大変長らくお待たせ致しました。
「さァ、A組! 今日こそ白黒付けようかァ!?」
「それでいいのかよ……」と砂藤。
「狂人」辟易した様子で常闇。
「ね」またかと言わんばかりの小大。
物間の宣戦布告にB組からも白い眼差しが向けられる、林間合宿3日目の夜。
A組、B組、教員、協力しているヒーロー4名は宿泊施設から少し離れた広場にて一同に介していた。
その目的はただ1つ───
「いいんだよ!!! 早く試そ! 肝を!!!」
「試そ───!」
学生達に与えられた僅かな自由時間、“肝試し”。
芦戸と葉隠がヘッドバッドを決めてバイブスを上げる中、日中に行っている訓練の疲労故か、一部の生徒ら以外のテンションはそこまで高くない。
近接組が「何で葉隠さんはあんなに元気なの?」と疑問符を浮かべる傍ら、その教導を務める上鳴が欠伸を噛み殺しながら宿舎を指差した。
「帰っていいか?」
その気になれば暗闇でも真昼と変わらないパフォーマンスを発揮できる上鳴にとって、肝試しに面白みはない。
帰っていいか尋ねたのも、「場を白けさせるのも悪いし」と珍しく気を遣ったからだった。
「何だい。逃げるのかい?」
それに待ったを掛けたのは───B組の狂犬、物間寧人。
逃げるって何? と小首を傾げる上鳴の横から「あぁ?」と目を吊り上げた爆豪が吠え返す。
「逃げる訳ねぇだろ!」
「君には聞いてないんだよねぇ! 自意識過剰かなァ!」
「俺の話なんてしてねぇんだわ小学校から国語やり直してこいやァ!」
「その言葉そのまま返してあげるよA組ィ!」
「馬鹿は主語がデケェから馬鹿なんだよォ!」
上鳴がいがみ合う2人の背にチワワとポメラニアンを幻視していると、後ろから「あのさ」と声を掛けられた。
振り返れば、耳郎が恥ずかしそうにプラグを揺らしていた。
「べ、別にウチはいいんだけどさ………あ、ああアンタが居なくなると一組ペアが出来なくなって迷惑なんだよね……別にウチはいいんだけど」
声を震わせる耳郎に、上鳴は。
「何だ耳郎。お化けが怖いのか?」
「こ、怖くないし!?」
耳郎の目が凄まじい勢いで泳いでいく。
そんな耳郎の肩に手を置き、上鳴はサムズアップしながら言った。
「ドラえもんの歌を歌いながら歩けば怖くねぇって昔のジャンプに書いてあったぜ」*1
「そんなんで紛れるか!!!」
「やっぱ怖いか」
「誘導尋問だよ!」
お化けってそんな怖いかな? と首を傾げる上鳴に、怖いに決まってんだろと耳郎は額に青筋を浮かべた。
「キレやすい若者……」
「は?」
「ごめんって」
───あぁ……でも幽霊って物理攻撃とか効かねぇだろうしな……せめて■■があれば。
「ん?……何だ今の」
脳裏を過り掛けた単語に違和感を覚え、上鳴は眉間に皺を寄せた。それは遠くにある物を見る時に目を細める所作にも似ていて、耳郎の背筋に冷たい物を走らせるには十分すぎた。
「ちょ、ちょっとやめて! 急に虚空を見て目を細めないでよ!」
何かそこにいんの!? と耳郎は上鳴の背中に隠れた。
「大変だな」
そんなやり取りをしていた最中、広場の中央付近にいた相澤が手を叩いた。
「時間は有限。そろそろ始めるぞ───クラス対抗肝試しをな」
「今回は俺たちも参加するぞ!」とブラドキングが力瘤を作る。
補習があればそちらに教員を割く必要があったが、今年はA組もB組も赤点無しのため暇が生じていた。
