雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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 本日分の投稿です!!


ep.74 風雲急 -壱-

 

「成ったな、親友……」

 

 

「なにそれ。変な物でも食べた?」

 

 

 倉庫に入ってくるなり、後方腕組み師匠面で頷く上鳴に、耳郎から手厳しい言葉が飛び出す。

 

 

「いつも通りだよねー」

 

 

 胸の下で腕を組んで上鳴の顔真似をする葉隠を見て耳郎は沈黙した。

 そんな弛緩した空気の中、ホークスは身を屈めて拘束されたジュリオと目線を合わせた。

 

 

「悪いね。騙すような真似して。ここにはお嬢様もゴリーニもいない」

 

 

 ──悪役みてぇだ。

 

 

 上鳴がホークスを見てそんな事を考えていると、ジュリオはゆっくりと顔を上げた。

 そして口をもごもごと動かした後、勢いよくホークスの顔へ唾を吐きかけた。

 

 

「死ね」

 

 

 手が自由なら中指でも立てていそうな声色だった。

 ホークスは顔についた唾を服の袖口で拭ってから言った。

 

 

「ヒーロー、嫌いかい?」

 

 

 ホークスの言葉に、ジュリオは閉口した。

 多弁は銀、沈黙は金とは言う。しかし、時に押し黙ることは銀の価値すら生じない悪手である。

 

 

「経歴を一通り見ればわかるよ。幼少期は食べるのにも困るような生活をしていたそうだね」

 

 

「……ッ」

 

 

 ジュリオは孤児だった。

 幼少の頃はスラム街でゴミを漁り、物乞いをして日々の糧を得ていた。

 

 

「幼い君が暮らしてた場所は、マフィアが我が物顔で歩く場所だったろう。ヒーローは助けてくれやしない。その存在すら、疑ったかもしれない」

 

 

 沈痛な面持ちで話を聞いている耳郎と葉隠とは違い、上鳴は平然としていた。

 鹿紫雲の身に宿った術師の記憶だろうか。いつの時代もそういう場所はあるのだな、という感慨しか湧かなかったのだ。

 

 

「そこから掬い上げてくれた恩人が、マフィアによって殺されたのに……事故死扱いなんて、許せないよな」

 

 

「知った風な口を──っ」

 

 

 ホークスの顔は上鳴から見えなかった。しかし、言葉の途中で唖然とするジュリオの顔を見て、何となく察した。

 

 

「ジュリオ・ガンディーニ。俺たちには、君と協力する用意がある」

 

 

 その言葉にジュリオは目を見開いた。上鳴たちも同じだ。保護と強制送還が落とし所だと思っていた。

 ジュリオは声を低くして、答えた。

 

 

「私の目的が……お嬢様を、アンナ・シェルビーノを殺すことだったとしてもか?」

 

 

 耳郎と葉隠が騒つく。

 上鳴は黙って腕を組んだままホークスの言葉を待った。

 

 

 僅かな沈黙の後、ホークスが答えた。

 

 

()()()()()()()

 

 

 言い放たれた肯定とも取れる言葉に、耳郎と葉隠が反射的に声を荒げる。

 

 

「な、何でですか!?」

 

 

「こ、殺すって……!」

 

 

 ヒーローとは──助けを求める人々に手を差し伸べ、そこから引き上げる者だ。

 けれど、人間に備わった手の強さは超人社会においても限度がある。

 

 

「俺たちはスーパーヒーローじゃない。手が届く範囲にも、手を取れる数にも限界がある……普通に考えてみてくれ。何の変哲もないお嬢様が、ヨーロッパ圏最大のマフィアに攫われると思うかい?」

 

 

「それ、は……身代金目的とか……」

 

 

「そうだとしたら、それを支払う人間まで殺すかね?」

 

 

「そうかも……だけど」

 

 

 考えれば考えるほど、ただ攫うなんてあり得ない。吐き出しそうになる言葉を二人は飲み込んだ。

 頭では理解できても、それを認めてはいけない──そういう青臭い感情論。

 

 

