雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.51 魔獣の森 後編

「───へぇ」

 

 

土塊の獣を蹴り壊した瞬間、上鳴は森の中に現れた脅威に口角を上げた。

それに気付いた葉隠が「どうしたの?」と尋ねる。

 

 

「作戦変更だ。全員俺に掴まれ。今すぐゴール目指すぞ」

 

 

「へ?」

「まだもうちょっとポイント取らないとまずくない?」

「意味不明☆」

 

 

「そんな悠長な事してたら最下位になっちまうぞ」

 

 

 

 

 

ダークシャドウは闇が深ければ深いほど力を増す。ただしノーリスクという訳ではない。力が強まるだけ制御が難しくなるという欠点がある。

 

 

常闇はそのリスクを踏み倒す1つの手段を編み出した。

 

 

それは体育祭で使った2種類の力の合わせ技。

騎馬戦で万理を外から補強した纏う力。トーナメントで使った肉体の内側から補強する力。これらを組み合わせてダークシャドウのパワーリソースを増やす事で、本体に集約される力を分散。制御を容易にすると同時に自らの戦闘力を大幅に強化する。

 

 

制服の上からエネルギー体で出来た漆黒の外套を纏い、普段より一回り巨大化したダークシャドウを宥めながら常闇が言う。

 

 

「障子、背後や側面から来る敵性個体に対しては俺とダークシャドウで対応する。蛙吹には俺のサポートを。砂藤には正面の敵を頼みたい」

 

 

「分かったわ」

「よっしゃ!」

「なら、俺は砂藤のサポートに回った方がいいか───っと、早速だ。背後から2体、正面から1体!」

 

 

「了解───蹂躙する」

 

 

鬱蒼とした森の中を影が延びる。

 

 

ダークシャドウを纏った常闇は、背後から自分たちを強襲しようとしていた魔獣に向かって腕を一振り。

 

 

それによって生じた衝撃波は地面を捲りながら直進し、周囲の木々を薙ぎ倒しつつ魔獣を呑み込んで粉微塵に破壊してしまった。

 

 

森林の一角が景観ごと吹っ飛んだその一方。

 

 

『ソコニ居ルナ?』

 

 

上空から常闇達の様子を窺っていた魔獣をダークシャドウが発見。伸縮自在の影の腕を伸ばして魔獣を掴み取り、有り余る力でそのまま握り潰した。

 

 

瞬く間に破壊された3体の魔獣を見て、蛙吹が

 

「凄いわ2人とも」と賞賛を送る。

 

 

『造作モナイ』

 

 

ダークシャドウは満更でもない様子でそう返し、常闇の側に控える。

 

 

程なくして、砂藤が前方から来た魔獣を撃破。4人は再びゴールへ向かって突き進んでいく。

 

 

 

 

 

少し時は遡り───施設前。

 

 

「ハァッ………ハァッ! ちょっとイレイザー!? 私たちの担当って1年生よね!」

 

 

玉のような汗を全身から流し、顔についた前髪を鬱陶しそうに払いながらピクシーボブが叫んだ。

 

 

「そうですけど」と相澤は真顔で言葉を返した。

 

 

その視線はピクシーボブではなく、手元にあるノートパソコンに集中している。

 

 

ピクシーボブが忙しなく魔獣を操作しながら、同時に口も動かした。

 

 

「明らかにプロレベルの子が6、7人いるんですけど!? 内1人に至っては個性殆ど使わずに同じ様に他の子達みたいに動いてるんですけど!!!」

 

 

「ああ……そいつは例外なんで気にしないでください。単純な戦闘力だけならオールマイトを除いた全教員より強いので」

 

 

「じゃあ走らす必要なくない!?」

 

 

「ただ走らせるだけだと受難にならないでしょ………競い合わせないと」

 

 

「私の負担は!?」

 

 

「まだ余裕がありそうで何よりです」

 

 

「クソッ! 覚えてろよ雄英!」

 

 

 

 

 

そんなやり取りがゴール前で行われている事など生徒達は露ほども知らないまま、レースはいよいよ終盤へと差し掛かった。

 

 

「……かなり近いな」

 

 

