雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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本誌勢の皆様、いかがお過ごしでしょうか。私は日に日に胸に開いた穴が大きくなるような感覚を覚えています………


ep.66 神野事変 -終-

神野事変が終わった後、警察に爆弾を預けた上鳴は即時最寄りの病院に搬送された。それから最低限の検査を受け、雄英入学まで世話になっていた病院へ転院。

 

 

リカバリーガールの治療を経て一時的に職場復帰した善院主導の検査入院の日々を過ごしていた。

 

 

上鳴の肉体に悪いところなど一切ない。

だが、それが却って異常と判断された。

上鳴の身体には今、生来有していた“帯電”の因子に変質が見られる他、それとは全く別の個性因子が7種類も存在していた為だ。

 

 

個性因子の分野に明るい善院から見てもそれは異様であり、検査結果を脳無の司法解剖を行ったセントラル病院の吉田竜医師に送ったところ「何故彼が意識と人の形を保てているのか分からない」という返答が来る始末。

 

 

そんな状態で退院が許可される筈もなく、ずるずると入院は長引き───現在。

 

上鳴は10年間、毎日足を運んでいた診察室に再び足繁く通う事を余儀なくされていた。

 

 

私室よりも私物がある診察室の回転椅子に腰を掛け、上鳴がくるくると座席を回していると、重苦しい溜息と共に善院が言葉を吐き出した。

 

 

「……すまん、もう一回言ってくれへんか?」

 

 

白衣に身を包んだ善院が眉間を揉む。

捻り出した様なその言葉に上鳴は動きをピタリと止め、言った。

 

 

「だから………ひゅーとやってひょいだって。ひゅーひょい。分かんない?」

 

 

「誰も君の感覚聞いとらんのやわ」

 

 

「いひゃいせんせい。ほっぺたひっぱらないでくれ」

 

 

善院によって“びよーん”と伸ばされた上鳴の頬が赤く染まる。涙目の上鳴に善院は何とも言えない顔を浮かべた。

 

 

「よう分からん理屈で、よう分からん個性奪って、よう分からん状態なっとんのをもっとビビってくれ………」

 

 

「だってビビったってしかたないじゃんか……俺にどうしろってんだよ……」

 

 

善院が「ぐぬぬ」と口を真一文字に結ぶ。

上鳴も善院の言葉が正しい事は分かっている。

それが心配からくる言葉であることもだ。

だがそれはそれ、これはこれである。

 

 

「精神的負荷を力に変える力の応用で肉体を再生しとるのがホンマにわからん……何か隠しとるやろ」

 

 

ストレスの下位互換とされる個性を“呪力”という名前で新たに個性登録をした際、善院から怪訝な顔をされたのを思い出す。

 

 

───前世云々の話をしたら一生ここから出してもらえなくなりそうだしな。

 

 

魂の兄弟、鹿紫雲一のことを一から十まで説明すれば「頭に問題があるんやな、分かった」とCT検査に回されるだけなのは目に見えている。

 

 

言語化が藪蛇にしかならない以上、上鳴はアホ面を晒しながら適当に誤魔化す気しかなかった。

 

「検査入院はもう良いだろ? 俺、明後日から学校なんだよ」

 

 

その上でタイムリミットを明示し、判断を迫る。

そして「もう病院やだー!」と手足をばたつかせて駄々をこねた。

 

 

「すくすくと情緒が育ってる様で何よりやわ」と善院。

 

その頬は少し引き攣っていた。

善院には上鳴の思惑など手に取るように分かっている。はぐらかされていることも含め、だ。

一個人として上鳴の成長と回復を喜ぶ気持ちもある。しかしその一方で、医者として“理解の及ばない未知の力”を激しく警戒していたからこその検査入院。

 

 

「確かに……検査結果はオールグリーン。清々しい程の健康体やけどなぁ……」

 

 

止める理由が無い───善院にはそれが酷く不気味に見えた。

 

 

「先生が『推してたマイナーバンドがメジャーデビューして流行りに迎合した曲ばっか出す様になった時のファンみたいな顔』してる……」

 

 

「そうそう。ちょっと捻くれた歌詞が良かったのに、タイアップで爽やかなの出したらバカ売れしてそればっかになったみたいな………おい」

 

 

「解像度高くてウケる」

 

 

