お久しぶりです皆様。これからゆっくり話が進んでいきます。
長いようで短い職場体験を終えた登校日。
その日のヒーロー基礎学を誰よりも楽しみにしていた上鳴は、運動場γに集まったクラスメイトをぐるりと見回し、ほうと息を呑んだ。
───男子3日会わざれば刮目してみよ、何て言葉はあるが………10日でここまで伸びてくるとはな。
一目見れば分かる。
体育祭で上鳴が特別目を掛けていた生徒たちは成長が著しい。
───他の奴らも良い。基礎力の向上が見て取れる。2ヶ月前から見違えたな。
上鳴が戦杖で肩を叩きながら1人で笑っていると「何笑ってんだ気色悪りぃ」と爆豪が声を掛けてくる。
「爆豪か。そういやお前は何処に行ってたんだ?」
「ミルコ」
「ああ、俺にも指名入れてたヒーローだな。お前が選んだってことは……強いのか?」
「何で知らねーんだよビルボード5位をよ。常識無いんかテメェは」
「俺は1位と2位しか知らん……緑谷すまん! ミルコについて教えてくれ!」
「何で俺じゃなくてデクに聞いてんだァ!?」と目を吊り上げる爆豪を横に置きつつ、上鳴は少し離れた場所で轟と飯田と話していた緑谷に尋ねた。
緑谷が目を輝かせながら言う。
「ラビットヒーローミルコ! “兎”の異形型個性を持つ女性ヒーローで、特定の活動拠点を持たないアドレスホッパーの様な新しい働き方が特徴だよ! ミルコ最大の武器は個性で強化された脚力と聴覚! 騒ぎを聞きつけたらビルを足場に直線距離で現場へと直行し、どんな敵も一蹴する! そういうヒーローだよ!」
なる程なと上鳴が頷いていると、服の裾が引っ張られた。
視線を落とすとそこにいたのは───峰田だ。
峰田はサムズアップしながら言った。
「ミルコは……ハイレグと褐色肌がエロい、戦うバニーガールだぜ」
「そうなん?」と爆豪を見る上鳴。
「俺に話を振んじゃねぇ!」
「んだよさっきは緑谷に話振ったら怒った癖に……」
「話題のチョイスがカスなんだよ!!!」
爆豪はキレ散らかしながら大股で離れて行った。
───重心の取り方にブレが全く無い。元から体幹は強い奴だったが、かなり揉まれてきたな。
その背中を見ながら上鳴が後方師匠面していると、教員オールマイトが現着。
オールマイトは「オホン」とわざとらしい咳払いをしながら、授業の説明を始めた。
「私が来たってな訳でね、ヒーロー基礎学ね。これからやってく訳なんだけども」
「ぬるっと始まったな」
「パターン尽きたのかしら」
「轟、お前職場体験あれだろ。エンデヴァーんとこだったんだろ? どうだった? 一発くらいぶん殴ったのか?」
「いいや。親父とは殆ど」
「静かにね! あと上鳴少年、そういう話は休み時間にしなさい!」
「うぇーい」
そんな軽い感じで始まったヒーロー基礎学。
内容は至ってシンプル。運動場γ 、密集工業地帯である事を生かした救助レースだ。要救助者として待つオールマイトがいる場所まで誰が最初に辿り着くのかを競う。如何にして地形を把握し、最短最速のルートを導き出すかが肝だ。
「組み合わせは例の如く……クジだ! そして当然だがここは現場として扱う! 大規模破壊は御法度だ」
うっ、と喉を詰まらせるのは体育祭で反省文の提出を余儀なくされた上鳴以外のメンバーだ。クラスのほぼ半分と言ってもいい。*1
「気をつけろよ〜」と上鳴がヘラヘラしながら言うと、当然非難する様に声が上がった。
「どの口が言ってんのよ……」
「デモンストレーションで運動場を1つ使えなくした男だ。面構えが違う」
「アレはオールマイト先生の悪ノリもあったから、一概に上鳴ちゃんのせいとは言えないわ」
「修羅」
耳郎、瀬呂、蛙吹、常闇は口々にそう言った。
緩い空気を保ったまま始まった第1レース。
緑谷、尾白、瀬呂、芦戸、飯田の5人が各スタート地点から中央の
