「どこだよここっ!!?」
深夜、森の中で上鳴の絶叫が木霊する。
荷電粒子砲で地下から天井を掘り進めた結果、全く知らない未開の地に上鳴は飛び出していた。
「くそっ、一旦街まで飛んで情報収集だ!」
イオノクラフトと風圧による移動を組み合わせ、上鳴は空を飛んでいく。
神野合流まで残り───
その頃、神野上空で1機のヘリが戦況を俯瞰していた。
「正に悪夢のような光景です! 突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました! 現在、オールマイト氏が負傷! 後方で治療を受けている間、エンデヴァー氏がヴィランに対応するようです!」
爆炎の壁を突き抜けて、オールフォーワンの背中から生えた触手が暴れ回っている。
古来、日本には水害───河川の氾濫を多頭の蛇に例えた。
その名を八岐大蛇。
神話にも名が載る大怪異。
今のオールフォーワンの背中から生える人面触手は、正にそう形容するしかない怪物。列車ほどある巨躯で縦横無尽に戦場を横断し、エンデヴァーが守る傷付いたヒーロー達を狙っている。
「信じられません………! 敵は、敵は
「赫灼熱拳、ヘルスパイダー!」
触手に向かってエンデヴァーの手の指から幾条もの熱線が放たれる。対生物への殺傷能力において、エンデヴァーの“ヘルフレイム”はオールマイトにも引けを取らない。
技の名の通り、蜘蛛の巣の様に張り巡らされた熱線は触手を絡め取り、焼き切ることに成功した。
だが、触手は焼き切られた直後から新たに生え変わっていく。
───再生持ちか!
USJに現れた怪人脳無の特徴を瞬時に思い出すエンデヴァーに、オールフォーワンは指を横に振りながら言う。
「違うよ、エンデヴァー。これはただ新たに触手を生やしただけさ………そうだな、君は菌株という物を知っているかい?」
菌株とは単一の微生物が纏まって生育している状態や、菌類や微生物を分離培養した物を言う単語である。
「この個性もそうさ。通常、肉体の一部を複製するだけ。しかし僕は常人とは違い、身体の内に複数の個性因子を溜め込んでいる……この個性でそれらを培養すれば、通常使用の域を遥かに超えた出力にまで高められる。特に異形型とは相性が良くてね」
「聞いてもいない事を、べらべらと!」
「そう怒るなよ。それより聞かなくていいのかい? 死ぬよ?」
触手の先端に備わった人面から高出力の熱線が放たれる。エンデヴァーは右手から放った炎で相殺するが、オールフォーワンには同様の砲門が触手の本数だけ存在する。
「2発目以降はどうするんだよ、No.2」
「チッ!」
エンデヴァーは砲門が自身へと向けられた瞬間、舌打ちと共に回避へ移った。
「そうだね。当然避ける───だから僕らは避けられないように」
オールフォーワンの右腕が治療を受けているオールマイトがいる方向へと向いた。
「こうするんだ」
大気の砲弾が装填と同時に放たれる。
しかしその瞬間、オールフォーワンが身に纏うスーツが独りでに動き、腕を跳ね上げて砲撃の軌道を逸らした。
「ジーニスト! オールマイトの傷の縫合は終わったのか!?」
ベストジーニストからの援護を受けたエンデヴァーはそう叫んだ。
「いいえ! ですが、ここにはプロがいます!」
立ち上がったのはベストジーニストだけではない。Mt.レディもそうだ。
Mt.レディが身体を巨大化させ、腕でヘリコプターとオールフォーワンの間に射線が通らないようにしつつ、覆い被さるようにしてオールマイト達を隠した。
「そうだね、縫合のプロがいたか」
───善院尚哉に治療を任せて動かせるヒーローでオールマイトを守る。Mt.レディを壁にヘリからの視線を切っているのは偶然ではなく……休ませる為か。
「必死だね、オールマイト。だが君はいつまでそうしていられるかな?」
───先のやり取りでオールマイトにワンフォーオールがない事は確定している。幸い、備える意識の大切さを学ぶ機会を与えてくれた鹿紫雲くんのおかげで、僕の個性ストックはエンデヴァー諸共奴等を葬り去るのに十分な量がある。