相澤はこの時間に明日以降の教導計画を確認しようと思っていたが、良い意味で生徒との距離が近いブラドがB組生徒から「一緒にやりましょうよ!」と誘いを受け、それに乗ったので芋づる式に参加する事になった。
B組生徒一同が「ブラキン先生ー!」と駆け寄る中、相澤一門は一糸乱れぬ統率の取れた動きで担任の前に整列した。
「あそこまで崩せとは言わないが、今はそこまで畏まらなくていいぞ」
「だってよ!」
「流石相澤先生! 話が分かるぜ!」
「よっ! 合理主義!」
「何だ最後の掛け声は……」
声音は呆れていたが、薄らと相澤の顔にも笑みが浮かぶ。こちらは良い意味で生徒との距離があるクラスだが、お許しが出ればその限りではない。
担任の周りで年相応に騒ぐ高校生達に向かって、ピクシーボブが言う。
「一先ずルールの説明ね!」
①ラグドールの個性“サーチ”を使って全員の状態を把握。各生徒の“驚いた”状態になった回数をポイント化し、それの多寡を競う。
②驚かす側は魔獣の森を一周する特設コース内のどこに居ても良い。しかし、驚かされる側はコースからはみ出た時点で大幅減点となる。コース内外を問わず、肝試し中は自由に個性を行使してもよい。
③驚かされる側は二人一組で現在地からスタート。コースの中間地点にいるラグドールから通過証明である自分の名前が書かれたお札を受け取り、スタート地点まで戻ってきたらゴールとなる。
④教員は個性禁止。教員を驚かせられたら通常の5倍のポイントを獲得できる。
「つまり───創意工夫を凝らし、対抗するクラスの生徒をより多く失禁させた方が勝ちだ!」
「やめてください。汚い」と耳郎が間髪入れずにツッコミを入れる。
流石に失禁は冗談ではあるが、それくらいの気持ちで行けという事で生徒達はルールを受け入れた。
その後直ぐに作戦会議が始まったのだが───
「ケロ……先生をどれだけビックリさせられるかが勝負の分かれ目なのね」と人差し指で顎の辺りを押さえながら蛙吹。
「プロヒーローなら常在戦場の心得があるだろう。至難の業だな」それに相槌を打つ常闇。
「こっちのエースになり得るのは葉隠か?」
「ヤオモモが屋台骨なのは間違いないよね」
「轟に人魂作ってもらおうぜ!」
「ベタやな切島くん」
「八百万の方が適役だろ。こういう事に長けている奴だと思う」
砂藤、芦戸、切島、麗日、轟が脅かす方向で話し合い。
「索敵できる奴らでビックリポイントを割って、八百万製無線機で共有すんのは?」
「野暮過ぎますわよ上鳴さん」
「風情がないよ!」
「ウチにだけ共有してほしい」
「不正の匂いがするねェ! Aぐ、ミ°ッ!?」
「ナイス手刀」
「そりゃどうも……ごめんねA組! 邪魔した!」
上鳴、八百万、耳郎が驚かされる側の視点でやり取りしていると、そこに割り込もうとした物間が拳藤に沈められた。
最早作戦会議とは言えない混沌が形成され始め、業を煮やした爆豪が両掌から黒煙を立ち昇らせながら叫ぶ。
「口々に喋ってんじゃねぇよ話が進まねぇだろうが!!! というか! そもそも先攻か後攻かを先に決めねーと話になんねーだろうが!!!」
「かっちゃんが正論を……」
「最近何なんだお前は!? ふとした拍子に湧いてきやがって! 距離を取れェ!!!」
爆豪の指摘を受け、先に攻守という名のお化け役が決められた。
そして。
「この戦い、僕たちの勝ちだァ!」
高笑いをする物間。
握られていたのは先攻の文字である。
驚かせることでポイントを稼ぐので、B組が先に森に入って用意をする形になる。
