雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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 あけましておめでとうございます(遅過ぎる新年の挨拶)
 大変お待たせ致しました……! 


ep.71 告解

 

 ──ケジメをつけなくてはならない。

 

 

 これ以上、己の過ちから目を逸らす事は許されない。

 例えもうここに居られなくなったとしても……罪と向き合う時が来た。

 

 

 

 

 

 入学当初に行われた戦闘訓練で上鳴とオールマイトが更地にしたグラウンドβで、緑谷と爆豪は対峙していた。

 

 

 時刻は既に消灯時間を過ぎている──相澤を始め教師陣にバレれば只では済まない。

 しかし、それでも二人はそこにいた。

 

 

「……かっちゃん、まだ引き返せるよ」

 

 

 緑谷はそう言うが爆豪の返答なんて分かり切っていた。

 

 

「ここまで来といて今更何を言っとンだ」

 

 

 爆豪の掌から小さな爆発が幾つも起こる。

 顔は伏せたままだったが声色で分かった。

 自信に満ちていてプライドが高く、自他に厳しい、いつもの爆豪ではないことが。

 

 

 だから──緑谷は何も言えなかった。

 

 

 会話が一度途切れると場には沈黙が流れた。遮る物のない広い空間であるせいか、強い風の音が二人の耳朶を打つ。

 

 

 暫くして風が止んだタイミングで爆豪が口を開いた。

 

 

「俺と戦え。出久」

 

 

 緑谷はガツンと頭を殴られた様な、そんな気がした。

 幼馴染だが名前で呼ばれた事なんて無いかもしれない。あったとしても、それは個性が発現するよりも前だったろう。記憶を引き摺り出そうとしても思い出せない様な昔の事だった。

 

 

 ──何故、今になって。

 

 

 否、今だからこそ。

 仮免試験に合格しヒーローとしての第一歩を刻んだ今日だからこそ、爆豪はこうして緑谷を呼び付けた。

 

 

「……個性の話は良いの?」

 

 

『面を貸せ。お前の個性の話だ』

 

 

 そう言われ呼び出されたのが事の発端だった。

 緑谷は最初の戦闘訓練の後、爆豪にだけ真実を話してしまった。幸いにもその時は与太話だと思われていたのだが──

 

 

「ンなもん口実だ……まぁ、テメェがオールマイトから個性を貰ったって話だろ。上鳴があの顔金玉野郎の力について喋った時、全部察した」

 

 

 奪い与える個性があるのなら、人知れず受け継がれてきた個性があっても不思議ではない。そんな爆豪の推測を、いつもオールマイトがメディアからのインタビューを躱してきたという事実が確信へと導いていた。

 顔を青くしている緑谷に爆豪は自分の予想が命中していた事を悟り、目を吊り上げて言った。

 

 

「何をベラベラ喋っとんだお前」

 

 

「……返す言葉もございません」

 

 

「チッ、まあ良い。んなこたぁ後でも話せる──さっさと構えろ」

 

 

 爆豪が腰を落として臨戦態勢をとる。

 緑谷は慌てた。

 

 

「いや、流石にそれはまずいよ!?」

 

 

 消灯時間を過ぎて寮から出た。1アウト。

 グラウンドに入るのには許可がいるが、夜間にそんな物が下りるはずがない。2アウト。

 訓練ではない私闘は禁止されている。バレた暁には厳しい罰──否、それで済んだら幸運だろう。除籍、最悪は退学に仮免剥奪も覚悟しなければならない。3アウト。

 

 

 バレたらもう助からない。

 

 

「手合わせなら授業中か、放課後にでも……!」

 

 

「それだと邪魔入るだろうが」

 

 

「授業中は、確かにそうだけど! でも放課後なら上鳴くんが」

 

 

 上鳴の名前を出したその刹那、緑谷の視界に居た爆豪の姿がブレた。

 

 

 個性を使いほぼノーモーションで加速し、自身へと肉薄してきた爆豪が右腕を大きく振り上げるのを見て、緑谷は。

 

 

 ──右の大振りはフェイント。本命はそこから噴射した爆風を活かした……側頭部狙いの左足!

 

 

 爆豪の動きを完全に見切った上で動き出した。

 フルカウルを10%程度の出力で発動し、落ち着いて蹴りを腕で受け止める。今の緑谷からするとかなり手加減した状態だ。

 

 

 しかし、爆豪が感じた感触はコンクリート柱に蹴りを入れた様な物だった。

 

 

「クソッ……!?」

 

 

 物体は作用反作用の法則から逃れられない。

 想定を超える反作用によってバランスを崩した爆豪は、宙空での制動が乱れてしまい尻餅をついた。

 

 

 そして、慌てて立ちあがろうとしている爆豪に──

 

 

「だ、大丈夫!?」

 

 

 

 緑谷が手を差し伸べた。

 

 

 

『いいなぁ、かっちゃん! 個性カッコいいな!』

『大丈夫……? 立てる?』

 

 

 

 差し伸べられた手を、爆豪が跳ね除ける。

 

 

 

「俺なんかを、心配すんじゃねぇ……!」

 

 

 緑谷は違和感を覚えた。

 手を弾かれたのは分かる。

 だが、爆豪は「俺なんか」とは言わない。それは自分に自信が無かったり、目上の人間を相手に謙遜する時に使う言葉だ。

 

 

「かっ、ちゃん?」

 

 

「……お前、林間でマスキュラーと戦ったんだってな」

 

 