上鳴は前方に3チーム、団子になって進んでいるのを確認出来てはいたが、3人を抱えている今の移動速度で追いつくのはかなり厳しい。

更に、ポイントをそこそこ稼いではいたものの順位は上がるどころか1つ下がって現在3位。ピクシーボブが終盤になって前方3チームの妨害以外を捨てたが故だ。

プロヒーローの体力を考慮していなかった上鳴の痛恨のミスにより、チームは現在窮地に立たされていた。

 

 

───爆豪チームの追い上げも凄いな。単純に肉体スペックが高いから、このままだと追い抜かれちまう。

 

 

流石にお遊びで100%を超える力を使う気など上鳴にもなく、このままでは敗色濃厚。

 

 

さてどうするか、と上鳴が考え始めたタイミングで3人が言う。

 

 

「上鳴! 私たちも走る!」

「大丈夫! 体力温存できたからフルスロットルだよ!」

「君の心配はノープロブレムさ。先に行って魔獣を壊して回った方がいい☆」

 

 

───それしかねぇか。

 

 

上鳴も腹を括り、ニッと笑みを浮かべた。

 

 

「ちゃんと追いついてこいよ───!」

 

 

3人を降ろした上鳴は枷が無くなった猛獣の様な物だ。前方で団子になっていた3チームに追いつき、追い抜き、そこを襲おうとしていた魔獣を先回りして破壊することで瞬く間にポイントを増やしていく。

 

 

しかし、似た考えの者もいる。

 

 

爆豪、緑谷、常闇、轟───チーム分けの主軸になった者達である。

 

 

最後の最後でゲームは点取り合戦の様相を呈し始め………程なくしていよいよピクシーボブが疲労により気絶。

 

 

魔獣の湧きが止まったことで生徒たちの行進が加速する。

 

 

そして最初にプッシーキャッツが設定した時刻、12時30分まで残り5分を切ったタイミングで、主軸勢5人が上鳴を先頭にゴール。その2分後、雪崩れ込む様に全員がゴールテープを切った。

 

 

気になるのは順位だ。

 

 

「コガネ、順位は?」と上鳴。

 

 

『ゴール位置を森の出口付近に設定───計測中───結果出ました』

 

 

この状況である。

最後尾にいた生徒のチームの判定にコガネを用いる事に誰も異論はない。

 

 

『先ず、最後にゴールしたのは───青山優雅』

 

 

最後尾にいたのは青山だった。

あちゃぁ、と上鳴チームは天を仰ぐ。

腹痛に耐えながらよく走ったと全員が青山の健闘を讃えるが、青山の姿はもう無い。トイレに向かって走り出していたためだ。

 

 

『レース部門1位爆殺卿、2位推薦ツインズ、3位デク、4位堕天使、5位ガンガン行こうぜ、となります。そこに撃破Pを加算した物が───こちらになります』

 

 

上鳴の耳からホログラムの順位表が投影される。

 

 

1位 爆殺卿

2位 堕天使

3位 ガンガン行こうぜ

4位 推薦ツインズ

5位 デク

 

 

結果としては索敵能力の差が形になったという所か。上鳴の最後の追い上げで1P差で推薦ツインズを下し、総合順位は3位。

 

 

葉隠と芦戸が抱き合って喜びを分かち合う中、上鳴は爆豪チームと常闇チームの成長に腕を組んで頷いていた。

 

 

「ハッハー! 俺たちの勝ちだァッ!」

 

 

そんな中、1番喜んでいた爆豪が叫ぶ。

雄英に入学してから苦節3ヶ月───遊びの延長線上にあっても念願の1位である。

 

 

しかし、そこに水を差すように葉隠が言う。

 

 

「……でも上鳴くん、途中まで個性使ってなかったし」

 

 

ピシリと爆豪の顔が固まった。

そしてみるみると目尻が吊り上がっていき、90度を超え始めたタイミングで───爆発した。

 

 

「ざっけんな!!!」

 

上鳴は「まあいいじゃねぇか」と笑っていたがそれが余計に爆豪の癇に障り、目付きは暫く戻らなかった。

 

 

そして───

 

 

