雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.43 10,000$の価値

 

ふと気が付くと上鳴は草原に立っていた。

そして、ここが夢の中であると理解するのに然程時間は掛からなかった。

 

 

灰色の雲に覆われた空の下、粘りのある不気味な風が吹く。それは咽せ返るような血の匂いを上鳴まで運んできた。

あまりにも不愉快なそれに上鳴が眉を顰めていると、額に縫い目のある和装の男が真横を通り過ぎていく。

 

 

上鳴がその姿を自然と目で追った先で───老骨が切り株の上に腰掛けていた。

 

 

老骨の周りには無数の屍が転がっており、原型を失うほど壊されたそれらから流れ出た血液が、大地を赤く染め上げていた。

 

 

額に縫い目のある男が老骨の背中に声をかけようとした時だ。男よりも先に老骨が口を開いた。

 

 

「……■■か」

 

 

名前は聞き取れなかった。

だが、上鳴はその男の名に興味が無かったので気にしなかった。

 

 

男が眼前に広がる破壊の残痕を見て、老骨に尋ねる。

 

 

「どう? 楽しめた?」

 

 

老骨はゆっくりと首を振った。

然もありなん。何故分かりきった事を聞くのか。上鳴は老骨の背中から漂う果てしない虚無感を見て、溜息を吐いた。

 

 

「全くだ。やはり貴様と戦るべきだった」

 

 

───何で? こいつ、そんなに強くないだろ。

 

 

上鳴には男が然程強いようには見えなかった。

男は老骨の言葉に肩をすくめた。

 

 

「勘弁してよ。今は特に戦闘向きの身体じゃないんだ……それより、陸奥(みちのく)に面白いのがいるらしいよ。あの伊達藩で歴代一の■■■■だそうだ。正に大砲さ」

 

 

芝居掛かった男の言い方に老骨が嗄れた声で返す。

 

 

「陸奥か……遠いな。もはや眉唾かどうかさえ……」

 

 

それから老骨は咳き込み、口元を手で押さえた。

もう先は長くないのだろう。上鳴は何となく老骨の言葉の節々からそう思った。

 

───それにしたって随分と昔だな。“伊達藩”って名前が出るくらいだ。江戸時代近くまで遡るのか? 変な夢……まあただの夢じゃねぇんだろうが。

 

 

上鳴が男達のやり取りを聞きながらやけに鮮明な夢の時代背景について思いを馳せる中、老骨が切り株から立ち上がって言った。

 

 

「■■……貴様の知る最強の術師は?」

 

 

宿儺だ。600年も前で申し訳ないが、これは譲れない」

 

 

その名前を聞いた上鳴の背筋が伸び、夢の中にも関わらずじっとりと手汗が滲む。

 

 

「そうか……では例の話、甘んじて受けよう」

 

 

そう言って老骨が振り返る。

そこで初めて上鳴は見覚えのある髪の結い方に気が付き、喉を鳴らした。

 

 

「さすれば、宿儺とやれるのだな?」

 

 

───この爺さんは、何者なんだ。

 

 

男の姿が消えて老骨と上鳴だけになった荒地で、洞の様な眼差しを上鳴へと向けた老骨が言う。

 

 

「……貴様もいずれ知る日が来る」

 

 

血が滲む程に喉を掻きむしろうとも声は出ない。どういう意味だと、問い掛けることはできなかった。

 

 

上鳴が老骨に手を伸ばしたタイミングで世界にノイズが走り、足元が消えた。

 

 

そして───

 

 

「あっ。やっと起きた」

 

 

横たわる自分の顔を覗き込んでいた耳郎と目が合って、上鳴は眠りから醒めたことを自覚した。

 

 

鼻に感じる消毒液の匂いからここが医務室だと当たりをつけた上鳴は、自分がコテンパンにされた事を思い出して少しむくれながら上体を起こし、それから耳郎に尋ねた。

 

 

「……どんくらい寝てた?」

 

 

「大体30分くらいかな。起きて歩けそうなら会議室まで連れてきてって言われてるんだけど……行けそう?」

 

 

「問題ねぇ」

 

 

軽い所作でベッドから降りた上鳴に耳郎がコガネが搭載されたイヤーカフス型のデバイスを投げ渡す。

 

 