 緑谷の身体が強張る。

 爆豪の口から出たのは普段の姿から想像もつかない声音だった。

 

 

「そ、それが今何の──」

 

 

「俺はアイツからケツ捲って逃げた。瀕死の上鳴をその場に置いてだ」

 

 

 爆豪が唇を噛む。

 切れて垂れた血が顎を伝って落ち、アスファルトに小さな染みを作った。

 

 

「ぼ、僕の時と君の時とじゃ状況が」

 

 

「じゃあお前は! 同じ状況で上鳴を見捨てンのか!?」

 

 

 無理だ。

 緑谷が爆豪なら迷わず突っ込んでいた。

 冷静に状況を把握した上で、10のデメリットと1のメリットを天秤に掛けて1を選ぶ。

 それが良いのか悪いのかは結果でしか語れない。

 

 

「オールマイトなら、迷わず助けた……!」

 

 

 だが──最高のヒーローならそうした。

 オールマイトはそういう人間で、彼に選ばれた緑谷もそうだ。

 聞かなくても爆豪だって分かっている。

 

 

「……仮免試験。1次も2次も俺はお前に負けた!」

 

 

 合格は合格。

 しかし、試験後に配られたフィードバックでは否が応でも差が付いた。

 

 

 1次試験のクリアタイムが同じでも、撃破数には差がある。2次試験でも同じだ。爆豪は極力暴言を吐かないよう真面目に取り組んだが、隠し切れない口の悪さで大幅に減点されていた。

 

 

 必死になって圧縮訓練を行なった。

 色んな技を編み出し、今ある技にも磨きが掛かった。

 その上で自分を曲げて試験に挑み──それでも尚、緑谷には届かなかった。

 

 

「いつからだ? ずっと後ろにへばりついてた奴の背中を追う様になったのは……」

 

 

 緑谷の急速な成長と自分を比べた。

 そうすることで浮き彫りになったのは、爆豪自身の弱さに他ならない。

 

 

「それは僕だけの力じゃなくて!」

 

 

 緑谷の言葉を爆豪は鼻で笑った。

 それは緑谷を馬鹿にしているのではなく、自嘲だ。

 

 

「テメェを鍛えた上鳴の手腕もあンだろうよ。じゃあ、その上鳴は──これまで何してた?」

 

 

「……これまで?」

 

 

「会見で暴露された上鳴の話。ありゃあ嘘でも何でもねェだろ。いつだったか……ボカされちゃいたが、俺らが聞いた話と大筋は変わらねぇ」

 

 

「今、それが何の──」

 

 

「アイツがガキの頃に必死こいて鍛えてる時……俺は何してたんだって話だ。お前が1番良く知ってンだろ」

 

 

 そして同時に──逃れることのできない過去が爆豪の足を引いていた。

 

 

「ずっと……ずっと、考えてた」

 

 

 もう爆豪には分かっていた。

 自分が緑谷にずっと負けていた事も、自分の力が広い視野で見れば大した事ないのも、嫌というほど理解している。

 

 

 それでも立ち上がってきたのは、目指すべき頂きがあったから。

 

 

「俺に……」

 

 

 瀕死の上鳴電気を見捨てた上での敗走。

 神野のオールフォーワンによる無差別破壊。

 仮免試験、緑谷出久への完全敗北。

 

 

「俺にっ……! ヒーローを目指す資格なんて、最初から……!」

 

 

 ──爆豪勝己の心はもう限界を超えていた。

 

 

 ずっと見ないようにしてきた。

 考えないようにしてきた。

 上鳴が助かったのはたまたまで、自分が彼を見殺しに仕掛けた事実は揺るがないという事を。

 

 

 それでも強くなる為に己を顧みれば──過去の自分がこう嘯く。

 

 

『お前にヒーローを目指す資格はあるのか?』

 

 

 この世界に他人を虐げることを許す法律は無い。あるとすればそれは、誰かを人間ではなく家畜として扱っている外道のそれだろう。

 

 

 虐めは心の殺人である。

 当然、ヒーローからは最も遠い行いだ。

 

 

 緑谷出久が今、屋上から飛び降りずにこうしてヒーローを目指しているのも……爆豪にとって幸運でしかない。

 

 

 死に掛けた上鳴を見て初めて、爆豪は己の過ちを骨の髄まで理解させられたのだ。

 オールマイトが緑谷を選んだ理由はわからずとも、自分が選ばれない理由は分かる。

 

 

「俺は、もう」

 

 

 しかし、爆豪が致命的な言葉を口にするよりも先に──その頬を緑谷の拳が強かに打った。

 

 

 爆豪が再び尻餅をつく。

 

 

 緑谷は個性を使っていなかった。

 しかし、それはただの無個性で出来損ないだった緑谷が──この1年半で積み上げてきた全てだった。

 

 

「……前も言ったけど、確かに君は嫌なヤツだよ。それでも何も無かった僕にとって! 嫌な部分と同じくらい、君の凄い所が眩しく見えたんだ!」

 

 

 緑谷出久にとって爆豪勝己は最も身近なヒーローだった。どれだけ虐げられても、突き飛ばされようとその情景は揺るがない。

 

 

 何より緑谷は信じている。

 いや──信じたかった。

 今、こうして自らの過ちを自覚して罪に苛まれる幼馴染の中にある善性を。

 

 

「立てよかっちゃん(親友)! その性根、僕が元通りになるまでぶっ叩いてやる!」

 

 

 緑谷が放った皮肉混じりの啖呵に、爆豪は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 その頃、グラウンドβ上空。