善院はケラケラと笑う上鳴の脳天に「茶化すな」と言って拳骨を落としつつ、再び深い溜息を吐いた。

 

 

「まあ、身体に関してはこの際ええわ。それより───幻獣琥珀やったか? アレは暫く使こたらアカンで」

 

 

「えー!?」

 

 

「えー、ちゃうわ。幻獣琥珀は因子の暴走状態やろ? 理屈と原産にさえ目を瞑れば世界最高峰の治癒能力である“反転術式”やったかを緩く垂れ流しにして、漸く4分ちょいしか維持できへんなんてまともやない」

 

 

今度は上鳴が口を一の字に結び、唸る。

 

 

「神野近辺でデリンジャー現象が発生してたのは知っとるな? 十中八九、デンキくんの力が原因や。普通に戦っとったらそうはならんやろ?………少なくとも都市部でアレは使えん」

 

 

「むむむ。一理ある」

 

 

「今の君は神野事変前の君と全くちゃう。身体も心もな。幻獣琥珀は確かに強い。“あっち側”、オールマイトやスターアンドストライプがいる世界に踏み込んどる。より洗練させれば───っと。ちょっと話がズレてもうたか」

 

 

善院の言葉に上鳴が首を捻る。

 

 

「うーん。あん時は結構ボーナスタイム感あったからなぁ……何にせよ、鍛え直しってことだろ? ワクワクすんね! 先生、ちょっと身体動かそうぜ!? 俺今、新技のイメージが湧きまくっててさ!」

 

 

椅子から立った上鳴の肩を上から押さえて、善院は言った。

 

 

「勘弁してくれ。無茶したせいで脚がまだ戻らんのや。君の相手はまた今度な」

 

 

「だから俺が治すって言ってんのに」

 

 

上鳴が唇を尖らせる。

苦笑しながら善院は「すまんな」と前置き。

 

 

「プライドの問題もあるけど、これは俺が無茶した不始末や。出来る限りは自然に治したい」

 

 

「リカバリーガールは頼るのに?」

 

 

「あれは自然治癒の延長や。君のとはまた訳がちゃう」

 

 

善院はそこで咳払いをして話を変えた。

 

 

「そんな事より、自分学校学校言うとるけど───雄英、全寮制になるんやろ? お父さんとお母さんは納得しはったんか?」

 

 

2度に渡る生徒への直接的な被害と襲撃。

4度目にもなる敵との接触。

これらの事態を重く受け止めた雄英は全寮制を導入し、更に生徒の親族が住む地域へのヒーロー増員などを対策として打ち出していた。

当然、上鳴も雄英生である以上は全寮制からは逃れられない。その説明にあたり家庭訪問が実施され、上鳴がいる病院の個室がその場所として選ばれた訳だが───

 

 

くっそ揉めたよな

 

 

「……やろうね。ほんまええ親御さんの所に生まれてきたな、自分」

 

 

上鳴は「まあな!」と自分を褒めてもらったように破顔した。それから「たださぁ」と言葉を続ける。

 

 

「まあ、揉めたのは全寮制以外にも色々あって……そっちも、とーちゃんにぶん殴られたり、かーちゃんにガチ泣きされたり大変だった」

 

 

学校側から林間合宿で息子がどの様な状態で拉致されたかを聞かされていた上鳴の両親が、病院で「わりぃわりぃ」とヘラヘラしている息子に安堵を覚えるのと同時に、怒りを抱くのも無理はなかった。

 

 

上鳴は父から「無茶ばかりするな!」と愛の拳骨を受け、母に号泣されるなどして入院中は過ごした訳だが───問題はここからだ。

 

 

「結局1番ヤバかったのは相澤先生に掴み掛かったかーちゃんのキレ方だけど」

 

 

説明に担任の相澤と、オールマイトこと八木俊典が詫びと説明に病院まで来た時だ。

 

 

「何で私たちが“はい、分かりました”と言うと思ったんですか……?」

 

 

その時、上鳴はベッドの上で八木が持ってきたフルーツの盛り合わせの中にあったバナナを食べていた。

 

 

しかし、思わずその手を止めてしまうくらいには母の剣幕は凄まじかった。

 

 

そして言葉を尽くそうとする相澤に、上鳴の母はキレた。静電気で髪を逆立てながら鬼の形相で掴みかかった。上鳴がバナナを皿に戻して止めに入る程の暴れっぷりで、普段温厚な所しか見ていない夫と息子は慌てっぱなしだった。

