雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.63 神野事変 -肆-

 

時は遡り───記者会見。

記者からの「上鳴電気がヴィランになっていたら」という質問に答えるべく、相澤が立ち上がった。

根津と管が固唾を飲む中、相澤は先ず深々と頭を下げて言った。

 

 

「ただ今ご指摘を受けた上鳴電気の発言、及び行動に関しましては私の指導力不足が原因です。誠に申し訳ありません」

 

 

シャッター音が一層多くなる中、気難しい顔を隠そうともせず記者は「ではその可能性を認めると?」

 

 

「いいえ……“断じて否である”と返答させていただきます」

 

 

力強く相澤の言葉に会場に集まった記者のみならず、司会や根津達も思わず声を漏らした。

 

 

「彼の言動や行動は全て、クラスメイトの成長を考えての物です」

 

 

「鎖骨を叩き折ったり、会場を半壊させたりすることがですか?」

 

 

「成長の機会は常に窮地の中にある───彼は我々と同じか、それ以上にその事を理解しています。だからこそ級友たちのピンチを演出し、それをどう乗り越えるのかを彼は見ていました」

 

 

相澤は目を閉じれば、あの日の光景をつい昨日の事のように思い出せる。

目標に向かい必死に食らいつこうと今持てる全てを出し切った少年少女と、それを受け止め切った少年の姿。

別に青春がどうこうとミッドナイトの様に論じる気は相澤にはない。だが、それでも。

 

 

「アレは彼なりの、上に立つ者としての振る舞いです。それを悪し様に言うのはお控えください。それからもう一つ。彼の体質に関する話が出ておりましたが、非常にセンシティブかつプライベートな内容を孕む物をこの場で言うのはそれこそ一般常識に欠けるでしょう」

 

 

警備員が扉を開けて記者がいる側までやってくる。

 

 

「謝罪会見の場で言論弾圧か!?」

 

 

「うるさい。先ずはその減らず口が2度と叩けない様にしてやる」

 

 

「相澤くん!?」

「オブラート! オブラートを忘れるな!」

 

上長と同僚からの苦言なんてお構いなしに相澤はニヒルな笑みを浮かべた。

 

 

「貴方がどこから情報を引き抜いてきたかなどは、この際どうでもいい。だがな。脳機能の異常によるアドレナリン等の過剰分泌が起こり、本来ならば3割程度に抑えられている筈の身体能力が10割以上に引き出されてしまうという現代医学では対処不能の症例に、“肉体が壊れなくなるまで鍛える”という方法をとった医師と患者を侮辱するのは辞めろ。これを理由に上鳴の人間性を叩くという事はつまり、彼個人に10代半ばで死ねと言っているも同然であり、彼を生かすために心血を注いだ病院関係者への冒涜だ。どこの雑誌に寄稿してるかは知らんが、お前に切り抜きのセンスはない。帰ったら求人サイトでも見てろ」

 

 

「クッソ早口なのさ……!」

 

 

「何か言いましたか?」

 

 

「どうぞ続けて!」

 

 

根津は投げやり気味に言った。

相澤が咳払いをし「失礼。少し取り乱しました」とわざとらしく態度を変える。

 

 

「ご指摘いただいた内容を全て否定する気はありません。痛みを知らない人間に、ヒーローが務まるのか───そういう疑問が湧くのも無理はないでしょう」

 

 

ですが、と前置きして相澤は言う。

 

 

「人を助けるのに資格がいるこの世界で、それでも彼は人を助けることを選んだんだ」

 

 

上鳴ほどの力があれば、幾らでも理不尽に振る舞える。ただ戦いたいだけならその方がずっと楽だ。ヒーローにもヴィランにもどっちにも喧嘩を売れる。修羅道を突き進むならこの上ない。

 

 

それでも上鳴は誰かを傷付ける事より、誰かを慈しむ事を選んだ。

 

 

その選択を相澤は何よりも尊いと思う。

 

 

「知らない事がある………大いに結構。それを教えるのが私達の仕事で、彼が道を誤れば私達がぶん殴って止めるだけだ」

 

 

相澤はゆっくりと息を吸い込み、倍以上の時間を掛けて吐き出してから───赤く光る双眸を向けて言った。

 

 

「あまり雄英を……ヒーローを舐めるなよ

 

 

