雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.77 傷痕

 

 上鳴とアンナの予期せぬエンカウントがあった日から数日が経ったある日。

 葉隠と耳郎の補講も一段落し、インターン活動が再開できる様になったタイミングで──死穢八斎會とゴリーニ・ファミリー、そして敵連合の摘発に絡む会議の日が通達された。

 

 

 既にプロライセンス相当の免許を持つ上鳴はコスチュームを纏い、戦杖を片手に会議室に前入り。

 チームアップの旗頭であるナイトアイや、何人かの見覚えのあるヒーローと顔を合わせていた。

 

 

「お久しぶりッス。ファットさん」

 

 

「ミカヅチ! 自分も呼ばれとったか! ホークスおるし、もしやとは思うとったが……」

 

 

「また今日からよろしくッス」

 

 

「応、お互い頑張ろな! 再会を祝して飴ちゃんやるわ!」

 

 

「あざっす!!!」

 

 

 大阪で世話になったヒーロー、ファットガムに軽く挨拶をしてから、上鳴はホークスとその隣にいた執事──ジュリオに近付いた。

 

 

「どうだ。腕の調子は」

 

 

「まだ変な感じはしますが、“個性”の使用に問題はありません」

 

 

 かつて千切れた部分を境目に皮膚の色が若干変わった腕を見せながら、ジュリオは能面の如き無表情でそう言った。

 

 

「悪いな。腕だけしか治せなくて」

 

 

「……感謝以外に何を言えと?」

 

 

「足と目もどないかせぇや! とか?」

 

 

 背後から聞こえた「発音おかしいでミカヅチィ!」というファットの声は無視して、上鳴は言う。

 

 

「今の俺の呪力量なら肉体の再生くらいお茶の子さいさいだと思ったんだがなぁ……やっぱ相性もデカかったな」

 

 

「相性? 何だいそれ」とホークスが話に混ざる。

 

 

「俺の反転術式……ざっくばらんに言えば治癒能力は、呪力の通りやすさで効能にバラつきが生まれるみたいなんすよ」

 

 

 反転術式は万能の再生能力という訳ではない。自分自身の身体に使う場合であっても大きな消耗を強いられ、時に寿命すら削る。上鳴とて例外ではない。

 その上、他人に使う際には効率が格段と落ちる。治療を受ける側の呪力が変換に応じない、体内に入り込んだ反転術式を異物の様に感じて拒絶するなどもそうだが、反転術式によって得られる治癒能力は術者ベースの物であり、他人に合わせて使うとなると勝手が違うためだ。血液の補填などが最たる例で、術者の血液と対象の血液が全く同一である訳がないため、個別に調整をする必要があった。

 

 

 しかし──本来、この世界に“呪力”はない。

 

 

 上鳴がオールフォーワンから毟り取ったそれが、たまたま呪力とほぼ同一の性質を持ったエネルギーだっただけ。

 呪力を持たない人間に対して使う反転術式は、術師に比べて通りが良いはずだというのが上鳴の見解だったのだが──結果は予想から少し外れていた。

 

 

 ──呪力の通りやすさなんてのは、呪力のある人間にしか当て嵌まらないと思ってたんだがな。

 

 

 思案する上鳴にホークスが言う。

 

 

「それ、技術的な問題だったりしない? 時間掛けて訓練すればどうにかならんと?」

 

 

 ホークスの言葉には切実さが感じられた。

 上鳴の反転術式に課題があったとして、それが解決可能か否かは大きな意味を持っていた。

 

 

「……数をこなさない限りは何とも」

 

 

 実際どうなのかは定かではない。

 

 

 前世において呪力を全く持たない人類はたった二人。しかも一人は故人で、会った事のあるもう一人も、反転術式の効き目などを話しあうような仲ではなかった。

 精度の方にしても、上鳴は他のX線などの“個性”を補助的に使うことで限界まで高めていた。これ以上の領域に達せるかは疑問である。

 

 

「……緑谷とオールマイトには、ビックリするくらいよく効いたんだけどな」

 

 

「超パワーの持ち主限定でよく効くってことかい? ……もしそうなら、難儀だね」

 