 

 

「まあ………何とか折れてくれて良かったよ………わんわん泣かれたけど………」

 

 

上鳴からすると雄英に通うのは絶対だ。

それ以外の道はない。譲れない。

上鳴の決意の固さがあったからこそ、親はそれを認めざるを得なかった。

 

 

───まあ、タイミングも悪かった。

 

 

「公安の人が来て仮免アップグレードして帰ったのも多分悪かったんだろうなぁ、とは思った」

 

 

「それ初耳なんやけど?」と善院が眉間に皺寄せする。

 

 

上鳴は「そうだっけ?」と言って続けた。

 

 

「真っ赤な翼の人が面会で来てさぁ。今日から仮免じゃなくてこっち持っておいてねって」

 

 

赤い翼? ホークス? と善院が首を傾げていると、上鳴が上着の内ポケットから一枚のプラスチックカードを取り出して見せた。

それの表面に書かれていたのは『ヒーロー活動特別許可証』の文字。見た事のないそれを何となく裏返しにした善院は、暫く目を見開いたまま固まった。

 

 

「────やないかい」

 

 

「はい?」

 

 

「これ実質ヒーロー活動許可証………プロライセンスやないかい!?」

 

 

「らしいね」

 

 

「らしいね!?」

 

 

「や、ちゃんとしたライセンスは年齢制限で高校3年からしか取れないからその代わりだって………渡しにきてくれた兄ちゃんが言ってた。あと自動的にプロライセンスに更新してくれるって」

 

 

───有名人風だったけど、何だったんだろうな………ホークスだっけ? 初めて聞いた名前だったな。*1

 

 

「………オールマイトが活動を休止している今、デンキくんを遊ばせてる余裕はないっちゅー事やろな。ほぼ学徒出陣やんけ。何を考えとんのや公安は」

 

 

「それは別にいいけどな。空飛べるようになったから、これありゃ移動も楽だし」

 

 

善院から許可証を受け取りポケットに仕舞い込みながら、上鳴は立ち上がった。

 

 

「じゃ、先生。何でもいいけど退院でいいよな?」

 

 

「おお………もう好きにしてくれ………」

 

 

「やった」

 

 

「無茶だけはせんといてな」

 

 

真面目な顔の善院に、上鳴はこう言い放った。

 

 

「どちらもありうる───そんだけだ」

 

 

おいふざけんな! 好きにして無茶もするなんて許される訳ないやろ!?

 

 

そんな善院の悲鳴のような叫び声を背に受けながら、上鳴は診察室の窓から雄英に向かって飛び立った。

 

 

 

 

病院から飛び立った上鳴は1時間と掛からずに雄英の敷居を跨ぎ、職員室にいる相澤を訪ねた。

 

 

「体調に問題はないか?」

 

 

「バッチリだぜ 」

 

 

指で輪っかを作って笑う上鳴に、相澤は安堵の息を漏らした。

 

 

「ご心配をおかけしました! 相澤先生」

 

 

「いや………不甲斐ない先生でこちらこそ悪かった。お前が死に掛けたのは間違いなく、俺の怠慢だ」

 

 

「いやいや、“勝てる”って信頼を裏切った俺の弱さだってあるんだし………あんま気にしないで欲しいっすわ」

 

 

「そんな事はない。俺ならマスキュラーを止められた───お前と合流していたら、ここまでの事態にはならなかったろう」

 

 

神野事変が終結して暫く経つが、未だメディアはその余波についての報道を続けている。

 

 

“平和の象徴”オールマイトの()()()()

 

 

“魔王”オールフォーワンについての真偽不明の情報の錯綜。

 

 

オールマイトに代わり魔王を討った“雷神”上鳴電気の過去や現在───そして、今後の日本を支える事になるエンデヴァーへの不安。

 

 

概ねオールフォーワンの狙い通りだ。

 

 

エンデヴァーは寡黙で苛烈。良く言っても職人気質な男という印象が強い。

 

 

オールフォーワンを倒した上鳴は、同級生を鼓舞するように声掛けをした姿がメディアに取り上げられたことで体育祭での血生臭いイメージを払拭したが、まだ若い。

 

 

