雷神、上鳴電気   作:一般通過呪術師

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ep.83 超新星

 

 ──さて、先ず確かめるべきは。

 

 

「アレが誰なのか、だな」

 

 

 身体強化を施した上鳴は疾風の如く甲板を駆け出した。その手に運搬用に使っていた鎖を握り、カウボーイの如く振り回しながら肉薄していく。

 

 

 その走り出しに合わせて、葉隠が身体を透明化させて移動を開始。ジュリオがアンナを抱え、耳郎が二人に付き添う形で後退した所で──上鳴は鎖の射程範囲にヴィランを捉えた。

 

 

「名乗れよ!! お前が自分の名前を覚えてるんならなァ!!」

 

 

 鎖を鞭の如くしならせながら一気に振り抜く。呪力で強化されたそれは、鋼を熔断できる電熱を帯びている。まともに当たれば大抵のヴィランは即死するだろう。

 

 

 しかし、大気に青白い弧を描いていた鎖は、腕を黄金の剣に作り変えたヴィランによって斬り払われた。

 

 

 複数の声が重なった独特な声でそれは言う。

 

 

「俺は……治崎でもダークマイトでも、ましてや他の誰でもない……俺は“象徴”になる者だ」

 

 

 所詮はオールマイトを模した触角も不気味な笑みも、単なるアイコニックに過ぎない。

 目の前のヴィランはダークマイトの執念に囚われた怪物だった。

 

 

「で、天下無敵の合体お父さん気取りときたか……ここまで来れば筋金の入ったバカだな。けど、嫌いじゃない」

 

 

 正確には融合か──などと上鳴が考えていると、ヴィランの背中から先端に刃が備わった無数の鎖が飛び出した。

 

 

「“錬金”の鎧を“オーバーホール”で再構築してんのか」

 

 

 上鳴は砕けた鎖を投げ捨て、戦杖へと持ち変える。

 

 

 迫り来る鎖を叩き落としながら反転術式を発動。六つの血球を背に浮かべ、それらと自分に同極の磁性を付与し、反発させることで急加速しながら空中へと移動した。

 

 

「逃さん!」

 

 

 ヴィランによって繰り出された鎖がドローンへと姿を転じ、四方八方から上鳴を追い立てる。

 

 

 野山を駆ける兎を狩る狼の群れを思わせる光景だが、狩られる側の顔に浮かぶのは戦意と笑みだ。

 

 

 上鳴が目の前に来た機体を杖の一打で破壊すると、それは閃光と共に爆裂。呪力強化した戦杖越しに感じる痺れに、上鳴は唇を舐めた。

 

 

 ──爆破の威力もドローンの機動力も高い。良いもん使ってるなァ……コガネにもこんくらい動いて欲しいねッ!

 

 

 戦杖を口に咥え、空を駆ける。

 背後に迫る数十機のドローンが更に変化。小型の自動小銃を搭載し、上鳴の背中目掛けて銃撃を仕掛けていく。

 

 

 それらをバレルロールで避け──加速。

 一気にドローンを引き離しながら急旋回。そして、ドローンが銃口を自身へ向け直すよりも速く、掌に拳の側面を押し当てる様にして構えた。

 

 

「俺式APショットだ!!」

 

 

 反転術式で生成した血液を弾丸とし、掌の内部で発生させた磁界で電圧を掛け、一気に加速。放たれた赤い閃光がドローンを次々に撃ち落としていく。全機撃墜まで時間は然程かからない。

 

 

「──で」

 

 

 上鳴の視線が、自分を無視してアンナの下へ向かおうとするヴィランへ向けられる。

 

 

 ヴィランは葉隠の目眩しや耳郎の音撃を踏み越えながら、童女を抱えて走るジュリオとの距離を縮めていた。

 

 

 上鳴は磁性の反発で身体を押し出すのと同時に勢いよく大気を蹴り上げた。秒を追う毎に速度を引き上げ、目尻から走る青白い電光で軌跡を描きながら──その眼前へ着地する。

 

 

「どこ行くんだよ。寂しいじゃんか」

 

 

 衝撃で捲れ上がった甲板の残骸を、上鳴の指が乱れ打つ。インパクトの瞬間に呪力を纏わされた瓦礫は即席の機関銃となってヴィランを襲う。

 

 