そうなれば、誰が真っ先にゴールするのか───そういう話が観戦者から出るのは当然だった。
上鳴の耳にクラスメイトの話し声が入る。
「俺は瀬呂だな」
「私は尾白くんかなぁ……尻尾でこう、パイプとか掴んでギュイン! って出来そうだし!」
「芦戸はちょっと不利だな。運動神経はスゲーいいけどよ、ちょっと相手が悪いって」
「何だかんだ飯田じゃね?」
「でもこんだけ入り組んでたらスピード出せねぇだろ……そうなれば」
「デク」
「デクくん」
巨大なモニターに映し出されたのは、中央へ爆進する緑谷の姿だ。
「───成ったな、緑谷」
上鳴が腕を組んで頷いていると、横から耳郎が
「何に?」と尋ねる。
「宙で空を弾いて加速してるだろ? 風圧による移動が出来れば戦いの幅は広い。何よりその出力を維持できる身体強度と、瞬時に加速するタイミングを見極める目はそう簡単には身に付かない……余程近くに良い見本と、良い指導者がいない限りはな」
上鳴の視線の先には腹立たしそうに舌打ちをする爆豪がいる。
耳郎はそれを見て察した。
「じゃあ一位は緑谷?」
「それはまた話が違うな───爆豪を手本に出来るのは緑谷だけじゃない」
モニター上で緑谷を尾白が猛追する。
尻尾を使って上手く地形を利用しながら時折、宙で空を薙いで加速している。
「誉高いな、爆豪」
「うっせぇ。腹立つだけだ」
そうは言うが爆豪の表情には余裕がある。
それはつまり、職場体験で何かを掴んだということだ。
「いいんじゃない?」
上鳴は緑谷がゴールするのを見届けてから、スタート地点へと向かった。
対戦相手は爆豪、轟、砂藤、峰田の4人。
「お手並み拝見」
舌なめずりをしていたらスタートの合図。
上鳴は敢えてタイミングをズラして動き出し、視野を広げて全員の動向を見る。
───爆豪、完全に仕上げてきたな。
体育祭で爆豪が見せたAPショットの理論を移動に転用する。言うは易しではあるが、それを聞いて「感覚としては理解できる」と言えるのが爆豪である。
上鳴が感心しているのを尻目に、爆豪が唸る。
「舐めプかよふざけやがって……!」
悪態を吐く割には爆豪の表情は明るい。
「2度とそんな真似できないようにしてやるよ!」
爆豪が凄まじい勢いでかっ飛んでいく。体育祭で掴みかけた感覚を完全に物にしている。
それを猛追するのは轟、ではなく。
「跳ね峰田ァ! からの───!」
峰田実だ。
入り組んだ地形にモギモギを撒き、そこを跳ねてミサイルの様に射出された小さな身体が爆豪の横へと並び───そのまま抜き去っていく。
「舐めてんのはテメェもだろ爆豪! 足下にいる奴らはいつだって寝首を、ふぎゃっ!?」
振り返りながら高笑いした峰田だったが、飛び出た円筒に衝突してそのまま地面へ落ちて行った。
「馬鹿が! 上向くより先に前みろや!」
「悪ぃ。先に行く」
「……ドンマイ峰田!」
「悪くない。良くもない」
チキショー! と峰田の叫びを背に、4人は加速していく。
意外にも善戦する砂藤に上鳴は少し驚いていた。
「力の使い方、上手くなったじゃんか」
砂藤の個性、シュガードープは単純な増強型個性である。体内にある糖を燃料に身体能力を5倍に高めるという、多少のリスクはあれどそれ以上に使い勝手の良い力だ。
筋骨隆々と言って差し支えない砂藤がそれを使えば、素手の攻撃力ならA組でもトップクラス。それこそ風圧による攻撃も可能だろう。
上鳴に褒められた砂藤が頬を緩め、言った。
「今まで全身で使うことしか考えてこなかったんだけどよ! 職場体験で足だけとか、インパクトの一瞬だけに個性を使ってみたらどうかってアドバイス貰ってな!」
砂藤が脚に力を込め始める。
筋肉が盛り上がり、オールマイトの様にスーツに陰影が浮かぶ程になったそれで───宙を蹴り上げて、飛んだ。