それを耳に付けた上鳴は直ぐにコガネにバイタルチェックを命じた。

 

 

『バイタルオールグリーン。問題ありません』

 

 

「よし」

 

 

「まあ、アンタなら大丈夫だとは思ってたけどさ……」

 

 

「含みのある間だなぁ。でもよ、最後の5分だけだぜ? 本気出されたの。それで死に掛けてたら世話ねぇよ」

 

 

「普通はその5分に到達する前にボコられるんだよね……分かっちゃいたけど遠いなぁ。もっと頑張らないと

 

 

「早く追いついてくれないと置いてくぜ」

 

 

「聞こえてても聞こえないフリしてよ!」

 

 

「うぇーい」

 

 

「プフッ、それやめて、笑っちゃうから」

 

 

適当な返事をしながらアホ面を見せる上鳴に耳郎が吹き出した。普段とのギャップもあってかツボに入ったのだ。

 

 

「スター達に呼ばれてんだろ? 早く行こうぜ」

 

 

「切り替えエグ過ぎでしょ………じゃあ行きますか」

 

 

医務室から出た2人は別棟にある会議室まで歩いた。途中、すれ違ったオフのスターズに絡まれ「領域内での出来事」を問われたくらいで、特に何のアクシデントもなく会議室に辿り着いた。

上鳴はノックだけして返事を待たずにドアを開けた。

 

 

「教官、入るぜ」

 

 

堂々と入ってくる上鳴にスターが肩をすくめて言う。

 

 

「返事を待ちなよ弟くん(ブロス)……良いんだけどさ」

 

 

「仮免持ってるんだろ? その辺りは常識として弁えた方がいいぜ?」とイーサン。

 

 

「うぇーい」

 

 

上鳴は返事をしたが顔には「面倒なので気にしません」と書かれていた。

それより、と上鳴が話を切り出す。

 

 

「反省会でもすんの?」

 

 

「まあ、それは後でな。キョーカも入ってきな。先に2人に渡す物があるんだ」

 

 

スターは2人に手招きし、懐から取り出した封筒をそれぞれの手に握らせた。

 

 

「何ですかこれ………小切手?」

 

 

「1、10、100、1000……10,000円? 何、小遣いでもくれんの?」

 

 

「いや上鳴、これドルだよ………え? ドル?」

 

 

「……今1ドル何円だっけ?」

 

 

「150円くらいだったと、思う、けど?」

 

 

2人は目を細め小切手に顔を近づけたり、離したりしながらそこに書かれた金額を眺めた。10,000$と書かれている事実は変わらなかった。

 

 

「すぅ……………………桁間違えてるッスよ」

 

 

上鳴が震える手で小切手をスターに押し付けようとする。常識から外れる言動も多い上鳴だが、それはあくまで“戦い”に関する事が殆どだ。金銭の価値くらいは正しく把握している。

スターは白い歯を見せながら笑って答える。

 

 

「それは職場体験での報酬だよ。普通は給与なんて支払われないが、2人は例外だ。先のテロ組織の摘発もそうだが他にも色々とやってもらったからね。まあ国から出た報酬に私の方から多少色は付けさせてもらったが………誤差だよ誤差」

 

 

「いやいやいやいやいやいや………暴利が過ぎるぜ」

 

 

「ううう受け取れないですよ!?」

 

 

「謙虚だなぁジャパニーズは」

 

 

「謙虚だなぁ、じゃないっスよ!!!」

「他人事だからって適当言うなよ教官! というかアンタが主犯じゃねぇか!!!」

 

 

まだ高校1年生になって少ししか経っていない2人にとって、スターから手渡されたそれは大金も甚だしい。日本円にして約150万円相当の小切手など手に負えない。

しかし、スターは笑いながらも大真面目に言っていた。

 

 

「確かに我々はキョーカに対しては支払い義務がない。免許持ってないし、単なる職場体験だった場合はね。でもデンキ───君はそもそも前提が違う。仮免を持っているし、未曾有の大災害になり得たヴィランを君は単独で撃破しているんだから」

 

 

黒漆死───上鳴が殺害したヴィランはそれこそスターアンドストライプが周囲の被害を考慮せずに戦う必要性があった手合いだった。それを単独で撃破した上鳴に何の報酬もないとなれば、それこそ国の沽券に関わる。

 

 

