雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.81 虚飾

 

「何だ、これっ……!?」

 

 

 次いで感じたのは抑えつけられる様な感覚。それはちょうど、長大な距離を登るエレベーターに近い。

 治崎がダークマイトに問う。

 

 

「ウチに何をしたんだ……お前……!」

 

 

『改築の許可は取ったろ? そのついでだ。地下のいたる所へ俺が“個性”の触媒に使っているコインを埋め込んでおいた』

 

 

「は……?」

 

 

『で、傘下に入ると言われたからね。好きにさせてもらう事にした……何故って? ()()()()()()()()()()()()

 

 

 絶句する治崎。まさかコイツは、そこまで想定していて──そう思い至った後は、怒りなど消えてなくなっていた。既に頂は通り越した。残ったのは「いつか必ず殺す」という意志だけだ。

 

 

『それともう一つ。日本邸宅も悪くはないんだがね……ホテルとしては良いが、拠点にするには落ち着かない。だから地下を丸々、形成し直した。それを今、地上へ射出している』

 

 

 説明の最中、轟音と浮遊感が止まった。

 しかし、困惑は消えない。

 不気味な静寂が場を支配する。

 

 

『FUFU……分からないという顔だな。想像力をもう少し養った方が良い。ただ、俺は心優しい象徴だ。諸君らにもわかりやすい様に見せてあげよう』

 

 

 ダークマイトが指を鳴らす音が聞こえた。すると、天井から投影機が生え──宙空にホログラムのディスプレイを描く。

 そこに映ったのは日本のニュース番組だった。

 

 

『ご覧ください! 住宅街に突如としてコンテナ船よりも遥かに巨大な空飛ぶ船が姿を現しました! しかも……艦橋にあたる場所には千葉にある夢の国を彷彿とさせる城と、甲板に西洋風の街並みが見えます! 広場には黄金のオールマイト像付きです! 意味がわかりません!? これどういう組み合わせ!?』

 

 

 報道が映し出したのは、巨大な船が街の上空に浮かび上がっている異様な光景。その上にあったのは白亜の城と、城と同じ高さはあるオールマイトの像だった。

 唖然とするヒーローと治崎。しかし、船が徐々に高度を上げながらゆっくりと移動を始めた事で、意識が現実へと戻ってくる。

 

 

「おい……何をするつもりだ、お前」

 

 

 緑谷が声を震わせて、ダークマイトに問う。

 

 

『良い質問だね、少年。答えてあげたいのは山々だが……それだと面白くない。クイズ形式にしようか』

 

 

「なにを、言ってるんだ!」

 

 

『一つ問おう! この国における、ヒーローの象徴とは一体何かな!?』

 

 

 ヒーローの象徴──抽象的な問いに、思わず黙り込む。

 唯一勘づいたのはヒーローではなく、ヴィランたる治崎のみ。

 

 

「お前まさか……このまま、雄英まで行く気なのか?」

 

 

『頭の回転が速いな。君がファミリーになってくれて嬉しいよ。その通りだ。雄英──いや、オールマイト。彼を落として、この国を均す』

 

 

 ──雄英の名が持つ力は絶大だ。日本最高峰のヒーロー養成機関にして、オールマイトをはじめ幾人ものトップヒーローを輩出した名門。現代社会における要ではあるが、今年に入ってからは度々、事件に巻き込まれている。

 雄英の権威は揺らいでおり、あと一押しで完全に失墜すると言っても過言ではない。

 

 

『俺が新たな象徴となるために──先代と旧態の象徴には退場いただくのさ』

 

 

 オールマイトに対する殺害予告。

 雄英に対する加害宣言。

 

 

 もしも言葉通りになれば、この国は終わりだ。異能の全盛──超常黎明期の再来となるだろう。

 緑谷が叫ぶ。

 

 

「させると思ってるのか!」

 

 

『できるさ──そこで指を咥えて見ていると良い』

 

 

『おや? 船首と思わしき所に誰かが立って……』

 

 

