雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.53 逆罰

 

 

魔獣の森を見下ろせる崖の上で人影が蠢く。

 

 

「で───決行はまだかよ?」

 

 

そう言って首を鳴らしながら拳を握ったり開いたりしているのは“血狂い”マスキュラー。白い仮面を付け、襤褸の様なマントを羽織る姿はアメリカで上鳴が倒した黒漆死にも似た雰囲気がある。

 

 

「リーダーがまだ来てないからね」

 

 

物怖じせずにマスキュラーの問いに言葉を返したのは、詰襟にガスマスクを付けた出立ちの少年、マスタードだ。

マスタードは身に付けたサポートアイテムの調子をしきりに確認しながら、更に言葉を紡ぐ。

 

 

「何でも大事な仕込みがあるんだってさ……待たされる側の気持ちも考えて欲しいよね」

 

 

「全くだ」

 

 

「まあまあ、2人ともそうイライラしないの」

 

 

「そうは言うけどよマグネ───オナ禁した後にいざ女とヤろうってタイミングで邪魔が入ったらよ、ムカつくだろうが」

 

 

マスキュラーの品性のない例えに、地を這う虫を見る様な眼差しを向けたトガが、唇を尖らせる。

 

 

「汚いです。剛斗くん」

 

 

「女の子もいるのにどうかと思う」と声が上擦ったマスタードが激しく頷き。

 

 

「たかが2日じゃないの」と最後にマグネが締めた。

 

 

マスキュラーは盛大に息を吐き、やれやれと肩をすくめた。

 

 

「馬鹿言うな。俺は2年も前からこの日をずっっっと待ち侘びてたんだよ………いいか? 3日とか1週間とか1ヶ月じゃねぇぞ? 2年だ」

 

 

「念押しの仕方がなんかやです」

 

 

心底引いた様子の渡我を尻目に、マスキュラーが熱に浮かされた様に眼下にある森───その先に見える施設へと視線を送る。

 

 

「やっと、やっと……殺し合いができる」

 

 

絞り出されたその言葉に否を唱える者はいない。むしろマスキュラーのその言葉には全員が笑みを深めていた。

 

 

「よく分からないけど、満足出来るといいね」

 

 

マスタードの言葉にマスキュラーは「おう」と答え。

 

 

そして。

 

 

「で、荼毘はまだか?」

 

 

話がループしかけたその時だ。

ヴィラン達の集まりの背後で黒い靄が渦を巻き、そこから五条袈裟に身を包んだ青年が姿を見せる。

 

 

「悪いな。待たせた」

 

 

「……誰?」とマグネ。

 

 

「……いけね。テンション上がっちまってそのままだったわ」

 

 

袈裟の青年は被っていたシリコンマスクを脱いで黒い靄の中に放り捨てた後、身体から青い炎を噴出させて袈裟を焼き尽くした。それを見た渡我が「わぁ!」と声を弾ませる。

 

 

炎が消え、そこに立っていたのは遅刻していた荼毘だ。五条袈裟の下に耐火性の高いコスチュームを着用していた荼毘は、黒いロングコートを翻し、パタパタと灰を落として笑った。

 

 

「ほとんど全員揃ってんな───まあ、作戦決行日は明日の夜なんだけどよ」

 

 

「何ぃ!?」とマスキュラーが地団駄を踏み、地面に亀裂が走る。荼毘は顔色一つ変えず、いけしゃあしゃあと言い放った。

 

 

「社会不適合者の集まりだぞ。時間通りに全員揃うと思う訳ないだろ」

 

 

「揃ってんだが???」

 

 

「揃ってはねぇよ。残りは作戦前に黒霧経由で合流予定だけどな」

 

 

戯けた様子の荼毘にマスキュラーから殺気が滲む。空間が歪んだと錯覚する様な濃密な死の気配が漂い始め、何人かが戦闘態勢へと移る。

しかし、荼毘は飄々とした態度を崩さない。

 

 

「早漏は嫌われるぜ?」

 

 

「っぐ!? ぐぅぅぅ………!」

 

 

マスキュラー、悶絶。

何でこんな効いてんの? と荼毘の視線が周囲の仲間へと向かうが、誰1人として答える事はなかった。

 

 

微妙な空気が満ちる中、渡我が言う。

 

 

「結局、用事って何してたんですか?」

 

 

荼毘は暫く黙り込み───

 

 

「デカい花火が見たくてね。その仕込みだよ」

 

 

「へー! 花火! ワタシも見たいです!」

 

 

「そうだな。長生きできれば見られるかもな」

 

 

 

 

 

轟炎司は休職の為の用意をあらかた終わらせた後、自ら車のハンドルを握ってある場所へと向かった。

 

 

「……久しぶりだな」

 

 

そう言葉を漏らした炎司の視線の先にあるのは、火事の爪痕が未だ残る山───瀬古杜岳。長男が焼け死んだ場所だ。

 

 

用意していた喪服に車内で着替えて、炎司は車の外へと出た。オフィスがある街の中心と比べれば暑さは幾分かマシではあるが、よく冷えた車の中にいたせいか額に薄らと汗が滲んだ。

