上鳴からの報告を受けたホークスは事務所の安楽椅子に腰を掛け、天井を仰ぎ見ていた。
「10代後半の女の子が童女になるってなに……」
俄には信じ難い内容だった。しかし、無いとも言い切れない。実際に目にしない限りは否定も肯定にも困る。
ただ、それ以上に上鳴の意識を奪い戦闘不能にした敵の“個性”が脅威だ。日本屈指の戦力を、何もさせないまま打倒する──雲を掴む様な話を可能にしている。対策は必須だった。
「容貌の特徴からして、おそらく女幹部であるデボラ・ゴリーニ……のはず。何故か若返ってる……なんなの……いや、それはこの際いい。問題は目を見たら終わりの個性か。厄介だな」
対策はざっくり二つ。
デボラの認識外から攻撃を仕掛けて瞬殺する。もしくは“個性”の解除条件を割り出し、複数人で確実に潰す。
「……まあ、言うは易しだ」
そこまで考えた上で、ホークスはそれを無意味だと切り捨てた。今のはその手の“個性”と戦う時のセオリーであって対策ではない。それしか思い浮かばないということは『対処は現場の判断でどうにかしろ』というのと同義である。
「女幹部をどう捕まえるかはさておき、問題はまだある……まさか重要人物を別組織に移すとは……大胆というか、何というか……」
予想外という他ない。
ゴリーニ・ファミリーと死穢八斎會の度重なる接触はあくまでもビジネスであり、同盟の類ではないというのがホークスの見立てだった。
欧州最大のマフィアと日本の小さなヤクザ者。それが対等の立場にあると考える方が土台無理な話である。
それがどうだ──蓋を開けてみれば、蜜月な関係が浮かび上がってくるではないか。
「死穢八斎會……てっきり、ゴリーニを傘に日本を牛耳ろうとしていたのかと思ってたが」
顎に手を当てて思案するホークスの胸ポケットから、軽快なメロディが流れ出す。
着信は科捜研の知り合いからだった。
「もしもーし。どうしました?」
軽い調子で尋ねるホークスに、通話相手は声を震わせながら言った。
「先日、ミカヅチが大阪でヴィランを捕らえた際に見つけたって言う結晶について分かったことがあるんだが……」
「待ってました」
「落ち着いて聞いて欲しい……結晶から人間の血と骨の成分が検出された」
そこまでは予想できていた。
ジュリオがアンナの“個性”について話をした時、上鳴はピンと来ていなかったが、ホークスは違う。最悪のケースを想像していた。
「問題は……これと似たような事案が、幾つかあるということなんだ」
「……何?」
けれど、それはホークスの予想を上回っていた。
「事件の発生は二日前。大阪でファットガムが対応した案件で、雄英のインターン生が敵から銃撃を受けた際、“個性”が一時使用できなくなるということがあった」
「話の流れ的に、その銃弾からも出たんだね?」
「あぁ……結晶とは別の人間の細胞が検出された。どちらの物品も“個性”由来ということだ」
タイミングが良過ぎる。人間の“個性”を他人でも使用可能な道具に落とし込んだ兵器など、早々作れる物ではない。
しかし、死穢八斎會が以前からその弾丸の作成に着手しており、実証段階にまで来ていたそれをゴリーニが知ったとしたら? 何故、ゴリーニが死穢八斎會と手を結んだのか──その理由が見えてくる。
「更にミカヅチが対応した案件と同じドーピングを使っていた事件が二つ」
ホークスは渋い顔で電話越しに頷いて言った。
「そうですか……すみません。ちょっと用事が出来たので、他に無ければ一旦切らせていただきたく」
死穢八斎會の調査は少し後回し気味だったが、急く理由ができた。
ホークスがそう言うと通話相手は。
「分かりました。何か分かればすぐに連絡します」
「ありがとうございます。いつもすみませんね……それじゃ、また」
通話を切って伸びをすると、今度はヒーローネットワークからの通知が入る。
今度はなんだとホークスが画面を開けば、チームアップの要請だった。
「今立て込んでるからな……」
断るのは忍びないが──と文書に目を通していると、口角が思わず上がる。
「ドンピシャ過ぎんか」
チームアップの要請を送ってきたのはナイトアイ事務所。
要件は『指定敵団体“死穢八斎會”の摘発に関する協力要請』だった。
「こりゃウカウカしてられん……えっ」
尚、後半に書かれた敵連合との接触に関する箇所を読み、更に頭を悩ませたのは余談である。
時を同じくして、ハイツアライアンスの自室にいた上鳴も、ナイトアイ事務所からチームアップ要請を受けていた。