「でもその理屈なら私はこれを受け取ったらいけないんじゃ……」

 

 

「いや? 最初に言ったろ? 単なる職場体験だったらって。今回はちゃんと私が許可していたし、国の方からも私の監督下で行われたヒーロー活動は正当なヒーロー活動として評価するように言われてた。何せ今回の国際職場体験(これ)は我が国としても非常に有意義なテストケース。将来有望なヒーローの卵を引き抜けるチャンスでもあった訳だからね」

 

 

キョーカも大活躍だったし、と耳郎にウインクを飛ばすスターに上鳴は「うわキッツ」と本音を吐露した。そして間髪入れずに飛んできた拳をスウェーで避けた。

 

 

「要するに“ウチなら今回のコレでこれだけ給与出るよ”っていうヤツか」

 

 

「そうなる。こっちは万年人手不足でね。優秀な人材はいつでも大歓迎さ」

 

 

アメリカの犯罪発生率は日本の比ではない。

尤もそれはどの国も同じだ。超常社会以前と殆ど変わらない日本の方が異常。当然、ヒーローが足りている地域など殆どない。

 

 

「日本ではヒーロー飽和社会なんて言われているらしいが……羨ましい限りだよ」

 

 

日本ではヒーローは命を賭して綺麗事を実践する仕事だ───などと言われているが、海外では幻想に過ぎない。

 

 

そう言った側面が全くないと断じる事はできないが、市民に被害が出るくらいならヴィランを殺害する事も許され、それを国民が「やむなし」とするのが大半だ。日本ではエンデヴァーが迅速な事件解決の裏でヴィランを再起不能に追い込む事もあったが、それでさえ人気投票という形で露骨に低評価を受ける。海外では考えられないことだった。

 

 

「まあ俺はアメリカ来てもいいけどな」

 

 

小切手を天井の明かりで透かしながらそう言う上鳴に、スターとイーサンは何度か瞬きした後に顔を見合わせた。

 

 

「理由を聞いても?」とイーサン。

 

 

「そもそも俺は別にヒーロー活動に拘りがある訳じゃねぇ───どこでやっても一緒だろ」

 

 

───まあ、1年後に俺が生きてたらの話だが。

 

 

上鳴の適当過ぎる発言にスターとイーサンは眉尻を下げざるをえなかった。

 

 

「外では言うなよ? 弟くん」

 

 

「えぇ……言ってないだけでそこそこ居るんじゃね? 俺みたいな考えの奴。なあ耳郎」

 

 

「いやまあ、居る訳ないとまでは言わないけどさ……」

 

 

口をもごもごと動かす耳郎に上鳴は首を傾げた。

 

 

スターがわざとらしく咳払いをして注目を集め、話しを戻す。

 

 

「……とにかく! それは受け取ってくれ。親に預けるもよし、自分で管理するもよし。勿論パーっと使い切ってもいい。それは我が国からの感謝の形でもあるからね」

 

 

結局、2人は押し切られた。

 

 

その後、上鳴は反省会でスターから「自身の肉体の損耗をもう少し気にしろ」や「レディを年齢で煽るな」などという苦言を呈された。

 

 

後に上鳴は今回の職場体験の感想を求められた際に「訓練内容とか現場での対応についてのフィードバックより、年齢云々の話の方が気合いが入っていた」と答え、怒り心頭のスターが監督不行届で日本のマイナーヒーローに太平洋のど真ん中での決闘を申し込む事になるのだが───それはまた別の話。

 

 

かくして、上鳴と耳郎の職場体験は終わった。

 

 

せっかくだからと給与で帰りの飛行機のグレードを上げた2人はV.I.P対応にビクビクしながら終始気を張った状態で日本に戻り、迎えついでに行きの話を聞こうとした相澤の前で爆睡をかました。

 

 

 

 

 

時は少し遡り───日本。地方都市、保須市の路地裏。夜の帳が下りたそこは街頭の灯りもなく、闇の中でしか生きられない日陰者達にとっては恰好の狩場になっていた。

 

「………ハァ、贋物。例え子供であろうとも、いつかの未来でヒーローを名乗るのならば、ハァ……貴様は粛清対象だ」

 

 

そう言って血の様に赤いマフラーを靡かせながら白いアーマーを身につけた飯田天哉の首筋に白刃を突き付けるのは、“ヒーロー殺し”ステインだ。

 