 

 難儀なんて物じゃない。

 しかし、この話をこれ以上する必要も無かったので、上鳴は「そうっすね」と話を切り上げた。

 

 

 そして、改めてジュリオを見てから尋ねた。

 

 

「というか……ジュリオは何でここにいんの? 一応、犯罪者だろ?」

 

 

 会議室が騒めいた。

 ジュリオは目を伏せて無言のまま直立し、ホークスの言葉を待っていた。

 

 

「ま、情状酌量の余地ありってこと。それに今回の件では重要参考人だし、ある程度は戦えることも分かってる──留置所で遊ばせとくには勿体無い」

 

 

 ヒーロー活動には免許が必要となるが、ヒーローの監督下で“個性”を使用したりヒーローのサポートを行うのに、免許は必要ない。

 ターボヒーロー『インゲニウム』は、ステインの凶刃によってヒーロー生命を断たれるまで、優秀な“個性”の持ち主を見つけては、サポーターとして起用していた。そういう事例は他にもあり、ヒーローに見出されてから資格を取得する例もある。

 

 

 ホークスがジュリオを連れてきたのは、そういう事情と特例の合わせ技だ。

 

 

「アンナ・シェルビーノを保護する上で安全に対処できるヒーローが一人しかいないとなると、作戦その物に支障が出かねない」

 

 

「相澤先生……イレイザーヘッドも来るのか」

 

 

「丁度、着いたところだ」

 

 

 噂をすれば──会議室の入口から聞き覚えのある声がした。

 上鳴が振り返ると、そこには。

 

 

「よろしくっす、イレイザーヘッド……って先生もいんじゃん!?」

 

 

「今度は変なことするなよ、ミカヅチ」

「先生やあらへん。ヒーロー活動中やからな。今は禪院や」

「あの時の小僧か……改めて見ると、学生時代の俊典が可愛く見える傑物だな」

 

 

 相澤と共に入室してきたのは、上鳴の師匠である善院、そしてオールマイトと緑谷の師であるグラントリノだ。

 

 

 ──そういや、連合がどうのって書いてあったな。

 

 

 善院、もといヒーロー“禪院”はそれだけの為に現役に復帰し、日本中を駆け回っている。そこにグラントリノも噛んでいるのだろう。

 上鳴はそう結論づけ、グラントリノを見た。足先から頭の天辺まで。

 

 

「おい……何だその悲しそうな面は」とグラントリノが上鳴に尋ねる。

 

 

「アンタの全盛期が見たかったぜ……」

 

 

「おい」

「喧嘩売る気やろ」

 

 

 善院の“個性”で加速した相澤の捕縛布が上鳴を天井に吊り上げる。

 グラントリノが笑って言った。

 

 

「元気があっていいじゃねぇか。降ろしてやんな」

 

 

 そうやって挨拶を交わしている内に続々とヒーロー達が会議室に入ってくる。

 その中に制服姿の級友が見え、捕縛布から解放された上鳴は表情を綻ばせた。

 

 

「耳郎! 葉隠! こっちこっち!」

 

 

 緊張した顔で会議室を見回していた耳郎達が、表情を緩めて上鳴のいる所まで小走りでやってくる。

 そして上鳴を見るなり葉隠が言う。

 

 

「コスチューム! いいなぁ!」

 

 

「インターンじゃなくてチームアップだからな、俺は」

 

 

 上鳴は笑顔で返事をしつつ、緑谷達には「お前らは世話になってる事務所んとこ行ってこい」と告げた。

 丁度その時、青色の肌の女ヒーロー“バブルガール”が会議室の扉を閉めた。

 

 

 ヒーロー、インターン生がそれぞれの席に着く。

 白いスーツを着用した長身痩躯の男が立ち上がり、マイクを手に取って言った。

 

 

「先ずは私の呼びかけに応じていただき、ありがとうございます。今回チームアップを要請させていただいたナイトアイです」

 

 

 そう言って会釈をしたナイトアイは、隣に立つサイドキック達の紹介へと移った。

 百足の“個性”を持つセンチピーダー、そして会議室の扉を閉めたバブルガール。二人もナイトアイに倣って頭を下げた。

 