 しかし、弾幕はヴィランの足元から迫り出した岩壁によって防がれてしまった。

 

 

「やっぱ触れてなくても“個性”を使えるか」

 

 

 それから間断なく、岩壁は黄金へと姿を変え──黄金を対価に更なる奇跡を生む。

 

 

「まっず」

 

 

 黄金の壁が数十個の爆弾へと早替わりし、瞬時に爆ぜたそれらが膨大な熱、烈風と共に鉄片を撒き散らした。

 至近距離で飲まれた上鳴は、靴底を擦り減らしながら十メートルほど後退した。

 

 

「何でそれだけで済む……!」

 

 

 ヴィランの戦慄に上鳴は不敵な笑みを返した。

 

 

「頑丈だからだよ」

 

 

 鉄片入りの爆弾は尋常な術師やヒーローであれば致命傷になり得た。

 しかし、上鳴は素のフィジカルからして普通とは違う。衝撃で身体が少し痺れるだけ、殺傷力を高める筈の鉄片でさえ擦り傷程度で済む。反転術式で治すまでもない。

 

 

「ならば!!」

 

 

 賢者の石が瞬いた刹那、ヴィランは足場を黄金へと再構築し、“錬金”で変成させながら取り込み始めた。

 

 

「もっとだ……もっと力を……!」

 

 

 その場にある物に無限の価値を与えながら奇跡へと変換する大いなる術(アルス・マグナ)

 

 

 それはオーバーホールやダークマイトではなし得ない、上鳴の前世を含めても存在しない奇跡の存在。

 

 

 そうして肉体を一回り巨大化させたヴィランは、三つに増えた頭部の一つを上鳴へ向け、そこに備わった触角を伸ばした。

 

 

 ──いなしてカウンター。そのままへし折る!

 

 

 構えを取る上鳴の脳内に突如、声が響いた。

 

 

『果たしてそれは正解か?』

 

 

 ──ブ、ブラザー!? どういう意味だ!

 

 

『よく思い出せ。緑谷出久の言葉と、死穢八斎會構成員の“個性”を』

 

 

 刹那、上鳴の脳裏を過った緑谷の言葉。

 

 

 若頭補佐・玄野と八斎衆の音本を分解して自分自身に組み込んだという、オーバーホールの狂気の所業。

 

 

 目の前のヴィランは既に二人の“個性”を使っている。他の個性因子もまだ生きている。であれば──当然、それらの“個性”も警戒しなくてはならない。

 

 

 ※この間0.2秒

 

 

 上鳴が避けた先の甲板を、触角が突き穿つ。

 ひっくり返った甲板の残骸はまるでスローモーションで再生された映像の如く、ゆったりと空を舞っていた。

 

 

「危なっ!?」

 

 

 若頭補佐・玄野の“個性”である“クロノスタシス”だ。時計の針に似た独特な髪を操り、傷付けた()()をその髪の長さに応じて鈍重にさせる。受ければ上鳴と言えど効果からは逃げられないが、今のそれは無機物にまで効果を発揮していた。

 

 

「受けてたら死んでたな……!」

 

 

 こうなってくると、目の前にいる敵は複数個性持ちも同然。

 しかもその全てがアンナの“過剰変容”による強化を受けている。油断ならない相手だ。

 

 

 だが──

 

 

「テメェがお嬢様を狙う理由は“賢者の石”の効果時間の問題だろ?」

 

 

 上鳴の言葉にヴィランの肩が跳ねた。

 

 

 ──“賢者の石”の効果時間は無限にある訳じゃない。

 

 

 因子の動きさえ視認できる上鳴の目には、その限界が既に見え始めていた。

 

 

 そして、それはアンナが石に対して変容性個性因子を送り込むことで解決できるのだろうと当たりもついている。

 

 

 ヴィランが今の力を保ったまま戦えるのは船が雄英に落ちるまでの十数分。

 アンナを奪取されない限り、その力の上限が上鳴の力を超えて増すことは無いと言ってもいい。

 

 

 ──奴に石の力を使わせ、消耗させることで効果時間を短縮。そのままいなしきる。後は船をどうにかする手筈を整えてから連合を始末すれば……俺たちの勝ちだ。

 

 

 

 

 

 それは雑魚の思考だ。

 

 

 

 

 