 上鳴達はイオノクラフトで浮遊しながら事の成り行きを見守っていた。

 

 

「思ったより俺も影響してそうでウケる」

 

 

「言ってる場合かい……?」

 

 

 上鳴の身体へコアラの様にオールマイトが抱きついている。

 緑谷と爆豪がグラウンドβに向かって行くのを見た後にコガネを使って連絡を入れ、慌ててやって来たオールマイトを回収し──今に至る。

 

 

「オールマイトの活動休止も効いてんだろうけどな」

 

 

「え、私かい?」

 

 

「俺のこと気にしてんなら神野とそこで何があったかも気にしてんだろ」

 

 

 ──仮に助けられてたら身体の殆どがメカだったな。メカフリーザ的な。ふむ……爆豪、それはありだ。レールガン搭載の義手。ワイヤーで腕が伸びるようにするのはマストだろう。肩甲骨の辺りに圧縮技術*1を使用した収納型の小型機関銃を搭載して、それから……ビームサーベルも外せない。メカミナリ。爺さんみたいに病気したら機械化しよっかな。俺なら個性で動かせるし。

 

 

 上鳴がもしもの自分に思いを馳せていた所でオールマイトが言った。

 

 

「上鳴少年? そろそろ始まりそうだよ」

 

 

「いっけね。早めに帳を張っとかないとな……バレんなよ」

 

 

 上鳴は口早く呪詞を唱え──グラウンドβ外郭ギリギリの巨大な“帳”を下ろした。

 

 

「……なんだいこれ?」と空から徐々に広がり始めた影の天幕を見てオールマイトが呟く。

 

 

「電波遮断諸々の効果を持った結界だ。外部と内部を完全に遮断してる……俺の呪力が付与されてるコガネだけは行き来できっけど」

 

 

「君は本当に多芸だな……」

 

 

「師匠が良かったからな」

 

 

 鹿紫雲(上鳴)の魂には雷神と呼ばれた呪術師()の経験が刻まれていた。

 翁は後のシン陰流簡易領域の原型、彌虚葛籠を使えるほど結界術にも精通した術師だ。

 

 

「まあ、結構負担はデカいよ……相乗りできるもんもないし」

 

 

 ──この世界に天元はいないが、案外どうにかなるもんだな。

 

 

 呪術世界では天元の結界術により、高専・呪術界拠点の結界や補助監督の結界術の強度の底上げが行われていた。

 しかし、ここでの帳の力は全て術者の技量に委ねられている。過不足なく使えているのは、翁の記憶を引き出して使っている上鳴の、ひいては鹿紫雲の呪術センスの高さ故だ。

 

 

「じゃあ、お手並み拝見だな」

 

 

 そして上鳴達の眼下で今──戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 向き合った2人が構えを取り、示し合わせたように駆け出した。

 

 

 個性を使わずに互いの両腕を突き合わせ、弾かれた後は徒手での格闘戦へ。

 

 

 1年前、緑谷はオールマイトから格闘の基礎を習った。そして雄英に入ってからは、上鳴をはじめ多くの人の助けを借りて、それをブラッシュアップしてきた。

 そんな緑谷に対する爆豪のそれはセンス任せの喧嘩殺法に過ぎない。

 

 

 拳打の精度もそうだが、足技に関しては緑谷の方が圧倒的に上。

 

 

 しかし、その単純なセンスと圧倒的な基礎身体能力だけで爆豪は緑谷に食らいついていた。

 

 

 ──やっぱり、かっちゃんは凄い。

 

 

 緑谷の顔に笑みが浮かぶと、爆豪の目付きが鋭さを増した。

 

 

 これは単なるウォーミングアップに過ぎないが、無手での格闘技術もヒーローには欠かせない。明確な優劣が付けば爆豪の負けず嫌いは必ず顔を出す。

 

 

 それが緑谷の狙いだった。

 

 

「第2ラウンドだッ!」

 

 

 刹那、爆豪が個性を使って急旋回し緑谷の背後を奪う。

 緑谷が振り向くのに合わせて爆破で閃光を生み出して目潰し。爆破を叩きつけるべく腕を振るった。

 

 

 しかし──今の緑谷の個性は超パワーだけではない。

 

 

 ワン・フォー・オールに取り込まれた歴代継承者の個性が緑谷に警鐘を鳴らす。そこに対爆豪予測が合わされば、回避は造作もない。

 

 

「……チッ! 危機感知か! 目が見えなくても使えンだな!」

 

 

 緑谷は目覚めさせた個性の概要を仮免前にクラスメイト達と共有していた。

 言い訳が面倒なのと、近い個性を持つ瀬呂や麗日、応用が利きそうな他生徒から意見を聞く為だ。爆豪もどんな個性があるかは知っていたが、詳細までは知らなかった。

 

 

 先のやり取りは最も厄介なその個性の詳細を割り出す為の一手に過ぎない。

 爆豪が真下に爆風を放って空へ向かう。

 

 

「──次は効果距離だ」

 

 

 転瞬、APショットが雨霰と緑谷へ降り注いだ。

 緑谷は20%の出力でフルカウルを安定させ、ジグザグに走りながら真上から飛来する光の雨粒を躱していく。

 爆豪は更に高度を上げながらAPショットの弾幕を増やした。

 

 

「それは無理……!」

 

 

 緑谷が反撃に移る。

 身体から噴出した紫の煙幕が地上を舐めるように広がっていく。

 狙いを付けられない状態で攻勢を保っても消耗するだけ。

 

 

 しかし、爆豪が一旦様子を見ようと手を止めた次の瞬間だった。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 爆豪の足首に黒い紐状のエネルギーが纏わり付き、抵抗を許さない速度と力で一気に地上へと引き寄せる。

 そしてあわや地上へ叩きつけられるかというタイミングで、爆豪は爆破によって衝撃を相殺しつつ煙幕を散らそうとした。

 けれど爆豪が自分の目を疑うほど、煙幕に変化がない。煙はその場に留まっていた。

 

 

 ──考えられんのは……変速か!