「ふざけた事に対する言い訳は出来たか?」

 

 

「すみませんでした」

 

 

「はあ………おい緑谷。何でオールマイトの顔真似をしている? 舐めてるのか?」

 

 

「すみません! すみません!」

 

 

この状況で罰ゲームを消化する緑谷の鬼メンタルに何人かが慄いていると、相澤がため息まじりに言う。

 

 

「まったく………連帯責任だ。疲れているだろうし今日は大目に見てやろうと思ってたが、気が変わった。今から基礎練を開始する。全員体操服に着替えて再度ここに集合」

 

 

「せ………先生昼飯は!?」と砂藤。

 

 

「そんな物はない」

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

「キリキリ動け」

 

 

そう言う相澤だったが、基礎練は昼食が出来上がるまでの1時間だけで終わった。

 

 

しかし、施設までのレースと追い討ちの基礎練はタフネスお化け*1以外を完全に沈めてしまうには充分。

 

 

マンダレイの「ご飯よー!」という声が生徒たちの耳に入る頃には屍の山が形成されていた。

 

 

地面に倒れ込んで土塗れになっている教え子に、相澤は言う。

 

 

「君らを罰する為の合理的虚偽だ。くれぐれも次からはふざけ過ぎない様に」

 

 

昼食の用意が出来た事を伝えに来たプッシーキャッツの「容認してただろーが」という視線が相澤の背中にこれでもかと刺さるが、本人は華麗にスルー。

「そうは言うがよ」と口を開いた上鳴へと視線を移した。

 

 

「もうちょいマシな受難を出してくれよ。あれくらいしないと訓練にもなりゃしねーよ」

 

 

「………検討しておこう」

 

 

「抑えて流子!」

「離して信乃! 」

 

 

過労で気絶するまで魔獣を動かし続けたピクシーボブの頑張りと怒りなど上鳴が知る由もない。仮に真正面から怒気を受けてもそよ風の様に受け流すのだが、それは余談である。

 

 

それから一先ず相澤は全員に汗を流す様に指示。訓練場の両端に設置された簡易的なシャワールームでサッと汗と汚れを流し、昼食を経て───再び訓練場。

 

 

相澤は咳払いをしてから、生徒たちに向けて言った。

 

 

「改めてになるが……期末試験と林間のレクリエーションお疲れ様。正直、君たちは我々教員の想定を遥かに上回るスピードで成長を遂げている。しかしまさかとは思うが、現状で満足してる者はいないだろうな?」

 

 

相澤の挑発的な言葉に生徒たちは「まさか」と口を揃える。彼らは道半ば、否、走り出し始めたばかりなのだから、満足などまだまだ先の話だ。

 

 

「よろしい。じゃあ爆豪。これを投げてみろ」

 

 

相澤はコスチュームのポケットから個性把握テストで使用したソフトボール投げ用の測定器を取り出し、爆豪に放った。

爆豪が放物線を描いて自身の手におさまったそれをマジマジと見つめていると、相澤は更に言葉を繋げる。

 

 

「3ヶ月前の記録は705.2mだったな。今投げれば疲労から想定して……約800mと言ったところか?」

 

 

「………ンだと?」

 

 

相澤の言葉に上鳴以外に騒めきが走る。

“1000mくらい行くだろ”とそんな声が上がる中、爆豪は相澤の低い見積もりを訂正させるべく全力でボールを投げる。

 

 

しかし。

 

 

「815mか。思ったより伸びたが、風向きによっては誤差か」

 

 

その時───爆豪に電流が走る。

 

 

何度も上鳴に言われた『後は出力だけだな』という言葉の意味を心底から理解したと言ってもいい。

 

 

「君たちの成長に寄与したのは君たち自身の努力の他、教員として情けない話にもなるが上鳴の指導も大きいだろう。だが、上鳴の指導は補習組を除けば技術的指導……個性の扱い方や基礎能力の向上に関する事の方が多かっただろう」

 

 

それに心当たりがある者は多い。

 

 

「この林間合宿ではそれらと真逆。君たちには個性その物を伸ばしてもらう。限界を超えた負荷を常時肉体に強いる苦行だ。死ぬほど辛いが、くれぐれも死なないように」

 

