雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.61 神野事変 -弐-

「名前を聞いてるんじゃないよ」

 

 

ヘラヘラと笑う鹿紫雲にオールフォーワンが右手の掌を向ける。膂力増強の個性により肥大化した腕が発条の様に伸縮、空気を押し出した。

 

 

「ピキんなよ魔王様……っと。初見だな」

 

 

ひらりとそれを躱した鹿紫雲を、オールフォーワンは追えていない。それ故に手当たり次第に大気砲を連発する。

 

 

「近づけたくないって考えだろうが、甘過ぎる」

 

 

鹿紫雲が生前、自分の手で行った“戦闘”はルールに則った格闘技が精々であり、正味な話この様な状況で役に立つ物ではない。

 

 

彼が立ち回れているのは偏に、雷神が自分の身体を使って多くの呪術師を殺め、そして最期に“呪いの王”両面宿儺と戦って死ぬまでを見てきたからだ。

 

 

肉体が体験した超一流の呪術戦闘を自分の物にする事は至難の業であったが、幸い転生してから時間は腐るほどあった。

 

 

鹿紫雲が砲撃の合間を縫ってオールフォーワンへと肉薄していく。

 

 

───拾えたのは仮称“呪力”、“赤外線”、“X線”か……まだまだこの身体に合うヤツ持ってんだろ。

 

 

生前の鹿紫雲、雷神に身体を明け渡すまでの彼はジャンプをよく読んでいた。

 

 

尤も、気に入った漫画を読んでいるだけのライト層である。幼少期や思春期の頃から親しんだ作品が連載を終えれば、その時点で特に気になる作品が無ければ読むのを辞めるだろうという人間。

 

 

しかし、その数少ない読み込んでいる連載作品の中に、『僕のヒーローアカデミア』は存在していた。

 

 

当然、オールフォーワンのスタンスや保有しているだろう個性にも予想はつく。

 

 

───音波、電波の類。そしてそれを補強する個性。この3種類は最低でもここで剥ぎ取る。時間は……そんなにない、か。

 

 

鹿紫雲に残された自由な時間というのは然程長くない。

 

 

生後間もない赤子の脳はまだ未発達で鏡像認知すらままならない。そんな状態の脳に完成した自我を許容できる容量がある筈もなく、本来なら上鳴電気という自我が形成される頃には、既に消滅していた筈の人格だった。

 

 

個性因子という寝台列車があり、更に受肉による肉体支配権の奪取を受けて尚変わらない強靭な精神力があったからこそ消滅を免れ、呪いの全てを失った今も形を保っていられた。

 

 

だがこうして表に出てくる必要が生じた以上、これまで通りとはいかない。

 

 

1つの身体に2つの人格など正常ではなくいずれ破綻するのは目に見えている。

 

 

それを示すかの様に、既に主人格である上鳴に目覚めの兆候があるのか世界が揺らぎ始めているのを鹿紫雲は感じ取っていた。

 

 

故に───鹿紫雲は疾る。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

接敵、からの目にも留まらぬ拳打の三連撃。

鹿紫雲は苦悶の声を上げるオールフォーワンに掴み掛かり、喉笛に喰らいついて咬み千切った。

 

 

「……!」

 

 

噴き出す鮮血に混じって幾つもの個性が流れ出す。

 

 

足りない。

ならばと更に紫電を纏わせた手刀でオールフォーワンを袈裟斬りにし、因子流出のキッカケを生み出していく。

 

 

全身に返り血を浴びた鹿紫雲が口角を吊り上げ、牙を剥く。

 

 

必要な道具が揃った事の確信。

 

 

そして───

 

 

「本番前の試運転だ。簡単に死んでくれるなよ!」

 

 

喉元を手で抑えるオールフォーワンから離れた鹿紫雲が、身体から膨大な呪力を溢れださせる。

 

 

感覚器官の代替として使っていた個性を欠いて尚感じる絶大な圧力に、思わずオールフォーワンは感嘆の息を漏らした。

 

 

───彼は僕を弱体化させようとか、強個性を奪おうと画策していた訳じゃなかった。最初から明確なビジョンがあって、そこに至るのに必要な最後のパーツを僕から得ようとしていたのか!