エンデヴァーもミカヅチも、“ナチュラルボーンヒーロー”というイメージを持たれている平和の象徴の後継は務まらない。

 

 

社会に渦巻く不安は膨れ上がる一方だ。

 

 

「でもまあ、そうなってたら相澤先生がクビになってたんじゃないっすか?」

 

 

「……かもな」

 

 

「だったら俺が捕まって正解だったな」

 

 

相澤の抹消が万能ではない以上、あの襲撃を無傷でやり過ごす事は不可能に近い。そうなれば敵の逃亡を許す形になるだろう。

 

 

どの様な流れであれ上鳴は八百万に発信機を作らせるし、それを元にアジトを探り反撃を仕掛ければ神野事変は避けられない。

 

 

神野区の被害は計り知れないが、この一件でイレイザーヘッドが教師を辞するだけでなく引退に追い込まれたとしたら。

 

 

───鹿紫雲の記憶を全部取り戻した訳じゃない。あんま当てにする気もないけど……相澤先生がいなくなったら、多分最初に見た光景より世界は酷くなってる。

 

 

それ以上の悪夢が待っている。

 

 

「………俺、相澤先生以外が担任とか嫌っすから」

 

 

別に他の先生が嫌いとかじゃないっすけど、と上鳴は付け加えた。

そして直ぐに話を変える。

 

 

「相澤先生に聞きたかったんすけど、皆の調子はどうでした?」

 

 

「自分たちの力不足で上鳴が攫われた、ってカウンセリングで口を揃えて言っていたよ。そん時はまあ、それなりに酷い顔だった───が、家庭訪問の時は神野でお前が元気にテレビの前ではしゃいでた後だったからな。切り替えてた。ただ」

 

 

「ただ……?」

 

 

「耳郎、葉隠、爆豪、緑谷。この4人はオーバーワーク気味だった。あと、八百万が目の下に隈を作ってたな」

 

 

「1人残らず、俺と居た奴らじゃんか……」

 

 

「耳郎なんか左腕が肩から手首まで傷だらけになってたぞ」

 

 

「何やってんだよマイベストフレンド!!」

 

 

「ちゃんと話してやれ───さて、そろそろ全員集まる頃だ。寮まで行くぞ」

 

 

「ウッス! あ、飛んで行きますか?」

 

 

「遠慮する」

 

 

相澤の背後をぷかぷかと浮かびながら上鳴は付いて行った。

 

 

 

 

それから徒歩5分。

雄英が建てた学生寮ハイツアライアンスの前に集まった1年A組の面々と2人は合流を果たした。

 

 

「相澤先生! 上鳴!」

「すまねぇ上鳴! 林間じゃお前の助けになれなくて!」

「本当に無事で良かったよ!」

「また皆で集まれて、本当に良かったわ。先生も、会見を見た時は居なくなってしまうかもと思って……」

 

 

真っ先に2人に気付いた峰田が声を張り上げ、続け様に切島、芦戸、蛙吹が声をかける。

それから直ぐにわらわらと駆け寄ってくるクラスメイトに上鳴は「悪りぃな心配かけて」と微笑んだ。

 

 

「すまないが、再会を祝すのは一旦後にしてくれ」

 

 

相澤が喧騒が大きくなり過ぎないよう釘を刺す。

瞬く間に静まり、居住まいを正して整列する生徒達に相澤は再度「悪いな」と前置きをしてから話を始めた。

 

 

「これから寮について軽く説明するが、その前に一つ。当面の間、雄英1年ヒーロー科は仮免習得に向けて動いていく」

 

 

「そういやそんな話だったな」と瀬呂。

「林間と自宅待機ですっかり忘れてたぜ」瀬呂の言葉に砂藤が頷きながら言う。

 

 

「大事な話だ。いいか───先日付けで、上鳴電気は公安から“個性行使特別許可証”を発行され、事実上のプロヒーローになった。皆、拍手」

 

 

パチパチと相澤だけが手を叩く中、爆豪がぐりんと頭を上鳴へと向けた。

 

 

「おい、上鳴、訳を言え、人が心配してやってる間に、何をしれっと、抜け駆け、しとんじゃ」

 

 

「か、かっちゃんが頑張って冷静さを保とうとしている………!」

 

 

目が吊り上がる爆豪に、口元を押さえながら言った緑谷。

 