オールフォーワンがすべき事は簡単だ。オールマイトを現役から退けること。
これさえできればこの肉体の生死は然程重要ではない。やれる事は多々あるが、最低限その仕事をこなす為の代わりは用意している。
そしてオールマイトの退陣は必要条件。
現在、その行手を阻んでいるのは3人。
正面戦闘、No.2 エンデヴァー。
ヘリコプターから実況する報道記者からオールマイトを隠しているMt.レディ。
オールマイトに付けた傷を縫合している善院尚哉。
順番に削ってもいい。
だが、エンデヴァーに時間を掛け過ぎればオールマイトは必ず戦場に舞い戻るだろう。幾ら深傷を負っていても、オールマイト、エンデヴァーの2人を相手にするのは些かリスクが高い。
───ならば………突きやすく、それでいて利の大きい箇所から崩していけばいい。
オールフォーワンが展開する8本の触手の内、5本がエンデヴァーへと向かう。
その役割は撃破ではない。
「まさかっ」
足止めだ。
「巨大化か。いい個性だね」
空中から、オールフォーワンと3本の触手がMt.レディへと向かう。スピードもパワーも、彼女では対応できない領域。
「させるかっ!」
人知れず合流していた男、シンリンカムイの樹木が伸びる。そこを足場にグラントリノと虎が触手を掻い潜ってオールフォーワンへと肉薄する。
「ぬんっ!」
「やらせんぞ!」
「小賢しい」
槍骨や鋲突を始めとした多種多様な個性群がオールフォーワンのスーツを破りながら伸びる。
先ずシンリンカムイによって作られた足場を奪われた虎が槍骨に穿たれ、そのまま地上にまで叩き落とされた。
グラントリノがカバーに入る間すらない。
「くそっ! キリがねぇ!」
「志村の盟友───死に損なったロートルに興味はない」
「抜かせ!」
足裏の気孔から噴出しながら攻撃を躱すグラントリノだったが、枝分かれしながら追尾してくる鋲突に対応しきれなくなり足を負傷。そのまま緩やかに落ちていった。
「僕がもっと上手く使ってあげよう」
オールフォーワンの手がMt.レディに伸びる。
だが、その腕をMt.レディの真下から放たれた瓦礫が粉砕した。
「痛いじゃないか」
メキメキと音を立てて再生していく腕に、ペッと唾を吐いたのはエッジショットの肩を借りた禪院だ。
「何しっかり超再生持ってんねん、キッショいな……」
「無茶するな! 動いていい身体じゃないだろ!」
「エンデヴァーがこっち来るまでは時間稼がんと、全部終わりや……使えるもんは全部使わな、先輩」
砕け、捻れた足を引き摺りながら禪院が瓦礫を掴み、エッジショットに投げる。
「頼むで」
個性“投射”は他人にも付与できる。
触れられた相手は1秒を24に分割したイメージを構築する事を余儀なくされ、大抵それは失敗する。
だが、エッジショットの変形速度は音速に達しており、その速力に振り回されずに戦える彼の様な人間なら───イメージを瞬時に構築する事も不可能ではない。
「忍法、印字打ち!」
拳大の石が高速で飛んでくるというのはそれなりの脅威だ。少なくとも今のオールフォーワンにとって、それを無視してゴリ押しできる状況ではなかった。
Mt.レディに合流したベストジーニストが再びコスチュームの繊維を手繰り、触手を絡め取る。
状況は振り出しに戻った。
「忘れていたよ。手負のヒーローが最も恐ろしいということを」
そして、背後から凄まじい熱量を撒き散らしながら、触手を全て焼き尽くしたエンデヴァーが迫ってくる。
───
「限界が近いんじゃないのかい?」
「それを超える事に、命をかけてきた……!」
「ヒーローらしいね。でも君がそれを言うのか。だったら教えてくれ───何故、君が生きているのに、息子君は死んだんだろうね」
エンデヴァーの火が翳る。
それと同時、残るオールフォーワンの触手が全て防御態勢へと移行する。