「でも後攻のが考える時間あるし有利じゃね」と瀬呂が物間に反論。
「驚かしやすい場所とか先に把握できるし、必ずしも不利って訳ではないんじゃないかな?」それに麗日が言葉を返す。
「うぅん?」と首を捻る葉隠に、上鳴が言った。
「どちらもありうる……そんだけだ」
そんな雑談をしながらA組はプッシーキャッツが用意したクジを引き、コースを周るペアを決定。厳正なる抽選の結果、上鳴のペアは八百万となった。
「なんだぁ……テメェ」
それを見た峰田、キレる。
峰田の相方は尾白。
上鳴が尾白を見ると、尾白は力無く笑っていた。止めてはみたが無駄だった、という所か。
しかし峰田は上鳴に食ってかかるどころか、 「代わってください天の神様仏様上鳴様ァ!」と地に青筋が浮かぶ額を擦り付けて懇願を始めた。
「別にいいけど」
上鳴の言葉にぱあっと顔を明るくしながら鼻の下を伸ばす峰田だったが、それを見た八百万が口元を手で隠しながらハッキリと一言。
「嫌です」
上鳴は耳郎を見た。
判定は当然、NOである。ヤオモモ最優先というハンドサインが送られ、上鳴がしっかりと頷きながら判決を口にする。
「今の無しで」
「チクショォォォォオオオ! 自分って物が無いのかよッ!」
そうして峰田の慟哭が魔獣の森に響き渡る中、B組の用意も終わり───肝試しは始まった。
「始めるぞ」
魔獣の森を一望できる崖の上で荼毘が言う。
「今から行うのは少数精鋭の電撃作戦。各自、目標を達成した者から適宜集合ポイントへ」
無線を介して指示を出し、荼毘もまた自らが成すべき事を成すために森へと降りた。
荼毘の焼け爛れた皮膚から肉の焼ける匂いが漂い───青い炎が森へと延びる。本来生木は水分を多分に含むため燃えにくいが限度はある。10,000度を優に超える灼熱の波に襲われれば、大抵の物は瞬く間に焼け落ちる。
「盛大に行こうぜ、ヴィラン連合開闢行動隊。祭りの始まりだ」
青い光に照らされた荼毘の目が向かう先には───
トップバッターは障子と常闇。
そこから轟&爆豪、耳郎&葉隠、上鳴&八百万と続いていく。
血の涙を流す峰田に見送られながら八百万と共に歩き出した上鳴だったが、時折、前方から耳郎の事件性のある悲鳴と葉隠の楽しそうな悲鳴が聞こえてくるため、然程驚く様な事もなく。
「上手いな」
「普段から連携を視野に入れて訓練されているのでしょうね」
などと2人で感想を述べながらゆったりとした足取りで中間地点を目指した。
「………あ?」
しかし、肝試しのコースを歩き始めて5分と少しという場所、もう直ぐ中間地点が見えてくるという頃合に、上鳴の常人離れした嗅覚が異臭を訴えた。
風上───丁度、進行方向から僅かに漂うそれは、地質的にもここ数日の気候から考えても存在する筈がない物。火山地帯などで見られる人体に有害な気体、つまるところ毒ガスの類だ。
前に進もうとする八百万を上鳴は手で制し、眉間に皺を寄せた。
───気付かなかった。不自然にガスが滞留してやがる。人為的にばら撒いたガスを誰かが操ってるんだな。要するに……
「八百万、ヴィランが来た……おい、拳藤! 近くにいるな! 周りにいる奴連れてこっちに来い!」
目を光らせた上鳴が電磁波でB組のメンバーを特定、声を張り上げる。
───先生の予想通りかよクソッタレ。デバイスもコスも全部施設に置いてきたわ。あんなもん一々肝試しで着るわけねーだろ!バーカ!