「言葉通りだ。正直俺もよく分からん。ホークスとかいう鷹の兄ちゃんが新しい免許持ってきた、くらいにしか思ってないしな」

 

 

「ホークス! 前回チャートNo.3!! 速すぎる男の異名を持つ若手ヒーローのトップオブトップ! 背中に備えた赤い大翼、“剛翼”は羽の1枚1枚を任意で動かせる念動力系の個性と異形型の複合型とする説はあまりにも有名だよね! 手厚いファンサと親しみ易い人柄から地元住民からの信頼も高い! 常闇くんの職場体験先で………」

 

 

「ありがとう緑谷。ありがとう。もういい。分かった」

 

 

上鳴は緑谷の肩に手を置いて宥め、そのまま緑谷の身柄を麗日と飯田にパスした。

 

 

「オールマイトが活動を休止した今、遊ばせる戦力はない───ってのが俺の先生、神野でオールマイトの傷を縫合したりした禪院の見解だ」

 

 

「禪院! 旧名はアニマティック! アメリカでの活動しか情報が殆どなくて日本では無名だけど、向こうの掲示板だと“最速のヒーロー”議論に必ず名前が挙がるヒーローだよね!? どんな個性」

 

 

「飯田、麗日、頼む。緑谷の口を押さえててくれ」

 

 

「デクくんの性分やから……」

「うむ………止めようが……」

 

 

「話が進まねぇんだよ黙ってろクソナード!───プロライセンスの理屈は分かった。それより、あの姿はなんだ。体育祭は、オールマイトとの戦闘訓練は………舐めプしてたんか」

 

 

話の後半の方が爆豪にとって大事なことだった。

それは真正面から目を見て話を聞いていた上鳴にも伝わってくる。相澤は「話が脱線し過ぎだ」と遮ろうとしたが上鳴はそれを手で制し、答えた。

 

 

「ちげぇよ。説明すれば長くなる………から、この際だし全員に言うが───俺は林間で両腕が千切れた。目も電熱で焼けて全く見えなくなってた。相澤先生、爆豪、耳郎が証人だ」

 

 

全員が勢いよく、それぞれの近い場所にいる名指しされた人物へと顔を向けた。

相澤も、爆豪も、耳郎も、苦々しい顔で頷いた。

 

 

「噂になってると思うが俺が倒した………いや、殺したあのヴィランは“個性を奪い、与える”っていう滅茶苦茶な力を持ってた。俺は死に掛けの状態でそいつの前に引き摺り出されて、個性を奪われかけた」

 

 

相澤はその話を聞いていたから驚きは無かった。既に無力感や自身への怒りとは折り合いを付けている。

 

 

だが、クラスメイト達には刺激が強過ぎた。

 

 

特に耳郎を筆頭に、事件当初上鳴と一時行動を共にした八百万、葉隠、緑谷、そして拉致される瞬間を目撃した爆豪の顔色は土気色になっている。

 

 

もしも上鳴の個性が奪われていたら。

 

 

その最悪の未来が脳裏を過り、息をすることさえ忘れてしまっていた。

 

 

しかし、そんな彼らに気を使う事もなく上鳴は澱みなく説明を続ける。

 

 

「で、奪われる時に行われる因子への干渉を逆手に取って奴さんから個性を奪った。全部で8つ。内一つは完全に“帯電”と融合したんだが、それがミソでな」

 

 

上鳴は右手に自身の身体が耐えられない電熱を発生させ、火傷を起こした。

 

 

眩い光と共に肉の焼ける匂いが辺りに漂う。

 

 

耳郎と爆豪の網膜に焼き付いている、濁った瞳で自分を見つめる上鳴の姿が───光の奥にいる今の上鳴と重なった。

 

 

爆豪の喉からヒュッと音が鳴り、耳郎は咄嗟に口元に手を当て、胃から迫り上がってくる物を気合いで押し留めた。

 

 

赤い目を光らせた相澤が“抹消”で上鳴の凶行を止めたのは、それと同時。

 

だがそれが却って電光によって隠されていた凄惨な腕を顕にしてしまった。

 

 

焼け爛れた腕にクラスメイト達は息を呑んで閉口した。

 

 

「何やってる!? お前、もう痛覚だって───!」

 

 

「実演しなきゃ分かんないだろうし」

 

 

「……ッ! せめて、一声かけろ」

 

 