何からオールフォーワンを守っているのかは、言うまでもないだろう。
「本命はこっちだよ」
戦場でエンデヴァーが
更にオールフォーワンの右腕が肥大化、複数の腕が折り重なり合い、幾つもの骨がそれを縫い止めて強度を補強。殺傷能力を高める。
「君の個性を奪えれば色々と楽だ」
“ヘルフレイム”は国内外を問わず、現役プロヒーローにおいて最強の炎熱系個性。リスクはあるがオールフォーワンならば簡単に踏み倒せる。個性その物は無くてもいいが、あって損もない程度。
だが───この場においてエンデヴァーを永久に離脱させられる事のメリットは計り知れない。それこそオールマイトを退けた後は、消化試合となるだろう。
「舐めるなぁ!」
「いやだな。油断するわけないだろ?」
オールフォーワンがエンデヴァーの炎を拳圧で押し潰して彼我の距離を詰める。
そして、手がエンデヴァーに触れた。
「エンデヴァー!」
オールマイトの悲痛な声が戦場に響く。
「貰ったよ、君の個性」
───違和感。
「ん? 何だ、これは」
───違和感。
「赫灼、熱拳!」
「……奪えていない?」
「プロミネンス、バーン!!」
光の帯と言うしかない膨大な熱の奔流がオールフォーワンを呑み込んだ。
───あまりにも微小な差異過ぎて気付くのが遅れた! ブランクが長過ぎて気付かなかった! 知覚を補助している個性の反応が弱い! いや、それだけじゃない! 複製故の脆弱性かと思っていたが、明らかに僕の因子の動きが鈍くなっている!
肥大化させた腕を犠牲にオールフォーワンはエンデヴァー渾身の一撃を堪えつつ、もう片方の手で繰り出した衝撃波で熱を空へと逃す。
「それでも奪えないなんて事は……何故だ?」
心当たりは───1つだけ。
“自分がどこにいるのか忘れたか?”
オールフォーワンが心象空間で出会った青年、鹿紫雲。超常が生んだ怪異と言って差し支えないオールフォーワンから見ても異様とさえ言える男。
───認識を、変えられていた……!?
鹿紫雲による精神世界からの攻撃はオールフォーワンが持つ本来の因子、その複製に直接ダメージを与えていた。
その結果、新たに個性を奪う際には平常時の10倍以上の時間が必要になっていた。
元が触れただけで発動する力だ。
所要時間が10倍になった所で知れている。
だが、戦闘時となれば話は別だ。1秒の誤差が勝敗を左右する。
この場に居るヒーローはそれだけの時間があれば───オールフォーワンに一矢報いることができる、猛者ばかりだ。
シンリンカムイの枝がオールフォーワンの足首に巻きつき、Mt.レディがそれを掴んで地面に向かって振り抜く。
不意打ち故に対応できなかったオールフォーワンは大地に叩きつけられ、盛大に砂塵が舞った。
そこに血塗れの虎とグラントリノが挟み込む様に肉薄する。
「とどめ刺さずに殺したと思うなんて鈍ったなァ!」
グラントリノの蹴りがオールフォーワンの顔面へ、虎の拳が腹部に打ち据えられる。
重たい一撃が同時に二発───超再生があるとは言えど、元々が弱っているオールフォーワンにとって、相当な負荷となった。特にグラントリノの蹴りはオールフォーワンの生命維持に関わるマスクを叩き割った。
オールフォーワンが身動ぎと共に個性を掛け合わせようとするが、それにベストジーニストが個性を合わせる。
「何もさせん!」
四方八方に引っ張られたスーツがオールフォーワンの動きを遮る。 ヒーローが纏うコスチュームと同等の素材で出来ているそれは極めて丈夫であり、裏目に出た。瞬時に破けない。
再び───間隙。
「なんやっけ。手負のヒーローが1番怖いんやっけ」
そこへと至る道がある。
「耐えられるのは一発だけだ。決めろよ」
時間は1秒あればいい。
エッジショットが身体を包帯の様な形状に変え、禪院の脚を無理矢理元の形に戻した。そして、そのまま強度を補強する。
「問題あらへん、最高速度で打ち抜いたる」
───衝撃反転の用意が間に合わない!