 

ただ。

 

 

「やるのは明日から。今日は疲れを明日に残さないよう、全力で休め」

 

 

「はい!」

 

 

「いい返事だ」

 

 

それからA組はワイプシメンバーとマンダレイが養育している親戚の子『出水洸汰』の紹介を受けた。

 

 

「お前らとつるむ気なんてねえよ」

 

 

紹介が済むや否や、そう言って洸汰少年は足早に去っていく。

 

 

「君たちに言うのも酷な話なんだけど………あの子、ヒーローとかヴィランとかそういうの嫌いなのよね」

 

 

上鳴はそう言うマンダレイの視線が自分に向いている事に気が付いていたが、特にその事で話しかけるような事はなかった。

 

 

 

 

 

A組には自分たちの頑張りと相澤の慈悲によってもたらされた自由時間。

 

 

上鳴は常闇に誘われ、ボードゲームで遊ぶ事になったのだが───そこでも無双し、持ち込んだ本人から「上鳴電気、逆にお前は何を持ち得ないのだ」と戦慄され、イライラ爆豪が暴れ出しそうになったタイミングで2人揃って出禁に。

その後、女子陣に連れ去られてカラオケ大会に巻き込まれたりしている内に自由時間は終わりを告げ、その瞬間はやってきた。

 

 

カッポ───ン

 

 

湯煙の中、鹿威しの音が響き夜空に消えていく。

 

 

湯浴み、温泉、行水。名前は何だっていい。日本人のDNAに刻まれた最上のリラクゼーションタイム、風呂の時間である。

 

 

普段はシャワーだけで済ませる上鳴も、温泉となれば話は別だ。タオルを片手に威風堂々とした立ち姿で大浴場を眺めた。

 

 

「やっぱデケェ風呂はいいよな」

 

 

「源泉掛け流しの温泉だってよ」と切島。

 

 

「それはテンション上がりますわ」瀬呂が頷きながら身体を洗う。

 

 

「ちゃちゃっと汚れ落として湯船いくか………って、何だよ峰田」

 

 

「デッッッ!!?」

 

 

ちょうど大半の男子達の腰の高さと同じか、少し下に頭がある峰田は目に映ったそれに戦慄を隠せない。

 

 

「宝の持ちぐ、だめだ! これだけは言っちゃならねぇ!」

 

 

「キッショ………こわ…………」

 

 

自分で自分の頬を叩く峰田にドン引きしながら上鳴は身体の汚れを落として湯船へと向かった。

 

 

「あぁ〜いい湯だ〜俺肌の感覚ねぇからよくわかんねぇけど」

 

 

「一緒に風呂入るんならセンシティブな話すんじゃねェ! 気ィ悪いだろうが!」

 

 

上鳴が心の底から自身の体質について何とも思ってない事を悟っている爆豪は、敢えてキツイ言葉を投げながら温泉に飛び込んだ。自分にヘイトを向けて上鳴から意識を逸らさせるという、一歩間違えば空気が凍てついた後に炎上するフォローである。

 

 

「そりゃすまんな!」

 

 

「ケッ!」

 

 

幸いにも上鳴がまるで気にしていないため、爆豪の目論見は成功した。

 

 

そして、男子達に「爆豪も大概デリカシーないよなぁ」という空気が広がる中。

 

 

「さて、気を取り直して」

 

 

ついに、峰田が動き出す。

 

「まァ、まァ………魔獣の森の競争とかはね………ぶっちゃけどうでもいいんスよ。求められてるのはそこじゃないんスよ。その辺、ちゃぁんと分かってるンすよ。オイラは」

 

 

峰田が立つのは木の板で出来た壁の前。壁の全高は約15m───聳り立つそれの上から彼方を覗き込む事は、例え異形型個性の持ち主であっても難しい。

しかし、峰田実はそんな圧倒的壁を前にしても諦めない卑の意志の持ち主。

 

 

「求められてんのは、この壁の向こうなんスよ」

 

 

「1人で何言ってるの峰田くん……」

 

 

呆れた様子の緑谷に峰田は微笑みを返し、壁に耳を当てながら、悪戯をした子供を優しく諭す様に言う。

 

