雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.56 宵祭 -参-

 

「意外だねぇ」

 

 

ピエロを想起させる意匠の仮面をつけ、シルクハットを被った男───Mr.コンプレスが指に挟んだビー玉を見ながら、言う。

 

 

「アンタみたいなタイプはさ……俺らみたいな人種とは交わらないと思ってたよ。同じヴィランであってもさ」

 

 

なあ、ステイン。

 

 

コンプレスの言葉にステインは答えず、夜風に赤いマフラーを靡かせながら、得物についた血潮を舐め取った。

 

 

個性、凝血。経口摂取した血液の持ち主を一定時間拘束する個性。条件に多少難はあるものの、対人戦闘においては発動してしまえば勝ちも同然。血を舐められたのは───

 

 

「爆豪を返せ……!」

 

 

A組で3本の指に入る実力者、轟焦凍。

前方で発生した凄まじい戦闘音を聞きつけ、救援に向かおうとした所をMr.コンプレス、ヒーロー殺しステインのペアから奇襲を受けた。

不意を突かれた爆豪がコンプレスにより捕獲され、轟は地形の問題で炎を欠いた状態での近接戦闘ではステインに太刀打ちできず、今に至る。

 

「返せ? おかしいな。爆豪くんは誰のモノでもない。彼は彼自身のモノだろ? エゴイストめ!」

 

 

───コイツらの狙いは上鳴だけじゃなかったのかよ……!

 

 

個性すら発動できない状況。

目の前には何十人とヒーローを殺した極悪人。

それでも轟は足掻いていた。みっともなく地べたで震えているのは命の危機に怯えている訳ではなく、奪われた友を救うために出来ることはないかと、か細い勝機を手繰ろうとする意思の表れ。

 

 

「お前は───本物か?」

 

 

そこに突き刺さる、ステインの殺意。

瞳の奥で未だ翳ることなく燃え続ける英雄回帰の信念が、轟の目をじっと見つめる。

 

 

「気狂いの、原理主義者が……! テメェに真贋を決められる謂れはねぇよ。いいから爆豪を離せ!」

 

 

轟の言葉を受けて刀を揺らすステインに、コンプレスは待ったをかける。

 

 

「待て待て……殺すなよ。荼毘が言ってたろ『コイツはメッセンジャーとしての価値がある』って。マスキュラーが皆殺しにしそうになったらアンタが止めてくれって話じゃなかったか?」

 

 

「お前らの指図を受けるつもりはない……ハァ……俺とお前たちとでは抱いた信念も、先を見つめる視座も違う───こいつを生かすかは俺が決める」

 

 

「いやいや頼むって。俺らって新興組織なわけよ。これから育んでくのよ、信頼を! 揺るがそうとしないでくれる!?」

 

 

「………ハァ………」

 

 

「溜息吐きたいのは俺!」

 

 

「溜息じゃない。呼気だ………はぁ」

 

 

「今のは溜息じゃない!?」

 

 

───何なんだコイツらは、舐めやがって!

 

轟はしてやられた自分に腑を煮やした。

ステインの個性は既にニュースでも取り上げられており、その詳細も既に割れている。轟の血液型はO型。程なくして拘束は解ける。

しかし問題は、まだ刀に血液が付着していること。そして自分が身動きできないという点。この2つの両方を解決しない限り、爆豪の奪還は絶望的と言わざるを得ない。

 

 

───解除の瞬間、この辺り一帯を火の海にする。これしかねぇ。俺なら火事になった後でも氷結で鎮火は難しくない……ただ、問題は生徒の配置がわかんねーってことだ。

 

 

どうする?

どうすれば爆豪を助けられる?