ご静聴ありがとうございました。どうぞ警備員さん、摘み出してください」

 

 

「やめろっ、離せ! こんな事が認められていいのか!? 抑圧された裏の顔なんて誰にでもある! 上鳴電気の真の顔を知らないくせに!」

 

 

「まだ喋るのか………俺は担任の先生だぞ」

 

 

「ぐっ!?」屈強な警備員が記者の両脇を固めた。

 

 

「はぁ………不勉強なお前に上鳴の裏の顔を教えてやる。大スクープだ。心して聞け───

 

 

アイツはスポーツ飲料を飲み干す感覚で、強炭酸のコーラを一気飲みする」

 

 

「………は?」

 

 

「メーカーはコキャコーラだ。この情報だけ握り締めて帰るんだな」

 

 

記者はそのまま警備員2人に両脇から抱えられ、会場から退場させられた。

 

 

何とも言えない空気が漂う中、記者会見は粛々と進められていった。

 

 

 

 

 

黒閃による潜在能力の解放。

反転術式の会得による一種のトランス状態。

その2つが同時に起こった今───上鳴の心は完全に弾けていた。

 

 

「がら空きだぞ」

 

 

紫電が奔る。

上鳴は応えない。

鹿紫雲からの攻撃を真上に跳んで避けた。

その後、宙空で非常に緩慢な動きで宙返り。不自然に滞空しながら、その指先を残心する鹿紫雲へと向ける。

 

 

「穿雷、赩御雷」

 

 

赤い雷光が轟いた。

 

 

「マジかよ……!」

 

 

溜め無しで放たれた荷電粒子砲の一撃。

鹿紫雲が冷や汗を流しながら間一髪の所で身を屈めてそれを避ける。

 

 

カウンターは打ち込めない。

 

 

上鳴が重力に反し、上へ上へと昇っていったからだ。この世界はある程度現実と同等の法則で成り立っている───通常、真上に落下するような異常は発生しない。

 

 

異常を正常にしているのはイオノクラフトを活用した飛翔能力。自身から放つ高電圧により大気をイオン化させ、身体を周回する2つの赤い球体に付与されたマイナス電極に向かって気流を生み出すことで揚力と推進力を得ている。

 

 

それを見抜いた鹿紫雲は冷や汗を流しながら獰猛に笑った。

 

 

しかし当の上鳴は晴れ間から差し込む陽光を受けながら、微睡む様に宙空を漂っているだけだ。

 

 

───ごめん皆。俺は今、皆の為に怒ってない。誰も憎んじゃいない。今はただただ……この世界が心地いい。

 

 

空から鹿紫雲を睥睨し、目から金色の電光を奔らせながら上鳴はただ一言。

 

 

「天上天下唯我独尊」

 

 

上鳴電気は最強に成った()()()()()

これはまだ始まり。

自身の潜在能力を理解しただけに過ぎない。

鹿紫雲の顔に笑みが浮かぶ。

 

 

「何勝った気になってやがる……勝負はこっからだろ?」

 

 

「そうか? そうだなぁ、そうかもなぁ!!」

上鳴が目を血走らせながら背中に赤い翼を展開。加速、急降下する。

 

 

「反転術式による増血、それを元にした応用技か……!」

 

 

「正ッ解!」

 

 

反転術式による肉体再生の際、既に失われている血液は呪力によって補填される。

呪術界における呪力とほぼ同じ性質を持ち、反転術式の再現すらも可能とする“ストレス”の下位互換───否、亜種の“呪力”もまた同じ。

 

 

上鳴は血中に含まれる自らの細胞、鉄分にさえ個性を働かせる事ができる。

 

 

反転術式の会得により上鳴は失血死のリスクを伴う大技の負担を著しく軽減させる事に成功していた。

 

 

そして、血翼は磁力の反発で肉体を押し出す加速装置であるのと同時に───全てを断ち切る刃となる。

 

 

「二刀、紫電十字衝」

 

 

電熱による物体の熔断。

それを背中に展開した血翼で行う。

電熱により瞬く間にそれは蒸発し、再度反転術式によって増血を行う必要性はあるが、熱耐性が炎熱系個性持ちと比較するとやや低い上鳴にとって、絶大な破壊力を持つその技がノーリスクで撃てることの方がメリットが大きい。

 

 