 

 

「■■解放」

 

 

転瞬、獣の産声と共に世界の一角が崩壊する。

 

 

吹き荒ぶ雷は世界に亀裂を走らせ、咆哮が全てを塵へと変えていく。

 

 

オールフォーワンは自分が夢に描いた魔王の形に重なったその姿を見て、ある種の感動すら覚えた。

 

 

───僕から引き抜いた因子を帯電に絡めつつ、ストレスの下位互換で出力を大幅に上げたか。ただ膨れ上がらせるだけでなく、しっかり抑し、束ねている………素晴らしい。これをまだ手に入れたばかりの個性でこなす事がどれだけ難しいか。今筋くんが2年掛けて未だ辿り着いていない位階に、彼は一瞬で到達している。

 

 

 

 

 

「天晴れだ鹿紫雲くん。生涯、君を忘れることはないだろう」

 

 

 

 

 

───だからこそ、実に惜しい。

 

 

 

 

 

「その姿を……現実でも見たかったよ」

 

 

 

 

 

オールフォーワンが嗤う。

堪えきれないと言わんばかりに。喉から溢れ出る血など最早、どうだっていい。

 

 

「君の力で、君の世界が壊れる事などない……ドクターが上手くやってくれたようだね」

 

 

その姿が陽炎の様に揺らぐ。

 

 

「これは今回に限った話ではないんだが、僕が彼の前で個性を引き抜く時は必ずこう伝えてあるんだ……異変を感じたら直ぐに僕と対象を引き剥がし、対象の()()()()()()()()()とね」

 

 

「───チッ。くだらねぇ事しやがって」

 

 

「その個性群は僕からの餞別だ。それじゃあさようなら。もう2度と会うことのない、名もなき最強」

 

 

オールフォーワンの姿が掻き消える。

 

 

鹿紫雲は不完全燃焼に終わったそれを中断し、調子を確かめる。

 

 

「………まあ、()()()()()()()()()()()

 

曇天が裂け、血の様に赤い空が顔を出す。

洛陽を迎えた世界へオールフォーワンと入れ替わる様に現れたのは───上鳴電気。

 

 

「あ? どこだここ」

 

 

呆けた顔で辺りを見回す上鳴に、鹿紫雲は言う。

 

 

「詳細は省くが……お前は死ぬ」

 

 

声を掛けてきた自分を見て固まる上鳴に、鹿紫雲は懐かしいものを感じながらニヤリと笑った。

 

 

「だから選べ、小童。ここで死ぬか───俺に身体を明け渡すかをな」

 

 

そして、かつて雷神から言われた言葉をそのまま投げ掛けた。

答えは分かりきっている。

 

 

「ざけんな。誰が渡すか」

 

 

「なら………やるべき事は1つだけだ」

 

 

上鳴が咄嗟に拳を構え、鹿紫雲がゆっくりと腰を割る。

 

 

「っ!?」

 

 

「何をそんなに驚いてんだ。誰の記憶を元にして自分の戦闘スタイルを確立したんだよ、お前は」

 

 

上鳴は善院との鍛錬の最中に段階的に思い出した鹿紫雲の記憶を元に自身の戦闘スタイルを構築していったと言っても過言ではない。*1

オリジナルは間違いなく鹿紫雲。多少の違いはあれどそれは体格差故の物で、両者の構えはほぼ鏡合わせとなった。

 

 

上鳴が青い電光を纏い、鹿紫雲から紫電が奔る。

 

 

開始の合図はなく、示し合わせたように駆け出した両者が腕を突き合わせ───互いを弾く様にして距離を取った。

 

 

「スペックは互角、なんて甘っちょろいこと考えんなよ!」

 

 

鹿紫雲がわざとらしく呪力を立ち昇らせて言った。

 

 

「先ずは俺とお前の違いを教えてやる!」

 

 

その言葉に上鳴は目を輝かせた。

 

 

「おい」

 

 

死の間際であるという自覚はある。

残された時間が少ない事も、この戦いに負ければこれまで得た物を失う事も───全て分かっている。

 

 

それでも。

 

 

「あんまりワクワクさせんなよ?」

 

 

強敵を前に高揚を抑える事などできない。

こうして、上鳴の命をかけた挑戦が幕を上げた。

 