 

 

 変速は慣性に依らない速度の変更を可能とする個性。

 煙を対象に発動すれば大気の流れで霧散する速度さえ緩やかにできる。

 

 

 しかし、あたりを付けられても対処方法は限られている。そして、黒鞭は既に解除されていて爆豪は相手の位置は探れないが……緑谷は違う。

 

 

 ──手を止めてたのに、煙で視界を封じられてるアイツはピンポイントで俺を狙ってきた。ざっけんな何が危機感知だ! ありゃ害意を感知してンのと同じだろ!

 

 

 爆豪が掌から小さな爆破を起こしながら空へ戻ろうとした、その刹那。

 

 

「セントルイス──!」

 

 

 背後から音もなく現れた緑谷が右脚を大きく振り上げた。

 

 

「スマッシュ!」

 

 

 爆豪は避けられない。

 それどころか、振り向く事もまともな防御を取る事もできなかった。

 

 

 ──速い!! ただ移動して来たにしては静か過ぎる! 何だ!! 分からねぇ、分からねぇと!

 

 

 緑谷の痛烈な蹴りを右脇腹に受け、煙を突き破って吹き飛ばされる。

 

 

 何度も地面を跳ね、爆豪は全身を打ちつけられながらも、掌で起こした爆破で宙空に跳び上がった。

 どうにかしてバランスを立て直してから着地するが、激しい痛みを訴える脇腹に脂汗が滲む。

 

 

 しかし、必死に思考を張り巡らせる爆豪に、緑谷は息吐く暇も与えない。

 

 

「テキサス……!」

 

 

「は?」

 

 

「スマッシュ!」

 

 

 既に目の前にいた緑谷が振り抜いた拳を、爆豪は咄嗟に屈んで避けた。頭上を通過した緑谷の拳圧が背中を引き裂き鮮血が散る。

 そして、緑谷の姿を間近で見た爆豪はその変化に気が付いた。

 

 

「それは、常闇の!?」

 

 

 緑谷は常闇の必殺技である深淵暗躯(ブラックアンク)の様に黒鞭を纏っていた。

 しかし、それだけではない。単なる鞭状のエネルギーを纏っている訳ではなく、黒鞭の形状を変化させていた。

 

 

 それは上鳴との特訓で緑谷が編み出した3つの応用技の1つ。

 

 

「3rd & 5th 強化外装コンボ──“黒梟(こっきょう)”!」

 

 

 梟の風切羽にはセレーションと呼ばれるギザギザした構造がある。

 

 

 梟が夜間に狩りをする上で隠密性を高める為に獲得したそれは、空気の流れを細かに切り裂き、飛翔音を極限まで小さくする。

 

 

 航空機の翼にも応用されるセレーションを参考にし、発勁の力で形成された黒鞭の外套は──煙の中で動く緑谷を狩人へと変貌させていた。

 

 

 しかし、それだけでは終わらない。

 黒梟の真髄はそこではない。

 

 

「2nd、五速(オーバードライブ)!」

 

 

 強化外装を右の拳に収束した状態で変速の最大速度を付与。溜め込んだ力を使って更に黒鞭を変形させながら、一気に振り抜く。

 

 

 その瞬間、爆豪は全身の毛穴が開いて汗が吹き出る感覚に襲われた。

 

 

 マスキュラーを見た時に感じたそれよりもずっと濃い──死の予感。

 

 

 爆豪は個性を使い、真横に向かって遮二無二飛んだ。

 

 

黒槍(こくそう)!!」

 

 

 自分目掛けて放たれた何かが音もなく地面を抉り穿つ。

 そして、通過した部分が摩擦で赤熱しているのを見て……爆豪は乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 ──次元が。

 

 

 最早、目の前に居るのは自分の知る緑谷出久ではない。

 

 

 ──次元が違うッ!

 

 

 9代目ワンフォーオール。

 最恐と対を成す最強。

 その力は未だ完成に至っていないが、既に極致を示していた。

 

 

「……ハハッ」

 

 

 爆豪のボルテージが上がる。

 どれだけ心を折られようとも、みっともない無様を晒そうとも──その笑みは、彼の本質は何一つとして変わっていないと言う証明だった。

 

 

「これからお前が行く道は、きっとオールマイト(理想)そのもので……いつかそれさえ超えてくんだろうよ」

 

 

「……かっちゃん?」

 

 

 ずっと溜め込んできた汗の粒が、爆豪の掌から溢れ落ちた。

 

 

「ずっとてめェを見下してた。だけど心のどっかで……お前はいつも、俺より遥か先にいる様な気がしてた」

 

 

 玉になった汗が地面に落ちる前に爆ぜる。

 その1つ1つが、これまでとは違う様相を呈している事に緑谷は気付いた。

 しかしそれ以上に、敵意なく言葉を続ける爆豪を見て呆気に取られていた。

 

 