上鳴が内心で悪態を吐いていると、拳藤が意識を失った骨抜と、巨大化させた掌に小大を包んだ状態で駆け寄ってきた。その背を鉄哲がガスの先を睨みながら追いかけている。
「拳藤、鉄哲動けるな?」と上鳴が問う。
「あ、あぁ、うん。動けるけど……?」
「あったりめぇだ! ヴィランをしばくなら同行するぜ!」
「いい返事だ」
拳藤の顔には「嫌な予感がする」と書かれていたが、上鳴はむしろたった一言で自分の意図をある程度理解できている拳藤の機転の良さに感心した。鉄哲は言わずもがな、そのままの意味だ。
しかし、上鳴が指示を出そうとしたその時だ。
道の先から振り撒かれた濃い殺気が上鳴の口を縫い止めた。
───いる。
ドクンと心臓が一際大きく跳ねる。
しかし、殺気の主と毒ガスは結び付かない。その男がこの手の搦手を嫌うタイプだという事は上鳴も重々承知している。
であるならば、複数のヴィランによる犯行である事は明白。そしてこのガスの向こうで発生するだろう戦いに着いて来られる人間が、自分を除けば相澤以外に1人もいないことを上鳴ははっきりと理解していた。
───まあ、誰かに譲る気なんてさらさら無いけどな。
上鳴は頬が緩みそうになるのを堪えて、八百万達に指示を出した。
「八百万、万理の用意をしながら骨抜を連れて下がれ。小大はその護衛。八百万との個性相性はお前が1番いい。敵だと思ったら迷わず攻撃しろ。それから……ヴィランは複数。少なくとも森には2人以上いるが、正確な数は不明。そうマンダレイに伝えてくれ。広場にはイレイザーヘッドがいるからそこが1番安全だ。振り返らずに真っ直ぐ走れ」
上鳴は口早にそう告げ八百万の「分かりましたわ」という声に頷きながら、鉄哲と拳藤へと顔を向けた。
「この先にガスを操ってる奴がいる。お前らでどうにかしろ」
「は、はぁ!?」
「任せろ───絶対にぶっ飛ばす」
「っ! 待て待て!? 何を乗り気になってんだよ鉄哲! 私たちはまだ戦っちゃいけないんだぞ!?」
「そうだな。だけど! 俺たちは今、戦わなくちゃあいけねぇ! そうだろ上鳴!?」
「そうだ。死ぬ気でぶつかって、必ず生きて戻れ。本当は俺か先生達でどうにかすべきなんだが……現状俺は無理だ」
「無理? 上鳴さん、どういうことでしょうか?」
「説明してる時間はない。八百万、発信機と無線。10秒」
「そんなに掛かりませんわ───こちらを」
上鳴は八百万製の無線を手早く装着し、小型の発信機を丸呑みにした。
突然の奇行に八百万達が口を開けて固まる中、上鳴は淡々と最後の願いを口にする。
「注文はこれで終わりだ……八百万、30秒置きに発信機の反応を確認してくれ。反応が無かった場合は、掻き集められるだけ生徒を集めて、全力でここから逃げろ」
「っ!? それほどの相手がこの道の先に居るのなら、一度広場に戻って相澤先生の指示を」
「ダメだ。そんな悠長なことしてたら耳郎と葉隠が死ぬ」
睨む様に森の奥を見てそう言い切った上鳴に、全員が閉口する。
そして、“逃げろ”と言われた意味を八百万と拳藤は瞬時に悟った。
「鉄哲、行くよ」
上鳴が勝てないかもしれないヴィランがこの森にいて、もし仮にそのヴィランに上鳴が負けてしまった時……毒ガスが止まっていなければ、逃げ道を完全に潰される可能性がある。
「拳藤さん少しお時間を。簡易的ではありますが幾つかガスマスクを用意します……小大さん。作り終えたら、私たちも直ぐにでましょう」
友の勝利をただ信じるだけでは駄目だ。
その友から任された事をこなして初めて、信頼に応えたと言える。
拳藤と八百万の2人はその事をハッキリ理解していたし、鉄哲と小大もまた薄々感じていた。
「ご武運を」