 

 

 

 

場所は変わり───地下。

 

 

仰々しい生命維持装置に繋がれた上鳴の前で、オールフォーワンが血を吐きながら片膝を突く。

 

「大丈夫かオールフォーワン!? 早くストックの“超再生”を!」

 

 

側に控えていた白衣の老人が、脳みそに足が生えただけの小さな脳無を呼び寄せる。オールフォーワンは無事な左手で脳無を掴み、そこに保管してあった“超再生”の個性を回収。今しがた出来た怪我を元に戻してから、再び脳無へと個性を戻した。

 

 

「悪いねドクター、助かったよ……全くもってふざけた存在だ、この少年は。まさか精神世界でのダメージがここまで現実に影響するなんてね」

 

 

超再生は既に治った怪我、古傷の類には効果がないだけで今の様に傷付いたばかりであれば再生する。オールフォーワンがその気になれば上鳴を治す事は容易い。

個性を抜き取り治療を施し、上手く懐柔できそうならば複製した個性を戻してから、死柄木にその身柄を渡すことも視野に入れていた。

 

 

その結果がこの有様である。

 

 

危うく死ぬ所だった。それがオールフォーワンの率直な感想だ。

 

 

「最早直接触れる事さえ恐ろしいね……彼の生命維持装置を止めて何分経つ?」

 

 

「まだ3分じゃのう」

 

 

「……3分も拘束されていたのか」

 

 

オールフォーワンの脳裏に鹿紫雲の顔が過ぎる。あれはヒーローともヴィランとも違う何か。オールマイトとはまた別のベクトルの天敵。

今度引き摺り込まれたらそれこそ命はない。

そんな確信さえもオールフォーワンの中に芽生えていた。

 

 

「彼が死ぬまであとどれくらい掛かる?」

 

 

「ざっと30分じゃ」

 

 

オールフォーワンは思わず黙った。

ドクターは首を振った。

 

 

()()()()()()()()()()()()、雄英に入ってから明らかに人間離れが進んどった。脳の電気信号に干渉するなんぞ帯電の範疇じゃなかろうに……細胞単位での微細な放電コントロールを無意識レベルでやっとるんじゃよ、この小僧は。ハッキリ言って異常じゃ。現代医学で此奴を測ることはもうできん」

 

 

「ふむ……懸念はあるが彼だけに拘っている訳にはいかない。弔達の様子も気になるしね。死んでもらえるならこのままでもいい」

 

 

「あいわかった。次はストックの補充じゃな? 黒霧に連絡するぞ」

 

 

「助かるよ───あと念の為だ。予定より少し多めに持っていこう。出来立ての物で構わない。幾つか見繕っておいてくれ」

 

 

「確認しておこう」

 

 

 

 

オールフォーワンと鹿紫雲の邂逅が終わり、上鳴の挑戦が始まった頃。

 

 

外では事態が着々と進んでいた。

 

 

「先ずプロヒーローの班は二手に分ける。上鳴くんの救出をメインにしたベストジーニスト班。それから敵連合の主軸、今回雄英の林間合宿を狙った実行犯が多数居るだろうと予想されるアジトの強襲だ」

 

 

塚内の指示が無線で走る中、作戦待機位置にまで移動したベストジーニストが小声で善院に話しかける。

 

 

「久しいな。現役に戻ってるなら一声掛けてくれても良かったんじゃないか?」

 

 

「すんませんね、袴田さん。ちょいと秘匿性の高い調査をやっとったもんで」

 

 

ベストジーニストは直接の先輩でこそないものの、善院が学生時代に世話になっていた雄英の卒業生である。

 

 

「そうか………では、上鳴電気の居場所はどうやって突き止めた?」

 

 

「古い友人からの連絡ですよ───あまりにしつこく電話掛かってきたもんで、今それどころやないってキレたろう思っとったら、とんでもない情報を流してきよったんですわ」

 

 

「ほう。アメリカの彼女かい?」

 

 

「言い方になんか悪意あらへん? アメリカである事は否定しませんがね………とにかく、まさか弟子が発信機胃に入れたまま誘拐されるとは………」

 

 

