雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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遅くなってしまい申し訳ないです!! エタった訳ではないです本当です!!


ep.69 夏暁

 

仮免試験に向けた圧縮訓練が始まった日の翌日。

 

 

上鳴は公安からの要請を受けて大阪府江州羽市へ向かっていた。

 

 

静岡にある雄英から大阪まではそれなりに距離があるが、個性で空中移動がスムーズに行える様になった上鳴なら1時間も掛からない。

 

 

悠々と身支度を済ませ、空の旅を満喫してから大阪の地を踏み締めた上鳴を待っていたのは。

 

「あれミカヅチちゃうん?」

「何でこんなとこおんの!?」

「えらい小さい子やな!」

「学校はちゃんと行かなあかんで!」

「ねぇねぇサインちょうだいねぇ!」

 

 

熱烈な歓迎であった。

わらわらと集まってくる大学生くらいの男女、豹柄の服を来たおばちゃん(おねえさん)、タイガースの帽子を被った赤ら顔のおじさん、学校帰りの小学生───その騒ぎを聞きつけて更に人が集まってくる。

 

 

「わぁ」と言っている間に、上鳴は凄まじい勢いで揉みくちゃにされた。

 

 

神野での一件があってから病院と雄英の敷地から出たことが無かったのが裏目に出た。

 

 

メディアが頻繁に取り上げているのに対し、極端に露出が少なかったせいで嫌に目を引いてしまっているのだ。

 

 

成す術なく人波に飲まれた上鳴は下手に個性を使うこともできず、両手を挙げて降伏を宣言せざるを得なかった。

 

 

しかし、そんなポーズを一般市民が理解出来るはずもなく。押し寄せる人波が上鳴の身体をプレスしていく。

 

 

どうやって抜け出そうかと上鳴が空を見上げた時だ。一際大きな声が喧騒を上塗りした。

 

 

「ちょぉっとゴメンな! 何の騒ぎか分からんけど、道行く人の邪魔なったアカンで! ほら散った散った!」

 

 

それは正しく鶴の一声。

民衆が蜘蛛の子を散らす様にはけて行く。

モーセが海を割った様に顕になった道の先で、上鳴の前に立っていたのは───

 

 

「ととろ?」

 

 

「ブォロロロロロロ………ちゃうわ! 浪速の柔らか重戦車こと、ファットさんや!」

 

 

黄色いコスチュームと丸いフォルムから老若男女を問わず人気を博すBMIヒーロー“ファットガム”その人だ。

 

 

しかし、上鳴はその名を聞いても首を傾げるだけ。上鳴のヒーロー知識は緑谷の爪の垢を煎じて飲む必要性すらある、幼稚園児にも劣る程度の物でしかない。No.3ですら知らなかった上鳴がファットガムを認知している訳がなかった。

 

「いやぁ………何にせよ助かったっす、ファットさん」

 

 

「別にかまへんのやけどな。何で自分はここにおるん? インターンか?」

 

 

「パトロールと………()()っす。ホークスさんって人と今チームアップしてて。あ、ホークスさんは知ってるっすか?」

 

 

「当たり前やろ。前期チャートのNo.3やぞ」

 

 

舐められていると感じたファットは少しムッとしたが、上鳴が「へーやっぱあの兄ちゃん有名人なんだ」とアホ面を晒していた為に直ぐに顔色を戻した。

 

 

───この子、さては結構抜けてるな?

 

 

ファットガムはかなり面倒見が良い。

取り敢えず挨拶の様に「飴ちゃんやるわ」と上鳴の手にラムネ味の飴を握らせる。

上鳴は直ぐに包みを開いて青い飴玉を口に放り込み、顔を綻ばせて言った。

 

 

「ファットさん良い人っすね!」

 

 

「良い人判定が安過ぎるな……それにしてもNo.3とチームアップか。大変やな、まだ学生やのに」

 

 

「チームアップは別にいいんすけどね。案件があんま乗り気になれないのが難点っすね」

 

 

上鳴の言葉にファットガムが真面目な顔をして言う。

 

 

「何を甘いこと言っとるんや。気分で仕事するなんざ二流のすることやで? やるからには全力。俺らの仕事はただ敵を倒せばええっちゅう訳やないんやから」

 

 

「………確かに、そうなんすけどね」

 

 

───分かってんだよな、それは。

 

 

ただ、オールマイトコスプレおじさん(バルド・ゴリーニ)のアクが強過ぎる。上鳴の煮え切らない態度にファットガムは首を捻った。

 

 

───幾ら強うてもまだ学生。口では何とでも言えるが、きっと緊張しとるんやろな。

 

