雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

80 / 100

 ヒロアカのファイナルファンブックを読んでボロ泣きしたので初投稿です。


ep.80 粉骨砕心

 

「いやぁ、死ぬかと思った……って。もう既に死んでるんだけどね」

 

 

「ひっ!?」

 

 

 ギョロリと死体に見えたそれの眼球が動き、葉隠から小さな悲鳴が漏れる。

 上鳴は親の仇を見る様な目でセブンを睨みつけながら、葉隠を背中に隠した。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「う、うん……っ! ありがとう! もう大丈夫!私だってヒーローになるんだから!」

 

 

 葉隠が自分の頬を叩き、透明化した状態で上鳴の隣に立つ。

 そこへ、少し離れた位置にいた“閃紅音韻”を発動した耳郎とジュリオが合流した。

 

 

「二人とも無事っ!?」

 

 

「ジュリオを庇ってくれたか。サンキューな、マイベストフレンド」

 

 

「こんな時にふざけないで!」

 

 

「ふざけてはねぇよ」

 

 

 状況は振り出しに戻った。

 そう──振り出しである。

 黒焦げだった筈のセブンの身体が、時を巻き戻す様に再生していた。

 

 

「“超再生”……じゃねぇな。反転術式まで使えんのかよ」

 

 

 苦虫を噛み潰したような顔で言葉を漏らす上鳴に、セブンは何でもないような顔で告げた。

 

 

「反転術式? ああ……そう言えば君は、これを追加の“個性”なしで使えるんだったね。つくづく無法だな」

 

 

「どの口で言ってんだ。どの口で」

 

 

「まあ、確かに私の“個性”の方が便利か」

 

 

 言い終える前にセブンが女の身体から男の身体へと戻る。耳郎と葉隠が「うわぁ!?」と声を上げた。雷撃で服を焼き尽くされたセブンは全裸だった。男の身体になれば当然、見えてはいけないモノが顕になる。

 しかし、状況が状況だ。二人は険しい顔付きで臨戦態勢へと移った。

 

 

「うん。こっちのがしっくりくる。引っこ抜いていて正解だった──辻斬りの如く通行人へTSを仕掛けていたピエロには感謝しないとね」

 

 

 たかがちんこで何をそんなにと上鳴は思いつつ、話の後半に気を取られた。

 

 

「何だよそのちょっと面白そうな話は」

 

 

「こっちの話さ」

 

 

 “個性”反転(リバーシブル)。文字通り、性別や個性を何から何まで性質をひっくり返す力だ。*1異なる世界線ではA組が遭遇したヴィランから、オールフォーワンは“個性”を奪っていた。

 

 

 ──反転術式はマイナスの性質を持つ呪力を、掛け算でプラスに変えることで生み出す高等テク。呪力強化は形にはなってるが、素人同然なのに……しかも単純に“反転”させるだけでやってるんだから消耗は半分……ず、ずりぃ〜!! んだそれ喧嘩売ってんのかァ!?

 

 

 内心で半狂乱になりながらも、上鳴はそれを顔に出さずに言った。

 

 

「さっき弾を撃ち落としたのは、自分を浮かす個性を反転させて、周りを落とす……いや、圧力を掛けるような“個性”にしたってことか」

 

 

「君と戦っていると手の内の全てが暴かれそうだね……ここらで退散させてもらおうかな?」

 

 

「させるとお思いですか?」

 

 

 言い終わるや否やジュリオが発砲した弾丸を、セブンは怪物召還で呼び出した魚の怪物を盾にして、鼻歌混じりに防御する。

 

 

「私も普通のヴィラン相手であれば、通常兵器を積極的に取り入れるべきだと思うよ?」

 

 

「何だ──“脳無”でも銃弾は怖いんだ?」と耳郎。

 

 

 “閃紅音韻”で高めた身体能力を遺憾なく発揮し、銃声で足音を誤魔化した耳郎はセブンのすぐ側にまで詰め寄っていた。

 そのまま耳郎がセブンへ手を翳し、叫ぶ。

 

 

「ハートビートファズ!」

 

