神野入りました!
神奈川県警察本部内。
そこに設置された対敵連合対策室の一角が敵連合強襲作戦本部と改められたそこで、現在ヒーローネットワークを介して急遽集められたヒーロー達が一同に会していた。
「エンデヴァー、休職中のところすまない。急なチームアップ要請に応えてもらい感謝するよ」
そう言って覇気を滲ませるのは、現役最強、比類なき英雄オールマイト。
対するエンデヴァーに普段の様な他を威圧する態度は見られない。
「別に貴様の頼みだから来たという訳ではない───焦凍に頼まれただけだ」
「轟少年が?」
「……ああ。友達が攫われたから、とな」
オールマイトを見ながらも、その背中の向こうにある何かへと視線を合わせているようなエンデヴァーに「むむっ」とオールマイトが唸る。
誰よりも苛烈で勇猛な男───それがオールマイトの中にあるエンデヴァー像だ。
後進育成の手腕や、事務所経営、サイドキックの運用などは自分より遥かに優秀で、自分を超える事件解決数をキープしている。
オールマイトにとってエンデヴァーは最も自分に近い位置の後輩でもあり、だからこそ苦言を呈する様に言ってしまった。
「らしくないんじゃないかい?」
ギロリとエンデヴァーの目がオールマイトへと向けられた。
───あっ。間違えちゃったやつだ。
内心で焦るオールマイトだったが、エンデヴァーは眩しい物でも目の前にあるかの様に目を細め、言った。
「どっちがだ……この一件も本来、お前1人でどうにでもなるだろう」
ビルボードチャートでいつも自分を射殺せんばかりの眼差しを向けていた男が見せる、濁り切った眼光にオールマイトは喉を詰まらせた。
しかし、それもほんの一瞬。目に光を戻したエンデヴァーが言葉を続ける。
「らしくないのはお互い様だということだ。心配されずとも仕事はこなす………後にしてくれと言われたからな」
「何の話だい……?」
「そこまで話す義理も理由もない」
No.1とNo.2の会話から発される不穏な空気に、全身をデニムで包んだ高身長の男ベストジーニストが声を上げる。
「すみませんが、お二人の空気は少し新人達には刺激的なようです。戦う前からダメージを負っていては、デザインを損なうだけでなく破けかねない……」
独特な言い回しだなぁとオールマイトは思いつつ、「すまない!」と元気よく言葉を返した。
この場に集められたヒーローの中には、まだデビューして2年ほどしか経っていない若手もいる。
巨大化する個性を持つMt.レディや樹木の身体を持つシンリンカムイはその個性の強さと近頃の実績を買われてこの場に来ていた。
───こわいっ!
ヴィランより身内に怯えてしまうのは、まだ新人気分が抜けない故か、それとも職業ヒーローの性なのか。
何にせよ集合の刻限になり、この室内に集まったヒーロー達が居住まいを正した。
そして刑事の塚内が説明を開始しようとした、その次の瞬間。
会議室の扉が開かれた。
「すんません。えらい遅れてしもうて」
そう言って入ってきたのは和装のコスチュームを纏う金髪の男だ。
「…………いや、早過ぎるくらいだ」
口をあんぐりと開けて放心した塚内が、言葉を返すまでに3秒掛かった。らしからぬ反応に塚内をよく知る者達も目を剥いた。
「知ってるか岳山」
「初めて見ましたよ。あのイケメン」
会議室が騒めく。
男はこの場にいるヒーローの中では全くの無名。にも関わらず、会議開始時間と同刻の入室である。社会人的には遅刻の様な物だ。
「おい塚内。この若僧を帰らせろ。1分1秒を争う状況下で遅刻してくるような者は作戦に必要ないだろう」
「待ってくれエンデヴァー。彼は元々会議に間に合う予定じゃなかったんだ。会議内容はリモートで共有し、作戦開始時に簡単に擦り合わすという話で───」
塚内のフォローを男は制し、言った。
「いやあ、すんませんなエンデヴァーさん。今回の招集受けて必死に用意したんやけど、出発に手間取ってしもうて」
「貴様では力不足ということだ、大人しく───」
「福岡からここまで来るのに、20分も掛かってしまいましたわ」
直線距離約870kmを所要時間20分で走破するのに必要な速度はマッハ2.19
神速を謳うに値するヒーローの名は“禪院”。
「で、遅れてきた俺が言うのもホンマ恐縮なんやけど……弟子攫ったカス共をぶちのめす作戦、早速教えて貰ってもええですか?」
その男、無名───ただし最速。
一方、敵連合が根城にしている、路地にひっそりと構えられた寂れたバー。
そのカウンター席に腰を下ろしている死柄木の前には、開闢行動隊の面々がある2人を除いて顔を揃えていた。
