雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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 誤字脱字の報告をくださっている皆様、いつも本当にありがとうございます……! 今はただ感謝を……

 そんな感じで本日の更新分です。お納めください。


ep.73 インターン開始

 翌日。

 

 

「遠路はるばる来たぜ! 函館!」

 

 

「ここ、博多だけどね」

 

 

「ラーメン食べた──い!」

 

 

 上鳴はコスチュームを纏い、耳郎と葉隠を連れて新幹線で福岡県にまでやってきていた。

 今はバスターミナルで待ち合わせをした人物の元へ向かっている真っ最中である。

 

 

「で、誰と待ち合わせなの?」と耳郎。

 

 

「あそこに居るぞ」

 

 

 上鳴が指で示した場所には凄まじい人集りがあり、その中心に赤い翼のヒーローが見えた。

 葉隠が「うわっ! 有名人だ!」とはしゃぐ中、耳郎は落ち着いた様子で言った。

 

 

「……変なサプライズはないよね?」

 

 

「ねーよ。教官*1みたいなのが早々あってたまるか」

 

 

 それは流石の上鳴も受け入れかねる。遥か海の先にいる最強の問題児を想像し、二人は頭を振ってそれを払った。

 そうこうしている内に、向こうも上鳴達に気が付いたようで──

 

 

「来たねぇ。日本最強の問題児」

 

 

「世話になるっすわ」

 

 

 上鳴が親しげに挨拶を交わしたのは、ウィングヒーロー《ホークス》だ。これが上鳴の秘策。

 自身がインターン先として不適格とされているなら、チームアップしているホークスに受け入れてもらえば良いという発想に至ったのだ。

 

 

 グレーゾーンを通り越してブラックゾーンである。

 槍玉に上がったホークスも流石に胃を痛める案件だった──が、公安から“やれ”と言われれば頷くしかなかった。せめてもの抵抗としてホークスは、上鳴の真意を知らなかった相澤に事の経緯を報告することで溜飲を下げていた。

 

 

「頼むから問題は起こさないでくれよ……」

 

 

 堪らず、疲れた顔で言うホークス。

 後で相澤に怒られる事も知らずアホ面を晒しながら上鳴は返事をしようとした。

 

 

「すんまうぇ、痛ぁ!?」

 

 

 その直後──耳郎と葉隠によるハリセンのクロススラッシュが、上鳴の頭部へ炸裂した。

 

 

「それなに……?」

 

 

「「新幹線で作った」」

 

 

「あ、そう……ところでホークスさん。仕事は?」

 

 

「急に振るね。話が早くて助かるけど、ここじゃ何だから移動しよう」

 

 

 駅前にホークスという有名ヒーローがいるだけでも目を惹く。そこへ上鳴が加わってしまったが故に、周囲に集まっていた人々はどよめき、更に人を呼ぶ事態を招いていた。

 

 

「飛ぶけどどうする? 俺が連れて行こっか?」

 

 

 ホークスが耳郎と葉隠を見てそう言うと、二人は上鳴に視線を向けた。

 

 

「……ん、俺が運ぶの?」

 

 

「お願いしていい?」

「ありがとー!」

 

 

 上鳴が「へいへい」と言いながら“個性”を使い始めると、ホークスは口元をひくつかせて言った。

 

 

「君、いつか刺されるんじゃない?」

 

 

「……? 何を言ってんだよ、ホークスさん。俺にまともな刃物が刺さる訳ないじゃん」

 

 

「そういう意味じゃないんだけど。まぁ良いか。それじゃお三方。行きつけのご飯屋さんに案内するよ」

 

 

 ご飯屋さんと聞いて上鳴が言う。

 

 

「俺、ラーメン食いたい」

 

 

「あるから大丈夫だよ」

 

 

「やったぜ! やっぱ博多と言えばラーメンだよな!」

 

 