 

「さて──先日、HNを介して説明させていただきました通り、今回の主たる目的は死穢八斎會の検挙となります」

 

 

 ナイトアイの言葉に合わせ、その背後にあったスクリーンに会議資料が映し出される。

 

 

「ただ、ここ1ヶ月以内に事態は急変しました。欧州最大のマフィア、ゴリーニ・ファミリーの接触に加え、この国を今も騒がし続けている敵連合が加わっている……対処を誤れば、神野事変の再演になりかねない」

 

 

 ゴリーニ・ファミリーによる物とされる事件の被害。敵連合と死穢八斎會の衝突現場*1。流れていくスライドには上鳴も幾つか見覚えのある物があった。

 

 

 ──半分とまでは言わねぇけど、俺が片したヤツ多いな。

 

 

「しかし、あなた方に提供して頂いた情報のおかげで調査は大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が、巨大な悪意と連んで何を企んでいるのか……知り得た情報の共有と共に、協議を行わせていただきます」

 

 

 ナイトアイはそれからバブルガールに進行を任せた。

 そして協議を始める前に前提を確認──何故、ナイトアイ事務所が死穢八斎會を追跡するに至ったのかが説明された。

 

 

 上鳴は「ふーん」で済ませた。

 本題に関係ないからだ。

 

 

 ヒーローネットワークの話の辺りで雄英一年生から質問の声が出たが、三年の波動が上手く説明したので脱線は起こらなかった。

 しかし、この緊迫した状況下に学生がいること自体を嫌がったヒーロー、ロックロックが溜息混じりに言った。

 

 

「いくら雄英でもガキはガキ。ここに呼ぶのはどうなんだよ? この調子じゃあ本題の企みまで話が進まねぇぜ」

 

 

「ぬかせ! この二人はスーパー重要参考人やぞ!」

 

 

 椅子を跳ね退けて立ち上がったファットガムに視線が集まる。

 

 

「……八斎會は以前、違法な薬物をシノギの一つにしていた疑いがあります。ファットガムはその道に詳しく、今回協力を要請した次第です」

 

 

「ご紹介どうも! 改めて、ファットガムです! 昔はゴリゴリにそういうんブッ潰しとりました!」

 

 

 丸く愛らしい外見とは裏腹に、ファットガムは関西圏で名を知らぬ者がいない程の武闘派ヒーローである。

 

 

 ──飴ちゃんくれる良い人ってイメージだったけど、まあ、それだけなわけないよな。

 

 

 上鳴が「後でもう一個貰えないかな」なんて考えていると、ファットガムが声を低くして言った。

 

 

「ついでに話をさせてもらいますけど……先日の烈怒頼雄斗(レッドライオット)のデビュー戦で、今までに見たことのない種類のモンが環に打ち込まれた! それが──“個性”を壊すクスリや!」

 

 

 衝撃的な言葉に会議室は騒然となった。

 天喰が今は“個性”を使える事をアピールしたことで波は引いたが、決して楽観視できる物ではない。

 

 

 ナイトアイが続く。

 

 

「それはイレイザーヘッドの物とは違い、個性因子を傷つける力を持っていた。これに関して、“個性”研究でも名を知られる善院医師の見解が……」

 

 

「ぶっちゃけクスリではないやろうな、というのが所感です。中身を実際に見てみん事には何とも言えませんが──有史以来、そんな成分が出てきた事はない。今になっていきなり完成系として出てくんのは、ハッキリ言うて異常や」

 

 

 善院の言葉を皮切りに、会議室は嫌な空気が満ちていく。

 ファットガムが仕切り直す。

 

 

「環の体に他の異常はなく、撃った連中もだんまり。弾は撃ったっキリしかなかった……けど、切島くんが身を挺して弾いたおかげで、中身の入った一発が手に入ったっちゅーわけです」

 

 

「……俺っすか!? 急に来た!!」

 

 

 何も考えていなかった切島の大声は微かに会議室の空気を弛緩させる。

 しかし、次のファットガムの言葉が一瞬でそれを引き締める。

 