 

「耳を澄ませてごらんよ。ほら……聞こえてくるから」

 

 

「気持ちいいねぇ」

「温泉あるなんてサイコーだわ」

「これなら訓練の疲れも癒えますわね」

 

 

赤面する男子達に峰田は更に語りかける。

 

 

「ほら……いるんスよ。今日日(きょうび)男女の入浴時間ズラさないなんて……もうこれは事故………そう、これは事故なんスよ……」

 

 

しかし、峰田の言葉にまるで動揺しない男がいた。

 

 

「峰田くんやめたまえ! 君の行為は己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

 

 

誰よりも規則を重んじる男、飯田。

当たり前すぎる彼の言葉に峰田は黙り込んだ。

そして僅かな静寂の後、鹿威しの音がそれを打ち破り───転瞬。

 

 

「喧しいんスよ」

 

 

峰田実はスケベである。「ヒーロー志望のくせに何をやってるんだ!?」と思う様な所業を平然とやってのける。

 

 

彼の原点は生物の雄が持つ最も原始的な欲求が1つであり、それその物を否定する気は誰にも無いのだが───やってる事は到底看過できない過ちだ。

 

 

そして最悪な事に、(エロ)を成そうとする時の峰田は普段から想像もできない能力を見せる。

 

 

「壁とは、超える為にある!! “Plus Ultra”!!!」

 

 

「速っ!?」

「校訓を汚すんじゃあないよ!!!」

 

 

これまでの補習で鍛え上げた瞬発力が光る。

自身が教え込んだ技術が最悪の使われ方をしているが、上鳴にはまるで関心がない。お湯を手で掬い、匂いから成分の分析をしながら轟に「なあこれさ」と話しかけていた。使えない。

あれよあれよという間に峰田は壁を駆け上がり、頂上まであと3mという所に差し掛かる。

 

 

「さァ拝ませてもらうぜ現役JKの玉肌を!」

 

 

ゴールは目前。

湯煙の向こうに広がる桃源郷を想像し、だらしなく開いた口から涎が溢れる。

 

 

天下の雄英からあわや性犯罪ヴィランの誕生かと思われた、その時だ。そこに1人の少年が立ち塞がった。

 

 

点検用の梯子を登ってドンピシャで峰田の前に現れたのは、ツノの様な突起が付いたキャップ帽を被った幼い男の子───洸汰少年。

 

 

「これが……ヒーローになりたいとかいう奴の姿か? 嘆かわしいにも程があんだろ」

 

 

生意気な口調で正論が飛びでる。

同時に峰田を突き飛ばす手も出た。

そうなればもう、急転直下である。

 

 

「なん、だ、クソガキィィイ!?」

 

 

「どっちがだ」

 

 

壁から転落してきた峰田を緑谷が受け止める。

そこで話が終われば良かったのだが───

 

 

「洸汰くんナイスー!」

「ありがとう!」

 

 

まだ小さい男の子ではあるが、洸汰少年は既にしっかりとした倫理観と羞恥心を持っていた。それ故に名前を呼ばれて反射的に振り返ったが最後……布面積ほぼ0、肌色の多い年上の異性を目にした洸汰少年は赤面したままひっくり返った。

 

 

女湯から悲鳴が上がる。

 

 

男湯の方に真っ逆さまに落ちる洸汰少年。

脳は痛みを感じさせないように洸汰少年の意識を切った。

 

 

男子達も動き出すが、風呂場という足場の悪い場所では本領を発揮できない。落下速度の方が速い。

 

 

それに間に合うのは───ただ1人。

 

 

「風呂場で暴れんなよ。危ないだろ」

 

 

上鳴のみ。

 

 

それから上鳴は落ちる時に気絶した洸汰少年を緑谷に預け、代わりに峰田を相澤の元へと連行した。

 

 

相澤は「幾らお前でもそこまでするとは思っていなかった。俺はとても悲しいよ」と峰田の中にある良心を極めて合理的に抉り抜き、最終的に峰田の温泉禁止令を発令。訓練場でのシャワー以外は認めず、更にそのシャワーも相澤の監視付きという刑が執行される事になった。