 

 “浮遊”の反転による攻防はその元となった物の性質上、物理的な物にしか干渉できない。

 側面から殴り付けるように放たれた音撃に対応するには“怪物召還”か、それ以外の“個性”を使わざるを得ない。

 

 

 あまり手の内を見せたくないセブンは、舌打ちしながら回避行動へ移った。

 後退を余儀なくさせられたセブンの目に青白い光が入ったのは、その直後。

 

 

「くらいやがれ──ッ!」

 

 

 上鳴の指先から真っ直ぐ放たれた光線を見て、セブンは咄嗟に半身になった。

 必中の雷撃であればその時点で決着がついた。半身になった所で雷撃は躱せない。

 

 

「誘導された電流ではないのか……!」

 

 

 しかし、セブンにはまだ十分な電荷が溜まり切っていなかった。

 故に上鳴が今しがた放った技は雷撃の類ではなく、呪力単体を出力した砲撃。性質としては青山のネビルレーザーに近い物で、偶然ではあるがセブンの行動は正しかった。

 

 

「今度はこちらの番だね」

 

 

「そいつはどうかな?」

 

 

 だが──葉隠なら、光の軌道を捻じ曲げられる。

 

 

「曲がれぇぇぇ!」

 

 

 いつの間にかセブンの背後に移動していた葉隠が、上鳴の放った呪力砲撃の軌道を修正。セブンの顔面に向かう様に仕向ける。

 屈んで回避したセブンの眼前で、これを読んでいた耳郎の脚が振り抜かれた。

 

 

「ッシャァ!」

 

 

 防御無視の音撃が込められたサマーソルトが、セブンの下顎を強烈に打ち据える。

 全身に罅を入れるような衝撃と共にセブンの身体がカチ上げられるが──まだ攻撃の手は緩まない。

 

 

「その状態で避けられる物なら避けてご覧なさい」

 

 

 ジュリオが拳銃を持ち替え、引き金を引く。

 しかし放たれたのは銃弾ではなく、楕円形の金属板だ。それは身動きの取れないセブンの右肩にへばりつき、赤い光を点滅させた。

 

 

「良い腕だ、ナイジュリオ!」

 

 

「縮めないでください」

 

 

 次の瞬間、上鳴の身体から稲光が走る。

 セブンが自分の身体にへばりついた金属板の正体を、雷撃の誘導に使うポインターだと見抜いた時にはもう遅かった。夥しい量の電流がその身体を駆け抜けていく。

 

 

「終わりだッ!」

 

 

「なら、壊れた瞬間から再生するだけだ」

 

 

 肉体を蹂躙する電流に呪力を反転させて対抗する。

 しかし、拮抗したのはほんの一瞬。上鳴の出力にセブンは対応できていなかった。徐々に朽ちていく身体に、セブンの表情にも焦りが浮かび、眉間へ深い皺が刻まれる。

 

 

 ──バァカ!! 俺しか警戒してないからこうなるんだよド素人が!!

 

 

 セブンが自分しか警戒していなかったこと、その上でセブンが自身の力の範囲を理解できていなかったことが重なった千載一遇の好機。逃す手はない。

 

 

「イヤホン=ジャック!! 畳みかけろ!!」

 

 

 耳郎が音撃でセブンへ追撃を仕掛ける。

 炭化した肉体が音波攻撃によって罅割れる。

 

 

 獲った──そう思った次の瞬間。

 上鳴たちの確信は、セブンが浮かべた笑みによって塗りつぶされた。

 

 

「よォ上鳴! 久しぶりだなァッ!」

 

 

 突如として天井が崩れ、筋繊維が剥き出しになった男が落ちてくる。

 

 

「助けに来たぜ!」

「死に顔を拝みに来たのさ!」

 

 

 マスキュラーとトゥワイスである。

 上鳴が「何で今なんだよ!」と声を絞り出す中、セブンが軽やかに着地。その勢いを活かしてマスキュラーの背中へ飛び移る。

 

 

「ナイスタイミングだ。分倍河原くん」

 

 

