雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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前回のあらすじ

side:ヒーロー
雄英生「相澤先生最強卍」
Dr.ミカヅチ「どちらもありうる……そんだけだ」

side:ヴィラン
オールマイトのそっくりさん「俺が来た!!」
オーバーホール「友達じゃないです。他人です」
敵連合「頼む。あとにしてくれ」


ep.75 風雲急 -弐-

 

 インターン活動は四六時中行われる物ではない。学生の本分は学業。上鳴は福岡での活動を一旦切り上げ、耳郎と葉隠の二人を一時自分預かりとした上で、雄英へと帰ってきた。

 美味しい物を食べ、耳郎の成長を現場で見ることができた上鳴は、今回の福岡遠征に大変満足していたのだが──

 

 

「上鳴、申し開きはあるか?」

 

 

 仁王と化した相澤と対面したことで、現実へと引き戻されてしまった。

 しかし、これは既に予想できていたこと。上鳴はあらかじめ用意しておいた脳内カンペをつらつらと読み上げる。

 

 

「ルール上、問題ねぇんだし……だとしたら悪いのは俺じゃなくて、ルールを作った人間だろ」

 

 

 屁理屈である。

 おおよそヒーローが口にしてはいけない言葉だろう。しかし、上鳴はヒーローと呪術師のダブルスタンダードを地で行く男。多少の矛盾は「どちらもありうる……そんだけだ」で片付けてしまえる。そして今回はゴリ押しで通す算段だった。

 

 

「俺はこの二人を早く強くしたい。二人が強くなれば皆うれしい……わかってくれるよな? 相澤先生」

 

 

「それとこれとは話が別だろう」

 

 

「はい」

 

 

 ──あっさり折れた!?

 

 

 女子二人の戦慄を他所に、上鳴はその場で正座の構えを取った。

 

 

「何度目だ? なぁ……上鳴……俺は悲しいぞ」

 

 

「うす」

 

 

「流石にこれは看過できない」

 

 

「そこをなんとか……こう……なりませんかね……」

 

 

 ろくろを回すような仕草をしながら懇願してくる上鳴に、相澤は腰に手を当てて返した。

 

 

「ならない。インターンは実績があるヒーローに限って認めるってことの意味、分からなかったか? お前じゃ二人に何かあったとき責任取れないだろう」

 

 

 相澤が言った“責任”の言葉に、耳郎と葉隠が肩を跳ねさせる。そわそわとし出す二人の前で、上鳴はキッパリと言ってのけた。

 

 

「責任を取る覚悟もなく、二人の手を取ったりしない」

 

 

「ふぐっ」

「わわっ」

 

 

 上鳴が真剣な眼差しに相澤は「ほう」とニヒルに笑った。

 

 

「具体的には?」

 

 

「何かあったら──腹を切って詫びるぜ、俺は」

 

 

 責任を取る。

 それ即ち、切腹である。

 

 

「どうせそんなことだろうと思ってたよウチは」

 

 

「戦国時代かよ上鳴くん」

 

 

「茶化すな」と相澤が渋面を作り、二人を睨む。

 

 

「そもそも……お前切った腹を治せるだろ」

 

 

「バレんのはや」

 

 

 上鳴の後ろで耳郎と葉隠も正座の姿勢を取った。

 そして、二人は揃って上鳴の背中をつねり上げる。

 

 

「いだだだだ……でもさ、相澤先生。この国に俺の側より安全な場所ってあんのかよ?」

 

 

「……それを言われると、頭が痛いな」

 

 

 世界を見渡してみても、大半のヒーローは衰えたオールフォーワンや、怪我と個性の譲渡によって弱体化したオールマイトにさえ届かない。

 比べる対象が悪いと言えばそれまでだが、今はそんな事を言っていられる状況ではない。

 

 

 ──現代の呪術師は確か……国をひっくり返せるレベルの存在を“特級”って呼んでたな。

 

 

 呪術師は国家転覆を可能とする存在を外れ値とし、一括りに“特級”と呼んでいた。

 その慣例に合わせるなら、この世界ではオールマイトやオールフォーワンは“特級”扱いとなるだろう。天変地異を可能にする無数の“個性”、天候を拳一つで変える超常的な身体能力があれば国家転覆など容易い。そして、今の上鳴やスターアンドストライプも枠内だ。