 取りこぼす数を手っ取り早く減らす手段は二つ。掴む手の数を減らすか、原因が表面化する前に摘み取ること。

 より多くの人間を助ける“公共の正義”を重んじるなら、合理的な手段と思考を常に意識しなくてはならない。

 

 

 ──それがヒーローらしいかどうかってのは……まぁ、俺でもわかる。

 

 

 今も浮かない顔をしている耳郎と葉隠を見て、上鳴は唸った。

 

 

 いざとなれば上鳴は躊躇いなく敵を殺せてしまう。“危険だから”という理由でオールフォーワンを殺したのは他ならぬ上鳴であるし、今更それに忌避感を抱くこともない。

 だから、何も言えなかった。

 

 

 気まずい沈黙の中、ジュリオが静かに話を切り出した。

 

 

「お嬢様の“個性”は過剰変容……触れた相手に変容性因子を送り込み、それに適応した人間の個性因子を強化、劇的に変容させる」

 

 

「要するにドーピングか……強化幅は?」と上鳴。

 

 

「過剰変容によってもたらされるのは、個性の効果範囲の拡大、対象数の制限解除、強化上限の撤廃と多岐にわたる」

 

 

「……そいつはヤバいな」

 

 

 違和感──どこかでそれを見た覚えがある。思い出せず、上鳴は首を傾げた。

 ジュリオは話を続けた。

 

 

「問題は……お嬢様がその力をコントロールできないことです。変容性個性因子はお嬢様の中で無限に増殖、変容を繰り返していました。年月を経る毎に力を増してきたそれが……今、どうなっているのか」

 

 

 ゴリーニが使えている辺り、まだ致命的ではないのだろう。

 しかし、それがいつまで保つのか──刻限はもう迫っていると考えるべきで。

 

 

「彼女の個性が暴走すれば、対象者の因子は無限に変容し続け……いずれ誰にも止められなくなる。だから俺は、その前にっ」

 

 

 上鳴たちはジュリオの悲痛とも言える覚悟の理由を垣間見た。

 

 

「……あの。アンナさんが攫われるまではどうしてたんですか?」

 

 

 葉隠がおずおずと尋ねる。

 

 

「俺の“個性”、因子相殺でお嬢様の因子を消していた」

 

 

 ジュリオ・ガンディーニの“個性”は因子相殺。右腕で触れた相手に自らの個性因子を送り込み、相殺・消滅させる。

 字面だけなら強力ではある。けれど即効性もなく、効果が発揮されるまで触れ続けなくてはならないというデメリットがある。

 

 

「それなら、またジュリオさんが消せば──」

 

 

「無理だ……因子相殺は右腕からしか使えない。この腕になってからは、使えなくなった。そもそも俺の“個性”じゃ……もう……」

 

 

「そ、そんな」

 

 

 ジュリオが眉間に皺を寄せ、口を一文字に結んだ。歯痒いのだろう。自分にもっと力があればと思うのは、その経歴を考えれば上鳴でも想像が付く。

 しかし、上鳴は平然と言い放った。

 

 

「いや、その程度なら殺す必要はねーよ。相澤先生の力を借りながら制御を学べば済む話じゃんね」

 

 

 それは鼻でもほじり出しそうなくらいに軽い言葉だった。

 

 

「相澤先生の“抹消”は個性因子の活動を停止させる。おじょーさまの暴走が因子の増殖による物にしろ、“抹消”は効くだろ」

 

 

 “抹消”の効果は絶大だ。

 

 

 上鳴は知っている。無数の個性因子を内包し、肉体がそれらに適応すべく進化するようになった特異点にさえ──それが通用することを。

 “過剰変容”がそれを超える存在とまでは現状、考えられない。

 

 

「確かに!」

 

 

「相澤先生なら!」

 

 

 上鳴が示した希望に耳郎と葉隠が声を弾ませる。ホークスも口元を緩め、柔らかい笑みを見せた。

 

 

「おじょーさまは保護する。おじょーさまを攫ったゴリーニは、ボコボコにしてこの国から叩き出す。どうだ、ホークス。これ以上があるか?」

 

