雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.58 宵祭 -伍-

 

「ハァッ………ハァッ………!」

 

 

息を切らしながら血濡れの手で捕縛布を手繰る抹消ヒーロー、イレイザーヘッド。

その力は個性因子の強制停止。発動型個性の天敵とも呼べる力ではあるが───決して万能ではない。異形型には効果がなく、素の力で自身の処理能力を上回られれば勝ち目は薄い。身体能力を底上げされた脳無の様な改造人間の相手は厳しかった。

だが、それでも。

 

 

「助かったよ。USJのより幾分、身体能力が低くて」

 

 

時間は掛かったが脳無を相手に勝利を収め、辺りを見る。

丁度ムーンフィッシュが尾白の“牙”により行動不能に陥った所だった。

 

 

「ナイス切島!」

 

 

「応!」

 

 

刃物に対して無類の強さを誇る切島と、体術に秀でた尾白の巧みな連携。残ったメンバーの妨害やマンダレイのカバー。全てが噛み合ったことによる完全勝利である。

全くの無傷とはいかなかったが───重傷者はいない。その事にイレイザーヘッドが胸を撫で下ろしている所へ、マンダレイがやってくる。

 

 

「イレイザー、虎から『鉄哲と拳藤以外のB組生徒の保護を完了した』って連絡が来たわ」

 

 

「八百万様々だな……全く」

 

 

虎と共に行動する直前、マンダレイに渡された八百万製の無線機によって情報は遅滞なく回されている。

 

 

「マンダレイ」

 

 

「分かってるわ……A組B組総員! 広場に退却せよ! 繰り返す! A組B組総員、広場に退却せよ!」

 

 

このテレパスにより、森の中に散っていた生徒たちは一斉に広場へと向かうだろう。

しかし、イレイザーヘッドに落ち着く時間はない。すぐさま上鳴の下へ向かい、援護に入る必要があった。

痛む腹を押さえ、イレイザーヘッドが動き出したその時だ。マンダレイの顔から色という色が抜け落ちた。

 

 

「マンダレイ?」

 

 

「イレイザー、今虎と合流したブラドから連絡があった! 爆豪くんが攫われたって……!」

 

 

その報告はイレイザーヘッドにとってあまりにも絶望的な物だった。

しかし、だからと言って立ち止まっている時間はない。

 

 

「マンダレイ、耳郎と障子にテレパスで森の中で固まってる連中を探す様に呼びかけ続けて下さい! 口田! 今動かせる動物達を使って集合地点を割ってくれ!」

 

 

イレイザーヘッドの身体は既に動き出していた。

教師、ヒーローとして身命を賭して戦う覚悟が痛みを忘れさせる。

 

 

「イレイザー、アンタは!?」

 

 

「さっきまで戦闘音がしてた場所に向かう!」

 

 

───行かせるか。命に代えても、必ず……!

 

 

 

 

 

「うーっす。お疲れ」

 

 

相澤が駆け出し始めた頃、マスキュラーはマグネらと共に集合地点にいた仲間と合流していた。

 

 

「派手にやったな。地味過ぎるくらいだ。もっとこう、施設を粉々に吹っ飛ばすとかさ」

 

 

合流地点に最初から居たトゥワイスが開口一番そう言うと、マスキュラーが肩に担いだ上鳴を親指でさしながら言う。

 

 

「いいねぇ。正直物足りなさはあんだが……取りあえず帰らねーと。こいつ死にそうなんだ」

 

 

「うお!? ボロ雑巾だな! 美しいぜ!」

 

 

「どっちだよ。つーかまだ集まり切ってねぇな。コンプレス達とマスタードは?」

 

 

マスキュラーの問いに荼毘が答える。

 

 

「コンプレス達はどうもプロに引っ掛かったらしくてな。撒いてから来るってよ。マスタードは連絡がつかない。ガスも止まってるし、多分負けた……が“二倍”で作ったお前を現場に向かわせてる。そろそろ帰ってくんじゃないか?」

 

 

「ったく人使いが荒いなお前ら……でもよ。俺に行かせてどうすんだ。相手見つけたらマスタードそっちのけで遊び始めるぜ」

 

 

「なんなんだよお前……トゥワイス。俺を作ってくれ。見にいく」

 

 

「やだね! 任せろ!」

 

 

そんなマスキュラーの予想だったが───綺麗に的中していた。

 

 

「遊ぼうぜ! なぁ!?」

 

 

「クソッ! 拳藤逃げろ! 俺が引きつける!」

 

 

「無理に決まってんだろ!? やるなら一蓮托生に決まってんでしょ!」

 