絞り出された相澤の声に上鳴は「気を付けるっす」とだけ返し、“抹消”を解かれるのに合わせて反転術式を発動。白い電流が上鳴の右手から奔り、時間が巻き戻る様に火傷は消えていった。

 

 

その光景を見た葉隠がぺたんと尻餅をついた。

何人かが呼吸を荒らげ、目を白黒させる。

 

 

それを見ても上鳴は調子を変えない。

 

 

「これで無くなった腕を生やして、目を戻した。で、加減分からなくてとにかく過剰放出してたら脳みその故障まで治ったんだが………それは話がちょっとズレるな。本題はこっちだ」

 

 

そして上鳴は時間にして約5秒、幻獣琥珀の姿を見せてから話を続けた。

 

 

「今のは俺の体にある“帯電”以外の7つの因子を励起させた姿だ。気にせずに使うと因子による肉体の変化に細胞が耐えきれなくなって、身体が崩壊する。だからさっき見せた回復技をゆるーく使いっぱなしにして制限時間付きで実用化したんだよ」

 

 

上鳴は爆豪に向かって言った。

 

 

「オールマイトとは本気でやった。体育祭はまあ、手加減なしとまではいかねぇけど………要所要所でちゃんと(りき)出したさ」

 

 

「………悪かった。変なこと、聞いて」顔を伏せたまま爆豪が素直に謝る。

 

 

上鳴が首を横に振る。

 

 

「別にいいよ。俺がお前でも同じこと聞いてた………今見せたのは全部、棚ぼただ。正直言って、自分でもよく生きてここにいられるなって思うよ。だからってあんま気負いしないでくれ。ぶっちゃけ今の皆、接しにくい。今俺がここにいれるのってお前らのおかげだしさ」

 

 

皮肉でも何でもなく、心底から笑って言う上鳴に全員が呆気に取られた。

葉隠がか細い声で言う。

 

 

「どういう、こと?」

 

 

「そのまんまだよ。もう死ぬかもしれないって時……生きる理由を探したら、皆の顔が浮かんだ」

 

 

俺が1番体育祭楽しんだ自信があるからな? と上鳴は悪戯っぽく笑う。

 

 

「皆が俺に向かってきてくれたのが凄い嬉しかったんだなって、今際の際に思ったわけ」

 

 

本当にただそれだけだった。

死にたくない。

まだ見ていたいと───そう思わせてくれた。

 

 

「だから……強くなってくれよ。俺に置いていかれないくらいにさ」

 

 

上鳴がそう言うと、爆豪が叫んだ。

 

 

「ったりめぇだ!!! 今回はテメェに助けられた! だがなぁ! 礼は言わねぇッ! 何故なら次は俺がテメェを助け殺すからだ! 覚えとけッ!」

 

 

爆豪なりの決意と礼に上鳴は獰猛な笑みを返した。

 

 

「チンタラしてたら置いてくからな、普通に」

 

 

「ハッ! 上等だ! 壁なんてもんは! 分厚くて高い方がぶっ壊し甲斐があんだよ!」

 

 

爆豪が瞳の中で闘志を燃やす。

先程までの弱った様子は、もうどこにもない。

 

 

「やっぱ爆豪はこうでなくちゃあな。さっきまでのシナシナの“しなっちゃん”じゃあ味がしねぇのなんの」

 

 

「変な渾名つけんじゃねぇ!!」

 

 

キレる爆豪を指差して上鳴が腹を抱えて笑う。

そうして一頻り笑った後、上鳴は言った。

 

 

「で………皆は?」

 

 

上鳴の言葉への返答は───身を焦がすほどの熱だった。

体育祭前、耳郎の言葉に触発されるように向けられたそれよりもずっと熱い。

 

 

「こういう時なんて言うんだっけなぁ? 緑谷」

 

 

その前振りに緑谷が吼える。

 

 

「更に、向こうへ!!」

 

 

「Plus Ultra!!!」

 

 

A組は天に拳を突き上げた後、ぞろぞろと新しい住居へ向かって歩みを進めた。

 

 

 

 

───ダメだ。

 

 

ノリきれなかった。

耳郎は前に進むクラスメイトの背中を見て、下唇を噛んだ。

爆豪はもう切り替えていた。

同じ様に悔しい思いをした他の皆も、既に前を向いている。

 

 

───ウチだけだ。

 

 