 ホロディスプレイに映るダークマイトの姿にキャスターが絶句する。

 そして、ダークマイトが手を振る映像が流れた、次の瞬間だった。城から何かが打ち上がって空中で弾けた。それは黄金の雨となってダークマイトへと降り注いでいく。

 

 

 両手を広げたダークマイトの胸で、赤い薔薇の結晶が眩い光を放った。足元に花畑が広がり、船首を彩って行く。

 幻想的な光景にキャスターが『わぁ……』と感嘆の声を漏らした──次の瞬間。

 

 

 ダークマイトの頭上で黄金の雨が収束。

 巨大な光球を形成した。

 

 

『なに、あれ……星……?』

 

 

 それは船と比較しても尚、巨大。

 星と見紛うほどの巨大な光球にキャスターが腰を抜かす。ヒーローたちも声を出せなかった。

 

 

『そこで何もなせないまま、眺めているといい──これが! ダークマイト伝説の幕開けだァ!』

 

 

 刹那、星が落ちた。

 

 

 

 

 

『っ、アレは!?』

 

 

 

 

 

 しかし、それとほぼ同時──船底から飛び出し、赤い軌跡を描きながら目にも止まらぬ速度で光球へと向かう影があった。

 

 

『ミ、ミカヅチです! あれを止め──にぃ!?』

 

 

 キャスターの実況が終わるよりも速く、光の球を赤い閃光が突き穿った。

 地上にまで届いた爆風でカメラが大きく揺れ、悲鳴も聞こえてくるが、街と報道の命に別状はなかった。

 

 

 そうしてヒーローたちがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。

 

 

『ほぉう。やるじゃないか──っと。デモンストレーションも終わったことだし、カイは返してもらうおうか』

 

 

「させるかっ!」

 

 

 緑谷が治崎を黒鞭で縛り上げる。

 

 

『無駄だ』

 

 

 間髪入れずに、天井から降り注いだ黄金の剣が黒鞭を断ち切ってしまう。

 更に治崎の足元に穴が開き、そこへ吸い込まれるようにして姿が消えた。緑谷が穴の中へ黒鞭を伸ばすも空を掴むだけに終わる。

 

 

 瞬く間の救出劇──ヒーローたちの間に緊張が走る。

 

 

『それでは諸君。また会おう。俺は彼との語らいがあるのでね』

 

 

 ダークマイトの音声が途切れた。

 

 

「……“錬金”。まさかこれ程とは」

 

 

 慄くナイトアイを他所に緑谷が言う。

 

 

「アイツを止めに行かないと!」

 

 

 ダークマイトは自らがただの法螺吹きではないことを証明した。その力がブーストされた物であったとしても、次代の象徴を謳うに値する規格外であることは確かだった。

 焦る緑谷にナイトアイが「その通りだ」と頷く。

 

 

「今の戦力で真正面からアレと戦えるのはミカヅチと……お前だけだ」

 

 

 その言葉を誰も否定しない。できない。相澤でさえ口を挟まない。力を示したのはダークマイトだけでなく、緑谷もそうだった。

 

 

「行け、緑谷出久。その力を全うしろ」

 

 

「……っ! 先輩、皆さん! エリちゃんをお願いします!」

 

 

「任せなよ! 必ず守ってみせる!」

「誰に言ってんだ新人。お前こそ、頑張れよ!」

「気張っていけ。無理はするな、させるな──お前たちは一人じゃない」

 

 

「はいっ!」

 

 

 数々の声援を受け、緑谷は行く。

 

 

 そして、フルカウルで飛び出して行く緑谷を見送ったヒーローたちも、エリの保護とミカヅチ側の援護、アンナの救出に向かうべく動き出した。

 

 

 

 

 

 ──西洋的な城へと姿を変えた死穢八斎會邸宅の上空。

 

 

「ったく……瓦礫払い除けてたらいきなりこれだもんなァ」

 

 

 自分の足下に作り出した血液を使い、磁性の反発とイオノクラフトで空中に立つように浮かび上がった上鳴は、獣の如き形相を浮かべていた。

 

 

「おい──あんまりワクワクさせんなよ」

 

 

「何だ。思ったよりやるじゃないか」

 