鋼鉄の塊さえ容易く切断する赤刃が交差し、鹿紫雲へ迫る。

 

「ははっ」

 

 

鹿紫雲は躊躇わず、前へ。

斬撃の空白へと飛び込み上鳴へと肉薄。拳を打つ。

 

 

「は?」

 

 

しかしそれは不可視の壁によって阻まれた。

 

 

呆ける鹿紫雲。

 

 

上鳴の周囲を衛星のように周る血の球体が2つ、青白い電光を結び上鳴を包んでいる。

 

 

「電磁、障壁……!?」

 

 

気が付いたが、しかし遅い。

 

 

上鳴が一歩、力強く鹿紫雲の懐に向かって踏み込む。

 

 

そして、瞬きの内に力強く握りしめた拳を一閃。

 

 

打突の瞬間───2度目の黒い火花が散る。

 

 

集中力が反転術式の全能感を上回り、上鳴の意識がよりハッキリと戦いに向けられる。

 

 

「追いついたぜ、鹿紫雲一」

 

 

2度目の黒閃を経て───上鳴電気の潜在能力がまた1段、花開く。

 

 

曇天は快晴へ。

吹き抜ける風にはもう血の匂いはなく、冷たくも心地よさを感じさせる物へと変わった。

 

 

同時に上鳴の中で雷神()の戦闘記憶の変換が終わる。

 

 

ゆらりと上鳴が構え、黒閃の負傷から体勢を立て直した鹿紫雲も同じ構えを取った。

 

 

 

 

 

静寂。

 

 

 

 

 

 

一転、2人の踏み込みが雷鳴が如く世界に轟く。

 

 

───思い出すな……あの時と同じだ。

 

 

上鳴の笑みが深まる。

全身全霊。持てる全ての力に、明日出せる力も上乗せして放つ様な感覚。それは入学した後、最初のヒーロー基礎学でのオールマイトとの一戦と同じ。

 

 

ただ一撃。

 

 

この一撃を決めた者が勝者であると。

 

 

「更に───ッ!」

 

 

「向こうへ」

 

 

鹿紫雲が言葉を返したことに上鳴は目を見開き、破顔した。

 

 

「「Plus ultra!!!」」

 

 

最後の一撃は切なさすら感じられた。

 

 

まだ終わって欲しくない。

 

 

まだ出し切ってないじゃないか。

 

 

そんな思いが上鳴の中に広がる。

 

 

しかし拳の激突と共に弾けた黒い稲妻は、勝負を終わらせるには十分過ぎた。

 

 

「ありがとうございました()()

 

 

満腹とは言えないかもしれない。

鹿紫雲にはまだ魔王に見せた個性因子の到達点とも言える秘奥がある。

しかし、鹿紫雲にそれを使う気がない事は上鳴には分かっていた。

 

 

───今になって分かった。そもそも、本気で身体を乗っ取る気なんて最初から無かったんだ。

 

 

鹿紫雲の目的はオールフォーワンが侵入してきた時から変わらない。

 

 

肉体の進化を促す為に個性を奪い取ること。そして、奪い取った個性でどうにか肉体を元の状態にまで戻すこと。

 

 

身体の主導権など最初からどうでもいい。

欲しければ脳が自分を受け入れられる程度に成長した頃に上鳴から奪っているし、そうでなくとも態々呪力を目覚めさせる為に悪態を吐いたりしない。

 

 

全力の上鳴と戦いたいという気持ちが無かったわけではない───だがそれは肉体の主導権云々には絡まない、単なる鹿紫雲の趣味だ。

 

「やめろ。ガラじゃねぇんだよ……お前が言った通り、俺は影から人の人生をコソコソ見てる陰険野郎だ」

 

 

意地の悪い鹿紫雲の言葉に上鳴が「うっ」と言葉を詰まらせる。

 

鹿紫雲一はただ───見ていたかっただけだ。

自分と同じ魂を持った上鳴電気という少年が最強と戦う所を。

 

 

かつて雷神と呼ばれた術師が時を越えて自分に宿り、呪いの王に戦いを挑んだあの時のように。

 

 

現実はそうならないかもしれない。

それも承知の上だ。

魔王は勇者と戦う運命にあるというのなら、それもまた良し。

 

 

「あんたは、これからどうなるんだ?」

 

 