自分だけだ。

自分だけがまだ、胸の内に蟠りを抱えている。

割り切れない怒りと悔しさがずっとこびりついて離れない。

毎日の様に夢に見ている。

あの日、敵に敗れて助けられた事を。血塗れの友達に手を伸ばすことすら叶わなかった、己の不甲斐なさを。

 

 

───切り替えなきゃ。

 

 

そう考える度に、耳郎の中で体育祭の日に善院から掛けられた言葉がリフレインした。

 

 

“期待しとった子が情けない面で出てきたら……取り返しが付かんことになるかも分からん”

 

 

もう期待などされていないかもしれない。

自分はこの中で誰よりも上鳴と一緒にいて、鍛えられて、それでもまだ何も成し遂げていないから。

そんなネガティブな考えが浮かんでは消え、耳郎の歩調は自然と鈍り、顔は下を向いた。

 

 

だから、上鳴でも気が付けた。

 

 

「耳郎」

 

 

上鳴が耳郎に声を掛ける。

 

 

「ごめん、心配かけたな………()()

 

 

上鳴が言い放ったその一言で、耳郎は顔を上げさせられた。

 

 

「なん、で」

 

 

「な、何で? 1番仲良い友達が耳郎だと思ったからなんだけど………ダメか?」

 

 

「ダメ、じゃない、けど」

 

 

歯切れ悪いなぁと上鳴は眉尻を下げた。

そして、自分でも思った以上にショックを受けている自覚を持ちながら「耳郎が嫌なら仕方ないか」と言おうとした、その時。

 

 

「耳郎………?」

 

 

「こっち見ないで」

 

 

耳郎の目元で光った物が、頬を伝って落ちていった。

 

 

「そ、そんなに嫌だったのか」

 

 

「ちっ、違うから、本当に!」

 

 

茫然とする上鳴に耳郎は慌てた。

 

 

「ウチは………あんたの期待に一回も応えれてなくて……友達だって胸張って言える様な何かがある訳でもないのに」

 

 

その返答に上鳴は目を丸くしてから、言った。

 

 

「俺は耳郎に救われたよ───何度もな」

 

 

本人にとっては何気ない言葉であったとしても、それを受け取った側にとっては救いになる時だってある。

 

 

「今際の際で俺の力になったのは………ほとんど、耳郎が俺に教えてくれた事だった」

 

 

愚者の学びは常に経験から生まれる。

そして、経験を学びに変えるためには知識がいる。上鳴は特別頭が良い訳でも、ましてや物覚えがいい方でもない。ただ人とは違う経験値があったから、まるで天才の様に見えるだけ。

こと対人関係、一般常識においては学ぶ所しかない未熟者。雄英に入ってそれを1番教えてくれたのは、相澤でも他のクラスメイトでもない───最も接する時間が長かった耳郎響香だ。

 

だから。

 

 

「ありがとう、耳郎。いつも俺を助けてくれて」

 

 

上鳴がそっと耳郎の左手を取り、反転術式を掛けた。白い電光が瞬く間に包帯の下にあった傷を癒していく。

 

 

「それとごめんな。勝手に親友とか言っちまっ」

 

 

上鳴が言い切る前、耳郎は上鳴の手を解いて自分の頬をバチンと音がするほど強く叩いた。

 

 

そして乱暴な手つきで目尻に溜まっていた物を拭い、真っ直ぐ、クラスメイトの誰よりも強い眼差しで上鳴を見て言った。

 

 

「ウチの方こそ、情けない顔してごめん。それから───おかえり、上鳴(親友)!」

 

 

「………っ! ただいま!」

 

2人が腕を突き合わせて笑い合う。

ここからまた、新しい生活が始まる。

その門出を祝福するように、空の青は何処までも澄んでいた。

 

 

*1
上鳴が知っているプロヒーローは雄英教師と善院を除けばオールマイト、エンデヴァー、スターアンドストライプくらい





この後めちゃくちゃ峰田や芦戸葉隠に詰め寄られるなどし、「「うるさ」」と笑いながら声をハモらせる2人などを書こうとしましたが、流れがアレだったので端折りました。相澤先生も「早く説明させてくれ」と思いながら待ってますが端折りました。飛ばします。

改めて神野事変-完-です!
仮免は上鳴くん出れないのでサクッと早めに終わらせたい(切実)
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