刹那、マッハ2.0まで加速した禪院の飛び蹴りがオールフォーワンの胸部へと捩じ込まれた。
瞬く間に肋が砕け、内臓が破ける。
致命傷だ。禪院とエッジショットは確かな手応えを感じていた。
「……僕には、超再生がある」
傷が再生する。
積み上げた全てが無為になっていく。
だが、まだもう1人。
「コイツも食らっておけ!」
伏兵、ギャングオルカの超音波による攻撃がオールフォーワンの肉体に響く。超再生が鈍る。
「更に、向こうへ……!」
禪院が限界を超えて動いた。
砕けた脚を軸にした二撃目がオールフォーワンの側頭部を強かに打つ。
超再生の効果は脳にまで及ばない。
「煩わしい!」
視界が揺れる中、オールフォーワンが真下に衝撃波を放とうと画策する。強引に距離を取り体勢を立て直そうという算段だ。
そこに、この男が待ったをかける。
「それは此方の台詞だ……オールフォーワン!」
Mt.レディが攻勢に回り、禪院がここにいるという事はつまり───最強の英雄、オールマイトの回復を意味する。
「オール、マイト……!」
───まずい。有象無象ならともかく、今オールマイトの攻撃を受ければ超再生があっても意識が落ちる!
急所を撃ち抜く技術などオールマイトには必要ない。彼のパワーなら、殴った場所が急所になるからだ。
オールフォーワンの眼前に拳が迫る。
今際の際、その思考が加速した。
逆転の一手を探してストックされていた因子達が活性化し、そして。
「これで終わりだ!」
「みぃつけた」
オールフォーワンの右腕が撓む。
その照準はオールマイトではなく、そこから外れた瓦礫の山へと向かっていた。
「どこを狙って───!?」
気付いた。
気付けてしまった。
オールマイトが最高最強の英雄であるが故に。
仲間たちが取りこぼしてしまっていた、まだ救える命が。
「助けて………オールマイト……」
助けを求めていた。
弱々しくか細い手を伸ばしている。
それを見た瞬間、オールマイトは考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。
それを誰が責められようか。
救いを求める手を無視して、巨悪を打ち倒すオールマイトなど───誰も想像出来ないし、したくない。
大気の砲撃はこれまでよりもずっと強烈で、幾ら動ける様になってもそれは所詮突貫工事。
力の限り動けば綻びが生じるのは必然だった。
轟音と共に大気が真っ二つに裂けた。
オールフォーワンの一撃をオールマイトが拳圧で叩き割ったのだ。
だが───その代償は大きい。
「何ということでしょうか、オールマイトが縮んでしまっています………!」
上空のヘリが捉えたオールマイトの姿は変わり果てた物だった。
筋骨隆々だった身体は骨と皮だけな貧相な物へと変わり、緩んだコスチュームは酷く不恰好。
誰が今の彼を見て平和の象徴だと思うだろうか。
「やっとだ」
同時にオールフォーワンの治癒が完了する。
状況は最悪だ。
「やっとその矜持を、怪我をおして通し続けたそれを砕ける」
オールフォーワンが両手を広げる。
「頬はこけ、目は窪み! 貧相なNo.1だ。だが恥じる必要はない! それが本当の姿なんだろう!?」
芝居がかった所作を続けながら、背中からまた人面を備えた触手を生やしていく。
「身体が朽ち衰えようと、この姿を衆目に晒されても! 私の心は依然、平和の象徴! 一欠片とて奪えるものじゃあない!」