考えろ。オールマイトなら、緑谷なら、A組の皆なら───絶対に諦めない。

 

 

「………ふん。どうやら貴様は本物らしいな」

 

 

ステインが刀身の血を舐め取って拘束時間を延長してから、刀を鞘に戻す。

ホッと息を漏らしながらコンプレスが無線に報告を入れた。

 

 

「こちらコンプレス。サブプラン達成! 先に大先輩と共に集合地点へ向かう」

 

 

「氷結と炎熱………ハァ………いい個性だ。しかしそれ故に大雑把。多少は努力の痕跡が見えたがまだ荒い……親に恵まれたな」

 

 

轟の顔に怒りが混ざる。

しかし、それに対してステインは何も言わず。

 

 

「だが………その恵まれたお前が、大した個性も持たない俺なんぞに負けたこと……英雄になりたければ忘れるな」

 

 

「ま、て……!」

 

 

森の中に消えようとする2人に轟が声を震わせた、その時。

 

 

「ほう───集合地点か。俺にも教えてもらおうか」

 

 

赤いスーツに白髪を逆立てた男、ブラドキングがその眼前に立ち塞がった。

 

 

「言うわけないでしょ」

 

 

そう返したコンプレスにブラドキングは「当然だな。ならば」と頷いた後、両掌を重ね合わせ、その指先をコンプレス達に向けた。

 

 

「───全力で教職とヒーロー(おれのしごと)を遂行する!!」

 

 

刹那、赤い閃光がコンプレスの肩を貫いた。

 

 

 

 

 

緑谷出久は強い。

 

 

体育祭の結果こそベスト8で終わったものの、現在はその頃と比較にならない力を身につけている。

 

 

パワーはオールマイト換算で30%を越えつつあり、上鳴と組手が成立する程に高まっていた。

今、体育祭の第三競技を行えば───準決勝で上鳴と戦う事になるのは緑谷だろう。

 

 

「どうしたどうしたァ!? さっきまでの威勢が感じらんねぇなぁ!」

 

 

振り抜かれたマスキュラーの拳打を緑谷が躱し、空を切ったそれが岸壁へと叩きつけられた。

轟音が天を衝き、砕け散った石片が散弾銃の様に飛ぶ。

流石に小さな石片までは避けきれず、尖った小石が緑谷の頬を裂いた。

 

 

───殆ど見えなかった。

 

 

速力も膂力も桁違い。

その2つを支えているのは皮膚の下に収まらない筋繊維。マスキュラーが生来から持つ個性、筋力増強による物だ。

 

 

「助けるんだろ! 倒すんだろ!? おかしいじゃねぇか! ヒラヒラヒラヒラと、蛾か蝶々にでもなったつもりか!?」

 

 

───くそっ。やれるのか? 僕1人で。

 

 

背後にいる洸汰少年へ緑谷は視線を向けた。

そこにいるのは、大粒の涙を目に溜めて不安そうに自分を見る少年の姿。

 

 

───っ! 違うだろ! やれるのかじゃない、やるんだ!

 

 

拳を固く握り込む。

もう一歩、先へ。

限界を超えてそれを振り抜く。

 

 

“踏み込みのコツは足の裏で地球をしっかりと掴むイメージを持つことだ”

 

 

“蹴るんじゃなくて押すイメージの方がいいかもしれないな。ほら、尾白を見てみろ”

 

 

“感覚を掴むまで案外裸足とかの方がいい。まあ、ここは屋外だからなぁ……寝る前に意識しながら廊下を歩いてみろよ”

 

 

緑谷が圧縮訓練で上鳴に教わった事を脳内で反芻しながら、大地を踏み締める。

地面に伝わった力が反作用で緑谷を押し出し、弾丸の様にその体を前へ。

 

 

「へぇ!」

 

 

感嘆するマスキュラーへと緑谷が肉薄。踏み込みの力を足先から腰の捻りと共に拳に伝え、躊躇いなく振り抜いた。

 

 

ワンフォーオール 20% DETOROIT SMASH

 

 

マスキュラーはそれを回避する事なく、膨張した腕の筋繊維を盾にして受け止める。

転瞬、その足元が緑谷の打撃の威力を物語るように爆ぜた。

 

 

「いい、パワーだ!」

 

 

しかし───攻撃を受けた本人は無傷。

筋繊維は傷付いているが、マスキュラーにとってそれは張り足せる程度の物でしかなく、痛みはない。

寧ろ拳打を打ち込まれた箇所の筋繊維で緑谷の拳を掴み動きを封じて見せた。

 