「嫌だった──見たくなかった。認めたくなかった」

 

 

「……うん」

 

 

「だから、否定したくて、遠ざけたくて……お前を虐めた」

 

 

 嘘偽らざる、爆豪の本音。

 

 

「雄英入って、上鳴とオールマイトの戦いを見て……俺が勝てねェと思ってる間も、お前はずっと先を見てた。これまでの全部が、自分の弱さとお前の強さを知っていく日々だった」

 

 

 それは爆豪にとって己の弱さを認めるということであり、緑谷への罪の告白。

 

 

「言ってどうにかなるもんじゃねェし、お前は俺を許す必要もない……何があっても許されたとは、思わねぇ」

 

 

 爆豪は緑谷の目を見て──言った。

 

 

 

「それでも……出久、今までごめん」

 

 

 

 そして、頭を下げた爆豪の言葉に緑谷は。

 

 

 

「いいんだよ……忘れて」

 

 

 

 笑みを浮かべて、そう言葉を返した。

 爆豪が本当に自分のした事を悔い、きっと一生忘れずに生きていくと思っているからこそだった。

 

 

 ──確かに過去は消えない。

 

 

 1つ1つが途切れて見えたとしても、それは今に向かって何処かで繋がっている。

 

 

 緑谷にも思うところは勿論ある。

 それでも緑谷は、今と未来を見ていた。

 

 

「……あンがとよ」

 

 

 緑谷が久しぶりに見た爆豪の年相応の笑みは、次の瞬間にはいつもの鬼の様な形相へと変わっていた。

 

 

「画風がヴィラン過ぎるよかっちゃん。とてもヒーローには見えないよ」

 

 

「ハッ……結果出しゃいンだよ!」

 

 

 今までとは違う軽口を叩き合った後、緑谷が挑発する様に手招きする。

 

 

「来いよかっちゃん……僕はまだ全然本気じゃないぞ!」

 

 

 刹那、光が弾けた。

 これまでとは比較にならない爆発音がグラウンドに響き、爆豪の姿が緑谷の視界でブレる。

 

 

 ──やっぱり君は凄い!

 

 

 緑谷が先程放った、対上鳴用に編み出した必殺技がキッカケとなった。

 

 

 それは爆豪がこれまでずっと目指してきた境地。

 

 体育祭で輪郭を捉えた。

 職場体験で選んだミルコの下でイメージを。

 そして、個性圧縮訓練で掴みかけていた物が今、花開いた。

 

 

「APショット……」

 

 

 顆粒状になった汗はこれまでの爆破とは比較にならない破壊力を持つ。

 

 

 爆豪が放つ技はこれから全て──1段階進化する。

 

 

「クラスター!」

 

 

 鮮烈な光が闇を射抜く。

 緑谷を以てしても回避は不可能。瞬時に黒鞭で全身を覆い即席の鎧としながら、被弾を最小限に留めるべく動き出す。

 

 

「6th、出力最大!」 

 

 

 驚異的な速度で煙幕が広がる。

 しかし、変速を付与されていないそれは瞬く間に爆撃によって千切られ、霧散した。

 

 

 ──まずい、これじゃあ危機感知も……!

 

 

 面攻撃による範囲制圧技に危機感知は余りにも無力だ。鳴り響く警鐘は頭痛を引き起こし、僅かに緑谷の判断力を削ぐ。

 

 

「隠れんぼはしまいかッ!?」

 

 

 そこへ人間火薬庫と化した爆豪が強襲を仕掛けた。

 親の顔より見た右の大振り。されどその速度と破壊力は、緑谷の知る物から逸脱していた。

 

 

「50%、エアフォース!」

 

 

 7代目の浮遊と拳圧で斜め後ろに飛んで空へ逃げた。直後、地面が爆炎と共に捲れて土柱を立ち昇らせる。

 それを見た緑谷の背中を一筋の汗が流れて行った。

 

 

『しくじったな、9代目』

 

 

(2代目……はい)

 

 

 不意に2代目継承者の駆藤が緑谷へ話しかけた。

 緑谷も分かっている。地上はともかく──

 

 

「そこは俺の領域だろうがァッ!」

 

 

 空は爆豪勝己の独擅場だ。

 

 

 しかし、それでも緑谷は笑っていた。

 

 

 空中での機動力は完全に負けている。爆豪が爆破の威力調整で細やかに移動できるのに対し、緑谷は拳圧と浮遊を組み合わせた直線的な移動しかできない。

 

 

 だったら、得意な場所で戦えばいい。

 

 

 幾ら爆豪が以前からイメージを固めていてもクラスターは新技に過ぎない。

 

 

 先ずは綻びが出るまで爆豪をいなす。

 

 

 そして、隙を見つけた瞬間に変速を付与した煙幕で視界を遮り、危機感知で居場所を逆探知して黒鞭で捕縛する。

 

 

 地に落ちた爆豪を引き寄せながら殴りつければ──緑谷の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 それは雑魚の思考だ。

 

 

 

 

 

 上鳴ならばそう吐き捨てる。

 何より緑谷も、爆豪と肩を並べる負けず嫌い。

 

 

 ──ここで逃げる男がオールマイトみたいになれる筈がない。だから!

 

 

「君の得意を上回って、僕が勝つ!」

 

 

「立派だよ……負けても同じセリフが吐けんならなァッ!」

 

 

 するなら全力。

 面を突き合わせての真っ向勝負。

 それ以外は全て捨てる。これは単なる模擬戦でも、ましてや喧嘩なんかではない。

 

 

 男と男の意地の張り合い──タイマンである。

 

 

『だが実際、どうするんだ?』と駆藤。

 

 

(考えがあります……!)