「素晴らしい! まいったよ! 強情で聞かん坊だったね、君は!」
拳を握るオールマイトにオールフォーワンは言った。
「だから君を殺すよ。僕が考える限り、最も惨たらしい方法で……その死を世界に晒す」
人面触手の口から溢れ出す、赤紫の猛毒。
垂れて落ちた地面が溶解されるそれが仮に人体に流れ込みでもすれば───想像を絶する苦痛を与え、その死に様は凄惨な物となるだろう。
「クソッ! エッジショット!」
「分かってる、だが、体が動かん!」
「エンデヴァー!」
「黙ってろ! 今、くそっ、排熱、中だ……!」
「俊典!!」
ヒーロー達が必死に手を伸ばす。
だが、届かない。
禪院は足が限界を迎えていた。
エッジショットはその補助をした際に禪院のスピードに耐えきれず全身に酷い傷を負っていた。
エンデヴァーはプロミネンスの反動で身動きが取れない。
グラントリノは墜落時の怪我でそもそも動いてはならない様な状態から無理をして突撃した。とてもではないが割り込めない。
ベストジーニスト達は向かってこそいるが、そもそも速力が足りない。間に合わない。
「まだだ……!」
オールマイトが右腕のみの歪なマッスルフォームを作る。
「渾身の一振り。まだ抗う、と。その気概は買うけどね───僕がそれに付き合う理由はない。作戦に夢と希望を詰め込むなよ」
超高圧力で噴射された猛毒の一閃がオールマイトへと向かう。
オールマイトが拳圧で散らす。
再び放たれる。
再び拳圧で散らす。
マッスルフォームが維持できなくなる。
「赫灼、熱拳!」
そこへ排熱を終えたエンデヴァーが駆け付けた。
オールフォーワンの砲門が再び市民へと向けられる。
「ほら、助けなよ。ヒーロー」
エンデヴァーは超人ではない。
オールマイトを超えようと研鑽を重ね、その度に差を痛感してきた。彼の腕は同時に2人の人間を救える様に出来てはいない。
市民を救えば、オールマイトは死ぬ。
───だから、何だ! 何としてでも両方助けろ! それがヒーローだろう!?
「意識を他所へやったね?」
それがオールフォーワンの狙い。
「くっ!?」
砲門の全てがエンデヴァーと、オールマイトへ向かおうとしていたヒーロー達へ急旋回。間髪入れずに、猛毒だけでなく灼熱、雷撃、暴風、礫と無数の個性が放たれていく。
ヒーロー達の足が完全に止められた。
最早、オールフォーワンの攻勢を止める者はいない。
「それじゃあサヨナラだ」
ヒーロー達の足止めを触手で行い、オールフォーワンは殴殺に適した個性を掛け合わせてオールマイトを直接叩かんと準備を進める。
───猛毒を散らす為に2回、全力で拳を振り抜いている。奴にもう力は殆ど残っていない。
それは予想ではなく確信。
事実、無理をした代償としてオールマイトはマッスルフォームの形だけは維持出来ているが、振り抜ける力はもう残っていない。
オールフォーワンの腕が再び、エンデヴァーに殴り掛かった時と同様に変化する。
「それでもまだ………! 死ねんのだ!」
オールマイトは諦めない。
死ねない。
死ぬ訳にはいかない。
背中に守るべき者がいる。
たった1人で国の平和を背負う重責がある。
まだ教えを必要とする弟子がいる。
「さらばだオールフォーワン! そして、ワンフォーオール!」
身体の内に燃える最後の炎を引き出す。
───ここで奴を一撃で削り尽くす! その為に残しておいた力! 出し惜しむなどあり得ない!