 

それは全くの見当違いではあった。

だが、ファットガムがそう考えるのも無理はない。誰だって普通はそう思う。

ファットガムは後進を導く事も仕事の内だと大きく笑った。

 

 

「よし! この街をパトロールするならファットさんにお任せや! 路地にひっそりと店を構える隠れた名店から、やんちゃしとる奴が集まりやすい場所まで! 一通り案内したるわ!」

 

 

「いいんすか?」

 

 

「かまへんかまへん! ほな行こか、ミカヅチくん!」

 

 

「ウッス!」

 

 

成り行きでファットガムと共に上鳴は江州羽の街を警邏することになった。

 

 

上鳴はファットガムから「ここのたこ焼きがいっちゃん美味い」や「ここのおば………お姉さんは情報通やさかい仲良うしとき」など地元に愛着を持って働いていなければ分からない事を教わりながらゆっくり江州羽の街を進んでいった。

 

 

パトロールを始めてから暫く経った頃、上鳴はふと思いついた事を尋ねてみた。

 

 

「実際、神野事変以降は忙しいんすか?」

 

 

「せやなぁ。チーマーやら何やらがえらい勢い付いとるのは確かや。こんなん見たことないで………実際、この辺りのヒーローも武闘派を欲しがっとる」

 

 

そう言って、たこ焼きを幾つも頬張りながら目を光らせるファットガム。

上鳴はそれに相槌を打ちながら思う。

 

 

───俺が呼ばれたって事はマフィア関連なのは間違いないはずだ。もしかすると、そいつらが最近活発化してるカスどもを取り込もうとしてる動きとか………

 

 

「ミカヅチ!本物やん!」

「頑張りや!」

 

 

上鳴が考え事をしながら自分の方に手を振る市民にぎこちなく手を振り返していた、その時だ。

 

 

ファットガムの無線にコールが入った。

 

 

『ヴィラン発生! ヴィラン発生! 手隙のヒーローは至急市役所前の交差点まで!』

 

 

「よし! ほな行くでミカヅチ! ファッタクの時間や!」

 

 

ファットガムの個性“脂肪吸着”は自らの脂肪に物体や衝撃を沈み込ませるというもの。

腹を叩くその所作はつまり、自分に沈めて走って行くという意思表示に他ならない。上鳴は首を横に振って、一言。

 

 

「飛んだ方が速い!」

 

 

「せやった、君飛べるんやったな! ほな先行け! 追いかけるさかい!」

 

 

「了解っす!」

 

 

上鳴は青白い電光を纏い大地を蹴って空に向かう。更にイオノクラフトで気流を生み出しつつ、二度目の蹴りで起こした風圧で加速。救援要請のあった交差点がある方角に向かって飛んでいった。

 

 

「………市街地だとあんまスピード出せないな」

 

 

最高速度なら十数秒で到着できる程度の距離だが、移動の余波で街を破壊する訳にはいかない。

やきもきしながらも一直線に空を突き進み、程なくして現着した上鳴が目にしたのは───火の手が上がっている車と、そこから背を向けて逃走する銀髪の男だった。

 

 

着流しの様なコスチュームに脇差を携えたその後ろ姿は一見すればヒーローの様にも見えたが、悲鳴と助けを求める声から目を背けて逃げ出している時点であり得ない。

 

 

「非合法のサポートアイテムとコスチューム。それなりに場数を踏んだヴィランか」

 

 

「もしかして、君は、ミカヅチか?」

 

 

車の側で蹲っていたヒーローが掠れた声で上鳴に話しかける。

イオノクラフトを止めて道路に降りた上鳴は、直ぐに反転術式を傷付いたヒーローに掛けて応急処置を施すと「あの男がやったんだな?」と確認を取った。

 

 

「ああ………奴はギンジ。ベストジーニストが取り逃したっていう指名手配犯だ。個性は“暴食”。腹にある大口で複数人の一般人を食い殺したって」

 

 

「オッケーっす。後は任せてくれ」

 

 

「待ってくれ! 奴の個性、聞いていた話と違う! 腹だけじゃなくて背中から口がついた手が生えてる! 気を付けてくれ!」

 

 

「情報あざっす。コガネ、ヴィランの情報をピックしてホロウィンドウで展開」

 

 

『了解しました。ヒーローネットワークにアクセス───表示致します』

 

 

上鳴の視界に半透明のディスプレイが浮かぶ。

喰有銀次。ヴィラン名“ギンジ”。

個性“暴食”は腹部に備わった鋭利な牙が生え揃った大口であらゆる物を咀嚼、消化する。罪状は殺人と強盗。

ベストジーニストと交戦し、逃げおおせただけあって戦闘力は高い。

 