 マスキュラーの着地と同時にトゥワイスが叫ぶ。

 

 

「キャー! セブンさんのエッチ!」

「早く服着ろよ目がどうにかなりそうだ!」

 

 

「悪いね。少し待ってくれ……これならどうだろう。君はこっちのほうがお好みかな? もしそうなら、せっかく助けてもらったんだし……姿はこっちにしておこうかな」

 

 

 “反転”を使い女の姿へと戻るセブンに、トゥワイスは「是非そうしてくれ!」と親指を立てた。

 

 

「……中身があの顔キンタマって知ったら、吐きそうだな」

 

 

 上鳴は舌打ちの後、戦杖を構えた。

 耳郎と葉隠、ジュリオも瞬時に上鳴の側まで戻り、油断なく敵の動きを観察する。

 

 

「雑魚侍らせるのも楽じゃねーなァ、上鳴ィ!」

 

 

 マスキュラーの挑発は上鳴に無視された。

 口をへの字に曲げた耳郎が囁く様に呟く。

 

 

「二倍で増やされた偽物か。それとも、オリジナルか……どっちだろ」

 

 

「どちらもありうる……そんだけだ」

 

 

 もしも、マスキュラーがオリジナルだった場合。上鳴はこの戦いから逃げられない。そして、ヒーローではなく呪術師として対峙しなくてはならない。そういう縛りを結んでいた。

 

 

 ──そうなったら大幅なロスだ。標的(ゴリーニ)がわざわざ俺らの到着を待ってくれる訳がねぇし……逃げられたら、後詰に控えてるだろうホークスは躊躇なく保護対象を殺す。

 

 

 それがこの国の平和に繋がるのなら、ホークスには泥を被る覚悟がある。上鳴は短い付き合いながらそれを理解していた。

 であれば、今この場ですべき事は簡単だった。上鳴は耳郎達よりも一歩前へ踏み出し、三人へ告げた。

 

 

「イヤホン=ジャック、インビジブルガール。ジュリオを連れてこの場から離脱しろ」

 

 

 その言葉に二人が声を荒らげる。

 

 

「待ってよ! ウチらだって戦える!」

 

 

「一緒に戦わせてよっ!」

 

 

 脳裏を過ぎるのは悪夢の様な林間合宿の夜。どれだけ上鳴が強くなっても、まだあの日の悪夢は彼女たちの心に根を張っている。

 仲間をもう二度と、遠くへは行かせない。そんな断固たる意志が宿る二人の瞳を見て、上鳴は微笑んだ。

 

 

「勘違いすんな。別に、危ない目に合わせたくないからとか……そんなんじゃねぇよ」

 

 

 上鳴は全て見てきた。

 誰よりも近くで、その努力の全てを。

 だからこそ今度は言えた。

 

 

「信じてる」

 

 

 単なる庇護対象ではなく──背中を預けるに足る仲間として。

 

 

 信頼とは積み重ねによってしか得られない。そして崩れ去る時は一瞬で、取り戻すには最初に積み上げた時間の倍の時間を要する。

 そして、これは信頼であるのと同時に明確にされた期待でもある。上鳴の短い言葉が二人の双肩に重たくのし掛かる。

 

 

「二人とも、行ってくれ。必要だろ」

 

 

 クラスメイトとして、先生役として見てきたからこその信頼。そして、ヒーローとして責務を果たせると信じているからこその期待。

 

 

「そんなのずるじゃん……!」

 

 

 ──ここで応えられなきゃ……!

 

 

「本当……もうさ! 今のを他所様に気軽に言ったらダメだからね!」

 

 

 ──もう二度と、彼の隣に立つなんて言えない!