「お前が俺に勝った事には変わりない。俺は今まで通り、沈むだけだ」

 

 

「……そっか」

 

 

「今のお前なら俺が使わなかった術式……いや、必殺技も使えるだろ」

 

 

「……多分? 感覚としては分かるよ。呪力と帯電とかがもう混ざっちまってるから、あんたがオールフォーワンと戦った時とは勝手がちょい違うだろうけど」

 

「なら、精々頑張れ───お前が来年の体育祭で緑谷と戦うところ、楽しみにしてる」

 

 

鹿紫雲はそう言って最初から居なかったように世界から消えた。

生得領域の奥底へと引っ込んだだけだ。

そこからまた上鳴の人生を眺めるつもりなのだろう。

 

「……我がことながらよくわかんねぇや」

 

 

上鳴は頭の裏を掻きながら、意識が浮上するのを感じた。

 

 

 

 

 

上鳴は目を開けた。

辺りを見回す必要はない。

全て知覚範囲に入っている。

電源を落とされてはいるもののまだ身体に取り付けられたままになっている生命維持装置を無造作に外し、手首をぷらぷらと振りながら調子を確認していく。

 

 

「うーん………戦闘記憶はあるけど、前世の記憶が完全に戻った訳じゃないのね」

 

 

ここがどこか分からないかな、と鹿紫雲の記憶を辿ろうとしたが何も分からない。覚えていないのか。それとも知らないのかさえだ。

 

 

「まぁ、どちらもあり得る───それだけだ」

 

 

今は肌に感じる空気の流れにくすぐったさを覚え、その懐かしい感覚に浸りたくなるのを抑える事の方が重要だった。

 

 

軽く飛び跳ねて最後の確認。

 

 

「ッし! 絶好調!」

 

 

上鳴の反転術式による肉体再生は、欠損した両腕や焼けた眼球のみならず脳機能にも及んでいた。これまでの脳の異常による超感覚は新たな個性群とその応用によって保たれているが、失われていた機能は正常化され、肉体強度などは据え置きになっている。

 

 

「けどマッパなのは……何で?」

 

 

フルチンじゃん、と上鳴は素足で冷たい床を歩きながら独り言つ。

それから上鳴が部屋から出ようと扉に向かって歩き出すと、独りでに扉が開いた。

出口を塞ぐ様に脳みそが剥き出しになった黒いヴィラン、USJで上鳴が倒した個体にそっくりな脳無が上鳴の行方を阻む。

 

 

「ご兄弟? それとも下級戦士は顔のタイプが少ないとかいうサイヤ人理論?」

 

 

上鳴の言葉に対する脳無の返答は拳だった。

USJで上鳴が見たそれは脳無が対オールマイト用の調整を施されていたが故に、上鳴からすると相当な大振りで避けやすかった。

 

 

しかし、今回は違う。

 

───明確に俺を殺す為の調整を受けているのか、それとも脳無その物の性能が飛躍的に向上しているのか……的確に中心線を狙って振り抜かれてるな。

 

 

だが今更だ。

熱なき怪物に上鳴が拘うことなどない。

 

 

「邪魔」

 

 

脳無は死体から生み出された意思を持たない改造人間(フレッシュゴーレム)。殺す殺さないの範疇にない。上鳴は3度の黒閃を経て混ざり合った帯電と呪力の感触を確かめながら、電気エネルギーと同一化した呪力を纏った拳打を叩きつけた。

 

 

上鳴の拳は勢い余って脳無の腹部を突き抜け、衝撃が内側からその上半身を吹き飛ばす。超再生の類はない。脳無の下半身がゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。

 

 

「やり過ぎた………加減むず過ぎだろ。ちゃんと覚えないとやり過ぎで仮免剥奪されちまうよ」

 

 

うげぇ、と言いながら上鳴は脳無のズボンを脱がす。

 

 

───あ、ちんちん無いんだ。メスなの? いやそんな概念ないか。

 

 

などと小学生並みの事を考えながら脱がしたズボンを履き、余った部分は動きの邪魔にならない程度の丈で、脛の辺りで引きちぎった。

それから腰の紐を固く縛って落ちない様にしてから、今度こそ上鳴は部屋を出た。

 

 

そこには左右に伸びる先が見えないほど長い廊下があった。

 

 

「め、めんどくせぇ………!時間ないし上から出るか?」

 