 

 

 そして、緑谷は宙空で靴を脱ぎ捨てた。

 奇妙な所作に爆豪の警戒が増す。

 

 

 ──ずっと考えてた。6th、煙幕の使い方を。

 

 

 変速を付与してその場に留まり続ける煙幕を作る事はすぐに思いついた。

 

 

 しかし、煙幕には致命的な欠陥がある。

 

 

 それは煙幕の出力を決める弁の様な物が、ワンフォーオールによる強化で機能しなくなっていることだ。

 

 

 その上、過剰放出は肉体にも負荷が掛かる。力加減の難しさで言えばワンフォーオールその物を扱うより繊細だった。

 

 

「5th、黒鞭……!」

 

 

 黒鞭を排気マフラーの様な形状にして足へ纏わせる。黒梟や黒槍の様に発勁で蓄えた力を形成に活用していない分、見た目は不細工だ。機能もそれ相応だろう。

 

 

 しかし、今はそれでいい。重視すべきは発想力。突き詰めるのは機能ではなく解釈。

 

 

 爆豪が個性を進化させたというのなら──自分はそれ以上に個性を深化させればいい。

 

 

「3rd、発勁!」

 

 

 発勁の力を煙幕に付与。

 放出箇所を出てくる部位を脚に固定しつつ、その方向性を黒鞭で定める。

 

 

「7th、浮遊!」

 

 

 そして浮遊を発動させ、身体制御及び方向転換の動作補助を行う。

 

 

 赤紫色の煙が黒鞭によって形成された排気マフラー、否、噴射口から漏れ始め──準備は整った。

 

 

「因子解放……!」

 

 

 爆豪が身構えたその瞬間。

 

 

噴流紫煙(ジェットフォース)!」

 

 

 緑谷の脚部で、轟の必殺技から名前を拝借したそれが唸りを上げた。

 

 

 赤紫の噴煙を推進力にして緑谷が一気に爆豪へと肉薄する。

 

 

「セントルイス──JETスマッシュ!」

 

 

 剛脚一閃。蹴りによって引き裂かれた大気が獣の咆哮の様に轟いた。

 しかし、爆豪はその一撃を爆破の反動で巧みに回避してみせる。

 

 

「動きが直線的過ぎたなァ!」

 

 

「フェイクに決まってるだろ!」

 

 

 緑谷が指を弾いて空力の砲弾を飛ばした。

 しかし、戦闘機さながらのバレルロールを披露する爆豪には掠りもしない。

 噴流紫煙で背中を追いかけてくる緑谷にAPショットをばら撒きながら、爆豪が叫ぶ。

 

 

「にわか仕込みのテメェとは違ェんだよ!」

 

 

「さっきまでのシナシナのしなっちゃんが、嘘みたいで嬉しいよ!」

 

 

「言葉に嘘はねェよ」

 

 

「急にスンってしないでよビックリするだろ!?」

 

 

 追いかける緑谷も、追いかけられる爆豪にも笑みが浮かんでいる。

 今の2人は間違いなく対等なライバルだった。

 

 

 

 だからこそ。

 

 

 

 ──酷い奴だって思ってても! 常に勝利を求めるその背中が、カッコよかったから憧れた!

 

 

「今日こそ僕が勝つ!」

 

 

 ──負い目がある。許されない事をした自覚もある。雄英をやめて、仮免を返納する覚悟もしてきた……それでも今は!

 

 

「馬鹿言え、勝つのは俺だ!」

 

 

 目の前にいる男に勝ちたい。

 

 

 限界を超えるのに──それ以上の理由は必要なかった。

 

 

「火力勝負だ……!」

 

 

 爆豪が両掌から交互に爆破を繰り出す。

 

 

 それは体育祭でも見せた技だ。身体を高速回転させて体温を高め、更なる発汗を促しながら連鎖的に起爆する汗粒で攻撃の邪魔をしようとする相手を阻害。そのまま大火力で敵を葬り去る大技。

 

 

 しかし、掌の内側で爆縮を開始した汗粒はかつての比ではない。

 熱風と共に綺羅星の如く力を溜める爆豪に対し──緑谷は。

 

 

「2nd、トランスミッション……!」

 

 

 脚部でスラスターとして利用していた黒鞭を右腕に作り直し、出力を高めつつ力を収束。その上で変速を全身に重ね掛けしていく。

 

 

二速(セカンド)三速(サード)!」

 

 

 先の煙幕や黒槍はあくまでも個性への付与。身体に直接使っていた訳ではないため負担はないが──これは違う。

 

 

四速(トップ)!」

 

 

 ワンフォーオールによって強化され、細胞レベルにまで付与可能となった変速での高速化は人体に凄まじい負荷を強いる。十全に動ける時間は僅か5分。

 

 

五速(オーバードライブ)!」

 

 

 この一撃で勝てなければ、緑谷は負ける。

 

 

 しかし、黒鞭で肉体を補強することで引き出したワンフォーオールの100%に、噴流紫煙の加速と変速の最大加速が合わさった今の緑谷は──世の理さえも歪ませる。

 

 

 音を置き去りにしながら加速した拳を振り抜く緑谷に、爆豪が最大火力を合わせる。

 

 

「デトロイトスマッシュ・五重(クインティブル)!!」

 

