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上鳴vsマスキュラーの1stラウンドです。お納めください。
───あなたにとって、上鳴電気はどのような印象の人ですか?
体育祭が終わって暫くし、一足先に上鳴がアメリカへと旅立った頃。
例年にない異様な盛り上がりを見せた1年生の部の記事を書こうと、新聞部の生徒は手分けして、ヒーロー科の生徒たちにそんな事を聞いて回った。
校門。
休み時間の教室。
食堂。
廊下。
放課後の補習。
新聞部はA組の生徒を中心に丁寧に聞いて回った。
砂藤曰く。
「めちゃくちゃ問題児っスけど気のいいダチですよ。なんつーか……意外と友達想い?」
蛙吹曰く。
「やんちゃな所があって時折年下に見えたり、でも戦う時は先生方のような安心感があったりする……ちょっと変わったお友達、という感じかしら」
口田曰く。
「あまり喋ることないですけど、凄く人のことをよく見てる人です。個性のことにも詳しくて、相談すれば色んなことを教えてくれます……とってもスパルタですけど」
曰く、曰く、曰く───生徒らの口から出る上鳴電気の話は概ね好意的で、世間一般の、特にSNSで騒がれている様な面は見えない。
では、教員はどうか。
下校時間前に主審を務めたミッドナイトにも、新聞部員は尋ねた。
少し困ったように笑いながらも、ミッドナイトは新聞部員の真摯な問いに答えた。
「色々と言いたいことはあるわね……やり過ぎとか暴れ過ぎとか……あと、やんちゃが過ぎる所とか」
「今のところ全部同じです、ミッドナイト先生」
「あら、ごめんなさい。ただ私たちから見るとそんな感じよ? 相澤くんに聞いたらまた違うかもしれないけど───とにかく問題児ね。色んな意味で」
「それはA組の生徒たちからも何となく……」
「ふふっ。でしょうね。1番振り回されてて、1番彼の背中を見てるでしょうから」
ミッドナイトは上品に笑い、新聞部の生徒をドギマギさせたが───それはさて置き。
新聞部は更に他のヒーロー科教員にもインタビューを重ねた後、総出で記事を書いた。
体育祭優勝者の真実に迫る、というゴシップ記事みたいな物だ。
しかし、内容に誇張や捏造は一切ない。
SNSで言われているほど野蛮ではないと。
友達想いで博識な、年相応な少年であると。
そしてA組の生徒のみならず、教員までもが最後に結んだその言葉を見出しに据えた。
雄英一の問題児、ただし“最強”
風が吹いている。
上鳴とマスキュラーはゆっくりと互いに近寄っていき、拳が届く距離でピタリと止まった。
2人の身長差は激しく、マスキュラーが上鳴を見下ろし、上鳴は逆に見上げるような格好になった。
そのまま睨み合ったまま、2人は動かない。
耳を澄ませば森から戦闘音が聞こえてくる程の静けさに包まれている。初撃の激しさは完全に鳴りを潜めていた。
風が吹いている。
緊張はない。
ただ、機を窺っている。
戦いとはそれの奪い合いであり、勝者とはそれを制した者を言う。両者の力が高い水準で近い場所にあるからこそ、先手を取る事は重要となる。
───単純なパワーとスピードなら俺が上だ。やるなら近接、真っ向勝負! 鳴るねぇ、腕が!