「部位を限定して出力を高めた! 俺の最大パワーは10倍だ!」
おおと上鳴が感嘆の声を上げた。
しかし、それでも砂藤は轟と爆豪に追いつけない。
氷で足場を確保しながら炎熱を推進力にする轟を見て、上鳴が呟く。
「左の扱いはまだ未熟だが、体育祭より見れるレベルになったな」
轟の成長は緩やかだ。
そもそも、右側の氷結と同レベルで炎熱の力を使い熟せればその力はトッププロと同等。上鳴にも匹敵するだろう。長きに渡り身体の半分を封印してきたツケは、2週間やそこらでどうこうできる物ではない。
しかし、着実に前へ進んでいる。それが肝要なのだ。
「後で詳しく聞かせてくれ。さっきは聞きそびれたしな!」
上鳴が徐々に速度を上げ始める。
「……引き離せねぇ」
「クソがぁ!」
時間にして僅か数秒。
しかし、それだけあれば十分だった。
「じゃ、また後でな」
刹那、電光が辺りを照らし───上鳴の姿が消えた。
続く第3レース。
常闇がダークシャドウに抱えられることで空を飛ぶ。
八百万が万理で作り出した虫の羽で空を飛ぶ。
青山がネビルレーザーで空を飛ぶ。
障子が複製腕で作り出した翼で滑空する。
麗日が無重力で身体を浮かしながら跳ぶ。
「もっと地面を愛しなよ!!!」
「地に足つけて生きろ!!!」
第一レースで最下位になった芦戸と
1位は八百万。
「クマバチがなぜ空を飛べるのかご存知ですか?」
得意気に虫の羽についてドヤ顔で解説を入れる八百万に、2位の常闇とダークシャドウは捕まった。
最終レース、蛙吹と耳郎の接戦でクラスメイト達と共に盛り上がった後、更衣室で上鳴は轟に職場体験の事を尋ねていた───
「で、どうだった。エンデヴァーの所は」
「………アイツとは殆ど顔を合わせてねぇ」
「何だって?」
苦虫を噛み潰したような表情を見せる轟に、上鳴もまた眉間に皺を寄せた。
「ざっけんな職務放棄かよ。カチコミ案件か? 俺が先行するぜ」
「キレ過ぎだろ上鳴……」と切島。
「同行じゃなくて先に行く辺りが狂犬すぎる」と瀬呂。
上鳴は2人に向かって頬を膨らませて言った。
「俺は早く左右均等に扱える様になった状態のコイツと戦いたいんだよ」
「バトルジャンキーだなほんと……」と皆が呆れる中、上鳴が目で轟に話の続きを促す。
「……アイツ、どうも活動を休止するみたいでな。サイドキックのバーニンさん曰く、その準備で忙しいんだと」
「活動休止で何で学生を呼ぶんだよ………身体でも悪いのか?」
「いや、“自分を見つめ直す“とか何とか言ってた。四十を超えて自分探しだとよ───それで、その前にどうしても渡しておきたい物があるって、色々書かれたノートの山を渡された。それっきりアイツとは会ってねぇ」
割と無責任だな……という感想を話を聞いていた者達が抱く中、上鳴がノートの内容について尋ねると、轟は一言。
「赫灼熱拳だ」と答えた。
赫灼熱拳───エンデヴァーの代名詞とも呼べる必殺技の冠名である。熱の圧縮と解放という炎熱系個性における基礎技能の極致であり、肉体への負荷を低減しつつ技の威力を底上げする為の技術だ。
それを編み出し、磨き上げる為に費やした試行錯誤の全てが書かれた秘伝の書をエンデヴァーは息子に継承するべく呼びつけたのだ。
「何かアレだな。引退しそうな雰囲気じゃねぇか」と上鳴は胸の前で腕を組んで唸った。
「どうするかまでは知らねぇ………ただ、今までのアイツとは顔つきが違った」
轟はそう言って、自分にノートを託した父の顔を思い出したのか眉を顰めた。
体育祭以降───かつて母を追い詰めた悪鬼の様に見えた顔も、常に遠くにある何かを憎むかの様に睨みつける目も、消えてしまった。
年相応に草臥れた男の苦悩など轟には理解できないし、相手が憎悪の対象となれば理解したくもないというのが本音だ。