 

 

「これで済んで良かったな」

 

 

「はい……」

 

 

上鳴は意気消沈する峰田の背中を軽く叩き、2人で寝泊まりする部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

時は少し遡り───施設内にあるプッシーキャッツの事務所。

 

 

緑谷が来賓対応用に設置された革張りのソファに洸汰少年を寝かせ、その容態をマンダレイが確認していた。

 

 

「うん。大丈夫。ビックリして気絶しちゃっただけみたいね……ありがとう。イレイザーから“性欲の権化”みたいな子がいるとは聞いてたから見張ってもらってたんだけど、ちょっと私達の考えが甘かったみたい」

 

 

「いえ……僕らも止められなくてすみません……とにかく何もなくて良かったぁ」

 

 

「よっぽど慌ててくれたんだね」

 

 

緑谷の出立ちは下半身を隠すタオルだけだ。上鳴に洸汰少年を託され、風呂場からここまで直行した為である。

女性の前に立つ格好としては不適切もいい所だが、それを気にする余裕がないほど切羽詰まっていたのだ。

 

 

───よかった。取り敢えず戻ろう。

 

 

安心し、胸を撫で下ろしながら緑谷は踵を返そうとした。しかし、ソファで穏やかな寝息を立てている洸汰少年を見て、峰田を突き飛ばした時の顔が浮かんだ。

 

 

───あの時の洸汰くんの顔は………体育祭の時の轟くんに、少し似てた。

 

 

瞳の中で燃える憎悪の火。

まだ記憶に新しいそれが何故、まだ幼い少年と重なったのかが気になり、足を止めた。

 

 

「どうかした?」

 

 

マンダレイが緑谷に問う。

 

 

言葉を詰まらせる緑谷に、マンダレイは「落ちついて話してみて」と優しく促す。

 

 

「実は……」

 

 

自分が思った事を、緑谷は率直に話した。

マンダレイは目を見開き「そうだね」と緑谷の言葉を肯定。そして洸汰少年の額に濡れたタオルを乗せながら言う。

 

 

「この子の両親は……私たちと同じヒーローだった。でも2年前に敵から市民を守って、お父さんは殉職。お母さんもまだ意識を取り戻してないの」

 

 

この話を聞いた生徒が、緑谷以外だったなら───おそらく誰も気付かなかっただろう。

 

 

しかし、緑谷は度を超えたヒーローオタク。

近現代のヒーローならばメディア露出が極めて少ないイレイザーヘッドでも把握している。

 

 

2年前。

夫婦でヒーロー。

殉職。

意識不明。

 

 

ここまで情報が揃えば彼の頭脳(データベース)は瞬く間に該当するヒーローを導き出す。

 

 

「もしかして、ウォーターホース……?」

 

 

マンダレイは何度も瞬きしてから、力無く笑った。

 

 

「詳しいんだね……そうだよ。ウォーターホースがこの子の両親で、私の従兄(にい)さんとその奥さん。上鳴くんから聞いたの?」

 

 

何気なく問い掛けたマンダレイ。

しかし、緑谷が固まったのを見て自身の見当違いに気付いた。

 

 

『2年くらい前かな? 結構強いヴィランとばったり遭っちまってさ。危うく殺されかけた事があんだよ』

 

 

緑谷の脳裏を補習の時に上鳴が言っていた話が過ぎる。

 

 

───2年前……そうだ。ショッピングモールの時も、彼は僕があのヴィランの名前を出した瞬間、血相を変えて飛び出していった。

 

 

緑谷は上鳴の過去を事細かに知っている訳ではない。否、緑谷に限らずA組のメンバーで詳細を知っているものはいなかった。耳郎でさえ、上鳴が仮免を取った前後の話は知らないのだ。

 

 

「あの……差し支えなかったらで、いいんですけど」

 

 

───よくないことだ。本人がいない場で、本人が話していない事を聞くのは。

 

 

「2年前に何があったかを……聞いてもいいですか?」

 

 

それでも、今ここで聞かなければいけない気がして。

 

 

緑谷の言葉にマンダレイは暫し黙り込んでからゆっくりと頷き、静かに昔話を紡ぎ始めた。

 