 

 

 瞬時に二人は後退した。

 ジュリオはただ、それに付いていくだけだ。

 

 

「ご武運を」

 

 

「こっちのセリフだよ色男。お嬢様はテメェが何とかしなくちゃなんねーんだからな……今度は死んでも離すんじゃねぇぞ」

 

 

「ああ──必ず」

 

 

 敵連合はそのやり取りを見逃した。

 上鳴は改めて身体を敵連合の方へ向けて、意外そうな顔で言った。

 

 

「……何だ。背後から狙ってくると思ったんだがな」

 

 

「馬鹿言うな。殴り掛かる隙なんて、どこにも無かったろうが。どっから雷撃がとんでくるかも分からねぇのによ」

 

 

 その言葉に上鳴が破顔する。

 

 

「テメェ、偽物だな?」

 

 

「……ンだよ。バレんの早いな」

 

 

「本物のマスキュラーが落雷如きにビビるかよ。女の子じゃあるまいし」

 

 

 ──まあ、突っ込んできたら新技で仕留めただけだがな。

 

 

 余裕を滲ませる上鳴にマスキュラーは鼻白んだ。

 

 

「音にビビんのと打たれるのを警戒すんのは意味が違うだろうが。頭イカれてんのか?」

 

 

「テメェに言われたらしまいだよッ!」

 

 

 刹那、床を踏み割った上鳴が浮かび上がった瓦礫に呪力を纏わせ、マスキュラーに向かって蹴り込んだ。

 避ければ雷撃の誘導に巻き込まれる。打ち返すには些か威力が高い。絶妙な塩梅のそれを──敵連合は。

 

 

「すまん!! お前のことは忘れないぜ!!」

「ありがとう!! 多分すぐ忘れるけど!!」

 

 

「君は死んでも大丈夫だから、死んでくれ」

 

 

「テメェら!?」

 

 

 マスキュラーを盾にして防いだ。

 

 

「分倍河原くん」

 

 

「はいよッ!」

 

 

 マスキュラーが二人。怪物召喚によって呼び出された牛頭の怪人が一体。雄叫びを上げながら上鳴へと突撃する。

 息を合わせたコンビネーションなどはない。そこにあるのは隔絶したパワーとスピードのみ。しかし、重要なのは勝つことではなく。

 

 

「どうして背後から攻撃しなかったかって? 理由は簡単さ……だってそれ、逃げるために必要ないだろ?」

 

 

 この場から逃げることだった。

 

 

「ここには強い“個性”が沢山あるからね。もう幾つか回収しておきたいんだ」

 

 

 嗤うセブンに、立ち塞がった敵を腕の一薙で蹴散らした上鳴が吼えた。

 

 

「やらせる訳ねぇだろ……!」

 

 

 しかし、踵を返す敵連合を上鳴が追いかけようとしたその時だ。地下全体が激しく揺れ始めた。

 思わず立ち止まる上鳴に、セブンが告げる。

 

 

「さようなら。ミカヅチ」

 

 

「待ちやがれ!」

 

 

「いいぜ!」

「やなこった!」

 

 

 転瞬、セブンが呼び出した烏賊の怪物が床へと突き刺さって爆発を引き起こした。崩落に巻き込まれた上鳴は階下へと落ちていく。

 それだけなら良かったが──セブンが黙って見過ごすわけもなく。

 

 

「空、飛べるんだってね?」

 

 

 瓦礫に混じって飛んでくる烏賊の怪物をいなしている間に、上鳴は二人を見失った。

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、上鳴たちがサイモンを捕縛してセブンと戦闘を開始した頃。

 緑谷たちは当初の予定通りの道順で壊理の捜索。通形が先行し、その後を追っていた。

 

 

 道中、八斎衆やゴリーニの幹部格が立ち塞がったものの──

 

 

「スマッシュ!」

 

 

 鎧袖一触である。

 

 

 正史においてヒーローを苦しめた入中は、緑谷の“危機感知”で位置を割り出されて殴り飛ばされた。敵連合の渡我は形勢の不利を悟って即座に撤退。ヒーローたちは追い掛けず、後回しに。

 一定空間内の瞬間移動、物体を操る念力の“個性”を持つゴリーニの幹部二名も、緑谷の黒鞭で捕縛された後に相澤の抹消で“個性”を消され、なす術なく殴り倒された。

 

 