「俺たちはこの三分で、オマエの最高到達点を捻じ伏せる!!!」

 

 

 

 

 

 上鳴の宣言にヴィランが全身の血管を浮き上がらせ、口角泡を飛ばして叫んだ。

 

 

「どれだけこの俺をコケにすれば気が済むんだ!?」

 

 

 刹那、甲板から飛び出した無数の石柱が波濤の如く上鳴へと押し寄せる。

 

 

「そういう所が小物っぽくてつまんないんだよ、クソガキオジサン!!」

 

 

 常軌を逸した超質量を前にしても上鳴は怯むことなく直進。それへ飛び乗り、駆け上がる。

 

 

 空を飛ぶかのような軽やかな疾走。

 ヴィランが上鳴の行く手を阻もうと黄金の剣を雨霰と撃ち出す中、その尽くが舞踏と錯覚するような杖捌きによって打ち落とされていく。

 

 

 彼我の距離は再び、ゼロへ。

 

 

 身構えたヴィランに上鳴の拳が振り抜かれ──その眼前でピタリと止まった。

 

 

 次に上鳴はヴィランの脇をすり抜け、形稽古でもするかのように震脚。虚空へ向かって突きを放った。

 

 

「おちょくっているのかァッ!!?」

 

 

 裂帛の雄叫びと共に、上鳴の脳天を叩き割らんとスレッジハンマーが振り下ろされる。

 しかし、それは掠りもせずに空を切った。ひらりと避けた上鳴はステップを踏み、手で「かかってこい」と言うかのようにヴィランを誘った。

 

 

「上等だ……!!」

 

 

 ヴィランの闘気に呼応するように賢者の石が瞬き、その体表を赤く染め上げ、青白い閃電を纏わせる。

 

 

「“錬金”はその特性上、物質を変化させる時に膨大な熱量を生じさせる!! これはそれを身体強度にそのまま変換する技!! 寿命を削ることになるが、先の俺と同じだと思うなよ!!」

 

 

 その言葉に誇張はなかった。ヴィランの丸太のような脚から放たれた蹴りが音速を超え、大気を引き裂く衝撃波となって上鳴を襲う。

 

 

「避けれんだろうこれは!! ハッハッハッ!!」

 

 

 甲板の上に建てられた街の一角が大きく削り取られる圧倒的な膂力。高まった力に高揚し、手応えが感じられないほど景気良く吹っ飛んだ上鳴を思ってヴィランが高笑いをした──直後。

 

 

聳孤(しょうこ)

 

 

 呪いを込めた言の葉がヴィランの背後で紡がれた。

 

 

 振り返り様に放たれた裏拳を戦杖で受け流し、上鳴がヴィランの股下をすり抜ける。

 

 

 ──何故当たらない!? 今の俺はオールマイトすら超えるパワーとスピードがある筈なのに!!

 

 

 ヴィランの中で動揺が膨らむ。

 

 

 今の強化形態はオールマイトとすら殴り合える力の極致。単純な膂力は勿論、速力も神経伝達速度も飛躍的に上昇している。

 

 

 実際、ヴィランは上鳴の動きの殆どを目で追えていた。

 それはカタログスペックならヴィランの方が上であるという証明に他ならない。

 

 

 しかし、上鳴に向けて放つ全てが──まるで蜃気楼を手で掴もうとしているかのように空を切る。

 

 

 お前は決して頂には届かないと突き付けられているような気がした瞬間、ヴィランの脳裏にボスと組長の顔が過ぎった。

 

 

「俺はッ……! 俺はァッ!!」

 

 

 それを振り払うようにヴィランが加速する。

 

 

 賢者の石に罅が入っていることにも気付かず、周囲の地形を剣山が如き岩の棘山へと変えて上鳴の退路を断った。

 

 

 そして甲板を踏み割り、蹴り上げた物を更に黄金の武具へと錬成。上鳴へと撃ち出していく。

 

 

 上鳴の動きは変わらない。自身に向かって飛んでくる武具を蝶の様に舞い、避けて行く。

 その度に幻影はヴィランに過去と事実を突きつけた。

 

 

『お前とオールマイトは違う』

 

 

 身体が覚えている。

 忘れるように努めた、あの恐怖。

 

 

『問題なのは力の強弱ではない……在り方だよ』

 

 