 

 

 だが、上鳴は知っている。

 

 

 これから先の戦いに出てくる敵の多くが、その“特級”を基準にした能力を持った存在であることを。ともすれば、それが量産型の兵士として立ち塞がってくることを。

 半端な能力のヒーローでは、擦り潰されて死ぬだけだ。

 

 

 ──だから俺が、更に向こうへ導く。

 

 

 鹿紫雲一に受肉した江戸時代の呪術師には、その発想が無かった。彼は自分に挑んできた者も、その辺を歩く童も、等しく土塊のようにしか思っていなかったから。

 徹頭徹尾、自分の力にしか執着しない者を人間とは呼べない。それは弱肉強食の世界でしか生きていけない獣である。かつての上鳴も、そして彼もそうだった。誰かを鍛えるなんて土塊を練り上げて人形を作る以外の何物でもなく、それが自分にどう利するかを、考える事さえしなかった。

 

 

 彼はそれで良かったのだろう。受肉を果たし、時を超え、最後に答え合わせもできた。悔いはなかったのかもしれない。

 しかし、上鳴は違う。好みがどれだけ近かったとしても、仲間が擦り減り朽ちていく様を──「弱かったから」の一言だけで許容するなどあり得ない。

 

 

「相澤先生。俺たちに必要なのは高く分厚い壁と、それを超えてやろうっていう気概だけだ。そんでもって、あの日の二人の意思はクラスで一番だった……そうだろ」

 

 

 インターンの話を聞いて、真っ先に自分へ声を掛けてきた二人を思い出しながら、上鳴は相澤に訴えた。

 

 

「……否定はしない」

 

 

「俺、今回は絶対に引き下がらないからな。どんな手を使っても、コイツらは現場に連れていく」

 

 

 上鳴の言葉に相澤は深々と息を吐いた。

 

 

 相澤も頭では分かっているのだ──上鳴の言っている言葉に間違いはないことを。オールフォーワンを倒したという実績に並ぶ物など存在しないのだから。

 だが──相澤は一人の教師、ヒーロー、何より大人として、まだ子供の上鳴に責任を負わせる事を認可できなかった。

 

 

「……条件がある」

 

 

 相澤がそういう人間であることを、上鳴はよく知っている。

 だから、相澤がそう言ってくるのを待っていた。

 

 

「相澤先生、言ってくれ。妥協点は必要だろ」

 

 

 ──さあ、どんと来い。

 

 

 行動制限、その他諸々の抜け道はもう探し終えている。一部の隙間もありはしない。上鳴は内心、自信に満ち溢れていた。

 

 

「お前がしくじったら俺も腹を切って詫びる。それだけだ」

 

 

 だから上鳴は閉口した。

 相澤なら合理的に説明すれば理解してくれるだろうし、そこに情を乗せれば頷いてくれると思っていた。多少の制約は出来るだろうが、許容範囲内に収まるだろうと。

 

 

 ──これは予想外。制約なんて物じゃない。

 

 

「治療なんて絶対に受け入れてやらない。介錯は……先輩にやってもらうか。遺書にもこの旨をちゃんと書いて、弁護士に預けておく」

 

 

 続け様に放たれた文言で、さりげなく善院まで巻き込んでいる。タチが悪いにも程があった。

 しかし、これで──上鳴は無茶できない。万が一の事態には上鳴だけではなく、相澤が物理的に死に、善院が社会的に死ぬ。そして善院も、相澤の介錯を終えたら自刃するだろう。二人の死は上鳴の本意ではない。

 

 

「……分かった。二人に無茶はさせないし、俺もしない。これは縛ってもいい」

 

 

「ならそうしてくれ」

 

 

「ちくしょう……完敗だ……てっきり“どっちか一人にしなさい”とか、“ホークスが付いていないなら活動禁止”とか、そもそも俺のヒーロー活動に制限掛けてくる物だとばかり……」

 

 

「お前、絶対に抜道を探すだろ。信用ないんだよ」

 

 

「ぐぅ」

 

 

 相澤の言葉にぐうの音しか出せない。

 上鳴が相澤の人となりを知るように、相澤も生徒のことをよく見て知っていた。それだけだ。

 

 