 現在の緑谷はワンフォーオールの力を約六割引き出すことができ、更には六つの“個性”をある程度は並列して使用できる。順当に経験を積めば、来年の春先には継承者としてほぼ完成するだろう。

 その状態の緑谷に相澤の“抹消”が噛み合ったら──鬼に金棒どころではない。

 

 

「こいつ本当につい最近まで中坊だったのかよ……!」

 

 

 ロックロックが慄くのも無理はなかった。幾ら“抹消”のアシストがあるとは言え、対応速度は学生レベルを逸脱していた。

 緑谷が高校入試まで無個性だったと知れば、泡を噴いて倒れるかもしれない。

 

 

 そうして全速力で通路を駆けていくヒーロー達の前に、意識を失った敵が一人。壁に背中を預けて倒れていた。

 

 

「八斎衆の酒木! ルミリオンがやったとしたら……想定される逃走経路からして、治崎たちはこの先にいる!」

 

 

 ナイトアイの言葉に背中を押されるように、緑谷が加速する。

 仲間を置き去りにして突き進んだ彼の眼前に現れたのは、分厚い壁だ。その奥から感じる強い敵意が誰の物なのかは分からない。

 

 

 だが──

 

 

 ワンフォーオール・フルカウル 60% + 3rd“発勁”

 

 

「擬似100%! デトロイトスマッシュ!」

 

 

 壁を粉微塵に叩き潰し、その先にあっただだっ広い部屋に飛び込んでいく。

 瞬間、緑谷の目に映ったのはボロボロになっているオーバーホール。その向かいに壊理を庇う通形。そして、少し離れた場所には倒れて意識を失っている若頭補佐の玄野と、拳銃を構えている音本がいる。

 

 

 音本が構える銃口の先には──通形と壊理。

 

 

「構うなァッ! 撃てッ!」

 

 

 岩の棘が緑谷へと向かう中、オーバーホールの声を受けた音本が引き金を引いた。

 マズルフラッシュと共に銃弾が放たれる。通形なら避けられるが、壊理を庇うとなると話が変わってくる。

 

 

「ニューハンプシャー……!」

 

 

 緑谷は反射的に大気を殴り付け、風圧によって空中を移動した。それに伴って発生した衝撃波が岩の棘を粉砕。オーバーホールの時間稼ぎを力業で突っ切る。

 

 

「オクラホマスマッシュ!」

 

 

 射線上に割り込んだ緑谷は拳圧で独楽の様に回転。竜巻となって銃弾ごと周囲に形成された岩の棘を砕き、吹き飛ばした。

 

 

「ルミリオン、エリちゃん! 無事ですか!?」

 

 

「あぁ! 助かったよ!」

 

 

 オーバーホールの敗因はただ一つ。“個性破壊”を兵器化するにあたり、薬品と針を銃弾として加工したことだ。

 

 

 個性破壊弾はそれその物による殺傷が目的ではなく、針を介して中身を注入して“個性”を破壊することが主題である。弾丸が対象に直撃したあと、砕けて薬剤が外に漏れたりしては意味がない。必然的に銃弾としての威力を抑える必要があり、弾速を落とすことでそれをクリアした。

 サンプルを撃たれた天喰に大した外傷がなく、切島が“硬化”で防いだことで弾がそのまま手に入ったのはそういう理由だ。

 

 

 もし仮に、これが実弾であれば。あるいは実弾並の速度で放たれていたら──緑谷は間に合わなかっただろう。

 

 

「エリちゃん、もう少しだけ待っててね?」

 

 

 緑谷の優しい手がエリの頭を撫でる。

 泣き崩れる少女を改めてヒーローのマントで包んでから、眼前の敵へと目を向けた。

 

 

 目を血走らせたオーバーホールが怨嗟を絞り出すように叫んだ。

 

 

「この、病人どもが……!」

 

 

 正史において、通形はここで個性破壊弾を受け、絶望的な状況での防衛戦を強いられる。オーバーホールはそれでもなお勝ち切ることが出来ずに援軍を許し、その果てに敗北する。

 

 

 しかし、たった今──その未来は緑谷出久の手によって無に帰した。

 

 