経緯としては上鳴が拉致された事を知ったスターが耳郎から直接話を聞こうと電話を掛け、そこで八百万が上鳴に発信機を渡していた事が判明した。*2そして、スターからオールマイトに普通の連絡が行き、更に善院に鬼電が行われた。

 

 

「発信機作ったのが頭の良い子で助かりました───どこに内通者がおるか分からん以上、オールマイト以外には情報を渡せないって判断……中々学生には難しいやろ。普通担任あたりに相談しますしね」

 

 

「……担任の人徳に問題があったのか?」

 

 

「んな訳ないでしょ。相澤くんですからね。作った本人からも耳郎さん経由で話聞きましたが、むしろ相澤くんが報告せなアカン相手とか職員会議の場の事を気にしとったみたいですわ」

 

 

そうして発覚したのが、バーから約5km離れた場所にある貸し倉庫だった。

 

 

「後は電撃作戦───何もさせへん。最高速度でぶちのめすだけや」

 

 

ゴキリと首を鳴らすヒーロー禪院にベストジーニストは「相変わらずだな」と目を細めた。

 

 

「まあ、余程のことがない限り大丈夫やろ。木っ端に負ける布陣やあらへん」

 

 

禪院が待機しているヒーロー達を見遣る。

ここに集まった面子も、アジト強襲班には一歩劣るが錚々たる顔ぶれだ。

 

 

No.4 ヒーロー、ベストジーニストは現代人相手には相当な拘束力を発揮する“ファイバーマスター”の使い手。指揮能力やカリスマ性も高く、司令塔としては文句のつけどころがない。

 

 

No.10のギャングオルカは鯱の異形型であり、単純な身体能力の高さもさることながら音波による索敵と攻撃を可能とするオールラウンダー。間違いなくこの班の中核を担う存在。

 

 

プッシーキャッツの虎は軟体を活かした格闘戦に目が行きがちだが、本業は人体では入り込めない様な狭所や入り組んだ場所にいる要救助者の探索である。それは必然的に潜入調査などにも活かされる。

 

 

破城槌が如く敵拠点を破壊できるMt.レディは、新人ながらも単純な攻撃力ならばトップヒーローレベルの女性ヒーロー。使い所は難しいが、質量によるパワーの差は押し付けられたら最後、覆せるのはそれこそオールマイトの様な存在に限られる。

 

 

そして、とにかく速い禪院。

 

 

───問題はUSJに出たっちゅーオールマイト級脳無と敵の大将。デンキくんとやり合うたマスキュラーやな。コイツらが出てきたら俺が先陣切らなアカン……エンデヴァーはこっちに回して欲しかったのが本音やね。

 

 

その辺りの擦り合わせにはトップシークレットが絡む上、魔王が出てくる可能性が高いのは死柄木達がいるアジトだ。オールマイトが居れば出て来ざるを得ないという判断に対し、有効に切り返せる手札が禪院にはなかった。

 

 

「一流と呼ばれる人間は事の成否を他者に委ねない。久しぶりの現場だろう。気負うなよ、禪院」

 

 

「………そうやね、先輩」

 

 

「ああ───時間だ」

 

 

その時、突入の時を待つプロヒーロー達に警官の1人が声を張り上げた。

 

 

「連絡入りました! Mt.レディ、お願いします!」

 

 

「はいっ!」

 

 

開戦の号砲となるMt.レディの一撃が、格納庫の屋根と壁をぶち破った。

 

 

 

 

 

連合のアジトとして機能してきた路地裏のバー。

今やその壁は大きく崩れ、4人のヒーローが雪崩れ込んでいた。

 

 

「おいおい………ドアから入ってきてくれよ礼儀知らずめ……敷金返ってこないだろうが」と死柄木。

 

 

ヒーローの不意打ちに困惑する連合メンバーを突入メンバーの拘束担当“シンリンカムイ”の必殺技、ウルシ鎖牢が固く縛る。

 

 

しかし、シンリンカムイの身体は樹木であり荼毘ならば簡単に拘束を解ける。死柄木が目配せする頃には荼毘はもう青い炎を激らせ始めていた。

 

 

「逸んなよ。大人しくしておけ」

 

 

そこを、古豪グラントリノがカバーした。強烈な蹴りが荼毘の下顎部を強かに打ち、その意識を刈り取る。

 