「じゃあ、今日はこの辺でね。明日は学校もあることだし……」

 

 

「まだ話は終わってない。上鳴だけにペナルティを課す訳ないだろ──耳郎、葉隠、お前らには活動を続行する為の条件をつける」

 

 

「まぁ……それくらいは当然ですよね」

 

 

「どーんと来い! って感じです!」

 

 

「いやいやいやいや……え、マジ?」

 

 

 上鳴は相澤に縋るような眼差しを向けた。

 

 

「マジだ」

 

 

 返って来たのは無情な判決文。上鳴は眉間に皺を寄せ、内容次第では抗議も辞さないという気持ちで居住まいを正した。

 

 

「条件は二つ。一つ目は、上鳴が無茶したらホークスか俺に必ず報告すること」

 

 

 そして、無茶をしたと判断が下された際には相澤が腹を切り、善院が介錯することになる。

 

 

「二つ目は、インターン活動の後にレポートを書いて俺に提出すること。ホークスと上鳴にも聞き取りを行う。そこで内容に大きな差異があった場合は虚偽報告と見做して、インターン活動を禁止する。これは二人だけでなくクラス全員だ」

 

 

 上鳴は腕を組んで唸った。

 ホークスを買収できないか、そう考えたのだ。

 

 

 ──あの人、平然と裏切ってきそうだもんな。

 

 

 何故かは分からないが、ホークスは素直に信用できない妙な胡散臭さがある。正確にはその背後にある公安という組織なのだろうが、似たような物だ。

 そうして上鳴が腕を組んで唸っている間にも、相澤達の間で話が進む。

 

 

「わかりました」耳郎が素直に頷いた。

 

 

「お腹は切らなくても大丈夫ですか」と葉隠。

 

 

「大丈夫だ。()()()()()な」

 

 

 ──何にせよ。結果的に丸く収まってはいるか。

 

 

 自分にとっての無茶が“幻獣琥珀”なのは明白であるし、二人に必要以上の無理をさせるつもりも最初から無い。

 耳郎と葉隠にインターン活動の当てができれば、リリースも視野に入れている。

 

 

「……上鳴?」

 

 

 険しい顔で考え込んでいた上鳴の視界に、耳郎の顔が入り込む。

 

 

「何でもねぇよ。相澤先生、話は終わりか?」

 

 

「いや、まだある」

 

 

 上鳴は「嘘だろ。まだあんのかよ」とは言わなかった。顔には出ていたが。

 

 

「インターン活動時に発生した公欠分の補講を明日から行う。放課後の訓練は暫くお預けだ」

 

 

 話は事務的な内容だった。

 三人は揃ってホッと胸を撫で下ろした。

 更に相澤が上鳴に尋ねる。

 

 

「耳郎と葉隠の次のインターンは少し先だったが……お前はそれまでに何回か出るんだろ? 話せる範囲で教えてくれ」

 

 

「えーっとね……マフィア関連で何箇所かパトロールする所があるって事くらいっすわ。大したアクシデントなく終われば良し。敵が尻尾を出せば尚よし。強ければめっちゃ良し……」

 

 

「おい最後」

 

 

 上鳴はわざとらしく咳払いをした。

 

 

「マフィアもヤクザも、まともなの出てきてないからな……そろそろ、こう、食いでのある奴が」

 

 

「取り繕うなら最後までやれ」

 

 

「……うす。誠心誠意、ヒーローとしての役割を全うするッス」

 

 

「棒読みじゃん」

 

 

「上鳴くん、演技はへたっぴなんだね」

 

 

 二人からダメ出しを受けた上鳴が不貞腐れ、この日の話は終わった。

 

 

 

 

 

 ──それから三日後。

 

 

 耳郎と葉隠は数学の補講。

 上鳴はエクトプラズムの超難易度小テストで85点を取ることで早々にそれを回避し、その足で何度かパトロールをこなしていた。

 

 

 この三日間の間に上鳴は十件のヴィラン退治を行う怒涛の活躍を見せ、テレビなどにも取り上げられたが──マフィア・ヤクザに絡んだ案件は進展がない。

 今は場所を移し、死穢八斎會の拠点もある地域へと足を運んでいた。

 

 