マスキュラーは初撃の感触でそう判断していた。そして、その分析は正しい。上鳴ではどう足掻いても単純なフィジカル勝負でマスキュラーに勝つ事はできない。
───フィジカル差はあるが、瞬発力は俺の方が上。攻撃速度も圧勝。ただし電撃に耐性……というか異常なスタミナで無理矢理耐えられてるみたいな感覚があるな。幾つ個性をぶち込まれたか知らねぇが、その身体を焼き尽くすまで雷撃を叩き込むだけだが……問題はそこだ。
しかし、フィジカルだけで全てが決まる訳ではない。それは大局の優勢を左右する一因に過ぎない。
───電荷の移動で接触する必要性がある以上、必ず近接戦闘は発生する。あの異様な発条のカラクリを見抜けなかったらその時点で轢き潰される。
上鳴はその事を理解した上で自らの強みをどう押し付けるかを思案していた。
しかしそれはマスキュラーも同じこと。
───間合いの取り方をしくじったら、どんどん不利になるな。考えれば考えるほど同情するぜ……個性が強過ぎるってのも考えもんだな。
無言。しかし、互いの頭は既に眼前の敵をどうやって打ちのめすかで一杯だった。
そして風が凪いだ、その瞬間。
2人の思考は漂白され、気が付けば勝手に身体が動いていた。
上鳴の左腕が稲妻を纏う。
マスキュラーの拳が音を立てて撓む。
振り抜かれた両者の一撃が再び互いの拳を捉え、2度目の轟音が天地を揺るがした。
そして余波が周囲の景色を浚うように押し流していき、足場となる崖が完全に崩落。2人は鳴動する魔獣の森へと落ちていった。
その間、宙空でのやり取りはない。
ただニヤリと、目の前の敵の成長を喜ぶだけだ。
崖から森まで約20m───その高さを無傷で着地した2人は、獣じみた咆哮をあげ肉薄。
マスキュラーは三度目の拳を。
上鳴はそれに、左足を軸にした回し蹴りで対抗する。
衝撃と共に黒い稲妻が奔り、近場にある無事だった木々に直撃。焦げた匂いと共にそれを薙ぎ倒した。
「俺に触れて大丈夫か?」上鳴が問う。
「馬鹿言え───大丈夫な訳ないだろ!」
上鳴の指先から放たれた青い閃電がマスキュラーを貫く。筋繊維が千切れ飛び、その全身を致死電流が駆け巡る。
しかしそれでも、マスキュラーは笑っていた。
上鳴が初めて息を呑む。オールマイトでさえ、スターアンドストライプでさえ───顔を顰めた一撃を受けてなお笑う、その在り方に。
今度はマスキュラーが「お返しだ」と血走った目を上鳴へと向ける。
───避ける? 馬鹿言え。
「来いッ!」
激突。両腕を交差させて防いでも突き抜けていく凄まじい衝撃。痛みはない。しかし、痛みを想像した上鳴の脳裏に緑谷の姿が過ぎる。
───ほんと、カッコいいなぁ! アイツは!
宙空で身を捩り、大気を蹴り上げて上鳴はマスキュラーを強襲。構えた手刀に夜を裂く白い稲妻を宿し、一閃。あらゆる物を溶断する電熱の剣がマスキュラーの胸部に一文字の傷を刻み込んだ。
そこから噴き出した鮮血を頭から浴びながら、上鳴が狂った様に笑い出す。
「楽しいなぁ! マスキュラー!」
「もっと上げてけよ上鳴ィ!」
転瞬、森の一角が燃え尽きた。
上鳴の全身から放たれた落雷に匹敵する電撃と、それに伴って発される莫大な熱量による無差別範囲攻撃。上鳴の探知範囲に味方が居らず、周囲にガスが無かったが故の暴挙。
黒煙が辺りに立ち込めるが、上鳴は蹴りの風圧でそれを両断。一気に視界を晴れさせる。
その先にいる、2度目の雷撃を受けたマスキュラーは。
「そろそろウォームアップは終わりにしようぜ、上鳴」
身体から僅かに煙を上げながらも、依然変わりなくそこに立っていた。
「……つれねぇな。1人だけ熱くなってたなんてよ、恥ずかしいったらないぜ」
上鳴の額から汗が流れ、頬を伝い、顎から地面に落ちた。
───薄々感じちゃいたが……フィジカル差が開きすぎてるな。1000%を小出しにしててもジリ貧だ。
心臓が跳ねる。
命の危機を訴える様に早鐘を打つそれに、ただ上鳴は笑みを深めた。