 

「いや……妙案すぎて俺の立つ瀬が無いくらいだ」

 

 

 とんとん拍子で進む話に唖然とするジュリオへ、上鳴は言った。

 

 

「そうと決まればやる事は山の如しだな……アンタもだ。俺ならその腕、どうにかしてやれるかもしれんし」

 

 

「……はァ? どうにかするって、何を」

 

 

 ジュリオの疑問に上鳴は一言。

 

 

「生やすんだよ」

 

 

「はやっ」

 

 

「大丈夫。俺、名医だから」

 

 

 上鳴が言った名医の後ろに「の弟子」が入ることを耳郎だけが察していた。

 ジュリオの額に玉のような汗が浮かぶ。

 

 

「いや、どっからどう見てもヒーローのガキじゃ……あ、おい!? どこ行くんだアンタら!? 待て! 俺とコイツと二人きりにする気か!?」

 

 

「まあまあ」

 

 

「まあまあじゃねぇよ! うぉぁ!? 放電しながら近寄るんじゃ、やめっ、やめろっ!?」

 

 

 上鳴が白い稲妻を纏わせた両手を胸の前で上げて、ジュリオに近付いていく。

 

 

 拒否権はない。

 

 

「まあ、生やせるかどうかは──試してみないと分かんないんだけど」

 

 

「わからない!?」

 

 

「どちらもありうる……そんだけだ」

 

 

「医者が一番言っちゃいけない言葉だろそれは!」

 

 

 

 

 

 ジュリオの情けない絶叫が博多の夜空に木霊する少し前。

 他のA組生徒たちは──

 

 

「………………………………採用で」

「顔が凄く苦々しい」

「お前が非常に有益な人材である事は認めざるを得ない。そして、ワンフォーオールの後継として不足がないこともだ……結局、オールマイトこそが正しく、私がしようとしていた事など、単なる独り善がりに過ぎなかったということか……」

「何の話ですか……?」

 

 

 緑谷がナイトアイ事務所で即採用を受け。

 

 

「なんでテメェ実績ねェンだウサギィ!」

「ハッハッハッ! いいな! 生意気だ!」

「生意気だ、じゃねンだわ!! クソッ! 当てが外れた……!」

「お前、私とジーニストで悩んだんだろ? ジーニストに連絡してみろよ」

「……!」

 

 

 爆豪のインターン先が決まりそうになり。

 

 

「いつまでしけた面してやがる」

「…………すまん」

 

 

 轟親子が社内の空気を劣悪にしていた。

 

 

 

 

 

 そして──敵たちは。

 

 

「不快」

 

 

 時は仮免試験の数日前にまで遡る。

 

 

 薄暗い倉庫の一角を仮のアジトとしていた敵連合は今、新たなる仲間を迎え入れていた。

 嫌悪感を隠さず、首を掻きむしる死柄木弔の前には五条袈裟を着た男の姿があった。

 

 

「おやおや……随分と嫌われてしまったね」

 

 

 額に縫い目のある男は胡散臭い笑みを浮かべ、肩をすくめた。

 

 

「あの服、この間荼毘くんが着てた服ですよね?」と渡我。

 

 

「確かに同じだな。俺のは借り物だったが」荼毘が相槌を打つ。

 

 

「燃やすなよ……借りた物を……」まるで常識人かのようなことを言うスピナー。

 

 

 和気藹々とした空気の仲間たちを尻目に、死柄木は言いようのない苛立ちをぶつけるが如く、側近である黒霧に言った。

 

 

「元いた場所に捨てて来い。ウチは動物保護団体じゃないんだから」

 

 

「死柄木弔……オールフォーワンの後ろ盾を失った今、()()の力は大いに役立ちます。何卒お考え直しを」

 

 

 黒霧の忠言に死柄木は鼻を鳴らした。

 

 

「面接で素顔どころか性別まで隠してる奴を信用できるかよ」

 

 

 そうこうしている間にも、新入りは他のメンバーと仲を深めていた。

 

 