 そして例の如く、市街地を歩けばミカヅチの存在に気付いた歩行者に手を振ったりして、愛想良く振る舞っていた。

 それに辟易こそすれど、対応する術自体は身に付きつつある。ここ最近の()()()のおかげだ。

 

 

 ──ファットさんとホークスの仕事風景を見れたのがデカいな。

 

 

 ヒーローが人と交流するのは、単なる人気取りだけではない。

 ファンサービスの塊であるホークスも、地域住民と気さくに話すファットガムも、何気ない触れ合いを通して、人々から街の情報を引き出していた。

 

 

 上鳴がしている事はその猿真似だ。例に挙げた二人とは比較にならないほど劣っている。

 しかし、今ならそれは初々しさとして人々に受け入れられる。

 

 

「死穢八斎會? 知らなーい」と女子高生。

 

 

 一緒に写真を撮ってから、次へ。

 

 

「死穢八斎會……ああ、知っとるよ。昔はよく地域の祭りなんかにも顔を出しとったから」老人が遠い過去に思いを馳せるように言う。

 

 

 荷物を運ぶのを手伝って、次へ。

 

 

 道に飛び出した子供を轢きかけた乗用車を止め、不良の喧嘩に混じってみたらサイン会になり、銀行強盗の銃火器を電磁力で床に落としてみたり……街の困りごとを片っ端から解決していった。

 

 

 そうして街を練り歩き、幾人もの住民から少しずつ情報を集めていく。

 そんな中、上鳴はサラリーマンの男から興味深い話を聞いた。

 

 

「そう言えば、ナイトアイにも聞かれたな。レザボア? 何ちゃらってヴィランの事件で……ペストマスクの男がどうの……って。何となく気になって後で調べてみたら、ネットニュースにヤクザの男が何ちゃらって書いてあったよ」

 

 

 とてつもなく曖昧な話だった。

 

 

 ──ナイトアイ……確かオールマイトの元サイドキックだったな。

 

 

 あまり当てに出来そうな情報ではないが、ヒーローネットワークを使って聞いてみるのも一つの手だ。

 パトロールを切り上げる事にし、上鳴は適当な場所で離陸しようと歩き出した。

 

 

 しかし、その時。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 路地の奥から荒い呼気と、素足で走っている足音が聞こえてきた。

 

 

 ──足音の大きさからして……走っているのは子供か。

 

 

 裸足で外を駆けるだけでも危ないというのに、走っている場所は人気の少ない路地だ。何かしらの事件に巻き込まれている可能性もある。

 何もなければそれで良し。事件に巻き込まれているなら助けよう。そう思って路地に足を踏み入れた上鳴が目にしたのは、青い瞳の金髪の少女だった

 

 

 違和感

 

 

 思わず硬直してしまい、少女とぶつかった。

 ひっくり返りそうになる少女の腕を咄嗟に掴み、転けないように引き寄せる。

 

 

「ご、ごめんなさい! でも私に触れちゃダメ!」

 

 

 その刹那、上鳴の視界で薔薇の花弁が舞い、少女に触れた箇所から全身へと激痛が走った。

 

 

「これは、大阪で見たやつ……!」

 

 

 自分の中に何かが入り込んでくる感覚、オールフォーワンに触れられた時とも異なる未知の嫌悪感に、思わず声をあげそうになる。何より、呪力を込めていないにも関わらず活性化し始めた“個性”が肉体に影響を及ぼしていた。

 気を抜けば暴走しそうな異常。なのに対処の仕様がない。こんな事は初めてだった。

 

 

 “まったく……世話の焼ける”

 

 

 しかし、どうしようもないかに思えたそれは、上鳴の意思に関係なく発動された“帯電”によって瞬時に焼き払われた。

 鹿紫雲の声が聞こえた気がして、上鳴の顔に自然と笑みが浮かぶ。

 

 

 ──助かったぜ、ブラザー。

 

 

「あ、あれ……? 痛くない……?」

 

 

 それから直ぐに、意識を目の前の少女へと切り替えた。

 瞬きを繰り返す少女の身に電流の影響がなかったのは不幸中の幸いだった。

 

 

「にしても……偶然、ってわけじゃねぇよな」

 

 

 大阪で会敵したヴィラン、ギンジの能力を強化していた謎の“個性”について警察に解析を依頼していたが、その詳細は未だ届いていない。

 けれど、少女に触れた瞬間に感じたそれが──単なる他人の空似である筈がなかった。

 