 上鳴は上機嫌に鼻歌混じりで反転術式を使い、作り出した血液を耳郎と葉隠の周囲へ漂わせた。

 これで上鳴が個性を使えば、血液に蓄えられた細胞がそれに反応して自動的に最適な効果を発揮。二人を引き連れて飛ぶことができる。

 

 

「行こうぜ、ホークスさん」

 

 

 “帯電”って何だろう──ホークスは、考える事をやめた。

 

 

 

 

 

「「「行きつけの……ご飯屋さん……?」」」

 

 

 そこはヒーロー公安委員会の福岡支部内にある食堂だった。

 ホークスに社畜の疑いが出てきたが──上鳴はすぐに忘れた。豊富なメニューに目を奪われた為だ。

 

 

「おばちゃん! 注文いいか?」

 

 

「はいどうぞ」

 

 

「えーっとね、カツ丼大盛り! それがメシでオカズはね……コロッケ、サンマ、焼きそばとホイコーロー! そんでもって忘れちゃいけないのが──博多ラーメン! これが味噌汁代わりで、飲み物は牛乳!」

 

 

 フードファイター顔負けの量を注文する上鳴にホークスは乾いた笑みを浮かべた。

 そして上鳴に続き三人もそれぞれ注文を終え、トレイに乗った料理を持って移動。食堂ではなく会議室での食事が始まった。

 

 

「食べながらでいいから聞いて欲しいんだけど……うわ……リスみたいになっとる……」

 

 

 はち切れんばかりに頬張る上鳴を見たホークスの、本日だけで何度目かになる苦笑い。

 

 

「まあ、いいや。今回君らにお願いしたいのはとある人物の保護だ」

 

 

「ほご?」

「飲み込んでから喋んなよ」

「お行儀悪いよ、上鳴くん」

 

 

「んぐ……保護ってのは穏やかな話だな。ゴリーニ関係なんだろ?」

 

 

「そうだよ。ただ、今回のは少し違う。ゴリーニの被害者だ」

 

 

 耳郎と葉隠は二人の会話に首を傾げた後、終わってから聞けば良いかと食事に集中した。

 

 

「名前はジュリオ・ガンディーニ。ゴリーニファミリーがこの国に入ってから程なくして渡航してきた、イタリア国籍の男だ」

 

 

 内容を全て頭に入れているホークスはつらつらと保護対象について話し出す。

 

 

「この男は資産家として有名なシェルビーノ家に仕える執事で、一年前にあった屋敷のガス爆発事故で右眼、右腕、左脚を失う重傷を負っている」

 

 

「ガス爆発事故ね」

 

 

「同時期にゴリーニファミリーが勢力を伸ばしているし、シェルビーノ家令嬢のアンナ・シェルビーノが行方不明になってる。まあ、事故なんて嘘っぱちだよ。十中八九、ゴリーニが裏工作してる」

 

 

「ヨーロッパ最大のマフィアはやることが、ズズズッ、んぐ、違うぜ」

 

 

「全くだよ。で……その執事のジュリオくんが、ウチの国で起こったゴリーニファミリー絡みと思われる事件現場で何度か目撃されてる。しかも、非合法なサポートアイテムで武装までしていたそうだ」

 

 

「穏やかじゃなくなったな」

 

 

 ヒーロー資格を持たず、行政からの許可なしにサポートアイテムを保持する事は犯罪である。

 許可されるサポートアイテムは、それが無ければ日常生活に支障が出ると判断された物のみ。少なくとも、武装と見做されるアイテム類の携行は許可されない。

 

 

 ホークスは定食のメインである焼き鳥を咀嚼してから言った。

 

 

「ゴリーニファミリーは雲隠れを続けてる……今はとにかく情報が必要だ」

 

 

「理屈は分かった──で、どうすりゃいい?」

 

 

「彼が探しているだろう情報……アンナ・シェルビーノに関する誤情報を流して、釣る」

 

 

「了解。二人にするゴリーニファミリー絡みの説明は現場に行く前でいいとして………もう飯に集中していい? 俺、腹減っちまって」

 