「……マスキュラーと先輩は?」と死柄木が荼毘に問う。
荼毘は溜息混じりに。
「あの2人は上鳴電気の所だ」
「あぁ……先輩は見張りか」
「らしいね」と荼毘は相槌を打ち、ウィスキーの入ったグラスを傾けた。カランと氷が音を立てバーの中に沈黙が満たされる。
全員が、死柄木からの言葉を待っていた。
作戦は成功に近い失敗。
上鳴を連れ帰る事こそ出来たものの、生け捕りに出来たとは言えない状態だ。
「両腕欠損、眼球その他全身に重度の火傷、血に雑菌が混じって訳分からん数の病気を併発……か。凄いな。これで生きてるってもう人間じゃないだろ」
叱責や癇癪の1つは覚悟していた面々だったが、死柄木は楽しそうに笑うだけだ。
「……それだけ、か?」とスピナーが恐る恐る聞く。
「うん? そりゃあこうなる前に止められたら尚良かったさ───だが、マスキュラーを止められる人間がここにいるか? 自分に出来ない事を他人に押し付けるのは良くない……俺だって学ぶんだぜ?」
先輩なら不意打ちでワンチャンあったかもなぁ、と呑気に話す死柄木からは、やはり怒りなど微塵も感じない。
死柄木のズボンの後ろポケットから大量の付箋が貼られた「猿でもわかるアンガーマネジメント」の新書*1がはみ出ていたが、それに気付けたのは黒霧だけ。そしてその事を口に出さず、内心に留めておける優しさが黒霧にはあった。
しかし、まだ疑う様に押し黙る面々に死柄木はこめかみをひくつかせた。第一印象のキレたナイフ感をまだ払拭できていないのだ。
死柄木は咳払いをしてから、理由を話し出した。
「上鳴電気は強過ぎた。ハッキリ言ってウチの戦力だと現状、マスキュラー以外では倒せない。で、コイツとオールマイトが並んで出てくるだけで俺たちは詰む」
「マスキュラーをサポートしても駄目なの?」とマスタードが言う。
「無理だな」荼毘がバッサリと切る。
「あのガキの身体強化は絶大な負荷を強いる……が、オールマイトのサポートをするだけならそんなリスクを背負う必要はねぇ」
「確かに。要所で雷撃を必中させるだけでマスキュラーでも動きが僅かに止まるし、筋肉の張り替えなんて隙をオールマイトが見過ごすとは思えないわ」
マグネが荼毘の言葉を補強し、マスタードも「なるほど」と引き下がった。
「………つまり、上鳴を仲間に出来れば状況がそのままひっくり返る」
分の悪い賭け───というほどではない。
何かボタンを1つ掛け違えていたら、上鳴電気はヴィランに堕ちた。そういう歪みを抱えた人間の筈だった。
死柄木が短期間でヴィランとして成長を遂げているように、上鳴もまたヒーローに近付いていたというだけの話。
「誤算だった。体育祭をマスキュラーと見た限りは2年前からそう変化してないって話だったんだが……」
今際の際、命の灯が潰えるか否かというその刹那───人間は取り繕う事を忘れ、剥き出しの本能を見せる。
生物である以上、大抵は己が身を最優先にする。あるいは自分の遺伝子を持った、自分より若い個体の生存を優先するだろう。それが生物という物だ。
だが、時折そう言った本能の軛から解き放たれた者がいる。
他人を救う為なら自らの身を使い捨てる者。
他人を傷付る為に悪事を厭わない者。
社会に迎合するか否かという違いはあるが、どちらも同じ破綻者である事に変わりない。
そして人々はその様なイカれた精神を持つ人間の中に、英雄や怪物の姿を見る。
「旧態依然とした人間の規格、モラル、それを守る為の舞台装置がヒーローとヴィランだ───そこに一石を投じるなら、こっち側に来た奴がいた方が説得力も出た」
死柄木が何気なくテレビの電源を入れる。
丁度、雄英の記者会見が始まるところだった。
「ま、そんな話はさておき……見ようぜ諸君。前祝いと行こう」
「この度、我々の不備からヒーロー科1年生40名に被害が及んでしまったこと。ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り社会に不安を与えたこと。謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」
無精髭を剃り、髪を整髪剤で纏めてスーツに袖を通した相澤を中央に、その両サイドを根津とブラドキングこと管赤慈郎が固める。
揃って頭を下げる3人にカメラのフラッシュが降り注ぐ中、メディアからの質疑応答が始まった。
真っ先に相澤達に投げかけられたのは、この手の会見ではお約束とも言える質問。