 

「よく見りゃ、どっかで見たような?」

 

 

 少女はフランス人形を想起させるような金髪碧眼の美少女である。年齢は十にも満たないだろうが、上鳴を見つめる瞳からは子供らしさを感じない。

 身に付けている衣服が些かおかしく、衣服とは名ばかりの襤褸布を身体に巻きつけているのみ。これで事件性がないというのは無理があった。

 

 

「あ、あの! ヒーローの方ですよね!?」

 

 

「……そうだけど」

 

 

 違和感

 

 

 少女の反応は本来なら珍しくない。コスチュームを着た人間に助けを乞うなら、定型分としてそう尋ねるだろう。

 

 

 ──なんか、新鮮な反応だな。

 

 

 これを自意識過剰と言えばそれまでだ。

 しかし、神野から今日に至るまで人々から向けられてきた物と、今、目の前にいる少女から向けられている物はまるで違う。

 

 

 ──神野事変を知らないのか?

 

 

 日本に住んでいたならあり得ない。

 逆を言えば、日本在住でなければそれもあり得る話だ。海外ならオールマイトの活動休止の方が話題性があるだろう。

 

 

「助けてください! 私、マフィアに追われてて……!」

 

 

 その瞬間、上鳴の中にあった断片的な記憶が繋がった。

 

 

 ホークスから要請を受けて始まったヒーロー活動。

 敵を強化していた謎の個性。

 名古屋の港で行われていた陽動作戦。

 マフィアとヤクザに追われた良家の執事と、そのお嬢様の個性。

 

 

 そして──目の前にいる、神野事変を知らない少女。嫌な予感に上鳴の背筋を冷たい汗が流れていく。

 上鳴は意を決して少女に尋ねた。

 

 

「君さ……もしかして、アンナ・シェルビーノって名前に心当たりない?」

 

 

 写真の姿とはまるで違う。

 しかし、そうとしか考えられない。

 

 

 “個性”と呼ばれる物が人に宿るようになってから、不可能・非現実なんて言葉は意味をなさなくなった。

 それでも、人間の老いや成長に関する“個性”は公的な記録に残っていない。存在しないからか、はたまた何者かによって隠された物なのかは当事者しか知り得ないが──少なくとも、今回に限って言えば。

 

 

「私を知ってるんですか……?」

 

 

 目の前の少女が呆然と呟いた言葉が答えだった。

 

 

「あ、あの! 信じられないかもしれないんですけど、私、本当は19歳で……それで!」

 

 

 何らかの“個性事故”にあった事が確定した。それも、史上稀に見る事故だ。その事実を目の前で突き付けられると、上鳴もどうすれば良いのか分からない。

 ただ、確実に言えることが一つだけあった。

 

 

「……取り敢えず保護だな。シェルビーノ、先ずはアンタをガンディーニに合わせる」

 

 

「ジュ、ジュリオがいるの!?」

 

 

 知った名前を聞いて口元を綻ばせるアンナにつられて、自然と微笑みを浮かべた──次の瞬間だった。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 上鳴は薄暗い路地に浮かび上がる紅い眼光に目を奪われ、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

「ヒーローさん?」

 

 

 アンナが上鳴を見上げながら声を掛ける。

 しかし、ボーっと立ち尽くす上鳴にその声は届いていなかった。

 

 

「ダメじゃないアンナ。私たちの手を煩わせちゃ」

 

 

 背後からした声に、アンナは咄嗟に振り返ってしまった。

 一定のリズムで繰り返される靴音は徐々に彼我の距離を縮めてきていた。

 

 

 逃げなくては──そう思うアンナの前に、どこからともなく執事服に身を包んだ青年が現れた。

 

 

「帰りましょう。お嬢様」

 

 

 優しげな声音に、意識が溶けていく。

 

 

「……ぁ」

 

 

 抜けるような青い瞳から生気が抜け落ちた。それと同時に姿を現したのは、胸元が開いた黒紫のドレスを纏った十代後半の少女だった。

 少女はアンナを抱き寄せながら、呆然と立ち尽くしたままの上鳴へ顔を向けた。

 

 

「ヒーローさんもごめんなさいね? この子をアナタに渡す訳にはいかないの」

 