 

鉄哲と拳藤は上鳴の指示通り、ガスを操っていたマスタードを撃破した。鉄哲がマスタードが持っていた拳銃で手傷を負ったものの軽傷に過ぎず、簡易的な拘束だけ済ませて退却する予定だった。

そこへ現れた、明らかに格の違うヴィラン。

勝ち目がないのは一瞥しただけで理解できてしまった。まだ自分達では相手にならないと。

そうして逃げ出したはいいが───

 

 

「おいおい情けねぇなヒーロー志望! 雄英はヴィランに背中を向けるように教えてんのか!?」

 

 

“遊ばれている”

 

 

その事実が2人のプライドを刺激する。

しかし、命には代えられない。

 

 

「生きて帰るんだよ、私たちは……!」

 

 

「っ! そうだなァ! じゃないと上鳴がヤベェ! 俺らアイツに言われて来たからな!」

 

 

「こんなんで友達の仮免が没収とかされたら笑えないんだよ!」

 

 

拳藤が巨大化させた右手で手刀を作り、手近な樹木を小枝でも折るかのように倒し、それをマスキュラーへと投げ付ける。

 

 

「邪魔ァ!」

 

 

蝿でも払うように投げつけられた樹木を跳ね除けながら、マスキュラーは2人を追った。

 

「なら、コイツを食らえ……!」

 

 

巨大化した手で指を弾く体勢を見せる拳藤に、マスキュラーが「へぇ」と声を漏らす。

常人の何十倍もの大きさを誇るそれは当然ながら巨大さに見合ったパワーを有する。拳藤の大拳は一見すれば応用の利かない凡庸な個性に過ぎないが、その実、基礎能力に比例した超パワーを生み出せる。

 

 

“お前ならこれ使えるぞ。練習しろ……緑谷! 尾白! 手本見せてやれ!”

 

 

上鳴達と学んだ空力の砲弾がマスキュラーに向かって飛ぶ。

 

 

「悪くねぇ」

 

 

マスキュラーが筋繊維を増大させながらそれを打ち消そうとした、その時だった。

 

 

「っ!?」

 

 

個性の発動を封じられた。

複製故に耐久力を底上げする為の個性が使えなければ拳藤の一撃には耐えられない。受けた瞬間に耐久限界を超え、泥と化した上半身が消し飛んだ。

 

 

「拳藤!? やり過ぎだろ!」

 

 

「ち、ちがっ……!」

 

 

「大丈夫かお前ら!」

 

 

「あ、相澤先生!」

 

 

へたり込みそうになる拳藤を鉄哲が支える。

ホッとしたのはイレイザーヘッドも同じだ。

 

 

「何でこんな所に?」

 

 

ここは肝試しのコースからも広場からも離れた場所。当然の疑問を口にしたイレイザーヘッドに、拳藤が言う。

 

 

「上鳴から“ガスを操ってる奴を倒せ”って……」

 

 

「あのバカは……後で説教だな」

 

 

「それで俺たち、ガスヴィランを倒したとこまでは良かったんスけど……さっきの奴に追いかけ回されて」

 

 

「状況は分かった。一先ずお前たちは広場に向かえ。そのガスのヴィランが居た場所はこの先だな?」

 

 

イレイザーヘッドは頷く2人に「よし。ならもう行け」と自分が来た方角を指差してから、直ぐに駆け出した。

 

 

───ブラド達がいたエリアから集合場所が外れてるなら、ガスヴィラン付近にある可能性が高い。後は索敵できる個性の持ち主が合流してくれれば……

 

 

時間がない。

焦りがイレイザーヘッドの中で大きくなった、その時だ。

 

 

「相澤先生!」と茂みの中から自身が受け持つ生徒が飛び出してきた。

 

 

「耳郎か!」

 

 

「広場に着いたらマンダレイから、先生がこっちに向かって走って行ったって聞いて……!」

 

 

「本当に出来た生徒を持てて鼻が高いよ、俺は……早速頼めるか?」

 

 

「はい───いました。正面に2人。ウチらから離れるように移動してる足音があります」

 

 

位置が分かれば後は追うだけでいい。

イレイザーヘッドは、否、相澤消太はここで耳郎を広場へと帰すべきだった。

だが、自分を見る耳郎の目が「絶対に付いていく」と訴えていて。ここで無理に遠ざけても付いて来てしまうのではと相澤に思わせた。

 

 

───なら、目の届く場所にいてくれた方がいい。より合理的に敵を追えるメリットもある。耳郎の成長はクラスでも抜きん出ているし、アメリカでは実戦も経験している。無理に前に出ないよう言って、それを無視するような生徒でもない。