久しく感じていなかった強敵との闘争。
オールマイトは弱体化していた。
USJに居たのは結局、唯のサンドバッグ。
学生では相手にならない。
スターアンドストライプとの模擬戦も、ヒーロー故に生死を賭けた戦いにはならなかった。
絶体絶命の窮地。
そこに立たされて初めて、上鳴の真価が発揮される。
「───来たな、漸くだ」マスキュラーの目が光る。
上鳴がだらりと腕を下げ、脱力。
半開きになった口から僅かに涎が垂れるが、それをまるで意に介さない、極限まで研ぎ澄まされた集中力。
限界まで開かれた瞳孔に映る自分を見て、マスキュラーの口角がまた吊り上がっていく。
そして、次の瞬間。
上鳴の姿は既にマスキュラーの視界から完全に消えていた。
動きの入りを全く悟らせない踏み込み。
静止状態からほぼ無動作で最高速度まで到達する敏捷性。
技術と圧倒的なフィジカルに裏打ちされた絶技。
それを捉えるのは───
「後ろか!」
野生の勘。
しかし、一切の躊躇なく剛腕を振り抜いた先にあったのは上鳴の残像。
行動を読み切り剛拳を躱した上鳴の立ち位置は、マスキュラーの背後。腰を割って左の拳を構えている。
そして足先から下半身、上半身、腕、拳と力を伝え、打撃の炸裂点を調整しつつ───夜の森が真昼に変わる程の膨大な電気エネルギーを拳に纏わせ、マスキュラーの腹部へ突き上げる様に捩じ込んだ。
閃電疾駆 身体許容上限 1000%
その一撃はマスキュラーの肉を焼き、内臓を掻き回す様な衝撃を全身へ波及させる。
踏ん張りが利かず両足が宙に浮かんだが最後、マスキュラーは螺旋を描きながら吹き飛ばされた。
それから上鳴は残心───「ふぅ」と呼気を漏らした後、直ぐに八百万製の無線の電源を入れた。
「あー、あー、こちら上鳴……よかった。繋がったな。音質ガビガビだけど」
遠くからマスキュラーが墜落する音が聞こえる。人並外れた聴覚と空間認識能力は、それが800m先の山肌から聞こえた音だと瞬時に導き出した。
「いいか。よく聞け───逃げろ。今すぐに、目につくやつ全員引っ掴んで」
上鳴ほどの視力が無くてもわかる。
山肌が爆ぜ、凄まじい勢いで宙を突っ切るその姿を。
「ここら全部が更地になる前にな」
「流石だなァ! でもまだ上があんだろ!?」
「キッショ……何で生きてんだよ」
ここが正念場だと上鳴は腹を括った。
纏う電流の出力を何百倍にも引き上げ、自身の肉体が崩れる事さえ厭わず高め続ける。
「閃電疾駆、身体許容上限───2000%」
痛みを感じない筈の肉体から聞こえてくる悲鳴に、上鳴は目を細めた。
制限時間は1分に満たない。
その時間が過ぎれば、上鳴の肉体は自身の力に耐えきれず死に至る。
しかし逆に言えば、その間は何も気にすることなく個性を行使できる。
上鳴から放たれるプレッシャーを受けたマスキュラーが熱い吐息を漏らした。
「肌がひりつくこの感覚……! 2年前、ゾンビみたいに立ち上がったお前を見た時と同じッ!」
マスキュラーの目元が黒く染まる。
それは徐々に耳に、そしてそこから首を伝って両肩へ。そのまま指の先まで広がっていく。
「こっからは……俺も死ぬ気でやる」
ギチギチと音を立てて四肢を撓ませながらマスキュラーが拳を構える。
何度目かになる静寂。
張り詰めた弓の弦が如く力を溜めた両者が、示し合わせた様に飛び出す。
速力はマスキュラーがやや上。
しかし、機動力においては上鳴に軍配が上がった。上鳴は直線的な動きのマスキュラーを上手く躱し、すれ違いざまに振るった手刀の軌跡がマスキュラーの脇腹を深々と切り裂いた。
斬痕から鮮血が噴水の如く溢れるが、マスキュラーはそこに筋繊維を張り足し、瞬く間に止血を完了させる。
「逃げんなァ!」
剛脚が撓み───大地を砕く。
隕石の衝突を想起するような窪みを足場に残し、上鳴が反応できない速度でマスキュラーが距離を詰める。
振るわれた右腕が上鳴を直撃。その瞬間、腕がみるみる撓み、押し飛ばす瞬間に一気に元のサイズへと戻った。