 

 上鳴が注文した料理は既に半分を切っていた。

 

 

「好きにしてくれていいよ」

 

 

 ホークスはそう言ってから味噌汁を啜り、沢庵に齧り付いた。

 

 

 

 

 

 そして、パトロールなどの基本的なヒーロー活動を行った三日後。保護を決行する日が決まった。

 

 

 作戦を決行する場所として選ばれたのは郊外にある廃工場。そこでゴリーニファミリーに扮したホークスが、死穢八斎會のフリをした上鳴を相手に、取引をするポーズを取る。

 取引内容はシンプル。アンナ・シェルビーノの身柄引渡しである。

 

 

 耳郎は廃工場近辺の警戒、及びコガネを駆使した情報の逐次共有。

 葉隠の役割は透明な身体を生かした潜伏と周囲の警戒。場合によってはジュリオ捕縛の役割も担う。

 

 

「そんじゃ、仕事と行くか」

 

 

 決行日時である日没に合わせて、上鳴はホークスの待つポイントまで歩き出した。

 

 

 廃工場の中は薄暗く、思わず咽せそうになるほど埃っぽい。通路の端にはダンボールや空になった酒瓶が転がっており、雨風を凌ぐ為か、あるいは脛に傷があるような輩が屯していた形跡が少しばかりある。

 他にも、周囲に広がる手入れされていない草木がコンクリートの壁を食い破っており、時折、水滴が床を叩く音がしていた。

 

 

「何か出そうだな……」

 

 

 耳郎がこの場にいたら、使い物になったかどうか。林間合宿の肝試しでビクついていた姿を思い出し、上鳴は無意識の内に相好を崩していた。

 

 

 そうこうしている間に、上鳴は目的のポイントへと辿り着いた。長いベルトコンベアが部屋を横断している生産ラインだ。

 ホークスは埃を被ったベルトコンベアの上に腰掛け、上鳴の到着を待っていた。

 

 

「ようやく来たか。JAPANのマフィアは腰が重くて困る……」

 

 

 ホークスは堂に入った演技で、足元に置いていたアタッシュケースを蹴り上げた。

 それから少し遅れて上鳴のイヤーカフス型デバイスに、耳郎の声が響く。

 

 

『標的、ジュリオ・ガンディーニを捕捉。ポイントまであと二分。インビジブルガールは先にプランCの準備も終わって、プランBのポイントへ移動中』

 

 

 プランBはこの場でジュリオを捕縛・保護できなかった場合のサブプラン。

 そしてプランCは上鳴とホークスという日本で五指に入るヒーローが標的を捕まえ損なった場合の保険だった。

 

 

「……プランCにはならねぇよ」

 

 

 上鳴が呟いたその刹那、廃工場の窓が甲高い音と共に割られ──円筒状の物が投げ入れられた。

 

 

「何だ!?」

 

 

「発煙筒か!」

 

 

 ホークスと上鳴の言葉の直後、真っ赤な煙幕が生産ラインの中を満たした。

 更にワイヤーが伸びる音、軽い着地音が続く。視界が塞がれようと上鳴なら“個性”で状況を把握できた──筈だった。

 

 

「これ、チャフ入りかよ!」

 

 

 そして、身バレを防ぐために翼を隠していた事で、ホークスは戦闘態勢に入るまで若干のタイムラグがあった。

 その間隙を縫うように、男は蛇の如く部屋の中を駆け抜け、ホークスの背後を取った。

 

 

「……お嬢様はどこだ」

 

 

「ここからっ、東に行ってすぐの倉庫! そこに、あぐぁっ!?」

 

 

 銃声と共にホークスがその場に崩れ落ちた。

 それだけでは終わらない。

 

 

「っぶね!」

 

 

 繰り返される銃撃を上鳴は身を屈めて躱す。受け止めてもよかったが、警戒されるのを防ぐためだ。

 しかし、そうしている間に靴音が遠のいていく。

 