 

───速い。

 

 

死柄木は舌打ちした。

 

 

グラントリノの個性は取り込んだ空気を足裏の排気口から勢いよく噴射することで速力を生みだす。シンプルで強力な個性から繰り出されるそのスピードは、老いによる衰えをまるで感じさせない。

 

それでも死柄木弔は冷静だった。

 

 

アジトに突入してくるだろうという事は分かっていた。黒霧が確保した上鳴を研究所へ送り届けた後、程なくしてドクターから「こやつの胃に発信機が入っとるんじゃが!?」と通信が来ていた。

 

 

「トゥワイス、黒霧」

 

 

故に指示は決まっていた。

 

 

「血祭りの時間だァ!」

 

 

林間合宿で猛威を振るった血狂いマスキュラー。その複製が一体、拘束されていたトゥワイスによって瞬時に作成される。

シンリンカムイの樹木がマスキュラーへと向かうが、マスキュラーはそれを小枝でも折る様に力業で粉砕。血走った目をオールマイトへと向けた。

 

 

「気になるなァ、平和の象徴の血の色がよォッ!」

 

 

「赤色さ、普通にね!」

 

 

剛腕が撓みながら黒く染まり、繰り出された拳が衝撃波を伴ってオールマイトへ向かう。

 

 

オールマイトは拳の側面を叩き力の向きを逸らし、逆の手で無防備なマスキュラーの脇腹へと貫手を放った。ストレスにより強化された筋繊維による防御も意味を成さない、極めて殺意の高い一撃。

 

 

「DELAWARE………SMASH!!!」

 

 

その状態から筋繊維内で指を弾く体勢へと移り、間髪入れずにオールマイトは空力を爆裂させた。

 

 

バー内部に暴風と共にマスキュラーだった泥が飛び散り「風圧で折れるっ!?」と、ヴィランではなくそれを拘束するシンリンカムイの悲鳴がバーに木霊した。

 

 

「すまないシンリンカムイ! だがよく耐えた!」

 

 

「瞬殺かよ! 黒霧、持ってこれるだけ持ってこい!」

 

 

荼毘、マスキュラーと立て続けに完封され、死柄木の声に焦りが混じる。

しかし黒霧はゲートを開こうとして愕然とした。

 

 

「所定の位置に、あるはずの脳無が………1体もない!」

 

 

「USJ襲撃時の情報より今の君の方が幾分ヴィランらしいと感じたが、やはりまだ青二才だ。死柄木!」

 

 

オールマイトが風一つ立てず死柄木の眼前に現れた、拳を振り翳す。

 

 

「君らは舐め過ぎた、警察のたゆまぬ捜査を。そして───我々の怒りを!!

 

 

鉄拳が振り下ろされる。

脳天を直撃した象徴の拳が死柄木の意識を激しく揺さぶる。

しかし、まだ意識は途切れない。

オールマイトの手加減もあったが、それ以上に。

 

 

「ふざ、けるな……!」

 

 

死柄木とオールマイトの視線が交わる。

 

 

“思想犯の目は静かに燃ゆるもの”

 

 

オールマイトがかつて師から教わった鉄則。

その手の輩は精神力がずば抜けてタフであり、息の根を止める寸前までどの様な痛みがあっても気絶しない。

 

 

USJ襲撃時の情報から、死柄木は子供大人的な幼い精神を抱えた無邪気な邪悪と判断されていた。ヴィラン連合にはブレインが別に存在すると予想されたのも、彼の精神性と用意周到に画策された襲撃と奪還の計画と結びつかなかった為だ。

 

 

それがどうだ。

 

 

「まだ、始まった……ばかりだ………ここからなんだよっ」

 

 

───この短期間でそこまでの成長を遂げたのか、はたまた襲撃時点で既に目覚めかけていたのかは分からない。

 

 

頭から血を流しながら己を睨む死柄木の目に、オールマイトは歪な信念の灯火を見た。

追撃を構えるオールマイトに対し、死柄木が叫ぶ。

 

 

「黒霧ッ! マスキュラーと先輩を連れてこい!」

 

 