───まあ想像はつく。キッカケは上鳴との試合だろうな。
そんな風に考える轟の心情を推し量る力などない上鳴は「そっか」とだけ言って着替えを再開した。
上鳴の興味は轟焦凍にしかなく、エンデヴァーの進退はどうでも良かった。轟が育てばそれでいいのだ。
何となく更衣室の空気が重たくなった所で、峰田がそれを吹き飛ばす様に熱を帯びた声を張り上げた。
「おい見ろ! このポスターの裏にあった“穴”を!」
それはヒーローを育てる教育機関にあってはならない物だった。
別にヒーローがどうとか関係なくあってはならないのだが───
「恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!! 隣はそうさ! 分かんだろ!? 女子更衣室だよ!!」
その言葉を受けた男子高校生達に電流が走る。*2
息を荒くする峰田に飯田が腕を縦に振りながら言う。
「峰田くんやめたまえ!! 覗きは立派な犯罪行為だぞ! その不埒な穴は即刻先生方に報告し、対処していただく案件だ!」
「うるせぇ! なーにが不埒な穴だエロ本みたいな言い回ししやがって!! オイラのリトルミネタはなァ! もう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!」
韻を踏みながらポスターを毟り取った峰田が飯田の制止を振り切って穴に齧り付く様に顔を寄せた、その時。
「やめとけ。耳郎が今のやり取りを聞いてる。見ろ……イヤホン=ジャックがそこまで来てんぞ」
峰田の眼球に岩をも穿つプラグが突き刺さるか、といったタイミングで上鳴は峰田の首根っこを掴み上げた。
峰田が手足をばたつかせながら口を開く。
「っぶねー! サンキュー上鳴! じゃ! 放してくれ!」
「俺の話聞いてた?」
上鳴は首を傾げながら峰田を入口に向かって放り捨てた。
宙空で3回転しながら見事な三点着地を披露しつつ、峰田は拳を握りしめて吠えた。
「今、夢を追わなくてどうすんだよ! お前のエロ全盛はいつだ!? 幼い頃に女湯を大手を振って歩いていた時代か!? オイラはなァ……今なんだよ!」
「何言ってんだお前」
荷物をまとめた上鳴がそう言うと、峰田は一層パッションを激らせた。
「八百万のヤオヨロッパイ! 芦戸の腰つき! 葉隠の浮かぶ下着! 麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱい! そして、最近急成長中の耳郎のヒップライン!*3 これを前に退くのは無作法ってもんだろ!!?」
峰田の残念過ぎる言動に男子達の溜息が更衣室に満ちる。
「無作法はテメーだ」
「お前ほんとやめとけよマジで」
「嫌われても庇わねーからな」
「確かにそろそろ控えたほうが……」
「っ!」
「だまらっしゃい!!! なあ上鳴! まだ見れるんだよ、俺たち!」
手を差し出す峰田を見た上鳴は「うん」と頷き、覗き穴に近づいた。
騒つくクラスメイト達を無視して上鳴は。
「耳郎〜 八百万にそっちから紙でも貼り付けて塞いでおくように伝えてくれ〜」
聴覚に優れた耳郎をメッセンジャーにして八百万に指示を出した。
敗北を悟りその場で蹲った峰田の慟哭が響く。
「チ、チキショー! 連綿と受け継がれた火の意志が……!」
「何が火の意志だ」
「卑猥な意志」
「哀れな……」
この後、上鳴は相澤に峰田の非行を報告した。
眉間にこれでもかと言うほど深い皺を刻んだ相澤は、行為その物が未遂で終わった事を理由に厳重注意で済ませた───何だかんだと甘い男である。
だが、罰則なしとはいかない。
峰田には当分の間、1年生の教室がある階の清掃と反省文の提出、早朝時間に雄英敷地内でのゴミ拾いなどが命じられた。
次回は明日投稿致します。