 

 二人の声は互いに聞こえていない。

 だが、確かに通じ合っていた。

 

 

 ──凄まじい規模の攻撃だった。アレが“過剰変容”のブースト効果かよ……イカれてんな。

 

 

 上鳴は反転術式で生み出した血液を戦杖に纏わせ、通電させることで電熱の槍とし、星の如き光球を貫いた。

 ただでさえ消費量の多い反転術式を全開にしたそれは、上鳴の呪力総量の約三割にも相当する大技である。

 

 

 だからこそ、上鳴の表情は明るい。

 単なる出オチ男などではなく、紛れもない強者であると確信できたから。

 

 

 そして、上鳴がダークマイトの力に高鳴っているのと同じ様に──ダークマイトもまた、上鳴の評価を一変させていた。

 

 

「FUFUFU……どうやら俺は勘違いしていたようだ。敵連合のマスキュラー、史上最大のフィクサーであるオールフォーワン、そして我が敬愛する先代の象徴オールマイト……やはり、彼らは決して弱くなどなかった」

 

 

 散らばった硬貨を“個性”で掻き集めながら、ダークマイトは宙空に浮かぶ上鳴を睨んだ。

 

 

「それでこそ、叩き潰し甲斐があるッ! 俺はペンペン草を踏み潰しに来たんじゃあない! 最強を証明し、象徴となるため──世界が震撼する敵と戦いに来たのだから!」

 

 

 ダークマイトが拳を掲げる。

 それに合わせて船から黄金のラインが伸び、空中で巨大な拳が形成されていく。

 

 

「受けてみろ──これが、象徴の力ァ!」

 

 

 黄金の拳が螺旋を描きながら上鳴へ向かって飛翔する。

 戦艦の砲撃以上と言って差し支えない速度と質量を持ったそれを前に、上鳴が声を張る。

 

 

「聞こえねぇんだよ! もっと音量上げろ!!」

 

 

 呪力を込めた一撃でそれを打ち返す。

 戻ってきた拳を前に、ダークマイトが笑う。

 

 

「ははっ……! いいねェ! キャッチボールと行こうか!」

 

 

 ダークマイトが更に打ち返し、それをまた上鳴が打ち返す。

 

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 

 いつしか“錬金”によって作られたそれは原型を失い、平べったくなった面には二人の拳の跡が刻み込まれ始めた。

 

 

 ──飽きた!!

 

 

 ──そろそろフィナーレと行こうか!

 

 

「トリノォ……!」

 

 

「「スマッシュ!」」

 

 

 両者の拳打が創造物越しに激突。

 大気を揺るがす衝撃波を撒き散らしながら、二人は遂に城の真上で相対した。

 

 

 そして一瞬の睨み合いの後、揃って屋根に向かって落ちていき──着地と同時に互いの間合いへと踏み込んだ。

 先制したのはダークマイト。輝く拳が上鳴の顔面目掛けて振り抜かれる。

 

 

「ほォ」

 

 

 上鳴はそれを呪力強化した戦杖で受け止め、その衝撃を屋根に逃しつつ、カウンターの蹴りを胴体へ叩き込んだ。

 手応えは十分。しかし、ダークマイトは平然と拳を打ち返してきた。

 

 

 それを後方へと飛び退いて躱す上鳴に、ダークマイトが不敵な笑みを浮かべて言う。

 

 

「ちょっとピリッとしたかな?」

 

 

 ──俺の“個性”を無視してやがる。よく見りゃあ、あの身体……単なるコスプレって訳じゃねぇ。

 

 

 ダークマイトの身体は単なるコスプレではない。“錬金”で編まれた特殊なパワードスーツの様なもので、膂力の増強のみならず電撃の対策までこなしていた。

 上鳴の笑みがより深く──壮絶な物へと変わる。

 

 

「オマエ、名前は?」

 

 

 答えは分かりきっていた。

 しかし、問わずにはいられない。それが戦いの流儀であり、礼節であるからだ。

 

 

「バルド・ゴリーニ。しかし、今はダークマイトと名乗る事にしている……ダークマイトと呼んでくれ」

 

