囲に物や人がいると遠慮なく個性使えないだろ?」

 

 

「へぇ……いいなぁ。俺も欲しい」

 

 

「HAHAHA! No.1になったら国にお願いしてみたらいいさ! 喜んで作ってくれるんじゃないか?」

 

 

スターはそう言って笑うが、目は油断なく上鳴の一挙一動へと向けられている。

 

 

───こうして雰囲気を作ってやると、また印象が随分と違うな。

 

 

戦杖をくるくると回しながらウォームアップする上鳴のそれは、食堂でリスの様にポテトを頬張って食べカスを耳郎やイーサンに拭われている時とは全くの別物。

 

 

戦いの前なのだから当たり前ではある。しかし、それだけで片付けられない異質さをスターは上鳴から感じていた。

 

 

───今もそうだが、現場での判断力といい……ナオヤめ。教師の才能がどうとか言うレベルじゃないぞ。どうやったら10代半ばで私に危機感を与える戦士(warrior)を育て上げられるんだ?

 

 

顎を撫でるスターに上鳴は思う。

 

 

───何考えてんのか知らんけど、願ってもない機会だ。ここいらで俺もウルトラさせてもらうぜ。

 

 

スターアンドストライプに求めるのは(うずだか)い壁だ。それにぶつかり、よじ登る事でしか得られない経験と楽しみがあるのを、上鳴はオールマイトとの戦闘訓練で知っていた。

 

 

そしてあの時とは違って他者に義理立てする必要がない。上鳴のテンションはアメリカに来てから最高潮を更新し、更に高みへ登ろうとしていた。

 

 

そんな開戦の合図を待つ上鳴たちの前にコガネの制御下にあるドローンが一機、降りてくる。

 

 

ドローンはその場で滞空しながら搭載されたカメラで上鳴とスターの様子を映しつつ、スピーカーから合成音声を流した。

 

 

『ご両人、準備の程はよろしいでしょうか』

 

 

「早く試合開始の宣言をしろ、コガネ」

 

 

待ちきれない様子の上鳴にスターは微笑み、それから「いつでもどうぞ」とカメラに向かって手を振った。

 

 

ドローンは2人の用意が整っているのを確認し、簡単に模擬戦のルールを説明し始める。

 

 

『模擬戦の制限時間は無し。どちらかの意識が途切れるか、降参の意思が確認でき次第終了となります。個性等に制限はありませんが、当然致死攻撃に該当する攻撃は国際問題に発展する可能性が高いためお控えください。これより当機は海抜10mの高さまで上昇し、信号弾を発射致します。信号弾は発射から3秒後に空中で爆ぜますので、その瞬間から模擬戦開始とさせていただきます。よろしいでしょうか』

 

 

「はよ」

 

 

「ボーイがお待ちかねだ───早速頼むよ」

 

『では、ご健闘を』

 

 

ドローンが天に舞い上がり、そこから信号弾が射出された。赤い光が尾を引いて青空に向かって飛んでいく。

 

 

そしてキッチリ3秒後、巨大な風船が弾ける様な音がして───刹那、スターの視界から上鳴の姿が消えた。

 

 

「速いな! 瞬発力はお前の方が上か!」とスターが喜色を見せる。

 

 

視界の端で微かに捉えた電光を頼りにスターが拳を振り抜く。上鳴の体格、スピード、行動を予測した拳打である。

 

 

「対応してくることは想定済みだ」

 

 

上鳴はそれを前方に倒れ込む様にして回避。躰道における変技と同様に、その勢いを利用しつつ更に身体を捻転させ、卍蹴りを放った。

 

 

スターは体格差を利用して上手く蹴りを正中線から外すように体を捌き、同時に後方へと飛ぶ事で距離を取った。

 

 

残心もそこそこに上鳴が叫んだ。

 

 

「逃げんなよ最強!」

 

 

『身体許容上限100%───閃電疾駆・3倍速(ドライブⅢ)

 

 

自分を追ってくる上鳴にスターが掌を向ける。

 

 

───来るか! 新秩序!