 

対象との彼我の距離は既に100m近く開いているが、上鳴の視力ならばその姿形を正確に捉えられる。

 

 

───背中から生えた黒い腕。障子の複製腕に近いな。先端に備わった口の規格は腹のそれと同じだ。最大口径は見た目よりデカいと見た。こうなったのは薬物によるブースト………とは違うな。胸の辺りに奴とは違う人間の個性因子がある。他人による強化? 元が分からんからこれ以上は判断のしようがないか。

 

 

ヒーローから事情を聞き、コガネが検索した情報と自身の個性での検診結果を擦り合わせる。

 

 

その間も、ギンジは追ってくるヒーローの手を煩わせる為、幾つもの破壊工作と怪我人を生み出していた。

 

 

「チッ」

 

 

上鳴は眉間に皺を寄せた直後、一陣の風となって駆け出した。そして、助けを求める市民を安全な道の脇へと迅速に移動させながら、みるみると対象との彼我の距離を縮めていく。

 

 

「ヒーローだ……!」

「ありがとう!」

 

 

市民の声を聞き、背後へと振り返ったギンジが顔を青くして叫ぶ。

 

 

「何でこんな所にテメェみてぇな化物がッ!?」

 

 

神野での一件を知らない人間など今の日本に存在しない。それはつまり、上鳴とオールフォーワンの人知を超えた戦いを誰もが目にしていたということ。

 

 

ギンジは力一杯アスファルトを踏み締め、靴跡を刻みながら身体を押し出す様に加速した。

 

 

だが、上鳴の速力はそれを優に上回る。

既にギンジの正面に回り込み、掌底を腰溜めに構えていた。

 

 

「しまっ!?」

 

 

「ぶっ飛べ」

 

 

身体強化を施した状態でそれをギンジの心臓の直上に叩き込む。バキリ、と骨とは違う硬質な何かを砕く感触が上鳴の手に伝わった。

 

 

「ぐぁぁぁぁあ!?」

 

 

突き飛ばされたギンジが道路を何度も跳ね、横転していたバスの腹面に突き刺さる。

 

 

爆発───轟音。

 

 

既に救助活動は終わらせていたため人的被害はない。

 

 

だが、バスは間違いなく廃車である。

 

 

上鳴は爆発炎上したバスの中から黒焦げになったギンジを回収し「コイツがやった事にしよう」と燃え上がるバスから目を逸らした。

 

 

それから上鳴はギンジの首根っこを掴み上げ、顔を正面から見ながら首を捻る。

 

 

「姿が画像で見たまんまに戻ってんのも気になるが………お?」

 

 

ギンジの左胸の辺りから赤い結晶がパラパラとアスファルトの上に落ちていく。

 

 

何気なしに上鳴がそれを拾い上げた次の瞬間。

 

 

視界が黒く染まり薔薇の花が舞った。

 

 

───何だ、これは。

 

 

領域展開。

その四文字が上鳴の脳裏を過ぎる。

だが呪力の起こりなどはなく、当然スターアンドストライプはこの場に居ない。

考えられるのは今手に持った結晶の影響だけだ。

 

 

『それから早く手を離せ。死ぬぞ』

 

 

不意に聞こえた鹿紫雲の声を受けて、上鳴は反射的にそれから手を離した。

 

「ミカヅチどうしたんだろ」

「何か落としたぞ」

「おーい大丈夫かー!」

 

 

上鳴は視界が元に戻った後、心配そうに声をかけてきた市民に手を振って無事を教えた。

それから足元に落ちた結晶に解析をかけ、目を剥いた。

 

 

分かった事はただ一つ。その結晶はギンジを解析した時に見た、本人の物ではない因子を持っているということ。

 

 

───幻獣琥珀を使えばもっと詳しく調べられるけど、俺がやることじゃねぇな。

 

 

上鳴は現場近くに転がっていた金属片を回収、それを電熱でトングとカプセルの様な物に整形し、結晶片を拾い集めた。

 

 

───急激なパワーアップの要因は間違いなくこれだ。鹿紫雲(ブラザー)が俺に触るなって言ったのも、さっきみたいな変異が俺に起きたらどうなるか分からんもんね。何で一介のヴィラン風情がこんなもんを………

 

 

「おい起きろ。この結晶をどこで手に入れた」

 

 

ギンジは完全に伸びていて目を覚まさなかった。

最後に、他のヒーローに合流する前に上鳴はギンジに解析を掛けた。効果が切れているなら何か違う情報が分かるかもしれないと思ったからだった。

 

「………いよいよきな臭いな」

 

 

見えたのは、逃走中のギンジの物とはまるで違う弱い因子。こちらが本来の因子だとするならば結晶が齎す効果は個性因子を増幅する薬品などとは全く異なる。

 

 

「因子の過剰変容か」

 

 

“この男が下手するとオールマイトやオールフォーワンレベルの力を持っていたとしても?”