 

出口を探して徘徊していては時間が足りない。

上鳴が指先を天井に向け、睨んだ───その時。

断続的に、硬いものを力尽くで割る様な音が聞こえてきた。

音の発生源へ上鳴が視線を向ける。

その正体は個性で判別せずとも分かった。

 

 

「上鳴ィィィイ!」

 

 

血狂いマスキュラー、再び。

 

 

だが上鳴の中に芽生えたのは闘争の喜びではなく、責任だ。

 

 

それに気が付いたマスキュラーは、力強い眼差しを向けながらも闘志を燃やしていない上鳴に面食らった。

 

 

「おいおい………何の冗談だ、そりゃ」

 

 

「お前の相手をしてる時間ねぇのよ。後にしてくんね?」

 

 

「またそれかよ! 出来るわけねぇだろ!? なぁ!」

 

 

筋骨発条化による無拍子。

ストレスによる右腕のみの肥大化に筋力増強を加えた、巨人の一撃が振るわれる。

 

 

上鳴はそれを左手の掌で受け止めた。

 

 

マスキュラーの絶大な力を表すように上鳴の背後の景色が吹き飛ぶ。無事だった壁や天井にも深い亀裂が走り、ぐらぐらと足元が揺れた。

 

「強くなって画風が変わっちまったか!? 誰もそんなテメェは求めてねぇよ! 血と闘争! それが俺たちの本懐だろ!?」

 

 

力で押し込もうとするマスキュラー。

しかし、上鳴はピクリとも動かない。

完全なる拮抗───否、押し込むことを止めた瞬間にマスキュラーが弾かれる。

 

 

───パワーだけじゃねぇ。何だ? この違和感は。

 

 

上鳴は単にマスキュラーの打撃を受け止めた訳ではない。力の向きを制御し、足場からの反作用を自身の膂力に上乗せすることでこの状況を生み出している。

 

 

しかし、マスキュラーはそれに気付けない。

 

 

生まれ持った圧倒的な力が彼から技術を学ぶという事を奪った。2年前、上鳴に退けられてから格闘技を多少は学んだが、それだけだ。それでは雷神()の戦闘経験すら物にした上鳴には絶対に届かない。

 

 

「2年前、お前に負けてから───多分、ずっと強くなる事を考えてた」

 

 

朗々と語り出した上鳴が徐々にマスキュラーを押し返していく。

 

 

「雄英に入って、相澤先生からクラスメイトの面倒を見ろって言われた時は……正直、面倒だとも思ったよ。自分の時間減るし」

 

 

「何の話だ!!!」

 

 

「いいから聞けって。でもさ、段々とみんなを鍛えることが楽しくなってきた頃に───体育祭が始まった」

 

 

ふわりとマスキュラーの身体が浮かぶ。

 

 

「みんなから向けられた熱量が心地よくて………あの時だけは、お前を忘れた」

 

 

マスキュラーの闘争への執着が上鳴に向かっていた様に、上鳴もまた心のどこかでマスキュラーとの戦いを求めていた。

黒漆死と戦った際もそうだ。闘争心を引き出そうと追い込んだ結果、逃げられた時。真っ先に思い出したのはクラスメイトではなく、マスキュラーだった。

 

 

だが、今は違う。

 

 

「殺し合いに拘らなくても熱い戦いはできるって教えてもらった」

 

 

「ふざけんなッ! 俺は───ッ!」

 

 

「だけど、お前をそうした責任は取らなくちゃな」

 

 

上鳴が構えた拳から金と紫の稲妻が奔った。

宙空でマスキュラーが身を捩る。だが、場所が悪かった。下手に暴れれば生き埋めになるのをマスキュラーは理解していた。

 

 

「次会った時、俺は全部放り出してお前を殺す

 

 

しかし、それでも回避なり受け止めるなり出来たはずだが───マスキュラーは上鳴の言葉に思考を止められた。

 

 

「今だけは邪魔しないでくれ」

 

 

それが上鳴電気なりのケジメ。

雷電を纏う拳がマスキュラーの胸部に深々と突き刺さる。そして打撃と同時、金紫の雷光が空間の歪みと共に黒く閃った。

 

都合、4度目となる黒閃。

 

 

それを受けたマスキュラーが10数メートル先まで吹き飛ばされる。

 