「あらぁ! 同志の方だったのぉ!」と引石健磁ことマグネが男の手を取る。

 

 

「ははは……少し違うよ。私のは単なる偽装だ。もっとも、DNAレベルで()()しているからね。今の身体では子も孕めない……引石君は女性の身体の方がいいのかな? 変えてあげようか?」

 

 

「う───ん。ちょっと考えさせてもらっていい? ワタシ、別にこの身体が嫌いという訳でもないのよね」

 

 

「そうかい。いつでも頼ってくれて構わないよ」

 

 

 死柄木の眉間に皺が寄せられる。

 

 

「おい……セブンとか言ったか」

 

 

「何だい? 何でも聞いてもらって構わないよ。素顔以外はね」

 

 

「そこが知りたいんだよ……だが、もう良い。黒霧の言う事にも一理ある。戦力は一つでも多い方が良いのは事実だ。だがな──勘違いするなよ?」

 

 

 死柄木が瞬きほどの時間でセブンとの彼我の距離を縮めた。そして“崩壊”を発動させないように指を一本だけ浮かした状態でその胸倉を掴み、自分の顔へと引き寄せる。

 

 

「次は俺だ。しゃしゃるな。俺の命令には絶対服従。俺以外に死ねと命じられても死ね。それを守れるなら、雑用として使ってやる」

 

 

「……ふふっ。構わないよ。まぁ、死ねと命じられても困るけど」

 

 

 額を縫い合わせていた縫合糸を男は引き抜き、帽子を脱ぐかのように頭蓋を持ち上げて笑った。

 

 

「私は“脳無”だからね。もう、死んでいるんだ」

 

「……あっそ」

 

 

 死柄木は興味を失ったように、セブンから離れた。

 今度はセブンが言う。

 

 

「ところでリーダー。分倍河原君がお客様を連れてきたようだよ」

 

 

「なに──?」

 

 

 重たい鉄の扉が開け放たれた後、そこに立っていた人間を見た死柄木は言葉を失った。

 それはセブンをはじめ、この場にいたマスキュラーとステインまでもを巻き込んだ静寂を作り出した。

 

 

 暫し考えた後、死柄木は平坦な声音で言った。

 

 

「トゥワイス……俺たちを裏切ったのか。悲しいよ」

 

 

 トゥワイスの隣に立っていたのは、高そうなスーツに身を包んだオールマイトだった。

 首を横にぶんぶん振りながら否定するトゥワイスを他所に、一人の男が立ち上がった。

 

 

「……違う」

 

 

 敵連合の中で最もオールマイトについて口喧しい男だ。

 

 

「違う……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!」

 

 

 血走った目で刀を引き抜いたその男の名は、“ヒーロー殺し”ステイン。

 真の英雄であるオールマイトを信仰し、原理主義に基づきヒーローを間引いてきた生粋の狂人。その目に映ったそれは、見紛うことなき──偽物である。

 

 

 信仰の対象を冒涜された。

 であればこれは、聖戦(ジハード)である。

 

 

 只人の身でありながら、狂気によって鍛え上げられた身体が躍動する。

 

 

「待て、赤マフラー」

 

 

 しかし、そこにマスキュラーが待ったを掛けた。オールマイトの偽物へ肉薄しかけていたステインを引っ掴み、そのまま床へと引き倒す。

 それから一言。

 

 

「相手は客だ。大将の顔に泥塗りてぇのかよ」

 

 

 マスキュラーの口から飛び出た正論に敵連合は沈黙した。

 

 

「素晴らしい。冷静な対応だな」

 

 

 それを拍手をもって賞賛したのは、他ならぬオールマイトのパチモンだった。

 パチモンは拍手したまま芝居がかった所作で靴音を倉庫に響かせ、変な物を見る目をしていたマスキュラーへと近づいていく。

 

 

 そして、敵連合が白目を剥くような一言を言い放った。

 

 

「流石は我が宿敵に一度は土をつけた男」

 

 

「我が、宿敵……?」

 

 