 

 分かりきっていたと、そう思っていた。

 予想外のネーミングに呆れつつ、上鳴は戦杖を構えて名乗りを上げた。

 

 

「ミカヅチだ」

 

 

「ああ──知っているとも」

 

 

 上鳴が出方を伺っていると、ダークマイトがそわそわとした様子で人差しで「来い」と言わんばかりに挑発してくる。

 せっかくだし乗ってやるか──軽い足取りで踏み込み、戦杖を突き出す。ダークマイトは目を見開いた。すぐに“錬金”で硬貨を槍に変え、上鳴の打突を捌きながら言う。

 

 

「違う違う!? 使いなよ、ホラ!! 神野でやったヤツ!!」

 

 

 打ち合いは上鳴に分があると見るなり、今度はダークマイトが距離を取る。

 それを見逃してから上鳴は首を傾げた。

 

 

「……? 何で?」

 

 

「何で??」

 

 

 心底分からないという顔のダークマイトに、上鳴は言った。

 

 

「使う気なんてねぇよ。アレは特別だし、約束もあるし……そもそも、使()()()()()()勝てるからな」

 

 

 ブチッ──何かがキレる音が、上鳴の耳にまで届いた。

 

 

「……そうか。気が変わった」

 

 

「はァ?」

 

 

 ダークマイトから迸っていた戦意が嘘のように萎え、上鳴は思わず呆けた。

 そんな上鳴にダークマイトは眉を下げ、眉間に皺を寄せながら言った。

 

 

「いきなり戦うのは燃えない……そういう事だろう?」

 

 

「いや、関係ねェよ。それは。体育祭じゃあるまいし……仕事だしよ」

 

 

 燃えないから使わないというのは少し違う。

 

 

 例えば今後、オールフォーワンと戦う時があっても、それは神野ほど燃えないだろう。文句なしの最強格ではあるのだが、やはり戦い方が三下めいていて興が削がれる。

 しかし、オールフォーワンを相手に上鳴が幻獣琥珀を躊躇うことはない。死力を尽くす必要のある敵ではある為だ。

 

 

 逆に、使わなくても勝てる相手だったとしても、全力を出さなければ礼を欠くと思えるような相手なら使うことだってあるだろう。

 

 

 ──実際に打ち合ってみて分かった。瞬間火力ならともかく、幻獣琥珀を使う程の手合いじゃねぇ……決して弱くはないけど。

 

 

 

 そして、全力を尽くすのが礼儀だと思える程の好敵手足り得る訳でもない。オールマイトの皮を被っている時点でありえない。

 

 

 ──緑谷もまあまあ追い込まれるだろうよ。耳郎じゃまだ勝てねーだろうよ。相澤先生の“抹消”も“錬金”の鎧で通らないさ。でもなぁ。

 

 

 中途半端な強者。それがダークマイトだった。

 しかし、そんな上鳴の微妙な心境は、ダークマイトには一切伝わらなかった。

 

 

「皆まで言わなくていい! 俺には分かる! 圧倒的な力! 強者故の孤独! 他人から理解を得られない理想! 我々が心行くまで戦えることは少ない!」

 

 

 何も話を聞いていないのに理解者面してくるダークマイト。

 字面だけは当たっていそうな空気を出してくるのが、絶妙に上鳴を苛立たせる。

 

 

「だから──ゲームをしよう!」

 

 

「……ゲーム?」

 

 

「そう。ゲームだ」

 

 

 ダークマイトが硬貨を一枚、足元に落としてから浮遊する足場を形成した。

 それに乗って目指すのは城の頂上。

 

 

「君たちの狙いはアンナとエリだろう?」

 

 

「だったら?」

 

 

「エリは君たちの手にある。アンナはまだだが……FUFU、君の助手たちが今しがた防衛ラインを越えたか。丁度いい」

 

 

「要約してから話せよ。長いな……」

 

 

「悪いが、もう少し付き合ってくれ……俺は今からアンナのいる場所へ戻る。そして、エリがいる場所に──ウチの幹部と“賢者の石”の未完成品を使っている構成員を送り込む。数はざっと、二十といった所か」