「今年に入って4回。雄英高校の生徒がヴィランと遭遇しています。生徒に被害が及ぶまでに各家庭にはどのような説明をされていましたか? また、具体的にどのような対策を行なってこられたのかを改めてお聞かせください」
雄英はヴィランに対し、一貫した態度を取ってきた───それは態々確認するまでもない周知の事実である。
しかし、不祥事があればそこを突かれる。
“できていないじゃないか”
マスコミは時に、その会見を見ている視聴者にそう言わせるためだけに無意味な質問をする。何故かは言うまでもないだろう。
それでも答えなくてはならない。
根津が語る。
「周辺地域の警備を強化し、校内の防犯システムを再検討。強い姿勢で生徒の安全を保証する……と説明しておりました」
強固な姿勢。雄英の防衛設備の一新。
対応としては何1つ間違っていない。
ただ、見誤った。
オールマイトが平和の象徴と呼ばれるようになるまでに組織犯罪の大半が駆逐された。彼が君臨してから20年以上も経過しており、今若者と呼ばれている人間は物心がついた頃から象徴の庇護下にある。
大規模な組織的な犯罪が消え、それだけの月日が流れた今───かつてのノウハウは日本の治安維持機構から殆ど失われている。
だから対応が遅れた。
備える期間があると認識してしまった。
オールマイトが怖い筈だと無意識のうちに決めつけていたのだ。
彼らはもう、必要以上に象徴を恐れていないというのに。
別の記者が立ち上がりマイクを片手に問う。
「生徒の安全と仰りましたが、イレイザーヘッドさんら複数名のプロヒーローが連名で事件の最中に生徒に戦うよう促したそうですね。意図をお聞かせください」
「私共が状況を把握できておらず、最悪の事態を避ける為、私主導で指示を出しました」
「最悪の事態とは? 40名の内、多数の重傷者と1名の拉致は最悪とは言えませんか?」
記者の返しに相澤は冷静に言葉を選ぶ。
「私があの場で想定した最悪とは生徒がなす術なく殺害されることでした。被害の大半を占めたのはガス攻撃。敵の個性から催眠ガスの類だと判明しています。仮免保持者を中心に、一部生徒らの迅速な対応のおかげで全員命に別状はありません」
「命の有無が問題であると」
眉を顰める記者に根津が言う。
「メンタルケアも行っておりますが、深刻な心的外傷などは見受けられません」
「そうですか───では不幸中の幸いだと?」
「未来を侵されることが最悪だと考えております」
記者は眉間に深い皺を作ったまま、溜息混じりに言った。
「拉致された上鳴くんに関しても同じ事が言えますか?」
相澤も、管も、根津も喉を詰まらせた。
記者はメモ帳を見ながらつらつらと言葉を重ねる。
「上鳴くんは雄英入学前に史上最年少となるヒーロー仮免の取得を果たし、その1ヶ月後には指定敵団体、旧天忠會の構成員を一斉検挙。それからも他多数の検挙実績があります。USJ襲撃事件では500人超の犯罪者を彼1人で対処し、その後に行われた体育祭では優勝……常人離れした経歴はあのオールマイトをも彷彿とさせます」
しかし、と記者はそれを前置きに変えた。
「国際職場体験でアメリカに向かった彼は、現地の法律では問題ないとは言えヴィラン1人を殺害しています」
会場が騒つく。
アメリカの捕物でヴィランが死ぬことは然程珍しい話ではない。日本においてもエンデヴァーなどは、現地戦力では周辺地域に被害を出さずに対処困難な凶悪犯を已むを得ず殺害するケースがある。
しかし、それを仮免保有者とは言え一介の学生がやってしまうとなると───問題がある。
「その件は今回の一件には全く関係がない。スターアンドストライプを含む現地ヒーローや警察関係各所からも、問題はないと返答をいただいています」
「問題は彼がヴィランの殺害を既に選択肢に入れられる、という点です。まだ高校1年生の少年がですよ? 体育祭でも彼は対戦相手に小さくない怪我を数多く負わせ、自身も大怪我を幾度も負っていますね?」
質問ではなく、事実を確認する為の詰問。相澤達は頷くしかできない。
「調べてみたところ───彼は4歳の頃に個性事故で脳に異常が見られる大怪我を負っていました。彼がその頃、痛覚の麻痺やアドレナリンの増大から医師から余命15年と告げられた事はご存じでしょうか」
会場のどよめきが大きくなる。
司会進行役が「静粛に!」と声を張り上げるが、焼石に水だ。
「私独自の調査によるものですが、当時上鳴さんが入院していた病院に勤めていた看護師複数名にインタビューをしたところ、彼が体質改善と称された暴行を受けたことが明らかになりました」