 マスキュラーが瞬時にパチモンの言葉を理解できなかったのは僥倖だった。

 マグネ、Mr.コンプレス、スピナーが飛び掛かる用意を済ませられたから。

 

 

「そうとも。“雷神”……上鳴電気だ」

 

 

「そうか──死ね」

 

 

 マスキュラーの血管が切れる音を合図に、三人が飛び出した。

 

 

「抑えてマスキュラー!」

「自分が三秒前に何言ったか忘れたのかい!?」

「ティファールかよ!」

 

 

 マグネ、コンプレス、スピナーが三人掛かりでマスキュラーを抑えようと掴み掛かる。

 

 

「うるせぇ何でこんなオールマイトコスプレジジイにアイツのライバル面されなきゃならねぇんだぶっ殺ォす!!」

 

 

 しかし、腕力の差は歴然。大人と子供なんて言葉すら生温い。蟻と象だ。

 マスキュラーに“殺すのはまずい”という理性があったのか、無闇に振り解こうとしなかったのでどうにか拮抗できていた。

 

 

 呆れた様子で荼毘が言う。

 

 

「やめろ、みっともない。自分で言ったことも守れないのか? もう大将の顔はズタボロだぞ」

 

 

「ンギギギ………二度目はねぇからな!」

 

 

 その気になれば鎧袖一触にできるマスキュラーだったが、荼毘の言葉を受けて渋々引き下がった。

 

 

「あまりウチの聞かん坊を揶揄わないでくれよ……で? オールマイトのフォロワーさんは、一体何の用があってウチに来たんだ?」

 

 

 その流れで荼毘が話し出したのを見て、パチモンが怪訝な顔を浮かべる。

 リーダーとしか話す気はない──そう雄弁に語る目に、荼毘は半笑いでトップを指差した。

 

 

「死柄木弔、落ち着いてください!」

 

 

「もう何なんだ今日はァ! 見てるだけで苛々する死体に、トゥワイスが連れてきた変なオッサン! もう帰ってくれ! 満腹だ! 俺もう今日はネカフェでLoLやって寝る!!」

 

 

「足が付くからネカフェでLoLはやめてください!?」

 

 

 乱心する死柄木を抑える保護者(くろぎり)に「FUFUFU」とパチモンが笑う。

 

 

「おいおい……こんなのがあのフィクサーの後継だって? 何の冗談だい、友よ」

 

 

 そう言ってパチモンが振り返った先──おろおろするトゥワイスの隣にいたのは、ペストマスクの男だ。

 男は盛大に溜息を吐いてから「……まず最初に言っておきたい」と前置きした。

 

 

「俺はそいつの友ではない」

 

 

 むしろ、同列に見られるのは甚だ心外である──口にしてはいないが、ペストマスクの男がそう言いたいのは目を見れば誰でも分かった。

 

 

 死柄木は男を見て少し落ち着いた。

 やっと話ができそうな奴が出てきた。そう思ったからだ。

 

 

「……にしてもトゥワイス、とんだ大物連れてきたな」

 

 

「照れるよ」

 

 

「お前じゃねぇよすっこんでろ……アンタ、死穢八斎會の若頭だろ。見覚えがある」

 

 

 死柄木の脳裏にオールフォーワンとの思い出が浮かぶ。裏社会で生きるなら覚えておいた方が良い人間のリストに、目の前の男の名前があった。

 

 

「大物か……皮肉が効いているなァ、敵連合。オーバーホールだ」

 

 

「死柄木弔」

 

 

 簡潔な挨拶にはなったが悪くない。何せ前例が悪過ぎた。

 ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる袈裟に、この世で最も嫌いな存在と瓜二つの男。最初に迎え入れた仲間達もほとんど挨拶できなかった。それらと比べれば、野心塗れの眼差しなど取るに足りない。

 

 

「トゥワイスがちゃんと意思確認してきたかは一旦置いておく。で、話は? わざわざ穴倉から出てきたんだ。オールマイトが消えてハイになったって訳じゃないんだろ?」

 

 

 オーバーホールは死柄木を見て「ふん」と鼻を鳴らしてから朗々と語り出した。

 