「壊理を返せ! それは世の理を壊す、変革の為の力ァ! お前らの様な現代病のガキが持ってて良い代物じゃない!」

 

 

 オーバーホールが床に触れて、“個性”で作り出した棘を緑谷に向かって伸ばしていく。

 並のヒーローならば避け切れず、圧殺される速度と質量。しかし、それと対峙しているのは緑谷出久。いずれオールマイトをも越える最強の原石。

 

 

「デラウェアスマッシュ!」

 

 

 指を弾いて放った風圧でそれを相殺、次弾でオーバーホールを狙い撃った。

 

 

「ふざけたパワーだな全く……! 苛々する、あのオールマイトを見ているようだ!」

 

 

 靴底をすり減らしながら後退していく怒れるオーバーホールを見て、それ以上の怒りが緑谷の中から溢れ出す。

 

 

「さっきから、黙って聞いていれば……!」

 

 

 心優しい少女を傷付け、世界を混乱させる薬を作り出した。そして、短い付き合いだが尊敬の念が絶えない先輩を、少女を盾に追い込む悪逆非道。

 それは神野でオールマイトたちを追い詰めたオールフォーワンにも似ていて──

 

 

「何が病人だ、変革の力だ!! 人を傷つけ、物みたいに扱って、踏み躙って!! 漸く出てきた言葉がそれか……!」

 

 

 “黒鞭”のエネルギーが嵐の海原の如く荒ぶる。

 その心に、怒りに、紡がれてきた力の結晶たるワンフォーオールが呼応する。尋常ならざる力の奔流に、オーバーホールの顔から表情が消えた。

 

 

 それをすり抜けながら近付いた通形は、緑谷の肩に手を置いて言った。

 

 

「落ちつけデク! その怒りは君の身に余る!」

 

 

「先輩、でも……!」

 

 

「確かに怒りは力になる! 俺もさっきまでぷんぷんだった! でもね──それに身を委ねちゃいけない! 俺たちはヒーローだ、心を制して力に変えなくちゃね!」

 

 

 先輩として、ヒーローとして、通形が緑谷に語る。

 

 

「……はいっ!」

 

 

 説得の甲斐あって、“黒鞭”が普段の出力にまで戻り──再度、二人はオーバーホールたちと対峙した。

 通形一人に良いようにされていた状況に、同レベル以上の敵が加わる。オーバーホールたちからすれば絶体絶命の窮地。

 

 

 それが、オーバーホールという男の人間としてのタガを一つ壊した。

 

 

「……やめだ」

 

 

 分解と再構築。

 それは無機物に力を働かせれば、触れた物から望んだ物を生み出す力となる。

 

 

 緑谷や通形を狙った石柱が音本と玄野を回収する。両脇に落ちた二人をオーバーホールが掴み上げた。

 

 

「なァ……クロノ、音本。俺のため、組のためなら、死んでくれるよな?」

 

 

 では──生物に使えば、どうなる?

 

 

「やめろ治崎ィ!」

 

 

 それに思い至った緑谷が“黒鞭”を伸ばすが、オーバーホールの方が一歩だけ早かった。

 分解された二人がオーバーホールの肉体に溶けて混ざり、生物として無理なく成立するように再構築されていく。

 

 

「あァ……最低な気分には変わりないが、幾分マシだな」

 

 

 肉体を一回り巨大化させ、六本の腕を持つ怪物と化したオーバーホールが緑谷と通形を睨む。

 そして、緑谷の“危機感知”が先程までとは比較にならない脅威を示した、次の瞬間だった。

 

 

「死ね」

 

 

 分解・再構築の速度とクオリティが増えた腕の分だけ向上し、圧倒的な攻撃力を実現する。

 それはこれまでの物より硬く、速く、そして重い──緑谷が受け止めるも、踏ん張り切れずに突き飛ばされる程に。

 

 

「ルミリオン! エリちゃんを連れて行ってください!」

 

 