 

 

錆びて傾いた『私有地につき関係者以外立ち入り禁止』の看板の横を通り、山へと入った。そのまま暗い山道を懐中電灯を頼りに進んでいく。

 

 

山火事があったのは10年ほど前のこと。時の流れに委ねれば再生には35年から50年、あるいはそれ以上の年月を要するが、瀬古杜岳の緑は山火事以前と比べてやや少ない程度に収まっていた。

 

 

というのも、黎明期以前ならばともかく、超人社会となった現代において、森林再生は然程難しいことではないからだ。土砂を自在に操れるピクシーボブや、他人の治癒力を上げられるリカバリーガールなどがいる様に、木々に活力を与え成長を促す様な個性も実在する。

山から木々が消えれば、台風をはじめ豪雨にみまわれた際や大規模な震災発生時に土砂災害が起こるリスクが高まる。エンデヴァーは私有地であったことも含め、惜しみなく私費を投入して山を再生した。

 

尤も、それは長男を探しに何度も山へと入った後のこと。

 

 

───見たくない物を遠ざけたかっただけなのかもしれん。

 

 

山中に微かに残った山火事の名残りを見つける度、網膜に焼き付けられた見覚えのある景色と重なった。

 

 

「……もっと早くに来るべきだった」

 

 

『絶対に来てよ!』

 

 

そう言って頭を掻きむしりながら訴える我が子の願いを、炎司は無碍にした。

何を理由にしても全て言い訳に成り下がる。

昔も今も己の弱さから目を逸らし、その始末をつけられず今に至る。

心が音を立てて軋むのを感じながら、炎司はまだ長男の体質が明らかになる前によく2人で訓練した場所へと足を運んだ。

 

 

───ここに、燈矢はいたのだろうか。

 

 

昔は倒木があり、そこに腰掛けながら息子と話をした。

 

しかし、今はそこに何もない。

 

 

雑草の一本すら生えていないのは些か気になる点ではあったが、炎司はそれを深く考えはしなかった。

 

 

ただその場に立ち尽くす炎司の頬を風が撫でる。前日の雨の影響か湿度が高く、風は肌に纏わり付くような嫌な熱気を帯びていた。

 

 

炎司は個性がら熱への耐性があっても、こういう日本的な蒸し暑さにまで耐えられる訳ではない。車から出て山に入った時とは違う、じっとりとした嫌な汗が額に浮かぶ。

それをズボンのポケットから取り出したハンカチで拭いながら、炎司は空を見上げた。

 

 

「嫌に静かな夜だな……」

 

 

夜空に月はなく、分厚い雲が全てを覆い隠している。夜行性の獣はこの辺りにいないのか、痛いほどの静けさが広がっていた。

 

 

暫くそうして夜空を眺めた後、炎司はその場に座り込みながらポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

 

「……ヒーローを、やめられないんだ」

 

 

雄英体育祭があったあの日、これまでの全てが無為だったと突き付けられた。しかし、それでもヒーローを辞められない自分に炎司は嫌気がさしていた。

 

 

もっともらしい理由は、幾らでも用意できる。

 

 

例えば、自分が管轄する地域の治安維持力の低下。それに伴う街への被害と犯罪者の増大。No.2という肩書きは重く、引退ともなれば管轄地域以外にも影響は出るだろう。そしてその皺寄せが無辜の民と同業者に向かう。

 

 

人としてどちらを選ぶのが正解か、という話だ。

 

 

そして炎司はそのどちらも選べず、今のまま活動しても取り返しのつかないミスが起こる可能性が高いと踏んで、活動休止を選択した。

 

 

───これ以上、取り返しのつかないことなどあるのか?

 

 

長男を死なせ、妻が精神を病むまで追い込み、次男と長女を蔑ろにして、末の息子には叶うことのない理想を押し付けた。

 

 

エンデヴァー(ヒーロー)として成した功績がどれだけ輝かしい物であったとしても、轟炎司(ちちおや)として出来た事はただ家族を苦しめただけ。

 

 

せめてヒーローとしてだけは他人に迷惑を掛けないように、そして末の息子がヒーローになった時、己がしでかした鬼畜の所業で後ろ指をさされない様に消えるべきなのだろう。

 

 

だが、その一歩が踏み出せない。

 

 

瀬古杜岳に残る火事の痕跡が視界に入る度に、心臓を突かれる様な感覚に襲われても。

 

 

次はお前の番だと、炎司はそう嘯かれている気さえしても。

 

 

まだやらなくてはならない事があると───心の中で誰かが言うのだ。

 

 

「俺は、どうすれば……」

 

 

炎司がそう声を漏らした、その時だ。

鈴の音が静かな夜に染み渡った。

 

 

「おや? こんな所に人が……珍しいですね」

 

 

炎司が振り返ると、そこに五条袈裟に身を包んだ青年が立っていた。

 

 

全く気付かなかったのは精神の不調故か。それとも青年が気配を消していたからか。判別はつけられなかった……否、そんな事を冷静に考えている余裕が今の轟炎司には無い。

 