 

「オールマイトよりも、オールフォーワンの消失が大きい」

 

 

 その言葉に明確な敵意を見せたのは死柄木のみ。オーバーホールは構わず言葉を続けた。

 

 

「裏社会を支配していた帝王が消えた。支配者なきこの国で、次は誰が王になるのか」

 

 

「……安い挑発だな」

 

 

 死柄木はそれに乗ってしまった自分を少し恥じた。

 

 

「お前たちは既に力を示している。あれだけの事件を起こしながら、失った駒はムーンフィッシュのみ……目標もシンプルだ。現代社会の破壊、そうだな?」

 

 

「だったら何だ」

 

 

「計画はあるのか?」

 

 

 オーバーホールの語り口調に死柄木は後頭部を掻いた。

 

 

「トゥワイス……やっぱ意思確認しなかったな……お前良いやつ過ぎるよ……」

 

 

「既に察してもらっている通り、俺は別に仲間に入れて欲しくて来たんじゃない。だが──俺にはお前の目標を達する為の計画がある」

 

 

 オーバーホールの目的はただ一つ。

 

 

「計画の遂行には莫大な金がいる。時代遅れの小さなヤクザ者に投資をしようなんて物好きはそういなくてね……ただ、名の膨れ上がったお前たちがいれば話は別だ。俺と共に来い」

 

 

 支配者──自らが王となるために、死柄木たち敵連合を利用すること。

 最後まで聞いた死柄木はただ一言。

 

 

「帰れ」

 

 

 刹那、マグネが動いた。

 棒磁石めいた意匠の棍棒を担ぎ、N極をオーバーホールに向けた状態で“個性”を発動する。

 

 

「っ!」

 

 

 マグネの棍棒に向かってオーバーホールが引き寄せられていく。男にはS極、女にはN極の磁性を与えるマグネの“個性”は、範囲内にさえいれば簡単に付与できる。

 回避は難しく、不意打ちとして使われたそれをまともに受けて仕舞えば──棍棒の一撃で頭蓋をカチ割られるだろう。

 

 

「ごめんね極道くん! 私たち、誰かの下につく為に集まってるんじゃあないの!」

 

 

 引き寄せられているオーバーホールが左手に着けていた手袋を外した。

 

 

「させん」

 

 

 同時、銀の軌跡を描いたナイフがオーバーホールの前腕に突き刺さる。更に柄頭に結ばれたワイヤーを介して瞬時に引き抜かれ、ステインの手中に収まった。

 

 

「ハァ……」

 

 

 瞬時にオーバーホールの血液を舐め取る。

 そして、“凝血”により行動を制限されたオーバーホールへ向かって、マグネの棍棒が振り下ろされた。

 

 

「ハァイ、この辺りにしておいてもらおうか」

 

 

 そこへ、オールマイトに仮装した男が割り込む。棍棒を掴んで握り潰し、オーバーホールを優しく抱き留めた。

 

 

「離せ、蕁麻疹が出る……!」

 

 

「おっと失礼。余計なお世話だったか──な!」

 

 

 軽い腰の捻りと共に繰り出された男の拳が、マグネの腹部へ突き刺さった。

 身体をくの字に曲げ、マグネが床と並行になる高さと速度で壁際まで吹っ飛んでいく。

 

 

「っと。あぶねーな」

 

 

 マグネが壁へ叩きつけられる前に、マスキュラーが割り込む。

 張り足した筋繊維の膜でマグネを受け止め、衝撃を足裏から地面へ逃すことで、自身とマグネへの負担を最低限に抑える。

 

 

「マグ姉!」渡我がマスキュラーに駆け寄った。

 

 

 マスキュラーの腕の中で動かなくなったマグネは、血の混じった泡を吹き出した状態で意識を失っていた。

 呼吸は浅く、拳の形に凹んだ腹部はドス黒い痣が生じている。素人目に見ても危険な状態だった。

 

 

「さて、マスキュラーくんだったかな? どうだい? 少しはお眼鏡に適ったかな?」

 