 “浮遊”による身体制御で慣性を相殺し、体内に巡らせた“黒鞭”で筋肉を伸縮させながら“発勁”に必要なエネルギーを蓄積。

 澱みなく“個性”を並列処理しながら叫ぶ緑谷に、オーバーホールが咆える。

 

 

「させるかッ!」

 

 

「こっちのセリフだ!」

 

 

 再構築された壁を瞬時に粉砕。それを瞬きの間に数回繰り返す、激しい攻防。

 天災に等しい破砕音と余波に、通形はエリが怪我をしないように立ち回るので精一杯だった。

 

 

 しかし──拮抗は突如として終わりを迎えた。

 オーバーホールの“個性”が止まったのだ。

 

 

「これはッ!?」

 

 

「間に合ったようだな!」

 

 

 相澤、イレイザーヘッドが戦場へと躍り出る。

 更に“抹消”を受けて致命的な隙を晒したオーバーホールへ、風を切って何かが向かう。

 

 

「ぐおっ!?」

 

 

 床に転がったのは四つの押印。

 生粋のヒーローオタクである緑谷は、それがナイトアイが好んで使うサポートアイテムである事を瞬時に見抜いた。

 

 

「デッドボルト! 最高硬度だ! そう簡単にどうこうはさせねぇ! ルミリオン、その子連れてこっち来い!」

 

 

 ロックロックがデクの作った大穴を“個性”で固めた。通形がエリを抱え、そこへ向かって走り出す。

 追い縋ろうとするオーバーホールには緑谷が立ち塞がった。

 

 

「これで終わりだ治崎ィ!」

 

 

「俺をその名前で呼ぶなァ!」

 

 

 自分へ向かってくる緑谷に、六本の腕で近接戦闘を仕掛けるオーバーホール。

 しかし、付け焼き刃の手数など緑谷には通じない。オーバーホールはまるで陽炎を相手にしているかのような錯覚を覚えた。

 

 

 その間に緑谷はあっさりと懐へ潜り込み、腰を落として──拳にありったけの力を込めた。

 

 

「ユナイテッド……!」

 

 

 足先から下半身。下半身から上半身へ。

 大地を足裏で掴み、力を練り上げながら体を捻る。

 

 

 

「ステイツ、オブ──!」

 

 

 

 伝えた力を一つも余さず拳へ乗せて、狙うはオーバーホールの中心線。

 放つは天候さえ変える“最強”の一撃。

 

 

 

 

「スマァァッシュ!!」

 

 

 

 

 拳の衝撃がオーバーホールの肉体を蹂躙し、突き抜けていく。

 それは部屋の中を埋め尽くしていた岩の棘はおろか天井にまで広がり、亀裂を走らせながら地下全体を鳴動させる。

 

 

 殴り飛ばされたオーバーホールは、白目を剥いた状態で壁へ減り込んだ。

 

 

「緑谷くん、つっよ」と通形が素で呟いた。

 

 

 そして、残心を取る緑谷に相澤が近づいて行く。

 

 

「派手にやり過ぎだ。崩れたら生き埋めだぞ」

 

 

「い、一応そうならないように加減したつもりですが……」

 

 

「加減の感覚まで上鳴に合わせなくて良いからな? だが……よくやった」

 

 

「ありがとうございます。でも、直ぐに上鳴くんの……ミカヅチの援護に行かないと」

 

 

「ああ。だが、その前にアイツを拘束しておこう」

 

 

 二人の視線がオーバーホールに向く。

 

 

「あぁ……クソッ。治す時だってキッチリ痛いんだからな」

 

 

 そこには平然と立ち上がって肉体を修復しているオーバーホールがいた。

 視線に気づいたオーバーホールが言う。

 

 

「……音本とクロノを使ってなけりゃ死んでたよ」

 

 

 異形の見た目は伊達でも酔狂でもない。“個性”の強化のみならず、身体強度も大幅に向上させていた。

 相澤が“抹消”を改めて発動し、緑谷がフルカウルで一気に距離を詰める。

 

 

 今度こそ終わらせる──裂帛の気合いと共に振り抜かれた拳は、しかし、空を切った。

 

 

『苦戦しているな。友よ』

 