 

「しまっ……!」

 

 

「殴り合おうぜ!」

 

 

間髪入れずにマスキュラーの拳が緑谷を強かに打つ。たった一発で内臓がひっくり返るような衝撃。しかしそれを、マスキュラーは何度も緑谷へと打ち込んでいく。

 

 

「情けねぇなぁ! ヒーロー!」

 

 

1発。喜悦に歪んだマスキュラーの貌が月光に照らされる。

 

 

「お前らはいつだって、どこにだって現れて正義面しやがるけどよォ!」

 

 

2発。その顔の左側に刻まれた傷から、じわりと赤が滲む。熱い息に血の匂いが混じった。

 

 

「それで何を救える!? 誰を守れる!」

 

 

3発。左の眼孔に埋め込まれた真紅の義眼が忙しなく動く。まるで何かを探す様に。

 

「教えてくれよ!」

 

 

4発───剛拳が緑谷の全身をくまなく蹂躙する。身体中の至るところが青紫色に腫れ上がって、頭から血を流しながらも、緑谷はまだマスキュラーを力強く睨んでいた。

 

 

生意気だな、とマスキュラーが声のトーンを上げて叫ぶ。

 

 

「なぁ、どうやって!? 実現不可能な綺麗事を言うのがテメェらの職業じゃねぇだろ! えぇ!? いい個性持ってんだからさぁ───もっと自分に正直に、生きようぜ!」

 

 

5発目の打撃が繰り出されそうになった、その刹那。マスキュラーの後頭部を石ころが叩いた。

 

 

頭から水をかけられた様に、マスキュラーの顔から急激に熱が奪われていく。

 

 

ゆっくりと振り返ったマスキュラーの顔には先程までの喜悦はなく、ただ心底意味がわからないと言わんばかりの、ある種間抜けな表情が浮かんでいた。

 

 

それを前に、大粒の涙をぼろぼろと溢した洸汰少年が何かを投げた体勢のまま言った。

 

 

「ウォーターホース……パパと、ママも……そんな風に甚振って殺したのか……!」

 

 

一文字に固く結ばれた口元。

泣き出したいのを堪えて石を投げ、敵意を見せたのはマスキュラーにも分かった。

だからこそ、少年の小さな勇気、大いなる蛮勇にマスキュラーは応えた。

 

 

「あぁ? マジか。あのヒーローの、いや……間抜けの子供かよ。運命的だな」

 

 

「っ……パパとママを、バカにするな!」

 

 

「いいや。するね、俄然」

 

 

道端に紙屑でも投げ捨てる様に緑谷を放り、マスキュラーは洸汰少年へと向かった。

 

 

「洸汰くん、逃げ………て」

 

 

「うるせえぞボロ雑巾………ウォーターホース。ああ、ちゃあんと覚えてるぜ。俺の左眼をやった、上鳴の邪魔をした2人だ」

 

 

「う、嘘だ! ニュースで言ってたことと違う!」

 

 

「ニュース見てんのかよ。勤勉なガキだな……だが、それを真実だと信じ込むのはよくねぇ」

 

 

大仰に手を広げ、マスキュラーが天を仰ぐ。

 

 

「未来ある若人と、既に未来がない犠牲者───どっちの尊厳を優先すんのかって話だ」

 

 

当時の警察をはじめ、事件の事後処理に携わった公的機関とマスメディアは口裏を合わせた。

どれだけの功績を残そうとも、まだ仮免資格も持っていない子供に過ぎなかった上鳴を表立って祭り上げる事は、それこそ現代社会の瓦解を招く一因になりうる。

 

 

「別に俺はあん時が初犯じゃなかったしな。顔も名前も売れてた」

 

 

凶悪なヴィランである事は周知の事実。

ならば、マスキュラーの撃退を最初に交戦したウォーターホースの功績とし、戦いで意識を失っていた上鳴を単なる一市民と報道すれば。

将来有望なヒーローの卵の経歴に傷を付けることも、ヒーローの面子が潰れることもない。

 

 

「そこでイモ虫みてぇに這いつくばってるガキにも今さっき言ったばかりだが、あのヒーローもそうだった」

 

 

マスキュラーから「はぁ」と溜息が漏れる。

 

 

「気持ちよく暴れてたらやってきて、お決まりのご講釈を垂れてよ………まあそれが仕事だってんなら構いやしねぇさ。やりたい事をやってる分にはな」

 

 

人間、やりたい事をやるのが1番だろ?