 

 

ホークスの言葉が上鳴の脳裏を過ぎる。

 

 

単一の個性で万全のその2人に並ぶ事は現状ほぼ不可能。唯一スターアンドストライプだけが、“新秩序”という無法の力の方向性を“縛る”ことによってそこに到達していた。

 

 

───赤い結晶による強化は、常人をそこに並ぶ何かへと変貌させ得る力を持っている可能性がある。

 

 

「いっけね、ちょっとワクワクしてきたな」

 

 

上鳴は新たな強敵の影に高揚しながら、ギンジを警察に預けて市民の救助や瓦礫の撤去などに向かった。

 

 

 

 

 

上鳴が大阪で指名手配犯を捕え、SNSやワイドショーを賑わせてから3日。

 

 

試験本番まで残り7日を切った頃。

 

 

「緑谷ァ! ちょっとこっち来い!」

 

 

TDLで上鳴の怒号が炸裂した。

呼び出された緑谷は心当たりがあるのか少しバツの悪そうな顔をしており、それが上鳴の苛立ちを高めてしまう。

 

 

上鳴は自分の前に来た緑谷の頭に手刀を叩き込み、ゴォン! という頭を殴ったとは思えない打撃音を体育館に響かせた。

 

 

他のクラスメイト達が「緑谷なにやったんだ?」と成り行きを見守る中、上鳴は一度緑谷から視線を外し、相澤に言った。

 

 

「相澤先生、雄英に遮蔽物のないだだっ広い空間とかってどっかある?」

 

 

「お前とオールマイトが壊した運動場が予算の都合がつかなくて更地のままだ」

 

 

「おぉ………不幸中の幸いか。俺、今から緑谷連れてそっち行きます」

 

 

「何?」

 

 

「ここじゃちょっと───()()()()

 

 

 

 

 

場所を移し、更地となった運動場。

遮るものがない真っ平な地平に一陣の風が吹く。

上鳴は軽くストレッチをしながら困惑している緑谷に言い放った。

 

 

「早くストレッチしろ。組手だ。全力のな」

 

 

「上鳴くんは、気付いてたんだね」

 

 

「まあ、お互い林間で色々あったしな………」

 

 

上鳴の瞳から金色の電光が奔る。

複数の個性を組み合わせた解析能力で、上鳴は緑谷の身体に起こっている変化を見抜く。

 

 

「お前、今“超パワー”以外に6つの個性を使えるんだろ。一向に言ってこねぇからヤキモキした」

 

 

「ごめん。説明というか誤魔化しが利かないからどうすればいいか分からなくて………」

 

 

緑谷はそう言って宙に浮かび、手始めに掌から黒い紐状のエネルギー、身体から紫色の煙を吐き出した。

 

 

「まあ、全く系統の異なる個性が急に生えてきたってなったらなぁ。歴代の個性って認識で合ってるよな」

 

 

「うん。黒い紐状のエネルギーが“黒鞭”、紫の煙は“煙幕”、浮いてるのはそのまま“浮遊”だね」

 

 

「ふーん……なら、アレだな。『超パワーだと思ってたら実際はMPみたいなのを使って身体強化してただけだった』って理屈にして、新しく生えてきたのは全部そのMPの応用ってことにしておけよ」

 

 

「え、えぇ!? そんな無茶な理屈通るのかな!?」

 

 

「スターの方が大分頭おかしいから大丈夫だろ」

 

 

上鳴の言葉を受け、緑谷は反射で「確かに」と頷いた。

 

 

 

 

 

「へっくしゅん! へっくしゅん!」

 

 

「どうしたよスター、風邪か?」

 

 

「いや───これは噂話だね」

 

 

遠い異国の地で現役No.1ヒーローがくしゃみをしているが、それはさておき。

 

 

 

 

 

 

改めて上鳴は緑谷の身体を足先から頭の天辺まで具に見た。

 

 

筋肉量、骨密度、内臓のコンディション、骨格に歪みがないかなど、現時点での緑谷の完成度を正確に測っていく。

 

 

「………よし。ちょっとこい」

 

 

「え、うん」

 