 

 ──ただの銃持った執事って訳じゃなさそうだな。

 

 

 単なる執事にしては場慣れし過ぎていた。

 準備も状況判断も優れており、上鳴は直ぐにジュリオ・ガンディーニという青年に対する心内評価を上げた。

 

 

 そして床に倒れているホークスへと近づき、尋ねた。

 

 

「無事だな」

 

 

「まあね。非殺傷弾だし、そもそも撃たれる前提の装備だ……ここまでやれるとは思ってなかったけどね」

 

 

 ホークスが装備を脱ぎ去り、赤い翼を羽ばたかせる。煙幕はたちまち剛翼の風によって流れていき視界は明瞭となった。

 しかし、そこにもうジュリオの姿はない。

 

 

「プランB──“本命”と行くか」

 

 

 上鳴の目尻の傷から稲光が漏れ、転瞬、この場からその姿が掻き消えた。

 

 

「はっや」

 

 

 上鳴が部屋から駆けていくのを見送ったホークスは、発煙筒が投げ入れられた窓から外へと出るのだった。

 

 

 

 

 

『標的を見失った。プランBへ移行する』

 

 

「了解」

 

 

 耳郎は上鳴からの通信に端的に言葉を返した。

 それから左腕へ装着した籠手型のサポートデバイスの片側にプラグを差し込み、デバイスの管制プログラムを起動する。

 

 

「コガネ、調律開始」

 

 

『Stand by Ready……set up』

 

 

 デバイスに搭載されたAIは上鳴が使っているコガネだ。

 音声を認識したコガネがサポートデバイスを操作。籠手が駆動音を立てて装甲を展開し、三つのスピーカーめいたパーツを耳郎の拍動に合わせて振動させる。

 

 

 その間も耳郎はただぼーっとするのではなく、使っていない右側のプラグを床へ突き刺して索敵を行っていく。

 

 

「ねぇ、響香ちゃん」

 

 

 索敵の最中、部屋王が終わった辺りから距離が縮まった葉隠に名を呼ばれ「なに?」と短く問う。

 

 

「これ、流石にバレるんじゃない?」

 

 

 葉隠の懸念はプランC──アンナに扮した彼女を誘拐させ、適当なタイミングでいい感じに捕縛するという、極めて高度な柔軟性が求められる作戦についてだった。

 その要になっている葉隠は今、ホークスが公安経由で手に入れたアンナの写真を元に変装している。薄暗い倉庫で遠目に見る分には、判別はつかないだろう。

 

 

「大丈夫でしょ。というか喋っちゃダメだって……そろそろ来るから」

 

 

 スピーカーの音量調節を確認しながら、耳郎は油断なく倉庫の入口を見つめた。

 右のプラグから聞こえる足音はすぐそこまで来ており、その距離が近付くにつれて、左腕から響くビートも克明になっていく。

 

 

「到達まで十秒……うん。これなら間に合う」

 

 

 デバイスから奔る拍動が耳郎の身体を包み込み、細胞を活性化。血流の加速と共に血管が浮かび上がり、徐々に肌が赤く染まっていく。

 その光景は穏やかに見ていられる物ではなかったが──葉隠はその技の正体に思い当たる節があった。

 

 

「響香ちゃん、それって林間の時の……!」

 

 

 けたたましい銃声が葉隠の声を遮った。硬く施錠された鋼鉄の大扉が窪み、次いで放たれた蹴りによってこじ開けられる。

 ショットガン(マスターキー)による執事のエントリーに、耳郎が口笛を吹いた。

 

 

「カッコいいじゃん」

 

 

 そして、葉隠を隠すように立ち位置を変える。

 バレないだろうという予測を確実な物とするためだ。

 

 

「お嬢様っ」

 

 

 赤い髪を襟足で束ね、眼帯で右目を隠した執事の青年──ジュリオが歯を食いしばって呻く。

 しかし、二人の良心が激しく傷んだのも束の間、ジュリオの右腕が変形。そこから現れた鉛色の銃口がマズルフラッシュを放った。

 