肩を震わせる洸汰少年の目と鼻の先で、マスキュラーはそう言って嗤った。

 

 

「俺は人を殺したかった。テメェのパパとママは止めたがった。当然、ぶつかるよな? なら力が弱い方が淘汰されるのは当然だ」

 

 

「ふざけるな! お前のせいで、お前みたいなヤツのせいで、いつもいつもこうなるんだ!」

 

 

「……ガキはすぐにそうやって責任転嫁する。よくないぜ? 俺だって別にこの目のことで上鳴を恨んじゃいねぇ」

 

 

マスキュラーが目の上を指で叩く。

 

 

「悪いのは身の程を理解してなかったテメェのパパとママさ」

 

 

それからゆっくりと、右腕を上げた。

筋繊維が皮膚を突き破って増え、その大きさを何倍にも膨れ上がらせていく。

 

 

 

 

 

───動け。

 

 

痛い。

苦しい。

息が上手く出来ない。

マスキュラーの打撃は的確かつ、強力だった。緑谷の脳裏に上鳴やオールマイトの顔が浮かぶ程に。

 

 

───アイツは強い、出し惜しみをしてる場合じゃない。

 

 

緑谷の右腕にはフルガントレットがある。しかし、敵の全体数も分からない以上、自身の行動制限にも関わるそれを、無闇に破壊する様な真似はできなかった。

 

 

───立て。立って、戦え。その為の力だ。多くのヒーローが紡ぎ、オールマイトが託してくれた……巨悪を打ち倒す為の、力だ。

 

 

しかし、どれだけ緑谷が意気込もうとも……打撃を受け過ぎた。身体がついてこない。

 

 

意識が薄れていく。

 

 

瞼が重い。

 

 

閉じられかけた最後の一瞬、緑谷の目が映したのは───助けを求める洸汰少年の顔だった。

 

 

ガリッと緑谷の奥歯が音を立てて割れた。

新しい痛みがその意識を繋ぎ止める。

 

───速く。あいつより、速く。

 

 

脳内で反芻する。緑谷にとっての最速の姿を。

 

 

───倒すにはあの防御を貫く一撃を……100%を使うしかない。

 

 

脳内で反芻する。緑谷にとっての最強の姿を。

 

 

生命の危機に瀕した時、人間の本性は顕になる。

そして限界まで力を出し尽くした後。そこに残った物が、その人の真価である。

 

 

───助けろ。死ぬな。完遂しろ。

 

 

緑谷出久はイカれている。

自身を顧みず人を救い、身を焼くほど焦がれた己の夢よりも他者を優先する。

立ち上がる。

何度も。何度でも。

そこに助けを求める人がいる限り、緑谷出久が真に折れることは絶対にない。

 

 

『だから───僕等は君に付いて行くんだ、9代目』

 

 

見えない誰かが、そっと緑谷の背を押した。

 

 

『頼むよヒーロー。彼を助けてくれ』

 

 

 

 

 

マスキュラーが洸汰少年へ拳を落とそうとした、その刹那。背後から地面を蹴る音がして、マスキュラーは顔だけをそちらへと向けた。

 

 

「緑谷、お前に何ができる?」

 

 

マスキュラーがつまらなそうに言い放つ。

 

 

自分に向かって駆けてくる緑谷に、マスキュラーは失望を隠せない。格付けは済み、緑谷を自身の完全な劣等型だと見下していたからだ。

 

 

彼我の距離は約10m

 

 

互いの間合いに入るまで残り1秒。

 

 

カウンターで脊髄を破壊しようと、マスキュラーが身体を緑谷へと向けた───次の瞬間。

 

 

海の様な深い青色の光を湛えた緑谷の目がマスキュラーを射抜いた。

 

 

その時、血狂いマスキュラーに2年ぶりの緊張が走る。

 

 

これまでの人生でそれを感じたのは僅か2回。1度目は上鳴との戦い。2度目は初めてオールフォーワンと顔を合わせた時。

 

 

都合3度目となる相手は、先程まで見下していた少年だった。

 

 

───先に叩いて潰す!