疾風となって駆け出した上鳴の背に祈りを込めて、八百万たちも動き出した。
上鳴達がいる場所からガスが滞留しているエリアを越え、中間地点。
「あのガキ……俺がいるエリアにガス撒くのはやめろって言ったろうが……」
そう言って殺気立つのは、金髪の大男マスキュラー。肩には頭から血を流しているラグドールが乗っており、目を閉じてぐったりとしていた。
まだ死んではいない。生きたまま持って帰ってくるようにと、ボス直々の命令があったからだ。
───うっかり殺しかけたぜ。
首を鳴らしながらマスキュラーが辺りを見回していると、慌ただしい足音が2つ。ガスが蔓延しているエリアの方角から聞こえてきた。
「さァて……仕事は1つ終わった訳だしよ」
マスキュラーは懐から黒いビー玉を取り出し、地面に向けて軽く放る。すると、宙空で弾けたそれから一体の脳無が姿を現した。
「回収地点まで運べ」
脳無はマスキュラーの命令に頷き、ラグドールを抱え込む。脳無は周囲の景色に溶け込む様に体色を変化させ、音もなくその場から離れていった。
同時、足音の主達の声がマスキュラーの耳朶を打つ。
「心音2つ、足音が1つ……ラグドールが離れてる」
「もう1つの心音って?」
「知らない人だよ。つまり───」
丁度いい所に来たなと、マスキュラーの口角が吊り上がった。
ジクジクと疼く義眼の嵌め込まれた左眼が、早く好敵手と戦わせろと急かしてくるが───ゆっくりと息を吐き出して、それを堪える。
「いい手土産になりそうじゃねぇか」
マスキュラーは雄英体育祭の中継を見ていた。
無論、それは上鳴の仕上がりを確認する為だが、印象に残った学生くらいはいる。
そしてその内の1人が今、薮を掻き分けてマスキュラーの目の前に現れた。
「アンタは……」
耳たぶから伸びるプラグを見てマスキュラーは確信する。
「テメェ、上鳴の女だな?」
───この女をどう殺せば、
場所は変わって、広場。
まだ多くのA組生徒と教員の相澤。そしてラグドールを除いたプッシーキャッツの3人がいるそこにもヴィランは襲撃を仕掛けていた。
「先ずは1人、ね」
そう言ってマグネがピクシーボブの頭に巨大な棒磁石を突きつけ、「よくやった」とスピナーがその背中に声を掛ける。
僅か2名による奇襲。
ヒーローが多数いるこの状況を顧みれば、正気の沙汰ではないが───そう断じる事は難しい。
「強盗致傷9件、殺人3件、殺人未遂29件……引石健磁か!」
有名人ね、とマグネが嗤う。
彼は人物の性別に応じた磁極を付与するという単純な個性ながら、それを巧みに操り幾度も鉄火場を潜り抜けてきた。真正面から相対したとしても油断できる相手ではない。
何より。
「ちょっと。今どういう状況か分かってないのかしら?」
マグネが磁石の先端で倒れ込んだピクシーボブを小突く。
そうされれば、拳を構えていたトラは下唇を噛みながら構えを解かざるを得ない。他の2人もそうだ。相澤の“抹消”が有利に働く様な状況でもない。
「……要求は何だ」
相澤が───イレイザーヘッドがマグネに問い掛ける。
赤い髪を夜風で揺らしながら、マグネが三日月の様に口元を歪めて言った。
「上鳴電気くんの身柄を渡して貰おうかしら」
その言葉をイレイザーヘッドが理解するのに掛かった時間は、凡そ3秒といった所か。理由まで聞く必要性はない。ぶわりと髪を逆立て、赤い眼光でマグネを射抜く。
───ふざけた事を。
しかし、イレイザーヘッドが捕縛布に手を掛けた刹那。その背中を狂刃が貫いた。
「なんっ……!?」
闇夜を裂いた白刃の正体は人間の歯。
プロヒーローが全く反応できない速度、そして刃が胸を貫くまで気配を悟らせない技術。並のヴィランではない事は直ぐに分かった。
───この、個性は……!