 

「で、問題の中身は……人の血ィや細胞やった」

 

 

 騒めきはない。

 血の気が引く、薄寒い狂気の所業にただ閉口するしかない。

 

 

「つまり……その効果は人由来。“個性”による“個性”破壊ってことかしら」

 

 

 そう言って確認を取ったのは眉目秀麗な女ヒーロー、リューキュウだ。波動、麗日、蛙吹を受け入れた事務所のトップである。

 彼女の言葉を聞いて何人かのヒーローが口々に言った。

 

 

「話が見えてこないな……」

 

 

「死穢八斎會がそれをばら撒いたって話なんだろうが、どう繋がる?」

 

 

「薬物の流通経路は複雑でな。色んな人間、グループ組織が何段階にも卸売を重ねて、ようやく末端まで行き着くんや。八斎會が捌いとった証拠はないが、中間売買組織の一つとは交流があった」

 

 

 それだけ? と言いたくなるが、当然それだけではない。

 ナイトアイが言う。

 

 

「先日、リューキュウ達が対処した敵グループ同士の抗争……片方のグループの元締めに、その中間売買組織と交流があった事が分かっています」

 

 

「確か、巨大化の“個性”を持つ敵の一人が、未確認のドーピングアイテムを使っていたとは聞いてるけど……」

 

 

「切島くんが退治した敵もそやったな」

 

 

 共通のドーピングアイテムを別々の組織から仕入れていた──とは考えにくい。

 点と点が着実に結ばれていき、徐々に敵の様相が見え始める。

 

 

「更に両名はドーピングの負荷に耐えきれず、搬送先の病院で死亡が確認されています」

 

 

「嘘だろ……!」

 

 

 切島が声を震わせながら立ち上がった。それをファットガムが優しく宥め、座り直させる。

 自分が止めた敵が死ぬというのは、プロからしても言い表せない感情を抱いてしまう。敵だって人間だ──救いようのない人間だったとしても、産まれた時から悪だったとは限らない。誰も殺していないなら、傷付ける前に止められたなら、再び陽の光を当たる場所を歩くことだって出来たかもしれない。

 

 

 肩を落とす切島を尻目に、ホークスが口を開いた。

 

 

「ミカヅチが大阪で退治した敵は死んじゃいませんが……薬物検査で出た物と、病院で亡くなった二名の敵から検出された物と一致しました」

 

 

 それにより今度は上鳴へと視線が移る。

 そして、上鳴は敢えてホークスへ尋ねた。

 

 

「……マジ?」

 

 

「大マジ。君の方は元気ピンピンだけどね……で、そのドーピングアイテムからも人の血液等が使われている事が分かってる」

 

 

 会議室が凍りつく。

 少し考え込んでから、上鳴は立ち上がった。

 

 

「……大阪で俺がぶっ飛ばした敵には、確かに当人以外の個性因子があった」

 

 

 上鳴は額に第三の目を浮かべ、これで調べたと伝えるために指で指した。

 

 

「俺が確認したその力は因子の過剰変容。そこの執事、ジュリオ・ガンディーニが仕えていたシェルビーノ家の令嬢──アンナ・シェルビーノの“個性”の特徴と一致する。そして令嬢の身柄はゴリーニ……いや、今は八斎會のところにあると見てる」

 

 

「何でそんな事まで分かるんだ?」とロックロック。

 

 

 上鳴は端的に言葉を返した。

 

 

「死穢八斎會の本拠地周辺の路地裏で、アンナ・シェルビーノとその護衛に遭遇したからだ」

 

 

 痛いほどの沈黙が会議室を支配した。

 ミカヅチ、上鳴電気が保護対象と接触した──それにもかかわらず、アンナ・シェルビーノの身柄を保護できていない。

 

 

 それは、つまるところ。

 

 

「……負けたんか、デンキくんが?」

 

 

 呆然と呟いた善院の言葉を受け、会議室に緊張が走る。

 ヒーローとしての総合力ならともかく、日本で今一番強いヒーローはミカヅチだ。それが負けたとなれば必然的に神野事変の再演が脳裏を過ぎる。

 