 自らの存在意義を、最も信頼し尊敬していた者に否定される恐ろしさを。

 

 

『侠客と外道は違う』

 

 

 アンナ・シェルビーノを奪い、その力を自らの物とした上で“象徴”となるべく戦いを挑んだ。

 壊理の力を使い、社会を乱し、総力を削ぐことで新たな地盤を築こうとした。

 

 

 形は違えど二人の本質は同じだ。

 

 

『人道を外れた理念に、人は付いて来ない』

 

 

 恐怖。その感情で他者を支配した者は、自身を上回る存在を前にした時──往々にして心を折られる。

 

 

「……何故だ」

 

 

 目の前の少年だって他者から力を奪った強者だ。自分たちと同じ筈だ。その力の源はオールマイトの様な綺羅星とは違う、人工的に作り出された紛い物。

 

 

 ──なのに何故、ここまでの差がある!

 

 

 

 

 

「変生」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ヴィランは現実へと引き戻された。

 

 

「そのワードは……!」

 

 

 呪詞の詠唱が何なのかをヴィランは知らない。

 

 

 しかし、ダークマイトと交戦した上鳴が、特定のワードを呟いた後に“個性”の出力を上げていた事を覚えていた。

 

 

 下手に距離を取った後、常軌を逸した殺傷力の遠距離攻撃が飛んできた場合──対応する事は困難を極める。

 

 

「それ以上ッ、言わせるかァァァ!!」

 

 

 呪詞を中断させること。それは、今ヴィランが取れる行動の中で限りなく正解に近い物だった。

 

 

 迫り来る拳を飛び越え、空を泳ぐようにヴィランの頭上を通る。

 

 

「吼え荒ぶ龍」

 

 

 そこで呪詞の詠唱を終え、着地と同時に“舞”が完成する。

 戦杖を放り投げた上鳴は素早く掌印を結んだ。

 

 

「呪力を扱う技術体系──それをひっくるめて呪術という」

 

 

 自分が扱う技術の開示。それは秘匿していることで得られるアドバンテージを敢えて捨てることで、能力を強化する縛りの一種だ。

 

 

 所謂「術式の開示」と同じ理屈である。

 

 

「呪術ってのは基本的に引き算だ。如何にして手順を省略するかに重点を置き、多少の出力低下は本人の地力でカバーする」

 

 

「コミックの設定か!? よく出来ているな!!」

 

 

 ヴィランの拳による打突を上鳴は額で受けた。

 その威力は上鳴に血を流させるのに十分な物で、衝撃を物語るように足場が砕け、背後にある景色が吹き飛んでいく。

 

 

 それだけの一撃を受けて尚、上鳴は掌印を結んだまま立っていた。

 

 

 顔には笑み。身体から迸る稲妻に曇りなし。

 

 

 上鳴を前に、ヴィランは自分でも知らない内に一歩後ずさっていた。掌印を組んだまま立つ姿から滲む威容が、そうさせたのだ。

 

 

 この時点で──誰が勝者なのかは既に決まっていた。

 

 

 上鳴はそんなヴィランの様子など気にせず話を続ける。

 

 

「制限時間が残り十秒を切るまでこの体勢を崩さない……そういう縛りだ」

 

 

 制限時間──上鳴がヴィランを倒すと宣言した三分のタイムリミットは、舞と呪詞を完了した状態で待機させ始めた時点で丁度折り返しを迎えていた。

 

 

 縛りには条件を達成した後、内容に応じた恩恵を得る物がある。例えば日時。ある時刻まで一定の能力低下を受け入れることを条件に、その時刻以降は能力が上昇するという縛りを結ぶ事もできる。

 

 

 つまり、無防備な姿を一分以上敵に晒すという条件を達成すれば、それに相応しい能力の向上が見込めるということ。

 

 

「ダークマイトは見ていた筈だけど……ボサッとしてていいのか? あと一分ちょっとくらいは殴り放題だけど、その後どうなっても知らないぜ?」

 

 

 ヴィランは血相を変えて上鳴へと手を伸ばした。“オーバーホール”の力は分解と再構築。分解で留めておけば、触れるだけで即死させられる死柄木の“崩壊”と同じ。

 だが、無抵抗のまま上鳴が触れられる筈もなく。

 

 

「アガァッ!?」

 

 

「馬鹿すぎ。これはもう愛嬌だろ」

 