「流石ねムーンフィッシュ。良い仕事するわ……タイプじゃないけど」
イレイザーヘッドを貫いた歯刃の持ち主は脱獄した死刑囚、ムーンフィッシュ。
黒の拘束具で口元を除いた上半身を雁字搦めにされた男は、ニタニタと笑いながら森を抜けて広場へ入ってきた。
「イレイザー!」
トラが歯刃を砕くのと同時、イレイザーヘッドは自身の身体を貫いたそれを躊躇なく引き抜いた。傷口からボタボタと血が流れ、地面に赤い染を作る。
「大丈夫なの!?」とマンダレイが声を荒げる。
「臓器は避けました。セーターに針を通した様な物です……問題ありません」
気丈に振る舞うイレイザーヘッド。
マグネはその強がりに拍手を送った。
「ウチのボスが言ってた通りね。雄英で1番厄介でカッコいいヒーローはアナタだって」
「……そりゃどうも」
───状況は最悪だ。
ヒーローとヴィランの数は共に3名。
この場において数的有利はなく、むしろ負傷したピクシーボブを人質に取られた上に自分自身も無視できない傷を負っている。
冷静に分析するほど、この場での不利は否めない。
───だが、上鳴がいれば問題ない。B組の散り方だけ気になるが……森にはブラドとラグドールがいる。ヴィランがまだ複数居ても対処は難しくないだろう。
情けない話ではあるが、とイレイザーヘッドは内心で思う。
だが、そう思うのも無理もない。
上鳴の実力は世界中のヒーローを掻き集めても上から数えた方が遥かに早い。これが単なる生徒であれば「だから何だ」と言っていた所だが、上鳴は仮免保有者。自己判断で有事の際にはヴィランを捕縛できる。
───先ずこの場を切り抜け、上鳴とブラドと合流。班を編成し速やかにヴィランを捕縛する。
しかしその慢心とも言える心の隙をマグネは見過ごさない。
「随分と余裕みたいだけど、いいのかしら?」
ムーンフィッシュ、スピナーも声を上げて笑い始めた。
「ここには私たち以上の大物が3人来てるわよ?」
転瞬、森の一部が轟音と共に弾け、膨大な量の土砂とそこに生えていたのだろう木々が一塊になって空へと立ち昇っていく。
「親切心で1つだけ教えてあげる。今のは多分、マスキュラーね……今うちにはあれが3人いるわよ」
「なに……?」
マグネの言葉を証明する様に、別の箇所からも轟音が響く。
「もう一度聞いておこうかしら。いいの? プロがここで油を売っていても?
子供たち、皆死んじゃうんじゃない?」
「……四の五の言ってる場合じゃない、か」
イレイザーヘッドは合理主義者だ。
それはある種の信念。今必要な物が何かを見抜き、不要な物を即座に切り捨てる判断力を培う為に己へ叩き込んだ、徹底した思考回路である。
そして自分の手で全てを守り、助けられるようなヒーローであったなら───必要ない覚悟でもある。
「マンダレイ。テレパスで生徒に伝えてください」
最悪は───生徒達を失い、上鳴を奪われること。
「A組、B組総員。イレイザーヘッドの名において戦闘を許可する」
それは、この場での責任を一身で背負うという覚悟の表れ。
「あらやだ素敵! 抱いてあげるわ!」
───これ以上喋らせるとロクな事にならなそうね!
イレイザーヘッドを止めるべくマグネが駆け出す。虎が間に入りカウンターの構えを取る中、森の中から黒い影が飛び出してきた。
「万理、開放───!」
万理で武装した八百万の飛び蹴りがマグネの脇腹に容赦なく突き刺さる。
蹴りはミシリと嫌な音を奏で、衝撃は内部にまで波及。蹴り飛ばされたマグネは口から血の塊を溢しながら何度も地面を跳ね、木の幹に叩きつけられた。
八百万はマグネに一瞥もくれず、イレイザーヘッドに向かって叫んだ。
「森の中間地点付近にガスが滞留中です! 直ぐにガスマスクを用意致しますので、救援許可を!」
「虎、八百万と共に森へ向かってブラド達と合流を」
「うむ。心得た。いくぞ八百万!」
「はい!」
「それから───毎度情けない先生で悪いな、お前たち。力を貸してくれ」
「んなこと誰も思っちゃいませんよ相澤先生!」
「俺たちに出来ることがあるなら……やらせてください!