 

上鳴は仰向けになって倒れたマスキュラーに言った。

 

 

「だからお前も、俺を殺すまで()()()()()

 

 

マスキュラーは目を見開いた。

それはつまり、マスキュラーと死力を尽くして殺し合う事を約束するのと同義だ。

だからマスキュラーも冷静に言葉を返す。

 

 

「次戦ったら、ってやつ………誓えんのか」

 

 

「何にかは知らんが、前世になら誓えるよ。これは縛ってもいい」

 

 

「そうかよ……縛り? は知らんが、それなら我慢してやる。だが2度は、ねぇぞ」

 

 

「悪いな───そんじゃ、また」

 

 

マスキュラーは口角を上げ、満ち足りた顔で意識を完全に失った。

黒閃による能力の向上が無ければこの早期決着は無かっただろう。

上鳴は内心で再び鹿紫雲に礼を言ってから、今度こそ上を向いた。

 

 

「っし、行くか」

 

 

 

 

 

場所は移り、神野。

 

 

「道中にハイエンドのなり損ないを2体設置しておいたんだが───上手く倒してきた様だね。予想よりずっと早い」

 

 

膂力増強を重ね掛けし、オールマイトと両手を掴み合い、力勝負をしながらオールフォーワンが嗤う。

 

 

「だが、昔の君なら5分掛からず来れただろうに。衰えたね、オールマイト。1()0()()()()()()()()()()()

 

 

「それはお互い様だろう! 何だその工業地帯のようなマスクは!? 大人しくベッドの上で何も成さずに静かにしていれば良いものを、お前は………!」

 

 

オールマイトがオールフォーワンを押していく。

 

 

幾ら力が衰えようと気勢にはまるで翳りがない。それが何よりも恐ろしく、計算をひっくり返す力を持っていることをオールフォーワンはよく理解していた。

 

 

「僕は弔を助けに来ただけだよ? ただ……戦うというのなら、応戦するのも吝かじゃあない。何せ僕はお前が憎い」

 

 

オールフォーワンの足元にあった肉塊がみるみる萎む。その代わりに背中から骨の鎧を纏った触手が8本、スーツを破りながら勢いよく飛び出した。

 

 

「ここは手数勝負といこう」

 

 

触手の先端に人面が形成され、大きく開かれた口から近付くだけで肌が焼け爛れるような熱量が漏れ出す。

 

 

超至近距離からの高出力熱砲撃。

 

 

手を掴まれているため回避は不可能。

 

 

飴でも溶かす様に瓦礫を焼き貫く一撃を8発も同時に受ければ、幾らオールマイトと言えどひとたまりもない。

 

 

故にオールマイトは。

 

 

「ふんっ!」

 

 

オールフォーワンをジャイアントスイングでもする様に振り回した。

 

 

───何だ、この、全盛期程ではないにしろ、出鱈目なパワーは!?

 

 

熱線の照準がずれてあらぬ方向へと飛ぶ。

しかし、そのどれもが既に倒壊した建物や地面に向かい、被害を最小限に抑え込んでいる。

 

 

───微細な力のコントロールには以前より磨きが掛かっている………が、なるほど。読めたね。

 

 

「ここで使い尽くす気かい?」

 

 

「っ………! まさか!」

 

 

オールマイトがオールフォーワンを真上へ放り上げ、大地を蹴って追従。

 

 

直ぐに追いついてオールフォーワンの足首を掴み、前方へハンドスプリングの様に回転しながら勢いをつけ、地面に向かって投げ捨てた。

 

 

轟音と共に地面が波打ち、土砂が舞う。

 

 

眼下の砂埃でオールマイトの視界が塞がった次の瞬間、先程の触手がそれを突き破ってオールマイトへと肉薄。身体を覆う骨の鎧から幾本もの鋲突を伸ばしていく。

 

 

「言ったろう? ()()()()だと」

 

 

大気を蹴り縦横無尽に空を跳ぶオールマイトを、鋲突が何千と枝分かれしながら追う。

 

 

その内の何本かがオールマイトの進路と回避方向に入り込み、挟撃を仕掛けた。

 

 

「TEXAS、SMASH!!!」

 

 

それらを拳圧で叩き折りながらオールマイトが着地。そして、頭上から自身を追って雨の様に降り注ぐ鋲突を、オールマイトは渾身のアッパーカットで全て吹き飛ばした。

 