 

 声がしたのは天井。

 そこには先程まではなかったスピーカーが顔を出していた。

 

 

 ダークマイトを名乗った男の声と共に、オーバーホールの足元から石柱が伸びていく。

 宙に打ち上げられたオーバーホールは、壁から生えた足場に柔らかく受け止められていた。

 

 

『どうする? 助けてあげようか?』

 

 

 それはオーバーホールにとって悪魔の囁き。

 受け入れれば自分は助かる。けれど組は、自分の技術は、男によって実の一つも残さずに貪り尽くされる。

 

 

 しかし、そうと分かっていても──オーバーホールには拒否権がない。

 既にオーバーホールを捕らえるべく、緑谷たちが動き出していた。

 

 

「……俺を」

 

 

 それでも、悩んだ。

 

 

 しかし、今ここで自分が負ければ、国家権力によって組の全てが消えてなくなる。後にはもう何も残らない。組長が愛した場所は、自らが蔑んできた他の組や組織と同様の運命を辿る。

 だが、ゴリーニの軍門に降ればまだ芽が残る。それがどれ程か細い物であったとしても、ゼロではない。

 

 

「……俺、を!」

 

 

 それでも、悩んだ。

 

 

 走馬灯の如く、組長に助けられてからの日々が脳裏を過ぎる。

 

 

 研鑽を積んだ。

 どうしようもない、掃き溜めのゴミ同然だった自分を拾い上げてくれた組長(おや)に報いるために。

 

 

 研鑽を積んだ。

 かつての栄華を取り戻すために。この国を裏から支配する為に。組長(おや)によくやったと──褒めてもらう為に。

 

 

 例え教えに背いても、結果を出せばいつか分かってもらえると信じて。

 

 

『俺は君の気持ちを分かってあげられる……共に頂を目指そう、カイ』

 

 

 ダークマイトの言葉がオーバーホールの神経を逆撫でする。あまりの怒りに奥歯が砕けた。ボス(おや)()()()()()()()の同情など、この世で最も価値がない。

 しかし、そんな男に命乞いをしなければならない自分の情けなさの方が苛立たしかった。

 

 

 こんな筈じゃなかった。ヒーローも、海外マフィアも、チンピラ崩れの敵も──全て死穢八斎會の名の下に、首を垂れる筈だった。

 だが、ヒーローたちは自分の想定を上回る強さだった。全面戦争の形になった段階で詰んでいた。

 

 

 ゴリーニが必ず勝つ保証はないが、少なくとも今よりはマシだ。

 今更もう──オーバーホールは引き返せない。

 

 

「治崎ッ!」

 

 

 目の前に迫る緑谷の拳を受ければ終わりだ。

 だからオーバーホールは、否、治崎廻は血の涙を流しながら吼えた。

 

 

「俺をっ……助けろ、ゴリィィィニィ!」

 

 

 それはオーバーホールにとって屈辱以外の何物でもなかった。

 だからこそ、男は喝采と共に治崎を掬い上げた。

 

 

『及第点だ! ようこそカイ! 君は今日から俺のファミリー、カイ・ゴリーニだ!』

 

 

 刹那、天地がひっくり返るような揺れに緑谷は足を取られ、攻撃の手を止めた。

 

 

*1
僕のヒーローアカデミアすまっしゅ!!一巻に登場した“個性”





 因果応報祭りの開催が近づいて来ましたね……それより皆様、ファイナルファンブックはご覧になられましたでしょうか。私は最後の漫画でボロ泣きしたのもそうですが、ヒーローたちのコスチューム解説などを読んで笑い、興奮したことも伝えていきたいですね。
 特に轟くんとねじれちゃんのページは色々良かったです(ダイレクトマーケティング)

 残すは画集に原画展と、アニメとヴィジランテ関係ですね……終わるな……まだ終わるな……劇場版『さようならワンフォーオール』してくれ……映画の最後でファンブックの漫画をアニメ化してくれ……同時上映はヒロアカ公式四コマの『すまっしゅ!!』で決まった(存在しない記憶)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。