「いつからバネ人間にジョブチェンジしたんだ!?」
靴裏をすり減らしながら上鳴はそう叫んだ。
個性“筋骨発条化”。マスキュラーがオールフォーワンより与えられた3つの個性の内の1つである。文字通り筋骨を発条の様に撓ませ、弾性と反発を得る訳だが───筋繊維を自在に増強できるマスキュラーの骨格は、増大する筋繊維の重量とそれに伴って強化される膂力に耐えられる様に進化している。
つまり、骨も肉も発条化に適した身体という訳だ。そして、その2つが組み合わさることで生じる力は、指数関数的に増大する。
更に。
───動きの起こりが分かんねぇな。
筋骨発条化はマスキュラーに、上鳴が前世の経験と今世の弛まぬ努力によって身に付けた無拍子と同等の技術を与えていた。
殴り飛ばされた上鳴にマスキュラーが追いつき、そのまま2発の拳打を叩きつける。
上鳴は視界が真っ赤に染まる中、無差別放電でマスキュラーを引き剥がそうとするが。
「もっと、もっとだ上鳴! 足らねぇぞ!」
───効いちゃいるみたいだが、何だよこの、やたらHPが多いソシャゲのクソボスみたいな耐久力は!?
第二の個性“耐久”。
上鳴がダメージを与えた感覚を持った事は正しい。だがそれを受けて尚、問題なく行動できるというだけの話だ。麻痺した筋肉を常に新しい物と取り替え続ける技術はマスキュラーの努力の成果ではあるが、2年前の上鳴の個性出力ならともかく、現在の上鳴が放つ雷撃のダメージをカバーできるような物ではない。筋繊維の交換による麻痺の行動制限の解除は耐久無くして成立しない。
「ッシ!」
呼気を鋭く吐き出しながら繰り出した上鳴の蹴りを、マスキュラーは緩ませた筋繊維で受ける。そして受けた筋繊維を破棄することで威力を削ぎ落とし、そのままカウンターの蹴りを上鳴の腹に打ち据えた。
「ゲホッ!?」
「どうしたどうした! お前の力はそれっぽっちか!?」
上鳴の口から夥しい量の血液が溢れた。
しかし、上鳴はそれその物に含まれた自身の細胞、そして溜め込んだ電力へ個性で干渉。応用による磁性制御を使って手元に集め、勢いよく重ね合わせた両掌に閉じ込める。
転瞬、指の隙間から赤い光が漏れ出して───
「赩御雷!」
夜空を紅蓮に染め上げる。
「ビームマジか……!」
射程は短いがその速度は秒速3万キロにも及ぶ。スターアンドストライプの様に異界法則を形成し、発射の瞬間を感知する以外に回避の手段はない。そして、近接主体のマスキュラーに迎撃する術はない。
「なら、俺も」
それは、2年前の話だ。
マスキュラーの腕を黒く変色させた3つ目の個性───“ストレス”。その始まりは超常黎明期、異能解放軍を名乗る者達の頭目から連なる血筋に発現する個性。
表社会に溶け込み擬態するその一族の1人からオールフォーワンが個性を抜き取り、複製した物だ。
その能力は心身に掛かる負担、ストレス。より広義的に言うならば負の感情を力に換える。高まれば肉体の大きさを普段の10数倍にまで膨れ上がらせ、膂力のみならず速力さえも劇的に向上させる。
これの応用。あるいは奥義とも呼べる技は、負の感情をエネルギーに変換した後、それをそのまま外部へと出力すること。
ストレスを溜め込んだ期間は2年。
直ぐにでも再戦に行きたかった所を、今は力を培うターンであると諭された。
その間、殺しは厳禁。
腕試しを兼ねた強個性を持った人間を狙った人攫いでは苦戦を強いられた事もなく、フラストレーションは溜まるばかり。
時が過ぎ、上鳴が雄英に入学。
1年生の授業をターゲットにしたUSJ襲撃では又しても待てを強いられた。
体育祭では手を抜いている上鳴を見て、フラストレーションを募らせた。
アメリカに行った上鳴がオールフォーワンが用意した兵隊と戦ったと聞いて、何度「羨ましい」と愚痴をこぼしたか分からない。
Iアイランドでもその息が掛かったヴィランを倒したと聞いた日には、オールフォーワンに掴みかかった。
その度に「まだその時ではない」と諭された。