そうしなければ死んでしまうなどと───誰も思わない。医学から掛け離れた荒療治である事は主治医であった善院も認めるだろう。
「私は耳を疑いました。彼は10年に及ぶ病院生活で4桁回数の全身骨折を経験していたのですから。更には致死量の電撃を浴びせられ、リハビリと称された暴行が毎日の様に行われてきた………これで人格が歪まない方がおかしい」
話をすり替えるなと、相澤は喉まで来たそれを抑え込む。声を荒らげればそれだけで不利になる。
机の下で握り込まれた拳は、爪が皮膚を突き破って肉に食い込むほどに固くなっていた。
記者の口は止まらない。
「今回の一件で彼が誘拐されたのは、敵連合を名乗る輩がその人格の歪みや抑圧された凶暴性に目を付けたとしか考えられません」
そして。
「もし彼がヴィランによって言葉巧みにかどわかされ、悪の道に染まってしまったら? それでもまだ未来があると、そう言い切れる根拠をお聞かせください」
相澤は立ち上がった。
雄英が記者会見を開き、それを敵連合が鑑賞している頃。
オールフォーワンは顎に手を添え、個性を引き抜こうとした矢先に目の前で起こった奇怪な出来事について思案していた。
「ふむ……興味深いね」
臓器移植を受けた
記憶転移、そう呼ばれている事例である。
反証は数多あり、そもそもドナー親族とレシピエントの接触は禁止されているため、確認を取った事例は殊更に少ない。
ことの正否を調べる術は超常の発生に伴い絶大な進歩を遂げた生体科学の知見を持ってしても、現段階では不可能。
しかし、オールフォーワンは言う。
記憶転移は実在する、と。
他人の個性を奪うという個性をより細かく言えば、他人の個性因子を抜き取り自らに蓄えるということ。
個性因子には遺伝性があり、DNAと密接な関係があることは既に明らかになっている。
個性因子の移動は臓器移植と何ら変わりない。
「最初は殺した人間を思って感傷に浸るような人間性がまだ僕にも残っていたのかと、そういう感慨深さもあったが───如何せん、数が多かった」
奪ったモノ。
捧げられたモノ。
皆一様にオールフォーワンに何らかの記憶を見せた。
時には恨み言を叫びながら襲いかかってくる様なモノもあったが、決まってそれは敵対者から奪った良個性の類だった。
「気になったから調べてみたら大当たりだった。因子には記憶が宿る………いや、少し違うな。強力な個性、他と隔絶した自我を持つ者は因子に人格を宿していた」
「だが、ある例外を除いて僕の支配を拒めた者はいない」
オールフォーワンの視線の先。
白い中華風の戦装束を纏い、水色の髪を電極の様に結った青年が興味なさげにその話を聞いていた。
「馬鹿は要約できないから話が長い───そんなに気になるか? 自分が個性とやらを引き抜けず、
空を分厚い雲が覆い、血生臭い風が原っぱの若草を揺らす。
青年の言葉にオールフォーワンは口角を上げ、言った。
「ああ、気になるとも。これは凄いことだ。長い人生の中で2度しか体験したことがない。しかも1度目は殆ど何も出来ずに叩き出された……が、今回は客として招かれた様なもの」
「招いてねぇよ。勝手に押し入ってきたんだろうが」
ぺっと唾を吐く青年にオールフォーワンは無邪気な子供の様に笑う。
「だが……僕も暇じゃない。君の話は後でゆっくり、僕の中で話してもらおう」
じわり、じわりとオールフォーワンの背後から闇が湧き出る。数多の色が混ざり合って生まれた汚泥の様なそれを見た青年の眉間に、深い皺が刻まれる。
そして。
「おい」
曇天から降り注ぐ紫電が、世界を侵そうとしていた闇の尽くを焼き払った。
「自分を客だって言うんならよ───」
草を踏み分けながら青年は言う。
「手土産の1つくらい、当然あんだろうな?」
転瞬、オールフォーワンの右腕が弾け飛んだ。それに次いで雷鳴が2人の耳朶を打つ。
顔が潰れていても分かるほど呆けた表情のオールフォーワン。
青年が人差し指を天へと向けると、その顔は吸い寄せられる様に指し示された場所へと向かった。
「自分が今どこにいるのか忘れたか?」
ここは青年の領域である。
オールフォーワンがハッと意識を戻した時には、もう遅かった。
曇天が唸る。
身動ぎをしたオールフォーワンの真隣に雷が落ち、その余波で身体が焼け、足の先から頭の天辺までを電流が駆け抜けていった。
───任意の地点への、雷撃! それだけじゃない! これは天候操作、いや帯電の応用で周囲の電位差をコントロールしているのか!? 何にせよ単一個性の領分を遥かに逸脱している……!