「友達が狙われてんのに首突っ込むなって方が無しっすよ!」
マンダレイが告げる───
「A組、B組に通達! この場にいるプロヒーローの名において、戦闘を許可する! 繰り返す! この場にいるプロヒーローの名において、戦闘を許可する!」
「マンダレイ!」相澤が目を剥いて言うと、マンダレイがウインクを返した。
「一連托生よ」
───無断で巻き込んだのは、流石に悪いと思うけどね。
だが、マンダレイの判断を責めるようなヒーローは誰1人としていない。むしろ1人で抱え込もうとするイレイザーヘッドを叱責するだろう。
「……先ず尾白、砂藤! マンダレイにつけ! それから緑谷と切島は俺と一緒に」
「先生! 緑谷くんは、その、いません!」
「いません……?」
芦戸の言葉にイレイザーヘッドはヒーローとしての顔を忘れ、教師相澤としての言葉がまろび出てしまう。
「うっ……」
相澤の般若の如き形相に、芦戸は思わず声を詰まらせた。何で私がこんな目にと思ってしまう。しかし、鬼気迫る顔で緑谷に頼みこまれ、頷いてしまった以上はもう引き下がれない。
芦戸は言葉を選び、結局頼まれた通りに叫んだ。
「え、えっと、えっと……マンダレイにこう伝えて欲しいって! 『僕、知ってます』って!」
「……マンダレイ?」
「緑谷くんを怒らないであげて、イレイザー。本当は私がいかなきゃダメだったの」
「いけー! やれー!」「やるな! やめろ!」
「騒がしい奴だな……でもお前が居て本当に良かったよ、トゥワイス」
森を焼いた荼毘が褒めた男の名はトゥワイス。本名、分倍河原仁。個性“二倍”。その能力は測った対象を増やして二倍にするという極めて特異な物。怪我をすれば複製体は消える。同時に増やせるのは現状2人までで、2人目は1人目と比べ耐久性が落ちる。しかし、その欠点を補って余りある無法の力だ。彼がその気になれば、オールマイトを増やすことだって出来る。
複製体の人格は元人格に準拠するため、それは自らの首を絞める行為でしかないが、同じヴィランの仲間を増やす分には何の問題もない。
本来の歴史通りなら、トゥワイスは荼毘を増やした。役割はプロヒーローの足止めであり、集団行動を行いながら戦略的に動けるのが荼毘しか居なかったからだ。
しかし───今日、この場で増やされたのは荼毘でなく。
「イレイザーヘッドの足止めに1人、上鳴電気の捕獲に1人。耐久性に不安は残るが、学生とプッシーキャッツなら問題ないだろ」
2年前に上鳴電気を一度殺し掛け、その後、巨悪の下で力を付けた鬼人。
「頼んだぜマスキュラー」
血狂いマスキュラーである。
施設から程近い場所にある洸汰少年の秘密基地。
そこで緑谷は1人のヴィランと遭遇していた。
「久しぶりだな! ショッピングモールでも会ったよなぁ? あん時より少しは成長したのかよ」
まるで旧知の間柄のように自分へ話しかけてくるヴィラン、マスキュラーと対面した緑谷は思わずゴクリと唾を飲んだ。
まさか、よりにもよって、このタイミングで。
緑谷が洸汰少年を背中に隠し拳を握る。
戦闘は不可避。自分1人ならともかく、子供を背負って逃げられる様な相手ではない。
───幸い、今はこれがある。
右腕にあるサポートアイテム“フルガントレット”を起動。Iアイランドで使いはしたが、まだあと2回は100%の出力にも耐えられるとメリッサからお墨付きを得ている。
「お? 何だそれ。前はつけてなかったな。気になるぜ………って、違う違う。別に戦わなくてもいいんだ───上鳴の居場所さえ教えてくれりゃあよ」
「何を、言ってるんだ?」
緑谷が絞り出した声にマスキュラーは笑みを見せる。
「2年前の続きをしたくてね………大将のお願いもあるけどな」
「死柄木の?」
「おお。内に引き込みたいんだとよ」
緑谷の頭の中でマスキュラーの言葉が何度も反響する。
───引き込む、引き、込む? 誰を? 上鳴くんを?