死柄木を迎えに行った時、もう知ったことかと暴れたくなる気持ちを堪えることは、マスキュラーにとって果てしないストレスとなった。
その一端を開帳する。
「負荷塊!」
マスキュラーの指先から迸る黒紫色のエネルギーの塊が上鳴が放った赤い閃光と鬩ぎ合う。
しかし、拮抗は長く続かない。
「押し切れ、ねぇ……!」
上鳴が血液という有限かつ生死に関わる物を燃料にしているのとは違い、マスキュラーのそれには現状翳りがない。出力では負けていてもある程度耐えてしまえば、持久力の差で押し切れる。
上鳴は咄嗟に腕を振り上げて過負塊の側面に赩御雷を直撃させることで軌道を逸らした。
しかし完全な回避は叶わず、掠った左肩を大きく抉られてしまう。
万全な状態ならそれで済んだ。だが、閃電疾駆の出力を致死レベルで超過していた今の上鳴の肉体は途轍もなく───脆い。
傷口から腕が崩れ、ぼとりと音を立てて地に落ちた。
「……何だその有様は」
平坦なマスキュラーの声音が嫌に響く。
先程までとは打って変わった態度を、上鳴は鼻で笑った。
「何ピキッてんだよ。腕の1本くらいでよ」
「お前、弱くなったな」
「……どういう意味だ」
「2年前のお前なら戦いの最中に別の場所に意識を割くようなことしなかったよ……そんなに気になるか? 学校のお友達がよ」
上鳴は言葉に詰まった。
気にならないと言えば嘘になってしまった。
ただ何も考えず、戦っていられた頃とはもう何もかもが違う。それでもやりたい事を今やってる訳だが───言うなればその純度の差が。
「気に食わねぇなァ」
マスキュラーの癪に障った。
強い苛立ちは黒い波紋となってマスキュラーの身体に現れ、全身へと広がっていく。足の先から頭の天辺まで。余す所なく染まり切った身体が、徐々に巨大化していく。
「───分かった。よおく分かったよ。アイツらが悪いんだな? アイツらがお前を弱くしたんだな?」
筋繊維が黒い皮膚を突き破る。
悪鬼。
その2文字が上鳴の脳裏に浮かんだ。
「鏖殺だ」
「こまった……」
───今のままだと、ちょっと勝てない。
活動時間残り20秒。
上鳴は額から冷たい汗を流しながら、それでも獰猛に笑う。
「自分で言ってて世話ないぜ……もっと広げないとな“個性”の解釈を」
上鳴の身体から流れ出る血が宙に浮かぶ。
血液に含まれた細胞と、そこに蓄積された電力に個性で働き掛け、それを磁力により形を変える流体金属のように動かして辺り一帯に広げていく。
更に上鳴は電熱で血液に簡易的な殺菌を施してからその一部を傷口から体内へと戻し、傷口から流れる血液と外に浮かぶ血液とを繋げ、体の内外で循環させることで失血死のリスクを減らした。
当然、電熱だけでは処理しきれない雑菌や不純物が体内を廻る事にはなるが───上鳴はそのリスクとこの戦いとを天秤に賭け、後者を取った。
「人には自分を見ろって言ったくせに、お前は俺を見ないのか?」
上鳴が宙の血雫をマスキュラーへと向かわせる。マスキュラーを包囲するように展開されたそれは雷撃へと姿を変え、その巨体に落雷に匹敵する電流を流し込んだ。
本日何度目かの、手加減無しの正真正銘最大出力。
生物である以上は逃れられない痛みと苦しみに悶絶するマスキュラーの鳩尾に、追撃として放たれた上鳴の蹴りが捩じ込まれる。
2歩後退したマスキュラーが口角泡を飛ばした。
「効くかよぉ!」
「嘘つけ!」
体躯に見合わない俊敏さを発揮するマスキュラーではあるが、上鳴からすれば速いだけの素人。打撃を避けること自体は造作もない。雑に腕を薙いで自身を振り払おうとするマスキュラーの動きを読み、その懐へと潜り込む。それから両足でしっかりと大地を踏み締め、その反作用を利用し───跳躍。頭突きでマスキュラーの顎を下から突き上げた。
たたらを踏むマスキュラー目掛けて、宙に待機させておいた血雫を殺到させる。
「爆ぜろ!」
付着した血液が全て発光し、放電。
マスキュラーが絶叫と共に身体を震わせる。
───たたみかける!