 

飯田は保須でステインに再起不能にされた兄インゲニウムの仇討ちの為に職場体験を利用して保須に赴き、ステインの凶行に気が付き現場に出くわすも───敗北してしまったのだ。

 

 

「弱さは罪だ……ハァ……そしてお前は目の前にいるヴィランに気を取られ、救わなくてはならなかった人間を無視した……ハァ……生きていても、英雄のあるべき姿を歪める贋物にしかならない」

 

ヒーローの敗北は市民の死。そして自らの死を招く。

 

 

飯田は悔しさと怒りから涙を浮かべながら、力の入らない身体を動かそうと足掻いていた。

 

 

その動きを縫い止める様にステインが刀を飯田の腕に突き立てた。

路地の闇を裂く様に喉から搾り出した様な声が響き渡った。

 

 

「インゲニウム………奴はメッセンジャーとして残す価値くらいはあった……ハァ……少なくとも悪人ではないのだろう。しかし、真の英雄ではない」

 

 

インゲニウムは弱かった。そして、お前も。

淡々と告げるステインに飯田が叫ぶ。

 

 

「ふざけるな! 兄さんは多くの人を助け……導いてきた! 立派なヒーローだったんだ!」

 

 

「人を助け、導くことは………ハァ………当たり前の話だ。英雄は自己犠牲の果てに得られる称号でなくてはならない……貴様も、そこでみっともなく倒れているそいつも……ハァ……功名心や復讐心に囚われた贋物……今の社会に必要なのはその様な俗物ではない……」

 

 

突き立てた刀を抜き、ステインは刃についた血を一舐めしてから切先を飯田の首筋に向けた。

 

 

「じゃあな。正しき社会への供物」

 

 

「黙れ……! 何を言ったってお前は!」

 

 

刹那、一陣の風が路地に吹いた。

 

 

「兄を傷つけた犯罪者だ!!!」

 

 

吠え立てる飯田の声に次いで、綺羅星の如き光が射す。

 

 

「フルカウル、30%───ッ!

 

 

腹の底から出された気合いを乗せた声がステインの意識を上へと向けた。

 

 

風と共に路地の壁を跳ねて加速してきた少年がステインの視界に映り、回避を選択するよりも先に拳が振り抜かれた。

 

 

「スマァァァアッシュ!」

 

 

オールマイトのフォロワーである事は技名で直ぐに察した。しかし特筆すべきはその速力と身体に打ち据えられた拳の威力だ。ステインの顔面を強かに打ったそれは、オールマイトの技名を騙るだけの力が込められていた。

 

 

ステインは殴られた側の頬から力を逃がす為にわざと大袈裟に吹っ飛ばされ、スリッピングアウェーの様な形で威力を殺しつつ飛び込んできた少年から距離を取った。

 

 

「緑谷くん……?」

 

 

「完全にいなされた……!? って、それより! 大丈夫飯田くん!? そこに倒れているのは、ネイティブですね!? 意識はありますか!」

 

 

「どうしてここに……」

 

 

緑谷は飯田の問い掛けに簡潔に答えた。

職場体験でお世話になっているグラントリノと共に新宿に向かう途中、乗っていた新幹線が脳無の襲撃に遭ったこと。火の手が上がる街に向かうべく、グラントリノと共に街へ向かったこと。そして、街で“ノーマルヒーロー”マニュアルが飯田を探していたこと───そして

 

 

「ヒーロー殺し被害者の6割が人気のない街の死角で行われてた! だから、騒ぎの中心からマニュアルさんの事務所辺りの路地裏を虱潰しに探した!」

 

 

動ける!? と言葉を続ける緑谷に飯田は「斬りつけられ、血を舐められてから動けない」と下唇を噛んで言った。

緑谷は背中に冷たい汗が流れる感覚を覚えた。

 

 

───触れられたら終わりみたいな物じゃないか……近接では間合いも不利。有利な要素がほとんどない。

 

 

それでも緑谷は笑った。

 

 

「ここにはグラントリノから許可を貰ってから来たっ! 助けも呼んである! だから……もう、大丈夫! 僕が2人を助ける!」

 

 

本来の世界であれば───緑谷のフルカウルはまだ未完成もいい所で、グラントリノは新幹線の車内で待機する様に命じていた。

 