 

 

「“これより大気は私の10倍の大きさで固まる”」

 

 

転瞬、立場は逆転した。

上鳴の強化された嗅覚は大気の変化を匂いで捉え、視覚がその全貌を映し出す。

 

「FIST BUMP……TO THE AIR!」

 

 

大気の巨人がOFA換算75%に相当する強化を受けたスターの動きに合わせて、拳を振り抜く。それは空気の砲弾となって上鳴の全身を打ち据え、その体を大きく吹き飛ばした。

 

 

───射程約10m、威力は直接殴られるのとそう変わらないか? ……何にせよ。

 

 

「これくらいなら問題ねぇな」

 

 

上鳴は空中で身体を捻り体勢を整えながら冷静に分析を行い、着地と同時に再び駆け出した。

しかし、相手を見定めようとしていたのは上鳴だけではない。

 

 

「硬いな……なら“4倍にしようか”」

 

 

大気の巨人が膨れ上がったのを見て上鳴が牙を剥く獣の様な形相を浮かべる。そして地を這う様な低姿勢に移り、全身の発条を使って飛び上がった。空中で身体をしならせ、戦杖を槍に見立てて───投擲。

 

 

『帯電率100%、 雷鉾一擲(プラズマランサー)

 

 

戦杖が青白い電光を纏い、一文字の軌跡を描きながら大気を焼き抉る。

 

 

スターは自身に向かってくる閃光に大気の巨人の拳を合わせた。しかし、それだけでは止まらない。

 

 

落雷が大気の絶縁耐力を上回る電圧で空を突っ切る様に、稲妻の槍と化した戦杖もまた巨人を形造る空気の塊を電撃で破壊。無理矢理道を抉じ開けていく。

 

 

それを注視するスターに対し、その視界から外れるためにステージ上で弧を描くように駆け抜けてきた上鳴が仕掛ける。

 

 

「格闘勝負だ!」

 

 

体育祭の時の様に、殴る相手を感電させないように手加減する必要はない。触れるだけで対象を感電させられる上鳴は、単純な徒手格闘において絶対的なアドバンテージを持つ。

 

 

しかし。

 

 

───弟くん(ブロス)の考えている事くらい手に取るようにわかる! だから敢えて言おう!

 

 

「それは無理!」

 

 

スターの身体強化はオールマイトの劣化にしかならない。耐久力に関しても同じだ。雷撃を何度も耐えられるような肉体ではない。

 

 

故にスターがすべき事は決まっている。

 

 

「なので──ッ!」

 

 

杖の射線上から外れながら上鳴に触れ、否、上鳴が纏う電流に触れたスターが宣言する。

 

 

「“これより電気エネルギーは人体に害を及ぼせない”!」

 

 

自らの耐性を上げるのではなく、電気エネルギーその物の性質を弱体化させることで電撃による攻撃を無力化した。

 

 

スターは目を剥く上鳴に組み付き、その背中へと手を回す。そして腕ごと抱え込む様にして腰骨に負荷を掛けるベアハッグへと移行していく。

 

 

「さあ! どうする!」

 

 

電流による攻撃は封じられた。

膂力も上回られている。

そこだけを見れば絶体絶命の窮地に他ならない。しかし、上鳴は至極冷静に言った。

 

「このルールは悪手じゃないか?」

 

 

「……どうかな?」

 

 

スターは意味ありげに微笑んだ。

 

 

閃電疾駆は生体電流の増幅による身体強化である。100%の出力というのは人体に無害な範囲の電流であり、一切の負担なく行使できる限界値を指している。

 

 

1000%は電気エネルギーに対する高い適応力を持つ上鳴でさえ身体が焼き付く程の電流なだけで、電流以外の負荷は肉体に掛かっていない。

 

 

上鳴の異常な肉体はオールマイト並の力で腕を振り回しても、緑谷の様に身体が壊れる心配がないのである。

 

 

つまりその電流が無害になった今───上鳴は身体強化の恩恵だけを受ける事ができるということ。

 

 

───それにスターが気が付かない訳がない。なら本命は……

 

 

「……俺が許容上限を超えたら別のルールに切り替えて自滅させ、超えなかったらそのまま締め落とそうって訳か!」

 

 

「正解♡ よくできました!」

 

 

「うわキッツ」

 

 

今年で43歳。未だ独身。

その辺りの話題は割り切ってはいるが、面と向かって「もう歳なんだから」と言われたらそれなりに腹が立つというのがスターの、キャスリーン・ベイトの本音である。こめかみに青筋が浮かび、腰を絞める力が一層強くなるのも仕方がないことだ。