 

上鳴は緑谷の腕を地面と平行になる様に持ち上げてから、腰の辺りに手を当て背中に向かって捻った。小気味の良い音と共に緑谷から汚い叫び声が上がる。

 

 

「か、上鳴くん!? 今の何!?」

 

 

「一先ず骨格の歪みを物理的に正す。で、同時に蓄積された疲労を反転術式で抜き切る」

 

 

反転術式で生み出されるエネルギーも元は“呪力”。変化した後も電気と同じ性質を帯びている。今から上鳴が緑谷に行うのは整骨院で受ける電気刺激療法の様な物だ。

 

 

懸念点があるとすれば───

 

 

「安心してくれ。全部先生から一通り受けて覚えた施術だ。俺独自の改良を加えてはいるけど………多分大丈夫だ!」

 

 

「た、多分!?」

 

 

上鳴が素人であるという点だろう。

特大の不安要素に緑谷の身体は携帯のバイブレーションが如く震え始めた。

 

 

「行くぞ緑谷! よっ! ほっ!」

 

 

「わぁぁぁぁぁぁああああッ!!?」

 

 

緑谷の絶叫と悲鳴が空の青に溶けること30分。

コスチュームが汚れることも厭わず伏した緑谷の体の下は流れ出した汗で色が変わっていた。

 

 

「調子はどうだ」

 

 

上鳴の問いに答えようと身体を起こした緑谷は、身体の軽さに思わず目を見開いた。

 

 

「大丈夫そうだな」

 

 

それと同時、柔かに笑う上鳴を見て緑谷の背筋に怖気が走った。4代目継承者の個性は敵意を報せる“危機感知”。しかしそれはピクリとも反応していない。

 

 

僕の気のせいだ。

 

 

そう割り切ろうと頭を振る緑谷に構わず、上鳴は指を一本立てながら言った。

 

 

「改めてお前の成長を振り返ってみるか」

 

 

1段階目、肉体の一部で100%の力を使う。

2段階目、肉体の一部で5%の力を使う。

3段階目、全身で5%の力を使う。

4段階目、許容範囲の増加。

5段階目、一時的に限界を超えた力を引き出す。

 

 

「で、風圧攻撃の会得に歴代継承者の個性の発現だ。こっからは歴代の個性を慣らしつつ解釈を深め、更にそれを発展………個性同士を組み合わせた強化コンボを編み出して貰う」

 

 

それはおそらく緑谷の得意分野となるだろう。

高い分析能力と個性への病的なまでの羨望によって作られた知識が、最大限に発揮される場面だ。

 

 

「肉体の上限はこっからも緩やかに伸びていく。1ヶ月に5%も伸びれば上出来、月日を経る毎に成長を実感し難くなっていくだろうが、俺が診て教えてやる。心配はいらねぇ」

 

 

歯を見せて笑う上鳴に緑谷の目頭が熱くなる。

自分はなんて恵まれているんだと、そう思った。

 

 

「泣くなよヒーロー、こっからだぜ?」

 

 

しかし、拳を構えた上鳴を見たその時───緑谷の脳内に溢れ出した存在する記憶

 

 

“震えるなこの脚め!”

 

 

緑谷自身も世話になった古豪グラントリノ。

職場体験前に彼に鍛えられたオールマイトが緑谷に見せたのはトラウマに起因する怯えだった。

どんな逆境も強敵も笑顔を絶やすことなく退けてきた無敵のヒーローが見せたそれを、緑谷は明瞭に記憶していた。

 

 

何故今になってその時のことを思い出したのか。

理由は決まっていた。

 

 

「お前が吐いても───俺は殴るのを止めない」

 

 

自身に向けられた戦意。

濃密な圧力(プレッシャー)

獅子は自らの子を千尋の谷へ突き落とすというが、それは上鳴の弟子と言っても過言ではない緑谷にも通じる所がある。

 

 

「強化コンボが出来たら更にその先、“全因解放”を目指して貰わなくちゃなんねぇからな………心配すんな。怪我はその場で全部治してやる」

 

 

ただ、緑谷は非力な小獅子ではない。

芽吹き始めた力の芽は秒を追う毎に空へ向かって伸びている。

 

 

「よろしく、お願いします!」

 

 

高く分厚い壁を前に緑谷が笑う。

 

 

───味見といくか。

 

 

ほんの一欠片混ざっていた上鳴の私情に、緑谷は気づかなかった。

 

 

 




暫くゆっくり投稿が続きますが、年内に死穢八と文化祭辺りまで書き切るのを目標にやっていきますので何卒……何卒……
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