 

「そちらについては俺から。ミカヅチを戦闘不能に追い込んだのは、特徴から判断するにデボラ・ゴリーニ。“個性”は洗脳系」

 

 

「発動条件は、おそらくデボラの瞳をこちらが認識すること。効果は気分が良くなる幻みたいなのを見せられる。ぶっちゃけ、何で解除されたのか分からん。洗脳系って聞いて今ビックリしてる」

 

 

 ホークスの言葉に上鳴が補足を加える。

 鹿紫雲がいなければ上鳴は今ここにいなかっただろう。その時は死か、あるいは敵の手中に落ちていたかの二択だ。

 

 

 ──そういう意味じゃあ、最悪だけは免れた……あくまでも、最悪だけだが。

 

 

 対応できるのは相澤の“抹消”のみ。それも早撃ち対決。効果時間を見れば相澤が不利、本人の戦闘力も考慮すれば相澤が有利という程度の話。

 重要なのはミカヅチが完封されたという事実のみである。

 

 

「発動条件緩すぎんか? 解除条件も分かってへんし……対処厳しいんとちゃうか?」

「イレイザーヘッドに認識外から狙い撃ちしてもらうしか無いってのは、それもう打つ手ありません言うてんのと変わりませんわな」

「……初見殺しにも程があるわね」

 

 

 会議室が騒ぎ出した所で、ナイトアイが止めに入った。

 

 

「話を戻します……これらの事を踏まえた上で聞いていただきたい。ゴリーニ・ファミリーが拉致した女性の“個性”に由来するドーピングアイテム……科捜研では“賢者の石”と呼ばれていたそれと、個性破壊弾。この二つを作れる可能性があるのは現状、オーバーホールのみなのです」

 

 

「……と、いうと?」

 

 

 上鳴がナイトアイに尋ねる。

 

 

「八斎會若頭である治崎廻の“個性”は、敵名にも使用されている“オーバーホール”。能力は──物体の分解と再構築。この力があれば……人間の“個性”をアイテムに落とし込むことだって出来るでしょう」

 

 

 そこまで言われてしまえば、疑問が挟まる余地などない。

 

 

「そして……先日、治崎の娘だという少女に、我が事務所でインターン活動中のルミリオンとデクが接触しています」

 

 

 娘の出生届はなく“個性”も不明。

 だからこそ怪しい。察しが悪くなければ、この時点で何となく分かってしまう。

 

 

「……この二人が遭遇した時、娘は手足に夥しい量の包帯を巻いていたそうです」

 

 

 プロヒーロー達の重い息が会議室の空気を澱ませる。

 彼らは知っているのだ──超人社会の闇を。やろうと思えば何だって出来る。その言葉の意味を。

 

 

「奴さんは、女と子供をバラして捌いてる……ってことだな」

 

 

 事実確認の為に発された上鳴の平然とした声に、耳郎達が息を呑んだ。

 

 

「……やっぱ、ガキはいらねーんじゃないの?」

 

 

 ロックロックの言葉はぶっきらぼうだったが、それは優しさ故だ。こんな話はまだ知らなくても良いだろうという、大人として当然の判断。

 相澤が手を挙げて言う。

 

 

「俺も、今日はそれを提言しに来ました。ハッキリ言ってインターン生には荷が勝ち過ぎる。その上、敵連合に海外マフィアまで絡んでくるとなると……承認しかねる」

 

 

 それはこの上ない正論だ。上鳴が得意の屁理屈を挟めない程に。

 

 

「……その話は、一旦後にしましょう」

 

 

 ナイトアイがやんわりと話を遮って話を続けた。

 

 

「個性破壊弾も賢者の石も、実際に売買されているかは分かりません。現段階ではあまりにも性能が半端過ぎる。しかし……仮にそれが試作段階にあるとして。今回世に出されていた物があくまでプレゼンに過ぎず、仲間や出資者を募る為だけの物なら……」

 

 

 話は変わってくる。

 ただ、実際は違う。死穢八斎會には既にゴリーニという分厚い出資者がいて、更に仲間を募る為のネームバリューを敵連合が担っている。

 