 

 

 “賢者の石”──アンナ・シェルビーノの過剰変容を濃縮したそれの未完成品は、適合者であっても気を失う程の痛みをもたらす。その上、本来の効果の88%しか発揮できない単なる下位互換。

 しかし、命を代償にすれば非適合者であっても効果を発揮するというメリットがあった。

 

 

「更に……『あー、マイクテストマイクテスト。敵連合のセブンくん。君が求める“個性”は今、船内の中腹辺りにいるよ。取りに行くのなら、今のうちにするといい』……とまあ、こんな風に誘導してみたとして──」

 

 

 セブンの“個性”をダークマイトは把握している。そして、ヒーロー側で今最も奪われてはいけないのはナイトアイとエリの“個性”。

 アンナはダークマイトにとっても重要な存在で、逆説的に身の安全は保証されているも同然。現段階で同盟相手を裏切ってまで獲りに行くことはない。

 

 

「ああ、そうだった。言い忘れていたが、この船を作るにあたって町の一角を巻き込んでいてね……時間帯の問題でちょっとばかし少ないが、一般人の人質もいるよ」

 

 

 数で選ぶなら一般市民を、先まで考慮するならナイトアイとエリの保護を優先すべきで──必然的に、耳郎たちを切り捨てるのが安牌となる。

 顔を俯かせる上鳴に意気揚々とダークマイトが言う。

 

 

「それじゃあ、ゲームの説明をしようか!」

 

 

 それは──犠牲と戦果の定義。

 

 

「君の勝利条件は、味方と一般市民を可能な限り生存させた状態でアンナとエリを保護すること」

 

 

 最善と最悪の確認。

 

 

「俺の勝利条件は……君が全てを取り戻す前に、この城を雄英に落とし、一人でも多くのヒーローを殺すこと。制限時間は船が雄英上空に辿り着くまでの……三十分って所かな?」

 

 

 勝ち誇ったようにダークマイトが話を締める。

 

 

「どうだろう──まだ俺を相手に全力は出せないかな?」

 

 

 突き付けられたそれに、上鳴は笑った。

 

 

 ──昔の俺なら……どっちを選んだんだろう。

 

 

 どちらもありうる。

 それはつまり、その時の気分やどちらを選べばより強大な敵と戦えるのかでしか考えないということ。

 

 

 しかし、今は違う。

 

 

「いやぁ……正直、驚いたぜ」

 

 

「なんだ。言い訳かい?」

 

 

「ちげぇよハゲ」

 

 

 身体から呪力が微かに立ち昇る。

 洗練されたエネルギーの静かな発露に、空気が張り詰めていく。

 

 

「この程度で俺から全力を引き出せると思ってる、その脳みそに驚いたって言ってんだよ」

 

 

 耳郎たちへ投げた言葉に、嘘偽りはなかった。そしてそれは決して二人だけが対象という訳でもない。この場にはまだもう一人、上鳴が入学時から面倒を見続けている少年だっている。

 そして──

 

 

「俺たちの担任は凄いヒーローでなぁ。お前とはちと相性が悪いからアレだが、あの人が万全なら大概どうにかなるんだよ。しかもそこに、半年前の俺ならどうやったって勝てない先輩だって加わるの。分かる?」

 

 

 頼りになるヒーローがいる。

 見た相手の“個性”を封じる担任と、防御性能なら国内外問わず最強を名乗るに値する先輩の顔を思い浮かべる。

 一般人の避難と保護も、ナイトアイと壊理の事も──全て彼らに任せればいい。

 

 

「何よりガッカリだぜ。俺に本気出させる為に人質取るってのがよ……これだから、有象無象のヴィランってヤツは困る」

 

 

 戦杖を構えて上鳴は言う。

 

 

「全力が見たいなら、引き出して見せろよ!! 楽な手段ばっか取る奴が、何者にもなれる訳ねぇだろ!!」

 

 

 刹那、その姿がダークマイトの視界から消え──正面。彼我の距離を瞬き程の時間で詰め切った上鳴の打突が、ダークマイトの胸部へ突き刺さった。

 

 

「……かはっ!!?」

 

 

 ──速い!? それに何だ、この威力は! ただの拳じゃない! 分からん! 分からねば!