 

 術式の発動を遅延した状態で、手が瞬時に炭化する程の致死電流を流し込んだ。

 これでは“個性”を働かせる間もない。

 

 

「んだよだらしねぇ──目も瞑っといてやるよ」

 

 

 デボラの“ブレインリモード”も封じられた。

 次なる手を打つべく、玄野の“個性”をと針の様な髪を伸ばす。

 

 

 しかし、それに割り込む影が一つ。

 

 

心音撃掌(ドラミングビート)!!」

 

 

 閃紅音韻で身体強化した耳郎なら、上鳴が静止したことで戦闘速度が鈍化した現状に介入できる。

 耳郎の打撃で進行方向を逸らされた針髪は甲板を砕くに止まった。

 

 

「もう一度ッ」

 

 

「いえ、次はありません」

 

 

 更に、ジュリオが義足に仕込んだサポートデバイス“ヒートナイフ”でそれを斬り裂いた。

 玄野の力を再構築することはできる。しかし、時間が足りない。

 

 

 思わぬ横槍の連続にヴィランが歯噛みする。

 

 

「別にこれは縛りに抵触しねぇからな……俺、一人で戦うなんて言ってねーし」

 

 

「だが!!」

 

 

 ジュリオがアンナの側から離れた──上鳴も動けない今、ヴィランが心の底から欲している物が手の届く位置にある。

 

 

「力を寄越せ、アンナァァァッ!!

 

 

 ヴィランがアンナを掴もうと黄金の腕を伸ばした。

 

 

 アンナは両手を合わせて祈るように目を閉じていた。ジュリオの顔に焦りが浮かぶが、上鳴と耳郎にはない。

 

 

 この場にはもう一人、ヒーローがいる。

 

 

「アチョーッ!!」

 

 

 可愛らしい掛け声と共に、葉隠は上鳴が投げ捨てた戦杖を振るった。

 ()()()()()()()()の一撃が壮絶なインパクト音を奏で、黄金の腕を打ち壊す。

 

 

「重──ッ!? 七十キロはあるよコレッ!!?」

 

 

 葉隠は重さに振り回されてタタラを踏んだ。

 

 

 それもそのはず。この戦杖は“呪力”を得る以前から上鳴が全力で振り回しても壊れなかった武器。その重量は葉隠の目算通り、成人男性の平均体重を優に上回る。

 

 

「……マジか」

 

 

 上鳴は葉隠がそれを持ち上げて振り抜いた事に口を開けて驚いた。いつでもアンナを庇える様にとは伝えていたが、まさか予想を上回られるとは。

 

 

 しかし、驚いた理由はそれだけではない。

 

 

 ──いつでも“帰還雷撃”を使える様に定期的に電荷は溜めといたが……呪具化するなんてな。

 

 

 もう一つは戦杖が呪具化していたことだ。

 

 

 呪術師の得物が呪具になる事は珍しい話ではないが、似たようなエネルギーでしかない異能としての“呪力”で呪具化が起きるとは、上鳴も想像していなかった。

 

 

 弟子の思わぬ向上とそれによって得た情報に上鳴が口角を上げる。

 

 

「まだだ!」

 

 

「いや、丁度だ」

 

 

 そして、葉隠がヴィランの思惑を叩き潰したその瞬間。上鳴は自身が設定した“縛り”の条件を達成した。金髪が逆立ち青白い電光が一際強い輝きを放つ。

 

 

「馬鹿な、あと五秒は──!?」

 

 

「敵の言う事を素直に受け取ってんじゃねぇよ」

 

 

 嘘は吐いていない。ただ正確に伝えなかっただけだ。それ故にヴィランは上鳴が力を溜める時間を誤った。

 

 

「術式順転」

 

 

 呪詞、舞、複数の縛りによって底上げされた上鳴の十八番。

 

 

『出力超過──閃電疾駆(オーバードライブ)

 

 

 200%の出力で行使される無反動の身体強化

 

 

「行くぞ悪党」

 

 

 上鳴はそう宣言した刹那、ヴィランの頭部を掴み空へ飛び上がった。瞬き程の間に城の頂を越える。

 

 

 強化した膂力をもってしても抗えない力の差に、ヴィランの顔へ焦燥が浮かぶ。

 

 

「オラァ!!」

 

 