「ハウザーインパクト、クラスタァァァァア!!」

 

 

 転瞬、夜空を爆炎が舐め尽くし──それを5発の拳圧が迎え撃った。

 

 

 2人の衝突によって発生した膨大なエネルギーが大気を震わせ、地鳴りと共に大地に深い亀裂を走らせる。

 

 

 だが、拮抗は幾許も保たなかった。

 爆炎が拳圧によって掻き消されて火花が散った。

 

 

 爆豪の負けだ。

 

 

「……付き合わせて悪かったな、出久」

 

 

 しかし、敗者である筈の爆豪はどこか憑き物が取れた様に晴れやかだった。口から出て来た言葉も爆豪の物とは思えない。

 緑谷は真っ逆さまに地上へ落ちていく幼馴染を黒鞭で引き寄せた。

 

 

「それはいいよもう!? らしくない!」

 

 

「らしくないは違げぇだろうが……でも、あンがとよ……」

 

 

 爆豪の意識はそこで途絶えた──今度こそ限界を超えたのだ。

 

 

「後はこっそり、もどっ……!?」

 

 

 同時に緑谷の変速の効果が切れた。

 身体中の細胞が酸素を求め出し、呼吸すらままならなくなる。息切れした状態で水底に沈められる様な物だ。

 顔を青白くした緑谷はその場に蹲ってしまう。

 

 

 

 

 

「派手にやったなぁ、緑谷」

 

 

 そのタイミングで緑谷に声が投げかけられた。頭上からしたその声を聞き、緑谷が名前を呼ぼうと口を開く。しかし、緑谷は喉が締まってまともに声が出せなかった。

 

 

「無理すんな。今治してやっから」

 

 

 白い稲妻が緑谷を打った。

 痛みはない。むしろ全身の疲労が抜け、全身に酸素が行き渡る感覚が戻る。

 

 

「ありがとう上鳴くん……助かったよ……」

 

 

「いいもん見させて貰ったからな。見物料だ」

 

 

 その流れで上鳴は爆豪にも白い稲妻、反転術式を掛けて怪我を治した。

 爆豪の意識は戻らなかったが穏やかな寝顔で規則正しい寝息を立て始める。

 それを確認した上鳴は「よし」と言ってから緑谷の方を向いた。

 

 

「次は俺とやろう」

 

 

「ダメだからね上鳴少年」

 

 

 拳を構える上鳴の肩をオールマイトが手の甲で鋭く叩く。

 暫し硬直した上鳴は合点がいったと言わんばかりに右手の拳で左手を打った。

 

 

「緑谷、疲れてるもんな!」

 

 

「いや、疲労云々の話はしてないから!? 単純に時間と場所の問題だから! 今日は帰って寝なさい! ……とは言え、すんなり行けば良いが」

 

 

 そうしてオールマイトが爆豪を背負い、上鳴が緑谷に先の戦いのフィードバックを行いながらハイツアライアンスまで戻ると──そこには。

 

 

「で、何か申し開きはあるか? お前ら」

 

 

 赤い眼光で問題児達を睨む相澤(仁王)が立っていた。

 

 

「まぁ、まぁ、待ってくれよ相澤先生」

 

 

 しかし、上鳴はこれを予想していた。

 爆豪と緑谷が特に隠れる様子もなくグラウンドに向かっていた時点で、監視カメラに映っていると仮定していたのだ。

 言い訳を考える時間はたっぷりとあった。だからこその余裕である。

 

 

 ──上鳴少年、頼むぞ! 私も怒られたくない!

 

 ──上鳴くんに全てが掛かってる! 除籍は最悪いいにしても、今退学すると流石にヤバい!

 

 

 オールマイトと緑谷、義勇の結晶の継承者達が藁にも縋る様な思いで上鳴を見ている。

 

 

「ほう?」

 

 

 相澤が顎で話の続きを促したその次の瞬間。

 

 

「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 あまりにも潔い土下座が披露された。

 相澤のみならず緑谷とオールマイトが目を点にして固まった。普段の姿からは全く想像だにしない行動だったからだ。

 

 

「今回の爆豪と緑谷の決闘は、元はと言えば俺が弱くて林間で死に掛けたのが原因なんだ!

 

 

 そして上鳴の口から、誰も幸せにならない言葉が一切の躊躇なく放たれる。

 相澤とオールマイトもそうだが、林間で嫌というほど無力感を味わった緑谷からしても効く言葉だった。

 

 

「爆豪の強がりを見抜けなかった俺に……俺に責任があるんです!」

 

 

「もういい……分かった。落ち着いてくれ」

 

 

 相澤が眉間を揉みながら上鳴を手で制す。

 

 

 ──計算通りだ。

 

 

 ヒーローとしてあるまじき言動と思考である。

 しかし、上鳴は躊躇わない。緑谷と爆豪の成長は自分にとって最大の楽しみの1つだ。それが危ぶまれるとなれば、上鳴は手段を選ばない呪術師の顔を見せる。

 

 

 ──相澤先生には悪いが……弱い所は突いていく! 情状酌量を引き出してやるぜ!