空中で身を捩りながら着地。
辺りに散らしていた血液を回収する。
「あ?」
マスキュラーの視界に映ったのは黒い靄だ。
その脳裏を黒霧が過るが、違う。
上鳴は磁性を付与した血液を操作し、この辺り一帯から砂鉄を掻き集めていた。そしてそれを電熱で溶かし、自身の右腕を覆う籠手を形成する。その理由は単純───少しでも打撃の威力を高める為、
「お、ぉお!? 何だ身体が引き寄せられる!」
頭突きの際にマスキュラーに付与された磁性と、それに反する磁性を帯びた砂鉄の籠手を引き合わせるためだ。
───限界を超えろ。
上鳴の中で何かが囁く。
身体許容上限 3000%
閃電疾駆───Plus ultra!!!
「ぶっ飛べ!!!」
単純なパワーなら今のオールマイトをも凌駕する一撃。それが互いに引き寄せ合い、吸い込まれるように対象へと衝突した時の破壊力は想像を絶する。
拳速は優に音速を超え、稲妻となった拳がマスキュラーの顔面へ深々と突き刺さる。
しかし。
「……お前、実は小魚とか好きだろ」
巨大化していたマスキュラーは上鳴の拳を強靭無比な歯で受け止め、それを噛み砕いた。
「まあまあかな」
もごもごと口の中を動かし、ペッと口内にあった上鳴の右腕を吐き出す。
そして、肘から先が失くなり、宙空でバランスを崩した上鳴にマスキュラーの平手が振り下ろされた。
巨大な風船が弾けた様な音を響かせながら、上鳴が地面に減り込む。
───蝿みたいに叩くんじゃねぇよ。
痛みはない。
そういう身体だからだ。
だが地面に叩きつけられたのと同時に、上鳴の脳は警報を鳴らした。
このままでは死ぬぞ、と。
それでも立ちあがろうとして失敗する上鳴を、マスキュラーは躊躇なく蹴り上げる。
地面を何度も跳ねながら、抵抗する事も出来ずに転がされるが───
「また俺に触ったな?」
刹那、雷撃が空を焦がす。
幾ら耐久の個性が強力で、感電した部位を取り替えられる疑似的な再生能力があっても、限界は来る。
「お、ぉお!?」
マスキュラーが自身のダメージに困惑しながら片膝を突き、口から溢れた夥しい量の血が地面に真っ赤な染みを作る。
それに対し、上鳴は。
「しっかり効いてんじゃねぇか!」
そう言って両腕からとめどなく溢れる血液で背中に4枚の翼を象り、空を舞った。
「ダメね。マスキュラー、絶対通信聞いてないわよ」
広場から離れ、脇腹を押さえたマグネはスピナーと共に森の中を走っていた。
「ムーンフィッシュも話聞かなかったからな」とスピナーが溜息混じりに言う。
「それは逆に助かったけどね」
広場での状況は八百万の参戦と戦闘許可により一気にヒーロー優勢へと傾いた。
マグネは一時意識を失い、人質は解放。そうなればイレイザーヘッド1人に完封される恐れすらあった。
しかし、そこは抹消の影響を受けないスピナーが大剣でイレイザーヘッドの視線を切り、その隙にムーンフィッシュが歯刃を伸ばして分断。
更にスピナーが無線で応援要請を出したことで、3人目の大物───脳無が森の木々を裂いて現れ、状況は五分の所にまで戻った。
イレイザーヘッドの相手は脳無だけで事足り、後はムーンフィッシュとスピナーで生徒とマンダレイを擦り潰せば終了。
しかし、硬化の個性を持った切島やパワータイプの砂藤を筆頭に生徒たちの奮闘が戦いを長引かせた。
その間にマグネが意識を取り戻し、戦線に復帰したはいいが、直ぐにMr.コンプレスから『サブプラン』の成功報告が入り、状況は再び一変した。
「合宿所に現れ生徒たちに重傷を負わせた時点で作戦は一先ず成功。上鳴くんを攫えたら最上。サブプランの爆豪勝己くんが手に入ったらその時点で退却準備。時間が来たら直ぐに退く」