 

 マスキュラーの目元に黒い隈取が広がっていく。

 

 

「うざってぇなァ……! 負荷塊!」

 

 

 返事は“ストレス”をエネルギーの弾丸として放出する必殺技。人一人を軽く飲み込む漆黒の球体が、床を抉りながら男へ向かって直進する。

 男は軽薄そうな笑みを浮かべ、ポケットから取り出したコインを親指で弾いた。

 

 

「凄いトリックだ。お礼に私も一つ見せてあげよう」

 

 

 地に落ちたコインが床に溶け──転瞬、負荷塊の真下から生えてきた石柱が、それをかち上げた。

 二つの攻撃を受けた天井が轟音と共に崩落。男は降り注ぐ瓦礫を拳圧で叩き伏せ、高笑いをしながら言った。

 

 

「この程度の敵に遅れを取るとは……彼もまだ子供か。そしてそんな子供に敗北した稀代のフィクサー。老いというのは実に恐ろしいものだね」

 

 

 男が匂わせた相手が誰かなんて、わざわざ聞く必要すらない。

 マスキュラーの身体に黒い斑点が浮かび上がり、肌を覆うように広がっていく。それにつれ、肉体が徐々に巨大化を始めた。

 

 

「黙って聞いてりゃペラペラペラ……遺言かよそれは……」

 

 

 青筋を浮かべたマスキュラーを相手に、男は余裕を崩すことなく口を開いた。

 

 

「一つ問おう」

 

 

「あン?」

 

 

「強者に必要な物とは一体何だと思うかね? そう──力だ」

 

 

 当たり前だ。

 

 

 マスキュラーがそう答えるよりも先に、男の拳打が彼の顔面へと捩じ込まれた。

 鼻血を流してたたらを踏むマスキュラー。そこへ、追加でコインを5枚取り出した男が追撃を仕掛ける。コインが燦然と輝き、ナックルダスターの如く男の拳を覆った。

 

 

「TORINO……SMASH!!」

 

 

 風を切り裂いて振り抜かれたそれは、先のマグネへと放たれた一撃とは比較にならない剛拳だ。

 殴りつけられたマスキュラーは床に叩き伏せられ、その衝撃を物語るように床が砕けて破片が宙へ浮かび上がる。

 

 

「ぬぐっ、おぉぉ……!」

 

 

 タフネスだけならオールマイトにさえ届き得る男が立ち上がれない。

 目の前で起きた信じられない光景に、敵連合は唖然とするしかなかった。

 

 

「これで俺が単なるオールマイトのフォロワーでないという事を理解してもらえたかな?」

 

 

「……何者だ、お前」

 

 

 死柄木が首を掻きむしりながら尋ねると、男はこう答えた。

 

 

「次の象徴さ」

 

 

 巫山戯ている──しかし、その実力の一端は既に示された。

 男は身動きが取れないオーバーホールに近付き、優しく抱き上げた。

 

 

「今日のところはここで失礼するよ……友が死ぬほど疲れている。返事に関しては、そうだな。近い内にブローカーを通して言うといい。場合によっては──俺が手ずから葬ってやろう」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべた男が敵連合に背中を向け、入り口へと向かった。

 

 

「弔くん。私、刺せるよ。刺すね」

 

 

「ダメだ」

 

 

「賢明だね。君が俺の下に来るなら、次の次くらいにはしてやっても良い」

 

 

 死柄木が黙り込む。

 それをもって、男は格付けを済ませたと見做した。

 

 

 そうして男は高笑いをしながら去っていく。その背中を見て、苛立ちを覚えない者はいなかった。

 何故、止めるんだ──殺気立った渡我とトゥワイスが死柄木を見る。

 

 

「報いは後で受けさせよう。だからダメだ……今は、まだ」

 

 

 そう言い切った死柄木の顔は、風一つない湖面の如く穏やかだった。

 





 いつも読んでくださってありがとうございます!
 ようやくパチモンおじさんと、神野事変で匂わせたヤツが既視感のあるオリキャラとして出せました……
 
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