 

 

「だが、それとこれとは話が別だ」

 

 

「あ、あれぇ!?」

 

 

 しかし、相澤には効果がなかった。

 上鳴は捕縛布によって簀巻きにされて玄関口に吊るされてしまう。

 

 

「言い方は少しアレだが……夜間に出歩いただけでそこまでキツい罰則を与えるつもりはない」

 

 

 そう言って相澤は盛大に溜息を吐いた。

 見なかった事にしてやる。相澤はそう言外に仄めかしていた。

 

 

「上鳴、爆豪、緑谷は明日の放課後までに反省文の提出。爆豪には緑谷から説明しておけ。以上、さっさと寝ろ」

 

 

「良かったな……って俺も反省文!?」

 

 

「庇ったんなら責任は持て──それから。港での捕物で器物損壊をヴィランに擦りつけようとしたり、適当に縛って帰ろうとしたりしたらしいな……」

 

 

「何やってるんだい上鳴少年」

「それはまずいよ上鳴くん」

 

 

「反省文、お前は2万文字書いてこい。出来なきゃ放課後の戦闘訓練を禁ずる」

 

 

「身から出た錆だった……謹んで書かせていただきます……」

 

 

 相澤の至極真っ当な意見に上鳴は屈した。

 入学時の個性把握テスト以来、2度目の敗北である。相澤は再度溜息を吐いてから捕縛布を解く。それから視線を上鳴からオールマイトへと移して──

 

 

「少しお話ししましょうか」

 

 

「アッハイ……爆豪少年は」

 

 

「上鳴」

 

 

「ウッス」

 

 

 オールマイトが爆豪を上鳴に預け、肩を落として相澤の後ろに付いていく。

 それを見送ってから、緑谷が顔を皺くちゃにしていた上鳴に問い掛けた。

 

 

「上鳴くんがオールマイトを呼んだの?」

 

 

「俺が言うまでもなく気付いてはいたけどな。せっかくだから生で見たいだろうと思って、連れてきた」

 

 

 ──本当にヤバかったらオールマイトを犠牲にしようと思ってたなんて、緑谷には言えねぇな。

 

 

 上鳴は黙った。賢明な判断ではあったが、碌でもない事を考えていたのは表情でバレていた。

 緑谷は苦笑いを浮かべて言った。

 

 

「上鳴くんって時々……何というか……人間性がちょっとアレだよね……」

 

 

「致し方ない犠牲だよ。俺が楽しむ為の」

 

 

「隠さないね!?」

 

 

「お前相手に隠したってしゃーないだろ? 何かあったらお前と爆豪で俺を止めに来いよ」

 

 

「それは、冗談でもやめて欲しいかな……」

 

 

「はっはっはっ! 冗談で済む事を喜んでくれよ! ……もしもお前らがいなかったら、俺は間違いなくヴィランになってたしな」

 

 

 上鳴の言葉に嘘は無かった。

 修羅に堕ちた自分が何をするかなんて、上鳴自身が1番よく分かっている。

 

 

 ヒーローにはならない。なれない。

 敵連合にも入らない。在り方としてはやはりマスキュラーのそれが最も近いだろう。

 

 

 強者との戦いを求めて彷徨い、いつか身体を壊して満足に戦えなくなって──かつての翁と同じ道を辿る。

 それで満足してそうな辺りが、鹿紫雲に浅いと言われた所以だったと自覚もしている。

 

 

「ま、そうはならないけどさ」

 

 

 笑顔の上鳴に緑谷は何も言えなかった。

 ただ、今日何度目かになる苦笑いを浮かべるだけだ。

 そして上鳴は背中でモゾモゾと身体を動かし始めた爆豪を揺すり、言った。

 

 

「爆豪。お前雄英辞めんなよ。俺はまだお前に借り返して貰ってねぇし、緑谷だってそうだろ?」

 

 

「僕!? う、う〜ん……どうだろ……でも借りを返すって意味では、確かに僕はかっちゃんに要求できる立場にあるのか……何だろ……かっちゃんと毎日組手とか? 上鳴くんやグラントリノとはまた違った機動力の高さに、中遠距離の攻撃手段も豊富。かっちゃんは観察眼も凄いからさっきのフィードバックを貰えるならまた……」

 

 

 考察モードに入った緑谷を見て上鳴は爆豪に言った。

 

 

「良かったな。相手が緑谷で……この縁は大事にしろよ」

 

 

「……分かってる」

 

 

 それから程なくして3人は寮の自室へと戻り、泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 そして、翌日の放課後。

 

 

「上鳴!」

「上鳴くん!」

 

 

 上鳴は耳郎と葉隠に詰め寄られていた。

 

 

「どっちにすんの!?」

「どっちにするの!?」

 

 

 上鳴は血涙を流す峰田を後頭部に貼り付けた状態で、至って真面目な顔をして平然と答えた。

 

 

「うーん……じゃあ、どっちもで」

 

 

 その返答が何を意味するのか。

 事の発端は、朝に行われた全校集会にまで遡る──

 

*1
フルガントレットやストレイフパンツァーにも使用されている技術





また大分時間が掛かりました……

かっちゃんが謝るシーンはいつ見ても好きなんですけど、周りにクラスメイトがいる状態でするそれに「体育祭や文化祭でクラスメイトの前で告白」的なサムシングを感じてしまう……しかしその一方で、公衆の面前で己の罪を認めて謝罪するという誠意の見せ方もあるだろうという……考えれば考えるほど、主人公とライバルの関係がセンシティブ過ぎて口から煙が出そう……と思いながら書きました。何卒お手柔らかによろしくお願いします……

更新はぼちぼち頑張ります! エタりません! 終わるまでは!
ところでヴィジランテのアニメ化も決まりましたわ!! ヒロアカはまだ終わらないんや!! 

呪術廻戦も平安編と江戸編が出るんですよね?(存在しない記憶)
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