「守るべきモノにヒーローは意識を取られる、だったか……死柄木の作戦が上手く刺さったな」
「そうね。ムーンフィッシュと脳無の回収がちょっと無理そうなのは残念だけど」
「あ、マグ姉!」
「あら? ヒミコちゃんじゃない。あなたもちゃんと退却できたのね」
「はい! お友達もできました!」
「良かったわねぇ」
途中で渡我と合流を果たし、もう直ぐ合流地点という場所で───地響き。
「あらやだマスキュラー? 二倍の方かしら」
「いや、どうだろうな。本人は“高い所から探す”とか言ってたが……交戦開始の報告もないし、案外もう降りてきてるかも」
「あの、それより───音、こっちに近づいてないです?」
「「え?」」
マグネとスピナーは一度顔を見合わせてから、再び音のする方角へと視線を向けた。
最初は衝突音だけだったそれに、いつしか木々のへし折れる音が混ざり、微かに聞き覚えのある声が加わっていた。
「逃げるぞ。こんな所にいられるか。俺は先に帰らせてもらおう」
「逃げるわよ。私、この作戦が終わったら友達の結婚式に行くの」
「逃げましょう。巻き込まれたくないのです」
3人が踵を返そうとしたその時。
烈風に背中を押され、揃って宙を舞った。
嵐が如く、周囲の景色を浚いながら戦いを繰り広げるマスキュラーと上鳴。2人が通った道には草の根1つ残っていない。
「鬼さんこちら! 手の鳴る方へ! ───まあ、鳴らす手もうないんだけど!」
背中から赤い翼を生やした上鳴が宙空で加速し、マスキュラーを誘導しながら雷撃を放つ等の攻撃を織り交ぜていく。
「器用だなァ! 磁性の制御で作り出した血液の羽と同極の磁性を自分に付与して、身体を押し出してんのか!」
「正解! 両手がなくなってバランス感覚がズレちまってな! 補うついでにやってみた!」
「邪魔だァ! テメェの相手はお前のお友達ぶっ殺してからするって言ってんだろ!」
「はいそうですかって言う訳ないだろバーカ!」
「バカって言う方がバカなんだよバカが!」
声が聞こえる頃には、その姿を3人が捕捉できる程にまで近づいていた。
小学生の様なやり取りをしながら通り道に存在する生命を全てを根絶やしにするような行進を続ける2人。
スピナーとマグネはそれに冷や汗を垂らしながら、巻き添えを食って死なない様に走り出した。
しかし、渡我は違った。頬を上気させ恍惚とした表情を浮かべながら───上鳴を見ていた。
「出久くんもいいけど……電気くんもいいなぁ……」
恋多き乙女、渡我被身子。
好きなタイプは血の匂いがする男の子、もしくは可愛い女の子。
誘蛾灯に誘われるように、2人の戦闘に乱入しようとする渡我をマグネが引っ掴む。更に磁極を付与し、反対の磁極が付与されているスピナーに投げつけた。
「マグ姉!?」背中に渡我がへばりついてバランスを崩しかけたスピナーが声を荒らげる。
「逃げるわよ早く! アイツ───私たちのこと視界に入れちゃいない!」
「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ァァァァア!」
マスキュラーが筋繊維の隙間から黒紫の砲撃を奔らせる。その姿は最早、人型の怪獣とでも言うべきか。視界に映る命という命を根刮ぎ奪い、踏みつけんとする意志だけが見える。
「おいマスキュラー! 何か見覚えのない波形が3つ見えるけど仲間なんじゃないか!?」
「お、危ねえな。人の進行方向に立つなよ。車道に出て轢かれたんなら、そりゃあもう轢かれた方が悪りぃんだからな」
「悪質ドライバーみたいなこと言ってるぞお前」
───何で殺し合ってる相手とそんなやり取り出来るのよ! 頭おかしいんじゃないの!?