戦慄を露わにしながらも、悪意は止まらない。
「ますます欲しいね!」
オールフォーワンの右肩から先端に人面を備えた触手の様な物が生え、大顎を開いて青年へと伸びる。
「悪くない」
青年はそれを紙一重の所で避け、踏み込んだ。
砂塵が舞って草原が激しく揺れる。
次々に自身へと迫る触手を躱し、青年が目指したのは───オールフォーワンの右腕。
「
青年が拾い上げたそれが空気に解けるように消えた。
その瞬間、オールフォーワンは自身が保有する個性が1つ内側から消えたことを理解した。
「馬鹿な……!」
「昔、偉い奴が言ってたよ……“奪っていいのは、奪われる覚悟がある奴だけだ”ってな」
青年は縄跳びでもする様に軽くその場で跳び、手を握ったり開いたりしながら調子を確認。不敵な笑みを浮かべ、再び拳を構える。
───恐らく、僕の個性による干渉を逆手にとったのだろう……この状況といい、未知の経験だ。
オールフォーワンは考える。
あり得ないことではない、と。
オールフォーワンの個性は対象に手で触れることで発動し、掌に備わった
仮にオールフォーワンの因子をA因子、奪われる側の因子を仮にB因子とする。
孔を通してA因子が相手の体内に侵入、そのDNAを解析、遺伝子に含まれるB因子を一度A因子へと置換し、B因子を侵入経路を通してオールフォーワンへと移動させる。
そしてA因子はB因子の移動が完了次第、同じ通路を辿って再びオールフォーワンへと戻る。
唯一支配を拒絶できるワンフォーオールなどは、A因子を意思力により侵入経路を通して押し返している。
今回の場合、拒絶はされていないが因子の置換を行えていない。上鳴電気の体内でB因子がA因子に対し、免疫反応の様に攻撃を仕掛けている為だ。
───細胞単位で“帯電”の個性を制御している人間だ。侵入経路を利用して僕の頭に微量の電気エネルギーで信号を送信することだって出来るだろう。
「無理矢理僕の脳に個性を付与させるように信号を送ったのか……その身体でよくやるよ」
笑ったのは青年だけでなく、オールフォーワンもそうだ。
───しかし、まだ慌てる状況ではない。幸いにも今奪われた個性は、今筋君に渡した“ストレス”の複製段階で生まれた物だ。アレは肉体への負荷を力に変えられない完全なる下位互換。つまるところ……
「大外れだ」 「大当たりだ」
2人の声が重なる。
「そうだよな。お前らは知らねぇか」
負の感情を力の源にしたエネルギー。
それは青年にとって、非常に馴染み深い物であった。
「こういう感覚だったんだろうな………滾る呪力でトブってのはッ!」
オールフォーワンの知覚は常人のそれよりも鋭い。赤外線、X線、電波などをはじめとした幾つもの個性を複合させることで、目や耳で感じていた時以上の精度を得ていた。
その超人の感覚が反応できない速度で、青年がオールフォーワンの顔面に拳を叩きつける。
困惑。
オールマイトと戦ってもこうはならないだろうという直感。
何故という疑問がその心中を埋め尽くす中、青年が言った言葉がふとオールフォーワンの脳裏を過った。
“自分がどこにいるのか忘れたか?”