 

 

「行くぞ。俺の前には絶対に出るなよ」

 

 

「っ! はいっ!」

 

 

 

 

 

「マスキュラー、また負けたぞ! 次は勝てるといいな!」

 

 

トゥワイスの報告に連合の仲間たちが口々に言う。

 

 

「だっせぇ」と呆れた荼毘。

 

 

「舐めプ乙」目を伏せるスピナー。

 

 

「カッコ悪いです」と見損なったと言わんばかりの渡我。

 

 

「あなた強いんだから……」最後にマグネが手の掛かる子供を諭す様に言った。

 

 

「だぁぁぁぁぁあッ!? 悪かったよ顧みるよ!」

 

 

流石に自分が負けたのが堪えたのか、マスキュラーは両手で頭を掻きむしりながら叫んだ。

しかしマスキュラーは直ぐに、ふとある事実へと思い至り、鬼の首でも取ったかのような勝ち誇った表情を浮かべた。

 

 

「つーかよォ! 戦闘音がいきなり消えたんだからあのなんちゃらヘッドと会ったって考えんのが妥当だろ!? お前らだってなんちゃらヘッドにゃ勝てねーだろうが!!」

 

 

事実、個性の発動を封じられたらマスキュラーはただのマッチョに成り下がる。格闘技術も個性の使用を前提としている為、あまり意味がない。そこいらのチンピラよりかは強いだろうが、その程度だ。そしてこれはマスキュラー以外も殆ど同じ。特に荼毘なんかは弱体化が顕著である。

 

 

「イレイザーヘッドな」とスピナーが言うと、マスキュラーは「細かいこたぁいいんだよ!」と逆ギレ。口角泡を飛ばしながら続け様に言った。

 

 

「プロ来るじゃねぇか! しかも1番つまんねぇ奴! スピナーお前相手しろよ! 個性消されねぇんだし!」

 

 

「無茶言うな。アイツめちゃくちゃ強いんだぞ……複数人で囲ってやればいいだろ」

 

 

「それだけで勝てるなら広場で潰してるけどね」

 

 

「マグ姐がやられなければな……」

 

 

責めたてる様な言い方ではなかったが、別に今言わなくてもというワードチョイスではあった。

マグネも自覚がある分、眉尻を下げて素直に謝罪の言葉を口にした。

 

 

「ごめんなさいね、本当。でも正直今も傷が痛くて汗止まんないのよ」

 

 

八百万に砕かれた肋骨は今も激しい痛みを訴え続けており、その額には脂汗が浮かんでいる。

 

 

「マグ姐大丈夫?」と渡我が縁にレースがあしらわれた可愛らしいハンカチをマグネに手渡す。

 

 

「あらぁ〜! 心配してくれるのトガちゃん! アナタは本当に良い子ねぇ」

 

 

感激しながらもマグネは可愛いハンカチが台無しになってしまうからと、それを受け取らなかった。無闇に貸し借りを作りたくないという非常にドライな部分もあった。

 

 

和気藹々とする連合だったが、マスキュラーはトントンと足で地面を叩きながら言った。

 

 

「取り敢えず早く帰してくんねーか……こいつマジで死んじまうだろ」

 

 

「そうねぇ……あら、待ち人来たんじゃない?」

 

 

木々の上を飛び移る2つの影が集合場所に着地。服についた木の葉を払いながら言う。

 

 

「遅れてしまって申し訳ない! 撒くのに少々時間が掛かってしまった!」

 

 

「ハァ……だから無力化すれば良いと言った……」

 

 

「通信機持ってたから下手に粘られた方がしんどいの! というか、アンタは問答したかっただけでしょうが!?」

 

 

「えらいツッコミが板についてるなミスター……っと、お疲れさんだな俺」

 

 

「全くだ。尻拭いはこれで勘弁してほしいね」

 

 

「面目ない……」

 

 

更に荼毘の複製と、意識を取り戻していた素顔のマスタードが合流する。

 

 

本物の荼毘は複製を泥に変えながら声を押し殺す様にして笑った。

 

 

何にせよ───これで。

 

 

「帰ろうか。俺たちのアジトに」

 

 

目的は達した。

そして頃合いを見計らっていたかの様に、黒い靄が出現する。ヴィラン連合黒霧の個性“ワープゲート”。指定した座標間の移動を可能とする、極めて強力な空間干渉系の個性である。

 

 

「かーっ! もうちょい遊びたかったぜ」とマスキュラー。

 

 

「よく言うぜ。大分焦げ臭いぞ、お前。かなり雷撃を食らったんだろ」

 