 

 

マスキュラーは疑問は後回しにし、己が危機感に従って前へ出た。それに合わせて脚部の筋繊維が爆発的に増大。瞬時にトップスピードへと到達した。

 

 

その時、不思議な事が起こった。

緑谷の速度が不自然に落ちた。

打撃のタイミングがズレそうになるのを筋繊維を張り足した力業で無理矢理修正しながら、マスキュラーが叫ぶ。

 

 

「とんだ隠し球持ってやがったなあ!」

 

 

しかし、無意味だ。

そう内心で付け加えながら振り抜かれた拳が、緑谷を捉えた───ように見えた。

 

 

「悪いのは、お前だろ……!」

 

 

しかし拳は空を切り、緑谷の声はマスキュラーの背後。拳が捉えたのは緑谷の残像に過ぎなかった。

 

 

───馬鹿な!? 見失ったのか、この俺が!?

 

 

「ヒーローは、命を賭して……!」

 

 

フルガントレットが罅割れる。

そこから青い光が漏れ出していく。

 

 

「綺麗事実践する、お仕事だぁぁぁぁあ!」

 

 

ワンフォーオール 300% デトロイトスマッシュ

 

 

フルガントレットの耐久力の全て。そして、自身の腕1本を犠牲にすることで得た───厳密にはほぼ同じ時間軸に存在する3発の100%デトロイトスマッシュである。

 

 

緑谷が放った拳はマスキュラーが纏う筋繊維を無理矢理引き千切りながら、その身体を大きく吹き飛ばし、岩壁に叩きつけた。

 

 

その衝撃が砲撃の様な音となって夜闇を劈き、岩肌の一部が崩れてマスキュラーの姿を隠していく。

 

 

「はぁっ………はあっ……!」

 

 

───何だ、この息苦しさ!? 酸素が、頭まで回らない……!

 

 

本来の歴史において、緑谷がOFAの歴代継承者の個性を扱えるようになるのはまだ先の話だ。

 

 

しかし、個性に造詣の深い医師から指導を受けてきた上鳴というトレーナーがつき、器の完成度が劇的に向上した結果、発現が早まった。

 

 

そして、現時点で緑谷が最も欲したのはマスキュラーを上回る“スピード”。

 

 

単純なパワーならオールマイトと同等の一撃を2発までノーリスクで打てる事もあり、それさえ通してしまえば勝てるという確信が緑谷にはあった。

 

 

それ故に、ワンフォーオール二代目継承者、駆藤の個性“変速”が1番最初に目を覚ましたのだが未だ完全な覚醒には程遠く、許されたのは三速(サード)まで。

 

 

たった1度の不確定な切り札は───

 

 

「良いパンチだったぜ、今のは……冗談抜きで死ぬかと思った」

 

 

瓦礫を吹き飛ばす暴力の化身を前に、屈した。

 

 

「───は?」と気の抜けた緑谷の声が宙に溶ける。

 

 

オールマイトの一撃、否、オールマイトの全盛期にも近い一撃。そう言っても決して過言ではないOFAの300%をその身に受けて尚、分厚い筋繊維の装甲に守られていたマスキュラーは健在だった。

もし仮に、このマスキュラーが複製体だったなら緑谷に軍配が上がっていただろう。しかし、ここにいるのは紛れもなく本物で。

 

 

「認めるよ。もうちょい遊ぶつもりだったけどやめだ……お前、強いもん。こんなのマジでやらなきゃ勿体ねぇだろ」

 

 

キリキリと、発条が撓むような音が緑谷の耳朶を打つ。

 

 

まずい。

 

 

咄嗟に洸汰少年を抱え、緑谷が真横へ飛ぶ。

 

 

その次の瞬間、颶風(ぐふう)が洸汰少年を庇う緑谷を襲った。

 

 

宙空でもみくちゃにされ、洸汰少年から悲鳴が上がる。

 

 

ぐわん、ぐわんと揺れる視界の中で緑谷が捉えたのは地面を抉りながら止まるマスキュラーの姿。

 

 

───い、移動した、だけ……?