 

 

 

 

───その敵は凄まじい強さだった。

 

 

戦場になったのは仙台市の郊外。

 

 

暴れていたのは単純な膂力増強型の敵が1名。

然程珍しい話ではない。膂力増強の個性は強力ではあるが応用が格段に利く訳ではなく、戦闘訓練を受けたある程度場数を踏んだヒーロー複数名で取り囲めば容易く鎮圧できる、というのがヒーローの共通認識だった。

 

 

現場に先行したのは夫婦でヒーロー業を営むウォーターホース。主な仕事は火災時の救助活動や鎮火だったが、連携すれば敵の鎮圧もお手のもの。デビュー15年目のベテランだ。素人相手に遅れを取る訳がない。

 

 

───だけど、例外はいた。

 

 

血狂いマスキュラー。

その男の戦闘力は膂力増強型の中でも最上位。

拳の一振りでアスファルトの地面を抉り、鉄筋コンクリートのビルを基礎から破壊する程の力を持っていた。皮膚の下に収まり切らない筋繊維は、走れば巨体からは想像もできない走力を生み出し、分厚い肉の鎧は岩さえ砕くウォーターホースの攻撃をいとも簡単に防いでしまった。

 

 

───暴れ回るマスキュラーは天災の様に、そこにあった物全てを蹂躙し、轢き潰していった。

 

 

人も、物も、分け隔てなく。

無邪気に虫を踏み潰す子供の様な笑い声が市街地の悲鳴に混ざる。

 

 

ウォーターホースは懸命に戦っていたが、マスキュラーの攻撃の余波が市民へと向かうまでそう時間は掛からなかった。

 

 

だが。

 

 

───そこに1人の子供が現れた。

 

 

戦場と化した市街地を雷鳴と共に駆けてきたその少年によって市民は救われ、ウォーターホース夫妻は一時窮地を脱した。

 

 

“ここは俺が引き受けるッスわ”

 

 

少年は軽い調子でそう言って拳を構えたという。

 

 

マスキュラーは近接主体、かつ膂力を増強する為に筋繊維を増大させる個性の持ち主。生物である以上、感電すれば致命的な隙が生まれる。そういう意味では少年は現場で唯一、マスキュラーを止めうる可能性を持っていた。

 

 

しかし、いや、だからこそ───ウォーターホース夫妻は、マスキュラーに勝てる勝てないではなく、少年の前に立って戦わなければならなかった。

 

 

何故なら電撃による攻撃は時に敵に対して重篤な後遺症を与え、場合によっては死に至らしめる危険性があるからだ。

 

 

万が一、少年によってマスキュラーが手の施しようのない怪我を負ってしまったら……救援要請を受けているこの地域のヒーローの誰よりも速く駆けつけた少年の未来に、暗い影が落とされてしまう。

 

 

───ウォーターホースは少年の未来と自分達の命とを天秤に賭けて、前者を取った。

 

 

だが、ここで不幸な行き違いが生じた。

 

 

少年は幼少期から徹底した戦闘訓練、及び個性の制御訓練を受けていた。

 

 

自分なら目の前の敵を相手に立ち回れる。

 

 

極めて合理的で無駄のない事実に基づく戦力分析を行い、マスキュラーと戦おうとした。

 

 

その結果───マスキュラーとの間に割って入ったウォーターホースが足を引っ張る形となった。

 

 

それをカバーをする為に無理をした少年は個性の制御を誤り、直後にマスキュラーの一撃を受けて瀕死の重傷を負ってしまった。

 

 

───ウォーターホースは、瀕死の少年を守る為に戦った。状況は最悪だった。

 

 

地獄への道は、いつも善意によって舗装されている。

 

 

ウォーターホースの覚悟が。

少年の善意が。

事態を最悪へと導いた。

 

 

───最初に、義姉(ねえ)さんが倒れた。

 

 

マスキュラーは強かった。

 

 

当時のヒーローで被害を最小にして勝てるのはオールマイトかエンデヴァーくらいだろう。

戦闘力という面ではトップヒーローと比べるまでもなく弱いウォーターホースでは、時間稼ぎさえままならない。比翼の鳥が翼を捥がれたなら後はただ墜ちるだけ。

 