 

 

声を震わせながらスターが言う。

 

 

「そらそら! どうした? もうギブアップか!?」

 

 

「んな訳ねーだろ!」

 

 

上鳴は頭を大きく背面へ仰け反らせ、スターに頭突きを捩じ込んだ。

コンクリート程度なら容易く打ち砕く一撃ではあったが、そこにあったのは2つの山だ。

 

 

“ぽよん”

 

 

上鳴の頭突きは弾性に富んだ豊かな物の狭間に吸い込まれ、僅かに揺らすだけで終わった。

 

 

「ぷっ」とスターは小さく吹き出してから、言った。

 

 

「どうしたんでちゅか〜? ママのおっぱいが恋しいのかなぁ?」

 

 

頭上から聞こえてくる作った声を受け、今度は上鳴の額に青筋が浮かんだ。

 

 

「くっそ邪魔だなこの脂肪。 脂にまで強化入れてんじゃねぇよ。歳考えろよ」

 

 

喜色満面のスターに上鳴は言う。

 

 

「……だから逃げられるんだよ」

 

 

「クソガキが。2度とそんな口がきけない様にしてやる」

 

 

自分の地雷を容赦なく踏み付ける上鳴に対し、スターは圧殺するつもりでベアハッグを続行する。

 

 

空を飛ぶドローンが警告を発する……よりも先に。

 

 

───よし、乗ったな。後は電気信号を……いい感じにして……

 

 

上鳴はスターが挑発に乗ってきたのを確認してから拘束が強くなるのと同時に、身じろぎ一つせずに筋肉を伸縮させて関節を外した。

 

 

手応えの変化にスターも気付いたが、もう遅い。

 

 

上鳴は蛇の様に身体をしならせながら、瞬き程の間だけ1000%の出力を引き出し、その力で拘束から抜け出した。

 

 

「なん!?」

 

 

これにはスターも驚き、動きを止めた。

 

 

関節を外す速度。

拘束が緩んだ僅かな時間で行われた、ルールの再設定が間に合わない速度での出力調整。

どれも絶技という他ない。

 

 

時間にすれば僅かな動揺ではあったが───上鳴はこの間隙を見逃さない。

 

 

敢えて関節を外したままにしていた右腕を鞭のようにしならせて、3発。スターの正中線上に打撃を叩き込む。

 

 

「いっ〜ッ!? 」

 

 

上鳴は悶絶するスターを見ながら右肩の関節を嵌め直し、軽くステップを踏みながら追い討ちを掛けた。

 

 

体格差を埋める為に助走を付けて飛び上がり、たたらを踏むスターの足、胴、肩に目にも止まらぬ空中三段蹴り。

 

 

更に片足で着地してからそれを軸にターン。スターの背後へと回り込んで腰を抱き抱える様にして掴んだ。

 

 

そして───

 

 

「ッシャオラァ!」

 

 

裂帛の気合いと共に身をそり返らせ、ジャーマンスープレックスでスターの脳天を大地に叩きつけた。

 

 

人工島が揺れ、白波が立つ程の衝撃が走る。

 

 

上鳴は残心もそこそこにスターから離れ、戦杖を拾い直して言った。

 

 

「そろそろ手抜きは無しにしようぜ」

 

 

新秩序は無法の力だ。

あらゆる個性が新秩序の下位互換になり得る。

 

 

───それを十全に扱える人間の力がこの程度の筈がない。

 

 

スターはゆっくりと立ち上がり、頭を摩りながら上鳴に言葉を返す。

 

 

「別に手を抜いてるつもりはないよ。君が単純な戦闘力だけならNo.1を名乗れるだけの力があるのは最初から分かってたし」

 

 

「……じゃあ何で大気の巨人のサイズをあの程度で済ましたり、デバフ使わねぇんだよ。先生からその辺りは聞いてんだぜこっちは」

 

 

「手合わせで殺しに行く奴がいるか───でも、そうだな。確かにこのままだとまた同じ流れを繰り返すだけか」

 

 

スターは身体強化を解き、素顔を晒しながら肩を回した。

 

 

「だから………まだ未完成だけど見せてあげよう。私の必殺技をな」

 