単純なネームバリューならヴィラン連合のツートップ。戦闘力も経験値も折り紙付きだ。戦況をひっくり返すにはこの上ない駒。

 

 

しかし、今ここに来ていたのは4人。

 

 

オールマイト、シンリンカムイ、グラントリノ。

 

 

そして───

 

 

「させん」

 

 

No.5 “忍者ヒーロー”エッジショット。

個性、紙肢は身体を紙のように薄く伸ばす事ができるだけの物。

 

 

一見すると大した能力ではないが、血の滲む訓練の末に縫合糸のように細く伸ばせる様になっただけでなく、形態変化の速度は音速を超えた。

 

 

肉眼で捉える事さえ困難な程に薄く引き伸ばされた先端に再び縒り集まれば、傍目には瞬間移動した様にも見えるだろう。

 

 

細さは突き詰めれば鋭さたり得る。この2つを組み合わせればそれは───音速の刺突となる。

 

 

「忍法、千枚通し」

 

 

エッジショットが黒霧の身体を貫き、意識を奪った。

 

 

「詰みだ。ヴィラン連合」

 

 

「おいたが過ぎたな死柄木弔」

 

 

「もう逃げ場はねぇってことよ───お前さんのボスはどこにいる?」

 

 

“崩壊”で拘束を解こうにも掌で触れられないように縛られている。これはMr.コンプレスも同じだ。マグネ、スピナー、トガ、トゥワイスは単純にパワー不足。トゥワイスがもう一度マスキュラーを出そうとしたタイミングで、エッジショットが黒霧にしたようにその意識を刈り取った。

 

 

「………ははっ。情けないな、本当に」

 

 

死柄木は力無く笑った。

それを降参と捉えたオールマイトが宿敵の居場所を吐かせる為に近づく。

 

 

「本当に情けないよ、()()()()

 

 

しかし、死柄木の目に諦観はなく。

寧ろより苛烈に憎悪を滾らせていた。

 

 

「何が言いたい」とグラントリノ。

 

 

「上鳴電気は最善を尽くした。実質、俺たちを1人で撃退したと言ってもいい───その上で自分の居場所を伝える為の策まで残していた」

 

 

上鳴の発信機に関しては、無線を取れない状況に陥った際にそれを壊すことで受信機を持つ八百万に危険を知らせる為であり、誘拐されるなどとは微塵も考えていなかった。たまたま噛み合ったという他なかったが、それを本人から聞かない限り他人が知る由はない。

 

 

「なぁ、ヒーロー。教えてくれ。何でお前(プロ)たちが助けを求める少年を()()()()ここにいる?」

 

 

ピクリとオールマイトの頬が動いた。

平静を装ってはいるが───それは1番彼が感じていたことだ。

 

 

「衰えてるってのは、本当だったみたいだな?」

 

 

死柄木はそれを見抜いていた。

誰よりも真っ先に位置情報が判明した場所に突撃し、拉致被害者を救出。その足で死柄木達のアジトを強襲し全員捕まえることだって出来たはずだ。否、必ず成し遂げただろう───全盛期のオールマイトならば。

 

 

だが、今は違う。

 

 

力は譲渡によって衰え、活動時間は既に1時間を切った。全てを守り、成すべきことを成すには他のヒーローの手を借りるしかなかった。全てにおいて完璧で、天候すらも変える究極の力を持った象徴の姿はもう無い。

 

 

情報は力だが仔細を知る必要はない。弱っているという事実の確証を得る事が死柄木にとって何よりも肝要だった。

 

 

「俊典、耳を傾けるな」グラントリノが言う。

 

 

「聞けよオールマイト! これはお前が築き上げた時代の、終わりの始まりだ!」

 

 

死柄木の目にオールマイトは引き寄せられた。

 

 

───時間を稼げ。

 

 

“誰も……助けてはくれなかったね。辛かったろう……志村転孤くん”

 

 

「確かに優秀なヒーローはゴマンといるんだろうさ! だけどオールマイト。お前はそこに居ない! お前が居なければ意味がない手合いがいる事を、お前自身が1番よく知ってるんじゃないか!?」

 

 

───先生ならこうやって、煽る。判断力を鈍らせろ。大丈夫。大丈夫だ。先生なら……必ず。

 

 

“君は悪くない”

 

 

「だからだ。君は奴のお気に入り。君の窮地に奴が現れる可能性が1番高い。それに、上鳴少年に繋がる情報がここにないとも限らない」

 

 

「声が震えてるぜ、平和の象徴。自分を誤魔化すのに俺と上鳴を使うのはよせよ」

 

 

ゴポリ、と排水溝から水が逆流するような異音。

 

 

“もう大丈夫………僕がいる”

 

 

───きた!