 

「まあな。だがこんくらいじゃなぁ……物足りねーよ。本当は死ぬまでやるつもりだったんだから」

 

 

「イカれてるな」

 

 

肩をすくめる荼毘とマスキュラーが真っ先にゲートを潜ろうとした、その矢先。

 

 

 

 

 

空気を引き裂く甲高い音と共に、一筋の赤い線が2人の視界の端に映った。

 

 

 

 

 

「下がれミスター!」と荼毘が叫ぶ。

 

 

個性───“操血”。

自らの血を自在に操るという個性。その持ち主、ブラドキングの必殺技“ピアッシングブラッド”がコンプレスを狙っていた。

目的は言うまでもなく、爆豪勝己の奪還である。

コンプレスは荼毘の声を受け、必殺技を回避。直ぐにゲートへと向かう。

 

 

しかし。

 

 

「行かせるものかよ」

 

 

猛虎がその行手を阻んだ。

虎の個性、軟体。尋常ならざる柔性をもったその肉体は、あらゆる障壁をすり抜ける為の最適解を導き出す。

瞬きの内に連合メンバーの視界からすり抜けてコンプレスの正面に立った虎は、自身の体質を活かす為に編み出した“キャットコンバット”で掴み掛かった。

それを既の所で躱し、コンプレスが言う。

 

 

「ヘルプ、マスキュラー!」

 

 

「任せろ。ちゃんと本気でやるさ」

 

 

上鳴を荼毘に預けたマスキュラーが瞬時に肉体を黒く染め上げ、発条の様に脚を撓ませる。

 

 

発される威圧感が数十倍に膨れ上がり、虎とブラドキングは生物としての格の違いを突き付けられ息を呑んだ。

 

 

身動き一つで死ぬという直感を歴戦のプロヒーローに与える程の重圧の中、それでも2人は身体を動かした。

 

 

「大したもんだ。だけど死ね」

 

 

マスキュラーが足を踏み出そうとしたのと同時、暗闇から赤い双眸がそれを覗き込む。

 

 

「───カッケェじゃん。イレイザーヘッドだっけ?」

 

 

「そいつはどうも……!」

 

 

イレイザーヘッド、合流。

これで現場にはプロヒーローが3人。

数的有利はあるがイレイザーヘッド1人で発動型個性は制圧できる。マスキュラーという頭を抑えられれば、幾ら手練れのヴィラン達でも逃げ出すことさえ容易ではない。

 

 

それをヴィラン退治のプロが理解していないはずもなく、捕縛布は真っ先にマスキュラーへと向かった。

 

 

───マスキュラーはうちのエース! イレイザーヘッドの個性が切れるまで……!

 

 

───何としても死守する!

 

 

マグネとスピナーがマスキュラーとイレイザーヘッドの間に入ろうと動く。そこを。

 

 

「ハートビートファズ!」

 

 

耳郎が範囲攻撃で妨害。

援軍を許さない。

 

 

「ガキンチョ……!」

 

 

「上鳴たちは返してもらうから!」

 

 

戦況が混沌を極める。

しかし、不利なのは圧倒的にヒーロー側だ。

 

 

「髪が下りたら効果切れるんだっけ?」

 

 

戦いを成立させているのはイレイザーヘッドの個性である抹消。その弱点が割れている上、マスキュラーなら抹消の効果が消えた瞬間にイレイザーヘッドを撲殺できる。

 

 

───まずい、もう、目が……!

 

 

そして、脳無との戦闘で蓄積された疲労と渇きがその瞼を落とすまで、時間はかからなかった。

 

 

イレイザーヘッドの瞼が落ちる。

 

 

マスキュラーの個性が再び最大出力まで跳ね上がり、大地を蹴り砕きながら剛腕をイレイザーヘッドへ伸ばす。

 

 

虎とブラドキングにイレイザーヘッドのカバーに周る余裕はない。

 

 

当然、手練れのヴィラン2人を相手に立ち回っている耳郎はもっての他。

 

 

イレイザーヘッドが必死に身を捩る。

 

 

もう一度目を開けれれば戦況は保たれる。

 

 

しかし、その僅かな時間さえ今はなく。

 

 

万事休すかと思われた、その時。

 

 

プロペラの音がイレイザーヘッドの耳朶を打った。

 

 

顔を向ける余裕はない。しかし、視界の端で二機のドローンが暗がりに浮かんでいた。

 

 

───アレは、上鳴の!