──ゴリーニ・ファミリーを追ってるってのが一番デカい理由だろうな。
「にしても……何か、アレだな。落ちつかねぇ」
上鳴は要請を承認しつつ、足早に部屋から出て緑谷の下へ向かった。
何せナイトアイ事務所は緑谷のインターン先。気晴らしを兼ねた話をするには、丁度いい相手だった。
「みーどーりーやーあーけーて」
ゴンゴンと扉をノックする姿は小学生の如し。
程なくして、何事かと慌てて出てきた緑谷に上鳴は招き入れられた。
「いつ見てもすげー数」
筋骨隆々の男達に出迎えられながら、上鳴はじっと緑谷の顔を見つめた。
「……何だ、仕事でミスでもしたか?」
影の差した表情には見覚えがある。
鹿紫雲一の記憶だろう。上鳴はそう思った。確か、バイト先で上客相手に常識を欠いたミスをし、筋モノの店長に詰められていた時の後輩が、丁度こんな顔だったと。
「ははは……上鳴くんは何でもお見通しだね……」
「まあまあ。ちょっと先輩に話してみろよ。俺も丁度ポカしたばっかでな」
上鳴の言葉に緑谷が目を剥いた。
信じられない。口に出してはいなかったが、目がそう語っている。
「俺だって人間だぜ? ミスも油断もあるわな」
肩をすくめる上鳴に、緑谷の表情が微かに柔らいだ。
「実は──」
緑谷の話は上鳴も驚いた。
通形と二人でパトロールをしていた際、路地裏から出てきた少女にぶつかられた。それだけなら「怪我はない? 気を付けてね」で済んだのだが、少女は裸足だった上、手足に包帯を巻いて酷く怯えていた。
その異様な様子に戸惑っていたら、事務所が追っていたヤクザの若頭、治崎が路地から出てきたのである。
──どっかで聞いた話だな。
上鳴は自分の状況とニアピン過ぎるそれに思わず笑ってしまいそうになったが、心の耳郎が“笑われた緑谷はどう思う?”と問い掛けてきたことで、どうにか堪えた。
閑話休題。
問題は、緑谷がその場で少女を保護すること自体は簡単だったこと。
一緒にいた通形の実力は緑谷も分かっているし、二人がかりで戦って勝てないような脅威には感じられなかった。
しかし、通形が無難にやり過ごそうとした事で、緑谷は保護の契機を見失ってしまった。
その理屈は──理解できる。
指定敵団体とは言え、少女の怪我だけを理由に拘束はできない。虐待児童の保護は非常にデリケートな問題で、準公務員に過ぎないヒーローは迂闊に踏み入れられないのが現状だった。
だが、緑谷は救いを求めてしがみついてきていた少女を無碍にできなかった。
確実に保護する為に手順を踏まなくてはならない。それでは遅い。どうすればいい──その逡巡が、相手側に会話のイニシアチブを握らせてしまう結果を招いた。
『デリケートな話ですから、少し奥で話をさせてください』
治崎はそう言って緑谷と通形を路地裏に誘い込んだ。
「……直接手を出して来てくれれば、どれだけ楽だったか」
そう回顧する緑谷に、上鳴は「分かるとも」と頷いた。暴行の現行犯で捕まえてしまえるからだ。
実際、緑谷もそれを狙っていた。“危機感知”は頭が微かに痛むほど警鐘を鳴らしていた。相手に敵意があるのは明白で、お互い場所も悪くない。緑谷達からすれば市民の被害を最低限にできる。敵からすれば、若いヒーローの二人が路地裏で消息を絶ったとしても、それが直ぐに自分たちと結びつかないからだ。
状況は五分、いや、ヒーロー側に有利とすら言えた。
『そっちはどうだい、友よ』
その男が──現れるまでは。
「“危機感知”のレベルは……あの必殺技を使ってない時の上鳴くんとほぼ同等だった」
それはつまり、確実な保護が難しくなるどころか、戦闘になれば周辺地域に絶大な被害が出る敵だったということだ。
緑谷が戦うことを躊躇った次の瞬間、治崎から発された殺意が一層強くなり、少女は緑谷から離れて行った。殺気で少女を釣り上げたのだ。
「助けられた筈なんだ……!」
緑谷の言葉に上鳴は何も言えない。
それは少女を救出することでしか拭えないから。
だから上鳴はあえて空気を読まずに緑谷へ尋ねた。
「後から出てきた男の見た目、オールマイトのそっくりさんだったりしない?」
「え? いや……どうだろ。背格好と声はかなり近かったような気がするけど……何か変なマスクを被ってたから」
「お前が近いってんならかなり似てるんだろうな」
上鳴の知る限り、緑谷以上のオールマイトオタクは存在しない。その彼が近かったというなら、誤差は限りなく少ないと考えても良い。
そして、緑谷が対面した相手がバルド・ゴリーニと仮定して、その脅威が普段の自分程度なら。
──いいんじゃない?