 

しかし、USJでの出来事から今日に至るまで、緑谷は上鳴からの指示で常時限界を少し超えたフルカウルを維持することで身体を慣らすという手法で身体を鍛えてきた。

 

 

その甲斐あって今やリスク無しで緑谷は15%のフルカウルを維持でき、無理をすれば30%の力で動き回る事も可能になっている───勝算はあった。

 

 

「オールマイトの技を騙るだけはある。貴様は本物か?」

 

 

ステインの眼が闇夜の中で怪しく光る。

緑谷は引きそうになる身体を無理に押し出す様にして、ネイティブと飯田を背にステインと対峙した。

 

 

友人が身体を震わせながら立つ姿を見て、飯田が言う。

 

 

「逃げろ……! 君には関係ないだろ!」

 

 

「そんなこと言ってたら、ヒーローは誰も助けられないじゃないか!」

 

 

恐怖はある。

ステインは先の一撃で完全に油断を捨てている。自分を排除する為に刀の柄を強く握り直しているのを、緑谷は見ていた。

40余名のヒーローの命を奪ったその凶刃を向けられて、何も感じない筈がない。

だが───

 

 

「オールマイトが言ってたんだ……余計なお世話は、ヒーローの本質なんだって」

 

 

いつだって憧れは“お前が守れ”とでも言うように緑谷の背中を押した。

 

 

「ハァ……!」

 

 

宝物を見つけた子供のようにステインの目が輝き───転瞬、ステインの纏う空気が抜き身の刃物のように鋭く、放たれている殺気がヤスリの様にざらついた。

 

 

緑谷は拳を構え直した。いつものオールマイトリスペクトの物とは違う新しい構えだった。

 

 

「認めよう……貴様は本物だ……!」

 

 

───正直、初手で倒せなかったら退こうと思っていた。でも先の一撃で分かった。スペックで優っていても技術で僕は負けてる。逃げようとすれば当然、足は鈍るしかえって不利を作る。

 

 

上鳴から教わったのは何もトレーニング方法だけではない。緑谷の身体に合った戦闘スタイルの模索もそうだ。*1

 

───ステインの様子は変わってない。大して効いていないんだ。今ここで、僕がアイツを倒せない限り……僕らは死ぬ!

 

 

フルカウル35%

 

 

限界を越えた力を身体に滾らせる緑谷にステインもまた一層鋭い殺気を放った。

 

 

「名乗れ英雄(ヒーロー)! 俺を倒し得る男の名を教えてくれ……!」

 

 

「僕は───デクだ!」

 

 

僅かな静寂の後、緑谷がアスファルトを蹴り砕きながら駆け出した。

 

 

ステインはその場から動かない。

居合の構えを取って緑谷を待ち構える。

 

 

───技量で劣り、守るべき者がいて、基礎能力で優っている……長物を相手に間合いを詰めるのも正解だ。子供と油断していては此方が狩られる。

 

 

───30%じゃ不安だ。全身が割れるように痛いけど、ここで勝てなきゃどうせ死ぬ! 限界を超えろ緑谷出久! カウンター狙いなら好都合! 肉を斬らせて、骨を砕く!

 

 

加速、加速、加速。

 

 

一歩足を踏み出すごとに緑谷の速度が上がる。

 

 

ステインとの間にあった彼我の距離(20m)を3歩で詰めた緑谷は、それを助走とした飛び蹴りの姿勢へと移った。

 

 

「愚策!」

 

 

派手な動きはつまるところ無駄の大きさにも繋がる。ステインが捉えられない速度ではあったが、直線的な動きであれば回避できる。

 

 

ステインが身を限界まで屈めて緑谷の蹴りを避け、全身の発条(バネ)で立ち上がりながら神速の居合で緑谷を仕留めようと刀を抜き放とうとした。

 

 

だが───

 

 

「エアフォース!」

 

 

1発目の蹴りはブラフ。

 

 

ステインに回避を選択させ、刀を抜き放つ為の動作を挟み込ませることで、本命の回避と受け流しの選択を取れなくする為の策だ。

 

 

本命は2発目。

 

 

エアフォースと名付けた風圧攻撃を利用し、空中で振り抜いた腕の勢いで身体を独楽のように回転させながら軌道を捻じ曲げる。

 

 

───ぐぅ!? 腕の制御がブレた! それに負荷も凄い! でも、これなら……避けられない!