 

「随分と力が籠ってるじゃないか、オールマイト。後輩たちの頑張りに報いたいのかな?」

 

 

オールフォーワンが指差した先には倒れたヒーロー達がいる。動けるのはベストジーニストただ1人。

 

 

「………皆」

 

 

「彼らは良く頑張ったよ。特に善院くん。彼はヒーローでもないのに……いや、むしろヒーローでもない只の医者に劣る彼らを、情けないと言った方がいいのかな?」

 

 

オールマイトは何も言わず口を真一文字に結んだ。

 

 

「挑発には乗らない、と。少しは前回から勉強したか………じゃあ、こういうのはどうだろう」

 

 

“上鳴電気はもう死んだよ”

 

 

オールフォーワンの言葉にオールマイトは表情を失った。

 

 

そうだろう。そうだろうとも。教え子の死に心を痛めない様な男ではない。

 

 

オールフォーワンはマスクの下で自分の口元がだらしなく歪むのを感じた。

 

 

「君が嫌がることをずっと考えていたんだ………まだあるぜ? 君───自分の師匠の遺体、リカバリーガールに処理させなかっただろ」

 

 

「き、貴様……! お師匠の身体に、何を!?」

 

 

「理想ばかりが先行し、まるで実力の伴わない女だった。ワン・フォー・オールの生みの親として恥ずかしい限りだよ。実にみっともない死に様だった………だが、一度はあの力の受け皿になった身体だ。利用価値があると思った。だから───すり替えておいた」

 

 

「もういい………もう、喋るな。貴様の聞くに耐えん戯言が耳朶を打つだけで不愉快だっ」

 

 

未来ある若者の死と、大恩ある師の尊厳への冒涜。これらの話はオールマイトの閾値を遥かに超えていた。

 

 

その顔に最早、いつもの誰かを安心させる為の笑顔はない。

 

 

般若の如き形相の英雄が大地を叩き割りながら巨悪へと肉薄する。

 

 

「貴様はいつもそうやって人の尊厳を簡単に踏み躙る! 人々の安寧を脅かし、弄んで! つけ入り支配する!私はそれが許せない!」

 

 

振り抜かれた拳に人面触手を重ね、オールフォーワンが受ける。そして脚力を増強することで踏ん張りながら、触手を操り拳の軌道を逸らしつつ、黒いマスクをオールマイトの顔のすぐ側まで寄せた。

 

 

「いやに感情的だな、オールマイト。じゃあ今度は君が聞かせてくれ。死柄木弔をどう思った?」

 

 

死柄木弔。

彼の“語り”には力があったと、オールマイトも認めざるを得なかった。オールフォーワンが目を掛けていただけあって、オールマイトは死柄木に悪の王としての素質、そして、ヴィランとしてのポテンシャルの高さを感じていた。

 

 

故に烈火の如き怒りの矛先は自然と其方にも向いた。

 

 

「っ! 奴もまたお前に連なる邪悪、完全に羽化する前に必ず───」

 

 

 

 

 

「アレは志村奈々の孫だよ」

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 

「隙あり」とオールフォーワンが声を弾ませる。

 

 

オールマイトの左脇腹が触手から生えてきた槍骨によって穿たれた。

鮮血が地面に赤い弧を描き、堪らずオールマイトは膝をついた。

 

 

「君と弔が会う機会を作ったが、居なかった。正直驚いたよ。居ないんだもの」

 

 

USJの事を言われている。

呆れが混じっている。

 

 

「だが、ついさっき会ったんだろう? きっと君は笑顔のまま弔を下したと思う。そして───彼の成長は君に脅威を抱かせた」

 

 

あのやり取りを知らない筈なのに、オールフォーワンはまるで見ていたかの様に言い当てる。

 

 

「わ、私は……」

 

 

「特別な力に選ばれながらも人並みの幸せを求めた奴の身勝手が、君に苦難として降り掛かった訳だが………どう思う? オールマイト。奴が力を受け取らなければ───死柄木弔、否、志村転孤はヒーローになっていたかもしれない」

 

 

「き、貴様は、本当に…………何なんだ、オールフォーワン!」

 

 

「人の記憶に残りたいんだ。良いことよりも悪いことの方が記憶に残るだろう? だから僕は………君たちの夢を阻む魔王になりたい」

 

 

───まずい! 活動限界が、早まるっ! くそ、力の限り動き過ぎたのが裏目に出た! まだ、まだ、もう少し保ってくれ!