そう思いながらも高揚はあまりない。
その違和感に一抹の気色悪さを抱きながら、上鳴は言った。
「……ま、過ぎたこと考えたって仕方ない。助けりゃ丸く収まるんだから、気楽に行こうぜ?」
「楽観的だね、上鳴くんは」
渋い顔をする緑谷に、上鳴は笑った。
「テメェの信じる最強はよ。この状況で顰めっ面浮かべてるだけか? ちげーだろ」
「それは、まあ、確かにそうだけど」
「こういう時は身体を動かすに限る。よし、いっちょ組手と行くか。外行こうぜ外」
上鳴は緑谷を引き摺ってハイツアライアンスの庭へと向かった。
上鳴と緑谷が少女と遭遇した日の、死穢八斎會アジト。
地下の応接室で向かい合うオーバーホールとバルド・ゴリーニの話題は、先ほど起こったアクシデントについての物だった。
「いやぁ! すまない! まさかデボラの“個性”がこのような事態を引き起こすとは!」
上鳴さえ退けて見せたゴリーニの切札。それが女幹部デボラの“個性”であるブレイン・リモードである。
能力はデボラの目を見た相手に幻影を見せて操ること。一聞すれば然程珍しくもない“個性”だが、実際の所は極めて強力。対象は幻影の世界に閉じ込められ、その間はデボラの意思によって肉体を支配される。更にデボラがその気になれば記憶を盗み見られ、情報まで抜かれてしまう。
解除はデボラの意思か、物理的な衝撃のどちらか。
単独でデボラの“個性”の影響を受けた場合は彼女を害することができない為、解除する術がない。本来なら一人しか幻影を見せることができなかったため、数で囲めばどうにかなるのだが──アンナ・シェルビーノの“個性”に適応した結果、無制限に“個性”を使用できる様になった。
本来はこれを使って、死穢八斎會の核たる少女とアンナを纏めて管理しようという試みだったのだが──デボラの目を見た瞬間、少女の“個性”が暴走した。
これはデボラすら知らなかった“個性”の脆弱性が原因だった。
彼女は対象に見せる幻影を、“個性”によって抽出した記憶や願望に合わせて形成している。問題はそれだ。例えば“個性”を使われた者の中に、幸せな記憶や願望が存在しなかった場合。デボラが想像で埋めるしかないのである。
それが少女に当て嵌まった。
まだ幼く情緒が未発達な子供に、デボラの幻影は劇薬に等しく、生存本能から“個性”を暴発させるに至った。その暴走に巻き込まれた結果がデボラとアンナの若返りである。
オーバーホールは顰めっ面のまま腕を組み、人差し指で何度も自分の腕を叩きながら言った。
「……笑い事じゃない。蓄積してきた力の一部が無闇に使われた挙句、そちらの要も幼児退行を起こして個性出力が若干低下している。直そうにも俺は適合者じゃないから触れられない。何より……今回の一件で互いの核がヒーローにも露呈した。これは由々しき事態だ」
「だからすまない! どうか俺の顔に免じて! ──そう! 連合を相手に不覚を取りかけた君を助けた、俺の顔に免じてね?」
バルドは見た目こそ巫山戯ているが、中身まで道化ではない。
強かかつ冷酷。常にファミリーの利益と損失を意識し、益を生むように立ち回っている。
食えない野郎だ。オーバーホールは舌打ちを堪え、事件を手打ちにした。
命の借りを返したと言えば安上がりだが、組の利益としては大幅なマイナスである。組織の長としてはバルドに軍配が上がった。
「というか、脱走に関してはここの構造の問題だろう? 仕方ないから俺が手を加えておいてやろう」
「……あまり勝手をしないでもらえるか」
「ちゃんと図面は渡すさ。施工に関しても俺の“個性”でタダ同然……な? だから問題ないだろ?」
「金は元から掛かっちゃいない──だが、まぁ、そういうただの善意なら受け取っておこう。マフィアのボス自ら慈善事業をしてくれるのなら、な」
「……そうしてくれ」
互いに笑みを深めていると、応接室の扉がノックされる。
オーバーホールが入室を促すと共にバルドは席を移動。その隣を陣取った。
扉から入ってきたのは──
「……パチマイトもいんのかよ。だる」
敵連合の頭目である死柄木弔だ。
死柄木に着席を促しながら、オーバーホールは言った。
「そう邪険にするな。何、悪いことばかりじゃない……オールマイトというアイコニックな存在と瓜二つの、しかし、真逆の信念を持つ敵が突如として現れれば……世間は混乱する」