 

 次の瞬間、そう言って嘲笑う女の顔が凍りついた。

 

 

「別に構わん。()()ヒーローじゃないからな」

 

 

 いつの間にか女の背後に移動していた上鳴が──否、その男が戦杖を女の首筋へ軽く添えていた。

 

 

「どうして動ける……!?」

 

 

 信じ難いモノを見る目で背後に視線を向ける少女に、男が言う。

 

 

「相性が悪かったな。人間、身体は一つでも中身も同じとは限らねぇってことだ。勉強になったか?」

 

 

「何をっ」

 

 

 紫電を帯び始めた戦杖を見て、少女が口を閉ざす。

 

 

「お喋りしたい訳じゃない。とっとと俺たちを元に戻せ。お前を殺して元に戻らなかったら、後が面倒だからな……そうすれば、今なら見逃してやる」

 

 

 男は──鹿紫雲一はヒーローではない。

 遥か過去の呪術師に身体を明け渡し、深海が如き意識の底で世界を見ていた傍観者。世界を跨いでもその在り方は変わらない。

 

 

「俺はただ見ていたいだけだ。コイツの邪魔をするつもりも、成り代わるつもりもない」

 

 

 理解できない、得体の知れない者の妄言を聞いた少女が身体を震わせる。

 

 

「さぁ……ここで死ぬか、個性を使うか。早く選べ」

 

 

 抑揚のない声に込められたのは、雪の様な冷たさだけだ。

 耐え切れなくなった少女の目が再び輝く。鹿紫雲は静かに言った。

 

 

「それでいい。ミカヅチが目覚める前に、さっさと去ね」

 

 

 “二度はない”

 

 

 そう言い残して、鹿紫雲一は目を閉じた。戦杖を持った手がゆっくりと下がる。

 鹿紫雲から放たれていた殺気が消え、女は荒い息と共に金切り声を上げた。

 

 

「ミカヅチ……このガキが!? くそっ、何でこんなところにそんな化物がいるのよ!」

 

 

 一刻も早く、この場から離れなくてはならない。もたついてアンナを奪われれば、その時はどう足掻いても破滅する。

 少女はアンナの手を引いて走り出した。

 

 

「さっさと走れ、ガキッ!」

 

 

「……ごめんなさい。()()()()()()

 

 

 

 

 

 デボラとアンナの姿が路地から消え、暫く経った頃。ようやく上鳴の意識は浮上した。

 日は既に暮れており、路地には闇と嫌な静けさだけがあった。

 

 

 上鳴はゆったりとした呼吸を何度かしてから、叫んだ。

 

 

「ブラザーめ……! 怒られるのは俺なんだからな!? くそっ、何て説明すりゃ良い!?」

 

 

 キッチリかっちり鹿紫雲が何をしたかを覚えていた上鳴は、慌てて女の行方を探した。

 しかし、その姿はもうどこにもない。時間もかなり経っていて、痕跡すら辿れなかった。

 

 

「取り敢えず正直に……ブラザーのことだけボカして報告するか。ああ面倒くせぇ……女しばいてシェルビーノ回収すりゃあ、ケリついた話だろこれ……」

 

 

 核を抑えてしまえばゴリーニの動きを制限、ないし誘導できる。そうなれば後は消化試合だった。

 

 

 ──それはそれで不完全燃焼だがよ……まぁ、それが分かってるからアイツはこうしたんだろうけど。

 

 

 上鳴は眉間に皺を寄せた。

 我が事ながら、余計なお節介である。

 

 

「……俺はヒーローだぜ、ブラザー」

 

 

 ボソリと呟いてから、今度こそ上鳴は雄英に帰った。

 捜査の進捗報告には胃を痛める結果になったが成果はゼロではない。そう自分に言い聞かせ、胸の内にある筆舌し難い何かから目を背けた。

 





 ユアネクスト最強のヴィランはダークマイトではありません。デボラ姐さんです。彼がヨーロッパを支配できたのは全部デボラ姐さんのおかげです。

 デボラ姐さんとアンナさんが十歳くらい若返った話はヴィランズの話し合いでまた……考察というか辻褄合わせというか、そんな名前の独自設定をもりもりしてきますが……その時は何卒……何卒穏便にお願い致します……
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