 

 

オールマイトの身体から徐々に白煙が上がる。

顔の半分が痩せこけたトゥルーフォームへ戻っているが、まだ身体はマッスルフォームを保っていた。

血は止まらない。

古傷を的確に抉られた。命に関わる怪我だ。

だが、戦う事を辞める方が悪手になる。

 

 

───ならば、更に向こうへ……!

 

 

限界は敵だ。

いつもそうやって、オールマイトは世界を救ってきた。

助けを請われればどこにだって駆け付けるスーパーヒーロー。太陽の様に明るく人々を照らす者。

 

 

───だから、笑え!

 

 

笑っている奴が世界で1番強いのだと証明しろ。

どんな時でも原点が、託されたモノが奮い立たせてくれる。

眩い白い歯を見せ、オールマイトが笑う。

 

「君の矜持を折るには少々………追い込み過ぎたか。仕方ない。ならば作戦変更だ」

 

 

オールフォーワンが飛び上がって虚空に立つ。

更に右腕がバネの様に撓み、元に戻ると同時に大気の衝撃波が撒き散らされた。

それが向かう先は傷付いたプロヒーロー達だ。

 

 

「しまっ……!」

 

 

「君が守ってきたモノ、守りたいモノを奪う」

 

 

怪我のせいでオールマイトも咄嗟には動けない。

だが、いや。だからこそ。

 

 

英雄の窮地に猛き炎が吹き荒れた。

 

 

「赫灼熱拳、ジェットバーン!」

 

 

衝撃波を横から叩いて散らしたのは、No.2 エンデヴァー。更に救助を行っていた虎やエッジショット、グラントリノが合流し、傷付いたプロヒーローたちを回収していく。

 

 

「エンデヴァー!」

 

 

「怪我人は下がってろ───奴の相手は俺がする」

 

 

エンデヴァーがオールマイトの前に立つ。

オールフォーワンは声を上げて嗤った。

 

 

「全て中位の個体とは言え、あの数の脳無達を制圧してきたのか。流石はNo.2にまで上り詰めただけはある………だが、君に何ができる? 強さに囚われ歪んだ男よ」

 

 

「さてな───しかし、今この場でやるべき事は簡単だ」

 

 

拳に炎を収束させ、熱をサポートアイテムで排出しながらエンデヴァーは言う。

 

 

「貴様を足止めする」

 

 

「………ほう?」

 

 

エンデヴァーは至極冷静に後ろにいるオールマイトに目を配る。

 

 

「早く治療を済ませて戻ってこい。それまで俺が凌ぐ」

 

 

それが最適解だという事をオールマイトもまた理解していた。

 

 

「奴は個性を奪う個性を持つ! 君の炎に触れてもヘルフレイムは奪えないだろうが、身体に直接触れられたらアウトだと思ってくれ……!」

 

 

「ふん。ならば俺との相性は悪くないだろう」

 

 

エンデヴァーの身体から熱波が放出される。

生物なら近付く事さえ困難な灼熱の奔流。

それを放ち続ける事はエンデヴァーの身さえ危険に及ぼすだろう。しかし、エンデヴァーは躊躇わない。オールマイトに深傷を負わせたというだけで、そのヴィランの強大さが窺えるからだ。

 

 

そして幸いにも───周囲にエンデヴァーが気にしなくてはならない市民の姿はない。

 

 

「触れられるモノなら触れてみろ」

 

 

「全く………面倒な手間ばかりが増える。そして何より悩ましい! せっかく弔が時間を掛けてヒーローの信頼に罅を入れたというのに、僕が決定打を入れてしまって良いものか?」

 





拙作の総合評価が22000ptを超えました!
これも読んでくださってる皆様と、偉大なる原作のおかげであります!
それはそれてして終わるなヒロアカ……私たちには君が必要なんだ……

描写外でドクターが「人間の手足は生え替わらんし、眼球も焼けたら元には戻らんのじゃが???」と頭を抱えておりますが、瑣末なことです。

神野は予定通り行けばあと2話とエピローグで終わりです! 皆様、もう暫しお付き合いください……!

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