言葉の意味が理解できない。
何をどう思ってその答えへと辿り着いたのか。
自分達が1度、上鳴の手によって捕えられた事を理解していないのか?
目を白黒させている緑谷にマスキュラーは言った。
「で、どうする?教えてくれたら見逃す。何なら他の奴らが近付かないようにしてやってもいい。言わないなら、そうだな……ウォームアップがてら、お前とそこのガキから甚振って殺してやるよ」
マスキュラーが嗤う。お前が何を選ぶかは分かっていると、そう言わんばかりに。
緑谷の返答は───
「洸汰くんを傷つけさせる様なことも、上鳴くんの居場所を教えるつもりも、ない」
ワンフォーオール フルカウル 20%
「お前は今ここで! 僕が倒す!」
「いいねぇ。昔、そう言って立ち向かってきた二人組のヒーローがいたよ───片方はもう死んじまったらしいけどなぁ!」
「………ッ!」
洸汰少年が固く拳を握り込む中、緑谷とマスキュラーの戦いの火蓋が切られた。
肝試しコース、ゴール手前。
「なるほど───あなた達の目的は上鳴の奪取か」
そう言ってマスキュラーの言葉に相槌を返したのは、物間寧人。そして彼が驚かそうとしていた常闇と障子のペアだ。
「で、どうする?」
「どうするも何も決まってるでしょ。答えはノーだ。君たち如きに、上鳴電気は渡さない」
「友を売ってまで生き長らえようなどと思う人間がこの場にいると思うなよ」
「全くだ」
『無知蒙昧。知ラヌノナラバ教エテヤル───我ラガココデ、何ヲ目指シテイルノカヲ』
ダークシャドウが夜の闇を吸い込み力を増す傍らで、常闇の肩に物間が手を置いて言った。
「借りるよ常闇くん、ダークシャドウ」
それが何を意味するか。分からない筈もない。
物間寧人は上鳴電気が最も気にしているB組のワイルドカード。その実力とセンスの高さは体育祭でも証明されている。
故に、常闇とダークシャドウは揃って不敵な笑みを浮かべた。
「フッ───ついて来れるか?」
『御セルモノナラ御シテミロ』
「そういう君たちの方こそ……ちゃんと付いてきなよ」
刹那、物間の影から瀑布の如く闇が溢れ出した。
先ずはいつも読んで下さっている皆様、ありがとうございます!
お陰様で累計感想数が1000件を超えました! そして感想毎回くれる皆様、本当に感謝しています。
亀の様な話の進み方で申し訳ないですが、肝試しステージは概ねもう書き終わったので神野の進捗に合わせて早めに投げていきます。
以下、オマケです。人員の配置がアレなのでざっくりと書いてます。
【広場:雄英】
・イレイザーヘッド
・虎&マンダレイ、ピクシーボブ(負傷)
・芦戸、切島、瀬呂、尾白、峰田、口田、砂藤、飯田
・合流してきた八百万、小大、骨抜(意識不明)
【広場:敵連合】
・マグネ
・スピナー
・ムーンフィッシュ
【肝試しコース:広場手前 帰路】
・常闇、障子、物間
・マスキュラー?
【肝試しコース:広場手前 往路】
※原作通りの為カットしています
・麗日、蛙吹
・渡我
【肝試しコース:中腹 帰路側】
・耳郎、葉隠
・マスキュラー?
【肝試しコース:コースアウト】
・拳藤、鉄哲
【肝試しコース:爆走中】
・上鳴
【秘密基地】
・緑谷
・洸汰くん
・マスキュラー?
【不明】
・ブラドキング
・ラグドール
・B組メンバーの大半
・荼毘
・トゥワイス