肉薄してくる巨悪にオールマイトは笑顔を浮かべながら立ち向かった。
転瞬、拳がぶつかり合う。
空間が歪んだと錯覚する程の圧が大気を弾き、衝撃波となって拡散する。
しかし、幾ら右腕の力は変わらずとも、それを支える足腰の力が足りていない。オールマイトは靴底を擦り減らしながら、オールフォーワンに押されていく。
「これから僕らが君の積み上げてきた物を壊していく所を、指を咥えて見ているといい」
オールフォーワンの拳が振り抜かれ、オールマイトが宙を舞う。
瓦礫の側で身動きが取れなくなっていた女性の側に、音を立てて身体が落ちる。
「いやっ、いやぁ! オールマイト! オールマイト! お願い! 負けないで!」
女性が呼びかけるが、言葉を返す余力がオールマイトにはない。
「───僕はその男が大嫌いでね」
オールフォーワンが拳を構え、空から追撃に向かう。
誰かの悲鳴が戦場に木霊した。
今にも命の灯火が潰えそうな2人を想い、人々が声を上げる。
“誰か彼らを助けてくれ”と。
ヒーロー達が歯を食いしばりながら立ち上がろうと、泥に塗れながらもがく。
その時───遠雷と共に、遥か遠く夜空で青い光が瞬いた。
「何だ?」
雲はない。だが確かに雷鳴が
星はない。だが確かにその光は存在している。
───いや、気にしている時間はないな。エンデヴァーが迫っている。
違和感
稲光が奔り、そして───雷鳴。
誰も間に合わなかった。
エンデヴァーもそうだが、仮にこの中で最も脚が速い禪院が動けたとしても怪しい。
だが、音の440倍の速度で大気を引き裂き、古代より神罰として恐れられた、それならば。
「ッ!?」
間に合う。
一直線に落ちた蒼雷がオールフォーワンを打つ。
声すら出ない痛みと全身を駆け巡る電流が、足の先から頭の天辺まで一切の身動きを許さない。
稲光に遅れ、通り道となった大気が爆発する様に膨張して轟音を奏でる。
そして雷鳴と共に、人影がオールフォーワンの前へ躍り出た。
───バカな。
死んだ筈だ。
生命維持装置を外した。
再生に類する個性は持っていなかったから奪われていない。
6年前、オールマイトに殺されかけた自分以上の大怪我だった。両腕を失い、筋繊維は脚の末端が殆ど炭化していた。眼球は焼け、血は濁り、あとは死を待つだけだった筈だ。
───精神世界は崩壊を開始していた。間違いなく因子は弱まっていた。
だが葬った筈の少年が今、目の前にいる。
世界がオールマイトの敗北を慨嘆する間もなく、戦地に現れたのは───
「ちょっと痩せたか!? オールマイト!!」
“雷神”、上鳴電気。
「なぜ、お前が、生きている!」
オールフォーワンにとっては忌々しい、晴れ渡る空のような笑みを浮かべた上鳴が拳を構える。
6年前、内臓を撒き散らしながら自分に迫った男の顔と上鳴が重なる。
「鹿紫雲………!」
呻くように聞き覚えのある名前を口にしたオールフォーワンに、上鳴は目を見開いた。
師匠は柄じゃないって言ってたしなぁ、なんて益体もないことが上鳴の脳裏を過ぎる。
だから、言葉を変えた。
「俺の“
上鳴が金紫の稲妻を纏う拳を振り抜く。
感電から復帰したオールフォーワンが右腕を盾にする。
黒閃
5度目の黒閃。
黒い稲光と共にオールフォーワンの右腕が千切れ飛び、それでも尚相殺し切れない衝撃がその身体を錐揉み回転させながら、遥か後方にある倒壊しかけのビルにまで吹き飛ばした。
轟音。崩壊するビルにオールフォーワンが沈む。
残心。