 

 

ただそれだけでこれなら、マスキュラーの全力は既にもう───オールマイトにすら匹敵する。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

岩肌に叩きつけられた緑谷は、何とか洸汰少年を潰さない様に着地。

そこで緑谷は洸汰少年を下ろし、ズタボロの身体でマスキュラーの前に立った。

 

 

「何で、そこまで」

 

 

「君のお父さんと、お母さんと同じだよ……きっと」

 

 

勝てる勝てないは最早、関係ない。

ただ己が譲れない物の為に。

守り、殉ずると決めたモノの為に───拳を握る。

それから緑谷は自分の髪を乱暴に引き抜き、洸汰少年に握らせた。

 

 

「ごめん洸汰くん。これを上鳴くんに食べさせてほしい」

 

 

「……は!? 何、言ってんだよ! 頭強く打たれてイカれたのかよ……!?」

 

 

「時間がない。僕が稼げる時間はきっと5分もない……だけど上鳴くんなら、君が森の中で名前を呼べば見つけてくれる」

 

 

「でも!」

 

 

「いいから行け! 」

 

 

「何をコソコソと話し合ってんだ!!!」

 

 

眼前に迫る拳へ100%の力を乗せた拳を合わせる。

 

 

「早く!」

 

 

「無駄だ! お前の限界は見切った! 惜しかったな! えぇ!? その身を滅ぼす様なパワー! 怖くて今の今まで人生で使ってこなかったんだろ、身体が全くついてきてねぇ! それをノーダメでポンポン撃てたら俺にも勝てたかもなァ!」

 

 

押される。

潰れる。

死が、緑谷の目前にまでやってくる。

 

 

脳内で何人もの人間が「諦めるな」と口々に言う。

 

 

しかし、地力の差が大き過ぎた。緑谷ではもうどうしようもない。

 

 

───ごめん、お母さん……ごめんなさい、オールマイト、歴代の皆さん……ごめんね……上鳴くん。

 

 

胸中にあったのは期待に応えられなかった無力感だけ。

 

 

───それでも今は……洸汰くんを守れれば、それでいい!

 

 

自分ではOFAを完遂できなかった。

だがきっと、彼ならば。力に耐え、救いを求める全てを拾いあげる最強になれる。

 

 

その為に今は自分が出せる全てを振り絞って食い止める。

 

 

「潰れちまえぇぇぇ!!」

 

 

───ここまで、か。

 

 

完全に押し負けて押し潰される直前だ。

パシャリとマスキュラーに水がかけられた。

 

 

「またか」

 

 

怒りを隠そうともしないマスキュラーが、緑谷を圧殺しようとしていた手を緩めて、その双眸を洸汰少年へと向ける。

 

 

「血は抗えねぇなァ! お前も! お前の親と同じだ! とっとと逃げりゃあいいのによ! 何度も言わせんなよ、出来ねえことをしようとするから無駄死にするってよ!」

 

 

「パパとママは、無駄死になんかじゃ……!」

 

 

「いいや! 無駄死にだねぇ! 上鳴に庇われて、安全な場所まで運ばれてたのに結局死んだ! テメェのプライド! 面子を守る為に無様晒した結果がそれだ! これが無駄死に以外の何だって!?」

 

 

「違う……!」

 

 

「もういい! 後で遊ぼうと思ってたが、やめだ! お前から殺す! 親子仲良く同じ場所に送ってやるよォ!」

 

 

 

 

 

「やらせる訳ねぇだろ」

 

 

不意に、空から声がした。

声の主は月を背負い、青白い光を放つ髪を靡かせながら───戦場に落ちてくる真っ最中だった。

 

 

音もなく砂埃一つ立てずに着地した声の主、上鳴は真っ直ぐ洸汰少年を見つめて言った。

 

 