 身を捻り、回転。

 遠心力を使ってヴィランを甲板に向かって投げ捨てる。

 

 

「ヌゥォォォ!!?」

 

 

 更に、上鳴は砲弾の如く甲板へ向かうヴィランに追い付き、着弾する寸前に腹部へ蹴りを叩き込む。

 

 

「お、ぉぉごッ!?」

 

 

 打ち上げられたヴィランに向かって、上鳴が稲妻の様なジグザグの軌跡を描きながら迫る。

 

 

 追い付き、追い越し──太陽を背にした上鳴は両掌をヴィランへ翳して獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「うっかり死ぬんじゃねぇぞ……!」

 

 

 反転術式で生み出した血液を二つの球にし、それを電極として電圧を掛けていく。電極はアーク放電と呼ばれる現象を引き起こし、瞬く間に大気をプラズマ化させた。

 

 

 掌の中にある青い光を見て、上鳴が呟く。

 

 

「俺はドラゴンボールでベジータが一番好きでさ……」

 

 

「何の話ッ!?」

 

 

 プラズマは大気中に存在する場合、周囲にエネルギーを分け与えて霧散する。

 

 

 上鳴は両手で磁場と呪力を操ってそれが逃げないようその場に留め続けながら、エネルギーを膨張させていた。

 

 

「俺、実は自分で技考えるの苦手なんだよね。だからいつもアニメとか漫画を参考にして考えてた」

 

 

 上鳴を中心に渦を巻く大気の流れ。

 風が、雲が、空が、その“力”に向かって収束していく。

 

 

 そうして磁場内で膨れ上がった数千万℃にも及ぶエネルギーは呪力によって圧縮され、一つの小さな玉となった。

 

 

 思わず、ヴィランも息を呑む。

 

 

 それは小さな星だった。

 

 

 ダークマイトが街に落とそうとした物よりも眩く、鮮烈に、青い光を瞬かせている──ヴィランが求めてやまない、世界を変革させ得る力の結晶。

 

 

「覚悟はできたか」

 

 

 ヴィランは一瞬が何倍にも引き延ばされるような感覚に襲われていた。

 しかし、幾ら思考を巡らせても、身じろぎ一つできなかった。青い星を前に重力へ従って甲板へ落ちることもできない。

 

 

「冥土の土産だ……喰らっていけ」

 

 

 大気の流れが止まり、世界から音が消える。

 

 

 ──なんだ。これは。

 

 

 ヴィランの中に不思議と恐ろしさはなかった。

 

 

 あるのは目の前に現れた、決して手の届かない場所にある光への強い羨望。そこに重なって見えた親の背中、在りし日の憧憬だった。

 

 

「俺は……」

 

 

 その瞬間、ヴィランの脳内に溢れ出したのは──合計五人分の走馬灯。

 

 

 情報量の多さに思考が完全に停止する。

 

 

 例え今際の際であったとしても、人の道から外れた者は思い出に浸ることさえ許されない。経験から打開策を練るなど笑止千万。

 

 

「ぶっ飛べ」

 

 

 朝露が重力に従って地に落ちるように、上鳴の手から離れた星がゆっくりとヴィランへ向かう。

 

 

 

 そして──

 

 

 

超新星(ビックバンアタック)

 

 

 

 星が弾けた。

 

 

 

 吹き荒れた青い熱風が甲板の上の街並みを半壊させ、一息で廃墟へと変えながら船体を激しく揺らす。

 

 

 膨大な熱量の中心にいたヴィランは悲鳴を上げることすら許されない。

 賢者の石は光を失って砕け散り、熱風によって炭化した身体は瓦礫の山に向かって落ちて行った。

 

 

 しかし、それでもまだヴィランには息があった。

 

 

「最後に、身体強化に回していたエネルギーを全部放出して“超新星”にぶつけたか──結果は変わらんけどね」

 

 

 ヴィランの肉体を形作っていた錬金の鎧が、溶けたアイスの様にぼたぼたと瓦礫に垂れる。

 

 

「俺は……象徴に……親父が、また……」

 

 

 身体から零れ落ちるそれを必死に掬って塗りつける様は、見苦しいの一言に尽きた。

 

 

 ──壊れたな。

 

 

 ヴィランが融合した直後と同じ様に譫言を漏らし始める様子を、上鳴はつぶさに観察した。

 