 

他のヒーローの到着は間に合わず、あわや2名のヒーローの命が潰えると思われたその時。

 

 

少年の身体から紫電が奔り、マスキュラーを撃ち抜いた。

 

 

いつの間にか少年は立ち上がっていた。

殴られた衝撃で半身が赤黒く腫れ上がり、頭から夥しい量の血を流しながらも尚、そんな怪我などないかのように。

 

 

そこから少年とマスキュラーの血闘が始まった。

 

 

両者が拳を合わせる度に大気は震え、周囲の瓦礫や建造物が一挙一動を受けて吹き飛んでいく。

 

 

市民は蜘蛛の子を散らす様にその場から去り、やっと救援に駆けつけたヒーロー達もあまりの余波に近づく事すらままならない。

 

 

───だから戦いの結末を、当事者以外は誰も知らない。

 

 

余波が収まり、ヒーロー達が突入した先には爆心地の様に大きく抉れた地面があった。

 

 

少年はそこで立ったまま気絶しており、そこから離れた場所に並んで倒れていたウォーターホースも意識不明の重体。マスキュラーの姿はなく、命からがら逃げ出したのだろうと予想された。

 

 

───ウォーターホースは再起不能。従兄(にい)さんは現場で亡くなった。そしてその少年が

 

 

「上鳴くん………なんですね」

 

 

緑谷の言葉にマンダレイがゆっくりと頷く。

 

 

「聞いていた話の中の彼、体育祭での彼、今日目にした彼……私には全く違う人間に見えた。だから私も聞きたいの。君から見た上鳴くんは、ヒーローを名乗れるような人なのかな?」

 

 

マンダレイの問いに緑谷は真っ直ぐ目を見て即答した。

 

 

「上鳴くんはヒーローです」

 

 

「確かに……戦闘狂気質で時々、たまに、いや結構な頻度で暴走してる気もしますけど───USJで、彼はリスクを冒して僕らを守る様に立ち回ってくれました。強くなりたいって僕らの想いを先生みたいに受け止めて、導こうとしてくれました。今回洸汰くんを助けたのも上鳴くんです」

 

 

緑谷が上鳴と接する時間は放課後の補習時間や、休み時間に時折昼食を共にするくらいだ。

 

 

「味覚がなくても、僕らに合わせてご飯を食べてくれる優しさを持った彼が………世間にどう思われてるのかも、知ってます」

 

 

A組の悪評を一身に背負う───とまではいかないが、ヘイトを集めているのは上鳴だ。SNSを軽く流し見ているだけでも知れる情報である。

 

 

「それでも彼は僕らの目標で、憧れで……今1番身近なヒーローなんです」

 

 

拳を握る緑谷を見て、マンダレイは微笑みを浮かべて言った。

 

 

「うん……もう大丈夫。ありがとね、色々教えてくれて! そろそろ着替えないと風邪ひいちゃうし、ここまでにしよっか!」

 

 

真面目な話をしていたが───緑谷はデクをタオルで隠しただけの姿である。

 

 

みるみると顔を赤くし、慌ただしい足取りで更衣室まで駆けて行く緑谷の背にマンダレイは手を振ってから、静かに寝息を立てる洸汰少年の頭を撫でた。

 

 

「……ヒーロー失格だね」

 

 

意地の悪い質問だった自覚はある。しかし、どうしても聞きたかった。マンダレイが雄英体育祭で見た上鳴は、自分も他人もお構い無しに不必要に傷付けて血を流しながら笑う、ヴィランの様な少年だったから。

 

 

───確かに彼はウォーターホースを一度は救った。その事実は否定できない。それでも……どこか遠くを見るあの目が、私には酷く歪で、危うい物に見えた。

 

 

どれが本当の上鳴電気なのか。

 

 

その答えだけは得られないまま、時は過ぎていく。

*1
上鳴と爆豪





今週のヒロアカ良過ぎた……あと40巻続くんですよね? まさかあと数話で終わるだなんてそんな……いかん……雨が降ってきたな……
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