 

スターが胸の前で印相を結ぶ

人差し指と中指を伸ばし中指だけを合わせ、親指、薬指、小指は曲げて絡ませる───毘沙門天印と呼ばれる手印だ。

何故生まれも育ちもアメリカのスターが仏教に纏わるそれをやって見せたのか。その理由に思い当たらない上鳴ではない。

 

 

「また先生の入れ知恵か……!」

 

 

正解(exactly)これを使うのは君で2人目さ(You are the second person to use this.)───」

 

 

新秩序は対象に触れて名前を呼び、新たなルールを宣言する事で発動する。

 

 

しかし、それはあくまでも自分以外を対象とした場合の話だ。ルールの対象を自分のみに限った際には適応されない。

 

 

周囲から光が消え、スターを中心に上鳴でさえ見えない力場の様な物が広がり、世界を隔てる壁が構築されていく。

 

 

領域展開(Domain Expansion )───真世界秩序(True World Order)

 

 

スターの言葉と共に、人工島の一角が世界から切り離された。

 

 

 

 

 

ルール①

これより5分間、指定空間はスターアンドストライプの心象空間によって上書きされる。*1またその際にスターアンドストライプは領域に対し、新秩序によるルールの付与を行う事ができる。また、これにより付与されたルールは新秩序のルール数の制限には含まれず、効果は上限を無視できる。

制限時間が過ぎた後、スターアンドストライプは空間の上書きが発生していた時間と同じだけの時間、個性を使用できなくなる。

 

 

ルール②

スターアンドストライプは領域に設定したルールを内部にいる人間に説明しなくてはならない。説明しなかった場合はペナルティとして領域は直ちに消滅し、スターアンドストライプは5分間個性を使用できない。

 

 

 

 

 

───何だ!? 頭の中に直接声が、いや、くそっ! 違う! おかしいだろ!

 

 

 

 

違和感

 

 

 

 

上鳴の困惑は極致に達した。

何もない人工島が摩天楼の立ち並ぶ街並みへと変わったことで、視覚、聴覚、嗅覚は異常をきたしていた。

 

 

 

 

違和感

 

 

 

 

「何で俺は、これを……知ってるんだ?」

 

 

 

 

それを錯覚だと断じる事はあまりにも容易い。

上鳴は前世の記憶を有する人間であり、見たことが無い筈の物を既に知っている感覚というのはある意味慣れ親しんだ物の筈だった。

 

 

 

 

その時、上鳴電気の脳内に溢れ出した───

 

 

 

 

存在しない記憶

 

 

 

 

「領域展開───“坐■博■”」

 

 

 

 

記憶にノイズが走る。

摩天楼と“どこかで見た駅の改札口”が重なる。

 

 

 

 

───違う。

 

 

 

 

顔が黒く塗りつぶされた誰かとスターの姿が重なる。

 

 

 

 

───違う。これは前世(オレ)の記憶じゃない。

 

 

 

 

「……いや、今はいい。勿体無いだろ。後にしろ」

 

 

切り替えようと首を勢いよく振る上鳴に、スターが言う。

 

 

「私が領域に付与した効果は自分に対するバフ。上限を無視した自己強化なんだが………大丈夫かい?」

 

 

「悪い。もう大丈夫だ。やろうぜスター」

 

 

───身に纏う空気、全身から立ち昇る圧。間違いなく今のスターはオールマイトより上。だけど領域展開にルールを2つ使ってるし、この領域に付与したルールも純粋な自己強化なら……この5分は単純なフィジカル勝負。まだやりようはある。

 

 

上鳴は至極冷静にそう判断して拳を構えた。

 

目の前にスターの拳がある事に気づいたのは、それから少し後だった。

 

 

「は」

 

 

当然、上鳴も身体能力を強化している。

肉体への負荷を考慮した100%の力ではあったが、それでも尚、スターの影すら捉える事ができなかった。

 

 

───速いなんてもんじゃねぇ……!