それから上鳴はオールマイトとポカンとしている女性を抱え、亡霊でも見るかの様な目で自分を見てくるヒーロー達に合流。2人を預け、直ぐにオールフォーワンを追った。
「本当に鬱陶しい男だ………お前のせいで2度もヒーローを仕留め損なった……!」
瓦礫をどかし、砂塵を払ってオールフォーワンが宙空に立つ。
「仕方ない。最終手段だ───今僕が掛け合わせられる全ての“個性”を束ね、君たちの存在を否定する!」
オールフォーワンの肉体が膨れ上がる。
肉株、槍骨、鋲突、鋲、エアウォーク、膂力増強×4、瞬発力増強×5、骨鎧、人面、風力、火炎放射器、光塵、加圧、重荷、赤外線、電波、ゴム、避雷針、炭素硬化、超再生……etc
元から体格が良いオールフォーワンのそれが一回り大きくなり、骨の鎧を纏う。そして骨の鎧が瞬く間に炭素硬化によって黒く染まった。
人面を備えた9本の触手が尾の様に揺れ、顔面を覆った黒い髑髏から赤い光が漏れる。
「全因解放───
魔王を見上げ、上鳴は言う。
「……お前が持つ無数の個性群の中には俺に対して有効打を持つ物だけじゃなく、天敵とさえ呼べる個性だってあるだろう」
だからどうしたと上鳴は口角を吊り上げ、闘争心を剥き出しにして笑う。
「俺1人で戦う必要なんて最初からない。他のヒーローと一緒に戦えばいい。それまでお前をいなしてしまえば───俺たちの勝ちだ」
脱力し、だらりと両腕を地面に向けて垂らした上鳴から呪力が立ち昇った。
「それは雑魚の思考だ!」
呪力が肉体の強度を底上げし、更にその肉体に宿った因子を励起する。
「全因解放───!」
雷神と呼ばれた呪術師の術式は使えば最後、肉体が術式によって引き起こされた変化に耐え切れず自壊するという致命的なデメリットを抱えていた。
「幻獣琥珀!!」
そもそも複数の因子が肉体に反映されれば、通常その負荷に身体は耐え切れず自壊する。
だからオールフォーワンは投薬と人為的な改造によりその負荷に耐え得る改造人間、脳無を生み出した。
だが───ここに例外が存在する。
脳無の中興の祖、“耐久”を持つ男が一切の改造を受けないまま複数の個性に耐えて見せたように。
その複製と“ストレス”のコンボにより負荷を力に変えたマスキュラーが一度は上鳴を退けてみせたように。
幼少期より肉体改造という他ない治療を施され、単純な膂力であればワンフォーオールの100%に近い力を引き出しても壊れない上鳴の身体なら。
帯電という個性を突き詰め数多の応用を獲得する過程で、肉体は電気エネルギーとそこから生み出される現象に一定以上の耐性を得ている上鳴ならば、その負荷に耐えられる。
───思った以上にキツイな……!
しかしそれでも尚、絶大な負荷が身体に掛かる。
無制限に使える訳ではない。
死ぬのが遅いのか、早いのか。
はたまた1回きりなのか、2回目に使って死ぬのか。その程度の差しかない。
結局、相手を倒して自分も死ぬ自爆技としてしか意味を成さない。
しかし、上鳴には反転術式があった。
───4分11秒。
それは精神に掛かる負荷を呪力に変換しながら反転術式を回し続け、戦闘を続行できるだけの時間。
同時に、上鳴電気の現状最高到達点である“幻獣琥珀”をリスク無く終了できるタイムリミットだ。
「この4分11秒で不死身の
魔王と幻獣が相対する。
神野最後の戦いが幕を開けた。
次回が神野ラストバトルです。長かった……ここまで長かったですわ……あまり日を空けずに更新できる様に頑張りますね(進捗0文字、白紙のプロット、ライブ感でいけ)