「………ッ!?」
「さっきからずっと、トロいんだよッ!」
外界の出来事を知覚する為に個性を使っていたのが仇となった。オールフォーワンが引き摺り込まれたこの場所は文字通り青年の体内。あらゆる個性を簒奪する力に意思力のみで拮抗し、それどころか食らいついてくる怪物が───自分の世界であるこの場所に、干渉できない筈もなく。
「最初から謀っていたというのか! この僕を!」
オールフォーワンの認知を歪めることなど造作ない。
「騙される方が悪いだろ」
青年がオールフォーワンの身体を引き千切る。
蓄積した個性が剥がされ、世界に溶け、青年へと還元されていく。
今のオールフォーワンの体には、オールマイトを現役から退かせる為に必要な最低限の個性しか積まれていない。
───赤外線とX線を取られた。
ただでさえ鈍かった感覚がまた1つ鈍る。
前代未聞の窮地。
殴られる度に因子が痛むのを感じる。
個性因子の侵入経路を通して、青年がオールフォーワンの全身に夥しい電気エネルギーを流し込んでいるからだ。
奪う側の絶対強者が奪われる側へと落ちる。
正にその認知が反転した、刹那。
「煩わしい」
オールフォーワンの意識が切り替わった。
今彼の身体にある個性群は、その全盛期と比較して何千分の一以下にしかならない。
力の総量とそのバリエーションには天と地ほどの差がある。
しかしそれでも、オールマイトを現役から退けることができる。つまり、活動時間を削り取る為に必要な力だけは確保してあるということ。
爆発的に増大した筋繊維から無数の鋲が伸び、青年に距離を取らせる。
弱体化し不利な状況にあったとしてもあのオールマイトに準ずる力があればひっくり返せる。
「悪くない」
その甘えた考えを叩き潰す様に、稲妻が吼える。
天から降り注ぐ紫電はあらゆる反応を許さない。
肉が焦げ、筋肉が緩む。再生能力の類は積んでおらず、肉体の耐久性を上げるような物は殆ど外してきていた。
「良くもない」
オールフォーワンはこれで理解させられた───今の肉体では勝ち目がない事を。
「………認めよう。今回ばかりは僕の敗北だと」
オールフォーワンは雷の化身と成った青年を見て、己の敗北を受け入れた。
───簒奪を止めればいい。個性を奪われる心配もなくなるし、何よりこれ以上のダメージは作戦に支障をきたす。
黒霧のワープゲートの様な靄がオールフォーワンから噴き出した。
三十六計逃げるに如かず。ここでの敗走は計算外ではあったが、大局を左右する様な物ではない。所詮は下位互換が1つと、まだストックがある知覚補助用の個性を幾つか奪われただけに過ぎない。
───1枚の青写真に固執するのは良くない。切り替えよう。彼の個性はその制御に尋常ならざる技量を求められる。それは他の個性で補えるし、 出力の高さと利便性も踏まえワンフォーオールへのカウンターになり得たが……代替案がある以上、この体に残った価値には及ばない。
オールフォーワンは冷静だった。
取り乱した様に見える言動も、その全てが相手に「勝てる」と思わせる物でしかない。最強と呼ぶに値する力を持ちながら、心の隙を狙う蛇の様な男。それがオールフォーワンの強み。
しかし
「闇より出でて、闇より黒く。その穢れを禊ぎ祓え」
「何だ……?」
違和感。
個性の行使を止めた筈なのに、この空間から出られない。その事実がオールフォーワンの足元から冷気となって、その心胆まで凍えさせる。
「もう遅いんだよ」
世界に帳が降りる。
よりにもよって、呪力に近しい性質を持った個性を奪われてしまったのが運の尽き。青年はその力でかつて見た術の一端を再現して見せた。
帯電でも、奪われた個性のどれとも合致しない現象にオールフォーワンが舌を巻く。
「お前は───何者だ」
口を突いて出たオールフォーワンの問いに、青年は端的に答えた。
「鹿紫雲だ」
青年の名は鹿紫雲一。
400年前に“雷神”と謳われた呪術師の
感想欄に書き込んでくれた考察ニキネキ達、ありがとうございます!
一応「もしかして鹿紫雲おる?」ってチラッとでも思って貰える様にこれまでちょこちょこそれっぽい匂わせを出している(つもり)ので、やること無さすぎて虚無になっている時にでも良かったら探してみてください。
オールフォーワンの個性はアニメ見てる時に感じたことを自分なりに落とし込んだ独自設定マシマシのヤツです。詳細欲しいよ。
今回は濁り目エンデヴァー、日本縦断ホカホカ善院先生、マジギレ5秒前ヘッド、鹿紫雲と盛りだくさんになりましたが、次回は未定です。