「……ここは私有地だ。勝手に入ってはいけないぞ」

 

 

エンデヴァーなら詰問になっていた筈だが、絞り出せたのは唯の注意。

しかしそれでも効果があった様で、青年は慌てた様子で身振り手振りを交えながら言った。

 

 

「すみません。存じてはいましたが、どうしても止められず」

 

 

目を伏せる青年に炎司は尋ねた。

 

 

「なぜここに?」

 

 

暫し、黙り込む青年。そのまま沈黙が続き、炎司の中で燻る炎が『怪しい』と警告を発しはじめた時だ。青年が口を開いた。

 

 

「昔この山で級友が亡くなって……毎月、暇を見つけてはお経を上げに来ているんです」

 

 

その言葉は炎司にとって衝撃だった。

青年は構わずに話を続けた。

 

 

「少しだけ、昔話と自分の話をしてもよろしいですか?」

 

 

 

 

 

この山で亡くなったのは私のクラスメイトで、親が著名なヒーローだったのですが……どうやら親とはあまり上手くいっていなかったようでして。

 

 

教室で彼は常に1人。

人を近づかせない鋭い空気をいつも纏っていました。

 

 

私は───彼と同じ炎熱系の個性を持っていたので、是非扱い方を教えて欲しいと思って彼に近付きました。まああわよくば著名なヒーローにも教えてもらいたいという下心ありきです。

 

 

それが彼の逆鱗に触れたんでしょうね、それはもう烈火の如く手酷く断られましたよ。

 

 

ただ……私は逆に彼の事が気になるようになってしまった。最善の環境にいて、なりたい者を目指しているにしては───彼には些か余裕が無さすぎた。私は彼が常に何かに飢えているように見えたのです。

 

 

あまり褒められた話ではありませんが、私は彼を尾行してみることにしました。彼の秘密を知りたかったから。

 

 

そしたらどうでしょう。

 

 

彼はいつも1人、この山で黙々と訓練を重ねていました。ただ、時折悲しそうに……ちょうどここの辺りにあった倒木に腰掛けて空を眺めていました。

 

 

来る日も来る日も、彼はここで己を炎で焼きながら鍛えていました。

 

 

しかし、私はここで彼の親を見た事はありません。自分の子供が無茶をしているのに親は、ヒーローはいったい何をしているのか───いつしか違和感は大きくなり、私はこの社会に疑問を抱く様になりました。

 

 

決定的になったのは、山火事があった日のことです。その日はよく空気が乾燥していました。炎熱系の個性ですから、私はその辺りには敏感なつもりですが………彼は果たしてそれを気にする余裕があるのだろうかと疑問に思いました。

 

 

その日はたまたま用事があって、彼の訓練を見に行く事ができず───結果、山は炎に包まれ、彼は帰らぬ人になりました。

 

 

後悔先に立たずです。

私はその日の事を生涯忘れることはないでしょう。

 

 

しかし、同時に思いました。

 

 

ヒーローとは何なのだろう……と。

クラスメイトの親は何を考えて彼と同じ家にいたのでしょうか。どういうつもりで、彼を作ったのでしょうか。

 

 

……全員が全員、清廉潔白であれとは言いません。今の世の中は職業ヒーローが居なくては回らない。それは世界を見れば明らかです。

 

 

ただ───子を持つ親ならば。ヒーローの規範となる様な立場の人間にはせめて、そうであって欲しかった。

 

 

ヒーローを志した私はあの日、彼と共に焼けて死んだのでしょう。

 

 

だから私は今、こうして自らの罪を確かめながら日々を生きています。道に迷える人々の悩みを聞き、より良い選択をする一助となる為に。

 

 

 

 

 

「すみません。長々と……私はこれで失礼致します」

 

 

青年は軽く会釈をしてから踵を返した。

 

「待ってくれ」

 

 

それは口を突いて出た言葉だった。

しかし、炎司の縋る様な声色を聞いても青年は振り返らなかった。代わりに僅かばかり歩を緩めて言った。

 

 

「無くした物ばかりを数えていても意味がない。アナタの手に残った物はなんですか? 先ずはそこから手をつけることをオススメします」

 

 

青年はそう言い残し去って行く。

 

 

「俺に、残ったもの……」

 

 

炎司は青年の言葉を反芻してから立ち上がった。

答えはまだない。

だが、考える時間だけはあると───この時はまだそう考えていた。

 

 

 

 

 

「何度心が折れたとしても、その度に鍛ち直せばいいだけの話だ」

 

 

消えかけの炎に効率よく薪を焚べる方法を、俺はよぉく知ってる。

 

 

燃やして、燃やして、その心が燃え尽きるまで───何度だって俺が立たせてやるよ。親孝行な息子がいて嬉しいだろ?

 

 

「俺がお前の前に立つその日まで───死ぬんじゃねぇぞ、轟炎司」

 





荼毘「このままだとエンデヴァーが死んでしまう……そうだ!」
父が苦しんでいる所を影からそっと支えるなんて、出来た息子さんやね……

という訳で次回からやっとこさ肝試しに入ります。思う存分試してもらいましょう。肝を。
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