 

 

勝負あり。

戦いを見ていた飯田とネイティブはそう思った。

だが。

 

 

「まだだッ!」

 

 

狂気一閃。

 

 

殴られるよりも先に斬り捨てればいい。

 

 

裂帛の掛け声と共に放たれた凶刃が緑谷の蹴りよりも先に振り上げられた。

 

 

「セントルイス……!」

 

 

元より反撃は想定していた。

斬痕から赤い華が咲こうとも───痛みが緑谷の歩みを止める事は、断じて無い。

 

 

「スマァッシュ!」

 

 

緑谷の蹴りはステインの肩を直撃。

ステインは衝撃をいなす間もなく弾き飛ばされ、その勢いのままビルの壁を貫通。意識を飛ばした。

 

 

「緑谷くん……」

 

 

「言いたい事は山程ある、けど! 君が無事で良かった……!」

 

 

 

 

その翌日、緑谷は“ヒーロー殺し逮捕”で一躍有名人に───ならなかった。

 

世間を騒がせたのは、事件の最後に起こったやり取りの動画だった。

 

 

ステインの個性“凝血”による拘束から解放された飯田、ネイティブと共にステインを縛り上げ路地から抜けた直後のこと。

 

 

“ノーマルヒーロー”マニュアル、そして緑谷に戦闘許可を出したグラントリノと合流を果たして、気が緩んだ。その一瞬、過剰な負荷で疲労困憊の緑谷を翼のある脳無が強襲。空へと連れ去った。

 

 

グラントリノが跳ぼうとするよりも先に、気絶していた筈のステインが動き出して拘束から抜け出してナイフを投擲。それを受けて垂れた血液の一滴をステインが舐め取って自由を奪い、落下する脳無を殺害。緑谷を救い出した。

 

 

緑谷はフルカウルでステインから距離を取り、拳を構え───石の如く固まった。

 

 

「誰かが、血に、染まらねば……!」

 

 

戦った時よりも濃く重い“意志”を前に足が竦みそうになる。それを責められる人間はいない。まだ緑谷は学生。仮免すら持っていない、本来ならば戦ってはいけない人間だ。

 

何より───その気迫はプロヒーローでさえたじろぐ程のもの。

 

 

ステインが一歩踏み出すのと同時に、その場の全員が半歩後ろへと下がった。

 

 

「贋物が……!」

 

 

激昂が夜を赤く染め上げる。

 

 

「俺を殺していいのは───オールマイトだけだァ!」

 

 

誰一人として動けない中、ステインは立ったまま意識を失った。

 

 

このまま身柄を拘束できれば問題なかった。

だが、この場に本来の世界ならいた人間が居なかったことがイレギュラーを生む。

 

「おいおい先輩……目立ち過ぎだろ、ムカつくなぁ……」

 

 

黒い霧と共に悪意が現れる。

(ヴィラン)連合の死柄木と黒霧がヒーロー達の隙を突いて現れたのだ。

 

 

もしこの場にエンデヴァーが居たら彼らは姿を現さなかったに違いない。無闇に捕まるリスクを背負ってまでステインを助けようとする事はない。

 

 

だが、この場にはマイナーヒーローと手負の学生しかいない。

 

 

「気に食わないけど連れて帰ろう。こんなのでも、俺たちの仲間らしいからな」

 

 

「待たんか!」

 

 

グラントリノが加速するも間に合わず。

 

 

ステインは黒霧と死柄木によって回収された。

 

 

それが意味する事は最早、言うまでもないだろう。

 

 

悪意は滞りなく、魔王の卵(死柄木弔)の下に集い───より強大な物となる。

 

*1
協賛:尾白猿夫、相澤消太





これにて職場体験編-完-です。ここまでお付き合いくださった拙作を読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます……!

緑谷くんがやったのは「最初の戦闘訓練でかっちゃんに背中をやられたヤツ」と「体育祭で上鳴くんが耳郎さんを空中で吹っ飛ばしたヤツ」を彼なりに組み合わせて使った感じ……になってたらいいなぁ……

次回で緑谷くん以外の職場体験に今度こそ触れていきます(何でエンデヴァーと轟くんが保須に居なかったのかなど)



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