 

 

 肺腑から空気が強制的に排出されるも、間髪入れずに顔を掴まれ、苦悶の声をあげる事さえ叶わない。ダークマイトはそのまま浮遊する足場から引き摺り下ろされ、甲板の上に広がる街に叩き落とされた。

 ダークマイトは精巧に作られた街並みを破壊しながら吹っ飛び、石畳の床に出来た隕石が衝突したような巨大なクレーターの中心で蹲る。頭上から感じる侮蔑の目を気にする余裕さえない。

 

 

「安っぽいんだよ。何もかもが」

 

 

 平坦な上鳴の声音に、ダークマイトは腹の底から声を張り上げた。

 

 

「あまり見縊るなよ、この俺を!」

 

 

 立ち上がったダークマイトが周囲に硬貨をばら撒く。

 黄金の杭となったそれは、上鳴ではなくダークマイトの身体へ深々と突き刺さり──その肉体を一回りも二回りも大きくした。

 出立ちも変わり、上鳴もよく知るオールマイトのゴールデンエイジコスチュームによく似たデザインの物を纏っていた。

 

 

「安いかどうか! それはこれを受けてから言ってもらおうか……!」

 

 

 更に追加された硬貨が黄金の光を放ちながらダークマイトの巨腕を覆う。

 

 

「BOLOGNA SMASH!!」

 

 

 振り抜かれた剛拳は確かに凄まじい。それは上鳴も認める。

 ()()()()()()ならば──死を覚悟したかもしれない、と。

 

 

「ああ、確かに悪くない」

 

 

 戦杖を逆手で持ち、拳打へと添えるようにして軽く受け止める。

 ダークマイトの打撃の威力を物語るように上鳴の足場が窪んだ。だが、それだけだ。衝撃は完全にいなされており、上鳴の身体には怪我一つない。

 

 

「何なんだ……」

 

 

 ダークマイトが幾ら押してもビクともしない。

 

 

「何なんだ、お前はッ!?」

 

 

 上鳴が戦杖を手繰る。拳の軌道が杖に沿ってズレていき、火花を散らす。

 すれ違い様に放たれた上鳴の膝蹴りがダークマイトの腹部を強かに打ち据え、くずおれた所へ追撃として手刀の打ち下ろしが放たれる。

 

 

「ガァッ!?」

 

 

「良くもない」

 

 

 ダークマイトは再びクレーターへ叩き伏せられながらも、戦意を滾らせた目を上鳴へと向ける。

 

 

「なん、だ、この力は……!?」

 

 

 ダークマイトの疑問の答えは、単にオールフォーワンから“個性”を奪っただけでは説明がつかない。

 

 

 その正体こそ──時間と成長である。

 

 

 林間合宿までの上鳴は成長性がほぼ頭打ちになっていた。しかし、神野事変を経て“呪力”と複数の“個性”を得た上、緑谷出久という同格に近いフィジカルを持った訓練相手まで現れた。

 緑谷を鍛える一方で、上鳴もまた“個性”を使い込み、“呪力”と“帯電”の混ざり方や特性を把握していった。因子の拡張、呪詞の開発、呪力操作の向上。それらは元々あった上鳴の技術とセンスと噛み合い、訓練相手がいたこともあいまって──神野事変の“黒閃”を決めた水準に近い所にまで、その力を高めていた。

 

 

「俺はもう……プルスウルトラしてんだよ」

 

 

 死柄木、オールフォーワン、オールマイト、デク、スターアンドストライプ。

 両面宿儺。五条悟。そして──“雷神”、鹿紫雲一。

 

 

 記憶の中の強者たちを超える為に研鑽を重ね続けている。

 上鳴は力なく倒れるダークマイトを見下ろしながら言った。

 

 

「じゃあな、自称象徴。俺たちがいない国に生まれただけの──凡夫」

 

 