 

「あぶな」

 

 

 耳郎がそれを半身になって躱す。

 銃口を見て弾の軌道を予測し、反応した訳ではない。発射された弾を見てから身体を動かしていた。

 

 

 目を見開くジュリオに耳郎は肩を竦めて言った。

 

 

「後ろの女の子に当たったらどうするわけ?」

 

 

「……カスの犯罪者様とは言え、お嬢様の護衛を任されるだけはありますか」

 

 

 カスの犯罪者様。

 二人は心の中でそうオウム返しした、直後。

 

 

「ですが──当たったら、その時はその時です」

 

 

「え」

 

 

 流れるような動作で義手の銃に弾を装填したジュリオは、それを耳郎の背後で身を横たえていた葉隠へと向けた。

 そして耳郎が冷や汗を流す間もなく、篠突く雨の如く実弾を連射する。葉隠を抱えて逃げ回る時間はない。回避を選べば当然、背後の少女は瞬く間に蜂の巣となるだろう。

 

 

「助けに来たんじゃないの……!?」

 

 

 つまり、迎撃一択。

 耳郎が左手を前へ翳すと、空気が陽炎の如く揺らいだ。

 

 

心音壁(ハートビートウォール)!」

 

 

 増幅された心音が防壁となって銃弾を撃ち落とす。

 しかし、ジュリオもただそれを漠然と見ている訳ではない。左手を銃身に添える様にして制動を補助しつつ、音の壁を回り込む様にして再び銃撃を開始した。

 

 

「舐めんなッ」と耳郎が瞬時に左腕で宙を薙ぐ。

 

 

 その動きに心音の防壁が追従。大気が扇形に揺らぎ、捻じ曲がったそれが銃弾を一つ残さず撃ち落とす。

 

 

「好き勝手させないよ!」

 

 

 右耳のプラグが地を這う蛇の様な軌道を描き、ジュリオへと肉薄していく。

 

 

「……めんどくせェな」

 

 

 ジュリオはボソリとそう呟きながら、バックステップでプラグの刺突を躱した。

 空を切ったプラグが倉庫の床を撫でると、そこに深々と亀裂が走る。

 

 

「なっ!?」

 

 

 見た目に反したデタラメな殺傷力にジュリオは思わず声を上げた。

 

 

 入学当初の耳郎でさえ、プラグの先端から放った心音でコンクリートを容易く粉砕できていた。

 圧縮訓練と積み重ねて来た自主練は、プラグを掠らせるだけでも、コンクリートに亀裂が走る様な威力を発揮するにまで“個性”を伸ばしていた。

 

 

 ジュリオが舌を巻くその前で、成り行きを見守っていた葉隠がポツリと呟いた。

 

 

「こわ……」

 

 

 おい人質、喋るな。バレるだろ。

 耳郎はこめかみのヒクつきを堪えながら、ジュリオに向かって言った。

 

 

「随分と景気が良いんだね。この子が大事なんじゃないの?」

 

 

「……答える義理があるとお思いですか?」

 

 

 その返答に耳郎は顔を顰めた。

 ジュリオがアンナという女性を追っているというのは、現在の状況や彼の経歴を浚っている中で察しがついていた。

 

 

 しかし、だからこそ引っ掛かる。

 

 

 何故、アンナの身の安全を脅かすような真似をするのか。

 何故、唇を噛んで眉間に皺を寄せながら、定まらない銃口を必死に向けているのか。

 

 

「考えても埒が明かない、か」

 

 

 耳郎は決着を急ぐ事にした。

 今の自分になら、それができる。

 その為の技が“これ”なのだから。

 

 

閃紅音韻(スカーレットフォニーム)、出力100%……!」

 

 

 次の瞬間、耳郎の足元の床が捲れ上がり──その姿がジュリオの視界から掻き消えた。

 

 

「なに!?」

 