「だろうよ。全米も泣くだろうぜ」
鼻の下を人差し指で擦るバルドを二人はスルーした。
「それで──人員の出向に関してだが」
上鳴がヒーロー活動を始めた頃にあった敵連合と死穢八斎會の邂逅は、酷く険悪な終わりを迎えた。
しかし、人間は話し合いで揉め事をある程度は解決できる生き物。両者は闇トレーダーの義爛を通じてやり取りを行い、提携を組むということで概ね合意した。死穢八斎會の計画は初期投資にゴリーニも絡んでいて一定の成果を期待でき、敵連合にしても名前を貸すメリットがあったからだ。
今日は互いに歩み寄り、より強固な関係を結ぶ為の協議をする為に集まった訳だが──
「先ずお前の要望だがな。当然、全て受け入れるのは無理だ。黒霧、マスキュラー、渡我、トゥワイス……ってバカかお前。最初はふっかけようって言ったって限度があんだろ」
当然、一筋縄ではいかない。
交渉の基本は最初に理想を提示することだが、足、武器、目、数の全てを寄越せと言われて頷く者はいない。勿論、オーバーホールも頷かれるとは思っていないが、言うのはタダである。
「とりあえず渡我とトゥワイスは出したんだ。足りるを知れよ若頭」
「好きに動かれてはこちらも不安なんだ。先ずは信頼を築こう」
そう言うオーバーホールの目には一切の感情がない。
心にもない事をいけしゃあしゃあと。死柄木がこめかみをひくつかせる。
「ウチは大所帯じゃないんだ。そんなにやれん……ほら見ろ。パチマイトも頷いてる」
死柄木がバルドに話を振った。
「あのさ……パチマイトって言うの、やめない? 俺は次世代のオールマイトじゃあないか」
交渉の流れを断ち切ってバルドが自分の話を始める。
瞬時に死柄木が切り返した。
「んな訳ねーだろ。何でその面で悪い顔が出来んだよ異常者め。鏡見ろ……」
「おっと。そんな口を効いていいのかな? 俺はスポンサーでもあるんだぜ?」
「……じゃあ、何て呼べばいいんだよ」
「ゴリーニでいいだろう。それより」
死柄木に言葉を返したのはオーバーホールだ。会話に入り、流れを戻そうとしていた。
しかし、バルドが「たしかに!」と言い始めた所で、それは遮られてしまった。
「パチマイト……語呂は悪くない。が、意味が良くない! なぜって? 俺は二代目であり、偽物ではないからだ!」
オールマイト好きが高じてネイティブ並の日本語力を獲得していたバルドは、死柄木とオーバーホールの脳髄を
「何でコイツと組んだんだよお前」
「……俺も丁度、分からなくなったところだ」
二人が呆れ果てていたその時、バルド・ゴリーニに電流走る。
つい先程、オーバーホールが発した“真逆の信念”という言葉が──彼のインスピレーションを掻き立てた。
「オールマイトは平和の象徴、つまり光! その真逆とは即ち……闇だ。俺は闇のオールマイト。すなわちダークマイト! ヨシッ! これで行こう! 今日から俺はゴリーニ・ファミリーのボス、ダークマイトだ!」
シンプルにダセェ。
死柄木はその言葉を飲み込んだ。
精々そのチープな名前を声高に叫び、世間の笑い物、ネットの玩具になれば良い。そう思った。
「もう何でもいい」
しかし、投げやりなオーバーホールに死柄木は遂に笑いを堪え切れなくなった。
いけすかない奴が辛そうにしているのを見ていると、とても幸せな気持ちが湧いてくる。機嫌が右肩上がりになっていく。
「じゃ、そこのダーク何某の名前が決まった所で……話し合おうぜ。今後の計画とやらを」
そうして半笑いの死柄木が会話の主導権を握ったまま、悪の組織の会談は続いた。
会談は紛糾したものの──最終的に合意は成り、三つの組織が提携を結ぶに至る。
敵連合からトゥワイスと渡我が正式に、そして、死柄木にとって居てもいなくてもいい駒、新入りのセブンが追加で死穢八斎會へ出向となった。
難を逃れた黒霧はオールフォーワンの忠実なる僕である“野人”の協力を得るべく、山へ。マスキュラーは黒霧と行動を共にすることになった。
ゴリーニ・ファミリーはオーバーホールによってもたらされた成果物に対し、更なる戦力と研究資金の増額を確約。
更にダークマイト本人に加えて、幹部のデボラ・ゴリーニを含む計六名が出向する形に収まった。
これにより、死穢八斎會は正史より大きな力を得た状態で、ヒーロー達を迎え撃つことになる。
神野に次ぐ波乱は──すぐそこにまで迫っていた。