「凡、夫? この……俺が?」

 

 

 その瞬間、ダークマイトの脳内に溢れ出した──三年前の苦い夜。

 

 

 父から組織を継がせられないと言われたこと。

 

 

 銃を突き付け、考えを変えるように迫っても意味がなかったこと。

 

 

 考えを否定され、ファミリーを継ぐ為に生きてきた全てが無に帰ったと思い、衝動のままに父を射殺したこと。

 

 

「俺は……俺は……」

 

 

 ダークマイト、バルド・ゴリーニの根底にあるのは承認欲求。

 根底は治崎と同じ。

 

 

 ただ──自分が最も敬愛する人間に認めてもらいたかった。

 

 

 愕然とするダークマイトから完全に興味を失った上鳴は、反転術式で生成した血液を使ってそのまま拘束。

 

 

「コガネ、イヤホン=ジャックたちと通信を繋げられるか?」

 

 

『確認中──可能です。呼び出し機能を実行します』

 

 

「頼むわ……今頃、オーバーホールの方も終わってんだろ。ヤクザとマフィアは大したことなかったけど、()()()()()()()()()()()()。さっさと捕まえに行かねぇと」

 

 

 しかし、上鳴の何気ない一言がダークマイトの肥大化したプライドを土足で踏み躙った。

 

 

「俺が……あの小便臭いガキに、劣ると?」

 

 

「あん?」

 

 

 刹那、甲板から無数の石柱が上鳴に向かって伸びた。軽快なステップでそれを回避し、拘束に使った血液に溜めた磁性を使って攻撃を仕掛けようとするが──黄金の光によって掻き消された。

 

 

「舐めるなクソガキがァッ!」

 

 

 立ち上がったダークマイトの胸元にあった赤い結晶が、その怒りに呼応するかの如く光を放つ。

 クレーターはおろか、街の一角を覆い尽くす勢いで広がる色とりどりの花々に、上鳴から「へぇ」と感嘆の声が漏れる。

 

 

「魅せてみろ、()()()()()()()()()を」

 

 

「これはッ!! 俺の力だァッ──!」

 

 

 その瞬間、ダークマイトの体が見えなくなるほどの“錬金兵”が生成され、津波の如く押し寄せる。

 荒波から空へと飛び出したダークマイトは、懐から取り出した硬貨で幾本もの槍を作り出し、光輪の如く背に浮かべた。

 更に甲板に予め仕込んでおいた硬貨を触媒に石柱を生やし、操作を始める。

 

 

「押し潰れろッ!」

 

 

 正面から全てを飲み込まんとする錬金兵の物量。死角からは黄金の槍が迫り、逃げ道は石柱によって塞がれた。

 正しく四面楚歌の状況で上鳴が詠う。

 

 

「索冥、変生、宵の天鼓──」

 

 

 呪力強化を受けた個性因子が励起・拡張され、上鳴の口元を禍々しい獣の如き容貌へと作り変える。

 身体を大きく仰け反らせながら息を吸い込む。錬金兵の腕が自身の喉笛へと到達する──その刹那。

 

 

「あ!!」

 

 

 上鳴から放たれた固有振動数に同調する音波攻撃が、正面に広がっていた黒灰色の氾濫を割る。

 そうなれば死角から迫る槍も、逃げ道を塞いでいた石柱も関係ない。真正面に生まれた一本道が、逃げ道であると同時に敵へ引導を渡す為の最短ルートに変わったのだから。

 

 

『身体許容上限100%──閃電疾駆(ドライブIII)

 

 

 コガネの電子音声を置き去りにして、上鳴がダークマイトの下へ駆ける。

 音速を超えた移動により発生した衝撃波が残る錬金兵を蹴散らしていく。

 

 

「歯ァ、食いしばれよド三流」

 

 

 上鳴はダークマイトの返事を待たず、その顔面を殴り抜いた。

 





 やっとこさ今やってる話の終わりが見えてきましたわね……長かった……文化祭手前までほぼほぼ書き終わってはいるので、細かい修正しながらでも五月末、六月頭には終わるんちゃうかなと……
 
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