 

 閃紅音韻(スカーレット・フォニーム)は耳郎響香が試行錯誤の果てに編み出した、自爆覚悟の身体強化である。

 効果は単純。高周波で全身を包み込む事で細胞を活性化し、身体能力を劇的に向上させること。林間合宿でマスキュラーのコピーと遭遇した際に初めて使ってから、自宅待機中も、必殺技開発の訓練中も練習し続けていた。

 

 

 しかし、それで分かったのは現状の地力では会得不可能という事実。

 実現は個性的に無理があり、何より肉体強度が足りなかった。

 

 

 それでも──耳郎は諦められなかった。

 

 

 使える物はなんだって使った。

 例え相手がIアイランドの若き才媛、アメリカNo.1ヒーローだろうと、躊躇わなかった。

 

 

「ウチは……こんなんじゃダメだって思った」

 

 

 ジュリオに話しかけた耳郎の位置は、その背後。

 閃紅音韻(スカーレットフォニーム)の最大出力を引き出している間、耳郎の肉体は平常時の三倍以上の運動能力を得る。それは単なる膂力、速力だけに留まらず、瞬発力や動体視力にまで効果が及ぶのだが──真髄はそこではない。

 

 

上鳴(アイツ)が連れ去られた時、ウチは何もできなかった」

 

 

 振り返るジュリオの左脚に耳郎の蹴りが叩き込まれ、義肢が内側から爆散するように弾けた。

 共振による内部破壊だ。閃紅音韻(スカーレットフォニーム)を使っている間、耳郎はプラグを突き刺すことでしか使えなかったそれを、全身から放つ事ができる。

 

 

「ぐっ!? まだ、だ……!」

 

 

 バランスを失いながらも尚、ジュリオは戦う姿勢は崩さなかった。

 くずおれながらも右手の銃口を耳郎へと向ける。

 

 

「この先の戦いでまた、アイツ一人じゃ勝てない様な敵が現れるんなら……ウチらはもっと強くならないと。アイツの隣に居られない」

 

 

 しかし、耳郎は一切怯まない。

 

 

 ジュリオは構わず引き金を引いた──だが、これまでと同じことの繰り返しだ。結果は変わらない。

 音が空間を震わせ、波を打ったように広がる大気の歪みが弾丸をしりぞける。

 

 

 足元に転がる鉛玉を踏み越え──耳郎は腰を落とし、拳を構えた。

 

 

「もう二度と、一人で戦わせないために……アイツを遠くへ行かせないために……!」

 

 

 そして、耳郎の視線とジュリオの視界が交わった次の瞬間。

 

 

「形は違うんだろうけど──アンナさんは、貴方にとってのそういう人なんでしょ!?」

 

 

 ジュリオの顔が凍り付いた。どれだけ気丈に、冷徹に振る舞おうとしても取り繕えない素が零れた。

 

 

 その隙を、耳郎は決して見逃さない。

 

 

 籠手を装着した左手で、銃身目掛けて掌底を放った。

 

 

心音撃掌(ドラミングビート)!」

 

 

 打突を受けた銃身が木っ端微塵に砕ける。

 そのまま耳郎はジュリオを床へ押し倒して拘束した。

 

 

「違法サポートデバイスの所持、及び、銃刀法違反により……アナタを拘束します!」

 

 

「アンタら、まさか」

 

 

「ウチらはヒーローです……まだ、仮免だけど」

 

 

 ジュリオは抵抗を止め、力なく目を閉じた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、上鳴はその様子をコガネを使い、ホークスと共に倉庫内での出来事を鑑賞していた。

 

 

「見なよ……俺の親友を……」

 

 

 からの、ダル絡みである。

 

 

「ヒーローの癖に得物を使うのはダサいと、そういう意見もある。だが耳郎のアレは違うんだよね。アレは所詮補助具。閃紅音韻の負荷が大きい理由は周波数の調整が難しいからなんだが、それを身体で覚える為の機能を担ってるのがあのデバイス。分かるかホークスさん。耳郎はいつか自力でアレを使えるようになるつもりってこと」