 

 

それは上鳴が合宿先に一応持ち込んでいた、コガネを搭載したスタンドアローンで動くデバイス。

 

 

上鳴はマスキュラーに担がれた後、意識を失う直前に電磁波を投射してそれを遠隔で起動させていた。

 

 

動き出したドローンは上鳴の現在地に向かって施設から飛び立ち、その姿を確認した段階で到着を告げる為に電磁波を投射。それにより上鳴の意識は半ば強制的に呼び起こされた。

 

 

そして───上鳴によって予め電荷が付与されているドローンと、上鳴を結ぶ動線上にはマスキュラーとコンプレスがいる。

 

 

「とっておきだ」

 

 

帰還雷撃

 

 

バチリと音を立て───二筋の紫電が軌跡を描く。

 

 

イレイザーヘッドの眼前に迫っていたマスキュラーの拳が紫電に撃たれて動きを止め、もう一筋の稲妻がコンプレスを貫いて一瞬でその意識を奪い取る。

 

 

結果、コンプレスの個性は解除され、捕らえていた爆豪が宙に投げ出された。

 

 

そしてこの瞬間。

 

 

ヒーローにも、ヴィランにも二択が突きつけられた。

 

 

ヒーローは上鳴を助けるか否かを。

ここで無理をすれば全滅の可能性が高まる。もしそうなればヴィランの総取り。その上、ヴィラン側に退く理由がなくなり、広場の生徒らにも危険が及ぶことになる。

 

 

逆にヴィランには爆豪を取り返すという選択肢が生まれた。取り返すのはそう難しくない様にも思えるが、爆豪が捕まった状況と今とはまるで違う。

 

 

爆豪が空中に逃げればマスキュラーにしか追えず、仮に追えたとしてもその時点でイレイザーヘッドがフリーになる。

 

 

犯罪歴で格を定めるとすればマスキュラーにも引けを取らないステインは、刃物に血が付着しないように血液を操作しているブラドキングに足止めされていた。

 

 

しかし、ヒーロー側が攻めてこないのであればヴィラン側は退くだけでいい。負け筋を作らない様にするなら撤退が最善。仮に攻めてこられたとしても、マスキュラーがいる限り敗北はない。イレイザーヘッドさえ抑えられれば、マスキュラーが暴れるだけでヒーロー側は瓦解する。

 

 

プロヒーローは勿論、耳郎もヴィラン側もそれを瞬時に理解した。

 

 

唯一把握し損ねていたのは先程までコンプレスの術中に嵌っていた爆豪のみ。

 

 

爆豪の行動によって道は決まる。

 

 

戦闘か、逃走か。

 

 

爆豪の目が状況把握の為に忙しなく動く。

そして瀕死の上鳴が荼毘に捕まっている所を爆豪が捉えた、次の瞬間。

 

 

 

気が付けば爆豪の身体は前へ動こうとした。

 

 

 

 

しかし、それを。

 

 

 

 

 

「爆豪、みんなに、つたえてくれ」

 

 

 

 

 

上鳴の声がピタリと止めた。

 

 

 

 

 

「わるく、なかった」

 

 

 

 

 

それと同時、ゴキリと硬い物が砕ける音がした。

音源は爆豪。奥歯を噛み砕いた音だった。

そして爆豪は泣きそうな、悔しそうな、恨めしそうな───そんな表情を浮かべて叫んだ。

 

 

「目ェ、閉じろォッ!」

 

 

閃光。

両掌から放たれた眩い光がヴィラン達から視界を奪う。

光が止んだ頃にはもうヒーロー達の姿はなく。

 

 

「あらら。逃げられちゃったわね」

 

 

「見逃されたとも言えるがな……ったく。狸寝入りしてやがったのか、コイツ」

 

 

マグネと荼毘が胸を撫で下ろす。

その傍でスピナーが声を震わせながら言った。

 

 

「おい……マスキュラーの目が」

 

 

マスキュラーの白黒反転した目が上鳴を射殺さんばかりに睨め付けている。

ステインが刀を抜き、上鳴の前に立って言う。

 

 

「これを殺すというなら、辞めておけ。コイツは真の───」

 

 

「それ以上言うなよ、赤マフラー。テメェからぶっ殺すぞ」

 

 

マスキュラーは荼毘から上鳴を奪い取り、先に靄の中へと入っていった。

 

 

「認めねぇ……認めねぇぞ……俺は……」

 

 





拙作を読んでくださっている皆様、いつもありがとうございます。

本当はこの回で林間合宿終わらせて次回から神野に入りたかったのですが、次回が合宿のエピローグと神野のプロローグになってしまいました……キャラが多い……場面転換が増える……むずい……

あと、そろそろ曇るよという最悪の天気の子をしておきます(小声)
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