 

 因子の拍動はこれまでと比べるまでもなく微弱。決着を確信した上鳴は強化を解き、甲板へ向かってゆっくりと降下していく。

 

 

 その間も鎧の崩壊は続き、そして。

 

 

「認められ……世界を……」

 

 

 最後にそう言い残してヴィランはピクリとも動かなくなった。

 ボヤけていた輪郭は完全に解け、泥の中からヴィランを構成していた面々が生まれたままの姿で現れる。

 

 

 それを見た上鳴から、呆れを孕んだ独り言が漏れた。

 

 

「……命に別状無しか。それはそれで凄いな」

 

 

 治崎は勿論、全員が五体満足で意識を飛ばしているだけで済んだのは異常とも言えた。

 

 

 アンナの変容性個性因子を利用する為に無茶な再構築を行なった事が()()()()彼らの命を繋いでしまったのだろう。

 

 

 ──先生が何で「反転術式? 得体の知れん力を使うなアホ!!」って言ってたのかやっと分かった……こういう事ね。

 

 

 確かにちょっと怖い。

 他人への使用は少し気を付けよう。

 上鳴はこの戦いを通して遂にそれを学び、危険性に気付くことができた。

 

 

 ──まあ、普通に使うけどな。自分には。

 

 

 だが、自己責任の範疇で反転術式を回し続ける分には文句を言われる筋合いなどない。のらりくらりと躱す気に満ちていた。

 

 

「上鳴っ! 大丈夫!?」

 

 

 声を張り上げる耳郎に手を振りながら着地。

 これで、きっちり三分。

 宣言通り上鳴たちは敵の首魁を捩じ伏せた。

 しかし、その余韻に浸っている時間は残されていない。

 

 

「ボサっとしてる時間はないぞ。コイツら拘束したら一旦地上に降りて警察に預けて、雄英にもコンタクトを取らなきゃな」

 

 

「雄英に?」

 

 

「このデカブツを処理する段取りしねぇと。連合も気になるが……緑谷と先輩がいて負ける事は先ずないし」

 

 

 信頼できる仲間に今は預ける。

 でなければ──

 

 

「連合を気にし過ぎて船が落ちたら、街が一つ滅ぶ」

 

 

 船の墜落は残り十分にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 ──船内上層。

 

 

 上鳴がヴィランの意識を奪う五分前。

 

 

「リューキュウ! この人たちで最後だよ!」

 

 

 船内の一般人は残すところ四名。一般人の保護と護送をスムーズにするため、警官隊とヒーローも降りていたと考えると、決して悪いペースではない。

 残ったのはリューキュウ事務所の面々だけだ。

 

 

「……ここは私と警官隊の皆さんだけで降ります! 残った皆は中層以降に民間人がいないかの確認を!」

 

 

 まだ仲間の安否も不明。他に一般人がいないとも限らない。ヴィラン()とて人間である。救命活動を投げ出すわけにもいかない。

 リューキュウであれば簡単に戻ってこれるが故の判断だ──誰にも異論はない。

 

 

「それなら、さっきデクくんが通った道を使おう!」

 

 

 麗日が指を差した場所には階下へ向かう巨大な穴がある。

 上鳴から「ナイトアイたちが危ない」と聞いた緑谷が、下層に向かうために抉じ開けた結果だった。

 

 

「私たちなら空を飛べる!!」

 

 

「それでいきましょう!」

 

 

 思い立ったが吉日。

 麗日たちは大穴へと飛び込んだ。

 

 

 そして道中、傷だらけの切島たちを発見。

 緑谷が敵を蹴散らすだけ蹴散らしてから、慌てて下へ降りて行ったと聞き、嫌な予感が芽生え始める。

 

 

「なぁ……自分ら、敵連合みたか?」

 

 

 ファットガムの問いに麗日が顔を強張らせながら返す。

 

 

「見てませんけど……え? こ、ここに居るんですか……!?」

 

 

「俺らもトゥワイスの“二倍”しか見とらんがな。しかしそうか……上層と甲板におらんなら、下層に集結しとる可能性は高いな……!」

 

 

 下層で一体、何が起きているのか──ここまで敵連合とまともに会敵していない彼らには、想像もできなかった。

 





 死穢八斎會編、あと二話という所まで来ました。
 
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