 

 

上鳴は1発、2発と抵抗すら出来ないまま打撃を加えられ、摩天楼を貫きながら宙空へと放り出された。

 

 

「体勢、を!?」

 

 

身を捩れば蹴りを叩き込まれて地面に落とされ、放電しようと力めば距離を取られ、剛拳による風圧攻撃(遠当て)が飛んでくる。

 

 

───追い込まれたな。

 

 

両腕を交差させて砲撃の様な遠当てを耐えた上鳴は、窮地に笑みを浮かべた。

 

 

「これが現代最強か」

 

 

「私達はこれを目指した───君について来れるか?」

 

 

返答はない。

 

 

『身体許容上限1000%───閃電疾駆(オーバードライブ)

 

 

転瞬、雷光が迸った。

2つの拳が幾度も重なり、その余波で摩天楼が弾け飛ぶ。

 

 

上鳴はスターを蹴りつけて無理やり距離を取り、更に出力を上げる。

 

 

『マスター』

 

 

その時、コガネが警告を発した。

皆まで言わずともだ。このままだとスターの領域が消失するよりも先に、上鳴が活動限界を迎える。

 

 

───だけど!

 

 

上鳴は止まらなかった。

最強の壁は高く、分厚い。

全盛期のオールマイトに届き得るほどスターは強く、そのスターでさえ勝てなかった存在がいつかこの世に生まれ落ちる。

 

 

その事実が全てを忘れさせた。

 

 

「ワクワクするなァ!」

 

 

ノイズ塗れの記憶など最早頭にない。

あるのは己の全力を出し切れる事への歓喜と死戦に身を置くことで感じる熱だけだ。

 

 

───アンタがどれだけ速かろうが! 雷には追いつけない!

 

 

スターは既に上鳴に数回触れている。

電荷が溜まるには十分な回数だ。

そして上鳴に「訓練だから自重しよう」などという遠慮はない。

 

 

「死ぬなよスターアンドストライプ!」

 

 

上鳴はスターに向け、躊躇なく致死量の電流を放った。これにはすっかり画風が変わってしまったスターも頬を引き攣らせるしかない。必中必殺の雷撃をその身に受け、苦悶の声を上げる。

 

 

「っぐぅ!? 効くなこれは……!」

 

 

だが、雷撃を受けてもスターの調子は一切乱れなかった。

 

 

「おいたが過ぎるぞデンキ!」

 

 

足を前へと踏み出し音速を越えて自分へと迫ってくるスターに上鳴も舌を巻く。

 

 

───いやいやいや……こいつはスイートが過ぎるってもんだろ。だが!

 

 

「雷光拳!」

 

 

「うわ眩し!?」

 

 

上鳴は頭髪の細胞から放電、凄まじい電光でスターの目を眩ませることで僅かに時間を稼いだ。

その隙に自らの手首を噛み千切り、鮮血と共に雷光を奔らせながら両掌を重ね合わせ───

 

 

穿雷(センライ)赩御雷(アカミカヅチ)!」

 

 

体育祭で見せた物より2回りは太い赤い閃光が大気を劈き、スターへと迫る。

 

 

それは今のスターでも“当たれば死ぬ”という確信を抱かせる程の一撃だった。

 

 

「だが、当たらなければどうという事はない」

 

 

スターが目を閉じたまま半身になって避ける。

上鳴は陸に打ち上げられた魚の様に口を動かしてから、言った。

 

 

「……流石にインチキだろ、それは」

 

領域はスターの心を映し出した世界。

その中に居るのだから当然、他にも恩恵がある。スターは領域に付与した自らの個性による強化の他、一時的に五感の向上や思考速度の加速を受けていた。

 

 

───領域展開を使わなかったら死んでたのは私だぞ、弟くん……まったく。先生に似て無茶苦茶するなぁ。

 

 

「さぁ……起きたら反省会だ!」

 

 

スターの拳が上鳴の意識を刈り取ったのは、それからすぐの事だった。

 

 

*1
以下、心象空間を領域と呼称する





何か書きたいヤツと少し違いましたが……林間の為の伏線が張れたのでヨシッ!(現場猫感)
領域展開も出せたのでヨシッ! とさせていただきたく思います。英語部分は漫画の英訳版から引っ張ってきました。

また、この章では上鳴くんの精神的な不安定さが目立ちますが、もう直ぐ丸っと解決するので暫しお待ちを。

次回が職場体験編エピローグになります。
他A組メンバーにもふわっと触れていきます。
ここから林間まではサクサク行きたいですわ……
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