「俺はウォーターホースに生かされた……この話は後でちゃんとしてやるから、あの兄ちゃんと一緒に施設まで戻んな」

 

 

「冷てぇじゃねぇかよ上鳴ィ! 2年ぶりの再会だぜ!? 語り合おうぜ、コイツでよぉ!」

 

 

「テメェは後!!!」

 

 

有無を言わせぬ上鳴の言葉に拳を構えていたマスキュラーはピタリと身体を止めた。

 

 

その間に、上鳴は緑谷を回収して洸汰少年の下まで戻っていく。

 

 

「バカ。お前、生きること諦めたな? 情けねぇ………」

 

 

緑谷を無理やり立たせ、更に容赦なく頭に拳骨を落とす上鳴に洸汰少年は慌てた。

それを見た上鳴はクスリと笑って、帽子越しに頭を撫でて言った。

 

 

「こいつさ、いっつもこんな感じでさ……これが良いとこでもあり、悪いところでもあんだけど……もし君がヒーローのこと嫌いじゃなくなったら、コイツが無茶しないように見張っててやってくれ」

 

 

「ふざけんなよ上鳴ィ! そんなボロ雑巾に構うなァ! 俺を見ろ!」

 

 

「………なんか知らん間に本当に気色悪い奴になったなぁ。まあ、いいや。そういう訳だから緑谷、早く相澤先生のとこまで走れ」

 

 

「上鳴くん、気を付けて……アイツ、僕の300%を受けてもあんな調子で……移動速度もオールマイト並だった」

 

 

「オーケー、ナイス情報。マジでよく耐えたよお前。誇れよ───ちゃんと強くなってるからさ」

 

 

鼻をすする緑谷の背中を上鳴は優しく押して、自分に向かってくるマスキュラーへと向き直る。

 

 

「義理は果たしたからな……ウォーターホース」

 

 

転瞬、上鳴の空気が変わる。

 

 

「こっから先は───お子様厳禁だぜ」

 

 

今宵、もうこの場に英雄は居らず。

ただ血に飢えた二頭の獣が対峙する。

 

 

僅かな静寂。

 

 

2人の間を微風が通り抜け、程なくして止む。

 

 

それが合図となった。

 

 

「上鳴、電気ィィィイ!」

 

 

筋繊維を張り足されたマスキュラーの剛脚がはっきりと撓み、伸縮したそれが元に戻るのと同時に跳ねるように前へと身体を押し出す。

 

 

「そんなに叫ばなくても聞こえてんだよッ! マスキュラァァァァア!」

 

 

閃電疾駆 身体許容上限1000%

 

 

全身全霊。身を焼き焦がす電光を放ちながら、上鳴が駆ける。

 

 

両者は同時に右の拳を振り抜き、激突。

 

 

上鳴が纏う稲妻が、常軌を逸した力のぶつかり合いによって歪んだ空間の影響を受け───黒く閃る

 

 

その現象が起こったのは上鳴がオールマイトと戦った際の、最後の一撃のみ。

 

 

景気の良い始まりに両者は全く同じタイミングで後方へと飛び退きながら、舌なめずりをした。

 

 

ボルテージは両者共に120%

 

 

2年にも及ぶ我慢を強いられたのは何も、マスキュラーだけではない。

 

 

上鳴もまた───あの日の続きを待ち望んでいた。

 

 

再びマスキュラーの両手足が発条の様に撓み圧縮され、上鳴の目尻に刻まれた稲妻模様の傷から光が奔る。

 

 

挨拶は済んだ。

 

 

この勝負はきっと、どちらかが死ぬまで終わらない。

 

 

「ヴィラン連合開闢行動隊、“血狂い”マスキュラー」

 

 

「雄英高校1年A組、“ミカヅチ”上鳴電気」

 

 

───いざ尋常に。

 

 

「「殺し合おうぜ!!!」」

 

 

2人の声が闇夜を裂いた。

 

 

 





「!?」
「どうかしましたか死柄木弔」
「黒霧………いや、マスキュラーが目的を忘れて趣味に走ってる気がしてな」
「まさか。彼が指令を無視したことなど一度もありませんよ」
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