 

「もしも弾の完成系が個性の完全破壊なら? 賢者の石が、無条件に凡人を超人にする奇跡の産物なら? そして……既にそれを生かす為の盤面すら整っていたとしたら?」

 

 

 しかし、それは既に想定内。

 故に一刻の猶予もない。

 

 

「ルミリオン……そしてデクも、実力は既に一線級です。彼らの手が必要になる場面が必ずある」

 

 

 ──戦力を無駄にできないってことだ。なるほど。確かに切羽詰まってる。

 

 

 ナイトアイの言葉に緑谷と通形が顔を上げ、上鳴は頷いた。

 

 

「そして今、一番悔しい思いをしているのはこの二人と……ミカヅチです」

 

 

 

「……え、俺?」

 

 

 

「何で疑問に思うんや!?」

 

 

「人の心とかないんか!?」

 

 

「関西人が二人いるとツッコミが違うな」

 

 

 たはーっと笑う上鳴の服の裾を葉隠が引っ張って叫んだ。

 

 

「上鳴くん手! 手が血だらけだよ!?」

 

 

「……うわ、マジか。気づかんかった」

 

 

 無意識のうちに握りしめていた拳を開く。爪が皮膚を突き破り、深々と内側に食い込んでいた。

 白いテーブルの上にボタボタと零れ落ちる赤に、ツッコミを入れた二人は完全に閉口した。何とも思っていない人間が、そこまで強く拳を握れる筈がないから。

 

 

 反転術式で傷を綺麗に治してから、上鳴は言った。

 

 

「そうか……悔しいって、こんな感じだったな。久しぶり過ぎて忘れてたわ」

 

 

 マスキュラーを相手に初めて敗北した時以来の、実に二年ぶりの感覚。

 嬉しくとも何ともない。あるのはただ── 自分と、非道を働く者達への怒り。

 

 

 そして。

 

 

「──で、いつ助けに行くんだ?」

 

 

 脳裏に焼き付いた、助けを求めてきた少女の顔。

 緑谷と通形もそれは同じだ。

 

 

「今度こそ、エリちゃんを──!」

「保護する!」

 

 

 二人の気炎に応えるように、ナイトアイが言う。

 

 

「全責任は私が持ちます。なのでどうか、エリちゃんとシェルビーノ氏の保護を確実にする為にも……彼らに今一度チャンスを」

 

 

 切実な言葉に会議室の空気が完全に切り替わる。若きヒーローの卵たちの悔恨と熱が、プロの心を動かした。

 しかし、そこへホークスが水を差す。

 

 

「ちょっと話は変わりますけど……実際、どうすんですか? 理想を吼えるだけなら誰だって出来る。時間もない上、情報戦でこっちはかなり出遅れてる。急がないと最悪の決断を迫られますよ?」

 

 

 厳しい言葉だ。通形と緑谷が口を固く結び、拳を作る。

 ロックロックがホークスに続いて言う。

 

 

「……若頭もゴリーニのボスにとっても、ガキんちょヒーローに見られちまった二人は隠しておきたかった“核”なんだろ? 素直に本拠地に置いておくか?」

 

 

「攻め入るにしても、その子がいませんでしたじゃ話にならない──ナイトアイさん、特定はできるんですか?」相澤も怪訝な顔で口を挟む。

 

 

 それらの当然の疑問に対し、ナイトアイは毅然と返した。

 

 

「その為のチームアップです」

 

 

 続いてスクリーンに日本地図が映し出される。そこに記されていたのは、死穢八斎會関連の土地や組織の拠点がある地域だ。

 集まったヒーロー達は各々の活動範囲がそこに隣接している事を一目で見抜き、合点がいったと言わんばかりに頷いた。

 

 

「遅いですよ。これ。そんな地道な捜査をするラインはとっくに越えてる」

 

 

 ホークスの言葉に「確かに」と声が上がる。

 

 

「ナイトアイさん。あなたの“予知”でこの場にいる人間を診てもらって、そこから証拠を掴みにいくべきだ。それなら態々回りくどい真似をする必要もない。証拠さえ掴めば明日か、明後日には攻め込める」