 

 

 上鳴は廃材に腰掛けて見ているホークスの肩に腕を置き、ドヤ顔で頷きながら早口で捲し立てた。

 げんなりした顔でホークスが口を開く。

 

 

「……逃したのは、これを見せる為かい?」

 

 

「俺が主犯みたいな言い方はやめてくんね? 俺はホークスさんに乗っかっただけじゃんね」

 

 

 緊張で空気が張り詰める。

 原因はハッキリしていた。上鳴だ。

 

 

 ホークスの耳にスパーク音が入る。これは上鳴の身体から発されており、暗い夜の闇の中で頭髪が青白い電光を放っていた。

 帯電状態──つまり、呪力による自己強化を行っているということ。返答次第でホークスを跡形もなく消し去れる間合いだ。

 

 

「アンタほどの男が、銃で武装しただけの敵に遅れを取るはずねーだろ。何で俺に相談せずに二人を試そうとした?」

 

 

 例え個性が使えずとも、ホークスが銃を持っただけの敵に遅れを取る事はない。撃たれる事も視野に入れた装備を着けていたなら尚更だ。

 その時点で上鳴はホークスの意図を見抜き、乗っかる事を決めた。全てはホークスの真意を探るためだった。

 

 

 上鳴が思った以上に自分を買っていた事に驚きながらも、ホークスはニヒルな笑みを浮かべて言った。

 

 

「君に聞いたら『大丈夫』しか言わないだろ?」

 

 

「んな訳ねーだろ」

 

 

「そっか。なら杞憂だったか」

 

 

「……それは答えないってことか?」

 

 

 上鳴がプレッシャーを掛ける。

 しかし、ホークスは一切調子を崩さずに答えた。

 

 

「違うよ……『何かあったら俺が守れば良い』とか『いざとなったら敵をぶっ殺せばいい』って言われたら、君ごと二人をこの案件から外そうと思ってただけ」

 

 

 その返答に上鳴は「なるほどな」と言って頷いた。

 

 

「ヒーローとして現場に立つなら……まぁ、そういうこと言うつもりは無いぜ」

 

 

 ──身体は勝手に動くかもしれないけど。

 

 

 ホークスは上鳴の顔色を見て「分かりやすいね、君は」と笑った。

 そして表情を引き締め、話を続けた。

 

 

「公安としては、君には早い内からクリーンな偉業を積み上げて欲しいんだよ」

 

 

 やや含みのある言い方である。

 上鳴は逡巡した。公安が何を求めているのかを尋ねるか、それとも。

 

 

 ──あぁ……そうだな。ここはあえて。

 

 

「アンタの意見じゃねぇんだ」

 

 

「俺としてはそうだね。学生に頑張って貰う前に、先ずはプロの方でどうにかしたいよ。だけどまあ、現実問題そうも言ってらんないさ。この国には……まだヒーローが必要なんだから」

 

 

 困ったなぁ、と末尾に付きそうなホークスの雰囲気に釣られて、上鳴も思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 この時点で腹の探り合いで負けている事を上鳴は自覚した。

 

 

 ──そもそも向いてねぇし。あとこの人、全然分からん。考えても仕方ねーや。

 

 

「さて、そろそろ俺たちも行こうか」

 

 

 ホークスがそう言って立ち上がるのに合わせて、上鳴もその肩から腕を退ける。

 

 

「ひとまず、ジュリオ・ガンディーニから情報を引き出す」

 

 

「ウッス」

 

 

「その後は──また今度考えよっかな」

 

 

 そう言う割に何をするか全部決めてそうだよな。上鳴はぼんやり考えながら、耳郎たちのいる倉庫へと向かった。

 

*1
スターアンドストライプの意





 耳郎ちゃんの新技はコードブレイカーという漫画からいただきました。初出は林間合宿になります。

 
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