 

 

連合メンバーの口から汚水の様な何かが溢れ出す。驚愕を露わにするヒーローと仲間を尻目に、死柄木は勝利を確信。気分が高揚していく。そして熱を増していく思いの丈を声に乗せた。

 

 

「どーせお前はァ! ゴミ掃除とか! 攫われた可哀想な少年を救うとか!その程度の認識でここまで来たんだろ!? 甘ぇんだよ偽善者が!」

 

 

連合のメンバーが次々に泥によって攫われていく。ヒーロー達の一連の作戦、その全てを嘲笑うように。

 

 

「これはな、戦争なんだよ!! マスメディアが大好きなエンタメなんかじゃねぇ! 正しさの押し付けあいさ! ぺらっぺらっの正義のなぁ!」

 

 

それだけではない。

中にいる連合メンバーと入れ違いに、外で待機している警察とエンデヴァーの下へ無数の脳無が転送されてきた。現場は最早機能していない。

唯一、死柄木だけがここに残されている。

 

 

「まだ言いたいことがあるんだろう? 」と死柄木は自分の耳元で誰かが囁いた様な気さえした。

 

 

「超人社会が積み上げてきた欺瞞と! それに抑圧されてきた蛆と膿! 100年後に残るのはどっちかっつー、そういう戦いだ!」

 

 

「行かせん!」

 

 

オールマイトが死柄木にベアハッグを仕掛ける。

骨が折られ、内臓を圧迫された死柄木の口から血塊が吹き溢れる。しかしそれでも死柄木は口を止めない。

 

 

「そんなことにすら、気付けない奴が、どうして人を救えるよ。なぁ……オールマイト」

 

 

拘束が外れ、自由になった両掌で死柄木がオールマイトの足に触れる。

崩れ始めの段階でベアハッグを止めたことで大事には至らなかったが、死柄木は自由の身になった。

 

 

そして───

 

 

「お前に上鳴電気は救えねぇよ」

 

 

死柄木はそう言い残して、泥と共に消えた。

 

 

 

 

 

「オールマイト!」

 

 

外から拡声器によって大きくなった無線の声がオールマイトの耳朶を打ち、漂白されていた意識が帰ってくる。

 

 

「今、ここに! お前の宿敵がおる! 準備万端の怪物や!」

 

 

それは格納庫にいる禪院の声。

天地を揺るがす様な轟音で無線の音質は頗る悪い。

 

 

「10分で来い! それまで保たせたる!」

 

 

無線はそこで途切れた。

オールマイトは外で奮戦するエンデヴァーを見た。その気配を感じたのだろう。エンデヴァーは顔を背けたまま、脳無の一体を消し炭にしながら言った。

 

 

「行くならとっとと行くがいい! この場くらい、俺1人で事足りる!」

 

 

「……任せる!」

 

 

オールマイトが跳び立つ。

 

 

───活動限界まで残り25分。ここでケリを付ける!

 

*1
ep.07

*2
八百万は内通者が誰か考え過ぎて誰にも発信機のことを話せなかったが、スターアンドストライプなら大丈夫と思って話した





いつも拙作を読んでくださっている皆様、誠にありがとうございます!
たくさんのお気に入り、高評価、感想、大変励みになっております!

何でAFOから個性を引き剥がす必要があったのか、薄々勘づいてた読者の皆様は多いと思われますがこういう感じです。

そしてAFOは鹿紫雲との戦いを経て「ヒーロー側にヤバい奴おるかもしれんし、多めに個性持っとこ」ということで原作よりも多くの個性を抱えています。鹿紫雲が削った個性は無いと死活問題な物が多いのでストックは必ず用意してるだろうし、弱体化はありません。つまり原作神野<拙作神野<原作最終決戦になります。
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