マグネは口を突いて出そうになった言葉を内心に留めた。
「というか死に掛けじゃない! マスキュラーあんた忘れたの!? その子、生け捕りよ!!?」
その叫びに、マスキュラーはピタリと動きを止めた。そして改めて上鳴の状態を見る。
今の上鳴は両腕を失って崩れたバランス感覚を、背中に携えた血翼に含まれる細胞に付与した磁極と、自身に付与した磁極を入れ替え続ける事によって補っている。
更に、許容上限を超過した電流は上鳴から光を奪い、白く濁った眼球は既にまともに機能していない。辛うじて認識できる電磁波を頼りに人間を判定している状態だった。
耳も潰れてしまっていて、まともに音を拾えず、残った両脚も指先から炭化し始めており、今にも崩れ落ちそうになっていた。
───やっべ。生け捕り指令忘れてた……でも別に命令なんて聞かなくてもいいしな……いや、待てよ俺。仮に雄英のお友達を1人残らずぶっ殺したとて、この状態の上鳴と昔みてぇに楽しくやり合えるのか? ドクターとボスに上鳴を治させて万全の状態にして、その上でお友達の首を見せてやるほうがいいんじゃねぇのか?
この間、僅か0.2秒。
マスキュラーの頭脳が導き出した答えは、とてつもなくシンプルだった。
「とりあえず帰るか」
マスキュラーの目に理知が戻る。
ストレスが抜けて肌の色が元に戻り、身体が急速に萎んでいく。
そして向けられていた殺気が急に消えたせいか、上鳴の張り詰めていた緊張が緩んだ。
───まずい。意識を保てねぇ。
殺気があったから、上鳴の身体は死の危険に立ち向かえる様に動いていた。しかしそれが無くなった今、動力を失った乗り物と同じだ。瞬く間に意識が落ち、力尽きてその場に崩れ落ちた。
「なあこれ治るかなぁ?」
マスキュラーが地に伏せた上鳴を担ぎながら言った。
「知らないわよ……最悪、脳無にするんじゃない?」
「「えぇ───! 脳無!?」」
マスキュラーと渡我の声がハモった。
思わず顔を見合わせる2人。しかし直ぐに顔を前へ向けた。
「俺専用にしてもらお。荼毘だって持ってんだ。別にいいだろ」
「狡いです。私にもください。お顔はそのままで、出来れば血は一杯出る方がいいです」
「顔は何でもいいが血の量は増やして欲しいねぇ……あと意識もちゃんと上鳴にしてくれなきゃ困る」
「奇遇ですね。私もそう思います。だって───」
「「死体相手はちょっと嫌
そうして、4人は足並みを揃えて集合地点へと向かった。
“バチリ”
僅かに上鳴の目尻から紫電が走ったが、それには誰1人として気付かなかった。
マスキュラーに付与されたのは
①筋骨発条化(原作AFOが神野で使用)
②耐久(ギガントマキアの生来の個性の複製)
③ストレス(AFOがデストロの家系から引っこ抜いてきた物。リデストロではない)
の3つでした。体力ゲージはギガントマキアと比較すると遥かに少ないですが、元の個性もあって異常なほどタフです。単純な火力なら最低でもダークシャドウラグナロク、 ワンフォーオール100%、膨冷熱波、ハウザーインパクトとかじゃないとコイツの複製は破壊できません。
という感じで上鳴とマスキュラーの初戦はマスキュラーの勝ちです。少年漫画における主人公の敗北は成長フラグということで平に……平にご容赦を……