 

 

 極めて合理的な判断である。

 兵は拙速を尊ぶという言葉があるように、速さは時に、緻密な計画や準備によって生み出される推進力をも上回る。特にナイトアイの“個性”は結論ありきで動けるため、この手の捜査において無類の力を発揮する。

 

 

「ダメだ。私は仲間の未来を見ないようにしている」

 

 

 しかし、ナイトアイは“予知”を拒んだ。

 

 

「何故?」相澤が問う。

 

 

「もし仮に、その者に逃れないようのない死が見えたとしたら……どうしますか?」

 

 

 ナイトアイの言葉にロックロックが机を叩きながら立ち上がった。

 

 

「死だって一つの情報だろ!? そうならない為の対策を講じられるぜ!?」

 

 

「……私の“予知”は占いとは違う」

 

 

「なら俺を見ろ! そんな未来、幾らでも変えてやるよ!」

 

 

「ダメだ……!」

 

 

 ナイトアイは頑なに未来を見ようとしなかった。それがどれだけの近道になるか分かっていても、できなかった。

 人の死を直視するのが辛い。ヒーローが現場で見るのとはまた違う。他人の未来が潰える瞬間を見るのは、心が軋む。それが仲間の物ともなれば尚更だ。

 

 

 頑なに拒むナイトアイに会議室中から非難や困惑の眼差しが向かう中──助け舟を出したのは上鳴だった。

 

 

「……それで未来を変えられるなら、ナイトアイだって断らねぇだろうよ」

 

 

 ロックロックが口を噤む。

 

 

「見る事によって未来が確定するのか、見て対策を講じる所までが既に世界の流れみたいな物に組み込まれてるのか──私にすら分からない」

 

 

 そう言って項垂れるナイトアイに誰も口を挟めない。

 

 

「そんなもん、どちらもありうる……そんだけだ」

 

 

 ただ一人、上鳴電気を除いて。

 

 

「未来なんて普通は見えないんだから、わざわざ気にする必要ねぇだろ。ナイトアイを過労死させる気かよ。必要なのは今、何をすべきかだ」

 

 

 上鳴の話にリューキュウが頷いた。

 

 

「その通りよ。とりあえずやりましょう。困っている子、泣いている子がいる──これが最も重要なんだから」

 

 

 その後、協議はリューキュウの言葉が鶴の一声となり、若干のしこりは残したものの、幾つかの細かい話を済ませた後に解散となった。

 

 

 雄英生はナイトアイ、ファットガム、リューキュウ、ホークスからの嘆願もあって作戦への参加が決定。

 上鳴はホークスが指揮を執る、対ゴリーニファミリー、アンナ・シェルビーノの奪還にあたる実働部隊のリーダーとして抜擢された。

 

 

 そして、協議の翌日。

 

 

 上鳴はアンナ・シェルビーノの保護に失敗した汚名を濯ぐべく日本中を飛び回った。

 そしてナイトアイがピックアップしていた、死穢八斎會やゴリーニファミリーに繋がる可能性がある薬物の売買組織を調査。

 

 

 “個性”を用いた調査の結果、幾つかの証拠を発見。更にミカヅチを見てパニックになった敵が“賢者の石”を用いたことで、現行犯逮捕が可能となり──そこそこ大きな組織が一夜にして潰れる程の大捕物となった。

 

 

 そして協議から二日経った日の深夜、早くも救出作戦決行日の通知が関係者各位へ通達される。

 各々の想いを胸に、ヒーローたちは決戦へと赴くのだった。

 

*1
尚、無茶苦茶したのはダークマイト




 
 いつも読んでくだる皆様、誤字脱字報告などありがとうございます!
 そして感想やここ好きをくださる皆様。あなたに救われている作者もいます。そう、私です。
 どうにかこうにか次回から死穢八斎會&ユアネクストの本番戦が始まります……! 長かったぜ……! 苦渋の決断で端折った所が多々あるのが本当に苦しいですが、楽しんでいただけたら良いなと思っております!

 お手柔らかに……何卒……何卒……
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